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08

 大歓声が日差しと共に降り注いだ。

 総合実技訓練を行うフィールドは複数存在するが、今回選ばれたのは三百メートル四方の森林フィールド。小さくはないが、魔術での移動速度を踏まえるとそれほど大きくはない。視界を遮る木々が至る所にあり、基本的に平地ばかりの場所だ。待ち伏せに易く、進むには危険が多い。一方で高台が存在しない為、木々の濃い場所へ潜伏されると敵を捕捉するのが難しい。


 その中で四対四。

 これは現在の軍の基本小隊人数に準じている。


 フラッグゲームのような生易しいルールでは終わらない。

 デュッセンドルフ魔術学園は軍とも繋がりの強い準軍事教練校で、行われる総合実技訓練では、小隊の内三人が戦闘不能になるか、降参によってのみ終結する。元々は最後の一人までというルールだったが、相性の悪い二人が残った結果、逃げ回られいつまでも試合が終らなかったことからこうなった。

一応は軍関係者から派遣された監督員がサポートにも回っており、戦闘不能になった者の回収や、いざという時の歯止めにもなってくれる。おかげで総合実技訓練での死亡者は滅多に居ない。滅多に、ではあるが。


 既に開始を意味する旗が四方に掲げられている。

 フィールドを見下ろす位置には大勢の生徒がおり、お祭り騒ぎな雰囲気さえある。


 開幕と同時に、俺は全力で魔術を発動させた。

 眼前に刻み込まれる『槍』(インパクトランス)の紋章。青の魔術光は最初、俺の足元に渦を描いて集った。青い風は徐々に膨大な輝きとなり、構えた右腕を直上へ掲げた瞬間、竜巻となって天へ昇った。

 今日は雲も多い。これは好都合だった。


「がっ……あ、っは!」

 ただ、身体への負担が大きすぎたのか、いきなり意識を飛ばしかけた。維持できたのは精神力というより、肺や胃が引きつけを起こして痛みを与えてきたからだ。口の中の吐瀉物を吐き捨てる。


「……頼むぞ。ここからはお前たち次第だ」


 作戦通り、俺たちは即座に魔術を使い、速攻を仕掛けた。

 隊列はハンドウォール。俺の不調を知るビジットがアローヘッドを許さなかった。


 ○現在の隊列 ハンドウォール

  『剣』クレア嬢

       『剣』くり子

    『騎士』ハイリア

          『弓』弓の男


 先行するクレア嬢も既に『銃剣』(ガンソード)についての知識を与えている。それに向けての訓練を、この一ヶ月ずっと行ってきた。くり子の力量はまだ低いものの、一定の生存力は身に付いた。

 皆、俺の不調について尋ねることはしない。

 俺が倒れていたことはもう知れているだろう。

 だがおそらくは、メルトのおかげで口を噤んでいる。


 本来であれば『弓』に速度を合わせるべきだが、俺の速度が思った以上に上がらない。進行速度は予定の七割を割っている。その結果生まれる余裕を、あのジーク=ノートンが欠伸して過ごすとも思えなかった。


「停止ですっ!」


 くり子の号令に従って全員が止まる。いや、クレア嬢は僅かに前進し、弓の男がやや左に寄って周囲を警戒した。どちらも俺をフォローする動きだ。


「っ……理由は」

「三時方向の木に違和感があります」

「二連射! 追撃は必要ない!」


 素早く二発が撃ち込まれた。木が薙ぎ払われただけで動きはない。

 と、ここで正面に人影が現れた。


 赤い魔術光が燃え上がり、炎のように彼女を包んだ。

 眼前には『剣』の紋章。学年は一年。やや不釣り合いにも見える長剣を構える少女を、俺は知っていた。


 リース=アトラ。

 『幻影緋弾のカウボーイ』メインヒロインにして、ランキング一位の人気を誇る元騎士家系の女。長い赤毛の髪を結って纏め、見事な剣舞と共に揺れる姿は剣姫と称される。

 今はまだ未熟な術者に過ぎないが、やがては上位能力にも覚醒し、様々な場面でジークを助ける相棒だ。


 そんな彼女が単独で現れた?

