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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(中)
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   クレア=ウィンホールド


 降り注ぐ『弓』の斉射に再び悲鳴があがる。

 血が流れ、命が流れ落ちていく音に腹の中がねじ曲がるような痛みを伴う。

 けれど折れない。たった一度の再起、たった一度の決意で都合よく自分の弱さが消えたりはしなかった。

 ただ覚悟を、他者の命ごと懸けて進む決意を重ねるだけだ。


 現代の戦いは酷く緩慢なものである場合が多い。

 守りの要である『盾』と、攻撃の要である『槍』が共に移動の足を引っ張るからだ。『弓』や『剣』はそれらの随伴として扱われ、周囲に橋頭堡を築きながらゆっくりと進行する。

 大弓の使用が一般化し、一撃で『槍』を落とされることも増えた為、昔のように魔術も使わず前進するのは愚行という考えがあるからだ。

 私たちが度重なる追撃をかわし続けてこれたのも、攻め手の遅さと、守る側の優位性に助けられてきた部分が多い。当然、殿として残った者たちの犠牲の上に成り立っていたのだが。


 私たちの居る森はそれほど緑が深くない。

 すんなり見通せるかと言えば違うだろうが、高所から見渡せばどうしたって人影がちらつく。


 男爵の追撃部隊は、包囲をじっくりと縮めながら『弓』による斉射を繰り返してくる。

 攻撃は主に丘のある北西からだ。

 その狙いは分かりやすい。降り注ぐ『弓』の攻撃に臆して逃げれば、自然と南の平地へと至る。視界の悪い森の中よりも、そちらの方がよっぽど攻めやすいからだろう。


 だから、北西へ進んだ。

 降り注ぐ攻撃に正面からぶつかり、犠牲も構わず進行する。


 現代における戦術の基本は巧遅だ。

 しかし、ハイリア様が私たちに要求してきた戦い方は、常に速度を重視したものであったように思う。

 いかに早く、いかに的確に相手の急所を粉砕するか。

 補給品の中にあったアレも、その一環なのだろうと思う。

 軽視されがちな身体強化を最も重視し、日々の食事にまで指示を与えていたハイリア様。魔術使用によって得られる加護は肉体の力を底上げする、だから重要なのは肉体そのものの地力ではなく魔術の力量だ、という通説を正面から粉砕するような考え方だ。

 過酷すぎる訓練内容には多くの不満も出たが、少なくとも同道する学生たちは皆それを乗り越えてきた。

 彼の考案した柔術という技も、かつて夏季長期休暇にてイルベール教団とぶつかった時、多くのフーリア人らを無傷で捕らえる事に成功しているという。


 そう、彼は新学期を迎えてからこの半年近い期間を、魔術に頼らない戦い方の考案に費やしてきた。

 今までの巧遅を重んじる戦いを、拙速によって貫く為に。


 今、私たちの手には一枚板がある。

 表面には草葉が貼り付けられていて、遠目に見れば人が潜んでいるとは思えない、それだけのものだ。

 盾としての意味は薄い。そもそも金属製の盾でさえ『弓』の攻撃は貫いてしまうのだから、板一枚で防ぎきれる訳はない。

 だが、心理の死角になる。

 包囲を縮める者たちが見ているのは、今も森の中央部に残る人の影だ。それらが逃げ惑う様子に満足し、緩やかに包囲を縮めてくる。巧遅とするにはやや早い速度だ。


 やがて降り注ぐ『弓』の攻撃が頭上を越えていくようになり、身を潜めた私たちの脇を『剣』の術者たちが抜けていく。時折何かに気付いた者たちは、音もなく襲いかかった学生らによって無効化された。

 魔術光すら発せられなかった一瞬の攻防に気付ける者は僅かだろう。ましてや圧倒的な優位に居る者が、駆り立てる兎の動き一つ一つに警戒はしない。そもそも無効化に当たっているのは、それ専用の訓練を半年近く積んできた選りすぐりの者たちだ。多くは魔術の腕に乏しく、しかし高い忍耐力と機転の持ち主たち。

