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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第五章(上)

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215


   ティリアナ=ホークロック


 轟ッ、と風がこの背を追い越して、夏草を騒がせながら丘を吹き降りていく。

 生い茂り始めたばかりの緑は叩き伏せられ、次第に擦れ合う音も、揺らめく葉先も、動きを失くして静かになる。

 残ったのはただ、荒れ狂うばかりの風が耳元を掠めていく音だけだ。


 今日はやけに風が強いねぇ。


 ふわり広がる黄色の魔術光が羽を散らし、手にした長弓がしなりを得る。

 番える矢は凡庸。

 弓そのものもさしたる飾り気は無く、弦に一筋混じった月の色が光を受けて、時折仄かな存在を示すだけ。


 引いた。


 構えそのものにも特徴は薄い。


 引いた。


 御託を並べて成果を保証するような、そんな下らない生き方(たたかいかた)はしていない。


 引いた。


 ただ引いて、舞い散る羽の向こうに得物を捉え、心が吸い付くような想いで執着する。

 軋む弓に反して身体のどこにも力は掛かっちゃいない。

 優しく、楽器を爪弾くように。

 聴衆の耳を甘く撫でるように。


 静かに。

 静かに。


 膨らんで。


 じわりと潰れ、溶け出す刹那――――この背を叩こうとした風ごと巻き上げて二つの矢が放たれた。


 南へ。

 そして高く。

 真っ直ぐ目標へは向かわせない。

 頂点へ差し掛かりつつある陽を背にするように回りこみ、平原へ陣取る敵陣側面へ膨大な魔術光を撒き散らしながら矢が叩き込まれる。

 広く展開された『盾』による守り。溢れ出す魔術光を流し込む堀。遠くから飛来するだけに見切る時間は優とあり、統率された集団は容易く攻撃を届かせてはくれない。


「……いいねェ、しっかり合わせてくる。真面目で優秀」


 弾け飛ぶ光の中、きっと視界は太陽に焼かれ、羽に覆われ、粉塵に纏わりつかれて、頼れるものは音ばかり。

 気の回る何人か。あるいは誰もが、気付いていながら次を叫ぶ。


「そしてお行儀が良過ぎるね」


 迂回し側面から叩き付けた矢とは別、同時に放っていた二の矢が、逆方向から襲い掛かる。


 弾け飛ぶ土塊の中にはきっと大勢の人間が混じっていることだろうよ。


 『盾』の設置は確かに早い。

 アタシが『弓』である以上、その守りを正面から砕く術は存在しない。

 だけど扱うのは人だ。人の意識だ。

 『剣』の奴じゃないけど、最高の攻撃とは相手に守ろう避けようとすら思わせないものだろうね。

 幾ら練習を重ねても、こっちの繰り出す意識外への攻撃を全て完璧に止めるなんて不可能さね。

 なんとなれば、意識しているけど手が出ないというような手だってごまんとある。


 今のは皆で揃って防ぐんじゃなく、傷を覚悟で一部を次に備えさせておくべき場面さ。

 そういうことの出来る奴が居るのは知っている。

 面白い。

 じゃなくて。

 面白いけど、どうあったって人の指揮出来る範囲には限りがあるんだから、面白い奴らの居ない場所を狙ってやればいいんだよ。


 面白くない?

