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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第五章(上)

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212


   フィリップ=ポートマン


 北方の丘陵地帯で光が弾け、たっぷり十秒以上は経過してからようやく冷や汗が出た。


 最初は嵐とか、俺の知らない何か、自然の現象じゃないかと思った。

 しかし同じく北方に位置する戦いの場、それを思い浮かべた途端に二つが繋がる。


 何がどうなってあんな光が生まれたのかは分からないけど、デュッセンドルフで見た出来事を思えば何が起きてもおかしくは無い。


「……アレが魔術なのか」


「魔術以外であんなことが出来るんですかね?」


 ややズレた返しをしてきたのはセレーネだ。

 彼女は流れるような動作で小剣を鞘へ収めると、緩やかに腰を落として切り株へ腰掛けた。


「私はくり子ちゃんみたいに詳しくはないですけど、今の四属性や上位能力とかはセイラムに無理矢理区分けされた力って話でしたよね」

「あぁ……」


 以前、ハイリアから聞かされた話だ。


 俺たちがイレギュラーと呼ぶ力でさえ、それらに引っ張られたものに過ぎないとかいう。


 過去へ移動するとかいうジーク=ノートンの『銃剣』(ガンソード)

 魔術継続さえしていれば無制限に効果範囲を広げるティア=ヴィクトールの『魔郷』(イントリーガー)


 同種に数えていいものかは分からないが、ハイリアのあの銀の魔術光も通常の魔術とは大きく異なる力があるという話だ。


 常識外の力が混ざった戦場に戦いの基本は通用しない。

 上位能力ですら脅威だ。


 実際の戦場を知らない、その場に居ない俺ですら思う。いや、俺だからか。


 怖ろしい。

 逃げたい。

 前へ進めない。


 いつも通りの戦い、いつも通りの結果が保証されない戦場。

 四つの属性に規定された戦いではない。

 それがあんなにも分かり易い形で示された今、ハイリアの目指していた勝利がどれほど揺らいだか。


「そんなに心配ですか?」


 セレーネの問いに俺は恐る恐る頷いた。

 意味する所は少し違っていたが、心配だというのは本当だ。


 俺は少し俯いて、


「戦いを決するのは倒した敵の数でも、残る味方の数でもない。負けたと感じるか、諦めるか。そういうひどく曖昧なものなんだって俺は思う。城址や大将を落として白旗を振らせるのだって、言ってしまえば負けを認めさせる手段だ。だから、敵の攻撃に屈した時、それが敗北なんじゃないかなって……だから」

 

 俺が続く言葉を考えていると、静かにセレーネが息を吸ったのが分かった。

 熱い、俺の知らない熱を帯びた呼吸。

 風が吹く。



「うん。わかる」



 たった一言で理解した。

 彼女がかつて見た景色にそれがある。

 おそらくはハイリアが見せただろう、彼女の心を奮い立たせた光景。


 一つや二つではないのだとも思う。


 悔しいけど、アイツの姿は、言葉は、そういう力がある。


 俺には無い、カリスマなんて言葉で纏めたくはない、大きな力だ。


「だけど」


 だけど、そうだ。


 現実が重くのしかかってくる。


 遠くの空に広がる巨大な翼。

 そして強烈な光。


 兵は確実に不安を抱く。


 怯え、逃げたいと望む。


 特別な想いを持って挑んでいる者も居るけど、そうじゃない者も居る。

 それが当たり前だ。

 俺たちは操り人形じゃないし、死にたくも無い。

 己が運命を証明するんだと信じて走れても、自ら相手の切っ先に向けて身を投げるのは狂気だ。


「今、あの戦場にハイリアは居ない」


 頭上に広がった無数の破城槌を思い出す。


 絶望的だと思った。

 かつてハイリアが見せたあの大破壊を、途方も無い規模で繰り出してきた相手に心底怯えた。


 踏み止まれたのはアイツの声があったからだ。


 勝っているからじゃない。

 負けていたってきっと、その声は胸を叩くだろう。

 響く鼓動を道標にして、恐怖と向かい合う力を得る。


「誰か、居るのか」


 あの時のように、声をあげる者が。


 戦場を、そこを埋め尽くす兵の心を支えられる者が。


「大丈夫ですよ」


 静かな声に怯えていた心が静まっていく。

 それくらい、確信に満ちていたから。


「皆、私なんかよりずっとあの背中を追いかけて戦ってきたんです。その手を離れて、自分たちで立ち上がって、考えて、躓いたりして、また立ち上がって、あの戦場に立っているんですから」


