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   エリック=ジェイフリー


 潮の匂いが混じった風に、少しだけくすんだ赤い前髪が揺れる。

 風は海側から陸側へ吹いていて、村へ向けて上り坂となっていることから前へ進むほどにやや舞い上がるような動きがある。


 遮るものがほとんどないから、ここは風が読みやすい。

 とはいっても完璧には分からないから、大体こんな感じ、という印象だ。


 本来、『弓』の魔術で風なんてものを気にする人はあまり居ない。魔術によって放たれる矢は術者の思念によって操作され、軌道を変化させる。矢の速度が早いからピタリと的中させるのは難しいけど、多少の横風なら無視出来る。

 とはいえ、鳥や蝶のようにひらりひらりと飛ばせたりはしない。ごく一部にそういうことが出来る人も居ると聞いたことはあるけど、現実に見たことはない。あくまで外れた狙いを補正するという程度。


 手にしているのは合成弓。

 動物の健などを用いて弦の重さを強化したモノで、僕の使っているのは二十キロ程度の軽いものだ。これを軽い、と言うとハイリア様はとても驚いていたけど、高位の術者ともなれば八十や九十なんていうとてつもない威力の弓を使う。

 当然だけど、この二十キロというのは弓そのものの重量じゃなくて、引く強さのこと。二十キロの弓を引くには当然それだけの筋力が必要になる。でも、優れた術者は心で弦を引く。だからどんどんと威力は跳ね上がっていって、ソレに応じて矢の速度や重さも伸びていく。当然、放った矢を操るのも難しくなるけど。


 僕は心で弦を引くことが出来ない。

 その感覚がどういうものなのかも分からない。魔術の効果として多少は引きやすさがあるけど、どうしたって筋力が必要になる。

 同年代の子が次々と習得していくのを見ながら、自分の駄目さ加減に落ち込んでばかりだった。それ以外の訓練も、もうどう言えばいいのか分からないほど大変だった。


 僕の居る一番隊は、基礎体力作りというものを重視する。

 訓練開始から一時間以上も走り続け、それが終わったら腹筋や背筋なんかの筋力を鍛える。走るのに態々重たい物を身につけることもあった。魔術を使えば身体が強化されるから、こういうことをする小隊はほとんど居ない。能力不足で力任せに弦を引く者は嘲笑されて、風云々筋力云々を考える以前に魔術を鍛え上げろと言われる。

 仮にも学園最強の小隊のすることでもあるし、侯爵だなんて天の上に居るハイリア様が行っていることだから、正面から馬鹿にされることはないけど、陰で笑われているのは分かる。


 単調なばかりの訓練が数ヶ月に及ぶと、肉体的にも精神的にも嫌になってくる。気持ちが沈むというより、やろうという気持ちが霧散していくようで、まるで心の内に貯まらない。

 今から思えば、明確な成長の形が見えなかったからなんだと思う。


 他の小隊に入ったクラスメイトは次々新しい技や戦術を獲得していって、それを自慢気に語るのに内容は教えてくれない。僕たち一年生は、先輩たちほど小隊間で対立していないけど、やっぱり話せない事が増えるに従って枠組みみたいなものがクラスに出来上がっていった。


 先輩たちが言うには、僕たちの年代は結構特殊で、今までにないくらい階級意識が薄いらしい。去年までは高名な貴族が幅を利かせて、僕らのような平民は教室の隅だったり、その人たちの召使いじみたことをさせられていたんだとか。

 それはきっと、あの人が居るからだ。

 かつてハイリア様と戦った、枯草色の髪のあの人。クラスが違うから名前までは知らないけど、よく貴族の方々を相手に揉めているのを聞くし、目にしたこともある。そして、たった一度も負けず、人を助け続けていた。あるいは争いあった貴族相手でさえ、必要とあれば手を貸していた。取り成すアリエス様の存在もあって、階級間の揉め事は随分と少ない。