 さあ、どうだろうね。


 次の矢を番え、さてあと三つ四つで攻めるに心地良い隙間が出来るだろうねと思っていたら、唐突に静まった風の間に気配が漂ってきた。


 周囲を探る。

 敵陣を丘上から見下ろすこの位置、大軍で寄せるには無理のある好立地だが、当然少数で入り込むなら幾らでも道はある。


 ふと、息を抜いて草むらを眺めた。


 何かが潜んでいる。

 そんな状況でつい気を緩めて隙を晒したくなる。

 というか、気を張ってりゃいいってもんでもないさね。


 だから気付いた。


 強風に叩き伏せられた夏草が、いつの間にか身を起こしていることに。


 青く、細く、頼りなくて。

 だけど何度だって立ち上がってくる。

 根こそぎ吹き飛ばしたとしても、来年には、いや翌月には、違うね、明日には、また新しいのが芽を出して大地を覆い尽くす。


 そういう者たち。


 そういう者たちにこそ、アタシは負けて、ここに居る。


 ふらりと身を逸らし、天を仰いだ。

 首元近くを通り抜けていく何かについてはいい。

 青く薄っすらと浮かびあがる昼間の月がそこにある。


 笑んだ。


 愉しくて仕方ない。


「――――あは」


 風に乗ってやって来る。

 連中は、こいつらは、必ずやって来る。


 敵陣が崩れかけ、そうさこの調子でといい気になった時を狙って来てくれる。


「来いよ近衛兵団!! 最っ高に気持ち良く逝かせてやるからよォ!!」


 来た。

 三人同時に。

 見たような光景に、見たこともないものが混じっている。


 夏草が起き上がっている。


 銀光が目端を掠めた。

 ソレじゃない。

 勘で避けて、続く一撃を手首で捌く。


 曲刀がくるりと回って宙を舞った。


 草むらの奥から放たれた吹き矢、さっきも狙ってきたソレが三人の隙間を縫ってくる。

 受けた。分かっていて対処不能。そういう攻撃。なんたって次が目前に迫ってるんだ。いくらアタシでも、こう次々と来られちゃ相手するのも大変さ。アレとアレをこうしてコレをこうしてって、適当に考えて、考えた感じに乗ってみて、迫る禿気味の野郎へこっちからも詰めて腕を掴み取り、身体こと降りまわす。


「ッッ、だああ!? 痛てェっ!?」


 あら可愛そうに、盾にされてるのに容赦無く攻撃が続く。


 そいじゃま今ので位置が把握出来たことだし、景気良くいくかねえ。


「なァてめえら」

「離せっての怪力女!? その細腕でどんだけ力あんだよ!!」


 乙女に向かって失礼な奴だ。

 こういうのは力じゃなくて、呼吸を合わせてやればいいんだよ。

 失礼なので、吹き矢の盾にしてやった。つーか、ほんと容赦しないねコイツら。


「そんだけ飢えてやがるんだ。平和になったら、さぞ生き辛いんじゃないのかね」


 っと、禿が身を回して掴み手を外してきやがった。器用だね。


 着地姿勢から分かる。

 下がる気か。


「テメエの知ったことかよ」


 それに。


 そんな言葉が続くようで、つい意識が向いちまった。


 口を開きかけた禿野郎が僅かに止まり、一瞬の静けさの後、


「あ」

「あばよ」


 間抜け晒したアタシの周囲に何かが投げ込まれ、ソイツを理解するより早く景色が爆ぜた。


    ※   ※   ※


   ベイル=ランディバート


 なんでアレで生きてんだよ!!


 寄せたのも、潜んだのも、絡んでったのも全員囮。

 巻き込まれた奴が間抜けなんだよの精神で周囲を纏めて吹き飛ばしたってのに、あのクソアマ自分の足元で罠を弾けさせて爆破を逸らしやがった。

 爆薬ってのの威力は数を積み上げればかなりのものだが、どうにも威力が散らばってしょうがねえ。『剣』や『弓』の反応ならああいうことが出来るし、『槍』や『盾』相手だと防がれがち。不意打ちでドカンとやればと思ったが、想定よりも規模が小さいのはおそらく、不発の分がかなりあるからだ。利用出来ると聞いたからあれこれ試させてたが、扱いが思っていた以上に難しい。

 おまけに吹き矢の毒が効いてねえ。

 いや効いちゃいるんだろうが、慣れてやがるのか、召喚された状態ってのがそもそも普通の人間とは違うのか。

 東方の薬だって言うから効くと思ったが。いや、と懐を弄ってみたら解毒薬の小瓶がねえ。戦闘前に飲んだは飲んだが量次第じゃ危ないと言われたから潜ませていた分だ。あーこれは拙い。なんで効かねえんだろうなって顔しとくか。連中逃げるのに必死で見てないだろうしな、よし。


