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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(中)

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 ルリカ=フェルノーブル=クレインハルト。

 シャスティ=イル=ド=ブレーメン。


 二人の王の邂逅は極めて大きな意味を持つ。

 俺の知る歴史通りに物事を進めれば安心だ、などとは最早考えていないが、フーリア人たちとの協調が今後必要になるのは間違いない。

 人権という言葉は未だこの世界にはないが、旧大陸ではフーリア人を人として扱わない。一部で彼らを尊重する者が居ようと、大きな流れを生み出せなければ根本は変わらないだろう。

 だから、王自らがフーリア人の王を名乗る者と会い、国同士として外交関係を持つまでになれば、今までのように軽くは扱えなくなる。

 どちらもまだ若く、権勢を振るうには適さないが、だからこその意味もまたある。


 この世界は、よく言えば聖女セイラムの加護下に、悪く言えば支配下にある。


 『幻影緋弾のカウボーイ』における最後の敵、と呼んでいいのかは悩みどころだが、ともかくセイラムとの戦いをどう潜り抜けるかが未来を変える。

 再封印の道を選べばフロエが、打倒の道を選べばジークが、死ぬ。

 よくあるどちらでもない選択肢なんてものに頼ろうとは思えない。そんなものは、世界に愛された主役たちのすることだ。


 再封印はまず論外だ。

 問題の先送りでしかない上にフロエの死が避けられないものとなる。

 俺が懸けることの出来る道は、打倒以外に考えられない。


 倒すことは出来る。

 これはジーク=ノートンが命を懸けて証明している。未来予測の範疇を出ない、不確かな証明であるのは確かだが。

 それでも極めて現実的で、可能性のあるものだと言える。


 あの男が特殊な力を持った人物だというのはあるが、倒すという一点に考えを集中すれば、やることも単純だ。

 まず、戦力を増やすこと。数を増やし、質を向上させる。

 次に敵を分析すること。まさかまるで違う力を振るってくるということはないだろうから、これは俺の知るセイラムの戦い方を思い起こせばいい。ただ、自分の知る力が一端に過ぎないことを肝に銘じておく必要はあるだろう。

 相手が分析出来れば、次はそれを攻略する為に特化された人員の育成だ。

 最後に、想定される状況をより迅速に切り抜けられるよう、反復練習を重ね、無意識に刻み込む。

 装備を充実させることも、大きな意味を持つ。


 考えてみれば、総合実次訓練でジークの小隊相手にやったことと大差がない。


 俺に、ジーク=ノートンのように単独で聖女を打倒できる才能は存在しない。

 あれが出来るのはきっとあの男だけだろう。


 そして全てがご破算となった場合、奥の手が俺には存在する。


 この身はヒース=ノートンと、神の器たるクロメ=ノル=アイラの血を引いている。

 安定した存続の道を放棄し、我欲の為に周囲を、世界中を巻き込もうとしているツケは、自分自身の手で支払うことが出来る。

 悩んだ日もあった。ジークを、フロエを見ているだけなら良かった。けれど合宿で初めての実戦を経験し、一方的な戦いのショックで塞ぎ込んでしまう仲間を見て、自分の選択した道にはそういうこともあるのだと思い知らされた。

 俺が選び、従え、扇動した戦いだ。悩む姿を見せることは許されなかったし、打ち明けることの出来た友は離れていってしまった。

 これからはもっと大きく、途方もない犠牲を生むことになる。


 積み上がっていく死を、俺は背負っていけるだろうか。


 この物語で確実に死ぬことが分かっている一人の男を、俺はとうとう救い上げることが出来なかった。

 マグナス=ハーツバースの身体を蝕んでいるのは、様々な考察サイトで症状などから癌であると言われている。ああして豪放に振る舞っているのが信じられないくらい、既に症状は進んでいる。

 抗がん剤なんてある筈もなく、切除しようにも麻酔すらない。予め部位を特定する為のレントゲンやMRIなど以ての外だ。

 栄華を極めるウィンダーベル家も、未来の技術を呼び寄せることはできない。知識は、それを運用する為の技術に支えられている。高度になればなるほど細分化は進み、単一のものでは意味を成さなくなるものだ。


 マグナスは深い後悔を抱えている。

 俺たちは間違えたんだ、そう言い残して死んでいく姿を知りながら、彼の後悔を利用し、望みをかなえようとしている。


 ホルノスという王国を、カラムトラが束ねていたフーリア人たちを、一つの目的に結集させる。出来るのならば、もっと大きく……。


 道筋は見えている。

 シャスティに関しては心配していない。彼女の性格なら放っておいても出てくるだろう。カラムトラを、オスロの動きを封じたことは状況を加速させる。


 問題は、これはマグナスも言っていたが、ルリカの方だ。

 俺は彼女を知らない。ウィンダーベル家の嫡男として何度か顔を合わせたことはあるが、まともな会話をした経験もない。なにより、彼女は『幻影緋弾のカウボーイ』では名前しか登場しない人物だからだ。

 あの物語はジーク=ノートンの視点で進められる。

 ハイリアは、アリエスルート序盤で消息を絶ち、マグナスと共に反乱を起こす。深い事情を知らないジークはアリエスの抱える事情とも向き合いながら、ウィンダーベル家の現当主、つまりは俺の父の言葉を頼りにハイリアを追い、凶行に走る彼を阻む。

 途中カラムトラの介入など様々な紆余曲折はあれど、結果反乱は成功し、イルベール教団を排することに成功したハイリアたちは王に政権を返還し、一定の権限を拘束した上で、王の承認の元で行われる議会制を取り入れた政治に移行させていく。体制としては、専制君主制と言うべきものだろうか。まだ一部だけだったが、貴族以外の者が議員になることも認められた描写があった。

