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06

 迎えた放課後、俺は一年教室に数名の随伴を連れてやってきていた。

 俺の名前と顔は既に一年にも知れ渡っている。話を聞きつけた一部生徒が騒ぎ出し、数名の男たちが青い顔で走り回っていた。


 ジーク=ノートンを訪ねてやってきたのだが、生憎と彼は不在だった。

 ほぼ授業終了から間も開けていないにもかかわらず。


 授業をサボっていたのは明白で、クラスの男たちは探してきますと言うからのんびりと奴の席で待たせてもらう。


「全く……普段からこうなのです。注意を受けてものらりくらりと、話にならないっ」


 眼鏡を掛けた男が言う。

 学園の生徒自治組織、いうなれば生徒会の会長とも呼べる男だが、上位小隊らの発言力や家格などで劣ることが多い為、あまり発言力を持たない。

「ヤツの成績は」

「最低ランクです。『剣』の術者で、小技は得意のようですが、機動性は特に低い。この学年で最も弱い術者と言ってもいいほどに」

 思わず笑った。

 素直に『銃剣』の力を晒せばいいものを、力を隠して最低評価に収まっているらしい。まあヤツからすれば、別に学園で名を上げたり優遇されるのが目的ではないから、目立つのを避けているんだろう。おかげでこちらも動かざるを得なくなった。まあ、この流れは望む所でもあるのだが。

 俺の笑いを別の意味で取ったらしい男は、更に調子付いてジーク=ノートンの不良ぶりを解説する。やれ貴族との衝突が多いだの、授業の不参加は当然だの、おかげで低階級層まで調子に乗って彼へ追従しかけているだの、ほとんどは愚痴に近かったが。


「しかし、格闘技の腕前は確かなようで、特に一年はまだ授業以外での魔術使用は厳禁とされていますから、鬱憤の溜まっている者も多いのです」

 そんな一年生の話を受けた各小隊の上級生らが結託し、一番隊であるハイリアへ厄介事を押し付けたというのが今回の流れだ。先だって公式試合でこちらに仕掛けてきた三番隊のように、正面からかかってくればいいものを。なまじ貴族が発言力を持つ小隊は、こういう政治的な嫌がらせを好む傾向がある。


「つ、連れてきましたっ!」


 血相変えて飛び込んでくる男子生徒に手を引かれて、寝ぼけ眼のジークが教室へ入ってくる。

 こいつ、サボって寝てたな。まあ寝不足の理由は知ってるが。


 怒りに任せて罵倒しようとした眼鏡男を制し、俺は立ち上がった。


「あれ、お兄さんじゃない」


 ピシリ――、教室の空気に亀裂が入る。

 緊張感に耐えかねて倒れる者数名、かくいう俺はこの上なくハラワタが煮えくり返っていた。だというのにジークは欠伸をしながら荷物を取りにやってくる。俺に呼ばれていることなど大して気にも留めていない。


 この男、ジーク=ノートンに俺の妹であるアリエスがちょくちょく会いに来ているという話はビジット経由で聞いている。ほとんどはコイツの生活態度を注意するような用件だが、端から見ているとやや様子がおかしい、と。

 そんなアリエスとの関係を前提とし、兄と、俺を兄と呼んだのかキサマは?


 はははは!


「どうか気をお鎮め下さい、ハイリア様」

「…………そうだな、すまないメルト」

 すかさず声を掛けてくれた従者のおかげで思いとどまった。動き出す前に察するとは、流石はメルトだ。


「それでお兄さん、どうしたの一年教室に」

 寝起きだからジークのテンションは低い。一方俺はもうこの上なくハイだ。

「お待ちを」

 メルトが止めてくれなければ手が出る所だ。


「……キサマに話がある」

「へぇ、なに?」


 それは、と言いかけた所で眼鏡男が前に出る。

「君っ、ハイリア様の前で帽子を被ったままとはどういうつもりだ!」

 特に気にしていなかったが、随伴の数名が憤りつつ頷く。まあ、ジークのカウボーイハットを脱がせるのは難しいだろうから、とっとと話を進めたいのだが。

 数分掛けて押し問答を続けた所で、そろそろ止めさせようとしていた所へ、我が愛する妹が顔を出した。


「おっ、お兄様っ!? どうしてこのような所に!」

 妹よ、お兄様は同じ問いを投げかけたい。


 なんだ? この放課後に女が男の所へやってくるという構図は。ジーク=ノートン、これは俺への挑発と受け取っていいのか?