 準備不足、検証不足。加えて間抜けが一人。

 勝手にやってる分、自由に動けるが厚みに欠けるのが弱いところ。

 しかも、


「おいおいおいおい逃げんじゃねえよブチ殺すぞテメエら!!」


 おっかねえ女が嬉々として追いかけてきやがる。


「だーっ、ちっきしょぉぉっ!! テメエの薬効かねえじゃねえか!? しかも爆薬初見で見切られてんじゃねえか!」


 薬はともかく爆破はなんでだろうな。

 どっかで誰かが先に仕掛けやがったか。

 対処法があるっつったって何が起きるかも分からない事を前に大胆な行動は取り辛い筈。


 せめて連絡取れたらなァ。


 嘆いていてもしょうがねえので根を踏み草を掻き分け時には樹の幹を蹴って失踪する。

 しくじったおかげで俺が最後尾だ。

 クソ野郎共はさっさとケツまくってやがるし俺が狙われてると知った途端に左右へ散って身を隠しやがった!


「おいテメエだけは逃がさねえ! どこまでも追いかけてやるから――――うおお!?」


 追い縋ってもうちょっとって所でクソ赤髪野郎がこっちに斬り付けてきやがった!


「ンだオラぁ! 危ない役目担ってやった貢献者にやることか!?」

「るせえよテメエがじゃんけん負けたせいだろうが! つーか付いてくんじゃねえよッ、ヤベエ女まで来てるじゃねえか!! 一人で相手してやれよ色男!!」


「俺一人じゃ無理だって!! アイツ『弓』の癖に滅茶苦茶近距離強ぇんだぞ!?」

「囮は大人しく犠牲になって世間様に貢献してろってんだ! 俺ァダクアの元首サマだぞ! 国賓守れや近衛兵!!」


「その近衛兵をこれっぽっちも近衛っぽくない組織に仕立て上げた一人がナニほざいてやがるんですかー!? おーい! こいつ! こいつ重要人物! 東の国の偉い奴だからぶち殺しとくと後がラクになるぞー! 俺はしがない一般兵だから!!」

「はー! 近衛兵団の副団長サマがナニほざいてやがるんですかー!? おーい! こいつ! こいつ超重要人物! 今の内にぶち殺しとかないとハゲ散らかして眩しくなっちゃうから!! つるつる頭になっちゃうんだよおおお!!」