 憧れるように、そして少し、切なそうに。


 内乱では早期に脱落した。

 鉄甲杯では一人留まった。

 彼女の負い目は続いているんだろう。


 北方、未だ続く戦場を彼女は望んでいた。


「遠いなぁ……っ」


    ※   ※   ※


   オフィーリア=ルトランス


 押し込まれた戦線をなんとか押し返し、後方で用意していた工兵部隊が陣地修復へ乗り出すのと同時、長刀を振り上げ叫びました。


「前へ!!」


 応、と続く声が次々と上がり、それに押されるようにして飛び出した私は大上段からの一斬で敵の『影』を切り払う。

 用意していた通りに手首を返し、側面からの攻撃を受け止めて、敢えて引き込むように力を抜きつつ横へ二歩。


 反応して相手が押し込むのを止めると、引く動きへ乗せるようにして刃を滑らせ、切っ先を奔らせる。


 綺麗な音が響きました。


 刃をしっかり立てていなければ出ない、澄んだ響き。


 耳で手応えを感じつつ、地面をステップ。


 攻めかかってきた『影』が構えを取っていましたが、間合いはこちらが上で、姿勢の有利を取れました。首筋を撫でるようにして長刀を突き出し、黒い……おそらくは血飛沫を上げて姿勢を崩した所へ追撃を入れようとして切り替えし、矢を捌く。

 すぐさま味方の『盾』が前面へ張られ、周辺へ目をやりつつ味方の元へ下がる私の脇を黄色の魔術光が奔り抜ける。


 溜めた息をゆっくり吐き、向かうべき先を見定めます。


 『剣』は常に最前線を行くモノ。


 敵の攻撃に晒され、味方の援護を受け、戦線の構築を手助けする役割。

 より多く敵の『剣』を刈り取れば、味方の『弓』は活発化し、敵の『弓』を『盾』の後ろへ押し込むことも可能。また、『槍』の前進を防ぐと同時に『盾』による防陣へも負担を掛けさせることが出来る。進む為の配置から、守る為の配置へ。


 戦いの花形は『槍』でしょう。

 戦線の中核となるのは『盾』でしょう。


 前哨戦とも言える『剣』と『弓』の戦いは入り乱れ、あの方のような存在感は示し難いかも知れない。


 けれど。


「行きましょうッ、戦場の先陣! 駆ける我らこそが灯火となるのです!!」


 声を張り上げる。

 人の影に隠れて、友人の騒ぐ中に身を置くことで安息を得ていただけの私が。


 結局髪は切りませんでした。


 戦いの場では碌に手入れも出来ず、不利になる要素しか無いのでしょうが、少しでも自分という存在を際立たせることが出来るのならと願って見せ付ける。

 血に濡れ、砂埃に晒され、汗や雨で酷いことになる場合もありますが。

 休息や食事の時間にメイド総出で手入れをさせる様を揶揄する方も居ましたが。


「応!」

「応さ!」

「続けェ! 戦乙女と共に!!」


 徐々に並ぶ者が増えてくる。


 気付けば最初の頃よりもずっと、私の突出に合わせて声があがり、人が続く。


 時折攻め寄せてくるアーノルド=ロンヴァルディアを名乗る方には押し込められて、未だに勝ち筋を見出せていません。圧倒されていると言っても良いくらいです。それでも、必死に耐えて、耐えて、ようやく相手が突出限界を迎えて引き始めたのを見るや勝ち誇って武器を振り上げる。