 論外だ。


「迂回して突破する! クレアッ、場合によってはストライクワンに移行する! 前進!」


 クレア嬢を盾にしてリースを迂回する。この即断は予想外だったんだろう。妙な所で隙のあるメインヒロインは、少しだけ呆気に取られてから慌てだした。

 これはどう考えても時間稼ぎだ。彼女が単体で俺たちの誰かをそぎ落とせる可能性が無いのは子どもでも分かる。だから、この突破も読まれているだろう。


「させませんッ!」


 流石に速度は一級品だ。俺に合わせて前進する隊列へ、しっかり優位な位置取りで迎え討ってきた。だがそれはあまりに教科書通り。

「甘いなァ!」

 クレア嬢の喝にリースが身構える。だが上手くない。こういうチーム戦に慣れていない彼女は、この状況で足を止めてしまった。一対一ならそれでいい。だが。

 リースへ迫るクレア嬢はレイピアを構え、瞬速の突きを以って相対し、切り結ぶかと思われた直前、ふわりと羽のように膨らんで外へ逃げた。

「あ、えっ?」

 ハンドウォールの指先で絡めとる。逃げたクレア嬢へ視線を奪われている時間はない。その奥には、主力の親指を担う俺が居る。背後に回ったクレア嬢が牽制の声を上げる。焦る表情を見ている暇もない。油断なく、隙もなく、四属性最大の打撃を加えようとした俺を見て、


 クスリ――とリース=アトラの口元に笑みが浮かんだ。


「十一時方面!」

 飛来した攻撃を予定通りにクレア嬢が弾く。リースの表情は再びの驚き。弓の男は素早くくり子の報告した方向へ制圧射撃を放ち、援護を遅らせる。


 この程度の展開は読んでいたんだよ!


 打撃が放たれる。

 青の魔術光が弾け、突風となって森林のフィールドに吹き荒ぶ。


 攻撃は回避された。

 イレギュラーによって。


「後退!」


 クレア嬢を殿に即時後退する。先行した『弓』の援護射撃が始まると、リースと遅れてやってきたジークを置き去りに戻ってくる。二人が攻めを遅らせたのを見て、俺は構えを解いた。


「ハイリア様っ、今のは!」

 あぁ、俺としても最悪の展開だ、コレは。

 最初にくり子が木に対する違和感を訴えた時から予想していたが、どうにもこの世界の神様は余程俺に負けて欲しいらしい。


「もう一人のイレギュラー能力者『魔郷』の魔術を持つティア=ヴィクトールだ」


 入学式のあの日、ジークに助けられていた小柄な彼女だ。

 ふざけるなと叫びたかった。念の為に情報は与えていたが、本来彼女が参戦するのは自分がヒロインとなるルートのみだ。アリエスルートに入っているんじゃなかったのかっ!


「だがコレでメンツがはっきりした」

 虚脱の構えで立つくり子が、俺の声に応じて頭の中の情報を口にする。

「えっと、『剣』と『銃剣』と『魔郷』と『弓』、ですか」


 『剣』の属性を持つリース=アトラ。

 『銃剣』のイレギュラー属性を持つジーク=ノートン。

 『魔郷』のイレギュラー属性を持つティア=ヴィクトール。

 表向きは『弓』の属性を持つとされている、特別枠参加のフロエ=ノル=アイラ。


 これがジーク達の小隊だ。

 悪夢のような構成だった。この世界に愛された主役たちが勢揃い。こちらは凡百の寄り集まりに過ぎないというのに!


 作戦も自ずと知れた。

 隊列も作らず、最速を誇るリースを前面に押し立てての積極的前進守備。


 オーダーはお互いに戦ってみるまで分からない。そういう諜報的な部分での能力も要求されるからこその総合実技訓練だ。こちらも手を回していたが、ジークの周到さにしてやらている。

 それにしても、これは厄介過ぎる。覚醒すれば初期段階で上位能力者と同等以上とされるイレギュラーが事実上の三人。こちらの上位能力者は俺一人で、しかも体調は万全ではない。ビジットを参加させればよかったかと馬鹿なことを考える。

 だがアイツの上位能力は俺以上にジークの銃剣と相性が悪い。しかも一度展開すれば動けなくなるから、ヤツからすればただの的だ。


 今の攻防でリースを落とせなかったのはかなり痛かった。クレア嬢が前に出てくれているおかげで誤魔化せているが、もう息が上がっていた。地面を踏む足に神経を張り巡らさなければ不意にすっころんでしまいそうになる。後ろを支える弓の男がさりげなく支えてくれるが、どこまでごまかし切れるか。

