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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(中)

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   クレア=ウィンホールド


 己を呼ぶ声に意識を向ける。


 「クレア=ウィンホールド!」


 再度叩き付けられる声。撤退を始める私たちに追いすがり、男爵が叫んだのだ。

 上位能力を展開した状態では『剣』より速度は落ちるはずだが、思っていたより早い。『旗剣』を振りかざし、連続破砕を叩きつけてくる。

「だから言っただろう。女を誘うのに腕を掴む奴があるか」


 逃げる体勢から一転、追う男爵に向けて大きく踏み込み、すれ違いざまに一撃を見舞う。

「っ!」

「はっ! 流石に身持ちが固い!」

 護衛として追従していた白騎士が私のレイピアを弾き、庇い立つ。

 だがそうやって足を止めた途端、大量の矢が彼らへ降り注ぐ。


「どうした男爵っ、逃げる女を追うのは慣れないか!?」

「小癪な真似を!」


 上空を振り払って矢を散らす『旗剣」の動きに、私は迷わず踏み込んでいく。

 当然白騎士が迎撃してくるが、横合いから放たれた矢に矛先が逸れる。その上で阻む手を加えてきたのは流石というべきか。しかし真っ向から打ち合うほどの鋭さはなく、レイピアの先端で受けた衝撃を生かして反転、勢いを前へと飛ばした。虐殺神父がやったという跳ね返すようなことは出来ないが、切断の加護を抑え、手加減の要領で衝撃を受け取り、しなるレイピアの刀身で受けるのなら、『槍』の打撃をある程度は御せる――!

 踏み込んだ。

 男爵が射殺さんばかりにこちらを睨み付けて来る。連続破砕では間に合わない。距離を取るべく後ろへ飛ぶ。下がり遅れ、守りを失った白騎士へ再び矢が降り注ぐ。動きを縫い付ける。槍の間合いを大回りして男爵との分断を図るよう動く。男爵の兵らが詰めてきて、仕方なく下がった。


「撤退! 撤退!」


 敵の『盾』が魔術光を発し始めたのを見て、即座に叫んで距離を取る。

 倒すまでにはいかないが、時間稼ぎとしては上等だ。


「おのれっ、このようなクソガキどもにっ!」

 言葉の通り、男爵らの相手をしているのは全て一番隊の人間だ。とりわけ、ある経験に秀でた者たちをクリスが手配して送ってきてくれている。


「生憎とな、上位能力者なんていう厄介な連中の相手は私たちの十八番だよ。ウチの部隊の隊長が誰であるか、今更語るまでもないだろう?」


 確かに彼らは強い。

 つい最近まで実戦を知らなかった私たちに比べれば遥かに戦い慣れていて、熟練を思わせる動きを見せる。きっと一対一では勝ちの目もないのだろう。


 だがどうだろうか。

 組織として見た時、彼らは純然と力を発揮しきれていない。上位能力者である白騎士や男爵が、あくまで個人の力で切り開こうとしているせいか、時に味方同士が競合し合って足を引っ張る場面もあった。孤立してくるのであれば、徹底した逃げを打って誘い込む。


 成立するのだ、それが。

 楽観視を許すのであれば、彼らは自らの上位能力を持て余しているのではないだろうか。在る事を前提とした連携がまるで出来ていないように思える。力の使い分けは勿論、妙な過信が見える。

 

 これがもし、相手が別であったなら。

 ジーク=ノートンやリース=アトラのような者であれば、意識無意識は別として成立させてしまうのではないだろうか。


「彼らに比べれば、お前たちはただの三流だ。それを証明しているだけだよ!」


 私たちは繰り返すだけだ。

 繰り返し、繰り返し、繰り返す。

 ただ当たり前の結果を呼び寄せる、相手にも自分たちにも必然と言える痛み分けを繰り返す。なにもすべてを完璧にこなせた訳じゃない。失敗は敵にもあり、こちらにもあった。ただ相手の方が多かったというだけで。


 痛みは確かに蓄積していく。

 一人が散った、二人が散った。敵に飲み込まれて生死すら分からぬ仲間を見た。

 失う恐怖も失わせる恐怖も、未だに私の中で暴れている。

 けれど喉が裂けるほどに叫び続けて、己を奮い立たせ続けた。


 戦いは私たちにとって有利に展開した。円陣を完成させつつあった所へ上位能力便りに縦列突破を仕掛けてきた男爵に対し、私たちは逃げつつ彼らを包み込んだ。追い縋ってくる敵本隊の突破力は脅威だが、守りを置き去りにしてしまっている。別動隊による多方向への突破を仕掛けられていたらこちらも危なかった。だが追うことに固執するあまり、男爵はまんまと包囲に留まり、後続は疲弊していった。

 守りを失った、ただ突進してくるだけの敵ならば、最早脅威とは呼べないっ!