「ハゲてねえって言ってんだろうが元副団長サマよお!!」

「つーか後ろ後ろ」


 馬鹿みたいにでっかい矢が叩き込まれてなんとか回避。

 すげえな、目の前の景色が綺麗に掃除されて見晴らし良くなっちゃったよ。


 しばし無言で吹き飛ばされた丘の道を駆け下りていく。


「っち」


 舌打ち一つで歩を緩め、振り返って丘上をみやる。


「勘の良い奴だよ」

「あからさまに遊びすぎたか?」


 いいや、俺もお前も本気だったから。


 じゃなくて。


「誘い込みは失敗だな」


 見れば、こっちの来て欲しい位置から少し手前で立ち止まり、またぞろ平原へ向けて弓を射り始めやがった。


「お誘いみたいだぞ、行ったらどうだ副団長」

「さっきの射撃の間にしこたま罠仕掛けたんだろ、お前行けよ元副団長」


 しばし間があって、その間にまた射られて、肩を竦めた。


「仕切り直すか」


 身を返した途端にまた攻撃が来て、二人揃って悲鳴をあげた。

 おっかねえ女。


    ※   ※   ※


 拙い状況が続いてる。

 王都襲撃から部隊を分けて潜伏していたが、ティリアナの処置は一つ間違えると一気に趨勢が傾きかねねえ。

 元々射程距離だけで英雄なんて呼ばれてた奴じゃないのは分かってたが、兎角戦場という場であの馬鹿みたいな攻撃が続くってのは拙い。

 同じく馬鹿でっかい翼を広げてやがるセイラムについてはもう俺達の知ったことじゃねえ。遠見の話じゃ、ガルタゴがなんとか抑えつつ蹴散らされてるって話だ。


 こっちはこっちの仕事をする。

 あれもこれもと欲張って戦力を分散させたまま対処出来る相手じゃねえ。


「あークソ、戦場じゃない場所で仕留められたらなァ」


 勝利の形にこだわりは無い方だ。

 寝首を掻くなり、毒殺するなり、なんなら人質取って従わせるとかってのも構わない。

 生き方(たたかいかた)に拘って死ぬのは間抜けのすることだ。生きてこそ。死んでたまるか。追い詰められたらクソを投げ付けてでも逃げ延びて、忘れた頃に必ず報復してやるさ。


 しかし今回クソを投げ付けられたのはこっちの方だ。


 ティリアナは強い。

 正直持て余してる。

 『剣』の集団で囲めばと、デュッセンドルフでも同じ事をやって失敗してる。

 今回は初見である筈の爆薬を本命に色々と仕込んだ上で試して見たが、どうにもあのアマ勘が良過ぎる。


 窪地に身を潜め、なんとか身を休めている連中を見回す。

 半分くらいはダクアの奴らだ。意外に女も多い。ぶつくさ文句ばかり多い女は戦場じゃ鬱陶しい事この上ないが、平然と砂埃に塗れ、身体を休めながらも武器の手入れをする様子は流石に仕込みが良いと感じる。

 

 魔術によって武器を呼び込めると言ったって我らが聖女様は天幕も工具も水筒も当然水も、今日の食事も用意しちゃくれない。

 アレが寄越すのは戦いの、それも直接的な武器だけだ。

 魔術光が炎のように揺らめいてくれようと火起こしには使えない。


 ちらり、と赤髪クソ野郎を盗み見た。


 思えば最初に教えられた戦い方ってのもクソだった。


『魔術光ってのは良い。馬鹿を釣るのにこれほど分かり易いものはないぞ』


 腰元に今も刺さってる大降りのナイフへ手をやった。


『いざ危なくなったら武器を捨て、魔術を止めてみろ。大抵の相手は相手を手ぶらと思い込む。そこをソレでずぶりと行くのさ。気持ち良すぎて相手は昇天、テメエの股間が膨れ上がること受け売りだね』


 思い込みが判断を乱す。

 俺が童貞を卒業したのは言われたとおりにした時だ。

 何でも凄腕の術者だったらしいが、ほんのちょびっと思い込んだだけであっさりと死んだ。


 詐術を剣に取り入れた原因も多分、そこにあるんだろう。


「はぁ……」


「なんだよ、他国の元首に頭下げて策の一つも貰えないかってか?」

「んなこと考えてねえよ」


 さっさと視線を外していたのにバレてたらしい。


「あーいや、なんか手があんなら教えろ。このままじゃ続かねえ。いずれ俺ら全員食われちまう」


 意地なんざどうでもいい。

 口元を歪ませる野郎には心底ムカつくが、一応部隊を率いてる俺には責任がある。


 つーかガキ共が今も前線でふんばってやがるんだ、なりふりなんて構ってられるかよ。


「お前さ、自分も大して歳離れてないこと忘れてねえか?」


「……あ?」


「なんかアレだろ? ハイリアってあの団長が気に入ってたガキだろ。そりゃああの位のが大勢死地に立って奮戦してんだ。戦い慣れしてるって自負する奴らはこぞって踏ん張るさ。だからこそ起きる負荷ってのを、流石に分かってんだろ」