「いや、俺関係ないだろ」

「ほほう。キサマ、アリエスのような天使を目の前にして叩頭しないとは、この俺に喧嘩を売っているということと捉えるが?」


 という発言に対して教室中が一斉に叩頭した。うむ、それでいい。それが天使に対するあるべき姿勢だ。ほう、僅かに顔を上げてアリエスの足首を見たキサマ、ウィンダーベル家に喧嘩を売ったとみなすぞ?


 と、ここでアリエスがいきり立った。

「ジーク!」

 呼び捨てだとぅ!?


 いやっ、違う! 階級社会なんだから敬称を付けないのは当然だ。でもアリエス、その場合はノートンと呼んだほうがお兄ちゃんいいと思うんだけど、ほら名前呼びはちょっと親しみを感じてしまうというか、この男に勘違いしないでよ的なことを言い出す展開が脳裏を過ぎって無数のダメージが俺にくる……!!


「お兄様の前では帽子を外しなさい! 他の者への無礼は許しても、お兄様への無礼だけは私が許しませんっ!」


 な…………アリ、エス……?


「お兄様は私がこの世で最も敬愛する方です。アナタの粗暴さは生まれの理由なども含めてある程度は認めますが、敬意を払うべき人への礼も弁えられないのは生まれではなく性根の問題です!」


 アリエスぅぅぅぅぅうううううううう!


「フ――フフフフフ、ハハハハハハハ、アーッハッハッハッハッハ! まあそう言ってやるな! なるほどな、彼にも相応の事情があるのなら、追々理解してもらえばいい。あぁ、アリエス、今日は二人で食事でもどうだ? 家で食べてばかりは飽きるだろう。どこか遠出しても構わないな」

「あ…………その、実は……」

「今日は俺の知り合いの店に行く約束なんだ」

「黙れ喋るな今すぐ帽子を取って跪け。キサマのような人間がこの俺の前で頭を上げていいと思っているのか」


「ち、違いますのよ、お兄様っ。同じ学年の生徒ですし、交流も兼ねて数名でっ。二人っきりではありませんのよっ」


「と、いきなり全てを押し付けるというのも横暴か。まあ立っているくらいのことは認めても構わんな」


「それに、お兄様からのお誘いであれば……少し残念ですけどご一緒しても……」

「おいおい、リースとかもお前と話したがってんだ。中々予定が合うことなんてないんだからよお」

「ん~、ですけど、やっぱり私はお兄様と……」


 俺は心のマントをばさあっと広げた。


「アリエスっ!」

「はいっ、お兄様!」


「学生同士の交遊、大いに結構! 羽目を外しすぎれば当然注意もあるだろうが、今のような環境でなければ得られぬ友情もある! 今日は皆と楽しんでくるといい。俺とは、そうだな、また後日。余裕が出来た分、素晴らしい席を用意してやろう」

「お兄様……っ」


 さっ、と寄り添ってきた愛する妹の髪を撫でる。

 嗚呼、俺は今、天使をこの腕に抱いている……!


「でさ、俺が呼ばれたのはこの寸劇見せる為だったの?」

「ああそうか忘れていたコレだ」


 言って書状を渡す。摘み上げるように受け取ったジークが、内容を読んで顔を(しか)める。


「公式試合の命令書? いや、わけわかめなんだけど」

「キサマ、まだどこの小隊にも入っていないな」

「あぁ、別に強制じゃねえみたいだし」


「一ヶ月の猶予をやる。それまでにどこかの小隊へ入るか、自分で人員を集めて小隊を結成しろ。試合の日程は後ほど詰めるが、そこで正式に俺と戦い、格付けをしてもらう」


 話を知らなかっただろうクラスメイト達が息を呑む。ジークの振る舞いに感化され、あるいは憤っていた者たちには、この意味が分かっただろう。


 この国には貴族が存在し、一般人も細かく階級分けがされている。その扱いはフーリア人という奴隷の存在があって多少曖昧になってもいた。それが近年になっては特に、魔術の腕前というもう一つの評価基準が生まれた。


