79
言われるまま通路から這い出て、陛下と二人、イルベール教団の者たちに囲まれる。
密偵の女は、状況を確認するや静かに通路の闇に紛れていった。彼女には彼女のやるべきことがある。教団も今更密偵一人を追い回すつもりはないらしい。
王手を指している時に歩の取り合いに拘泥する者はいない。
薄暗い。月明かりはあるが、奴らの持つ松明が無くては周囲を見ることも難しい。
隠し通路の在り処は王都ティレールより南東の丘陵地帯の中だ。
街道から大きく外れていて、近くに村落もない。王の直轄地とされているが何かに利用されることなく、ただ放置されている場所。
正面の丘を登れば王都の様子が伺える筈だが、イメージしていたより植生が深く、僅かに漏れた月明かりが隠し通路の出口を照らしていた。
歩くことさえ難儀しそうな太い根に囲まれた中、木々の上や根元に陣取った彼らを見て、傍らから息を呑むのが聞こえた。
「っ……」
「大丈夫です。まだ、これはまだ決定的ではありません」
つい先ほどまで、あれほど慕っていたビジットに刃を向けられていた陛下は、最早まともに立つことも出来ず俺にしがみ付いている。
取り囲んでいるのは二十人ほど。身を隠している者もいる前提であれば、倍を予想しておくべきだろうか。
ビジットは俺たち二人が出て行くと呆気無く陛下から離れて教団たちの居る側へ歩いていって、適当な木に凭れ掛って様子を伺っている。
不審そうにそれを見るヴィレイは、しかしこちらへ向き直ると嬲るような目を向けてきた。
「良く出来ましたと褒めてやろうか」
皮肉が口をついて出る。
しかし奴の反応は怒りではなく、更なる優越感。
「光栄であります。ホルノスが誇る大貴族たるウィンダーベル家元嫡男サマ」
「クレアライン家が後生大事に抱えてきた生贄サマに言われると、中々に実感が持てるものだ」
「……与えられただけの能力を己のモノと過信する者の言葉はなるほど、これほど愚かに聞こえるものだとは」
「そうやって貴様は自分を慰め、悲観し、腐っていったのか」
「お前のソレも大差はない。もらい物の決断、もらい物の心、もらい物の力、何の違いがある。だから俺も使ったさ。あぁ、最高の気分だったよ。恐怖に怯えて身体を差し出す女を嬲るのはなあ!」
「ヴィレイ……!!」
寸での所で飛び出すのは抑えられた。
今もしがみつく陛下のおかげだ。
だが、ヴィレイ=クレアラインは、それと混じった何者かは、獲物をじっくり締め上げていく蛇のように、俺を眺めて嗤っていた。
クイズの答え合わせをするように、奴はこみ上げる笑いを堪えきれないとばかりに顔を歪めていた。
「最初はただの違和感だった。物語に無いハイリアの奴隷、それがフーリア人の女という異常。しかし第三のルートへ入った筈の総合実技訓練で敗北するジーク=ノートン。勝負の決め手が作中で一度たりとも見せたことの無い大破壊を生み出す攻撃。ハイリアの周りはあまりにも変動が大きかった。
それがっ、私と同じなのだと気付いた時の衝撃を教えてあげたい!
お前はただ偶然手に入れただけの力を好きなように振るっているだけだというのに、人々に賞賛され、信頼され、まして愛されてさえいる!
そのどれもがっ! 予めハイリアという男が獲得してきたものを横から掠め取っただけだというのに!
俺とっ! 何一つ変わらない!!
だというのに何故俺は死ななければならない!?
大昔の誰かが考えた阿呆な思い込みでっ、意味も無くただ殺される!
運命だと抑え付けられ、誰もが内心で俺を小バカにし、侮り、嫌悪してくる!
憎んで当然だ。同じ立場にありながら、ただほんの少し違いで何もかもを手に入れようとしているお前を憎むことに何の罪がある!?