 黙りこむ。

 ありきたりな事言いやがって。


 分かってる。


 ちょいと無理をしてるってことは分かってるんだ。


「優秀さってのは呪いだ。特に若い頃からそいつが芽を出すような奴は、周囲を巻き込んで物事を動かす力を放つ。けど本来、人の才覚なんてのはもっと歳食ってから発揮されるもんだろ。三十、四十……頭使うってなれば五十になってからってのもある」

「何が言いたい」

「ハイリアって小僧。アレの独特な思考や魅力に巻き込まれて、本来何十年も掛けて熟成されていくような能力を無理矢理発揮させられている奴は結構居るんじゃねえのかな」


 そこの赤髪クソ野郎の兄はとんでもなく優秀だったって話だ。

 身近にそういうのが居た人間なりに、何か思うところでもあるのか。


 野郎は少しだけ間を開けて、話題を切り替えた。


「全部に対処することはねえ。決定的になろうと、俺達は俺達のやれる範囲でティリアナを狙い続けるのが一番良い」

「決定的になったら軍は簡単に崩れるぞ。所詮寄せ集め、追い詰められるほどにほころびは出る」

「だからって貴重な精鋭磨り潰して、こんな序盤に全滅させる気か?」

「それが精鋭ってもんの役目じゃねえか。他の誰にも出来ない、他の奴らなら悪手になるようなものでも好手にしてしまう。そういうもんだろ」


 言ってたら野郎が煙草に火ぃ付けやがった。

 種火を持ち歩いてたのはいつも隣に侍ってる片目の女だ。

 甲斐甲斐しくてムカっ腹が立つ。


「……潜伏中だぞ」


「あぁ……うめぇ」


 ぶち殺してやろうか。


 周囲から殺意たっぷりの視線を受けながら、結局野郎は煙草をウマそうに吸い尽くし、それから先を潰して放り捨てた。


「追い詰めさせろ」


 途端にいきり立つ者が出た。

 いや何人かが『剣』を使った。

 座ったまま睨みを利かせるのが大半だが、剣呑なのは変わらない。

 即座にダクアの連中が庇いに入るが、なんとか手が出ないまま膠着する。


「生き急ぐガキが居る? あぁ、好きに走らせてやれよ。死んだ? そりゃご愁傷様だ。悲しいね。ハイおしまい。ガキは言っても聞きやしねえ。俺たちクソに塗れた大人ってのは戦場じゃ安全で確実な勝利を欲しがるが、ガキってのは夢や希望を求めやがる。見てるものが違うんだから、こっちの論理で説得しても無駄なんだよ。つーかなんだよ、今までも散々やってきたことだろう。傷を負わせてでも鍛え上げ、戦うことの出来る戦力に仕立て上げる。お前ら一々ハイリアって奴とそのオトモダチに肩入れし過ぎなんだよ」


 だから王都襲撃なんていう馬鹿に走る。ぞんざいに言い捨てて野郎は寝転んだ。剣持って囲ってる奴が居るってのに、意に介した様子もねえ。


「今はただティリアナに、自分へ肉薄してくる厄介なのが居るって思わせとけばいい。ご丁寧に毎度危機を救ってやる必要はないんだよ。テメエでテメエを救わせろ。出来なきゃ死ぬのが戦場だ。お守り同伴で、遊びにでも来たってのかよ」


