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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(中)

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追憶の章 3


   追憶の章 3


 結論から言って、ルドルフ率いる国王勢力の拡大は上手く行き過ぎた。

 時代の変わり目であったことは間違いない。だが、幾らかの混乱を孕みながらも世の土台は安定しており、だからこそ広大な海へ漕ぎ出し世界を拡大するなどという大事業が進行していた。

 ある領地では兄弟同士の後継者争いが激化していた。

 ある領地では蛮族の進行を受け援軍を求めていた。

 ある領地では百年に一度の大飢饉を受け領民が蜂起し、領主が惨殺されていた。


 都合良く、運命付けられていたかのように彼らの拡大に合わせて混乱が巻き起こり、功績も名声も自ら懐へ転がり込んできた。

 人々は王の隆盛を歓迎した。

 元より運命の神を信仰し、その巫女たる聖女セイラムを信奉するこの国の人間は運命という言葉を好む。言語の発達がその文化圏における感性を現わすというのなら、およそ異国の言葉では表現しきれないほど多彩な運命を現わす言語がこのホルノスにはあった。


 広がりゆく世界を黙ってみていることしか出来なかった時代に、定められたかのように力を伸ばしていく王の出現を彼らが好意的に受け取り、歓迎したというのはそれほどおかしなことではない。そもそも、実態はともあれ個々の領主が我を張ったおかげで、本来の大きな枠組みから遥かに小さな勢力としての活動を余儀なくされていたとなれば、支配者たちはともかくとして民衆には受け入れやすい。

 時代とは時に、異なる時代の者からは信じられないような感性で以て推し進められることがままある。まさしくこれは、一つの熱狂と共に進行した病のような出来事であった。


 この日、ルドルフらがあの古都を脱し、見事ティレールを制圧してから十年にも満たない間に、彼らは影の支援者であるウィンダーベル家をも凌ぐほどの勢力を築き上げつつあった。


 城内は酒宴の雰囲気に包まれ、人々の笑い声が沸き上がる。

 盛り上がった男たちがこれまでの戦いで見た印象的な場面を剣舞で模倣しはじめ、時に白熱しすぎてたしなめられることも多々。陽気な歌唄いが王の功績を称えた歌を即興で披露し、昔取った杵柄だと老兵が楽器を手に演奏を始めたが、酔いの回ったおぼつかい手つきで奏でられた音色は皆の笑いを誘った。


 酒宴の主賓はとある伯爵家だ。

 広大な穀倉地帯を抱える伯爵とは長年好を通じてはいたものの、正式に下るかどうかという話はのらりくらりとかわされ続けていた。だが先だって伯爵自らが王の元へ現れ、改めて臣下としての誓いを捧げた。

 振る舞われている食事や酒は伯爵の持ち込んだものだ。

 その他多くの献上品が今も宴の場に飾られており、言ってしまえば伯爵家の財力をこれでもかと見せつけていた。


 大きな勢力になったとはいえ、ルドルフの元へ下っているのは領地の運営が困窮した者や、元からどこかに飲まれるしかなかった中小規模の貴族たちだ。

 酒宴が始まって陽もすっかり落ちた頃、ようやく訪れた貴族たちやその令嬢らの挨拶を終えたマグナスは、宴から少し離れつつ山積みの献上品を眺めて、後から加わったとはいえ、これでは伯爵を邪険に出来る者はいないだろうと唸っていた。

 つまり、彼らの勢力内で最大の力を持つ者が誰であるか、今もルドルフの隣で陽気に語らっているあの老人は初手から見せつけてきたのだ。


 だが伯爵も軽い気持ちで下ったのではない。

 彼は一帯の領地に食料を供給する大きな影響力を持つ大貴族だ。彼がルドルフについたという話は瞬く間に未だ態度を決めかねている貴族らの元へ届き、早くも様子見目的の祝辞を手に使者が送られてきている。

 いずれいくつかの貴族が新たに下ってくるのは間違いないだろう。

 その時になって伯爵がふらりと離れたのでは、国内での印象は最悪になる。伯爵の領地は広大な穀倉地帯を抱えるが、それ以外のものは他の領地から買うしかない。いまや伯爵の領地と支配圏を接するルドルフたちがその気になれば、食料の売り込み先を失わせることも、少なくとも今後の伸び続けると考えるならば不可能ではないのだ。なにせ、伯爵が下ったとの報を受けて一番に下ってくるのは、その伯爵から食料を買い取っていた領主たちなのだから。

