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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(上)
39/261

34

 紫色に染まった霧を払うように、青い風を巻き起こし駆け抜けていく。

 その風に追従するのは緋色の火。一直線に突き進む俺とは違い、ジークは速度に余裕がある分、周囲を駆け回って警戒していた。


 時刻はもう深夜。

 明かりとなるのは篝火と、それぞれが放つ魔術光。

 姿を表している者の影に隠れて、魔術を使わず移動している者の姿も幾つか見えた。総数はその数十倍だろう。


 古城二階のテラスで黄色の羽が舞い上がる。

 『弓』(ストライクアロー)の魔術光だ。

 幻想的にも思える光の中から、幾条もの光が放たれた。

 どれも一撃の威力を重視した大弓からの攻撃で、成熟した兵の手によるものと考えれば無視出来るものじゃない。


 だが俺は一切の減速をせず、前方を塞ぐ『盾』の術者へ向けて突撃する。


 降り注ぐ七つの矢。

 必殺の威力を込められたそれらは、しかし緋色の刃と弾丸によって叩き落とされる。


 『槍』や『騎士』に対して『弓』が有効であるなら、『弓』に対して有効なのは『剣』だ。能力は低いものとは言え、ジークの『銃剣』は『剣』と『弓』を併せ持つ。

 加えて、やはり状況把握力や先読みの力は一級品だ。

 奴の緋弾は引っ掛け、伸ばし、放つという三工程。通常の攻撃よりも準備が必要な為、その場その場の対処では使いものにならない。相手の思考を理解し、欲求を読み取り、呼吸を合わせる。時に誘導することも含めて、高度な思考を直感的に行えなければ戦闘では機能しない。

 仮に他の誰かが『銃剣』の能力を持ったとしても、ここまで使いこなすのは難しいだろう。


 貫き砕いた大盾の向こうで、『槍』の術者がハルバードを薙ぎ払ってくる。

 俺は勢いを止めなかった。身を低くし、矛先を沈めて柄を高く持つ。相手の攻撃を下段から跳ね上げると、男はそれに逆らわず上段に構え、踏み込み――背後からジークの緋弾によって撃ち抜かれた。


「決闘じゃないんだ。後ろに気を付けな」


 男の武装が風となって消える直前、軽業師のように矛先へ飛び乗ったジークが更に跳躍し、二階から狙っていた『弓』の一団へ狙いを付ける。

 そこへ、地上に現れた新たな術者が大弓を構え、放つ。


「HA!」


 ジークは残る右の短剣を振るうと、その切っ先にある返しを虚空へ引っ掛けた。通常なら不可視の糸を伸ばし、緋弾の準備動作となるそれを、

「狙いの行儀が良すぎらァ!」

 敢えてそのまま自身の制動に利用し、空中で身を返す。


「BANG!」


 上空から放たれた緋弾に二階テラスの一部が粉砕され、幾つかの悲鳴が崩落に押し潰された。続く次弾で地上からジークを狙った術者は崩れ落ち、黄色い羽根を散らす。


「正規兵つっても大した事ァねえな!」


 降り立ち、距離の出来た俺に合流するべく走り出したジークの側面から、『剣』の術者が数名飛び出してきた。

 イレギュラー能力者として圧倒的な力を見せつけるジークにとって、唯一苦手とする術者。デュッセンドルフ魔術学園の設立にも一枚噛んでいる男爵なら、弱点は知っていて当然か。

