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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(下)

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   ヨハン=クロスハイト


 お茶の時間ね、なんて言って妹さんが中座したことで交渉は一時中断した。

 どういうつもりだと問う間も無く、数名の文官武官を連れて出て行ったことで、俺たちは最初の部屋に取り残されている。


 相手側も用意された部屋へ移されて、残っているのは俺とアンナと、相手側のちびっこいのだ。


 話も終始我関せずと傍観を決め込んでいて、出て行くときに目をやっていた男爵にも応じず、今も窓際の椅子の上で脚を抱え込んで外を眺めている。

 すっかり冷え込みつつあるから、日差しを浴びているのは心地良いんだと思う。


 ちびっこの名前は、なんだったかな。

 随分前に隊長殿から教えられた覚えはあるが忘れちまった。


「ティアちゃんだよ、ヨハンく――ぅっん!?」


 小声で教えてくるクソアンナのわき腹を摘む。

 驚いて身を引くのを見送って顎に手をやる。


「もうちょっとあからさまにエロい声とかでないのかお前」

「ヨハンくんヨハンくん、君は一体私をなんだと思ってるの」

「黙れクソアンナ。第一聞いてもいないのに俺の内心を読むんじゃない」

「あとヨハンくんの童顔にお髭は似合わないから、ずっと剃らないで残してるその産毛はみっともないから無くしたほうがいいと思うの」


 無言で立ち上がると無言で逃げ出したのでまた座る。

 というか一応は敵対してる側の人間の後ろに隠れるんじゃないバカかバカアンナ。あ、バカか。


「ご、ごめんね? ティアちゃん気をつけて、あいつすごいいやらしい目で人を見てくるからさっ」

「安心しろ年下に興味はねえ」

「話すの初めてな人相手に言う事じゃないと思うの」

「どの口がほざきやがる。あんまり好き勝手言ってるとその口塞ぐぞオラ」

「っっ――!?」


 おい。


 おいおい。


 この程度いつもの罵りあいじゃねえかよ、いきなり顔真っ赤にして震えだすんじゃねえよ……!


「よ、よよよ、ヨハンくんのばかぁっ! あほお! へんたい! すけべ!」


「よーし、俺はあほで変態でスケベで結構だからちょっとこっちこいお前」

「いやだよ絶対何かしてくるもんっ!」

「よぉし今度こそ絶対に逃がさねえ。ちょうど人もはけてるんだ半時もありゃ十分だから大人しくしやがれ」

「いいいいやああああああっ!? ティアちゃん助けて犯されるっ!?」


 ちびっこいのを挟んで追いかけるがクソアンナがクソ早くて追いつけない。

 普段トロいくせに何でこういうときだけ的確な足捌きで逃げやがる!


「ふっ、ふふふっ、魔術使わないなら私の方が足速いもんねっ! ヨハンくんはちっちゃいから私の方がほはぶわぁあああ!?」


「はっはー! 油断しやがったなクソアンナ! それと誰が小さいだ本番になるとでっかくなるんだよ!」


「もう訳分かんないよ離してよティアちゃん見てるんだからぁっ!」


 ちびっこの椅子の下から足を払ってすっころんだクソアンナの上へ飛び乗り手早く上着で両手を縛り上げた。

 そしていい手を思いついたから待ってろクソアンナ。


「よぉし準備は整った。おいちびっこ、ちょっと手ぇ貸せ」


「ちょっと待ってコレ本気なのどうして腕縛ってああああ誰かたーすーけーてーっ」


 騒がしいのは放っておいてちびっこへ目を向けると、こんな状況でも殆ど無表情に見返してきた。

 不思議なガキだ。娼館にもちょっと似たようなのが居たが、アレは全部投げ捨てて諦めてるようなのだし、違う気もする。


 ただそんなのは些細な問題だ。

 コイツの能力は聞いてる。

 ま、なんとかっていうイレギュラーだ。たしか派手に地面をふくらませたりへこませたり、大きな木を生やしたりするってのと別に、相手の心だか記憶だかを読み取る、だったか。