 ルドルフたちが売るなと言えば、彼らは真っ先に干上がってしまう。伯爵と共にまた距離を置こうにも、彼ほどに力のない貴族たちにとっては一大勢力となったルドルフたちを向こうに回すのは恐ろしい。そして今回、伯爵は単独でこちらに下っている。

 脇を固めず単独で現れたのは、彼なりの意思表示なのだろうとマグナスは思っていた。


 つまり、小難しく考えるまでもなく、ルドルフらはまた一段と大きな勢力に拡大していたのだった。


 人々を眺め、マグナスは酒を煽る。

 男が、女が、老人が、子どもが、皆笑っていた。

 この先にも果てない興奮と驚きと喜びに満ちているのだと、信じて疑わなかった。


 たった一人を除いて。


 宰相ダリフは、壮絶な危機感を持って独自の行動を始めていた。


    ※   ※   ※


 酒宴を離れて一人マグナスは歩いていた。

 雲の多い夜空とあって、かがり火が無ければ暗闇を見通すのが難しい。

 右手には酒瓶と、左手には陶杯が二つ。相当な量を飲んでいた筈だが、マグナスの顔色はいつものままだ。

 一緒に出てきた女とはすぐに別れた。多少顰蹙は買ったが、いずれ家に顔を出すと言えば機嫌も元通り、後の面倒は呼び出した本人に補填させようと彼は心に決めていた。


 城の造りは石だ。この国で城壁と言えば、昔から外面が斜面になっているものを言う。古い時代のものには薄い壁としての城壁もあったが、『槍』はそもそもとして、『弓』の術者たちが大きく強力な弓を用いるようになってからは、より厚みのあり破壊されにくい三角状のものが好まれた。戦闘となれば数十数百と降り注ぐ矢を受け、人一人ほどの厚みある石壁でも簡単に破壊されてしまうからだ。当然ながら時間は掛かるが、数十日掛かることもある城攻めではやはり脆い。

 ここティレールは古くからある古城の一つだが、近年まで戦いの舞台として使われていたこともあって、城壁は三角状に築きなおされている。最も、マグナスらが攻め込んだ当初は、商業地あるいは格式ある都市としての発展を推し進めていたこともあって城壁の各所が崩されて街路となっていた。現在は識者を集めて城の防備を練り直している状態だ。


 中庭の一つに足を踏み入れる。

 指定されていた場所だ。

 攻撃を受けた時には、予備の指揮所としての機能も果たせるよう再建されたが、奥まった位置にあることからほとんど人の寄り付かない、さびれた場所だった。整備された芝生へ足を踏み入れる。思っていたよりも柔らかい。

 ふと、花のにおいを嗅いだ気がした。

 

 右の眉がひきつる。くる、とそう直感した。

 酒瓶を放り、『槍』の紋章を浮かび上がらせる。手元に現れた長槍へ指先を触れさせるも、

「っは!」

 すぐに手放し、右足を引くと同時に肘を入れた。

 つい先ほどまで人が居るかどうかも分からなかったというのに、薄闇の中から浮かび上がるようにして重みが肩にかかり、耳元で潰れたうめき声が漏れる。何かを噛んでいるのか、はっきりとした音は聞こえない。

 更に一歩引く。片手間で気絶したらしい襲撃者の首根っこを掴み、正面に掲げた。影は二つ。味方だろう者を盾にされても動きに淀みがなく、

「チッ」

 舌打ちを一つ入れ、軽い身体を脇へ放り投げた。動作が遅れる。正面の影が浅く沈み込んだ。好機と見て決めにくるつもりだろう。何かを構えているようだが獲物は見えない。それどころか魔術光すらない。

 何者だと推察する暇はなかった。一人が突如速度を落とし、腕を振る。咄嗟に陶杯を放り投げた。硬い音と共に何かを弾き、弾ききれなかったものが脇を抜けていく。背後に鋭い金属音。息を軽く吸い、止めた。目の前に迫る影との距離はまだある。牽制を受けてマグナスが防ぐか怯むか、そのどちらかの間に詰めるだけの時間を稼ぐつもりだったのだろう。それでも勢いは更に増してくる。

 決死。命懸けででも何かを成し遂げようという者が放つ、死臭を嗅いだ気がした。

 相手の獲物は相変わらず見えない。間合いは不明。不明?