 そして彼は、授業中でもどこかへ抜け出していたり、かと思ったらふらりと戻ってきたり、不可解な行動を繰り返しているらしい。


 ともあれ、そうやって奇跡的に対立の少なかった僕たちの学年が、徐々に溝を作っていっている光景は心の奥に小さな傷を作った。

 なんでもないと思えた傷は、ゆっくりと時間を掛けて膿んでいった。訓練でいつも最初に倒れる自分を見続ける度、失敗を重ねて皆に迷惑を掛けていると実感する度、心が少し重くなる。


 大きなキッカケがあった訳じゃない。

 ただ、ため息の数が増えて、それに気付いたらしいクリスティーナさんが声を掛けてくれて、気付けば自分でも分かっていなかった色んな事を口にしていた。一度口にしてしまうともう駄目だった。そうしたい、という気持ちよりも、なぜかそうしなければ、なんて気持ちが強くなっていった。

 入学早々まさかの大抜擢で一軍入りを果たした彼女は、自分がハイリア様に相談してみると言ってくれた。人に言うと決心がつく。だから僕も、次に会ったら辞めることを伝えようと決めた。


 でも結局僕は残った。

 今までずっと遠い所に居たハイリア様は、話してみるととても柔らかくて、居ても居なくても変わらない、平民に過ぎない僕が抜ける程度の話を、物凄く真剣に捉えてくれた。

 我ながら単純だ。あれほどはっきりと決意したのに、呆気無く僕は残ることを決めた。それはきっと、僕なんかを本当に欲してくれているんだと思えたから。あんなに凄い人なのに。


 それから何度も色んな事を決意した。

 アレを出来るようになろう、コレを出来るようになろう。そう思って試してみて、全然駄目なままで、それでも何度だって決意し直した。

 僕が悩んでいたり、苦しくて立ち止まっていると、この背中をハイリア様の手が叩いてくれる。その手はとても大きくて、熱くて、力強くて、でも僕が転んでしまわないようにと不器用そうに加減をしている。


 背中を押されると、不思議なことに何度だって立ち上がれた。

 僕の諦観や怠惰を、あっさり吹き飛ばして先へ進ませてくれる。


 傷を受けて尚倒れず、僕たちを鼓舞する雄叫びをあげた。

 何もかも、自分の命さえ投げ出そうとしたあの時、その声にどれほど救われたか。


 伝令として前線付近へやってきた僕は、負傷して弓を扱えなくなった先輩と入れ替わりで編入された。無茶な選択ではあったけど、そうしなければ崩れてしまう危うさを、僕はクリスティーナさんから聞かされていた。

 そうやって放った第一矢が、偶然という形で教団員の胸に突き刺さった。

 本来であれば当るはずもない、僕のへろへろの矢を、長時間に渡って戦い続けていたその人は避けられなかった。


 人を殺した。


 その恐怖が一気に全身を支配して、指先一つ動かせなくなった。

 僕の異変に気付いた先輩が、座って休んでいろと言って前に出た。


 僕はじっと立っていた。

 戦いもせず、何も出来ないデクの棒と化して、それでも、立ち続けていた。


 倒れたくなかった。

 膝を折りたくなかった。

 ここで、この戦場に立って居たかった。


 あの人のように。


 僕は弱い。

 心で弓を引くことが出来ず、放った矢を的中させることも出来ない。


 それでも負けたくない。勝ちたい。そう思っている。

 だったら、勝てるようになるしか無い。出来なくて、それでも先を望んでいるなら方法は一つだ。


 たった一つの決意を。


 僕は行くんだという宣誓を世界に放つしかない。

 その言葉は意志を持って僕を制約する。そうしたい、という思い以上に、そうしなければ、という強制を以って心を縛る。それで弱さを追い出すんだ。


 震える身体の中に空気を注ぎ込む。上手く吸えなくて、吸ったその場で漏れ出ていくのを感じた。

 何度も、何度も、同じことを繰り返した。

 宣誓すら出来ない自分に嫌気が来て、涙まで出てきて、今の自分が、今までの自分が、どれほど不足の固まりだったのかが分かってくる。


 足元に灰色の霧が広がっていった。


 戦いは終局を迎えつつある。

 戦う力を手にしながら僕は何も出来ず終わる。

 皆必死に戦っているのに。多くの血を流して、倒れて、それでも這い上がっていく人の背を見ているのに。


 動けない僕は一人ぼっちで、いずれ見えなくなるその背中たちを見ているだけ。


 それは、


 それ……だけは、嫌だ……!