 騎士剣を持った『剣』の術者たちは一直線にジークを追い、それを見たジークも真っ向から迎え撃つ。意外な行動に相手はほんの僅か速度を緩め、

「とか言ってれば油断してると思ってくれるんだよな」

 まさにその位置。

 自分の弱点を突いてくるだろうと、『剣』の新手と接敵しそうなポイントへ、常に罠を張り巡らせていたジークの緋弾が、逃げ場もないほど濃密な弾道で噛み千切った。

「生憎余裕コケるほど強くはねえよ……!」


 アイツ、待つのが面倒になって誘ったな。


 一歩間違えばそのまま食われてもおかしくない誘いだが、これで迂闊な奇襲は減るだろう。

 彼らが狙うべきは、予測の難しいイレギュラーではなく、枠に収まる能力に過ぎない『騎士』の俺だ。向かう先にしっかりとした陣を敷けば、それだけで突破は困難になる。

 ジークの攻撃は派手だが、突撃一つで数名を蹴散らす俺に比べれば、やはり攻め手が一歩遅い。そういう意味でもいい陽動なのだが。


 上位能力である『騎士』(インペリアルナイト)。

 それとイレギュラー能力である『銃剣』(ガンソード)。

 この二つの組み合わせは確かに強力だ。だが相手は地方領主とはいえ正規兵。動揺のあった当初ならともかく、組織だった動きが始まればそう簡単には突破出来ない。

 そうなる前に城を出たかったのだが。


 中庭の地面を突き破って、巨大な木の根が鞭のように襲い来る。


「『魔郷』が完成したのか!」

 突撃槍では足りない。

 すぐさま破城槌を構え、前方を打ち砕こうとするが、

「後ろからも来てる! 避けろ!」

 肩越しに振り返ると、城壁と見紛うほどに巨大な蔓が伸びてきていた。ジークの放った緋弾が幾度も蔓を貫いていくのが見える。だが、対象の巨大さに比べてアイツの攻撃は鋭すぎ、対象は柔らかすぎる。