 昔から四属性の中で『槍』の魔術が最も高貴であるという考えは浸透していたが、更にその腕前がかなりの割合で重んじられるようになってきているのだ。


 確かにジーク=ノートンの魔術、彼が授業などで見せている『剣』のみの評価は低い。

 だが、肉弾戦での強さや動きの巧みさを考慮すれば、魔術そのものは弱くとも十分に勝つことは可能だ。それだけに彼の格が定まらない。魔術だけで考えれば最低、だがそれ以外も踏まえるとなると、と首を傾げてしまうのだ。

 そこで一番隊を除く他上位小隊らは、彼を自分たちと同じ土俵に立たせて明確な格付けをしようという、まああまりにもらしい判断をした訳だ。その裏には、当然最低ランクの術者など取るに足らないという侮りがある。

 アホだろ、コイツちょー強いんだぞ。


「警告しておくが、コレを受け付けなかった場合、キサマは学園から排斥される」

 未だ不満顔で書状を眺めるジークへ俺は付け加えた。

「どういう意味だよ」

「真実と事実は異なることがある。階級に従わないお前を疎んじるのがどういう種類の人間か、という程度の想像は出来るだろう」


 あくまで涼しい顔をして言ってやる。

 少しは苛立つか、と思ったが、予想以上だった。あぁ、と思う。忘れていたつもりは無かったが、コイツの父親は貴族たちにハメられて処刑されたんだったな。


「キサマなりに目的があってこの学園へ来たんだろう? 入学試験の成績は最低。しかし実技課題の全てをクリアした……その実力を示せば、学園でお前を阻む者はずっと少なくなる。今まで得られなかった情報にも触れることが出来るだろう」

 眼の色が変わるのを俺は見逃さなかった。そう、ジークの目的は学園の秘密にある。ゲームでもそうだったが、やはりその調査が行き詰まっているんだろう。

「個人の力で不足と感じたのなら、余計に他者を頼ってみろ。その意味でも小隊への参加、あるいは結成は、お前へ十分利するものだろう」


 食いついたのを確認した俺は、話に置いて行かれたままの随伴者らを放置して教室を出た。アリエスが何か聞きたそうにしていたが、俺はその時全く予想外の事に気付いて苦笑していた。


 最後の言葉はまさしく、ゲーム中にハイリア=ロード=ウィンダーベルがジーク=ノートンへ送った言葉そのままだった。


 まるで世界に絡め取られているような錯覚だ。

 錯覚であれと、心から願う。


 いや……それでも俺は……、


   ※  ※  ※


 学園から与えられる訓練室の広さは小隊のランクによって左右されるが、多くの貴族らが通うここでは当然の流れとして、個人で場所を借り受ける、作るというのもある。

 過保護な父上が用意させた屋敷の離れには、天井がガラス張りになった広さ五十メートル四方の訓練室がある。作品の細かい時代背景なんかは流石に把握していないが、中世だか近世だかの技術で、いや現代だとしてもこんな広い範囲をガラス張りにする金というのは相当なものの筈だ。

 うっかり割っちゃったら大変だなぁ、と微妙に庶民感覚の残る俺は思う。


 そんな、日差しの差し込む素敵な訓練室で、地獄のようなしごきが行われていた。


「どうしたっ! その程度で膝を折るなど恥と痴れ!」

「は、はいっ!」

「声が小さい! それでも一番隊の隊員か!」

「はいいいいッ!」

「よし! 次に行くぞ!」

「お願いします!」


 ぱーん、とあっさり打撃を受けて吹き飛ぶ少女。俺が雑用班から引っ張りあげた例の子だ。栗色のくりくりした髪なのでビジットと一緒にくり子と呼んでいる。

 弾き飛ばした方は厳しい表情で今の交叉を検討している。こちらは一番隊で最も優れた『剣』の術者であるクレア嬢。腕良し、顔良し、血統良しと三拍子揃っていながら、性格は非常にキツい。

 しごきの厳しさの傍らで、一番隊の参謀とも言えるビジットが苦笑いしていた。


「くり子ちゃん、下手するといじめられてるだけだと思っちゃうんじゃない?」


「今はとにかく体感で慣れてもらうのが一番だ。彼女の能力を活かすにも、最低限生き残る力が無ければ話にならないからな」


「それにしてもイレギュラーねぇ……」


 これまでの采配の理由を、ビジットをはじめ数名には知らせてある。あまり拡散させると情報が漏れるから抑えてあるが、『銃剣』(ガンソード)への対策はそれなりに進んでいた。