 皆の動きは想像以上に良い。だが完全に小隊の動きを俺が鈍らせていた。


「『魔郷』の魔術は地形を操る。さっき地面が沈下したのもそういう理由だ。ここはもう、完全に彼女のフィールドとなった」

 ティア=ヴィクトールを倒すのはほぼ不可能。これでジークを含む残り三人を倒さなければならなくなった。なによりフロエの横槍が入らないよう彼女を真っ先に落としたかったが、未だに姿が見えない。


「ようお兄さんっ! いきなりウチのエースが脱落するかと慌てたぜぇ!」


 俺は答えない。声に出せば不調がバレる。それにヤツは分かっていて俺を兄と呼んだ。これは挑発だ。口元に笑みが浮かぶ。

 そう、だから……、


 次の瞬間には俺は、クレア嬢によって抑えられたリースの脇を抜け、ジーク=ノートンへ襲いかかっていた。

 こいつは読んでいる。

 俺がこういう場では激昂しないことを。


 だから来てやったぞッ、ジーク=ノートン……!


 憤怒と共に最大打撃を振り被る。

 高々と掲げられた騎士の頭上から振り下ろされるのは、城門を粉砕する破城槌。

 『槍』(インパクトランス)の代名詞とも言える最大の攻撃を、突撃と共に叩きつけた。


 その範囲は直径にして十メートル、衝撃も踏まえれば更に伸びる。ただ地形を操作するだけでは決して回避できない。対策はあるんだろう? ここでそれを使わせる!

 上空からの打撃は暴風を伴って青い風をまき散らし、


「HA! 読んでくることも、分かってんだぜ?」


 俺が叩きつけた破城槌と、正面から打ち合う打撃があった。攻撃を相殺するソレは、間違いなく同質の力だ。

 『槍』の属性……彼らの中には居ない筈の魔術がどうして!?


「紹介しよう! 同じクラスの『槍』魔術使い、ポーキー君だァ!」


 …………………………………………誰お前?


 いきなり現れたセンベエさんに俺は唖然とした。いや、なんか地球割っちゃいそうな少女ロボットを作る科学者にそっくりだった。まず顔がデカい。そして目と鼻と口が小さい。顔面積の一割も使ってないんじゃないかってくらいに。

 ふむ、それだとセンベエさんよりはっちゃんかな。いや?


 膨大な青の魔術光の中、緋色の光を燃え上がらせたジークが短剣をこちらへ向ける。


「それじゃあお兄さん、さよ――」

「さようなら、はこちらのセリフだ」


 俺が突撃したのとは真逆の位置から、赤い炎が突撃する。くり子だ。


 ポーキー君とやらがどんなヤツかは知らないが、こちらも縁の下の弓男が黙々と援護射撃を放っていた。構えを取るこちらへ気を取られるジークは、リースの叫びでくり子の存在を知った。


「ッチ! 読まれてたのはこっちかよ!」


 手の中で短剣を回しつつ、制圧射撃の間隙を縫ってポーキー君の脇へ回る。

 短剣の先をくり子へ向けて、


「BANG!」


 幻影緋弾が疾走る。

 だが直前で立ち止まり、タイミングを遅らせたことで完全にソレが外れた。姿勢を低くして残光行き交う罠の中へ飛び込んでいく。本気で驚いたらしいジークが慌てて下がる。剣としての属性を持つ為か、こちらの射撃を難なくかわしながら、軽快なステップで距離を取っていった。


 追撃するくり子が通過する瞬間だけ『弓』の射撃が止まる。彼女はまだそこを抜けられる程の実力が無いんだ。その隙を狙ってポーキー君が前進した。俺の突撃がソレを阻む。よろめきながらも後方へ弾き飛ばした彼へ、再び雨のような攻撃が降り注ぐ。

 弱っていたとはいえ、俺の全力と打ち合って相殺したんだ。『槍』の術者としての腕前は相当だろう。落とすには時間が掛かりそうだったが。


「逃しました」

 くり子が戻ってくる。『魔郷』の支配下にある森へ逃げ込んだジークを追わなかったのは正解だ。アレはまだ討たなくていい。

「引き続きヤツを警戒しろ」

「はいっ」


 くり子の役割はそもそも、ジークに対する警戒、それのみだ。

 ヤツは自分の『剣』としての力量をよく把握している。だから『剣』の術者を相手にすればまず正面からは戦わないし、罠へ掛けるか逃げるかだ。だが生憎とくり子の力量は彼と同じかそれ以下で、真っ向勝負になるとまず敵わない。

