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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(中)
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追憶の章 4



 故郷を出てしばらく、マグナスは旅の神父の護衛をして糧を得ていた。

 彼は布教をして回っているんだと言っていたが、護衛としてのマグナスの仕事は、もっぱら彼の起こした痴話喧嘩を沈めることや、激怒した娘の親兄弟が放った刺客の排除だった。

 ある意味で神父はどこまでも平等だった。大貴族の娘だろうと、薄汚れた街娼だろうと、等しく愛し慈しんだ。節操を持てと、当時まだまだ初恋相手への操を立てていた青臭さ全開のマグナスが言うと彼は、もし君が誰かを愛する時に障害を感じたのなら、それは愛の燃料にすぎないのですよと、言い笑った。


 言い分に納得できた訳ではなかったが、何かを始める時、一歩を踏み出すその時に感じる不安や躊躇いが、突き進む為の力になるのだと言葉を変えれば、十分に神父らしい言葉だ。

 気の短いマグナスが彼との関係を続けられたのは、奔放極まりない神父の考えに少なからず共感を覚えたからなのかもしれない。


 神父も神父で、喧嘩っ早く時に自ら問題を起こしてしまうような護衛を長く雇い続けていたからには、何か感ずるものがあったのだろうとマグナスは思っている。


 あの日、北と南に別れた道の手前で、二人は野営を行っていた。

 少し離れた位置には同道していた行商の一団があり、彼らは神父の提案で少し離れた場所に陣取って焚き火を囲んでいる。夜空の星が見渡せるほど、周囲には何もない草原が広がっていた。


「私はここから南へ行きます。ガルタゴには北のホルノス以上に未開の土地が多いと聞く、聖女の教えが必要になる場所もあるでしょう」

 パチン――と薪から空気の弾ける音がして、火の粉が舞い上がる。

「アナタは、ここから北へ行って下さい」


 内容は、マグナスが予想していた通りのものだった。

 普段は二人で行動する。護衛も付けられないような貧しい者たちを助けて遠回りするようなことはあるが、今回のように十分な護衛のある旅団と共に行動するというのは滅多に無い。

 町でのいざこざはそこを離れれば済むが、一処に留まらない者たちとのいざこざは果てしない追いかけっこに発展することもあるからだというのが主な理由なのだが、ともあれ神父も節操はないながらに危機管理程度は行っているらしい。その危険を上回る愛とやらに巡りあってしまうと困るので、マグナスも極力避けていたのだが、今回は最初から神父が話をつけてしまっていたのだ。


 彼にしては珍しく、家族連れの娘や母親に声をかけるような事もなく、極めて良好な関係が続いている。どころか、神父は時折マグナスの武勇伝を語り、その腕前や義理堅さを冗談交じりに褒めそやした。


「旅芸人の一団が居ましたよね。彼らが、是非貴方を雇いたいと言っています。収入も安定しているようですし、報酬をもらい損ねることは無さそうです」


 そうか、と応えるのに、少しばかり時間が掛かった。


「俺は、なにかやっちまったかな」

 想像していたのと、実際に言われるのとでは少々異なるらしい。誤魔化しの苛立ちは神父に見抜かれたことだろう。

「この所、貴方の力はとても大きくなった」

「誰かさんが問題ばかり起こすからな。殺さないよう手加減して叩き潰すには、相手の遥か上手を行かなくちゃならなかったんだよ」

 殺すな、は当然のこと、無闇に傷付けるなとくれば、尋常な方法では不可能だ。相手の不意をつくこと、想像を越えること。徹底して技を考え磨かなければ到底出来ないことだった。

「最初は、どこにでも居る程度の術者でした。ですが今日までの日に、えぇ、私の想像を超えた力を貴方は身に付けた」

「聖女が俺を認めてくれていた、ってことなんだろ?」

 魔術は術者がこの世の歴史にどこまで干渉して良いかという許しだ。大きな力がある者ほど、そういう天命がやがて降りてきて、歴史を動かすことが出来る。そう神父に教わり、事あるごとに言われてきた。

 ならばマグナスは、自ら故郷を出ることで、その証明にまた一歩近づいたということだ。


「果たして……そうなのでしょうか」


 だから、神父の返しにマグナスは呆気にとられてしまった。

 教会の謳う魔術への解釈を神父が否定するなど、あってはならないことだ。けれど彼は自身が罪を犯しているとは欠片も思っていないような表情で、風よりも小さな声で続けた。

「私なりに多くの世界を見てきたつもりです。魔術はあらゆる人々に宿り、その未来を指し示す。それを可能性の指標とすることに異論があるのではありません。ただ、疑問が残るということです」