 憧れたんだ。心が、魂が震えるほどの感動と共にあの人の姿を刻み込んだ。高らかに掲げられた槍の穂先は輝いていて、誘われるように目を向けていた暗闇をあっという間に吹き飛ばしてしまった。

 なのになんで震えが止まらないっ!

 誰に聞かせるでもない、たった一つのちっぽけな決意を宣誓することさえできない!


 無力感に弓を握る手が落ちる。

 ここで、この場所で見送るしかないんだろうか。

 やっぱり僕はあの時……、


 その時、大きな手が僕の背中に触れた。

 聞こえた声は弱々しく、けれど、押し出すような力を伴って心を打った。


「……赤毛少年、いや」


 ハイリア……様?


 こんな時にまで、僕の所へ来てくれた。

 こんな、どうでもいいような小さな背中を押す為に、


 だから、


「行ってこい――エリック=ジェイフリー!」

「はいっ、行きますッ!」


 羽は今、風を受け、高らかに舞い上がる。


   ※  ※  ※


 放るように飛んだ一矢が、戦いの間を縫って呆気無く地面に落ちた。

 構わずにもう一射。それは風に運ばれながらも猛攻を受ける神父を捉え、彼の右肩を僅かに下げさせた。この小さな変化を誰かが気付いたのか、僕に判断はつかない。そもそも僕自身が意味を見い出せない。


 それでもゆっくりと思考する。

 神父は僕の攻撃を避けた。取るに足らないへろへろの矢だ。『槍』ほどじゃないけど、『剣』も魔術光による防御が出来る。通常の、先輩たちほどの威力があって、直撃さえ出来れば致命傷を負わせられる。けど僕の攻撃なんてほんの少し魔術光の炎を燃え上がらせるだけで弾かれてしまう筈だ。


 考えられるのはなんだろう。


 僕の攻撃が、神父にとって脅威だった?

 違う――そう思いかけて立ち止まる。そんなことが出来るのも、僕がこの戦場で居ても居なくても変わらないような戦力だからだ。だから止まって考える時間があった。

 戦いが始まって、もうかなりの時間が経過してる。

 ビジット様を警戒して村の全方向を見張る必要のあった教団とは違い、僕たちは戦力を集中できる。始めから数の上では優勢だったから、入れ替わりを多くして体力を温存してる。


 例えば、僕が最初に殺してしまった教団の人のように――それを思い出すと少なからず怯えがあったけど――単純に疲れているんじゃないだろうか。


 以前ハイリア様が言っていた。

 肉体そのものの強さは、二十代が最も優れている。それ以降は徐々に衰えていって、どうしたって筋力は低下する。そうなると、技術も未熟な、ただ単純に力の強いだけな若者に負けることもある、と。

 あの神父は高齢だ。聞けば、昔はあんな小さい剣じゃなくて、もっと大きなもので戦っていたらしい。


 変化せざるを得ない理由があった。


 僕たちは若い。それを自覚することはめったに無いけど、確かに近所のおじいさんやおばあさんは、若いから力があるね、なんてことをよく口にする。

 魔術による身体強化があるからそこまで顕著じゃないけど、やっぱり若い頃に行っていた戦い方を続けていけないくらいの理由があったんだ。


 周囲を見渡す。


 予想外の方向から出現した『王冠』の魔術光に、大勢の教団員らが動揺して押し込まれている。神父もまた、城壁が築かれるより早く脱出しようとしているけど、先輩たちやリースさんの猛攻に手こずっている。

 その周辺ではアリエス様の小隊の方々が、上空に黄色の魔術光を纏った矢を放って囲い込みの合図を送っている。


 戦いの流れは乱戦に見えて、その実何度も訓練で見た型と同じだった。

 配置はめちゃくちゃだったけど、周囲に居る術者で可能な型を幾つも仕掛け、神父を追い込んでいた。だから、この攻撃の先に神父がどこへ誘導されていくのか、もしくは突破したとしてどこへ行くのか、僕にも分かった。