 ところがチーム戦となれば話は別だ。情報の分析や収集に長けた彼女は、非常に優れた観察眼を持っている。俺が小隊内で選出する為にやったことは、幾つものフェイントを仕掛けての読み合いだ。くり子は結局反応し切れていなかったが、一度として俺のフェイントには引っかからなかった。

 幻影緋弾を掻い潜る目と頭脳を彼女はもっているんだ。

 倒さなくていい。ただアレを回避できる『剣』の術者というだけで、ジークにとってはかつてないほどの脅威に映る。

 だから、徹底して反応を鍛え上げ、経験を積ませた。クレア嬢の打ち込みは学園でも随一で、レイピアという剣の特性を生かして非常に巧い攻撃を仕掛けるのを得意とする。それを一ヶ月毎日続けた。

 ただ目標物を捉え、反応し、動くだけなら、彼女は既に学園でも中の上には位置している。その上で『銃剣』の持つ特性への対処へ特化させる訓練を、繰り返し積ませて試行錯誤を重ねている。

 優れた目を持つデコイというのは中々に厄介だろう? 仮に彼女をどうこうしようと躍起になれば、チーム戦である以上、隙を狙う者が居る。


 ジークが下がったのを確認して、俺は素早く『騎士』の魔術を行使、逃げられないよう制圧射撃を仕掛けていた味方を止めさせ、一騎打ちに移る。その上で逃げたジークと俺との間に威嚇射撃を加えさせ、対岸にくり子が待機する。

 これで戦いに集中できるというものだ。


 弾いた突撃槍を地面へ押し付け、倒れそうになる身体を無理矢理引き絞って、左手による頸打を見舞う。初歩とも言える『槍』の攻撃だったが、既に甲冑の守りがボロボロだったポーキー君とやらを倒すには十分だった。

 倒れた大男を前に、頭を抑える。

 身体の熱が異常に高まっているようだった。極度の興奮状態に陥りかけているのか、不快感は薄れてきている。


 『魔郷』の援護はこなかった。

 詳細な事情までは知らないが、術者の精神性を考えれば無くもない。仮にこれが彼女のルートであったとしても、ジークとの信頼関係は十分ではない筈だ。


 湧き上がった歓声を、俺は最初自分に対するものだと誤解した。

 振り向いた先、単独でリースを抑えこんでいたクレア嬢が倒れ伏す。砕けた『剣』の紋章が燃え上がって消えていった。その裏から見えた紋章に、俺たちは揃って動転した。


「なっ!?」

「アレって、『剣』の上位能力ですか!?」


 『旗剣』(ライトフラッグ)を意味する紋章を前に、思考を忘れる。

 細い長剣を構えたリース=アトラは、愉しげな表情でこちらを見据えてきた。学園に俺とビジットしか存在しなかった上位能力者の登場で、今や観客席は割れんばかりの大歓声だ。


「拙い!」


 リースが次の標的と定めたのは、当然有利に戦える『弓』だ。

 俺は慌ててその援護に向かい、つい、背後への警戒を怠った。くり子の悲鳴を確認している余裕もなかった。騎兵の突撃を側面から叩き込んだ俺は、苦しそうにこちらを警戒するリースを見る。迎撃の一打が背後で爆発した。


 クレア嬢はただでは負けなかった。上位能力者を前に幾つもの剣斬を浴びせ、既に相手も疲労困憊。隠していても交叉すれば分かってしまう。俺は振り向きざまにジークの短剣を弾き、その影に弓の男が潜り込む。リースは打ち込んでこなかった。誘いなのは読まれたか。


 仲間が下がったのを確認し、俺は、


「逃がさん!」


 追撃してくるだろうリースを狙って突貫した。

 突き抜けた背後で爆発のような攻撃が叩き付けられ、地面を抉って弓の術者を巻き添えとした。だが、彼女もまた守りを砕かれて炎を散らした。

 敗れた弓の男へ心の中で礼を言った。この一瞬、最悪の相性を持つ彼がジークを抑えてくれたからこそ、俺はリースを討ち取れた。そして、


「すいませんっ、突破されました!」

「いや、よく生き残った!」

 ジークを迎え撃った一瞬、その背後で立ち上がるくり子が見えた。ダメージを抑えたのか、死んだふりでもしたのか、とにかく彼女が戦闘可能だったからこそ、『弓』の援護には回らず、リースへの対処が出来た。

 上位能力者なら俺も同じだ。実戦での経験も、技量も、まだまだこちらが勝る!