 戦いにおいて軽視されがちな彼らが、今の私たちを支えていた。

 ただ、いかに理屈を分かっていたとしても、怖れや緊張は今にも喉から溢れて悲鳴をあげそうになっていた。


『そういう時は――』


 すぐ隣で、同じように震えていたクリスの手を取った。

 声がない。ただ、冷たくなった彼女の手のひらを、ゆっくりと感じる。指先の動きで応じてくる。


 誰かの体温を感じること。

 それをじっくり観察すること。

 繋がった手の感触に、これまでの日々を重ねてきた仲間の存在に安堵する。

 そうすることで逆に自分の状態もストンと理解出来るようになる。


 私は怯えている。臆している。ここへ来て自分の立てた作戦が失敗だったのではと不安でたまらない。効果的だと思える戦術が、実は相手に見ぬかれているのではないかと疑心暗鬼に駆られ、今すぐにでも撤退を叫びたくなる。


 人差し指が軽く握られた。足元へ引き、縫い止めるような動きだ。


 クリスはじっと前を見据えていた。

 微動だにしないその目は、耳は、戦場の機微をつぶさに読み取ろうとしている。卓越した分析力を持つ彼女が、今の状況に異質なものがないと告げている。


 握り返すと、硬い吐息が少しだけ柔らかくなった。


 彼女も不安なんだ。

 全てを委ねてはいないけれど、能力を認められただけの働きを周囲は求める。それは要求ではない。果たすべき義務として、柱が家を支えるように当たり前のものとして扱われる。

 そうでなければ、大勢の人間を動かすなんて出来ないのだから。

 決めてしまうしかない。始めてしまうしかない。

 後は覚悟を。

 失敗しようと、成功しようと、同じこと。


 そうして、時は来た。


 囮として南へ逃げた者たちを追って、狭まった包囲の境界線と重なる。

 巧遅を以って進む『槍』と『盾』が一息と呼べる距離にまで接近してきた。

 皆、魔術を使用している。遠距離からの攻撃が考えられる以上当然だ。複数人で大盾を展開しては、一部の術者が随伴の『剣』に守られながら魔術を解き、前へと進む。そうして進んだ者が新たに陣を敷き、後方の者がまた守られながら前へとやってくる。

 基本的な動きだけに、ここの早さは兵の練度がそのまま出ると言われている。

 男爵の追撃部隊は早さこそそれなりだが、やや動きにムラがある。当然だが、精鋭と呼べるような者たちは前線へ送られているのだろう。こちらは後方、安い手柄と思っていたものが、予想以上の抵抗を続けて相当に苛立っているだろうとヨハンは言っていた。

 だから、優位を感じた時には雑さが顕となる。


 合図を。


 彼らの後方、包囲の外側から『弓』による矢が、黄色の魔術光を煌めかせながら舞い上がる。一つ、二つ、三つ、いや十、二十と、数えるのも馬鹿らしい数が放たれた。


「後方だと!? いつの間に包囲を抜けたのだ!?」


 それは、おそらく一帯の指揮を執っていた者の声だった。

 慌てて守りを固めようと指示を飛ばす。だが、矢は舞い上がった上空で姿を消し、ようやく彼らはその正体に気付いた。


「『弓』による遠隔攻撃だ! 術者の手元から放たれたのであれば、意志を持って降り注いだ筈! いや待て……あの距離からすると術者はすぐ近くに――」

 言いつつ、振り返った男の首はあっさりと宙を舞った。

 遅れて『槍』の紋章が風と消え、重たい響きが地面を揺らす。


「鎧通し……実戦で試したのは始めてだが、悪くねえな」


 ヨハン=クロスハイトは、腰元の鞘からもう一本のサーベルを引き抜きながら、足元に転がる板を蹴り飛ばす。


「隊長殿の持論らしいんだが、この世のあらゆる観測可能な現象は、分析と試行によって解明できる、とよ。分かっちまえば再現するのに必要なのは数だ。あのクソ神父のやっていた中じゃあ、これが一番ラクだったしな」


 隊長格は倒れた。

 だが、まだ魔術は使わない。


「攻撃開始!」


 応、という叫び声が、まるで獣の雄叫びにも似た声の嵐が、一斉に敵へ襲いかかった。


 同時に――声の影に隠れて放たれた弩の矢が、的確に『盾』の術者を射抜いていく。彼ら『盾』は具現化した守りこそ強力だが、迷彩となる霧を見通せる距離にまで接近すれば、後はもう守りらしい守りもない。

