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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第五章(下)

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   ヨハン=クロスハイト


 ハイリアは……黒い方のハイリアは、俺が振り向いたのを見て少しだけ歩が乱れたように思えた。

 吐息が混じる、その程度の変化。


 結局普通に歩いてきて、フィリップへ目をやった。


「よお」


「ああ」


 声を掛けるも大した反応は無い。


 一番動揺してるのはフィリップの奴だ。


「お、おおっ、あー、あー……あーーー…………、俺、ちょっと外す、か?」

「いや、お前を探していたんだが」

「ああっ、そうか! そうか。ええと」


「こっちは気にせずやってろよ。どうせ俺、細かい事聞いてもすぐ忘れるしな」


 つーか、ちょっと宴席から離れてただけだから、俺の方がどっか行くか。


 足裏で地面をしっかり踏んで、立ち上がろうと力を篭める。

 浮かした所で止めた。


 なんつーか最近、余計なことばっかり考えてる気がする。


 考えない方がラクだけどな、ラクになりたい訳じゃねえし、求めてるもんはラクを集めたって手に入らねえ。


「ハイリア」


 返事は無かったが、顔を覆う黒い兜がこっちを見た。

 だから、


「ちょっと試させろ」


 『剣』の紋章を浮かび上がらせ、斬りかかった。


    ※   ※   ※


 上段に構えた手がサーベルの柄を握り込み、振り下ろす手で投じる。

 距離を詰める。

 サーベルは消えない。

 自分の間合いに収めたまま引いた逆手で別のサーベルを握って突き出す。


 ハイリアは初手の投擲を篭手で受けた。

 弾かれたサーベルは分厚い黒鉄で覆われた首元を抜けていき、続けての突きは握った短槍の、握り手との窪みで受けて逸らされる。打撃の加護はない。しっかり刃は柄で受けつつ、逸らす側も外。


 更にもう一撃が頭にあったってのに、不意に踏み込んできて交差する。


 火の粉を散らしながら地面を削り、振り返りつつ左に残ったサーベルを右へ持ち替えた。


 今のは参った。

 無防備でしかない筈の踏み込みが腕を回す場所を潰してきて、碌に剣を振れなかった。

 刃を立てることも出来ずに表面を這ったサーベルは傷一つ付けられちゃいない。


 初手か、次であれば対応出来た。けど最後のは無理だ。攻撃しつつ走り抜けるのが前提の動きだったから、完全に読まれたな。


 ハイリアからは動いてこない。


 足元には黒い魔術光が吹いていて流れに不自然な所は見当たらねえ。


 打ち込んでも崩せる道筋が見えなかった。

 別に、勝てないって意味じゃ無いけどよ。


 赤の魔術光を風へ溶け込ませるようにして散らしてサーベルを放り投げた。

 足元から広がる火の粉を感じながら、むすっと黒の全身鎧を眺める。


 少しして、黒い魔術光も消え失せる。


「ヨハン、君の強みであり弱みは、自分を省みない所だ」


「ほう」


 言ってみろ、と促すと、野郎は淡々と続けた。


「苛烈な攻めと、躊躇の無さ、格下相手なら二秒と掛からず倒せるだろうし、勢いに乗れば数段上の相手でも押し込める。今のやり取りだけでも相当に上達しているのが分かった。俺の知る君ではないことも。だが十数年と続けてきた本能的な動きは数年程度で払拭出来るものじゃない。思考の癖は故郷の味みたいなものだ。前のめりになる瞬間を見極めて、その呼吸を乱すように寄せてやれば、集中し切る前の序盤ほど崩れやすい」


「初手から強気に行き過ぎるなってことだな」


「先ほどのはこちらの出来過ぎだったがな」


「うるせえ。負けた方に花持たせてんじゃねえよ」


 仕掛けて、やり切れなかったのなら仕掛けた側の負けだ。


 こいつもハイリアの担当、セイラムもハイリアの担当、じゃあ俺の居る意味はなんだ。


 睨み付けていると、黒いのが肩の力を抜いて、向き会って来た。


「……子どもが出来たのだろう? 無茶をするな」

「チッ」


 あんまりにも当たり前に言ってくるから、腹が立っても言葉が出ねえ。


「おめでとう」


「……うるっせぇ」


「ここまでの功績を考えれば、この先我が身を優先した所で非難できる者など居ない。今のような捨て身の戦い方など、親となる身で続けるべきじゃないだろう。もし自分が離れた後の戦線を心配しているのなら俺が――――」