 ただの強がりです。


 負けて負けて、全然勝てていないのに。


 それでもコレは勝利だと言い張り、味方を鼓舞し、また牽引する。


 広い戦場から見れば小さな出来事でしょう。

 あの日感じた大きな風には遠く及ばない。


 嬉しくもあり、悔しくもある。


 悔しいと、思えるようにもなれました。


 鉄甲杯で持ち上げられ、自分でも力を付けてこれたと思い上がっていたら、ああもあっさりと返されてしまったのですから。

 悔しくて悔しくて、なのに求めた先があまりにも眩しくて、遠くて、それが嬉しくて。


 大領地を持つ上流の貴族から、親類の中流貴族への都落ち。

 そう揶揄する者も大勢居ます。


 悔しい。


 負けたくない。


 なればこそ私は、己が持つ何もかもを懸けて、戦場の華となりましょう。


    ※   ※   ※


   ジン=コーリア


 伝令の叫びが上手く聞き取れなくて、もう一度と手で示した。


 視線は前へ。オフィーリアがよく味方を鼓舞してくれている。面も良ければ立ち居振る舞いも一級品の女だ、頭の中身が残念な所を除けば、野郎共を奮い立たせるのには十分役立ってくれている。唯一統制の取れた軍勢を率いてくるアーノルドを抑えることが出来ているのが何よりも大きい。


「シエラ=バーキンスです!」


 どこかで聞いた覚えのある名前だった。

 意外と真面目にやってたビジットと違い、俺は適当だったからな。


 学園生で、義勇兵団の中で小規模ながら部隊指揮を任せられている。


 貴族なんだろうが、下流か中流。


 指揮経験あり。


 そしてなにより、女の名前だ。


「後方で上手く前線の動きに合わせて来る奴が居ると思ったが、成程元副隊長やってた奴か」


 あそこはハイリアが台頭してくる以前は結構上位に居た小隊だ。

 ということは途中幾らかの人材流出はあったろうが、中核となる人員はまだ当時の名残りを残していて、意外にも優秀な者が多い。


 思考を纏めつつ前線を見やった。

 ちょいと高所に陣取っていたから見晴らしは良い方だ。


「よし、俺から推薦状を出す。お前はそのまま連隊内の隊長格を回って同意者を募れ。こっから先、前線はどんどんと()()()()化していくだろうからな。変化に強い篤実な後方指揮官には力を与えておきたい」


 書状の作成は文官へ投げ、待機していた別の伝令を呼び寄せる。


 と、その時再びセイラムから光るクソが放たれた。


「ガルタゴは災難だな」


 下手にちょっかい掛けるなとは最初から言っていた筈だ。


 まあ、あの地方は昔から体温高めな奴らが多いと聞く。

 若者に勢いがある、とは優しい言い回しだ。

 勢い任せで暑苦しいと言い換えれば現状も良く分かる。


 やー、女の子は情熱的で、フーリア人程じゃないけど小麦色に焼けた肌ってのも堪らないんだけどな。


 次自分に向けてぶちかまされるかと思うと落ち着かないから、ついつい思考が種の保存に向くんだよ。


「ん、そっか」


 受け取った書状を見て一時ふざけた思考を取り払った

 伝令には行って貰う。


「くり子ちゃんの報告、紙に纏めて貰うよう頼んだのってついさっきだよね」


 仕事が速い。というか、元々やってた別路線に俺の分を乗せたって感じだ。


 念話は便利なんだが、突然頭の中に声が響くと驚くし、思考を乱される。慣れないと言葉を送るのって難しいし、慌てていたり集中出来ていないと伝わらないこともある。最初は文官に任せればとも思ったけど、彼らだって別に考えることもあるからな。フィラント無しの体制になってから専用の人員というのは排除された。多くの手勢を抱えているならともかく、飛び込みで立場を貰った身としては任せられる人員が確保出来ていないのが辛い所だ。