 この声はマグナス以外の誰にも聞こえない。

 風に運ばれない声で、神父は続けた。

「大きな力を持つ者が世を動かすというのなら、国それぞれの王や領主にもっと力が無くてはいけない。力が無いのであれば、本来は玉座を追われるべきでしょう。ところが、さしたる魔術も使えない主に偉大な使い手が侍っていたという事実は山のようにあり、また上位能力かイレギュラーのような異常なほどの力を持つ者が、力故に幽閉されて生涯を孤独に過ごして終わるというものも見てきました」


「聖女の下さる力は許しであり、当人が天命から逃げれば力の多寡に関係なく運命は閉じてしまう。故にこそ人は自らの天命を証明すべく、世界に声を張るのだ。

 ――アンタが何度も俺に聞かせた話だぞ」


「その通りです。ですが、与えた天命に従わなければ閉じてしまうなど、あまりに無情ではありませんか。それではまるで、王の与える命令と変わらない。いえ、少々過ぎた表現でしょうが、語り継がれる聖女のお人柄を思えば、どこか違和感を覚えるものなのですよ」


 信ずればこそ、考えることを止めない。

 閉じた田舎や大都市の教会などは未だに影響力を残しており、さながら王のような振る舞いをする神父も少なくない。なまじ教会への不信が強まるからこそ、彼らは己の信ずる教えに固執する。容易く抜け出せない群れの中では、より悪質なものに変容していく。

 こういう人間も居るのだと、マグナスは会ったばかりの頃から教えられてばかりだった。


 マグナスは待った。

 この話をすることは、きっと意味があるのだろうと思う。

 奔放ながらも彼が誠実な信徒であることをマグナスは知っている。


 やがて神父は長年溜まり続けていた重荷を降ろすように、そっと呟いた。


「望むからこそ、聖女は力をお与えになる。魔術の強さは、術者本人の抱えた願望を反映しているのではないか、私はそう考えています」


 だからこそ、先に述べたようなことが起きる。

 確かにそれならば神父が散々語ってきた慈悲深い聖女らしいものに思える。


「貴方は当初、きっと小さな世界で生涯を終えるだけの、ささやかな生を送ることを望んでいた。いえ、士官を目指すことが小さな望みであると言っているのではありません。ですが凡百の夢であるのは事実。あるいはそう口にしながらも、実感を持てていなかったのか……どうあれ、貴方は今、かつての己を遥かに上回る何か、大きな望みに手を掛けようとしている。それを自覚しているかどうかまでは分かりませんが、どうでしょうか?」

「とりあえずよ、会った当初は腕の良い使い手だって褒めてくれてたのに、そんなこと思ってたなんてなあ」

 冗談交じりに言うが、神父は変わらず真摯な表情で答える。

「当初でも既に、それなりな力があったことは確かですよ」

「まあ……なんだ。そうだな…………何か、俺自身をもっと試してみたいって、思ってる所はあるかもしれん。原因が原因だけに面倒さが先に立つけどよ、力不足を感じるくらいに強い奴と戦ってみたい、そう思うよ」

「彼女との戦いは、中々に刺激的ではありませんでしたか?」

「あぁ、あいつか。あいつは強かった」

 少し前、王族にも連なる家の、子持ちの母親に手を出した神父を殺しに派遣された暗殺者。まだまだ若く、荒っぽさが目立つものの、久々に良い相手だったと記憶している。単純に腕以外の部分で出し抜かれ、護衛対象の神父自ら相手をさせてしまった事もあるが、端から見ていて見応えのある戦いだった。


「……そういや、別れる前に戦ってみたい相手が居るのを忘れてたよ」


「ほう……」


 焚き火に枯れ枝を放り入れ、勢い良く立ち上がったマグナスに対し、神父はゆらりと腰をあげる。


「俺も区切りをつけるからにはハッキリさせておきたいしな。勝ってアンタを乗り越えたら、俺も素直に北へ向かうさ」

「負けたらどうしますか?」

「いずれの再戦に向けて、北で武者修行を続けておくよ」


 中途半端なのは嫌いだった。

 勝っても負けても、その結果に不純物を混ぜたくはない。己の現在位置を確かめて、行く先の果てを見定める。今はそれが良い。


 勝負は夜明けまで続いた。

 神父は南へ、マグナスは北へ向かい、やがて、ホルノスの王と出会う。


 神父と話した内容を忘れた日はない。

 けれど、いつしかマグナスの中で、彼の自説は否定されていった。

 なぜなら、


 なぜなら彼の王は、何の魔術も開花出来ないでいたのだから。

 神父の説を信じたなら、夢語りの王が、その実なに一つ望んでいないことになってしまうのだから。古都に居た時よりも精力的に、心から楽しんでいるように見える彼の笑顔を疑うなど、マグナスには出来なかった。