 来る場所と間が分かっているなら、それはもう止まった的と変わらない。


 足を肩幅まで開き、身体の中に一本の軸を作る。ちょうど、腰元から背骨を通っていくような。そして掲げ気味に持った弓の弦に矢尻を当てながら息を吸う。引くのは腕の力じゃない。上半身全体で、僕の感覚では、背中で引くのが一番良い。そうやって息を吐きながら引く姿勢を安定させる。肘は外側へ、より真っ直ぐ構えられるよう腕も真っ直ぐになっていないといけない。

 顎元へ当てた引き手から、視線を鏃へ向ける。

 そこには、魔術で生み出した弓に取り付けた、矢を置く為の小さな板と、照準となる目印がある。矢を当てている弦にも一部だけそれと同じ色が塗られている。常に同じ位置で引けるようにという、ハイリア様が考案した補助装置だ。


 矢を放った。

 小さな風切り音を引きながら意外なほど綺麗に飛んでいく。


 猛攻の中から抜け出てきた神父が見える。その眼前に、また僕の矢が落ちた。外れだ。だけど、ほんの少しだけ動きが止まって、金髪の先輩が追いついた。そこからまた別の型が始まる。


 ここへ来て一つだけ確信した。


 神父は、この研ぎ澄まされた戦場に混じる、僕という異物を処理しきれないでいる。

 彼の元へ集まっているのは、全て腕利きの術者ばかりだ。一番隊で二軍や三軍に入っているような人は居ないし、リースさんはそもそも上位能力の覚醒者。周囲を囲むアリエス様の小隊の方々も、やっぱり腕の良い人ばかりだと思う。

 そんな人たちの一糸乱れぬ猛攻に、ある意味で神父は慣れつつある。


 僕にも分かる。

 優れた人は、殆どの場合優れた結果を生む。

 だから型そのものを知らなくても、小さな失敗や仕損じを踏まえてすら、その結果は読みやすい。仮に神父ほどの実力になれば、そこに届かない僕たちだと読みきれないのかもしれないけど、今の僕たちは未熟ながらも優秀、という程度のものだ。

 きっとそれは、彼にとってとても扱いやすい。


 数少ない例外がハイリア様だった。


 僕たちにとってそうであるように、神父にとってもあの人の行動は読み難い。

 一体どこを見据えているのか、何を見ているのかも分からない時がある。


 先輩たちは言っていた。

 ハイリア様は変わった。

 以前は一人で黙々と腕を磨くばかりで、周囲の人間にはあまり興味がないようだった、と。仲間になった者は守り通すし、真っ直ぐな正義感は変わらないけど、不思議とどれだけ人に囲まれていても、孤独な雰囲気があったらしい。

 もし、周囲に不足があれば、それを指摘せずに黙って自分がそれを補填する。だからこそ余計に皆は腕を磨いて、追いつこうとしていたと。

 決して冷たい人じゃない。そうして追いかける人たちを時折そっと振り返ることもあって、それは、今のハイリア様らしい行動に思える。


 一体何があったんだろう。


 いずれ、そういう話も出来たらな、なんて思いながら、次の矢を放った。

 今度は当たった。けど、予想通り反応もされなかった。ただ魔術光を強めて、その防御の力で軽く逸らしただけ。


 もう神父は僕への対応を決めた。

 だからこそ、次の矢は彼にとって脅威となる。


   ※  ※  ※


 戦いはもう、あと十数秒ほどで終わる。

 ここで、戦いの呼吸が変わったことを僕は察した。


 今まで押さえ込んでいた先輩たちが一気に置いて行かれる。

 一瞬の、ほんの僅かな緩みを神父は見逃さなかった。どこにこれだけの余力があったんだろうと、皆は思っていただろう。


 けど、僕はそう思わなかった。


 彼は強い。

 強い人が、弱い人と戦う時に余裕を残すは当然のことだ。訓練で嫌というほど見てきたからこそ、たった一度として強者の立場に立ったことがないからこそ、僕は彼が、今まで見てきた強者の行動と同じことをするだろうことが分かった。