 これを破壊するには点ではなく、線か面による攻撃が必要だ。


 叩きつけた破城槌は確かに前方の根を砕いた。

 しかし、背後へ対処するには時間が無い。


「早すぎる……!」


 発動から僅か数分程度。

 ここまで早く『魔郷』が完成するのは完全に予想外だ。

 攻撃の規模も、まるで物語の終盤で見た時のように強化されている。


 リースの『旗剣』といい、なぜこうも彼女たちの力が増加しているのか。


 守りの構えを取る間もない。

 負傷を覚悟し、守りの姿勢を取ろうとする。

 巨大な打撃が俺を叩き飛ばす直前、


 上空から叩き付けられた破城槌が蔓を打ち砕いた。


 地面を割り、巻き上がった砂埃を青い風が吹き飛ばす。

「ハハッ、よくやった――」

 そこに立っていたのは、どデカい顔のあの男。

 『槍』の術者であり、ジーク=ノートン率いる小隊の一番星。

「上出来だぜポーキー君!」


 ポーキー=コーデュロイはジークとのすれ違いざまにハイタッチをし、背後から迫る敵をじっと見据えたまま、右腕を掲げる。

 立てた親指は、俺に構わず行けと、そう告げていた。


「…………あ、ありがとう」


 とりあえず感謝を告げて、俺は助けてくれた戦友に背を向ける。

 確かに腕はいいから、安心して任せられる相手だ。うん。


 そのまま城壁へ向けて一直線。

 側面から現れた新手は、更に反対側から現れた一団の攻撃を受けて足を止めた。一団の中で最も苛烈に戦っている男が、二振りのサーベルを手に声を掛けてくる。


「よお隊長殿。援護に来たぜぇ」

「遅い」

「はあ?」

「あと一分早く来い」


 なんか功績もイマイチだし、間が悪い。


「なんで拗ねてんだアイツ?」

「んー、パーティの時、ヨハン君がハイリア様の持ってたお肉取ったからじゃないかな」

「あー、なんか変な味したアレか。肉っぽくないっつーか、お上品過ぎるっつーか、あれはあれで悪くないんだろうけど、俺はこないだ行った店の料理のが好きだな」

「三本角のなんとか亭?」

「そうそう。店主がめちゃくちゃおっかないのな。でも味は最高だった」

「そういえばあの時私のお肉とった」

「うおっ!? こっちに剣向けてくるんじゃねえよ!?」

「最後の一切れだったのに! 一切れだったのに!」


 なんだか知らないがいつも通りの共食いが始まったから気にせず通過することにした。正規兵相手だがあそこは大丈夫な気がする。


 城壁まではあと僅か。

 だが同時に、厄介な『弓』の術者が城壁の上に大勢待ち構えている。


 さてどうするか、と割とジーク任せな気分で走り続けていた俺は、ふと違和感に気付いた。

 『弓』の射程は二百メートル。

 そこまでの距離になれば当てるのは難しいとはいえ、今はもう三十メートルを割っている。引き付けるにしても一切攻撃がないというのは流石にどうしたのか。


「城壁の上は制圧しておきました、ハイリア様」


 呆気無く城壁の前へたどり着いた俺は、ふと見上げた先で月を見た。

 今日はいつの間にか曇っていたから、さっきまでその姿を見失っていたんだ。

 心なしか近く感じる月を背に、赤い炎を纏った少女が立っている。


「私も居ますよー!」


 クレア嬢とくり子だ。

 流石、戦況の要を理解している。


「よくやってくれた、二人共」


 これで城壁はクリア。

 周辺はヨハンの部隊がせき止めているし、広がりつつある『魔郷』の攻撃はポーキー君を始めとした『槍』の術者たちが対応を始めている。元々ジークとの戦いに向けてティアへの対策も訓練に組み込んでいたから、実践してくれているのだろう。

 それを援護する者たちも展開しており、それぞれが戦果を上げ始めていた。決して楽観できる状況ではなかったが、学生ばかりの部隊であることを考えれば出来過ぎだ。


 合流などせずとも、俺の起こした行動から目的を読み、それぞれが判断した結果に部隊行動と変わらない状況が生まれた。


 静かに吐息し、その光景を焼き付ける。


「先行ってるぜ」


 その横をジークが通り過ぎていき、城壁を登っていったのが分かった。『銃剣』の術者なら数メートルの壁を登り切るくらい簡単だ。

 それじゃあ俺は、


「おい、逃げろよジーク」


 とりあえず破城槌を構えて声を掛ける。

 未だ頂上に達していないジークを置き捨て、素早く逃げ出したクレア嬢とくり子を確認すると、


「まあ、なんとかするだろう」


 信じて突っ走れと言われた以上、最後までやり通すのが筋だ。

 信じるぞ、ジーク。


「なんで少し楽しそうなんですかね、ハイリア様は」

「相手を信頼しているけど、素直に認めるのは腹が立つ。そんな所だろう」


 城壁は突破した。

 落下してくる瓦礫とジークをくぐり抜け、古城を抜けだした俺は、そこが小高い丘の上に建っていたことを思い出す。


 そうか、ここはいつもより少し、空が近いんだ。


 あまり見とれている時間はないが。

 ジークの抗議を置き去りに、俺は再び青い風を纏って駈け出した。


 未だ霧は晴れない。

 『魔郷』の効果範囲は、『王冠』のそれを上回る。

 というより、時間が経過すればするほど範囲を増していく。

 急がなければならない。仮にティアの知る情報が露見したとして、それが問題ないと言ってしまえる所にまで状況を進める。


 ラ・ヴォールの焔。

 カラムトラ。

 イルベール教団。

 そして、この革命騒動から始まる国内のあらゆること。


 状況において最も大きな変化は、ティアの居場所だ。

 学園内に居た本来の流れよりもこれは遥かに動きやすく、一方で抑止力の低下を招いている。『魔郷』という状況が欠落したことで、これから向かう先では別種の混乱があるだろう。


「ハイリア様!」


 後方から声がした。

 振り返ると、霧の向こうから赤い炎を纏った人影が追ってきている。聞こえたのがクレア嬢のものだったから、最初は何かあって追ってきたのかと思ったが。


 霧が動く。

 だから気付けた。


 上方から叩き付けられた連続破砕が、寸での所で俺の纏う青の甲冑を掠めた。


「困るな、ウィンダーベル家のご嫡男。君がここから抜けだしてしまうと、私は君の領地まで相手にしなければならなくなる」

 ラインコット男爵だ。

 騎士剣を手に、術者には不要と言われる金属鎧を身に付け、『旗剣』の術者が顔を現す。


 『旗剣』……!?