だから俺はお前を許さない。
ジーク=ノートンなどどうでもいい。
アレは所詮借り物の正義の味方。全てを裏切った罪悪感から、自分の憧れていた男のようであろうと振舞っているだけの小僧に過ぎない。過程をどれほど綺麗に飾り立てたところで、アレがたった一度でも完全無欠のハッピーエンドを呼び込んだことなど一度たりともないんだからなァ!」
リース=アトラ、ティア=ヴィクトール、アリエス=フィン=ウィンダーベル。
三人のヒロインと進む道ではフロエが死ぬ。
そしてフロエとの道でさえ、ジークが死ぬか、彼女が死ぬかという二択で終わってしまう。
犠牲もなく、助けたい人を、大切な人を、たしかにアイツはたった一度として全て守りきったことなどない。
言われてみて初めて気付く。
なるほどな、と。
だが、それだけだ。
「簡単に殺してやるものか。この世界の誰もがお前を嫌悪し、侮蔑し、笑いものにするまでやってやる。
さあ逃げろ。
何安心しろ、お前は殺さないよう言い含めてある。だが足手まといのガキはどうだろうなあ?
気をつけろよ。もしソレが死んだら、もう誰もお前を信用しない。こまったなあ? もうフロエを助けるなんてこと、だれも手伝ってくれないかもしれないぞ? あぁだがお前が逃げるのを見届けた後で、アレはまた俺に犯され、泣き喚くことになる。はははははっ、本人も言っていたが、本当に捨てて逃げるとは思わなかったがなァ!
助けるだの守るだのと言いながら、お前は結局ジーク以上に何も救えず、状況の前で右往左往するだけの人形だ! 精々ソレを取りこぼさないよう、自分の無力を悔やみながら逃げ出すがいい。そうして迎えた今夜、お前の救いたかった女は俺に犯される。よおおおく覚えておいてくれェ?。
あぁそれと、この話をする時に絶対言っておきたいことがあったんだよ。
この人殺し。
あぁ。それだけだ」
森の冷気のように、ヴィレイの怨念そのものな声は染み渡っていった。
俺の知る物語から大きく外れた行動を取っている人間は二人居る。
今ヤツが言ったとおり、ハイリアは本来奴隷を引き連れることも無く、アリエスルートでジークに勝利することなどなかった。教団との敵対も、ジークを主体として移り変わった状況の中でしかなかった。
そしてヴィレイ。イルベール教団が遥かな太古、聖女を害した罪人クレアラインの血を捧げることで贖いを求める生贄として生を受けたヤツは、本来ジークに対する敵役として振舞う筈だ。ハイリアとの絡みなど殆どない。まして合宿の場に現れてこれみよがしに処刑執行を謳ってみせるなど、挑発ともいえる行動を取る理由などない。少なくとも教団は、フーリア人以外には友好的だ。
それでも、決定的と呼ぶにはまだ弱かった。俺の知るとおりに物語が進まないことはこれまでに山とあって、ヤツの行動もその一つではないかとも思えた。
だがこれは、ウィンダーベル家を始め、先王が遷都した当初強い影響力を持っていた者以外が知る筈の無い隠し通路の情報など、本拠を他国に持つ教団が知る筈もない。幾らか掴んでいたといっても、この通路は複数存在する筈で、敢えて物語で使用されたこの出口で張っていたのなら、もう確定と考えていい。俺がここを使うことを最初から想定していたと、そういうことなのだから。
ヴィレイ=クレアラインは、俺と同じく異なる世界から流れてきた人間だった。
具体的に同じ国だとか、同じ時代だとかは分からないが、少なくとも奴は『幻影緋弾のカウボーイ』を知っている。
『この人殺し』
奴の言葉は、俺以外の誰もが理解できない位置から放たれたものだ。
この世界では、この時代では、闘争による死は身近にある。