「なあ」


 最初は腹が立った。

 次に鬱陶しいとも思った。


 けど最後はただ、心配になった。


「ソイツはアンタにとっての俺に対する、贖罪って奴か」


 返ってきた沈黙に俺も同じものを返す。


 先に構えを崩したのは俺の方だった。

 頭を掻いて考えるのは、くりくりとか、こいつらと一緒に居る筈のセレーネとかだ。

 連中はこのハイリアに認めさせるだのと息巻いてたな。


「まーーーーーーー……お前が思いたいように思えばいいんじゃねえの」


 こう思えっつったって、そういうのは言われてどうこうなるもんでもないだろ。

 やりてえことやってるってのに、周りから文句ばっかり言われるのもかったるいしな。


「そうさせてもらう」


 野郎の言葉は、ほんの少しだけ弾んで聞こえた。


    ※   ※   ※


 サーベルを上へ放って掴み取る。

 フィリップ達とはさっさと別れて、かといって宴会へ戻る気にもなれず、ぶらぶらと村の中を歩き回って考え事を続けていた。


 子どもが出来た。


 結構な奴らから、おめでとう、を貰った。


 めでたいことなんだろう。

 ただ、自分の中じゃ消化し切れてない。


 俺に子が出来たこと。

 アンナが俺とアイツの子を産んでくれること。

 それなりに良いことだってのは知ってる。


 だが嬉しいというより、なんとかしなくちゃなって気持ちの方が強いのかも知れない。


 元々アイツを守らなくちゃなって気持ちはあった。内乱の時に強く思ったけど、学園へ入った時とか、もっと前とかにも思ってたかも知れねえ。そこにもう一人分の命が乗っかって、なんでか二人分以上の重みを感じることが増えた。


 俺らの子がどんな奴なのか、というか、どんな奴になるのかはまだ分からねえ。

 ツラとか、似た感じになるって言われても、気に入るのかは分からねえ。

 俺はテメエの子の事を何も知らねえ。

 つーかまだ生まれてもいねえし。

 分かる訳ないよな。


 なのに、アンナと同じ所にえらく重たく居座ってやがる。


 アイツの(はら)の中に居るってだけで、どうしてそんなにも重たい。

 いや違うな。

 俺が出して、受け止めたアイツの中で育ってるんだ。

 居るってだけじゃねえ。


 だからこう……俺がアイツにむらむらした気持ちの先に居るって訳で、こう、すっきりした後の妙に冷静で落ち着いた感じの気持ちの時に生まれたってことだから、まあ確かに多少のことは目を瞑ってやれなくもないのか。性格も分かんねえし、ツラも分かんねえし、アンナとはヤれねえしで結構駄目な感じだけど、まあ気にならねえって思えるのが子どもって奴か。


 お? 分かってきたんじゃね?


 なんて思ってたら落下してきたサーベルの掴みを失敗した。

 指の先が少し切れて、爪に白い線が出来る。咄嗟に弾く動きをしたからサーベルがくるりと回り、水平になった所で払った手の中に収まった。


「お? なんか上手くいったか?」


 指先から血が出てるが、予想外にいい具合な感じで握れた。


 えーと、確かこうやってこうだから、いや違う、普通に横だと落ちてる分もあるから払い手に収まらねえよ。慌ててたから少し上だ、浮かすように弾いて、っていやいや指が落ちるわ。