「お前の力でコイツの心だかってのを読むんだ。本当は俺のことどう思ってるか、そいつを探し当てるんだ、いいな?」


「やーっ、ヨハンくんそういえば用事を思い出したから私はこの辺で失礼していいよね駄目な筈ないよねっ」


「やかましいこれ以上騒ぐようなら本気で身ぐるみ引っぺがすぞ」


「ヨハンくんヨハンくん、こういう話って二人だけでちゃんと話すべきだと思うの。他の人巻き込んで脅しつけて探るような事じゃないよね」


「ほー、ほぉおっ? 事あるごとに逃げ回ってやがった奴が今更何言ってやがる。これでも落ち着くまで待ってやったんだ感謝しろ」


「落ち着きかけた心はこうして両手縛られた時点で最初に戻るだよヨハンくん。ティアちゃんも付き合わなくていいから。ごめんね休憩の邪魔しちゃって」


 身じろぎがあった。

 椅子の上で抱えている足を少し踏ん張って、腰を軽く浮かして深く座りなおす動き。


 俺とクソアンナはそれを待った。


 ちびっこは開きかけた口を閉じ、少し視線が下がる。


「……人の記憶を読むのは、あんまり好きじゃない」


 驚くほどの小声だった。

 あの妹さんを相手にしていた時は随分と元気だったってのに、まるで会って間もなかった頃のクソアンナみたいにおどおどしてやがる。


「…………そうか。悪かったな」

「ううん」



「…………………………………………………………ヨハンくんが素直に謝ってる!!!!!!!!!!」



 無言で覆いかぶさろうとしたら本気で蹴りかましてきやがった。


「俺だって悪いと思ったら謝るんだよ! てめえこの足どけろ俺に踏まれる趣味はねえっ!」

「ヨハンくん今まで私にどれだけ悪いことしてきたと思ってるの、ねえなんで私には謝ってくれないの!?」

「てめえこそ人の頭を角材でぼかぼか殴りつけたり顔面に靴底容赦なく押し付けてんじゃねえか今更何言ってやがるっ。いやそうかコレは脱がせてくれっていう合図だなそれならそうと早く――」


 しばし意識は途絶えた。


「――なあ、なんかすげえ首痛いんだが俺に何があったんだ」

 目覚めると俺は部屋で大の字になって転がっていて、手首をさするクソアンナが横倒しにした机を挟んだ向こう側でこちらの様子を伺っていた。

 ちびっこを後ろに庇うようにしてるがお前如きに何が出来ると思ってんだよ。

「ヨハンくんは昨日食べたご飯でお腹壊したんだよ」

「誤魔化すにしても雑過ぎないか」

「いい上段蹴りだったよ」

「そうか俺後一歩で首の骨へしおれて死ぬところだったんだな」

 ともあれいつもの事だ。

 床も冷たいから起き上がって椅子へ腰掛ける。


「んでまあ、ちびっこ的にはこの交渉どうする訳?」


「いきなり真面目になられても困るよヨハンくん」


 いいからすっこんでろ黙らせるぞ。


「俺ぁ細かい話は苦手だよ。正直この状況で妹さんがあんなこと言い出すなんて思ってなかったし、今は王都へ向かってるんじゃなかったっけ? こんなことしてていいの?」


 確かに反乱を起こした男爵自身を捕まえるってのは分かるが、こんな話し合いの場を作る意味がわからねえ。

 俺もちびっこの力は見たが、今はこっちの方が数で勝る。しかもウィンダーベル家お抱えの連中だ。貴族やら女子ども抱えてたあの時とは違って、戦えばこっちの勝ちは十分すぎるくらいに見えるんじゃねえのか?

 戦力温存ってんなら、こんなの無視してりゃいいんだ。


「たぶん……こっちを試してるんだと思う」


 ちびっこが口を開いた。


「あの女は性格悪いし」

「まあそうだな」

「ヨハンくんもうちょっと立場考えよ?」


 それで?