「必要ねえな」

 直接見えるものしか追えないのでは、戦場で生き残ることは出来ない。

 相手の姿勢、肩の角度、足の開き具合、腕に力の入る一瞬を見逃さなければ、そこが相手の間合いだと分かる。相手の武器を目で追い掛ける者では一人を相手取るので精一杯だ。何も事細かに捉えきる必要はない。経験さえ積んでしまえば、パッと見の印象でそれが分かる。

 だからここはまだ相手の間合いの外。だが、

「そこは俺の間合いだ」

 腰が落ちる。相手が僅かに反応する。覚悟を持っていても、そのまま攻撃を受けようとしていても、何が来るのだと理性が働いてしまう。鍛錬を積んでいれば尚更逃れえぬ反応。

 重心は落ちた。次が来る。きっと相手はそう思っただろう。


 だが次の瞬間には、マグナスの放った強烈な打撃を受け、襲撃者の身体は崩れるのも忘れて硬直していた。


 これが、当時既に王国最強を謳われ始めていたマグナスの技の一つだった。

 予備動作と攻撃が一つになっているかのような一撃の速さ。姿勢を崩し、落ちる動きがそのまま予備動作であり、踏み出す動きとなっている。更に予測される間合いから、印象以上に伸びてくる。もしこれが『槍』の魔術による攻撃であれば、今の攻撃で背後の襲撃者まで一緒に貫かれていた。


 互いに魔術すら使用しないという、異様な光景の中、残る襲撃者へ向けてマグナスが何かを握るような手を向ける。得意げな顔は、そこはもう本来の間合いだと主張するようで、自身の勝利を訴えていた。


「お前なりの歓迎だってんなら、まあ受け取らねえでもないがな」

 放り投げていた酒瓶を、近付いてきた男が拾い上げる。

「単なる腕試しだ。それなりに参考になった」

「酷ぇ言い草だ。俺はまた、とうとうお前に暗殺でも仕掛けられたのかと思ったぜ、宰相殿。いや、ダリフよお」

 城の中は陽気な宴の雰囲気で満ちているというのに、彼の様子は相変わらずだ。陰気臭い、とマグナスは思う。この男が腹を抱えて笑っている姿など見たことがない。

「で、話ってなんだよ。お前がこっそり用意してた暗殺集団のお披露目ってんじゃないだろ」


    ※   ※   ※


 古都を出て、ティレールを本拠地としながら勢力を拡大し始めてから、生活は大きく変わった。

 傘下に入った貴族豪商らの勧めもあって、品の名前に威厳とでも書いていそうな歴史と品格あるモノに囲まれ、以前ほど気楽な振る舞いは出来なくなりつつあった。

 それでも変わらないのは、不思議と以前の仲間たちとの話し合いは、どこでもない、ふと出会った道端などで行われることだろうか。


 マグナスは、薄い雲越しの月明かりを背に浴び、城壁上へ続く階段に腰掛けていた。

 階段に手すりのようなものはない。内に構える者からは丸見えとなり、階段上でぶつかれば倒すより落とせばいい、というような構造だ。凝ったものになれば半ばに『槍』と『盾』が陣取れる踊り場があったり、その二つが魔術を使用したままでは行き来出来ないよう階段の段差を大きく取っているものなどもあるが、ここはごく普通に歩いて上り下り出来るようになっている。八段ほど上がった位置に腰を下ろしたマグナスは、傷ついて欠けた陶杯に酒を注ぐと、自分の右わきに置いた。

「酒は好かん」

 階段脇、影になる位置に立ち、一応は気を抜いているのか壁に背を預けているダリフが吐き捨てるように言った。

「そういや、飲んでるのを見たことはなかったな」

 王ルドルフの開いた宴には必ずといっていいほど参加するが、大笑いどころか、新参の貴族ら相手のすすめでもダリフが酒を飲んでいるのを見たことがない。下戸なのかと邪推してみるが、無理にすすめればまたぞろ臍を曲げられるだけだと陶杯はそのままに、もう一つに自分の分を注ぎ、煽る。

 飲み干す動きで薄雲に染まった夜空を見上げ、空になった陶杯を口から離した後もなんとはなしに眺めていた。いつの日か、ルドルフたちと古都で見上げた空はどんな景色だっただろうかと、ふと思う。


 階下の脇でため息が落ちる。

「……さっきの連中、悪くなかったぜ」

「……あっさりとあしらっておいてよく言う」

「型にハマりすぎだ。次にどう動くのかを決めていると、身体の端々からそういう気配が匂う。ちょっと腕が立ったり、荒事に慣れている程度の連中になら通用するが、場慣れし切った奴らからすれば最善手ばかり打ってくる相手ほど料理しやすいのもねえな」