 結果として、従来の纏め書きに落ち着いた、んだと思う。


 色々考える子だからね。


 頭が良い、と言っても色々居るけど、くり子ちゃんは網羅する種類の良さだろう。

 可能性、種別、とにかく片っ端から当て嵌めていく、根気の必要な思考だ。


「う~ん、さっきのに合わせてこの情報も広めたかったけど」


 間が悪かった。


 ポンポン伝令増やして走らせるほど人手はないんだ。


「まあいい。こっちで見本見せれば真似る所が出るだろう」


 人をやって指揮下の『盾』にそれ用の構えを取らせた。

 すぐには出来ない。

 どれだけ理解力があっても一度で理想的な形を作るのは不可能だ。


 空中に配置出来る大盾を複数名で連携することで巨大な盾を形作る。

 ティリアナ相手に散々やってきたことだ、順応は早い。


 何度か手直しをして、よしと思った時だ。


 光が、視界を埋め尽くすようにして襲い掛かってきた。


    ※   ※   ※


   ヨハン=クロスハイト


 ホルノス側へ放たれたクソ女のクソが明後日の方向へ弾かれ消えた。


「おおおおーーー!!」


 何が面白いのか、ガルタゴの連中は雄叫びをあげて何かを叫び合う。

 会話するのにも声がデカくて煩い。


「早速何か対策し始めたみたいだな」


 プレインが日差しに手をやって目元を庇いながら、ホルノスの居る方向を見やる。

 正直遠くて何やってるのかまるで分からないが、見える奴には見えるんだろう。


 俺はすぐに見るのを止めてサーベルを握った。


 すると脇から、


「ふーっ、ガルタゴってのは威勢が良過ぎるっていうか、まあ、一緒に走る分には面白いけどさ」

「どんなモノでもまず受け入れて試す、試して駄目なら切り替えるし、良ければどんどん取り入れる。柔軟で貪欲。良いことじゃないか」


「あァ……あそこは昔から商人の国だからな」


 帽子野郎と後輩が寄ってきてプレインが応じた。


「肝心なのは、今の状況がとりあえず試す、ってんじゃ被害が大きくなり過ぎる点だ。突っ込む前にちったぁ考えろってんだ」


「走り出そうとするの止めると不貞腐れるんだ」


「メンドくせぇ国だ」

「割と同意する」


「ジーク……世話になっているんだから」


 歩き出すと足音が続く。

 誰も、付いて来いなんて言ってねえ。

 付いていくとも言われてねぇ。


「なんで付いてくんだよテメエら。雑談してろ」


 虫を払うように言うと後輩、リースがにこやかに応じてきた。


「セイラムを抑えに行くんでしょう? 一人では危険ですよ」


「何人居ても死ぬときゃ死ぬぞアレは」


「一番の危険地帯に一人で挑ませる訳にはいきません」


「HA!」

「へっ!」


 笑い方が鬱陶しい。


「おおおおおお!! ヨハン殿が出るぞおおおお!!」


 更に鬱陶しい連中まで付いて来る。

 ガルタゴ、マジで暑苦しい。


 逃げたくて走り出すと今度は波みてえに叫びが追ってきて、


「テメエ一人恰好付けさせるかよォ……!!」


「ハイリアの仲間のアンタにゃ死なれる訳にはいかないんでな!!」


「露払いは引き受けます! 思う侭にッ、ヨハン先輩!!」


 ちょこまかと煩い奴らまで付いて来る。


「チッ」


 舌打ちした。


 マジで死ぬスレスレ掠めて走るようなもんなんだぞ。

 コイツらはアレだ、阿呆だ。頭沸いてんだ。


 悪態付いたのも束の間、こちらへ向き直ったセイラムがクソの塊を投げ付けてきやがった。


 銃声が連続する。

 矢が放たれる。

 すべて喰らって襲い来る敵の攻撃に対し、前面に大盾が張り巡らされ、砕け散った。


 だが、飛んでくる向きが変わった。


 何をしたのかは咄嗟に理解出来た。

 『剣』なら当然のこと、矢捌きくらいは身に付けてる。

 ソイツを盾でやってみせたってだけのことだ。下手扱いたけどな。

 曲がったのは少し。


「十分だ」


 潜るだけの隙間は出来た。


 光の中ヘ飛び込み、身体中が焼けるような痛みを覚えつつもサーベルを背負うように切り上げ、断つ。


 手応えはあった。

 っても所詮は光だ。

 なにかの塊が中心にあっても、ソイツが投石切り裂くみてえに処理出来るとは限らねえ。


