表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(下)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

84/261

73

 あれから数度、陛下との謁見を行った。

 なんとかその気にさせることは出来ないだろうかと考え、あの手この手で説得を試みたが、どうにも時折物思いに耽ってしまって暖簾に腕押し状態な感が否めなかった。


 丸一日時間が空いた時には陛下からの呼び出しを受けて行ったというのに、好みの食べ物だとか趣味だとか、よく分からない質問攻めにあっただけで開放されてしまったのだ。意図が分かりかねてビジットに話してみたら、近くで聞いていたフロエが含み笑いを浮かべて好かれてるんでしょなどと言われる始末。ビジットが黙り込むからそんな気はないと説明したのに、生返事だけで別なことを考えているようでもあった。

 陛下もそうだ。

 フロエは茶化してきたが、少なくとも好感があったとしても好意とは違う。

 彼女は常に俺の何かを警戒しているようだった。だから好物云々の話はまるで話を繋いでおくのが目的のようにも感じられたのだ。


 もし、最初に話して以降に謁見が叶わなければ、流石に俺も数日の内にここを出る決断をしていた。


 出ること事態はそう難しくない。

 宰相の密偵には数名マグナスの賛同者が居て、既に向こうからの接触で特定も出来ている。

 日取りまで自由にとはいかないが、ある程度自由に動けさえすれば、王城内にある隠し通路を使って脱出が可能だ。


 コレは『幻影緋弾のカウボーイ』にて、ジークが城内へ侵入する際に使っていたルートとしての描写があったものだ。目印となるものも明確に示されていて、過去にこの王城を何度か訪れたことのあるハイリアの記憶から、そこまでの経路がはっきりと思い起こせる。

 内部についても問題はない。外から侵入するには多数の罠が仕掛けられていたが、内から出る時には仕掛けを停止させることも出来る。

 元が王族など重要人物が脱出する為に作られた隠し通路だ。出るだけなら子どもでも出来る。


 アリエスとジークの二人が協力し合いながら進んでいき、城内にまで達していた反乱軍に居るハイリアと二度目の対話を行うシーンはよく覚えている。隠し通路の情報源はアリエスだったな。ウィンダーベル家の情報力がどうのと語っていた筈だ。

 あぁ、そういえば大いにデレ始めるのもこの辺りだったな、などと思うと少々心がざわついてしまうのだが。


 アリエス。

 彼女は元々争いを望むような子じゃない。

 貴種として、立ち向かうべき時が来れば堂々たる振る舞いを見せるが、花を愛で、紅茶を嗜み、刺繍や演劇や音楽などを愉しんでいるのが好きな子だ。

 ハイリアがデュッセンドルフ魔術学園へ入学していなければ、もっと違う場所で優雅に過ごしていたんだろうとも思う。

 アリエスを思い悩ませてしまうことはとても、すごく、とてつもなく心苦しいが、いずれ会うことが叶うのなら誠心誠意謝りたいものだ。ぷんぷんしていたら堪能もしたいものだ、うん。


「朝からなんでそんなに気持ち悪い顔してるの……」

「む?」


 少し離れた所で警戒した表情を見せるフロエに、俺は自分の状態を再確認した。


 時は未だ早朝。夜明けが遅くなりつつある冬季を前にして、半開きの窓からは寒気が漂ってくる。

 俺は談話室に数ある椅子の一つを壁際へ寄せ、自ら用意した紅茶のカップを窓枠に乗せて、その香りを愉しみながら本を膝の上に乗せている。物思いに耽っていたから本のしおりは動いていないのだが、寝起きの頭をゆっくりと覚醒させていくには中々に良い方法だよ。


「変な嗜好まで覚醒してそうだよね」


「そういうお前はいい加減、身だしなみを整えてから活動を始める習慣を身に付けるべきだ」


 寝癖のついた前髪にラフな半袖短パン姿で出てこられては、紳士としては対応に困ってしまう。

 少し熱さの落ち着いた紅茶に口をつけ、優雅な香りで心を落ち着ける。


「用意された部屋には化粧台もあっただろう。髪くらいは梳かしてくるんだ。服の裾も整えろ腹が出てるぞ腹が」

「あーもううるさいうるさい。朝は苦手だって言ってるじゃない……」


 相手がアリエスであれば面倒も見たが、家族でもない異性にそこまでするのもどうかと思い、口だけにしている。しかしまるで俺を小姑のように扱うとはいい度胸をしている。

 気を抜いた様子で伸びをするもんだからまた腹が出ている。

 田舎育ちで幼い頃からジークと共に暮らしていたとはいえ、これではあまりにもだらしない。


「男が居るということを自覚しろ」

「押し倒す勇気も無い人に言われてもねぇ」

「っっ……!」


 まだ言うか!?