 これで、二対二。

 こちらは俺とくり子。

 向こうはジークとティア。


 正統派なダイヤのエース対し、ジョーカーが二枚。こちらの切り札はスペードの三か。それも、どちらかにしか対処出来ない。だが、後一人を落とせば勝てる!


「HA! ここまで追い詰められるたぁ予想外だったぜ」

「それはこちらのセリフだ。俺たちがここまで追い詰められると予想出来ていたのがどれだけ居る……」

「アンタは予想していた一人のようだな」

 流石にバレたか。


「俺の『銃剣』(ガンソード)に何処で気付いた? 仔羊亭で聞いたんじゃないよな。にしても、四人揃って俺の動きを警戒してれば分かるさ」

「途中からそれを逆手に取って、リース嬢の『旗剣』を主軸に置き換えたな。生憎とウチの切り込み隊長は、この学園で最も上位能力者に慣れている。俺と長時間に渡って戦えるのは彼女くらいだからな」

 意図していた訳ではないが、おかげで貴重な時間と好機を得られた。

「上位能力者一人と、イレギュラーが二人。あの『槍』の男も中々にいい腕だった。よく集めたものだ。既に小隊上位どころか、ウチと比べても遜色ないメンツだよ」


「アンタは強い」


 思わぬ力強さに、俺は呆けて見入った。

 ジークの口元には笑み。


「俺なりにさ、アンタのお友達の言ったことを考えたよ。それから、普段のアンタについて、妹だって言うからアリエスから話を聞いてみた」

 もしかすると、それがアリエスルートに入ったあのイベントの正体だったのかもしれない。

「すげーヤツだったんだなってのが最初の感想さ。それから、そんなヤツがどうしようもできなくて燻ってた理由はなんだろうって、それが貴族ってもんなのかもって考えた。俺は風のように生きる。そう思って好き勝手やってきた。生きていくには自分の身一つあればそれで十分だ。だからやっぱり、アンタの気持ちは理解できねえ。俺は、自分の大切な女が似たような目にあっていたら、全てを捨てて助けにいくさ」


「黙れ……」


「ん?」


「新しい出会いは楽しかったか? この学園に来て、それなりに今までとは違う人間と出会えただろう。興味の沸く相手も一人や二人居るんだろう?」

 例えばヒロインであるリース=アトラや、ティア=ヴィクトールの二人。そして俺の妹であるアリエス=フィン=ウィンダーベル。

 それら全ては、ジーク=ノートンにとって新しい出会いだ。

 開拓者としてのカウボーイを気取る彼にとって、物珍しさは至宝となる。

 ゼロから全てを始められる強さを持つ彼は、そこに絡む未知という恐怖さえ愉しんでみせる。


 だが違う!


 お前が見るべきはそいつらじゃない!


「お前は、フロエ=ノル=アイラをどれだけ知っている」

「ん……? フロエがどうかしたのか」


 嗤った。


 誰よりも彼女の近くに居ながら、誰よりも彼女に届く声を持ちながら、こいつはずっと彼女の苦しみを見逃していた。耳をすませていれば気付いた筈だ。外にばかり目を向けていなければ、ほんの僅かな変化を見て取り、問い質す時があった筈だ。


 俺の声は届かなかった。

 助ける為に背を向けるしか出来なかった。


 なのにコイツは、今も新しい何かを求めている。

 たった一人彼女を救える筈の男が、今も外ばかりを眺めている。


 キサマの父親が死んで以来、フロエはお前に類が及ばぬよう、イルベール教団の者、つまりあのヴィレイ=クレアラインの慰み者にされているというのに!