「続くぜ!」

「HA!」


 だが俺一人で全部やろうとは思わねえ。


 もう先に矢とか盾とかで手入れてんだ。

 俺もその一つでいい。

 やることやったら、後は他に任せて突っ走る。


 今はただ駆ける。


 敵中を突っ切り、追い抜き、また切り返しては側面へ回り込む。


 倒す以上に動き回るのが必要だ。


 何度も狙われた。

 何度も命が危うくなった。


 死んで堪るか。


 聖女だか何だか知らねえが、俺の興味ある女はアンナだけでいい。

 アイツの所に戻ったら死ぬほど抱いてやろう。

 テメエはくたばってろ。

 ハイリアが来ればそこで終いだ。

 だから俺はそれまで死ぬ気で生き抜いて、アバズレ女の手元で狂ったみてえに踊ってやるよ。


    ※   ※   ※


   クリスティーナ=フロウシア


 この戦場で最も怖ろしい相手は誰か。


 デュッセンドルフの変事から入れ替わりが確認されているのは『槍』のみ。

 『盾』は未だに姿を見せていませんが、おそらくはヴィレイ=クレアラインと見て良い筈です。


 超長距離から次々と矢を降らせてくるティリアナ=ホークロック。

 散兵ばかりの敵を纏め上げ、軍勢としての統制と勢いを与えているアーノルド=ロンヴァルディア。


 共に強力な使い手であると同時に、戦場の構図を書き換えるほどの力を持つ。


 ですが違う。


 最も怖ろしいのは『剣』。


 いかに行動範囲が広がっていこうと、存在感のあり過ぎる『槍』と『弓』では陣内へ引き込んだ時点で総がかりで潰す算段が持てる。

 ですが『剣』の術者は状況に潜み、静かにこちらの戦力を刈り取ってくる。

 こちらに報告はされていませんが、既に何人も手に掛かっていることでしょう。


《食いついてきた。成功だな》


 謝りたくなるのをぐっと堪え、どこか力が抜けた様子のベイルさんへ応じます。


《敵も『盾』の喪失は避けたい所でしょう。城下へ潜伏したことでこちらへ浸透しようとしていた『剣』を追い返すことが出来た》


 想定外の、あるいは想定通りの近衛兵団による初手突貫は、一つの利点を生み出してもいた。

 捕捉の難しい『剣』の術者を王城側へ引き込み、本隊の安全を確保出来たのは大きいです。


 確保した『影』を利用して敵の行動範囲は常に確認し、情報を更新しています。


 如何に優れた術者であろうと、特定範囲外に居れば接近できないことが分かっていれば本陣を随時下げていけばいいだけのこと。


 戦況が一気に逆転するような重要人物は安全を確保し、それ以外で戦線を支える。


「…………」


 乱れた思考を整え、先を見据えましょう。


《こうして『剣』が食いついてきた以上、やっぱり王城のどこかで隠れてる可能性は高いな》

《ティリアナの攻撃から、隠れ場所を探ることも出来るかもしれませんね。あれだけ大きな攻撃では誤射の危険もありますから》

《そいつは考えが甘いな。こっちに居場所が発覚すれば刈られるだけだ。なら吹き飛ばしてぶち殺した方がいい。なんせ連中は死んでも生き返るんだろう?》


 そう言われている。

 魔術で生み出した武器と同様、術者そのものをどうにかするか、術者との繋がりを断って封印することでしか止められない。

 こちらが手段を所持していることを承知しているのなら同士討ちは一つの手段ということでしょう。


《セイラムはガルタゴが抑えてくれているようです。アーノルドはホルノスで。ティリアナは満遍なく攻撃を続けていますが、前以っての準備のおかげか被害はそれほど多くはありません》


《デュッセンドルフで見せびらかしにきたおかげだな》


 確かに。

 あの変事で予め体験していなければ、もっと兵は怯え、総崩れになっていてもおかしくなかった。


《焦って手の内晒すとこういうことになる。よく覚えておくんだな》


《限界まで手札は伏せろ、ということですね》


 この戦いは長期戦を想定していますが、実の所かなり苦しい状況にある。


 デュッセンドルフで開催されていた鉄甲杯、その想定外の盛り上がりぶりに食料物資が大量消費され、続けて都市の崩壊、元々負担を掛けていた周辺都市へ流入した難民によって更に状況は逼迫した。