 まあでも、とマグナスは付け加える。

「子供の、それも女を使うってのは悪い手じゃねえ。男より手段も豊富だ、油断も誘える」

 薄闇の中でも小柄さは隠しきれない。漏れた僅かな声、打ち合った時の手ごたえ、それらからどうしても正体は見える。数度の交叉の中、マグナスは相手が少女と呼べる者であることを見抜いていた。

「意外なのはお前がどうやってあんなガキどもを集めたかだ」

「元はティレールで街娼をしていた」

「…………全く」

 言える言葉が見付からず、つい深いため息が出る。


 この時代、加えてこの世界において女性は武力で男性には劣らない。

 セイラムによって与えられる加護は男女の差がなく、男以上の破壊力を生み出す者も珍しくはなかった。ただ古くからの文化や風習により政略結婚の道具として扱われることもあり、戦場で相対するのならともかくとして日常の中では男以上に動きやすさがあるだろうとマグナスは言う。

 また、神の与えたもうた運命を証明せよと考える彼らに、命を大事に安全に、という考えは薄い。ながく古都で暮らしていた者たちならともかく、その彼らも元々は外側の人間であり、若い頃から命を投げ捨てるように生きることは、この時代の普通だった。

 だからこそ、ダリフもマグナスも、少女らを仕えさせるには抵抗がない。こうなっているのも彼女らの運命であると思えるし、加えて望んで戦うのであればもう立派な戦士だ。一方的な同情は侮蔑に他ならない。


 ただ、と再びのため息とともに視線を落とす。

 正面に気配が浮かび上がる。おそらくは先ほど斬り合っただろう少女が、酒瓶を差し出して立っていた。訓練でついたものか、元々なのかは分からないが右目の下に大きな痕がある。

 陶杯を掲げ、注がれた酒を軽く煽る。杯を戻す頃には、少女の姿はいずこかへと消えていた。

 忠実だ。それでいて自分の意志を持ち、思考を持っている。だから思う。


「天命尽きて死ぬのはいい。納得も出来る。だが、ああいうガキに死なれるのは、なかなかに堪えるぞ」

「あぁ……」

 戦場では若い者ほど死にやすい。

 経験を積んだ者は既にそのふるい落としを抜けてきた者であり、死の匂いを嗅ぎ慣れた強者だ。それでも死は平等に降りかかるが、退くことを本能に焼き付けては居ない若者は死に自ら飛び込んでしまう。

 陶杯を置く。

「でだ、あんな連中で何をやっていたか、そういう話なんだろ」


 先ほどの一戦での彼女ら、まだまだ未熟と感じはしたが、実戦慣れの感触はあった。

 この部隊は既に現場へ出て動いていると、マグナスは直感したのだ。


 しばらくの間があり、ダリフは話し始めた。

 滔々と、留まることなく。


「今回伯爵がこちらについた理由は、表向き長年好を通じてきた王への忠誠とされている。そして一般には、伯爵を上回るほどの勢力となったこちらとの戦いを避け、また広大な穀倉地帯を抱える伯爵にとっても我々が良い商売相手となるからだと考えられている。主な商売相手であった南部大陸へは、昨今の海賊の跳梁により多く被害を出しているということで説明もつく。

 伯爵家について調べていくと、随分と前に弟が居たということが分かっている。弟は現在の当主、あの老人と若い頃に権力争いの末、領地から追放されている。彼の現在の所在も判明している。南部大陸の雄、ガルタゴの貴族に婿入りしていた。元々は家の中で大きな権力を振るえなかったようだが、近年になって資金力を得て、昨年ついに前当主を殺し家督を継いだ。ガルタゴでも十分な発言力を持つ家だ。反発は驚くほど少なかったらしい。おそらくは相当な金が流されたのだろう。

 更に、南部大陸と伯爵領地との間にある中海に出没する海賊だが、近くガルタゴの正式な海軍として迎え入れられるという噂がある。双方の繋がりこそ確認できていないが、これが事実だとすれば、昨今発生していた伯爵の船が襲われるという事件はガルタゴが手を回していたという可能性も出てくる。

 伯爵から資金源を奪い、自らも被害を受けたふりをしながら相当な額になる食料をかすめ取っている。

 これによって発生する確執は最早問題にはならない。ガルタゴには伯爵の領地に対して、正当な支配権を主張する言い分がある。我々ホルノスは各領地の自治意識が高く分裂しているも同然の状態だ。まずは資金力をそぎ落とし、その上で本国の軍勢を率いて攻め寄せ、領地を奪う。奪い取った食料を軍の兵糧として」