 教会前で出会った時がまさにそれだった。全身の血が沸騰し、今すぐにでも目の前の男を殺したいと思った。だがジークの存在を秘匿しているヴィレイ=クレアラインが死ねば、事態を察した上層部の手が回り、ジークは手配され、フロエは始末される。新大陸にまで網を広げる奴らから逃れるのは不可能だ。ウィンダーベル家がどうなるかはわからないが、息子を殺されてクレアライン家が黙っているとは思えない。

 破滅的な展開が起きる。


 助けられるのは、彼女を救う流れを生み出せるのはジーク=ノートンをおいて他ならない。

 俺がどれほど彼女を救おうとしても、それは一人相撲で終わるだけだ。


 お前だけがっ!


「一対一の決闘を申し込もう、ジーク=ノートン」

「へぇ……」


 俺はこの世界でお前を見た時から、ずっと苛立っていたんだ。

 それは八つ当たりに等しい感情だったが、今はもう叩きつけるのに躊躇はない。


「いいのかい? さっきから顔が真っ青だぜ?」

「余裕だな」

「右腕の傷はどうだよ。あんだけ叫んでたんだ、よっぽど強い毒だったんだろうさ」

「いびきがうるさくてな」

「俺はアンタに負けてもいいと思ってたんだぜ。それなりに戦って負ければ、注目は浴びちまうだろうが俺の目的に近づけるんだ」

「それこそ俺への侮辱だと分かっているだろう」

 緋色の炎が燃え上がり、青い風が吹き荒れた。



「HA! 上等だぜナイト様。その一騎打ち受けて立つ!」

「ならば構えろカウボーイ! 気を抜けば一撃で潰すぞ!」



 構えを取って開いた左足が、自重を支えきれずに崩れかける。

 チームプレイで誤魔化せていられるのもこれまでだ。視界は狭まってもうほとんど見えない。だがそれは幸いだった。ヤツ以外は余計だ。邪魔なものが入らなくていい。


 乾いた風が吹いてきた。


 ジークは短剣を手元で回し、腰元に添えて消してみせる。広がった緋色の炎を見れば、普通の術者は彼が魔術を解いたのだと勘違いする。だがそれは予備動作だ。

 彼の短剣には片側に小さな返しがあり、ここを任意の空間に引っ掛けることが可能だ。虚空に短剣を引っ掛けて空中での方向転換は勿論、ただ走っている時でも急制動を掛けられる。そして何より、返しを残したまま魔術の糸を引き伸ばせば、そこを起点としたゴム鉄砲のような状態になる。

 手元でくるくるとまわすのは手癖でもカッコつけでもなく、幾度も巻くことで引き絞っているだけだ。そうやってホルスターに納められた短剣は、ほんの僅かにヤツが柄から引き抜けば、『盾』の防御すら貫通する威力で敵を貫く。

 引っ掛けた空間からその場に存在する様々なものに絡ませると、更に複雑な軌道を描いて相手へ飛ぶ。

 あり得ざる軌道を通って、目視すら不可能な軌道で飛ぶ短剣。


 それが、ジーク=ノートンの『銃剣』(ガンソード)


 現時点で彼が発揮できる力の全貌だ。

 手元に残った柄は再び魔術で刀身を補給出来る。銃剣というより、スペツナズナイフに近い性能だが、これが本当に力を発揮するのはまた後々の話だ。


 今までのやり取りで一つは経路を見切っている。

 というより、くり子が見切って俺に伝えた。


 もう一つは分からない。そもそも緋色の弾道は不可視のものだ。『弓』の特性によって極限まで抑えられた魔術光を察知するのは難しい。


 手には突撃槍。足元には騎馬となる青の光。構えた先に風が広がった。


 弾丸を装填したジークの構えは、まさしく西部劇に登場するガンマンのそれだ。

 腰元から放たれる抜き撃ちを見切れるかどうか。


 待つより先に駆けた。

 先行する青の風から伸びる手綱を引き、弧を描くようにして突撃する。ジークの右手が動いた。


 直後、緋色の弾丸が俺の右肩を貫き、眼前の騎馬が砕けた。

 だが止まらない。機動力を失っても慣性は生きている。倒れこみながらジークの脇へ飛び込み、手の内に長槍を生む。振り払いは側面からの衝撃に弾き上げられた。浮かび上がる矛先の向こうに、こちらを狙うガンマンの目が見える。