 確かに男爵は凄腕の術者ではあった筈だが、上位能力になんて目覚めていなかった。

 くそ……なにもかも滅茶苦茶だ。


 思わず足を止めた俺の脇をジークが駆け抜けていき、遅れてクレア嬢がやってきてかばい立つ。もう一つの影が遠巻きに立っているのはくり子だろう。ジークはまあ、周囲の警戒と仕込みに走ったと思っていい。


「しかし、あっさり全員を見捨てて逃げ出すとは意外だったよ。君は仲間と共にここへ残って、抵抗を続けると思っていた」

 何も知らないのであればそうしただろう。

 だがそうはいかない事情もある。

「いいのかい? 君が手塩にかけて育ててきた仲間は、いずれ『魔郷』に飲み込まれて絶えてしまう」

「っは!」

 思わず笑った。


「魔術を使っているのがティア=ヴィクトール自身であればそうなっただろうな。だが、キサマでは宝の持ち腐れだ、ラインコット男爵」


 それに俺の仲間たちは、とっくに俺の手を離れて動き始めている。

 ただ一人の人間に牽引されているだけの連中が、あのピエール神父率いるイルベール教団を退けられるものか。


 俺の挑発が癪に障ったのか、男爵は騎士剣を見せつけるようにして構えを取る。

 あくまで優雅に、美しいと言える所作ではあったが。


 そして懐から取り出したあるものに、クレア嬢が驚きの声をあげた。


「なんだ……ソレは……!」


 それは、炎を纏っていた。

 白の炎と、黒の炎。

 決して交じり合わない二つが互いを食い合い、絡み合うように燃え上がっている。


 その核となっているのは、握り拳程度の大きさを持つ赤い結晶。


「そいつを――!」


 幻影緋弾がひた走る。

 幾条もの緋色の筋が男爵を追い、しかし、決して届かない。


「よこせぇぇええええ!」


 最後の弾道が地面を砕き、巻き上げた土砂の下を這うようにしてジークが駆ける。下方から切り上げようとした彼を、男爵は埃でも払うような所作で騎士剣を振り、


「危ないです! 逃げて下さい!」


 連続破砕が彼の身を砕く直前に、誰よりも素早く状況を理解したくり子が飛び付いていた。

 下り坂だったからか、派手に転がった二人はやがて落ち着きを取り戻したジークの短剣で急制動を掛け、止まる。


「すまねえ……ええと、くり色髪の」

「あいたたたたた……腰打ったぁ、痛いです……」


 どうやら、くり子の腰以外は無事らしい。

 こうなることは予測できただろうに、反応し切れなかったとは情けない。だが、とりあえずはよくやったぞ、くり子。


「落ちついたかジーク。相手は『旗剣』(ライトフラッグ)だ。迂闊な突撃は危険だぞ」


 『旗剣』だけにな。


 ふむ、中々面白いダジャレではなかろうか。

 そうは思わないかクレア嬢?


「ハイリア様は……アレがなんなのかご存知なのですか」

「君は生真面目過ぎる所が玉に瑕だ」

「え? あ……分かり、ました」

「もっと余裕を持つといい。緊張した状況でも遊びを持てるというのは、一つの長所だからな」

「はいっ!」


 さて、難しい話はこれくらいにして、気持ちを楽にして、国家転覆を企てている男爵と会話を始めよう。

 いや、まずは質問に答えるべきか。


「あれは、ラ・ヴォールの焔。フーリア人にとってとても大切なもので、返却すれば戦争が終わると勘違いされている、困った神の力の断片だ」


 あんな石ころで世界は救えない。


 一人の少女か、少年の犠牲なくしてはな。





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