 つまり伯爵は、過去異国へ追い出した弟が力をつけ、復讐しようとしているのを察知してルドルフの元へ下ったということ。異国の大国がどれほどのものかをマグナスは分からなかったが、一領主だけで対抗できる規模でないのは明らかだ。

 今後、彼らの取れる選択肢は二つ。

 一つは、伯爵を擁したままガルタゴを迎え打つこと。だが仮に勝てたとしても現在の勢いを維持するのは困難だろう。外憂を理由に協力を呼び掛けても、相手の狙いが伯爵領地だけとなれば望みは薄い。その上政治力という観点では、やはりルドルフたちは大国に大きく劣るだろう。周辺領主らを抱き込まれてはどうにもならなくなる。

 一つは、伯爵を切り捨て、ガルタゴとは外交によって決着をつけること。結果は同じになるとしても、こちらの戦力は温存され、また時間を稼ぎやすくもなる。その間に国内の併合を進めれば対抗することも難しくなくなるが、


「我々はどんな者たちの参入も受け入れてきた。確執があれば宥め、罪があれば許し……山賊まがいの者たちさえもな」

「まあ、だからここで伯爵を追い出しちまうと、脛に傷のある連中にとっちゃ不安になる訳か」

 今の結束はルドルフの人柄によるものも大きいが、無理をしてでも受け入れた者を守ってきたからこそという背景もある。ほかに逃げ場の無い者を受け入れ、勢力を伸ばしてきた彼らがここで人を切る動きを見せれば、もう誰も差し出した手を信じない。

 かつてのように、権謀術数に明け暮れ、信じられる者も居ない、騙し騙され、利害によってのみ繋がる国が出来上がる。その能力があること、実在することは問題ではないし、必要だ。だが公然となってしまえば腐敗は加速度的に進み、利権をより多く抱える者に権力が集中してしまう。


「ただ」

 迎え討つ以外の手は無いと、そう結論を示した上でダリフは言った。

 付け加える一言の後に、重い吐息を落として。


「伯爵の弟が得た資金力は、明らかに彼の手腕で得られるものではなかった。伯爵領に居た時も含めて、彼が大きな金を手にしていたという事実はない。大国ともなれば意思決定に生じるすり合わせは膨大なものとなるだろう。第一に彼は婿入りの立場でありながら、当時の当主を殺して家督を継いでいる。他家から見れば異国の人間が突如として自国の中枢に食い込んできたということになる。なのになんの反対もなく受け入れられている。反発を飲み込ませるほどの金をばら撒き、信念ある者を刈りつくすほどの影響力を持たせた。

 それほどの金をどこから、彼は調達……援助を受けたのか」


 そもそも金が無ければ伯爵の弟は生涯を婿養子、言ってしまえば人質まがいの扱いを受けて終えた筈だった。彼が国を動かすほどの影響力を持たなければ、伯爵は盤石のまま、今ものらりくらりと誘いをかわしながらルドルフ勢力と商売をしていただろう。

 争いの渦中に居るより、外側から物資を売りつけている方が遥かに安全で儲かることを、あの老人ならば知っている筈だとダリフは言う。


「調べた限りだと、彼の資金源となっていたのが、ガルタゴでは長い歴史を持つ同盟と呼ばれる大商会の集まりだった。この同盟は……珍しい話ではないが、正式に国家間の繋がりこそ薄いが、ある領地とは古くから関係を持ち、今も徐々に交易の規模を拡大している」

「そいつは……」


「ウィンダーベル家」


 その名を聞くと、どうしてもマグナスは背中がむずがゆくなる。

 ルドルフたちにとっても最大の資金源であり、後援者、である筈だ。

 だが当主と顔を会わせたのはティレールを落として一年も経った後の一度きりであり、以降もウィンダーベル家の商会を経由しての支援は受けているが、表立っての繋がりは薄いと言える。連絡は時折取り合っているが、連絡役らしいあの奇妙な帽子の男以外を見た覚えはない。

「確証は取れていない」

 ただ、とでも言うような口調の後、


「商売人というのは、二手三手先を読んで動くのが当然だと、以前聞かされたことがある。だがガルタゴ国内に、伯爵領にある広大な穀倉地帯を得た後に必要となる販路がなんら形成されていない。これまでの商売のように一部を買い取るだけではない、すべてを根こそぎ流通させようとすれば、何らかの準備は必要になる筈だ。だから、おそらくガルタゴは攻め込んでは来ない。