 がーがーといびきを掻き始める野郎に、向き合ってた連中も肩を竦めてそれぞれの場所へ戻っていった。

 そんなすぐに人が眠れるかよ。第一テメエ、寝る時はピクリとも動かなくなって気配を消すだろうが。


 片目女が身を寄せて添い寝するのを見るとまたぞろ苛立ちが募ってくるが、今の言葉を受け止めない訳にもいかなかった。


 …………そもそも団長から無理するなって言われてたのにな。


 近衛兵団団長ディラン=ゴッツバックはまた別の戦場に潜んでいる。

 まあ、『弓』相手に『槍』引っ張り出しても足手纏いだしな。

 勢い任せな所はあるが、あれで前団長マグナスとは古くから戦場を共にしていたって話だ。どっかの若造とは違い、冷静に物事を見ていたってことかねぇ。


 ただ――――これは誰もが承知のことではあるが、近衛兵団は既に壊滅同然の状態にある。

 寄せ集めは俺達も同じ。

 昔からの連中がなんとか部隊の形を保たせちゃいるがな。


 次の戦場はきっと無い。

 最後の、これだけの大舞台で、何一つ功績を残せず消えていくしかないってか。


 次代がすぐ後ろまで登って来てるのが分かる。


 それはいい。

 納得出来る相手だ。

 いや、そんな甘ったれた事を考えてるんじゃねえ。


 でも、だから、ちょいと意地を張って、見栄を張って、無理をしたってか。


 しょうもねえな。

 しょうもねえ奴だよ、お前は。


 ベイル=ランディバート。


 お前は、近衛兵団を背負う器じゃ無いのかもな。


 いつしかいびきも消えて、本気で寝入り始めた野郎の背中を眺めた。


「っは!」


 強がる。


「やってやるよ。陰湿なのは得意なんだ、先代も、次代も、大昔の英雄も、関係あるかよ。今は俺たちの時代だ。まだ譲ったつもりはねえぞ。やり方は俺が決める」


 寝入る野郎の肩が、ほんの少しだけ揺れた気がした。


    ※   ※   ※


   ティリアナ=ホークロック


 それから数日掛けて第二陣を突破した。

 多少抵抗はされたが、手勢の扱いに慣れてきたらしいアーノルドが真っ向から陣地を突き崩しやがった。

 逃げる敵を削ろうと丘陵地帯を前進し、側面からたっぷりと矢を浴びせ続けてやった。かなり、効いただろう。


 だがちょいと調子に乗りすぎた。


 あるいは油断していたのか。


 連中が魔術以外も使ってくることをもっと考慮すべきだったか。

 身を隠して進んできた谷間から、今日のお立ち台にと決めていた場所への経路を見上げ、思わず呟いた。


「罠か。とんでもない数だね」


 こういう手は昔から無いでもないが、いかんせん常識外れな量だ。

 隠す気は最初から無い。ここに来るんじゃねえよと縄張りを主張してくる類。


「吹き飛ばすくらいは訳ないが、そうなると見晴らしが良くなり過ぎるね」


 アタシは『弓』だ。

 工夫して上手く立ち回っちゃ居るが、完全な平地で『剣』に襲われたら遠からず狩られちまう。

 丘って立地は悪くないんだ。斜面は素直な形をしてないし、木々や藪は『剣』に最大速度を取らせない。そこに『弓』の罠やらを加えれば逃げ回るのに好都合なんだよね。だからこの罠を吹き飛ばして陣取ろうってのは、こっちから相手に有利な陣地を作ってやることになっちまう。しつこい責めは嫌いじゃ無いけど、首まで落とされちゃ楽しめないじゃないのさ。


 食事を不要とし、睡眠も取らず動き回れるのは驚異的な効能だけど、魔術を止めることが出来ないのは参ったね。

 魔術光を抑えることの出来る『弓』でも、月明かりの乏しい夜だと『剣』や『弓』の目に見通されちまう。

 潜伏の場所が限られるから、経路や行動が読まれちまうのかねぇ。

 もっと警戒して、連中を狩り出しておけば遊べる時間も伸びたことだろうに。


 なんにせよコレをやったのは相当に陰湿な奴だ。


 丸分かりな罠を余裕ぶって越えていこうとしたら、丹精込めて隠した罠にすっぱりイカされちまいそうじゃないかい。


「まあ、丘の上からぽんぽん放り込み続けるのにも飽きてきたしね」


 なんて強がりを残して、


「次は何をやってくる? 愉しませてくれよ、最先端の若造共」


 黄色い羽を一枚落とし、夜明け前の暗がりへと身を投じていった。





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