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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第五章(下)

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   シャスティ=イル=ド=ブレーメン


 フィラントは生まれたばかりの国じゃ。

 その興りからして幼かった。


 故郷から遠く離れて戦い続ける日々に、自分の居場所すら見失っていく者達。

 見捨てられた地にて抵抗を続けるも、最早どうして戦っていたのかすら曖昧になっていた者達。


 どうすればいい。

 何をすればいい。

 分からないから、戦い続ける。


 目先の未来を掴む為に暴力を振るう。


 故にこそ彼らは王を求めた。


 そこに座る者達が言うには、奴隷としての王じゃろう。


 だとしても求める声は本物で、仕える者には安堵があった。

 余はフィラント王、シャスティ=イル=ド=ブレーメン。

 フーリア人の巫女を束ねて、言葉を伝えることの出来る者。


 だからこそ、爺の工作をすり抜けて国なんぞをこさえる事が出来た。


 未来なぞ知らぬ。

 明日を生きるのさえ精一杯じゃ。

 それを拙い、幼いと罵るならば蹴り飛ばしもしよう。


 だからこそ、手を引かれるまま歩いていって、あやされるまま甘えていることは出来なかった。


 互いに王の年齢が同じであれ、重ねた歴史が違えば周囲の環境は異なる。


 敢えて。

 敢えて、上と呼ぼう。


 姉を名乗る者も居るが、時にその手を払ってでも、余達は宣言しなければならん。


 フーリア人への差別は根深い。

 百年経とうと、鉄の花が世界へ広がろうとも、消えることはないじゃろう。

 故に必要なのは与えられたものではなく、自ら勝ち取ったという自負。


 我らフーリア人は生涯、その民族の持つ歴史の果てまで、差別と戦い抜かねばならん。


 ならばその始まりであるフィラントが甘えた子どものままではいかん。いかんのじゃ。


 手を出せば高く付くぞと示さねばならん。


 今接している個人が認めたとて、明日の誰かまで同じとは限らんのじゃからな。


 故に我が国は永遠に友を得る事は敵わない。

 力を示し、威を唱え、それと同時に国内へ取り込んで味方を増やしていく。

 容易く蔑むことが出来ぬほどの地位を築いて立たねば。


 そう考えた時に、王として立つ己の矛盾に気付いた。


    ※   ※   ※


   ルリカ=フェルノーブル=クレインハルト


 ホルノスの積極的な行動によって、フーリア人は反抗の理由を大きく潰されている。

 奴隷解放、フーリア人への謝罪と贖罪、百万本の花宣言を受けて苛烈な行動よりも穏健たれとする意見も出ているって聞く。


 けれどそれは同時に、フーリア人という存在への扱いが奴隷から保護へと変わっただけども言える。


 敢えて極端な言い方をすれば、下に見ているという点では変わらない。


 時間を掛けて認められていく道も確かにあるけど、人の多くは叡智を持って生まれてこない。ううん、こんなの知性や理性じゃなくて、母を愛するとか、子を愛するって程度の話なのに、自分の足場が揺らいでいると簡単にそれを放り捨てて差別という快楽に奔る。