「っは!」


 青い風を散らし、弾かれた上段からハルバードを叩きつける。

 地面が砕けた。荒れ狂う青い風は暴風に近い。更に踏み込んでの切り上げ。地面から顔を出したソレは、グレイブと呼ばれる突き・払い・斬り・打つを兼ね揃えた多目的槍。

 振り上げた動きを隙と見て迫るジークへ、次は短槍の二振りを見舞う。振り上げるときに残した左手の短槍で突き、姿勢を崩してから右の短槍を叩きつける。

 その威力は他に劣るものの、短剣で受けるには大きいものだ。


 次々と使用する武器を入れ替えての猛攻は誰にも出来るものではなかった。魔術の属性によって術者は魔術の行使と共に武装を得る。それは訓練しだいで選択肢を増やすことも可能だったが、ほとんどの場合は初期に生まれたものより相当劣化する。

 ハイリアが最初に生み出したのは突撃槍で、それこそ最も得手とする武装だ。

 だから訓練した。百回の訓練で足りなければ千回、千回の訓練で足りなければ一万回、それで足りなければ更に一万。


 なにも俺だけでやった訳じゃない。

 合一してから知ったハイリアという男は、最初からそういうことをやっていた。上位能力への覚醒も、その構造を分析し、必要と思われるだけの腕を磨いて身に付けたものだ。


 この世のあらゆる観測可能な現象は、分析と試行によって解明出来る。

 膨大な時間が必要となる場合もあるが、分かってしまえば再現は可能だ。それを効率化すれば更に前進が早くなる。


 例えば、たった一人で世界の文明を百年進められる天才が居るとする。

 だがそんな天才も、五百年、千年を過ぎればロートルに等しい。彼の生み出したかつて最新だった技術は分析され、複製可能な量産品に化ける。あるいは幼児の玩具にさえ劣る。天才が誰も気づかなかったような真理へ辿り着いたとして、他者へ伝える表現が発達すれば、それもいずれは誰もが知る常識となる。四次元構造なんかはその筆頭だろう。


 ジーク=ノートンは確かに天才だ。

 だからこそ現存する魔術の常識から外れたイレギュラーと称される。


 だが所詮一人の天才如き、人類が数千年掛けて積み上げた知恵に適うものか!


 店の席に番号を割り振り、注文したモノを何かに記して残すシステム化は言うに及ばず、効率的に筋力を身に付けさせるトレーニング法、それを支える栄養学、常に優れた状態で戦う為のメンタルトレーニングは現代において基本中の基本だ。

 走るフォーム、手の捌き、足の捌き、重心に対する理解と僅かな挙動の違いで受ける絶大な差。戦闘における思想は特に『弓』の術者へ大きな効果があった。ただ狙い、罠に掛けるばかりだった攻撃に制圧射撃や遅滞行動という概念を与えた。

 予想外の攻撃に対処する方法は慣れること。そしてそれを捉える動体視力を鍛えること。クレア嬢には仕掛ける側としての思考を分析させ、くり子には受ける側としての思考を分析させ、それらをビジットに練り上げさせて全員へ浸透させた。

 序盤から中盤における読み合いは咄嗟のものじゃない。すべて予め考えられていたもので、それに対する反復訓練を積んでいた。俺が居た現代なら、どんな軍隊でもやっている事だ。


 中には、そんなことをせずともやれてしまう天才が居るんだろう。

 俺たちがやってきたのは、凡人が天才へ至る為に生み出された、天才の常識を体得するための訓練だ。が、それが才能から生み出されたものであれ、努力によって生み出されたものであれ、結果は何も変わらない。


 小隊の三人は、誰もがここぞという時に一歩を踏みとどまった。

 クレア嬢は上位能力に覚醒していたリースを長時間に渡って抑えこみ、十分なダメージを与えた。くり子は俺の援護もなしにジークの攻撃を掻い潜り生き残ったし、弓の男は最後の瞬間をほんの数秒遅らせることで俺に時間を与えてくれた。

 この世界で勝利を約束された主役たちを相手にここまで掻い潜ってこれたのは、あの三人が居たからだ。

 だったら俺が証明しないでどうする。

 ここまで俺を支えてくれた仲間へ報いるには、勝利する以外にないだろう!