 ましてや、ハイリア=ロード=ウィンダーベルと共に現王権を討ち果たし、過去の過ち全てを精算しようとしている今となっては、決して肯定出来るものではなかった。

 故にマグナスはかつて、生涯この話を口にしなかったという。


   ※  ※  ※


 新大陸の発見。

 この一報に湧き上がったルドルフ王勢力は、同時に齎された話にたちまち沈み込むこととなった。


 西方の大洋における探索は、もう随分と前から始められていたが、実のところ発見というよりは確認に近い。

 遥か昔から伝えられてきた航海日誌。

 ウィンダーベル家の連絡役を務めていた男が齎したその日誌を元に、星の並びを追い、長い時間を掛けてようやく発見に至ったのだという。

 それは良い。長年海への道を持ちながら、次々と舞い込む歴史を動かす新事実の数々を、観客として見ることしか出来なかったホルノスの民にとって、この上ない歓喜を与えるものになるだろう。


 だが、長い航海の疲労と大発見の興奮でハメを外しすぎた船乗りの一部が、現地民の女を襲い、助けに入った者を殴り殺してしまったのだという。更には実行者が捕まり、彼らの手で処刑されてしまったのだ。

 せめてこちらの手で彼らを裁けたのであれば和解の目もあっただろうが、追い返される形でその岸を離れることになってしまったのだ。

 ただ船団をまとめていた男もただでは帰らなかった。最初に到着した岸から大きく離れた場所に再上陸し、現地民との交流を深めた。船員の規律は厳格を極め、囚人の如き扱いだったと語る者もいたが、おかげで彼らとは良好な関係を築けた。


 発見は、それだけで利益を生むものではない。

 南部からの迂回路を完成させた半島の海洋国家は東方の珍しい品々による貿易で

莫大な利益をあげている。あるいは本国では不可能なほど大規模な農場を経営させ、植民地化した国の労働力を投じて安価な食糧を大量に生産させた。新たなことが始まれば需要は芋づる式に増えていき、また潤沢な金を生み続けるからこそ更なる需要を呼ぶ。

 新大陸にそれだけの価値があるのかどうか、初めてのことだけに彼らも頭を悩ませた。


 一番の悩みは、この報をいつ外部に知らしめるか、だ。


 現在ルドルフ王の勢力は苦境の最中にある。

 順当に力をつけていった彼らを脅威に感じた一部の領主たちが連合を組み、あろうことか北方の島国に援助を求めたのだ。力ある領主にもなれば、複数の国の王族や貴族と親戚関係であることは、この時代そう珍しくもなかった。国という枠組みすら曖昧で、領主の一存で属する勢力が変わることも当たり前。

 海洋貿易で莫大な富を得ている島国の後援を受けて、彼らは実によく抵抗をしている。

 問題は、新大陸の情報を外部に漏らせば、必ずや彼らは連合を更に支援し、ルドルフらを追い詰めた上で地盤の固まらない新大陸を我が物にしようと動くだろう。


「彼らを拘束する。罪状は既にある。いずれ英雄として遇するにせよ、今は身柄を確保しておくべきでしょう」


 そう言い放ったのは、宰相ダリフだった。


「新大陸発見の名誉だけを得ても意味は無い。我々が新大陸で強固な地盤を固め終わるまで、この情報はなんとしてでも伏せなければならない」

「それはいつまでだ」

 返すマグナスに、ダリフは用意していた答えを差し出すように即答する。

「少なくとも現在建造中の船団が形になるまでは、だな。可能ならば北方の戦線に島国の戦力を集中させ、その撃滅を果たしてからだ」

「奴らが半島との決戦で消耗した虎の子を、あんな連中にくれてやるとでも?」

「彼らからすれば、半島との決戦で勝利したからこそ、これ以上南方に巨大な勢力が生まれることは避けたい筈だ。東方へ繋がる海路はすべて、南方を迂回してのものだからな」

 北方の海は氷に閉ざされており、幾つもの船団が挑戦しては帰ってこなかった。

 海路を発見しただけでは意味が無い、というダリフの言葉どおり、彼らは遠く南の岬を安全に迂回し、貿易を果たす必要がある。島国より南方に領土を持つ半島とぶつかるのは必定だったに違いない。