 やがて、砦も間近に迫った頃、平原の向こうから突撃を知らせる角笛が鳴り響いた。砦に籠り、居場所を知らせる必要があるだろうと思っていたが、思っていたより遥かに早い。


「逃げ時のようだな、男爵!」


「まだっ、まだだっ! お前たちを手にすればまだ道はある!」


 白騎士は後方に置き去りとなっている。

 身体ごと振り返る。構えたレイピアの先端が、迫る男爵の首元をしっかりと捉えていた。少し遠い。今踏み込めば連続破砕を避け切れない。

 足を踏みかえて間を計ろうとしたところで、つま先が滑るのを感じた。

 レイピアは男爵を捉えている。意識は、目は、何一つ揺らいでいない。けれど身を飛ばす為の足を失った。

 振り上げられる『旗剣』と、好機を掴んだ男の顔を見た。


 あぁ、本当に、私は脇が甘い。

 こんな小さな失敗で、大きな勝機を失ってしまう。


 消沈はしなかった。悔やむ時間すら惜しかった。ただ目の前の敵を睨み付け、ただでやられるものかと喉元に狙いを定める。


 さあ行くぞ、そう思った時だった。

 滑る足元へ鳥の劈く音が突き刺さった。

 鏑矢だ。強烈な音を発する様に加工された矢が、たしかに、私の足を支えた。


 身を放る。

 驚く男爵の顔が滑稽だった。

 けれどまだ足りない。滑った分だけ勢いが減じている。

 再び後方から鏑矢が放たれる。番える手が早い。短弓だからこそ成せる連射だ。これはっ!


 振り下ろされる。攻撃が、まっすぐこちらへ――来ない!

 なまじ『剣』なら『弓』の攻撃に反応出来てしまうから、お前を射抜くぞを叫んで飛んでくる鏑矢がどうしても意識から外れない。

 ほんの少し、音から逃れようとした分だけ男爵の攻撃は遅れた。


「ははっ!」


 浮かび上がる獰猛な笑みを抑えられなかった。

 頼りになり過ぎるよっ、先輩!


 刺し貫く。つま先から伝わる力を骨身に伝え、体の捻りを余すとこなくレイピアの先端へ集めていく。

 そして、



 ――――放たれた攻撃は、大地から噴出した樹木によって阻まれた。



「これは!?」

 勢いのまま樹木の側面を蹴り、宙返りで後方へ下がる。

 結論へ至るには少しの間が必要だった。


「石を使う素振りはなかった筈だぞ!」


 紫色の魔術光が霧を模して漂い始める。

 今まで見えなかったのは、地下を中心に発動させていたからなのか。


 壁の如く聳え立つ木々の前に、一人の少女が姿を現す。

 小柄で幼い顔つきの彼女を、デュッセンドルフ魔術学園で学ぶ者なら知らない筈もなかった。


「ティア=ヴィクトール……!」


 眼前に瞳の紋章を浮かび上がらせ、こちらを見据える彼女の姿に、兵の動揺が広まっていくのを感じる。

 被害者だと思われていた少女。それが、意志を持って立ち塞がっている。


「私たちを阻むつもりか」

「下らない男、殺す価値もない」

「放置すれば国を乱し、私たちを襲う。お前も操られていた筈だ」

「小さな事でいちいち怒ったりはしないの。あなた、下着が上下揃っていないと気になっちゃう人?」

 意味不明な問い掛けに間を得るが、呑まれまいと気を入れなおす。

「わからないな。ジーク=ノートンもお前が与するのを良しとはしないだろう」

 言うと、ティア=ヴィクトールは小さく俯いて呟きを漏らす。


「ジーク=ノートン」


 不思議な響きだった。

 あの快活で不敵な一年生を呼んだにしては、どこか違和感を覚える。


 ティアはこんな状況にも係わらず小さくあくびをして片手で頭を抑えた。

「……あぁ、もう。腹立つあの男っ」

 ビシィッと指差す頭一つ分も小さな少女が加えて言う。


「分かってないのはアンタたちっ。このまま状況が進めばどうなるか、ちょっとはミジンコ並みの頭捻って考えなさいよね! というか、全然見えてないのか……あぁ面倒くさいっ。ジーク=ノーじゃなくて、ハイリア=ロード=ウィンダーベルが心配なら、今すぐこんな子犬のじゃれあい止めて王都に向かいなさい! ティレールよティレール! わかった!?」