「アレは自分が選ばれた人間だって思ってる。大貴族のお嬢ちゃんだから、別にそれはいい。けど、何かと人を推し量ろうとする所が不快」

「なるほどそれで仲悪いのか」

「それが理由じゃないけど……」

「じゃあなんか別にあるのか?」


「…………なんかむかつく」


「俺がクソアンナになんかむらつくのと同じか」


「ねえなんで今私に流れ矢飛んできたの、出てっていい?」 


 いいけど止める奴居なくなるぞ。


 まあ世の中相性ってのもあるもんだ。

 妹さんの言動というか、考えについて好む好まないを考えたことはないが、俺からするとただ一生懸命なだけなんだよな。

 大好きなお兄ちゃんに置いてかれないよう、きょろきょろと探して見つけては駆け寄っていく、そんな感じだ。


 だから、まあそうだ、やっぱり気にかかっては居る訳だ。


 俺たちはクレアたちと別れてウィンダーベル家の領地へ向かった。

 俺と、妹さんと、クソアンナと、赤毛少年ことエリックと、途中で伝言預かってたメイドさん。

 リースも、一緒だった。


 あれから少し考える。

 ちょいと早まったかな、とか。


 そりゃ戦い引き起こすぜなんて言われりゃ、ああいう真面目な人間は駄目だって思うくらい俺にも分かる。

 隊長殿にはすげー目的だとか、そういうのがあるんだと思うが、実際俺は頓着してないから手段に嫌だと思ってたアイツと大差はねえんだろう。


 俺があそこで手を出さなきゃ、妹さんなら納得させたり、他の皆で手伝えと頼み込むくらいは出来たかもしれねえ。

 何か、アイツが嫌だと感じるものを越える何かを示せば良かったのかもしれねえ。最後の最後で、やっぱり裏切ってたかもしれねえけどよ。

 暴力は手っ取り早い。相手を納得させるにも、自分を納得させるにも、勝敗以上にはっきりした線引きはねえから、力を振るい慣れた奴ほど結果に従う。


 俺にはそれしか手が思いつかねえ。


 つかねえが、それでいいのかとか、妙に考えちまう。


 人を率いてみて、自分の考えなしをうんざりするくらい味わった。

 死んでいった奴らの事は一生忘れらんねえだろうさ。

 たった数名でさえアレだ。

 俺たち全員を率いてる隊長殿がどこまで重たいものを背負い込んでいるか、ちょいと想像がつかねえ。


 加えて、王になれとか、考えてる連中はどうしてそこまで思い上がれる。


 俺はビジットみたいに隊長殿の考えを肩代わりすることは出来ねえよな。

 結局、同じところにたどり着く。

 あの人の剣であること。

 望むなら幾らでも戦ってやる。

 諦めるならヤケ酒にだって付き合うさ。

 でもそれはやっぱ、押し付けなんだろう。


 くそったれ。


「妹さんはよ」


 考える。


「何を求めてるんだと思う?」


 推し測るってのは分かった。

 でも測った結果それぞれに目的があるんだと思う。


 ちびっこは、ティアは、それこそ興味の無い本の名前を口にするみたいに言う。


「あの女は全部が全部、兄のハイリアの為になることを考えてる。それしか自分の価値が無いみたいに」


 でも、と。


「遅かった。もう少し早ければ、結果は違ったかもしれないけど、もう……」


    ※   ※   ※


「それでは、改めて交渉を始めようか、アリエス」


 男爵の側に立った、新たな人物が高らかに謳いあげる。


 見た目は優男そのもので、けどずっとずっと怖ろしい何かを秘めた男。


「ウィンダーベル家は宰相の側につく。そう当主である私が決めた。奪い取れとは言ってきたが、それはハイリア相手であって、お前はちゃんと良き婿を迎え入れる準備をしているべきだよ。なあ、アリエス?」


 オラント=フィン=ウィンダーベルが、深々と椅子へ腰掛け宣言する。


「今すぐ降伏しなさい。邪魔をするなら、私だって容赦は出来なくなる。いいね?」





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