「もう話は広まりつつあるんじゃないのか? この話が届くまでにだって、よっぽど時間は経過してるんだ」

「この手の法螺は珍しくない。異国の珍品も多くの者からすれば東方の品と見分けがつかないだろう。いや、彼らが新大陸を発見したと思い込んでいるだけで、大洋を彷徨う内に近隣の陸へ辿り着いただけということも十分ありうる。だからこそ彼らの後援をしていた我々から正式な発表が無い限り、長い航海で頭のおかしくなった連中としか映らないものだ。下手に何かを発表はせず、よくある航海における後遺症を療養する名目で、船乗りたちは厳重な監視をつけて隔離するべきだろう。あぁ、これならば彼らにも万全の状態で発表するべく休んでもらっているのだと説明がつく」

 長く持つ嘘ではないが、仕方のないことだろうかとマグナスも思った。

 そもそも航海にかかる莫大な費用を負担しているのもこちらなのだ。彼らが偉大な発見をしたという点については絶賛を送りたいし、自ら酒でも持って見舞いたいとも思う。

 だが、現状がそうもいかないのだ。


 新大陸を発見した。

 そう世界の歴史にホルノスを名を残しても、肝心の航路が島国や半島に牛耳られては意味が無い。

 確固たる地盤を得て、多くの民を抱える今のホルノスは、もう夢を追っているだけではいけないのだから。


 かつては名ばかりだった近衛兵団は、既にこの一帯で名を知らぬ者は居ないほどの勇名を轟かせている。とりわけマグナスはダリフによる表に裏にの広報もあって、既に当代最高の『騎士』という呼び声まで得ている。

 ダリフもまた、ホルノスの諜報を更に強固なものへと成長させ、こうして一堂に会することが珍しいほどに四方を飛び回って会談を行っている。また各地の領主に運営を任せる形ではあるが、学び舎の設立に補助金を出すなどで学問の浸透にも一役買っていた。


 王であるルドルフは言わずもがな、最近一層麗しさの増した王妃シルティアはダリフの積み重ねた根回しにトドメを刺すような形で様々な会談に華を添えている。


 他にも古くから王に仕えてきた者たちは、ごっこ遊びだった立場にふさわしいだけの力を手にしていた。

 もう遊びではない。

 空に描いていた夢を、今はまず机に描き、この大地に、人々の営みで以って歴史に描いて行かなければならないのだから。


「……やっぱり、彼らを今すぐ英雄として遇することは出来ないかな」


 だから、不意に放たれたルドルフの一言に誰もが驚いた。

 こういった流れの固まりつつある会議で彼が否定を入れることは極めて珍しい。というより、初めてではなかったか。


 多くの視線を受けるルドルフは、まるでいたずらの仕掛けを見られた子どものように頬を掻いて苦笑いしている。身体つきはもう立派な大人だが、こんな所は以前と変わらない。


「ルドルフ――」

「陛下」


 マグナスの声を遮りダリフが彼の前へ出て、膝をつく。


「恐れ入りますが、それには大きな問題がいくつもございます」


 そう切り出し、ダリフは先ほど話した内容に更なる注釈をいくつも付け足して説明を行った。聞いている側がうんざりする程長い説明の後、それでもしっかり話を聞き続けていたルドルフは大儀そうに頷き、こう言った。


「許す」


   ※  ※  ※


 方針は固まったが、残り一つ大きな難問が残っていた。


 新大陸での地盤固めだ。


 最大の問題は現地民との会話が出来ないことだ。

 言語の違いはこの大陸にも存在するが、元々民族移動の激しかった土地柄もあってか、多言語を習得している者は珍しくない。また古都へ流されてきていた者たちが様々な土地の出身者というのもあり、今まで言葉や文化の面で頭を抱えることはなかった。

 翻訳が進めば話も変わってくるだろうとは思うものの、どうにも現地の権力者らはこちらとの交流には否定的らしい。一般市民らが歓迎しているからと、消極的に迎えてはくれるし、敵対はしてこないが、言語の類が記されたものは一切持ち出しが許されなかった。