「は……はあ?」


「阿呆の質問は時間の無駄だから私の言葉だけ魂に刻んでおきなさい! さっき向かいなさいとは言ったけど行かないほうがいいの! 行けばどうしようもない苦しみに晒される。逃げ場はなくなる。だからせめて、覚悟を決めて選択しなさい! 以上! じゃあ私は行くから」


「あ、おい待て!」


「私も急いでるの。アンタたちも急ぎなさい。選択の時間はもうあまり残されてはいないから」


 止める間もなく、伸びあがった樹木が地面を揺らしながら、波が引くように遠くへ消えていく。

 そこに男爵も、男爵の軍勢もおらず、変わりに、デュッセンドルフを落とし、男爵領内へ進軍してきたらしい討伐軍が私たちの元へやってくる。


 戦いは、終わったらしい。


    ※   ※   ※


 ティア=ヴィクトールが本格的に男爵の軍門に下った……?


 無視出来るものではない。彼女の力は待ち構えていられるよりも、姿をくらませている方が厄介だ。かつて教団との戦いで『王冠』を持つビジットがそうしたように、いつどこで陣を築かれるか分からないから、常に彼女を警戒しなければならない。

 こんな奥地まで討伐軍が入り込んでいることから、領内で再起を計るのは難しいのかもしれないが……。


 いや、今はティア=ヴィクトールの残した不可解な言葉だ。


 再び舞い戻った砦で討伐軍との折衝及び保護を受けることになった私たちは、大休息の三日間ですら嘘のように潤沢な物資による奉仕を受けていた。

 実際、事が落ち着けばおつりが来るほどの恩返しが得られるのだから、この一軍の将が歓待するのも当然だ。


 抱えていた貴族たちは保護され、安全に領地へ送り届けられるだろう。反教団として活動を始めるとしても、今は一呼吸置くべきだ。

 ティア=ヴィクトールによる『魔境』の脅威が残っているとはいえ、大規模且つ組織的な動きを取らないとなれば、軍団規模で動く討伐軍をどうこうするのは難しい。

 しばらくはごたごたもあるだろうが、いずれ学園へ戻れる日も来るだろう。

 男爵の反乱も最早過去になりつつある。

 そう思っていい筈だ。


 私も、もう皆を率いている理由はない。

 正規の兵らがおり、安全は確保されている。

 危機は去った、筈だ。


「ティレール。王都、か」


 そこにハイリア様が居るのだろうか。

 しかし、何故?


 男爵の反乱を予期していた彼は、蜂起に合わせて姿を眩ませた。

 行く先についてはアリエス様をはじめ、捜索に向かった者たちも居るが、討伐軍の人たちがデュッセンドルフで簡単な伝言を預かったということくらいで以降の消息は不明のままだ。


 まだ終わっていない、ということか。

 だが、何が終わっていないのか、を私はまだ知らない。

 同時に、ではどうするか、とも思う。


 もう降り掛かる危機は去った。

 十分過ぎるほど犠牲を払って、ようやく得た平穏だ。


 捨てるのか。


 遠巻きに何かが起きているのを眺めながら、彼が戻ってくるのを待つのか。


「決まっている。だが、他の皆は……」


 砦内の広場には、安堵の雰囲気がある。

 けれど、


「うん、悩むのはもう沢山だ」


 いい。

 勝手に決めて、放り出していくのは駄目だ。

 ハイリア様のように託せばいいのだろうが、私が別の人に託すというのは違う気がする。


 もう私の心は進みたがっている。

 ちゃんと追いついて聞きたいのだ。

 彼が何をしようとしているのか、何故私に部隊を預けていってしまったのか。山ほどの質問と、たった一つの問いかけとか、そういうものだってしたいんだ。


 不意に頭を掠めた目的の一つについ顔が熱くなるのを感じる。

 全く以って馬鹿だ。気が緩んだからだろう。


「あぁ、そこの君」

 アリエス様の小隊の子だっただろうか。すれ違い様に呼び止める。

 相手は私に気付いていなかったらしく、こちらを見て飛び跳ねるように驚いていた。

 金色の髪に青のリボンが可愛らしい、一年生だろうか?