 手を引いた先でサーベルが今度こそ落ちて地面へ刺さる。

 引き抜こうと柄を握った時、


「……ん?」


 妙な痺れがあった。


 掲げ持って何度か振ってみたが、特に問題はない。

 血で濡れた刃先と柄を見て魔術を解く。

 得物は消えて、血が草の上に落ちた。


 指を舐めつつ救護の居場所を探す。と、止めた。


 怪我人は多い。

 こんなガキが転んだみたいな傷で駆け込んだらぶん殴られても文句は言えねえ。


 ただ血で握りが滑るのは拙いから、『剣』で服の一部を切り取って巻きつける。暑いから多少減っても気にならねえ。


 血は中々止まらず、反対側も切り取って、巻きつけた。


    ※   ※   ※


 鐘が鳴る。

 敵の攻勢だ。


 拠点はまだまだ平気だが、水源になってる川の上流がもう敵の行動範囲に呑まれかかってる。

 木材の多い森の中だし、堰き止めたり氾濫させるなんてされたら堪ったもんじゃねえ。


 近頃はその川付近での戦闘が多い。


 敵が近くに幾つも陣を作って身構えてやがるからだ。

 手が届かないからって放置してると、範囲に呑みこまれた途端に制圧され、拠点が干上がっちまう。


「敵が崩れ始めたぞ! 一匹でも多く叩き潰せェ!!」


 ガルタゴは勢いがある。

 ここならエルヴィスの援護も来る。


 戦況は至って優勢が続いてる。


 敵が延々と湧き続けて、多少の傷なら勝手に治るなら、今日見逃した敵は倍になって戻ってくる。

 潰すことが大事だ。

 減らせば、追加が来るまで減ったままだ。


 攻勢を仕掛けてきた敵を押し返し、少しでも多く潰す為に追撃を仕掛け、敵陣手前で引き返す。


 無茶はしてない筈だ。

 伏兵の警戒も続けてる。


 ただ、前のめりになっている自覚もあった。


「ここまでだ!! オイっ、突出してんなクソが!!」


 追撃限界点を超えても幾つかの部隊が飛び出した。

 敵陣から撤退援護に来た奴らの射程に入る。


「このままじゃ埒が明かねえんだよ!! 敵陣を一つでも潰せれりゃ――――」


 唐突に突出した部隊の半数が倒れた。


 森の中、行き交う魔術光の更に奥が、一段と暗くなったように見えた。

 来る。


「チッ!! 親玉だ!!」


 魔術光に乱れが出来る。

 赤く燃え上がり、青く吹き荒れ、黄色く乱れ舞い、灰がうねりを上げて立ち昇った。


 魔術が使えなくなる訳じゃない、弱くなる訳じゃない、むしろ、過剰なほどに加護を受けて操り切れなくなる。

 勝手に力が増減するからただ走るだけでキツい。

 けど何度も味わってきた。

 悪態をつきながら、物言わず冷静に、声をあげて、どいつもこいつも自分なりの方法で立て直して武器を構える。


 そして来た。

 暗い森の奥から、不自然なほどゆっくりと。


 真っ白のワンピースを着た女。


 裸足でぬかるんだ地面を踏んで、汚れ一つ無く歩いてくる。

 歩みの速度と近寄る速度が一致しない気持ち悪さを感じながら、乱れた陣形を組み直して撤退の準備を始めていく。


 手順は全員把握してる。

 我先になんてケツまくったら、一帯まとめて食われるだけだ。

 しっかりと防御を固めて、時間が掛かろうが確実に下がっていく。

 行動範囲外に攻撃を飛ばせるのは『弓』のティリアナだけだ。

 四属性全部の性質を叩き付けてくるあの女もそこだけは破れねえ。

 範囲外へ出れば、『弓』の持つ以上の破壊力は出ない。逆を言えば、範囲内なら『弓』みてえな攻撃で、『槍』みたいな打撃を加えてきやがる。


「来るぞ!!」


 近寄る姿を見て苦笑いが漏れる。

 顔が黒く塗り潰されたようにしか見えねえのは、何も薄暗い森の中だからじゃねえよな。


 薄気味悪ぃったらねえぜ。


 最初は糸に吊るされた人形みたいにしか動かなかった。

 そいつが徐々に変化して、今じゃ散歩でもするみたいに戦場を荒らし回る。


 女、セイラムが手を広げた。


 姿がブレる。

 金髪に、黒髪に、白髪に、肌の色さえ次々変わる。


 周囲の音が纏めて握り潰された。

 声が、指揮が、届かない。


「あ――――――――――――――――――――い―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――い――いいいいいいいいいいいいい―――――――――――死」


 ひしゃげた世界の中で、見えない筈の黒い顔の奥で、女が笑っているのだけがはっきりと分かった。


 愛してる。


 深い深い洞窟の奥底から響くような、怨念じみた声で。


「あいしてる」


 耳元で、声がした。


「っ、っっっ――――!?」


 出鱈目に身体を捻り、勘を頼りにサーベルを振るう。

 入った。

 耳元を掠め、肩口から入って鎖骨を割り、次で止まる。

 刃を引いて一本切り裂いたが、腕が強張って上手く抜けない。


 セイラムはただ、傷付けられることすら嬉しそうに受け入れてやがった。


 手が伸びてくる。

 下がる脚が上手く運べず膝が落ちた。


 あぁ、ちくしょう……!!


「気味が悪いんだよクソ女!!」


 声が、出た。


 転がりながら下がる俺を越えて二つの影が飛び出していく。


「ヨハン先輩ッ、ここは私が!!」

「挟撃するぞ! 左回れリース!!」

「おうっ、ジーク!!」


 水中から飛び出したみたいにようやく息を吸った俺の前で、二人が左右に開いてセイラムへ攻撃を仕掛ける。

 気付けば、随分下がって余裕の出来た味方が、歓声をあげて連中を応援していた。


「畳み掛けるぜえッ!! ついて来れっかあ!?」


「誰にモノを言っている!!」


 ジーク=ノートン。

 リース=アトラ。


 強いのは分かってた。

 どっちもハイリアが最初からずっと警戒していた奴らだ。


 最初から、ずっと、あの人の敵であり続けられた奴らだ。


 見慣れつつある構図に、思わず手を止めて、黙って見ちまった。





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