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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(中)
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   ビジット=ハイリヤーク


 にわかに騒がしくなった城内であくびを噛み殺す。

 騒がしい、とはいったものの、実際に声が聞こえる訳じゃない。


 俺が居るのはティレール王城の離れ。

 大臣や警備隊長はおろか、近衛ですら許可なしには近寄れない奥の奥。

 一見して警備すら居ない無防備な場所に思えるが、使用人の全てが宰相肝いりの工作員だ。優しく朗らかに笑っているけど、あの笑顔で何人の男を誘い込んで地獄へ叩き込んできたのか分かったもんじゃない。艶かしい身体の線には目を奪われるが、諸所の事情で手を出すにも出せず、据え膳を味わいながら退廃の日々とは、我ながら堕落したもんだと思うさ。


 二階の窓から見る王城で、普段はほとんど使われない外通路を激しく行き来する人の影が見える。

 逆にいつもはのんびり過ごしている姿が今はなく、遠く城下では毎朝行われている演奏会の調べが今日は一つも聞こえてこない。


 しばらく前にも似たようなことがあった。

 ただその時に比べても人の移動が激しく、一部あるべき動きが止まっている。


 日常が崩れた証拠だ。


 ちょっとした祭事や政の変動にしては兵の動きが活発過ぎる。

 淀みを感じるのは、一部の連中が早くも逃げ出す算段をし始めた為か。


 事は西で起きたらしい。

 なにせ王城の高いところからやたらと西を伺っている兵と、そこを行き来する者の姿が見える。


 見る向きを変えると、珍しいことに来客だ。

 王城の裏口から真っ直ぐ伸びる橋を通り、引き入れた水で作った人工の泉の上を進んでくる。


「……おいおい、随分と大胆な手に出たじゃあねえか」


 感嘆には呆れも混じったが、尾を引いたのは別のものだった。

 しばらくして館の扉が開け放たれ、ここ十数日無かった来客を迎え入れた。

 生憎と出迎えるのは俺の役目じゃない。館の主は俺じゃあないし、俺は言うなれば主への餌、おやつみたいなもんだからな。とはいえ主も率先して来客を出迎える性質じゃあないし、立場を考えれば相手に来させるというのが普通か。


 それでも、少しだけ気になる姿があったのを思い出して、俺は見張りの侍女へ声を掛けて階下へ向かった。


「よう」


 階段を下りながら入り口で立ち尽くしていた姿に声を掛ける。

 顔が見えないほどすっぽりとフードで顔を隠した連中に囲まれて、そいつは視線だけでこちらを確認した。


「珍しい所で会うもんだな、フロエ=ノル=アイラ、だったかな?」


 白い髪に浅黒い肌。

 フーリア人の少女が、イルベール教団員に囲まれて、この屋敷の最奥へ繋がる通路をじっと見つめていた。


    ※   ※   ※


 ここ十数年誰も使うことの無かった応接室は、入ってみればとても手入れの行き届いた場所だった。

 最初は食堂でもいいかと思ったが、途中で誰かに鉢合わせたくは無くて、ここへ案内した。


「まあ楽にしてくれ。望まない来客の多い場所だからな、君みたいに可愛い子は大歓迎だよ」


「……やっぱり貴族ってそういう生き物なの」


 ここまでついては来るけど返事らしい返事もしなかっただんまり少女の第一声がそれだった。

 一体どこのどいつがいたいけな少女に貴族の印象を植え付けたのかはしらないが、生憎と俺は女の子が大好きで有名な放蕩貴族ビジット=ハイリヤーク様だ。彼女に絡みそうな貴族なんて二人くらいしか思いつかないが、一人はクソ気に入らない蛇野郎で、もう一人は腐れ縁の幼馴染。あぁ、どちらが元でも殴りたくなるな。理由は別だが。