「は、はいっ!」

「一つ頼まれてくれないか?」

「っっっ、分かりました! なんなりとっ」

 様子が妙だが、細かいことは気にしない。

「一番隊の人を集めて欲しい。適当に声を掛けたら、後はそいつに任せて構わない」

「そんな! 最後までお供します!」

「いや供じゃなくて使いに走ってほしいんだが……」

 改めて伝言の内容を伝え、顔が分かるらしいので誰を中心に話を広めるかの指示も出した。最近になってこういうのは慣れてきた。ただ、妙な緊張をしているのが気になるのだが。


 名も知らぬ少女は、潤んだ瞳で私をじっと見つめ、赤らむ顔を伏せて隠すと、最後に口元だけはしっかりと笑みを浮かべて言った。

「わかりました………………………………………………お姉さま……っ」

 なんだろう、えもいわれぬ迫力を感じて一歩引く。

 けれど彼女は気にした様子もなく、すぐさまきびすを返して走っていってくれた。


 にじむ汗にうろたえていると、今度は後ろから視線を感じて振り返る。やはり学園生だろう少女がこちらをじっと見つめていて、目が合うと恥ずかしそうに顔を伏せて去っていった。なんなんだ。


 居心地の悪さに視線を彷徨わせていると、人ごみのなかにクリスの姿を見つけた。

 思わず魔術を用いて飛び寄る。

「クリスっ」

「うわっ、クレアさん……」

 うわっとはなんだうわっとは。

 ないがしろな扱いを受けて傷付いた私はすぐさま彼女を後ろから抱くように手を回し、くりくりした髪に頬を摺り寄せた。


「聞いてくれクリス、なんだかさっきから妙な視線を感じるんだ。皆顔を赤らめて顔を背けるんだがずっと意識はされているような、強烈な圧迫感があるような……変な迫力を感じる時がある」

「うーん、そうですねぇ、この行動が原因ですねぇ」

「なんだよ、指揮官になったらお気に入りの後輩を可愛がることも出来ないのか」

「クレアさん、指揮官として振舞う自分の姿というか、その……格好良さとか本当に無自覚なんですね」

「格好良い、か?」

 可愛い後輩にそう言われるとつい頬が緩む。

 甘え気味な自分を自覚しているけれど、やはり格好良い先輩でもありたいのだ。

「まあ、贔屓目抜きにしても。特にさっき男爵に見せた表情は大勢の乙女の心を……いえ、私はハイリア様一筋なんですけどね」

「なんだ浮気かこいつぅ」

 言って冗談半分に身体をまさぐると、不意に周囲から黄色い歓声があがった。

 驚いて視線を向けると、その隙にクリスが離れてしまい、何故か顔を赤くしてこちらを半眼で見据えてくる。


「もーっっっ! だからですね! クレアさんが毎晩毎晩私を抱き枕にするせいで変な噂が立ってるんです! 私が毎晩クレアさんに、その、抱かれてるって!」


「抱かれてるだろう?」


「あーもうこの純粋培養お嬢様め! 純粋か! 穢れを知らないのか! 天然か!」


 なんだか良く分からないが、クリスがぷんぷんしている様はかわいらしい。


「私そっちの趣味はないんですううううううううううううううう!!」


 頭を撫でたくて手を伸ばすも、私の手を避けて逃げていってしまった。

 さびしい気持ちに浸ったのは少しだけ。気持ちを引き締めなおし、この先のことについて、私は考え始めることにした。


    ※   ※   ※


 そうして私は知った。

 ここより遥か西方、フーリア人との戦線を長年支えてきた征西将軍と、同じく各地を転戦し、時に戦線を立て直し、時に反乱を鎮めてきた近衛兵団団長とが、王国へ反旗を翻したことを。

 宰相の名において両名は反逆者と認定、東進を始めた征西将軍へ新たな軍を派遣した。


 この話を持ってきたのは、オラント=フィン=ウィンダーベル。

 ハイリア様と、アリエス様の父君だ。彼は共に逃亡を続ける傍ら、独自に間諜を放って情勢を探らせていたと説明した。


 それは、まあ、いい。

 けれど最後に告げられた言葉は、私たちを……私を、大きく揺るがすもので、







 

当作品を紹介してくださった方がいるとのことで、こちらにて御礼を述べさせていただきます。

改めて多くの方の目に留められるキッカケをいただけたこと、本当に嬉しく思います。


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