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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第五章(下)

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   クレア=ウィンホールド


 特設された訓練場へ行くと、また技術班が妙なものを用意していた。


 長いレールに台座、先端から伸びているのは紐、いやゴムか。


「カタパルトって奴らしいぞ」

「ジン……前線から下がってきたのか」


 妙な所で珍しい顔を見る。

 その背後にまた別の顔があって、私は名前を思い出そうとしたが、


「初め、まして……ペロス=リコットです」

「あぁ。クレア=ウィンホールドだ」


 どうやら知らない相手だったらしい。

 あちこちで面通しをし、時に陛下の名代まで務めさせて頂いているが、正直桁が三つを越えた辺りで覚えきれなくなってきた。


「リコットと言えば、ガルタゴの貴族、だったか」

「まあ、その辺りはいいよ」

「? そうか」


 ジンが珍しく物静かに言うから、私も突っ込んで話すのは控えた。


 陛下に頼み込んでしばらく政治からも離れているし、貴族的社交辞令で時間を潰す気分じゃない。


「先に着いて色々聞いてみたけど、結構な発明品だ、アレは。試作品を見たハイリアが驚いた顔で命名したって話だしな」


 ということは別世界とやらにあったものか。

 随分と先進的な場所だったという話だから、また一歩追いつけたということだろうか。


 開発した技術班は、悔しいだろうけどな。


「ほら、今実演してくれるそうだ」


 こちらを見て手を振る眼鏡集団へ先を促す。

 台座に乗っているのは義足の者ではなく、技術班の人間だ。


「おー」

「ペロスちゃん、男の肩に跨るのははしたないよ」


 なんにせよ、実演が始まった。


    ※   ※   ※


 最初に破裂音がしたので驚いた。

 台座を固定していた留め具を吹き飛ばしたのだろう。


 漠然とでも理解出来ていたのはそこまで。


 台座で走り出す姿勢のまま待機していた者が、凄まじい速度で押し出されていく。

 レールと台座の間に無数の火花が散り、赤熱した鉄の匂いがここまで届いた。

 いや、これは……火薬?


 考えている間に台座は中頃を抜け、そこでやや速度が落ちたものの、一気にレール上を走り、そして――――先端部で『剣』の術者が飛び出した。


 早い。

 飛び出した後、速度を活かし切れず失速しているが、その後も十分以上の速度で駆け、遠く豆粒のように見えるほどの距離までいってようやく止まる。


「これは……」

「予想以上だな……」


 ジンも私も呆気に取られていた。

 加速を補助する程度と思っていたら、瞬間的には『剣』の術者が全力で走って出せる最高速度を明らかに上回っていた。


「飛び出す直前に速度が落ちていたのは気になったが、その後に速度をしっかり活かして走れるのであれば、助走距離を極端に短縮出来るぞ、アレは」

「あれ、終盤って速度落ちてた?」

「あぁ、妙に緩んでいた。おかげで飛び出す時に足場が浮付いて、着地後の安定性を欠いている」

「へぇ」


 それでも十分以上に価値はある。


「どうでしたか?」


 眼鏡の一人がやってきた。

 やや薄い赤髪の少女で、ちょっと女の子からしてはいけない臭いがする。


「……感謝する」


 言うと、彼女は最初意図が読み取れずに目をぱちくりとし、やがて破顔した。


「うぇへへっ、ありがとござますぅ。それで何か、見ていて質問などありますか?」

「終盤速度が緩んだのは何故だ? 最後までは維持出来ないのか?」


 あぁ、と赤毛少女が顔を抑える。


「ええと、まずこの投射装置は強化ゴムを用いています。発想はジークさんの『銃剣』(ガンソード)ですね。思いっ切り引っ張って、固定して、吹っ飛ばす! 他にも初期加速に火薬の爆発力を利用したり、摩擦で速度を落とさないようにレール一杯に車輪を敷き詰めていたり、着火しにくい配合油を塗ったりしています。ただ」


