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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第五章(下)

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 滑走路を抜けた時点で、既に差は開いていた。

 前を行く彼女の背中を私が追う。

 訓練を始めてからずっと変わらない景色。


 ガルタゴからの出向者である彼女は、肌の色が少し焼けていて、暗い赤髪をしている。

 性格は真面目だが、茶目っ気があり、訓練の補助をしてくれる者達とも仲良くしているのを良く見る。

 身体つきは私と同じくらい。

 長い髪を訓練時は纏めており、頭の後ろで丸めている様に少々苦笑した日もある。

 明るいと赤く見えるのに、暗がりでは黒く見えるからな。


 差はそこまで大きくないと、彼女自身も、訓練を教導する者も言う。


 けれど走れば走るほどに差は開いていくし、最終的にティリアナへ強襲出来るのは一人だけだ。

 下位の者は序盤先行し、風除けになることが決まっている。


 彼女も私も、義足になっているのは膝関節から先で、それは長距離を走る上で大きな負担を抱えることを意味している。


 私達が失ったふくらはぎは第二の心臓であるとハイリアは言っていた。

 長い距離を走る上で血の巡りは大切らしい。

 走る上で負荷を分散させ、計画的に筋肉を使っていける者達とは違い、私達は最初から最後まで膝と大腿部を酷使し続ける。

 姿勢を保つのも結局はそこだ。

 ほぐして貰いつつ訓練をしているが、やはりかなり辛い。


 先を行く彼女も脚が一回りも大きくなったと笑っていた。


 毎日走って、走って、走り続けて、果たして意味があるのかと考えてしまう時もある。


 投射機を用いたことで明るみに出たこの戦術の危険性。

 私達がとうの昔に知っていて、黙っていた事実。


 通常ではありえないほどの可動部を作り出すことで超加速を得た私達は、その走行の最中に小枝一つ引っ掛けるだけで重症を負う。


 あまりにも速過ぎて、止まっているものでさえ脅威になる。


 ただでさえ姿勢制御の甘い義足を用いて無理矢理一直線に突き進むことで達成しているだけに、迂闊な回避から転倒し、そのまま転げまわって死亡する可能性だってある。


 戦場は平原だけとは限らない。

 長い助走を必要とする私達は、その途中で多くの障害物に遭遇するだろう。

 除去をするにも手間が掛かり、余裕は無い。

 あからさまであれば敵に気付かれるし、見通しが良くなり過ぎれば気付かれ易いだろうとまで言われた。


 それでもコレにしがみ付いている。


 脚があった頃のようには動けない。


 散々やって、転んだ回数が分からなくなるくらい転んで、立ち上がってきて、私達はそう結論した。


 一般的な『剣』の術者が行う戦闘機動すら取れない私達は、この戦術以外で戦う術が無い。

 己の不足を叩き付けられて尚も戦おうとするなら、しがみ付くしかないんだ。


 追いかける背中を見る。


 どこまで行っても届かない、遠ざかっていく背中に悔しさが募るも、彼女にもまた理由があるのだろうと、認めざるを得なかった。


    ※   ※   ※


 最近になって、よく人が尋ねてくるものだと思う。


 この前はジン、次にオフィーリアらが来て、今回は、


「よお。金の無駄遣いしてるって聞いて潰しに来たぜ」


 近衛兵団副団長、ベイル=ランディバート。


「使い道の無ぇクソみたいなことにどんだけ人員と金注ぎ込ませてるんだァオイ。前線じゃあお前らよりガキな連中まで腐ったパンと汚水を飲んで耐えてるってのに、なんだこの素敵な舞踏会は」


 私はふと木立の中に隠してあるアレを見た。

 ベイルは、近衛兵団は容赦が無い。

 潰すというのなら、本気で潰しに来るだろう。


「前以って用意していた食料物資に、国外からの買い付けは計画通りだがな、値はどんどんと吊り上げられていってるよ。こっちで買い上げて一定価格で供給しても量が足りないって闇市があちこちで出来やがる」