 意識は加熱している。

 思考の殆どはヤツを追うことしか考えていない。

 幾度も受けた銃弾に身体はボロボロだ。ヤツの攻撃は一度放てば終わりじゃない。延々と引き伸ばされた手繰り糸を辿って何度でも俺へ襲いかかる。

 魔術を維持できているのがおかしいくらいだった。


 もう幾度目になるだろうか。

 叩きつけようとした攻撃が奴の腰元から放たれた弾丸に弾かれる。俺が攻撃の余波でヤツを狙い始めてからは、ただ回避するだけでは足りないと踏んだんだろう。だが訓練さえ積めば、一度に展開できる武装は一つではなくなる。

 やれば出来る。そんな当たり前の、凡人にとってはなによりも難しい真理。

 魔術における威力は腕力だけに依存しない。片手で扱えば腕の振りは遅くなるが、人を叩き潰すには十分な破壊力を維持できる。


 距離を離して着地した瞬間、ジークが辛そうに足元を気にするのを俺は見逃さなかった。

 すぐさま破城槌を構えて叩きつける。回避には時間がない。だから、


 今まで一度も使ってこなかった左の短剣を、奴は抜き放った。


 衝撃は遥か彼方からやってきた。

 側面から打ち付ける途方も無い衝撃に破城槌の芯が砕け散る。


 なるほど、と思った。どうにも序盤で『魔郷』の力が発揮されていないと思っていたが、ジークが張り巡らせた糸を、動かした木々で更に広げていた訳だ。

 ヤツの攻撃は引き絞れば引き絞るほどに威力を上げる。限界まで高まったソレは、城門の守りすら容易く撃ち砕く。


 だから、

「構えろよ、カウボーイ」

 だから、それを放つまではこちらも決め手を狙えなかった!


 頭上に構えた破城槌が、次々と襲い来る破壊に砕け散った。

 フィードバックによる痛みが俺の全身を焼くが、今更な痛みにしか感じられなかった。


 さあ行くぞ。


 震える右腕を天へ。

 ここまで温存していた最大火力を呼び寄せる。俺の動きにようやく気付いたジークが、素っ頓狂な声をあげて狼狽えた。


「てめっ、なんつうこと考えやがる!?」

「やろうと思えば出来ないことじゃないさ」


 高度一万メートル。

 俺が試合開始直後に仕掛けた巨大な破城槌が青い風を纏って落下してくる。

 物質が発揮できる破壊力は、運動量によって決定する。それは速度が早ければ早いほど、質量が高ければ高いほど増大する。一万メートルという高度から、魔術による加速に加えて、重力加速を受けているアレがどれほどの威力を発揮すると思う?


 射程距離の増大はこの一ヶ月で徹底して鍛え上げた。横へ伸ばすのは困難だったが、どうやら上へ伸ばすだけならそう難しくはないらしい。これは小隊内の『槍』術者で試してみてはっきりしている。

 そもそも破城槌の攻撃はこの世界では、上空から大質量を叩きつけるのが最も効果的であると考えられている。武装を見せてから相手に回避、または対処されるまでの時間という都合から、出現させる高度というのがある程度決まっていて、多少の上下は技量と好みでしかない。

 俺はその常識を砕いただけ。

 設置直後は相当に消耗して相手へぶつけるだけの力も残らないが、雲があるならばそれも隠し通せる。移動時にアレを誘導するのは手間だったが、日常生活の中で馴染ませた。雲上ならバレることもないからな。


 迷うジークを置いて、俺は右手にハルバードを構えた。

 慣れさえすればこうして複数の武装を使うことが出来る。アレを迎撃出来るだろう攻撃を貯める時間は無いし、与えない。


「自爆する気かよ」

「おいおい、魔術の常識を忘れたか? 魔術はその性質から人間が受ければフィードバックによるダメージを得るが、最初から物理干渉している訳じゃない。受ける側の精神力次第では理論上、どんな攻撃にだって耐えられる」

 最も、耐える精神を持たない無機物はほぼ視覚情報そのままの損傷を受けるが。


 怯むジークへ踏み込み、この試合初めてとなる鍔迫り合いが発生した。

 地面へ縫い付けるようにハルバードを押し付ける俺に対し、二振りの短剣で受け止めるジーク。体力に限界が近いこちらとは違い、奴はまだ動ける。だが、目の前に迫った大破壊がいつもの身軽さを奪っていた。


「気合いで耐えろ。さもなければ死ぬぞ」


 そして、隕石さながらに落下した破城槌が、俺もろともに訓練場を粉砕した。





次回、決着。

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