「成程、伸びてる間は強力に引き寄せてくれるが、投射寸前はゴムが緩んでいるのか」


「はい……、色々試してはいるんですけど」


「だったら先っちょ伸ばして、とちゅーでぽーんてやれば良くない?」


 ジンの肩上から降ってきた声に、私と赤毛少女は仰ぎ見る。

 ペロス=リコットは突然向けられた視線を物珍しげに見返し、首を捻った。


「びろーん?」

「ううん、ペロスちゃん、それは違うよ」


 私達の視線がジンへ向いて温度が下がったので、彼は慌てて否定した。

 いやまさかな、いくらジンでもこんな幼そうな少女に手を出したりはすまい。


 しかし幾つなんだろうか、などと気が逸れている私とは違って、赤毛少女は手元のメモに筆を走らせていた。


 レールを伸長し、ゴムが緩んで速度を落とすより手前に投射地点を作る、確かに良い案だ。


「今は色々問題点を抱えているみたいだけど、完成すればティリアナ狙いの場所が今とは桁違いに増やせるね」


 誤魔化しじみた話題だが概ね同意する。


「あぁ。早速訓練してみたいが、次は私がやってみても良いか?」

「あ」


 と赤毛少女。


 彼女は眼鏡をくいとあげてからレールへ駆け寄り、苦笑いしながら言った。


「ええとっ、強化ゴムを伸ばしたり、台座固定したりの作業があるので、半時ほど待って頂いていいですかー?」


    ※   ※   ※


 丸一日それに費やした。

 どちらにせよ雨の影響が残っていてそう長距離は走っていられない。

 不安定な脚で、不安定な足場を走り続けるのは負傷の原因にもなるしな。

 焦りもする、怖がってばかりではいけないと訴えてくる自分も居る。

 劣っている自分を感じない日は無い。


人間投射機(カタパルト)とやら、随分と手間も金も掛かりそうだね」


 結局一日訓練風景を眺めていたジンが、戻ってきた私に手拭いを渡す。

 座る彼の背に凭れ掛るようにして、ペロスが度の入っていないだろう眼鏡を付けて本を読んでいた。勉強だろうか。というか眼鏡、変な流行り方してないか。技術班の面々もさして目が悪い者たちではなかった筈だが。


「一度使えば再使用に半時も掛かるそうだからな」

「加速が凄まじい分、レールに掛かる負荷も大きそうだ。最後の方、結構乗れてる気がしたけど、どうなの?」


 使用できたのは八回程。

 他の候補者も居るので交代制だったが、三番手の者が二度目の使用で義足を破損させ、以降は二人で交代しながら行った。


 最初は押し出される、いや、引き寄せられる台座で姿勢を維持するだけでも苦労した。

 注意はされていたが、とんでもない負荷が掛かるので一番手の者でも初回は台座から転げ落ちたほどだ。

 急激に頭がぼやけ、投射位置へ達したのに気付かずただ吹っ飛ばされもした。待機していた者に受け止めて貰えなければ大怪我をしていたことだろう。


 更に、飛び出した先で地面を踏んだ時、内外どちらかに開きすぎても義足をやられる。

 普通に走るのとは違い、自分の制御下に無い慣性とやらの重心を捉え、正確に身体で受け止められるかが肝だ。


「使いこなせれば想定していたより遥かに戦術の使い勝手が良くなる。が、今の所はなんとも言えんな。訓練回数もそう数をこなせないし、戦況を考えれば今になって別戦術を組み込むのは本来の形が崩れるだけじゃなく、質の低下もありうる」


 客観的に見れば即時中止を訴えるべきだ。


 せめて一月以上前であれば良かったが、現段階でまだ試作状態、しかも半時に一回という訓練回数では到底精度を磨けない。

 己のものではない力に押し出されて、一人立った途端に転倒、なんていうものの為に前線の負担を増やす訳にはいかないだろう。


 ただ、と私は用意された椅子へ腰掛けて顔を俯けた。

 手拭いを頭から被り、周囲からの視線を遮った上で、目をぐっと瞑る。


「一番上手く使えてたのはクレア、君だった。まだ初日だけど、他は明らかに投射機を怖がっていたね」


 可能性がチラついた。

 基本となる能力で劣っているとはいえ、使いこなせれば利便性という点で他を圧倒出来る。


「開発にだって費用は掛かるだろ。今のホルノスにそこまでの余裕があるのか」

「さて、前線の部隊指揮しかやってない俺には全体像までは分からないね」


 推せば、ウィンホールド家の名前で強引に予算を引き出せるだろう。


 だがコレが対セイラムに集った軍勢へ相応の利を生むものだと断言できない。


 可能性は欲しい。


 やるべきことは他にもあるだろうとも思う。


 義足の接合部が、膝が、太腿が、接合させてある骨が、今日はやけに痛む。


「ハイリアなら」


 ズキリと、痛みが背骨を伝って奔ったような気がした。


「自分のやりたいことが、周囲の利益になるって言い張るんじゃないかな」


「アイツはそこまで我が侭か」


「君と同じくらいには、我が侭な奴だと思うよ」


 好き、は視野を狭めると誰かにも言われたな。


 私はあの冬の丘での事以外、皆の見てきたハイリアを知らない。

 後になって教えられた話は、その後も彼に付いて来た者からで、だから称賛や理解の意見が多くなる。


 最近はこうやって、茶化すようなことを言う者も増えてきたが。


「我を通すのって、結構しんどいよな」


 手拭いを被っていた私はジンの表情を見れなかったが、ペロスが寄り添ったのが気配で分かった。


 前線から外れ、休息を貰っている癖に都市へは向かわず、こんな所で時間を潰している。

 決断と、その結果を受け取る日々に、彼本来の陽気さが随分と薄れている気がした。


 本人としてはただの弱音だったのだろうが、なんとなく力が抜けて、腹の底に篭った。


「私もそこに立ってみるか」


 我を通し、成否を経て、周囲の批評に晒されよう。


 いつかの日のように。


 失敗ばかりを得て真っ直ぐに成功を見詰められなくなった今だからこそ、あの頃よりも確かな一歩を踏んで、飛び出していかなくちゃな。


    ※   ※   ※


 けれど投射機を使用しての決戦戦術はすぐに凍結されてしまった。


 訓練中の事故で、三番手の者が死亡したからだ。





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