 通常であれば随伴の『剣』があっさりと矢を撃ち落としていただろう。あるいは攻撃の気配を読み取り、『盾』を展開させたか。


 しかし、私たちは魔術を使っていない。

 罠の発動する兆しも、攻撃時にはどうしても露わとなる魔術光も、一切発せられない。だから、遅れる。そしていかに『剣』や『弓』の術者が機敏に動けるとしても、人の集中力には限度がある。

 『剣』が『弓』に対して有利であるのは、あくまで一対一の場合だ。百を相手にして無傷で居られるのは、あのピエール神父のような一部の腕利きくらいなもので、集団化組織化された攻撃を前には強弱の法則は崩れる場合もある。

 ましてや奇襲、不慣れな攻撃への対処など、どれだけの対応力が求められるのか。


 立て直す力のある前線指揮官はヨハンが仕留めた。

 迂闊にも情報を晒した男のすぐ側に彼が潜んでいたのは偶然だが、おかげで混乱が長続きする。ずっと作戦がやりやすくなるだろう。


 敵の包囲を成す一陣は食い破られた。

 後は立て直される前に陣を築いてしまえば突破口の完成だ。


 魔術使用から発動までに時間の掛かる『盾』と『槍』を、十分な広さを確保した上で使わせる。

 今までの不可解な攻撃に反して、分かりやすい戦術目標の登場に、僅かながら敵の動揺が収まる。だが仕方のないこと。このまま無理に魔術を使わずにいれば、やがて立ち直った彼らと正面からぶつかり、私たちは呆気無く敗北してしまう。


 不意を打てる奇襲だからこそ通用する手段だ。

 生身の者と魔術を使用した者の力は、本来なら簡単に覆せるものじゃない。たった一つでも、一局面だけでも、経験豊富な正規兵らを上回れるものを求めて、彼らが必死に研鑽を重ねた結果だ。

 何よりここに、この森の中に武器を隠していたハイリア様こそ驚嘆モノだ。

 あの逃走劇から反撃に移るだろう場所を読んでいたのか、それとも各所にそれ用の場所を複数作っておいたのかは不明だが。


 ヨハンが、一太刀で歪んだサーベルを放り投げ、残る一つを鞘へ収めた。

「それじゃ、俺たちは先に行くぜ?」

 敵中にあって余裕を見せる彼の隣へ、アリエス様が遅れて並ぶ。いや、一歩前へ出た。

「仕切らないでくれる? 小隊を率いているのは私なの」

 そんな彼女から興味もなさそうに目を離すと、彼はさきほど放り捨てたサーベルを蹴り上げ、掴んだ手よりも前へ身体を進め、溜めの動きを短縮した上で投げ放った。

 奇襲を仕掛けたはいいがヨハンほどに上手くはいっていなかったアンナと、彼女をなんとか守ろうとしていた赤毛の少年、エリックの間を抜けてヨハンのサーベルが敵の鎖骨部へ深々と突き刺さった。

 ひー、と逃げてくる二人。


 魔術的にも肉体的にもさして戦力とは呼べない彼らだが、この前線に居るには理由がある。

「あら荷物持ちと荷物持ちじゃない。敵に襲われるのはいいけれど、あまり荷物を傷付けられないようにしてくれる?」

 アリエス様が指名して別働隊に加えたからだ。

 しかし呼称からして名前を覚えていないらしい。覚えていてああなのかも知れないが。


「どっちでもいいけど早く行くぞ。包囲を一重にするようなアホなら楽だったんだが、流石にもう一枚あるし、後備だってあんだろうしさ」

「策ならまだあるわ。安心して一人で突っ込んでいきなさい」

「絶対嫌だな」

「仕方ないわね。リース=アトラ、連れて行きなさい」

「はいっ!」

「おい待て後輩、俺をお前の戦い大好き空間に巻き込むなっ。なんで嬉々として一番危ねえ先頭に立ちたがるんだよっ!?」

「行きましょうヨハン大先輩! 目指すは追撃部隊の指揮官。つまり一番強い敵の居る場所です!」

「敢えて狙う必要ねえだろ!? そんなのは後ろの連中に任せとけって! 俺たちはさらっと包囲抜けて、追いかけてきた頭に血の昇った料理しやすい連中をラクに仕留めればいんだよ!」

「ハハッ、指揮官をやられたら、もっと頭に血が昇って追いかけてきますよ!」

「お前手段の為に目的変えるの止めね?」

 とはいえ連れて行かれた。


 戦局は進行している。

 私たちの突破を警戒して分厚く構えていた敵陣は、中央を食い破られて左右へと散った。十分と言える広さを既に確保しつつある。巧遅を原則とする戦術ではすでに致命的と言える状態だ。