 覚醒すれば初期段階で上位能力者と同等か、それ以上と言われるイレギュラー能力。ジークを含めて学園にも二人しか存在しない異能者という話に、最初は納得させるのに苦労した。

 俺が知る限りの情報を聞いたビジットは自分が外されたことを大いに納得し、以前よりずっと熱心に動いてくれている。

『ま、なんでそんなに詳しいのかは聞かないでやるけどさ』

 という、他の者にはもう少し伏せろという忠告まで貰った。まあ、入学時の喧嘩を目撃したから、なんていう理由だけじゃあ読め過ぎだったか。


「次!」

「おねがいしまぁすっ!」

「言葉を伸ばすな甘えているのか!」

 ばこーん。


「容赦ないよね、クレアちゃん。お前がくり子ちゃんを抜擢したの納得してないんじゃないの? まあ不満持ってるのは他もそうだけどさ」


「その辺りの調整はお前に任せる。俺はそこまで手が回らん」

「いやでもなぁ、こないだの三番隊との公式試合さ……」


 それは俺も反省する所だ。つい先週に行われた公式試合で、俺たち一番隊は三番隊にかなりの苦戦を強いられた。ビジットを抜いての速攻作戦だったが、二の太刀を受け持つくり子がまるで機能しなかったのだ。

 クレア嬢も有能だが、流石に三番隊相手となると余裕もなく、ほとんど俺の『騎士』がゴリ押しで勝ったような内容だった。足を引っ張ったくり子への反感が強くなるのも仕方ない。


 表立ってくり子を批難すれば、彼女を推挙した俺への批難ともなるから皆大人しくはある。

 大人しいだけで、今もクレア嬢にしごかれる彼女を見て笑う者は多少居る。


「ただ、収穫はあったさ」

「あー、言ってた射程距離の話か」

 平時では大規模な魔術行使は法的にも禁止されているが、総合実技訓練では解禁される。そこで幾つかの試行をした。『騎士』ではなく、『槍』としての能力を拡大させること。そもそも機動力の低さが問題となる『槍』だが、攻撃の手段によっては中距離程度の射程は持てる。ならばと、より射程距離を伸ばす実験を行った。

 結果は良好。なぜ今までだれもやらなかったのかと疑問に思えたが、四属性とその相性に対する固定概念が阻んでいたんだろう。おかげで戦術の幅が大きく広がる。


「よし! 休憩!」

 二人ではなく、訓練をフォローしていた『盾』の術者が限界だった為、俺は一時中断させた。

「はいはいっ、まずは床の清掃。終わった所から控えてた連中はすぐ訓練開始~。こないだ取り入れた組み手からねー」

 ビジットが素早く付け加え、雑用班の一年生が訓練室の床を拭いて回る。たかが床清掃だとしても手は抜かせない。雑巾がけを本気でやると、筋力トレーニングと体力トレーニングにもなる。魔術ばかりに気を取られていると、肉体の基礎トレーニングが怠りがちになる為、俺が言って始めさせた。


「ほら、ちょっとでもいいから二人に声掛けてきなって」

「ん、何か言うべきことがあるのか?」

「人間関係のちょーせー。一言でもいいから激励してこいやっ!」

 尻を蹴られて仕方なく歩いて行く。

 その間にはてと考える。何を言えばいいのかさっぱりだ。考えつく前に辿り着いた。


「っ、ハイリア様!」

 慌てた様子のクレア嬢が跪く。何度言っても彼女は俺と向かい合うと必ずこうする。と、隣でへたり込んでいたくり子の首根っこを掴んで同じような姿勢を取らせた。くりくり髪が最早ボンバーに達しつつあるが、指摘するのは可哀想なので止めた。

「楽にしてくれ」

「はい!」

 言っても姿勢が変わらないクレア嬢を見て、やっぱり来たのは間違いだったんじゃないかと思う。折角の休憩なのに、これじゃあ休まらないだろう。

 ほら、運動したばっかりだから頬まで赤くなってる。俺はちょうど二人へ手拭いを持ってきていた雑用班の女の子からそれを受け取り、一つはくり子へ、もう一つはクレア嬢へ掛けてやる。

「っ……! っ!?」

「苦労を掛ける」

「あ、ああああありがとうございますっ!」

「わあ、ふかふかで気持ちいいですこれ」

「まずは全霊を以ってハイリア様へ礼をせんかキサマァ!」


 こらこら喧嘩しない。と思ったけど、やられるくり子は心なしか嬉しそうだ。

 ふむ。ビジットは不満があるようなことを言っていたが、それなりに上手くいっているようだな。


「訓練の程はどうだ、ぁー……」

 くり子、本名なんだっけ?

