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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(中)
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   マグナス=ハーツバース


 男の剣は、玄人のもの特有の強烈な気配を放っていた。

 オスロ=ドル=ブレーメンとの交戦は僅かな時間だったが、一振り一振りに油断がならず、何かがくるという危機感を常に抱かせた。同時に、剣の動きに揺らぎがなく、老齢ということを踏まえれば相当に肉体を整えているのだろうことが分かった。

 一振りに感じる油断ならなさは、年月を重ねる内に一本気なだけでは居られなかった、彼の人生を感じなくもない。

 だが剣筋は常に真っ直ぐやってきた。こちらの応じ方を見て変化する余地を残しながらも、出だしは素直。

 先ずは純然な力での勝負を好む、されど突出しない脇の堅い男。


 武人だ。


 カラムトラなどという、地下組織を率いているが、彼は生来の武人なのだと直感した。

 武人との話は気楽でいい。こちらが素直に出れば向こうも素直に応じてくれる。貴族連中を相手取るより、ずっと楽だ。楽だが、策謀に長けた人間より遥かに厄介で崩しにくい。


 小僧、ハイリアの言葉を信用し、オスロ=ドル=ブレーメンとの会合を幾度か持ったが、どうにもフーリア人側の情報には触れることが出来なかった。

 武人というのはとにかく頑固だ。とりわけ一本気で真面目な人間となると、こうと決めた相手にしか信を置かないから、個人的に好感を得ても簡単には揺れてくれない。

 これが先ず搦め手を、なんていう相手であれば、そいつの利と理を知ればいくらでもやりようがある。交渉のしようもあるってもんだ。


 閉まる扉の音を聞きながら、アゴをさする。

 どうしたもんかねぇ。


 今日も今日とて話が進まなかった。

 聞けば答えは返ってくる。だが、あくまで個人的な内容や、当り障りのない日々の感想までだ。こちらが踏み込みたいと前へ進めば、真っ向からの拒否が返ってくる。

 自分の立場は分かっている筈だ。だが、いざとなれば死を賭してでも意にそぐわない話はしないと、オスロの目は語っていた。同じく保護しているフーリア人を人質に、などというのは論外だ。そうなれば厚遇の恩義として返ってくる何気ない言葉さえ歯の裏に隠してしまう。第一に、俺の方もやりたくはない。

 そうして無駄な時間が過ぎていき、しばらくすると身体の不調を理由に退席してしまう。

 最近冷えてきたからなんてジジイの言い訳しやがって。ジジイだけど。


 暖炉からの熱は外の寒さを忘れさせてくれる。

 この時期に薪は必需品だ。近隣の木々は次々伐採され、木こりは一年分の収入を得る。ラインコット男爵の始めた戦いも冬が来る頃には終わるだろう。行軍するだけで兵を消耗しかねない時期に戦いをする愚か者は居ない。何より、兵が嫌がって脱走兵を数多出す。

 何もかもが閉ざされる時間が近くやってくる。

 戻る時間も考えればそろそろ限界の筈だ。

 ウチの宰相がこれをどう扱いたいのかは知らないが、冬の間に政治的なやりとりが進めばよし、そうでなければ春にまた戦争だ。場合によっては話し合いで決戦の場を取り決めることさえある。


 大きく造られた木椅子に深く背を預け、足を組む。無事な右足を下にすれば、ひざ下から先の無くなった左足が眼下にくる。棒きれの義足は正直言って心地の良いものじゃない。固定部分はムレるわ擦れて痛むわ、挙句に足元の踏ん張りが効かずに身体が流される。