 悪態を付くベイルの背後で赤髪の男がにやにや笑いを貼り付けて様子を伺っていた。


 内乱時に裏切って陛下を誘拐した男だ。

 報告は受けていたが、こうして見ると苛立ちが湧いても来る。


「で、どうするつもりだ」


 滑走路も、義足も、既にあるものだ。

 開発は続けているから、人員を取り上げて回らないようにする気か。


 最悪、今あるものだけでも続けていけるが、辛いのは確かだ。

 戦術用の義足は消耗が激しい。


 問い掛けにベイルは不快そうに眉を潜めた。


「両脚を切り落されても諦めなかった馬鹿共だからな。手っ取り早く両腕貰っとくか」

「口で武器を咥えて走ってやろうか?」


 笑い声が漏れる、赤髪の男だ。


「なあクレア」


 名前を呼ばれるとは珍しい。

 お互い、王都を飛び出してからは無関係で居たからな。

 元々無関係に等しかったから、さして気にしてもいなかったが。


 以前会った時とは比べ物にならないほど澱み、暗がりを得たベイルが問うてくる。


「俺はテメエを信用してない。仮にコイツがモノになったと言われても、テメエみたいな奴のやることに兵の命を懸ける気にならねえんだ。そりゃあそうだろう? テメエは家を飛び出し、学園で盛大にやらかして男の影に隠れてビクビク震えてやがった。その後、表に出てきたって言っても野郎の功績に乗ったも同然の状態で、テメエ自身は両脚失った負け犬だ。やれることをやるってのは、テメエが貴族を続けてる以上は当然の義務だ。で? テメエはここまで何か一つでも、自力で何かを成し遂げてきたってのか? そんな奴に何百何千の命を乗せろって、正気で言ってやがるのか?」


 胸を圧す言葉に反論の余地はなかった。

 

 その通りだとさえ思う。


 私は何も一人で成し遂げてはいない。


 いつだってハイリアに頼り、おこぼれに預かってきた。

 彼を追いかけたくて頑張って来たとさえ言っていい。


 信用。

 信用か。


 大貴族の看板が通用しなくなった途端、改めて自分が小娘だと分からされる。


「そうだな」


 それでも。


「私達は、いや私は、ずっとそのつもりでやってきた。人より欠けた身で、それでも這い上がれと、そう言われたんだ」


 信用は一つでいい。

 ハイリアがくれた、たった一つ。


 揺らぎもした、顔を伏せて通り過ぎるのを待ちたくもなった、涙を流して震えた夜もある、でもやはり、そこへ行き着いた。


 ハイリアはメルトを選んだ。

 あの頑固者が私を選びなおしてくれるとは思わない。

 全く無意味で、独り善がりなこの想いだけど、最後まで駆け抜けてやりたいと思っているんだ。


「また、男に頼る気か?」


 それのどこが悪い、とでも言ってやりたかった。

 私より早く、赤髪の男が笑い出した。


「――――ははははは。もういいじゃねえか、テメエの悪ぶった態度見てるのも愉しかったけどよお、この嬢ちゃんは意地でもやろうとするぜ。女の感情に理屈でケチ付けようって方が間違ってんだ。あまつさえその感情が初心な恋心ってんだから、止まれる訳ねえだろうよ……っ、はははは」