 私も彼女も見ている所は同じな筈なのに。

 道は険しく、始まりの位置は遠い。


 そういうものを見誤ってきた自覚が私の中にもある。


 だから方針を変えた。


 手を繋いで一緒に歩くんじゃなくて、道を用意し、追いついてきたのなら一緒に走ればいい。

 彼女達が我有りと叫んで地面を踏み締められるように。

 それが簡単に揺らぐものだとしても、そこまで駆けてこれたのなら一つくらい胸に抱ける自負があるかもしれないから。


 私は上だと、そう宣言してでも。


「そういえばキサマからは何も聞いておらなんだな。宴もそろそろ幕引きであろうが、何か語っておきたい言葉はあるか」


 フィラント王へ向けて、始まりの皇帝から再びの問いが投げられた。

 憧れを前に、怖じるような人じゃないでしょ。

 貴女はずっとそうやって己を見せ付けてきたんだから。


「余が目指すものは」


 シャスティが空を仰いだ。

 吹きさらしの会談場を吹き抜けた風が、彼女の黒髪を揺らす。

 浅黒い肌に張り付いたそれを指先で撫で付けて。


「余の民と笑い合える明日じゃ」


「なんじゃ、小さいのぅ」


 当たり前に当たり前の感想が飛んだ。

 けれど憧れへ向けて、彼女は食って掛かる。


「自分に続いた者としか笑い合えなんだキサマに、果たしてそれが出来るかの」


「……なるほどのぅ。カ、カカカカカ!! はぁ~~っ、今日は大いに愉快である!! 女王なぞ余の時代にはおらなんだ。なるほどなるほど、確かに余はソナタの言う者達を踏み潰してきた。しかしのう、あぁ、民草に終わらぬ夢を魅せられるのは、余を置いて他におるまい。憧れ!! それこそが人の持つ普遍なる欲望の端なればっ、余こそがその標となろう……!!」


 あぁ、本当に手強い。

 憧れ。

 それは確かに、ホルノスの今を生み出したものでもある。


 夢語りの王。


 あの人の、その末路がどうであったとしても、目指した道は間違っていなかったと私も思っている。


 許すことは出来ないけれど、ホルノスを見限ってその配下になりたいという人の気持ちも理解出来る。


 アーノルドは本当に、本気でそう思っている。

 そう信じられるからこそ、臣下も安心して、己の全てを投げ打てる。


 理解の出来ない、気持ちの悪い子ども、そんな風に思われてきた私には届かない、大きな王。

 皇帝っていうのは、その更に上の存在なんだっけ。


「さて、語るべきも語りつくした。後はのんびりと宴を楽しむとしようではないか」


「その前に聞いておきたいことがあるんだけど」


「うむ、聞こう」


 私の問いかけに大きく頷く。


「両脚が義足の女の子、もしかして貴方達が捕らえてない?」

「いいや。そのような話は聞いておらん。ふむ、ならばこちらも聞くが、こちらの『盾』を司る小僧、またそちらに捕まっとる訳ではないのだな?」

「ヴィレイ=クレアラインはそちらの仕掛けで見失ったまま。これは本当のこと」

「よかろう」


 うーん。


 どうにも、アテが外れちゃったみたい。

 ハイリア御免。

 そっちで探し当ててくれることを祈ってるよ


    ※   ※   ※


   クレア=ウィンホールド


 予備の義足も二度の戦闘で壊れてしまった。

 私が切り取った太い枝を松葉杖代わりにして、片手に水桶を持つ傾いた姿勢で道を歩く。


 見通しの悪い窪地を降れば、小さな森の中に二軒だけの小屋がある。

 おそらくは村を追われたか、税から逃れる為に隠れ住んでいたかといった様子の場所で、ここへ逃げ込んでからはどうにか敵に見付かる事無く隠れていられた。


 出来れば本隊と合流したいが。


「皆、水を汲んできた。今身体を拭いてやるからな」


 小屋の中、病に伏した仲間が居る。

 ティリアナ=ホークロックを討ち取ったあの疾走から数日経つが、動くに動けない理由がコレだった。


 運悪く『影』の集団から奇襲を受け、傷を負った者の治療にと立ち寄った、放棄された拠点で病を貰った。

 余程不衛生だったのだろう、傷口はあっという間に化膿し、虫が延々と寄ってくる始末。

 治療している間に一人、また一人と倒れ、今では動けるのが私だけとなった。


 義足の変えも無く、片側が碌に地面も踏めないとあっては単独で助けを呼びにいく事も出来ない。


 保存食もあと僅か。

 どうにか獣を取って肉にしたが、この熱さではどうしても腐るのが早い。

 せめて保存法だの、知っている者がいれば良かったのだが。


「大丈夫だ。きっと味方が見付けてくれる。それまで頑張ろう」


 励まし、体を吹き上げ、出来る範囲で筋を伸ばしてやる。

 ストレッチは大切だとアイツも言っていたからな。


「よし、もう一杯汲んでくる。待っていてくれ」


 表へ出た所で腹が鳴る。


 弱った者が優先だ。

 でないと、命を繋ぐ力も無くなってしまう。


 私だって無闇に死にたくは無いが、まだまだ無理が効くからな。


「行って来る……!」


 水桶を手に、松葉杖に身を預け。


「死んで堪るかっ」


 私は小さな戦争を続けていく。






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