個人の思惑で戦いを引き起こすことは、規模さえ考えなければ容易だし、結果生まれた死者も貴族という立場で、それこそ陛下の言っていた勝者であれば罪にさえ問われない。道を塞いだ、理不尽にふっかけた税を納めない、ほんの少しの言葉遣い一つで、民は殺されてしまうこともある。
けれどそれは、この世界だからというだけで、俺と、奴の知る世界で人殺しは禁忌。正当防衛を除けば、何人もその罪から逃れることは出来ない。
例え全てを解決して戻ることが出来たとしても、俺の犯した罪は重い。
こちらを蔑み、汚物のように睨み付けてくる男の、なんと得意気なことか。
それでも確かに、最後の言葉は俺の罪を抉ってきた。
しばし、言葉を失う。
大勢の敵に囲まれ、友から見限られ、俺は……
裾が強く握られた。
震えは、怯えだけが理由じゃない。。
あるいはコレは、今に湧き上がったものではなく、ずっと彼女の中でめぐり続けていた感情なのか。
「偶然手に入れただけの力を振るうのがどれだけ怖いか、分からないんだ」
静かな声だった。
けれど確かに感じる、怒りの熱。
月明りを受けて輝く瞳は、もしかすると果てのない奈落を覗き込もうとしているのかもしれない。
「積み上げた経験の裏付けもなく、振るえば災害みたいに命を刈り取る力を持って、指先一つ動かすだけで何かが起きるんじゃないかって不安に感じる事も出来ないんだ。その結果を見て、事の中心に居る自分を見て、冷たく評価を下されることに向き合うこともしないで、まして逃げるっていう最低限の反応すらせずに、原因のすべてを他人に押し付けるんだ」
ヴィレイはただ、不快そうに彼女を見ていた。
それさえも陛下には辛いのだろう。縋るように握られる裾を、尚も声を放とうとする彼女を、俺もまたどう受け入れればいいのかと迷っていた。
大きく息を吸って、けれど次を失敗して、苦しそうに胸元を抑える彼女は、叫んだ。
「ふざけんなバカ! お前なんかと一緒にするな! この人はっ、この人は絶対にお前なんかと違う!」
誰もが驚き、目を見張っていた。
いや、一人だけ、笑みを浮かべている男が居る。
「ただ与えられただけの力を振るう怖さも知らないくせに! 怖いと分かって、それでも逃げずに進む勇気も知らないくせに! 力を持って生まれてきた人間は、絶対に罪からは逃げられない……! 何もしなくたって……、何かをしたって、絶対に取り返しがつかないほどの罪を背負うのにっ、お前のやっていることは自分の罪を自分以外の誰かになすり付けて逃げてるだけっ、だけだ! そんなことも分からないで、なんで、なんでっ……!」
ぐっと身を抱き、けれど逃げるなと顔をあげる姿を見た。
手が震えている。足なんてしがみ付いていても崩れ落ちそうになっている。肩が、膝が、首が、顎が、身体中ががくがくと震えて、顔を真っ青にしながら、ルリカ=フェルノーブル=クレインハルトは尚も叫ぶ。
「この人はどんなにお前を憎んでいても、お前の中にある黄金までは絶対に否定しなかった……! ふざけんなっ、ふざけんなっ……! なのになんでお前はそうやっていつも……何もかもの傍観者で……っ、罪から、にげて……、もう……嫌なのに、こんなに苦しいのに、なんでなのっ!」
吐き出すと同時に、彼女は崩れ落ちた。
支えようと考えることさえしなかった。
自然とこの身体は膝を屈し、小さな王を受け止める。
「ヴィレイ=クレアライン」
結局この言葉さえ、奴には届いていない。
これだけの現実を前に、ゲームの世界でも眺めているつもりなのか、腐り切った目は無味乾燥のテキストを眺めるように退屈そうだ。それが一層、俺の苛立ちを強くする。
荒い息をなんとか整えようとする彼女の背を撫でながら、言い放った。
「俺は、ここに居る。
お前なら何度か聞いたことがあるだろう?