 二人の関係性がどのようなものかは分からないが、笑う男にベイルは変わらずむすっとこちらを睨んでくる。


 訓練を終えてもう一人が戻ってきた。

 夏の日差しが肌を焼き、胸に吸い込んだ空気はむわりと熱い。

 二人の間を赤トンボが抜けていく。

 ベイルは少しだけ、視線が釣られたようだった。


 壊滅状態と言われる近衛兵団、それを率いて過酷な戦いへ身を投じ続ける指揮官の気持ちは到底私では理解出来ない。


 内乱では旗印のようなこともやっていたが、今やすっかり投げっ放しで個人の動きに終始しているからな。


 信用出来ないと言われるだけの理由が私には多過ぎる。


「一つ聞かせろ」


「あぁ」


「自分の為に兵へ死ねと言う覚悟はあるか」


 即答は出来なかった。


 覚悟はある。

 が、目の前にそれをずっと続けてきたのだろう男が居て、安易な返事は出来なかった。


 言葉を探す必要は無い。

 考えるだけならば山と繰り返した。


 目を閉じて胸元で手を握った。


 かつて、己の不足で殺めた命の感触は、未だにそこへ宿っている。

 豪雨の如き非難も、震えて立つのもやっとだった自分も、過去と呼ぶには鮮明で。


 愚直に歩いていった先で待っていてくれた姿を思い出す。


「私に懸けろ。勝利をくれてやる」


 陽は沈み、また昇る。

 目覚める度に繰り返してきた覚悟の言葉は、面の皮と同義なのかも知れないな。


 結局ベイルは根負けしたようにため息を付き、悪態を付いてもう一人の方へ歩いていった。

 彼女にも似たようなことを言うつもりなんだろう。

 また見物にでも行くのかと思っていた赤髪の男だが、彼は先ほどの態度とは違ってどこか遠くを見るような目で言う。


「君、死相が見えてるよ」


    ※   ※   ※


 ベイルは作業をしていた者まで集めろと言った。

 難癖を付けに来たも同然の彼に多くは不平を漏らしたが、私が頼んで顔を出して貰った。

 赤髪の男はもう居ない。

 お守りという訳でもないだろうし、一通り見て回った後はさっさと姿を消してしまった。

 残ったベイルにもまた護衛は居ない。

 単独で優秀な戦士ばかりの近衛兵団とはいっても、副団長職にある者を守る者さえ居ないというのは、如実に彼らの現状を現しているように思えた。


 ともすれば袋叩きにされそうな状況の中、ベイル=ランディバートは風に身を揺らす火の粉のように佇んでいる。


「十日後にティリアナの首を取る」


 宣言は静かに、続く言葉は徐々に荒くなっていった。


「裏に隠してある奴をとっとと表へ出して訓練を再開しろ。あれ一本じゃ不足だ、十本でも二十本でも好きなだけ作れ。人手、資金、場所、情報、その封鎖、必要なものがあればすぐに報告しろ。後、予備の術者を二日中に引っ張ってくる。そっちの人員は別に用意するが、今日までの蓄積を教えられる奴が必要だ。縄張り争いをした奴は即処刑する。簡易裁判なんて眠たいことをする気はねえ。冗談だと思ってる奴はさっさとやらかしてみろ、死体ぶら下げて全員に毎日祈らせてやるからよお」