 きっとこの瞬間、誰もが勝利を確信するこの十数秒という時間だけが、彼にとって本当の勝負どころだったんだ。


 既に矢は放たれている。


 当たらなければ『王冠』の効果範囲から逃げられる。

 当たれば……それを数秒だけ遅らせられる。そして、先輩たちはきっと追いつく。


 神父が飛来する矢を見た。


 思わずゾクリとする。

 気付かれたのか。それとも単に確認しただけなのか。


 放った矢は通常のものとは違う。

 小隊内で開発した特性品だ。優れた術者なら使うまでもないけど、僕らみたいに未熟な術者の力を底上げしてくれるもの。


 重量が違えば描く放物線が違う。当然ながら音も変わってくる。

 それはほんの僅かな差でしかなかったけど、神父はこの数秒を争う場面で察してきた。


 既に矢は放たれている。

 次の矢は間に合わない。


 走る速度は変わらなかった。

 けど一秒の後、再び彼は矢を確認した。


 気付かれた……!


 ようやく確信した。

 彼は、一度目の確認ですでに僕の矢を脅威と認めていた。今の確認は落下位置を確かめただけだ。逃げる方向を変えられたらもう止められない。

 全身を冷たい氷で覆われたように底冷えする感覚が包んだ。

 僕の失敗で全てが台無しになる。

 『王冠』は再展開に時間が掛かるし、一度ビジット様の居場所が知られている以上、今度はあの人の身が危ない。城外に逃れた神父を抑えこむのは難しい。目的を果たして逃げようとしても、四属性で最速とされる『剣』の術者を相手に逃げ切るのは難しい。撤退戦なんてものに慣れていない僕たちは、あっという間に負けてしまうかもしれない。


 外しちゃいけなかった一矢だった。


 なのに!


 その時ふと、神父が全く違う方向を見た。


 ハイリア様……?


 メルトさんに支えられたハイリア様が、最前線に姿を見せた。

 たったそれだけだ。もう紋章も消え、戦う力もなく、弱々しい表情で。


 ――だけど、


 上空で小さな爆発音がした。


 ――それが、


 筒状のソレは底部に収められていた黒色火薬の燃焼により、脆く作られていた先端部を破裂させ、その破片や、内部に収められていた数十個の鉄の礫を亜音速にて解き放った。


 ――致命的な一秒を稼ぎ切った。


 放たれた鉄の礫は容赦なく神父を襲い、対し、彼は逃走に費やしていた力の全てを防御へ注ぎ込まざるを得なかった。その多くは咄嗟の反応で狙いを外されていたけど、ほんの少し残った彼の右半身を容赦なく抉り取った。


 そこへ、誰よりも先に追いついたリースさんが長剣を振り下ろす。

 寸での所で防がれた彼女が駆け抜けた背後、周囲を囲む城壁が築き上げられた。神父の背が城壁に付く。続けて金髪の先輩が、その口汚い罵りで一年生からは怖がられ気味なヨハン先輩が、無防備な右腕を切り落とした。残る左手で首を狙うも、それは寸前で小太刀に受け止められる。それで限界だった。

 壁を背に、右肩から大量の血を流す神父の元へ殺到した先輩たちが、次々と刃を重ね、城壁に剣を突き立てるようにして神父の動きを封じた。


 数秒の間、僕らは時間が止まったように荒い呼吸を繰り返していた。


 遅れて、村の中央から目的達成の合図となる矢が上がる。

 それを呆然と見上げながら、その声を聞いた。


「俺たちの勝ちだ!」


 僕らの指揮官が告げた宣言を受けて、不意に身体が震えた。

 意味も分からず溢れ出る涙と共に、誰ともなく拳を振り上げる。


 勝ったんだ。


 僕たちは、勝ったんだ……!


 歓声は、風のように舞い上がって空を覆った。





 

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