「貴族がそういう生き物だからじゃないな。君が魅力的だから、男は君を放っておけないんだ」


「…………」


 さて、何故か俺が原因で俺以外への敵意というか苛立ちみたいなものが溜まっていっているんだがどうしたものかな。

「フロエちゃんってば冷めてるね。ほら、あたたかいお茶でも飲んで心を解きほぐすといい」

 侍女に煎れさせたお茶をすすめると、案外素直に口をつける。ぐいっといっていたから、もしかしたら喉が渇いていたのかもしれない。


「ところで」


 白髪の少女が、黒い瞳をこちらへ向ける。


「どうして、アナタが私を知ってるの」


 闇の奥から見据えられている気分になった。

 フーリア人の目は、こちらの大陸の者にとって慣れない色をしているから、余計に自分たちとは違う何かを感じてしまう。個人的には、夜空の下で見るフーリア人の目は、星の光を含んで見えて好みなんだが。

 俺は殊更楽しそうに手を叩いて答えた。


「君みたいな可愛い子のことなら、俺はなんでも知ってるよ」

「はぐらかさないで。私もアナタの事は知ってるけど、それはアナタが有名人で、他の人から教わっていたから。直接話したことなんてないでしょ」


「ジーク=ノートン」


 見るからに表情が変わった。


 なるほど、警戒心は小動物並のくせに、化かし合いは苦手らしい。


「いやさ、前にウチの小隊と、君が一緒に暮らしてる学園生とで戦ったじゃない? その時にいろいろと調べたんだよ。ハイリアがあんまりにも警戒するもんだから、一体何者なんだって、余計なことまで首を突っ込んでさ」


「…………そ、そう」


「そしたらすっごい可愛い女の子と暮らしてるっていうからさ、いやぁ、羨ましかったっていうのが正直な所だよ。ジークくん、随分とモテるみたいだけど、君みたいな子とどこで会ったの? 君は学園には通わないんだ?」


 お茶に口をつける。

 高級品だろうことは分かるが、趣味じゃあないな。


 こちらの意図を探ろうとしているのか、カップの向こう側から視線を感じる。置いて一息ついた時、彼女はやや瞼の落ちた目で窓の外を眺めていた。


「アナタは、あのハイリアとどういう付き合いなの」

「どう、とは?」

「同じ小隊に居て、学園でも一緒にいることが多かったって聞いた」

「知ってるじゃないか。その通りの関係だよ」

「それだけ?」


 ふむ、と間を入れる。

 思考するほどのものじゃあなかったが、こちらを探る彼女の様子を伺いたかった。

 他人を観察しようとするとき、案外人は自分が無防備になっていることに気付かない。


「フロエちゃんはさ」


 黒い瞳を見据えた。

 意外なことに逸らさず応じてくる。


「アイツのことが気にな――おっと」


 言葉の途中で恐ろしく視線が冷えた。

 覚えがある。これはあの、さっきまで楽しくおしゃべりしてた女の子に三つ股がバレた時と同じ冷えっぷりだ。


 興味はあるけど甘い感情だけで語るには抵抗もある、と。

 言えば怒られそうだから言わないけど。


「腐れ縁だよ。ただ、言うほど互いを理解してるかといえば、どうなんだろうなって思うね」


 足を組んで背を逸らす。

 天井には凝った紋様があって、なんとなく線を辿ってみる。けれど、すぐ意識は逸れてしまった。


「俺もアイツも、道の上を歩んではこれなかったからな。妙な共感はあったけど、俺はアイツがなにをしたいのかまでは分からないね。けど多分、大した事じゃないんだよ。小さいことさ。路傍の石を拾うような、大勢にとっちゃどうでもいいようなことなんだと思う。そういう奴だからな」