 『盾』の布陣が完了すれば、あとは反転した囮部隊が一気に中央の安全地帯を駆け抜ける。


 敵の包囲は二重にあった。

 だがそれは一重目が十分に敵を受け止めてくれることを前提とした布陣だ。包囲とは敵に強い圧迫感を与え、決定的に士気を奪い、四方から攻撃を加えることで敵の戦術を成り立たなくさせるという、およそ野戦にて行われる陣立てが目指す最終段階だ。

 だが同時に、正面からぶつかり合う時に比べて陣はどうしたって薄くなる。

 薄さを補うために後備があり、優秀な指揮官であれば敵の突破を見越して陣容を変化させ、受け止めた上で左右後方からの攻撃を加えさせる。


 まさか一枚目の壁となる陣が半時と持たず破られるなど、誰が予測しただろうか。


 陣立てを変える時間稼ぎはもう出来ない。

 敵は慌てて包囲の外側へ合流を目指すが、もう頭を抑えてある。加えて急ぎ過ぎた布陣は側面に多くの穴を生み、最も素早く動くべき先頭部隊には味方が殺到し過ぎていて身動きが取れなくなっていた。


 まもなく囮となっていた者たちが、私たちより遥かに経験の豊富な騎士たちが突破を仕掛ける。彼らの比ではない速度で部隊を展開させる彼らが、敵の防衛戦を呆気無く切り裂く姿が容易に想像出来た。


 戦いは始まった時既に決着がついているという。

 私はまだこの言葉の真髄を理解したとは思わないが、もしこの勝敗を決したものが何かと問われれば、間違いなく言い切れる。


 私たちが半年、いや一年と半年を懸けて積み上げてきたものこそが、と。


「満足そうね」


 声に意識を引き戻される。

 指揮へ没頭していたからか、未だにアリエス様がそこに残っていたのだと気付かなかった。てっきり先へ行ったものだと。


 まずは指示を送り、受け取った『弓』の術者が遠隔地に送り込んだ罠を起動させ、小さな光点を産む。予め決めておいた間隔で連続起動させることで、伝令を送るより早く、そして指揮系統を敵に察知されないまま意思伝達を可能とする手段だ。

 狼煙の代用だと思われがちだが、現在開発中のもーるす信号とやらが完成すれば戦場が激変する可能性を持つものだろう。


 後続部隊の突撃に合わせて、左右への分厚い攻撃が始まったのを確認し、私は意識をアリエス様へ向ける。


「まだ……満足には遠い場所に居ます」

「そう」

「私は一年も膝を折ったままでした。この程度で追いつけるとは思っていません」

「追いつく? 誰に?」

 少しだけ躊躇して、しかし言った。

「ハイリア様に」


 途端、今まで涼やかだったアリエス様の目が、鋭く細められた。鏃を向けられたような緊張に息を詰めるも、すぐさま彼女は目を逸らして空を眺めた。


「アナタの進む先には、どうしようもなく冷たい終わりが待っている。どうしてかしらね、そんな気がして仕方ないわ」

「先行きの困難さは理解しているつもりです。精神論だけで全てが解決出来るとは思っていませんが、まずどのような形であれ完遂する覚悟無しに物事を変えていくことは出来ません」

「そういう意味じゃないわ」


 『弓』の紋章がアリエス様の眼前に浮かび上がる。

 黄金にも思える黄の魔術光が羽と舞い散り、翼を模ったような飾りを持つ弓が握り込まれた。


「人にはそれぞれ分というものがある。階級、血統だけではなく、才覚や資質によって成し遂げられる限度を越えることは出来ないのよ。越えたように見えるのは、私たちの元々考えていた限界が低かったというだけで、努力のみで成し遂げられる範囲というのは意外なほど広い。お兄様の……そう、持ち込んだ知識は更にそれを押し広げる力があった」

「持ち込んだ?」

「私と、お兄様と、ジークの小隊が合同で行った訓練を終え、屋敷へ戻ってきた後、少し様子のおかしかった時があるの。その時にポツリと漏らしていたわ。もし、外を知覚する力を誰もが持っていたとしたら、とか、魔術はその片鱗に過ぎない、とか」