 案の定、立ち昇る剣呑な雰囲気に彼はすぐに『剣』の紋章を浮かび上がらせた。


 ここに居るのは主に技術面での能力に長けた者。そして私達二人。いいや、それでなくとも制圧する気なんだろう。

 もっと方法はあるだろうにと思うが、対セイラムの戦いへ集結した全てが一枚岩と言い切れないのも確かだ。


「十日後というのは何故?」


 問い掛けは、一番手の者からだった。


「十日後、アーノルドが交渉の場に出てくる。内容は捕虜にした連中と『盾』のクソ野郎との交換。無視すれば二千人の捕虜使って臨時政府を立ち上げてやると脅してきた」


 二重の意味で言葉を失う私達に、ベイルは構う事無く続ける。


「内容はどうでもいい。結果も決まってる。肝心なのは、敵軍の実質的最高司令官である皇帝サマに引き摺られて、ティリアナの居場所が極めて読みやすくなる点だ」

「交渉後の撤退支援ね。だけど、アーノルド自身が来るとなぜ言い切れるの? 普通は代理を立てる」

「敵の駒は物言わない『影』と、そこらで拾ってきた間抜け(捕虜)共だ。容赦する理由があるのか」


 彼女が呑み込んだ言葉を、私もまた舌の根で留めるしか出来なかった。

 他の者は気付いていない。

 ただ、戦場での彼らを知るのなら、何をしたかは分かり易い。


 近衛兵団は、今日まで交渉を行おうとした敵方の使者を暗殺してきた。


 しかも使者として使われているのは捕虜となった味方、最悪の場合は逃げ遅れた民だろう。

 敵はこちらの攻め手を警戒して要求だけを突き付け、相互に監視しながら履行させるつもりだった筈だ。

 届いたものさえ破棄させ、途中で捕捉したのなら……。

 手足となる者が居ない以上、この手を徹底されるとどうにもならない。


 そうしてアーノルドを交渉の場へ引っ張り出してきた。


 言いたくなることはあるものの、『槍』であるアーノルドの護衛に『弓』か『剣』が就くことは予測し易い。

 大軍で来ればそもそも警戒して交渉なんて始まらないし、アーノルドが少数の『影』を率いただけで来るならば、こちらも容赦無く潰しに掛かる。


 仮に捕虜を用いて臨時政府を立ち上げてきたとしても、運用出来る手腕を持つのが彼だけだから。

 報復として皆殺しにされたら、非難はあるだろうが事態終息の兆しと大戦功で覆い尽くせる。

 他国の者も絡んでいると少々苦しさはあるが……。


 他には、なにがあるだろうか。


 アーノルドではなく、他の二柱であった場合?


 ティリアナであれば好都合。『剣』であったなら……分からないな。


「交渉までにティリアナの居場所を特定、それによって突入経路を決定し、可能な限りの方向から一斉に奴を強襲する。滑走路なんざ作ってる余裕はない。投射機で強引にぶん投げて、極力短く捕捉されにくい位置から攻めるべきだ。裏のアレ、一番使いこなしているのは誰だ」


 即答は無かった。


 けれど一番手の者が、


「クレア様が」

「そうか」


 言って、ベイルの視線がこちらへ移る。


「待てっ。扱いに馴染むのが早かったというだけで、自走する分には彼女の方が優れている」


「訓練時間が無い。ゲテモノの扱いに早く馴染むのは大いに利点だろうが。それとも自信が無くなったか? 二番手に甘んじていると気楽でいいよなあ?」


 思わず舌打ちが出た。

 分かり易い挑発だ。だが腹は立つ。


 こいつ、最初からここの情報を全て調べ上げてから来ていたんだ。


「……いいや、やってやるさ」


「それでいい――――よし、今からコイツを中心に訓練を組み直せ。そっちの女、お前の訓練は後回しだ。予備の連中に渡せる資料を作成しろ。他の連中もだ! レールの組み上げ速度を徹底して底上げしろ! 戦場でチンタラやってる奴は一番に死ぬぞ!! 地図と羅針盤で方向を割り出し、最適な経路へ投射出来るよう徹底して頭も鍛えろ!! この作戦の成否が、この戦いの趨勢を決めると思え!!」


 荒々しい号令によって、今まで一歩離れて見ていた者達がビクリと身体を強張らせる。

 全員集めた理由は激を飛ばす為か。


 余計な質問を挟む暇さえ与えない。


 例えば、凍結された投射機を、おそらくは無断で作戦に投入することについて、とか。

 隠れて訓練を続けていた私達に言えた義理ではないんだが。


「ほらさっさと動け! 時間が無ぇぞ!!」


 叫ぶベイルと、動き出す者達。

 立ち上がった私は順番通りに訓練を始めようとして、ふと振り返った。


 いつも私の先を走っていた背中は丸まり、握った拳が膝の上で震えている。


「っ、くそお――――!!」


 彼女の叫びが、すり傷のように尾を引いた。





次は14日予定です。

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