 おかげで『騎士』の力はあまり使わなくなった。移動に制限の掛かる『槍』でなければ姿勢を保つのも難しいことがあるからだ。


 少しだけ目を閉じ、気持ちを休ませた。


 いつも地の底を見つめている右目と共に左目を閉じると、つい遠い日々が浮かんでくる。病が発覚してからずっとだ。

 あの頃の記憶ははっきりしているのに、思い返していると作り話のように感じてしまう。全くの別世界だ。


 この冬までだ、と直感が告げている。

 今を逃せば、きっとこの目が春の芽吹きを見ることはない。成し遂げられないまま閉ざされた時間の中で息絶えるだなんて、どうして出来る。


 扉がノックされた。

 側近の者が次の相手を連れてきたと告げ、扉を開ける。

 浅黒い肌、フーリア人の女だ。

 女は、静かに俺の前に立つと、一度しっかりと厳しい視線を向けた後、伏せた。


 全くもって、フーリア人ってのは頑固者ばっかりだ。


「フィオーラです。求めに応じ参上致しました」


 敵意がありますと、そう告げられて、二つ目の会合が始まった。


   ※  ※  ※


   フィオーラ=トーケンシエル


 例えば、暗闇で見る遠炎を丸く固めてしまえばこんな瞳になるのかもしれない。

 私にとってマグナス=ハーツバースという男の第一印象は、豪放な戦士そのものだった。ほんの僅かな間だったけれど、戦場での立ち居振る舞いはまさにそれで、左足が無いことなんて後日気が付いたほどだ。

 足を失っているからではないのだと思う。なにか別の理由で、この人の瞳に宿る輝きは遠く感じる。遠くて尚感じ取れる、強烈な何かをも持っている。


「トーケンシエル」


 呼ばれた名に違和感を覚えた。名乗らなかった性を敢えての強調。だが、問い質すのは危険だ。思っている間に次の声が来る。私は直立したまま、この国の王を守るはずの男を眺めた。


「お前はハイリアの呼んでいたフーリア人の姉らしいな」

「……はい」

「なぜアイツを裏切った。まあ、裏切ったという訳でもなさそうだったが、カラムトラに指示された以上の情報を流し、アイツの動向を探り続けていたな」


 でなければあの時、あの状況でカラムトラが奇襲を仕掛けることも難しかっただろうと、そういうことなんだろう。

 胸の奥から溢れそうになった熱い淀みを静かに吐き出し、けれど視線は逸らしてしまった。

「アナタは何故王の側にいないのですか」

 十分な返答になったのか、マグナスという男が視線を伏せるのが分かった。重ねる問いが来る前に、こちらから言葉を作る。


「あの子は英雄の器なんかじゃない」


 理由があって、目的があって、地位と力があって、背景があるから、偶然それらしく見えてしまっているだけだ。一皮剥けばどこにでも居る平凡な少年でしかない。


「周りを気にしすぎている。理由を他に求める人間は、どこまでいっても人の理想を映す鏡にしかならない。上手くいっている間はいい。けど一度でもヒビがはいってしまえば、綺麗に理想を映さなくなった鏡は、粉々になるまで地面に叩きつけられて、ゴミになって捨てられる」


 人の為に戦って棄てられた英雄は、遠からず人を恨んで惨死する。


「そうなるアイツを、お前は見たくないのか」

「そんな姿を見れば、妹はきっと傷付くから」

「本当にそれだけか」

「他にどんな理由があるの」


 どうでもいい。

 メルトの幸せだけが望みで、希望なんだから。

 けれども言葉が次いで出る。心を揺さぶられているのをどこかで感じながら、震えを抑える為に支えに入った部分が無防備になって、


「……私の家は、海辺の、小高い丘の上にあった」

 言葉は自分の一部を切り離すようなものだった。

「港町だった。大きくはないけど造船所もあって、毎日いろんな船が出入りする。丘の上からはその様子がよく見えた。大きな樹が一本あって、暖かくなり始めた頃に綺麗な花を咲かせる。私は…………丘の上から見える海を眺めるのが好きだったの」

 遠い、遠い海まで見通せた。

 あの頃眺めていた世界の果てに、私は何を思っていたのだろう。


「夜になると、綺麗な月が見えたの」




 

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