ここに居る。そう宣言する言葉。俺も何度も、何度も、この言葉を聞いた。どうしてかも分からず、感動している自分が居たよ。なぜだろうな。
自らの存在を宣言する力強さか、今確かにここが俺の居場所なのだと、そういう言葉としての意味も、きっとある。
だから、それでいい。
お前の言葉は確かに俺の罪を示す。俺もそれから逃げるつもりはない。だが、俺はここに居るんだ。
ならばもう、それ以上の理由なんて不純物だ。お前が彼女を殺すというのなら、俺は絶対に守り抜く。理由なんていらない。そういうものだ」
泣きながらも俺の声を聞いていたのか、陛下が、王が、息を呑むのが分かった。
そうだ。今の言葉は、俺が陛下の質問に対して答えたものと同じ。
『あなたは何を以って、奴隷解放を善とするの?』
『人を人として扱わない考えが善とは思えません』
『彼らを人と思っているのは、あなただけかもしれない』
『フーリア人は同じ人間です』
『姿形が似ているだけかもしれない。仮に同じ生き物だったとして、なぜ尊重しなければいけない?』
『理由が必要ですか』
同じなんだ。
突き詰めればきっと、幼稚な感情論に辿り付く。
けれどそれこそが世界を変える。
人身を売り買いすることのおぞましさを、彼らを無為に苦しめ傷付けることの悪を、間違っているのだと宣言するにそれ以上の理由なんて必要ない。
「彼女をまた傷付けると言ったな」
俺の言葉に、ヴィレイが一層表情を歪める。
「お前程度の与える絶望に、俺は絶対に負けないさ。彼女がどれほどのどん底に居ようと、差し出したこの手を嫌だと払いのけても、絶対に救い上げてみると誓ったんだよ。第一、お前の言葉は遅すぎる」
赦すと、彼女が言ってくれた。
意味のない言葉だ。けれど力をくれた。だからこんなやつの言葉に負ける訳にはいかない。
まずは、目の前の人へ、手を差し出した。
小さな手がおずおずと乗せられ、大切に包み込む。
魔術光が生み出された。
灰色の霧。
紋章は――『盾』。
「っ――!」
魔術の使用は初めてなのか、陛下もまた驚きに動けない。
それではいけない。魔術光の発生に敵はもう臨戦態勢を取った。このままでは袋叩きに合うだけだ。だから、
彼女の魔術を、繋ぐ。
チリチリと末端に火花を散らした四角い何かが投げ入れられる。
一つ、二つ、三つ、もっと、もっと、乱雑に。
「あぁ、それとヴィレイ……一つ言っておこう」
鏑矢があがる。
注目が逸れた。
故に対応を誤る。
「俺がお前の正体に気付いていなかったと、本気で信じていたのか?」
四方を完全に塞ぐ大盾で視界は塞がれた。
「っっっ伏せ――」
違う。黒色火薬の威力では、最硬を誇る『盾』の守りは突破できない。
生半可に知るからこその失敗。
度重なる炸裂音と、舞い上がる白煙、そして、悲鳴。
鼓膜を殴りつけるような爆音はこの世界の人間にとっては途方も無い衝撃となって心を揺らす。
咄嗟に魔術を使えば『剣』の守りでさえある程度は防げるものだ。だが大丈夫だからといって防弾チョッキの上から拳銃を連射されれば、常人は恐慌状態に陥る。加えて『盾』の魔術で俺が張り直した大盾が衝撃を受けて撒き散らした破砕は、取り囲んでいた教団員を薙ぎ払っただろう。この状況で再びあがった鏑矢の音を、誰が聞き取れただろうか。
『盾』の紋章が消えていくと同時、今度は『剣』の紋章が浮かび上がる。
赤の魔術光を炎と散らし、俺は抱きかかえた陛下に万が一でも傷が付かないよう、白煙の中で周囲を観察する。
少し離れた、盛り上がった木の幹に相変わらず背を預けてこちらを傍観するビジットと、数秒だけ視線を交わす。
風が吹いた。
いけない。この時期は丘陵地帯を北方からの寒気が吹き抜けていく。煙はすぐ晴れる。分かってはいたが、何かを言っている時間は取れなかった。
「ハイリアァァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!」
憎悪に満ちた声がする。
追いすがろうとする姿が白煙の向こうに浮かび上がった。
硬い、連結した金属が擦れ、ぶつかる音を聞いた。
鎖?