「戦争を起こして、イルベール教団に歯向かって、こんなところまで来てるのに?」


「限度を知らないんだよ。アリエスちゃんへの可愛がりぶりみてれば分かるだろ」


「理由が分からない。そこらの石なんて放っておけばいいのに」


「同感だな」


 天井から落とした視線の先に彼女は居た。

 浅黒い肌に、白髪を持つフーリア人。


 フロエ=ノル=アイラ。


 かつてはジーク=ノートンと行動を共にしていて、今イルベール教団と共にこの離れへやってきた少女。


 ハイリアについて語り合うこの場で、彼女の瞳に宿っているものは――――


「捨て石なんてごまんとある。たった一つを拾い上げるためにどれだけのものを犠牲にする? なんの意味がある。選択するならもっとマシなモノがあったろうさ。けれど決めちまったんだ。不器用なくせに、何にも捨てられないくせに、置き去りにしたモノさえ様子を伺わずにはいられないくせに…………いずれ統治者になる人間としちゃあ落第点だよ。いっそ自分の望みだけを見ていればいいんだ。他はどうでもいいって捨て去れたら、ここまで面倒なことにはなってないだろうさ」


 あの時、くそったれな虐殺神父が見せ付けてきたフーリア人奴隷を見捨てていれば、もっと確かな歩みでここまで来れた筈なんだ。

 クレアを見捨てて、部隊を結成なんかしなければもっと自由に動けていたんだ。


 寄り道ばかりだ、アイツは。


「だからまあ――――あぁ、そうだな」


 俺とアイツとの関係か。


 ふと少し前、侍女から渡されたとある情報の書かれた手紙を思い出した。

 別段秘密と呼べるものじゃない。ここは昔から、宰相が得られる全ての情報と知識が集積される場所だったが、これに関して言えば今日買うパンの値段くらいにはもう知れ渡っていることだろう。


 差し出した手紙を、フロエちゃんはこちらを警戒しながら開いていく。

 文字は読めるらしい。多少固い文章もあるが、肝心な所は読み取れるはずだ。


 手紙の主の名は、オラント=フィン=ウィンダーベル。


「今の俺とアイツの関係は、敵同士ってことになるかな」


 手紙が引きちぎれそうなほど強く握り、震える少女が居る。

 どうして、と恨むような声が零れて、真っ黒な瞳がこちらを射殺さんばかりに睨み付けて来る。


「ちゃんと読めたか? それにはこう書いてある。


 ハイリア=ロード=ウィンダーベルを、我がウィンダーベル家より除名。

 国家転覆を目論む彼を、家名に誓い、討ち果たす。


 差出人のオラントってのは、ハイリアを今日まで嫡男として指名してきた、ウィンダーベル家の当主だよ」


 頃合いを見計らっていたのか、ノックも無しに扉が開き、侍女が入ってくる。

 差し出された紙を、投げやりな気持ちで読み上げる。


「ウィンダーベル家から派遣された援軍が到着した。ホルノス国内だけじゃないな、あの一族が関係するいろんな国からかき集めてきたらしいぞ? 西方の軍と北方領主たちを主に抱きこんだらしいが、戦力の殆どは未だ西の最前線だ。まあそっちは陽動だろうな。元々さして無いティレールの防衛戦力を分散させなければいけなかった連中が、膨れ上がったこっちの防衛を打ち崩せるかねえ?」


「アンタはアイツの友達じゃなかったの!? なんでこんなっ……こんなっ、ことをっ、笑って言えるの!」


「身内の仇と笑って握手が出来るくらいでなければ、統治者には向かないんだよ。ましてやこの時代、なにもかもがぐちゃぐちゃだ。見つけた石ころを片っ端から拾い上げていこうとすれば、必ず破綻を迎えることになる。第一、お前こそアイツのなんなんだ?」


「私っ、は……何でもない……、ただ、知ってるだけで…………っ!」


 両手で顔を覆い、伏せる姿を眺める。

 何かをぶつぶつと呟いているようだが、明確には聞き取れない。


 それなりに時間は掛かった。

 顔を上げた時、彼女の表情は凍り付いていた。


「アンタはハイリアの敵ね」


「そうだ」


「彼の目的を阻んでくれる?」


「そのつもりだ」


「だったら、それでいい」


「君はどうするんだ?」


「彼の勝利条件を失わせる。こんなの間違ってる。絶対に、これ以上失わせない」


 矛盾に満ちた言葉が、俺には、告解のように聞こえてきた。


 そして――






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