 以前からハイリアが記憶していた人物はすぐに分かるが、新規に出会った者となるとややあやしい。最近思うんだが、俺と合一したせいで劣化してないかハイリア脳?

 そんな俺の思考をおいて、くり子はやや沈んだ表情をした。


「やっぱり、クレアさんには全然敵いません」

「当然だ。彼女は一番隊の切り込み隊長だ。学園でも正面から張り合えるヤツはそう居ないぞ」

「い、いえ、私などは……」

「三番隊との戦いも、結局俺と二人で勝ったようなものだ。露払い、いつも頼りにしている」


 クールビューティクレア嬢は息を詰めて固まる。ふむ、流石にああも全力で打ち込みを続ければ、彼女とて疲労が貯まるんだろう。

 ほらほら、軽く汗を拭いてやろう。なに心配するな。アリエスで慣れているから、女性の化粧を落とすようなことはしない。

 ハイリアの年齢からするとクレア嬢は年上だが、新社会人だった俺からするとやっぱり年下で、立場の上下もあってかついつい後輩にするような態度になってしまう。

 固まったまま心なしか熱の上がったクレア嬢を置いて、俺は再びくり子へ向き直った。


「ハイリア様って、思っていたよりずっと近い感じがします」

 やや舌っ足らずに言う彼女にはてと首を傾げる。

「入学したばかりの時は、大貴族とか、階級意識が強いとか、学園始まって以来の天才だとか聞いてて、それこそ天上の人って印象でした。勿論今もそう思ってますけど、話しているとなんだかとても優しくて、やわらかい雰囲気です。こんなこと言うのは失礼かもしれませんけど、なんだか、許してもらえそうな気もして」


「よし、なら折角だから罰を与えてやろう」

 きゃー、とふざけた悲鳴をあげるくり子の頭をこつんとやり、俺はビジットの所へ戻った。


「ふむ。中々難しいな、女性の士気を上げるというのも」

「いやもうばっちしだろ。クレアちゃんなんて上がりすぎて意識ごとお空の彼方だぞ。汗ふきふきなんてどんなプレイだよ」

「何を言う。ウチではごく普通の光景だ。時々アリエスにも稽古を付けてやっているからな。その時にやってやると喜ぶんだ。可愛いぞ? 見せないがな」

「もうやだこのシスコン」


 それから陽が沈むまで訓練を続け、それぞれに馬車を手配して隊員たちを見送った。


 残ったのは俺、ビジット、クレア嬢とくり子、そして……えーと……弓の彼だ。三番隊との戦いでも俺たちの後詰めをやってくれた、一番隊では最も優れた『弓』の術者。学園で見れば中の上程度だが、とても安定していて戦力としての計算がし易い。しかし、あまりにも平凡な顔つきと名前のせいか、昔から居たのにハイリアの記憶にも印象が薄い。ともあれ非常に無口な彼は居ても居なくても同じような感じなので気にしなくていい。


 残った者たちにはこちらで用意した食事での栄養管理、昨日完成した風呂場や常駐させている施療士によるマッサージを受けて疲労回復をしてもらっている。あまりの厚遇に当初は萎縮していたが、これが全員の成長に不可欠なものであると説明すると、とりわけ女性陣二人は熱心にその方法を学び始めた。


 地味ながら、筋力トレーニングや長距離ランニングでの体力トレーニングも毎朝毎晩行っている。当初は長続きしなかったものの、全員で一緒になってやっていると、次第に慣れて長時間でも続けられるようになった。

 トレーニングの殆どは始業式と同時に始めていたから、そろそろ効果が明確にではじめる時期でもあるな。


 皆が訓練を終えた後、俺は屋敷での一切をメイド長に任せ、メルトと共に訓練室に篭った。

 月明かりに照らされた薄闇の中で、青い風がいつまでも吹き荒んでいた。




 

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