 現国王ルリカ=フェルノーブル=クレインハルトは、遠巻きに演説する姿が描かれていただけで、人となりも、そこに至るまでの詳しい経緯も俺は知らない。

 ただ、一つの道を知っていた。


 イルベール教団。


 奴らは来たる再臨に備えて、四人の血統を集めようと躍起になっている。

 一つは、奴らを主導する殉教者クレアラインの血を。

 一つは、古く大国の王族であったと言われるクレインハルトの血を。

 一つは、聖女と共に大洋へ流され、新大陸にて封印を行ったノル=アイラの血を。

 一つは、後に聖女の生存を知り、新大陸へ渡りつつも事実を秘匿したノートンの血を。


 ラ・ヴォールの焔と呼ばれる要石を生み出した、四人の使徒の血を引く者たち。

 封印には、同質の力をぶつけることで破壊が可能なのだという。奴らの秘術に関して詳しいことは分からないが、事実聖女の再臨を達成した未来を知っている。


 ジョーカーは既に明かしてしまった。

 聖女再臨における最大の障害だった、ハイリアの血筋を奴らに明かし、俺自身が鍵であることをヴィレイに伝えた。アリエスルートまでは勘違いによって守られていた最後の盾が消えたんだ。

 だが、それでいい。

 聖女には出てきてもらわなければ困る。


 アリエスルートにおけるラストに、無人の荒野と化した新大陸へジークとアリエスらが入植していくという描写がある。

 詳細は不明だが、フロエの死によって封印を果たせなくなったフーリア人たちが決死の覚悟で聖女を打倒したか、あるいは共に消失したのか。とにかくそれだけの犠牲があれば聖女を排することが可能だという事実が打倒に動く俺の根拠の一つともなった。

 ただ、詳細の不明な事実だけに、事前情報のあるフロエルートでの展開が好ましい。

 彼女が救われる上でも必須だろう。


 だからイルベール教団の宿望は成就させる。

 聖女の再臨を促し、現れた聖女を最大の力を以って打倒する。


 フロエを死なせず、ジークを死なせず、二人の幸いを。


 たった二人の命と幸福を天秤にかけ、世界の半分を犠牲にするかもしれない未来を選ぶなんて、きっと無関係な人間が見れば俺は狂っているように見えるんだろう。そうなのかもしれない。

 身近な者たちの犠牲をこれほど嫌いながら、まだ見ぬ不確定な者たちの犠牲を容認するなんて。


 だが、こうも思う。


 たった二人に世界なんて途方もない重みを背負わせていい筈がない。


 どちらにせよ、俺はもう一歩を踏み出している。

 あの日、ジーク=ノートンを倒すに至った、たった一歩が今日まで続いている。


 この足はもう、止まらない。


     ※   ※   ※


 雑踏のざわめきから少し離れた、二階のテラスに俺は居た。

 デュッセンドルフから王都へ向かう途中、休息にと立ち寄った貴族御用達の店で、中々に上質な葉を使っているらしい紅茶を優雅に嗜んでいる。


 テラスの出入り口には無言のピエール神父がおり、相変わらず不気味な雰囲気を漂わせている。これでも、俺が鍵の一人と知って軟化した方だ。


 フロエの魔術によってメルトは一命を取り止めた。

 認知していた器の力はともかくとして、メルトの不可思議な力について追及はあったが、無抵抗の同行を条件に開放させた。どの道、連中は大勢のフーリア人奴隷を抱えている。他で聞き出せばいいとでも思ったのだろう。

 力の代償は……。


「はぁ……」

 空になったカップを置き、吐息をつく。

 憂鬱だ、非常に。


 フロエルートにおいて、ヴィレイの策略によって瀕死の重傷を負ったジークを助けるべく、彼女はあの力を行使した。

 聖女セイラムと深く繋がる彼女は、結果的に聖女そのものを器である自身に引き寄せてしまう。力を使えば使う程、聖女の力がフロエの身に満ちていき、最終的に意識さえも乗っ取られてしまうのだ。

 元より、器の身。教団から調整を受けているだけに、浸食への抵抗は出来ず、使用直後からほぼセイラム自身が表に出てくるのだが。


 俺の正面には、褐色肌で白髪の美少女が座っている。

 フーリア人の身である彼女がこの店へ入ることには店主がいろいろと渋っていたが、そこは悪名高いイルベール教団、しかも血まみれ神父までいるとあって、引き攣った笑顔で一番良い部屋へ通された。テラスもついていて中々に良い。

 そして店のドレスコードに従い、彼女はいま白と黒のドレスを着ている。非常に可愛い。

「はぁ……」

 ただ、ついため息が出てしまう。

 いい加減無視出来なくなったんだろう、正面からもため息とカップを音が聞こえ、

「さっきから何」

「いや」

 言って彼女を見る。


 フロエだ。


「言いたいことあるなら言ってよ」

 ジト目で睨んでくる様は、ゲームでもジークがバカなことを言うとよく見せた。

「何度も聞いてすまないが、君はフロエ=ノル=アイラで間違いないね?」

「またそれ? 私は私だよ」

 聞き過ぎた為か、呆れや苛立ちを通り越して心配そうな顔をされる。

 小首をかしげてそんな目をする様は可愛いとは思うが、俺はこれが聖女の冗談である可能性を考慮しないわけにはいかないのだ。


 入れ替わる、筈だったのだ。


「変な夢を見たり、夜中に光り出したりしないね?」

「しないしない。なにそれ、変な本の読み過ぎじゃないの?」

 そんな可愛い顔で心配するな、心が渇くだろ。

 俺は遠く空を見上げ、呟いた。


「どうしてこうなった」




 

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