 外、というものがどこを指しているのかは分からないが、何か別の場所を知ることによって魔術は使用されている、ということだろうか。


 この世界に存在する魔術は四つ。

 『剣』『弓』『槍』『盾』。

 聖女セイラムの登場によって齎された神の加護は、しかし同時に生まれたものではなかった。まず『剣』が生まれ、それに対向する『盾』が生まれた。やがて『盾』を粉砕する『槍』が生まれ、それを遠方から撃ち落とすことの可能な『弓』が生まれ、今のような円環の構造が出来上がったとされている。

 魔術を学んだ者ならば誰でも知っている歴史だ。

 時代と共に魔術は徐々に力を増し、上位能力の発現、そしてイレギュラーと呼ばれる力の持ち主の登場。


 魔術は極めて習得が容易く、定められた行程さえ突破すれば誰でも使用出来る力だ。僅かな加護だけでいいのであれば行程も簡単なものとなる。市井で利用されている魔術などは殆どがコレで、武装を具現化するまでには至らない程度の術者が多い。

 市民が自在に武器を所有可能な状況というのは昔から統治者にとって悩みの種ではあったが、一般化されている知識だけに規制は難しく、集会の管理を統治者側で行うなど、間接的に抑止する手が取られている。


 ただ、ハイリア様の齎した事実が今までの常識を覆した。

 フーリア人も魔術を使う。しかも、私たちの使うものとはまるで違うものをだ。


 四つの魔術だけではないのだ。

 いやそもそもイレギュラーと呼ばれる者たちだって、聖女の定めた法則から外れている。今までは新たな可能性をお認めになったのだと、そんな言葉で納得していたけれど、ならば全く違う魔術を使うフーリア人はどうなる?

 イレギュラーを聖女の認めた正なるモノとして認めるのであれば、同じく四つの属性になんら当てはまらないフーリア人らの魔術は……。


 きっと教会の人間であれば、あるいはイルベール教団の者であれば、邪神との契約によって得た力だと説明するのだろう。


 けれどここに、ハイリア様の漏らしたという、魔術がその片鱗に過ぎない、という言葉を代入しよう。


 外、と呼ばれる場所を知ることで得られる魔術。

 それがほんの一欠片の力であったとすれば、私たちはとんでもない勘違いを続けていたことになる。


「……どうにも、私の手には余る話のようです」

「そうね。アナタは自分の身の心配をしていなさい。自分が駆り立てた人間の死というのは、中々にこたえるものでしょう? だから、いざという時に怖気づいたとしても、私はアナタを責めないわ」

 中々にひどい侮辱だが、私は困ったように笑うしか出来なかった。

 そうなってしまう自分も十分に想像出来たからだ。

 だからこそ、敢えて言うことにした。


「それが最後の一歩になろうとも、私は前へ進みます。ある場所までは、きっと皆の力を借りて進んでいける。けれど、たった一人でしか越えていけない、狭き門というものもあるのでしょう。私が望んでいるのは、その先です」


 するとこちらを横目で見ていたアリエス様の目が、本気で嫌そうにしかめられた。


「今分かったわ。私、アナタのことが嫌いみたい。自分勝手で何もかもを思い通りにしないと気がすまない、その為には他の何もかもを平気で巻き込めてしまう、最悪な類の人間ね」

「同族嫌悪ですね」

「ふふっ」

「ははは」


「ふふふふふふふふふふ」「ははははははははははは」「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」「はははははははははははははははははははははは」「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」「ははははははははははははははははははははははははははははは」


 微笑み合っている間にやってきた伝令たちが震えだすのを見て、どちらともなくそっと笑みを収めた。

 言われたことに思うことが無いわけでもないが、私にだって意地がある。少し腹が立ったのも事実だしな。生来の気性の荒さは自覚している。ここ一年ばかりで抑える方法も学んだが、侮辱されてそのままというのは性に合わん。


 そうだな、性に合わん。


「ご忠告は受け取っておきます。ですが、引くか進むかなんてことを今考えても仕方ありません。その時に進みたければ進みますし、引きたければ引きましょう」

「好きにしなさい」


 諦めるように言われ、こちらも嘆息する。


「そろそろ行くわ」

「えぇ、吉報をお待ちしています」


 そうして彼女の向かった先から、ほどなくして天が震えるほどの歓声があがった。

 どうやら、敵将を討ち取ることに成功したらしい。


「遅れるなっ、進めェッ!」




 

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