振りかぶる動作に気を取られていると、森の中から放たれた矢がヴィレイの眼前を霞め、奴は忌々しげに喉を鳴らすと大盾で守りを作った。続いて一枚、二枚と並べて作った遮蔽へ飛び込むように身を縮めた。
だが遅い。奴の異質は知っている。それを踏まえた上で十分な余裕があった。
こちらは『剣』。
単純な速度で勝負になるものか。
一目散に白煙の外へ飛び出し、鏑矢のあがった方向とは逆へ進む。
背後で再びあの炸裂音が響いたが、俺は構わず森の中を駆け抜けていった。
「な、なか、ま……?」
しばらくして、ようやく落ち着いたらしい陛下が問い掛けてくる。
俺は足を止めないまま、彼女を抱えなおして言う。
「はい。隠し通路の前か、あるいは中か、あの場所のどこかで仕掛けてくると思っていましたから、外に予め仲間を待機させていました」
期間が無制限、気取られない様に少人数、迂闊に周辺村落へ姿は晒せないとあって、相当に苦しい待機だったろう。位置についてもやや曖昧で、確実に居るとは言い難かった。
だが少なくとも、そういうことに強い人物を選んで教えてあったつもりだ。
黒色火薬の扱いも彼はとてもよく学び、俺よりずっと詳しくなっている。
「合流地点は間も無くです。あぁ、少しだけ、陛下に自慢したいことが増えました」
※ ※ ※
大きな樹の根元に、彼女は居た。
今はもう魔術を使っては居ない。
もし最中であったなら、そのなんとも言えない綺麗な姿を陛下に見せることが出来ただろう。
抱えていた陛下を地面に降ろす。
驚くのも無理は無い。だが同時に納得もあるのだろう。
この暗い森の中では、一際フーリア人の肌は溶け込むものだ。
「やはりアレはまだ使えるようだな」
「はい。まだ難点の多いものではありますが、慣れない間は効果的でもあります」
「しかし森の中で待機していたにしては綺麗なものだな」
「そのような姿がお望みでしたら、ご用意いたしますが」
「いや、お前の勤勉さに感心していた所だ」
「ありがとうございます、ハイリア様」
恭しく一礼し、そして改めて、俺の傍らに立つ陛下へ向き直る。
「お初にお目にかかります。私は……メルトーリカ=イル=トーケンシエル。フーリア人です」
簡潔に。
言葉も丁寧ではあったが、ん?
こう、陛下を前にもっとこう、礼とかいろいろあるだろ?
「…………失礼致しました」
結果的に恭しく礼をしてみせるメルトだったが、違和感は残る。
「ふむ」
口に出そうとした言葉を呑み込み、気持ちを少し楽にして彼女を見る。
立場を考えれば、今やウィンダーベル家の人間ですらない俺が、彼女を侍らせる資格はないのかもしれない。けれどここに来た。
変わらずのメイド服姿を見れば、学園での日々を思い出すのも確かだ。
「隠し通路の捜索と、長期に渡る待機、ご苦労だった」
言葉無く黙礼する姿は、月明りを受けて仄かに光を帯びていた。
「しかしなんだな。こうしていると肩の力が抜けてくる。いや、まだ安全とは言えないんだが」
「ハイリア様に安心を捧げられるなんて、光栄です」
「いつものことだ。光栄などと言わず、当然とそこに立っていればいい」
「…………はい」
しかしメルトとの会話も久しぶりだ。
教団との移動中はともかくとして、離れではビジットも居て気を緩めていた部分もあったつもりだったが、やはりこうしていると日常に戻ってきたような気がしてくる。後はアリエスが居れば最高なんだが、仕方のない事か。
「久しぶりにメルトの淹れてくれた紅茶を愉しみたいところだ」
「ぁ……申し訳ありません。明日の中継地には用意しているのですが……」
「いや、十分だよ。ありがとう」
「……いえ」
ありがとう一つでここまで嬉しそうに応えてくれるとは。
うむ、気分も上々、今日はよく眠れそうだ。
ここに用意をしていなかったのは、万が一にも合流地点を悟られないようにだろう。
さすがはメルト、よく考えている。
ともあれ今は追われる身。
もう一人、ここの場所をメルトへ知らせ、連れて来てくれた者が居る筈だが、迂回してくるならそろそろ合流できてもおかしく、ん?
「う………………」
なにやら陛下がわなわなと震えている。
信じられない、とばかりに俺を見て。
いや、なぜかちょっと楽しそうにも見えるのだが。
ビシィッ、と俺を、そしてメルトを指差し、ホルノス国王は興奮した様子で叫ぶ。
「う、浮気だァ!?」
「ノーカン! ノーカン!」
メイドだからっ! 戯れだからっ! いやそういうことじゃなくて別に誰とも付き合ったりしてないし独身だし独り身だしっ!!
あの子じゃないのとフロエの事を言われるのはともかくビジットの名前まで飛び出してくる事に困惑しつつもなんとか宥めていると、
「あの……僕、地味に命懸けで逃げてきたんですけど何やってるんですかハイリア様」
「助けろ赤毛少年っ、俺は誠実だ、無実だ、何にもしてない!」
我が弟分ことエリック=フェイフリーはただ、疲れた表情でそうですね、と告げるだけだった。