 ああそうだとも! 確かに舐めるなよとまで口走って直前までいった癖に途中で勢いを失ってしまった男とは俺のことだがなア!!


「ほーれほーれチラッチラッ」


 止めろ短パンをずらして下着を見せてくるな上を捲り上げるな!


「おーおー言うじゃないか、何なら今度こそ手篭めにしてやっても、い、いいんだぞ…………」

「言葉の途中で自信失くして勢い無くなってるんですけど」


 大丈夫か俺、まるで初体験でのトラウマから機能不全起こした人みたいになってないか!?

 前にもメルト相手に似たようなことがあったよな……。

 あれ、そういえば俺って経験あったっけなかったっけ……?


「い、いやっ、今度こそ大丈夫だ。だからお前も少しは警戒しておけ」

「警告で終わってる時点でなんというか情けないよね」

「おおおおおう随分挑発してくれるなそうか容赦しないぞ」

「手出してきたらメルトさんにも報告するけどいいの?」

「……………………」


 違う。俺とメルトに男女の関係はない。

 なのに言葉は止まってしまう。


 フロエもそんな俺の様子を見て黙り込んでしまうものだから、何気ない朝の会話が一気に重くなってしまう。


「なにコレ、別れ話?」


 少しして、ビジットが入ってきて適当なことを口走った。

 フロエが何食わぬ顔で裾を整えると、それを横目にしたビジットが肩を竦めて談話室で一番大きなソファへ腰掛ける。


「仲がいいのは結構だが、妹にまで声が聞こえるような事は控えてくれよ?」

「よくないから」

「ふぅん?」


 ビジットは顎に手をやり、冗談めかした口調で言った。


「俺にはストリップサービスしてくれないの?」

「貴様どこから聞いていた」

「いいじゃん目の保養だって。俺はフロエちゃんみたいな浅黒い肌っていいと思うけどねぇ。綺麗な白髪との対比がなにより素晴らしい。朝からそんな姿を毎日見せられてたら、確かに俺もどっかで我慢できなくなりそうだ」

「あぁそう」


 途中から熱が入っているようにも思えたが、フロエの反応は素っ気無いものだった。

 初日にビジットとは何らかの話をしたらしく、あからさまな警戒心こそ見せないが、やっぱりまだまだ溝はある。そこに少しほっとしている俺が居るのも確かで、なのに実際フロエとビジットのそういう関係は想像がつかないでいる。


 第一に今は考える事が多すぎた。


 反乱を起こしたマグナスの軍勢だけではウィンダーベル家の総力には敵わない。

 数日で鎮圧されるようなことはないと言い切れるが、決め手に欠けるに違いない。

 事を起こした彼に賛同した者たちが集まってくる可能性もあるだろう。しかし不利を知った上で動ける者がどれだけいるだろうか。勝敗すら危うい今、どうやって王都の防衛を崩すかは難問となっている。

 陛下の説得、教団の目的と、その先にある聖女の降臨についても再考慮が必要だろうと思う。

 やはり動くべきだ。


 この二人も一緒に連れて行ければと、甘い考えは拭い切れない。


 少なくともビジットは陛下を連れ出せるなら共に来てくれる筈だ。

 フロエは、正直分からない。

 彼女の意思も問題だが、教団も極めて強力な力を持つ故に強く警戒している。

 『機神』(インビジブル)の不可視化は自由を与えるには脅威がありすぎる。大切な器としての役割も考えれば、ここでも十分すぎるほどの警戒をされていると見るべきだろう。あのヴィレイやピエール神父が俺と陛下との接触を許しながら自分たちは姿を現してこないというのが不気味だった。


 宰相との対話、あるいは拘束は意味を持つだろうが、ホルノスの闇を担ってきた彼を相手取るには迂闊な接触は危険すぎる。

 ある意味で教団の庇護があればこそ今ここに俺は居られる訳だ。飛び出した先で宰相の手に落ちれば、正直逃げ出す算段が掴めない。


 しかし、勝算……勝算、か。


 経験の薄い俺一人が戻った所で何が出来るのかとも思う。

 将としての格はどう考えてもマグナスが上だろう。軍団を動かすノウハウも、過酷な最前線をたらい回しにされてきた近衛兵団からすれば、俺たちの小賢しいあの手この手なんて笑われてしまうかもしれない。

 ウィンダーベル家の内部で進めてきた、父との代替わりへ向けての切り崩しで得た戦力も今となっては頼れる筈もない。

 もし、『槍』(インパクトランス)の魔術を取り戻す事が出来れば、破城槌の降下で敵陣を大幅に削り取るくらいは出来るだろう。隠し通路に潜み続けて、機会を伺い実行するのなら、なるほどある程度以上の価値を見出せる。