 見憶えた文字を記した手記まで取り上げられたとあっては、残るは直接の対話から言葉を学んでいくしかない。それが出来るだけの学を持つ特使は、確実に必要だ。


「その大役、私に任せてくださいませんか?」


 珍しいことというのは続くもので、思いがけない発言者に今度はルドルフを含めた全員の目が、王の隣に集まった。


 王妃シルティアが、そっと伏せていた目を周囲へ流す。


「私が出向くことで、こちらの本気も伝わるでしょうし、戦力として考えても、私ほど海戦に向いた術者は居ません」

「……確かに、『弓』の上位能力は海戦じゃ圧倒的だが」

 戦いの場が限られる海戦では『弓』こそが戦場の主役だ。一部、『剣』の術者が海上を突っ走って船を乗っ取った、などというまことしやかな噂もあるが、射程の面でも他を圧倒できるだろう。

 その点『槍』や『盾』は全くの役立たずだ。

 なにせ船が移動を続けるので、魔術を使えば海へ放り出されてしまう。結果、船に乗せる戦力は護衛としての『剣』と『弓』に限られる。


「対連合にしても、私がここを離れるとなれば島国の船団をおびき寄せる理由になると思います。どの道、私を戦場には出させて下さらないんでしょう?」

 首を傾げて言われるととても愛らしいのだが、マグナスは敢えて重苦しく頷いた。

「シルティア様は我が国にとって大切な方。如何に強力な術者であろうとも、危険に晒すわけにはいきません」

 不要とまでは言わないが、最早近衛兵団の力は他国の精鋭を正面から打ち崩す。彼女には戦場よりも会談の場でこそ活躍して欲しいとマグナスは思う。


「でしたら、この役目こそ私が負うべきものでしょう。必ずや新大陸に確固たる地盤を築き上げてみせましょう」


「そ、そうは仰いますが……」

 航海は年単位な上に、船に女を乗せるというのは不和の元だ。

 差別的な意味ではない。航海は力仕事だ。どうしたって男ばかりになる。そんな中に見目麗しいシルティアが乗ることは極めて高い危険が付きまとう。

 元々長期航海とあって船員には強固で高潔な精神が要求される。だというのに事件は起きた。探り探りだった当初とは違い、終わりの見えている航海とはいえ、船乗りたちが貯めこんでいく精神的負担は計り知れないだろう。

 よくある船乗りの冗談に、羊にしか反応しなくなった、などというものもあるが、事実を含んでいるだけに笑えるのは当事者ばかりである。


「一応、案もあるんですよ。航海には船乗りの方々の家族や、彼らを世話する給仕を雇い入れましょう。食料については、以前南方から仕入れたという保存食や日持ちする変わった果実などがあるでしょう? 厳格な管理を以って規律を守るのもいいですが、余裕を以って私たち本来の姿を見せる方が、きっと新大陸の方々も心を許してくれると思うんです」


 確かに、とダリフまでもが口を噤んでシルティアの弁に耳を傾けている。

 彼女は口にしなかったが、性欲なんかの問題も娼婦を特定の船に集めて雇い入れておけば解決するかもしれない。規模の小さな船団ならともかく、親善大使としてこちらの力を示すには相応の規模が必要というのも確か。

 新たに建造中の船は東方から齎された新型で、速度は出るが積載量は少なく戦い向きで、長期航海を想定はしていない。用途が違うのであれば、多少数が減った所で痛くはないだろう。どの道、明日明後日に決着がつくほど小さな相手でもないのだし、主戦場は海というより陸地だ。


加えて言えば、あると分かった以上、いつどこの国が別口で発見してもおかしくはなかった。新大陸で確実な友好か、もしくは支配を達成するのなら、シルティアの存在は大きな力となるだろう。


 結局、結論が出たのは一月も経過してからだった。

 戦いを控えている以上、マグナスは動かせない。ダリフもまた貴族らをまとめるのに不可欠だ。王たるルドルフまでも国を離れる訳にはいかない。

 問題は抱えているものの、新大陸から齎される莫大な利益があれば、ホルノスが一躍大陸西方の覇権国になることも夢ではないのだ。


 ――この大地に、遍く轟く黄金の国を創り上げよう。


 かつて王の語った夢が実現できる。

 シルティアが危険も顧みず名乗り出た気持ちは痛いほど分かる。マグナスもまた、我が王を黄金の国の玉座に座らせてやりたいと、心から願っているのだから。


 やがてシルティアは新大陸へ向けて出航した。

 全ての崩壊に繋がるとも知らず。


 そうして、


 そうして――――シルティアは新大陸にて消息を絶ったのだった。





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