 そして、ウィンダーベル家との繋がりが浮かび上がった時点で、伯爵の弟に流れる金を追わせたが、はっきりとした証拠は出ていない。わかるか」


 ダリフはこう言っている。

 ウィンダーベル家がガルタゴ国内の同盟を経由して伯爵の弟へ金を流した。おそらくは指示を受ける立場にあるだろう彼は、ガルタゴ内で大きな権力を持つに至り、兄への復讐を匂わせた。

 その兄は、同じくウィンダーベル家の支援を受けるルドルフ勢力へ逃げ込み、向かってくれば強大な敵と戦うしかない状況に追い込まれている。

 ガルタゴ内にどれほどの影響力を持つかは不明だが、戦いを始めるか否かの決定権はおそらくウィンダーベル家が握っている。握れないのであれば、こんなことをする意味もない。


 仮に大国相手の勝利で拍がつこうと、衰えた力を取り戻す土台がルドルフたちには不足している。下手をすればルドルフを担ぐ形でどこかの大貴族に抱き込まれ、実質的な決定権を失わされるかもしれない。それがかの大貴族ではないと、マグナスにも言い切れない。


「この手の不審は今までにもあった。ここまではっきりと尻尾を見せたのは初めてだが」

 尻尾がどこの胴に繋がっているかの確証は得ていないが、散りばめられていた疑問と状況が嚙み合えば、一気に妄想は確信に変わってしまう。

「俺は、あえて示されているのだと思う。同時にこちらの力を測ってもいる」

「なんの得がある」

 うんざりしてついマグナスは吐き捨てた。

「ウィンダーベル家が心からルドルフに仕えていた訳じゃないのは分かってる。だがここまで順当に勢力が拡大して…………拡大、させてもらっていたのか」

「我々には都合の良いことばかり起きる。今回の伯爵の件一つ取ってもそうだ。そろそろ自由に出来る食料源がほしいと思っていた矢先に伯爵が下ってきた。国内でも有数の穀倉地帯がまるまる、労せずして手に入ったのだからな。そして肝心のガルタゴに攻め入ってくる気配はない」

「だが戦争の決定権は連中が握ってるかもってか。苦労して育て上げた俺たちに、今度は噛みつかれないよう首輪を付けようってことかよ」

 今回の伯爵が下ったことも含めて、すでに勢力規模だけならウィンダーベル家を上回っていると思っていた。だが異国へ強い影響力を持つあの家の全貌をまるで知らないのだと思い知らされた。果たして、その気になったウィンダーベル家はどれほどのことが出来るのだろうか。


「ただの首輪であるなら、むしろ安心出来るほどだ」


 呟いたダリフの目線の先には、何が映っているのだろうか。

 思えば、彼がここまで自分の思考を明らかにしてきたのは初めてだ。マグナスは、つい勧めようとした酒をまずは置き、他に話せることはないかと思案していた。

「人が来ます」

 夜風に乗って聞こえてきた声の後、しばらくすると女たちの声が角の向こうから響いてきた。


「あの家には不審な点が多いってことは分かった。お前が話してくれたことは胸に留めておくし、俺の方でも何か出来ることはないか考えておく。それとは別にだが、まあなんだ――」

 酒宴を置いて宰相と近衛の団長が密会しているなんて、伯爵に知れれば何を始めるか。マグナスは酒瓶を片手に階段から飛び降りると、女たちの声がする方へ歩き始めた。どうやら、王妃シルティアの声まで聞こえてきている。

「今度はただの飯にでも誘ってくれや」


    ※   ※   ※


 人の視線は世闇に紛れてやり過ごした。

 マグナスの登場により沸き立った女たちが、中庭の奥に潜むダリフへ視線を向けた気配はない。十分に離れたのを確認した後で彼もまた歩き始め、最後に、いまだ聞こえる女たちの笑い声に、その中心となっているシルティアを見た。

 ほんの数秒、足を止めていた彼は、再び声に背を向け歩き始めた。


    ※   ※   ※


 そうして、去っていく彼の背中に、シルティアは角を曲がる僅かな間に視線を滑らせた。

 傍らに居た女へ笑いかける動作の中で行われたそれは、マグナスでさえ気付けず、見えた光景に何を思ったかさえも笑顔に呑まれ、闇に溶けた。




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