 あくまでこの戦いで勝つことだけを考えるのなら、だが。


 ふとフロエの視線を感じて、俺は応じず紅茶を一気に飲んで顔を隠す。

 ついた吐息に紅茶の香気を感じながら、身体を緩ませた。


 彼女は何も言わなかった。

 ビジットが相変わらず軽い口調であれこれと話題を振っているが、あまり盛り上がっているとは言い難い。よくめげずに続けられるものだ。


 カップを窓枠へ置き、本へ手をやる。


 陛下の蔵書から借りた一冊で、過去の戦いで実際に使われた陣形などを筆者が独自の観点で紐解いていく、言うなれば兵法書だ。生真面目な内容というよりはエンタメ性を持たせた読み物で、社会史の教師が語りそうな小話が多い。

 デュッセンドルフ魔術学園でも、こういった学問には触れる機会がそれなりにある。

 あそこは準軍事教練校としての側面もあるから、ただ魔術の訓練や貴族のモラトリアムの場を用意しているのではない。

 初年度からずっと俺、ハイリアの成績はトップを維持してはいる。

 個人的にも興味を持って深く学んではいるが、正直机上の空論の域を出ない。

 所詮は条件の限定された筆記での成績だ。


 俺に何が出来るだろう。


 ウィンダーベル家の名を失って、その都合良すぎるほどに強力な権力に頼り切っていた自分を思い知る。


 小隊の皆に適切な食事やトレーニングなんかを指導し、それが出来るだけの時間を作らせることも、あの合宿の費用ですら、家の力無しには成し遂げられなかった。

 魔術もなく、家名もなく、戻った所で俺を必要としてくれるかも分からない。


 卑下している訳じゃない。

 迷っているつもりも、ここで足踏みを続ける言い訳を考えているのでもない。


 現実的に自分自身の価値を問いかけたいんだ。


 なんのために?


 思えば、フロエに意識が向く。

 空っぽになっていることも忘れてカップを手に取り、その冷たさに指が少しかじかんだ。

 仕方なく窓を閉めると、音を聞いた二人の目が向く。


 俺は膝上に置いた本に手を上向きに重ね、その上にカップを置いた。少し握る。


 最近はこんなことを考える時間が増えた。


「…………身体の調子はいいの」


 ふいに、思いもしなかった言葉を聞く。

 見れば、フロエが睨むようにしていて、俺も肩をすくめて応じた。


「傷はもう完全に塞がっている。鈍っていた身体も復調して、今では調子がいいくらいだ」

「そう」


 夏季長期休暇でピエール神父から受けた傷ももう大丈夫。

 傷の治りを促進するには食事と睡眠とマッサージだ。大昔、戦国時代なんかでは日本人も今よりずっと傷の治りが早かったという話もあるが、この時代の人間も同じなのだろうかと思う。些細な傷、疲労の回復は年齢も考えても驚くほど早い。

 筋力や柔軟もまた、この時期は伸びが良い。


「そういや、背丈も伸びた気がするし、腕も前より太くなった気がするな」


 言われて拳を握ってみる。

 服の上からでははっきりしないが、やはり続けてきたトレーニングの効果が出てきているということだろうか。

 魔術による加護があるものの、地力を鍛え上げる事は無価値ではない。

 特に柔軟や体幹は考えていた以上に重要だ。


 王都へ向かっている間は移動の疲れも溜まったものだが、ここへ来てからは随分と余裕も持てた。


 体調は万全。

 動くなら、確かに頃合いだろう。


 よし。


「どこいくんだ?」


「トレーニングだ。それと、今日もまた謁見出来ないかとお伺いを立ててくる」


「そうかい。ま、がんばるこった」


「お前は……」


 ん? とビジットは促してくる。


「いや」


 なぜだろう。

 ここでなら問題はない筈なのに、再会してからずっとビジットに言えないで居る。

 陛下という人質さえなければ彼はまた戻ってきてくれる。思いながら、違和感が拭い切れない。


 陛下との関係も妙だ。

 俺たちが来てから一度として二人が一緒にいるのを見ない。

 陛下はあの部屋からまず出てこないから仕方ないとはいえ、可愛がっていた従兄妹なら自分から会いに行くだろう。ビジットの性格を考えれば尚更そうだ。


「ハイリア」


「……なんだ」


「今夜、ちょっと付き合えよ。お前結局ここ来てから一杯もやってないだろ?」

「わかった」


 それが終わったら、俺は。


 目的の見えない時間稼ぎに付き合うのも今日までとする。


 フロエのことも、既にジークがその気になっているのなら俺だけでと固執する必要はない。

 この戦いを望んでいたのが俺だけではないとしても、仕掛けたのは俺だ。


 陛下へも説得には至っていないが、方針を伝える事は出来た。

 まずは戦いに勝つことだ。


 上着を椅子の背もたれへ被せていくと、随分身体が軽く感じられた。


 ちょっと、軽すぎて足元がふらついてしまうくらいに。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