 準備させていた他国からの物資も十分とはいえず、輸送費などを考えれば国庫を圧迫したのは当然のこと。

 私では国情の詳しいところは分かりませんが、普通に考えて他国からかなりの借金を抱えたとするのが妥当ですよね……。


 そんな状況であれば、軍団指揮に欠かせない貴族らも秋を迎えれば収穫の確保に動きたがるでしょう。

 これだけ戦力を集結させれば、手薄になった地方では賊の出現なども考えられる。


 使えるのは秋まで。


 そして、今年決め切れないのであれば、権威の失墜した王室に今以上の戦力を集めることも出来ない。


 不安要素は山ほどある。

 焦りは勝機への渇望に繋がり、勇み足を生む。


 限界を見極めることが私たちに出来るのか。


 見極めているつもりで見誤ってしまわないか。


 そもそも間に合うのかどうかすら、現状でははっきりとしない。


《それまでに、どれだけの犠牲を……》


 思わず漏れた思考をベイルさんは流してくれたようです。


 念話、やっぱり厄介です。


 気を入れなおし、思考を纏める。


《決定打を打てないのは敵も同じ。行動可能範囲に制限がある以上、時間経過でしか相手は勝利条件を満たせないんですから》


 王都ティレールから南方、主要街道のあるミッデルハイムがおそらくは最終防衛線。

 土地それぞれの生産力という観点もあるけど、物流の要となる場所を抑えられた時点でホルノスは分断され、国体の維持が困難になります。

 元々地方領主の力が強い国ですから、連絡が断たれれば各領地が独自の判断で動き出す危険があるでしょう。


 そうなればルリカ様の目論見は意味を持たなくなる。


 あの方の目的は、ともすればこの戦いでの勝利以上に困難で、途方も無いものですからね。


    ※   ※   ※


   ビジット=ハイリヤーク


 『剣』ミシェル=トリッティアは王都へ潜伏した近衛兵団の狩り出しに向かった。

 『弓』ティリアナ=ホークロックの射撃は『盾』で防げる。

 『槍』アーノルド=ロンヴァルディアは多重の防御陣地で抑えられる。

 『盾』については未だ不明だが、仮に別人が出てきても単体では怖くない。


 『影』の情報は集まりつつあり、アーノルドに率いられた個体以外は陣形も連携も無い散兵だ。


 セイラムへの対抗手段は到着していないが、あの光の砲は多重傾斜盾で狙いを逸らし、着弾地点を囲い込むことで被害を抑え込む事が出来ている。

 問題と言えばあの翼か。

 効力は別として、ああもデカデカと敵の象徴を空に掲げられていると士気が揺らぐ。


「頼みの綱はやはり、今日まで積み上げてきた土の量、か」


 広げられた地図を前につい呟きが漏れる。

 陣頭指揮を執っていた訳じゃないが、陣地について幾らか意見は入れた。


 王都ティレールから主に南方、最終防衛線と定められたミッデルハイムまで続く長大な多重防御陣地。

 構想は内乱直後より、俺が加わったのは鉄甲杯の後からだが、半年近い時間を掛けても未だ完成してはいない規模の巨大陣地だ。最早陣地と読んでいいのか、ミッデルハイムを主城に据えた砦郡と呼べばいいのか。


 敵からすれば悪夢のような状況だ。


 出現地点、時刻をここまで誤差無く特定され、そこに巨大な防御陣地を設営し、大軍が準備万端で待ち構えていたんだから。


 俺ならまず撤退する。

 戦いとは始まるまでにどこまでの準備をしてこれたかが鍵になるという。

 ならこんなの反則もいい所。

 こっちも色々問題点を抱えちゃいるが、敵は徐々に広がる効果範囲でしか行動出来ないという致命的な欠陥を抱えた軍勢だ。


 通常警戒すべき補給戦や後方の拠点などは安全が保証されているし、こっちはいざとなれば範囲外へ大撤退して再集結という手段が取れる。相手の追撃が無いとするなら、これほど統率を維持しやすい事も無い。


 ハイリア……いや、ティア=ヴィクトールが言っていたという事になっていたんだったか。


 アイツからの情報は値千金どころの話じゃない。


 敵がどれほど強敵だろうと。

 反則的な力を保有してようと。

 戦いは兵を削り合うことでは決着しない。


 心を折るか、歩兵部隊で陣地を制圧するなどの物理的な勝利条件を満たすか、だ。


 行動範囲という制約が存在する以上、敵は時間経過でしか勝利条件を満たせない。


 その時間の中で俺たちは更に土を掘り、積み上げて陣地を構築し続ける。


 ホルノスの大地と、魔術すら使えない民衆の力こそがセイラムの行く手を阻む。

 土塗れの勝利を俺たちは掴もう。


「足りないね……」


 ルリカの言葉が思考を押し留める。


 確かにそうだ。

 勝利なんて言葉を思い浮かべるのはまだ早い。


 あくまで現状が延々と続くのなら、という話ですらない。


「ほう。どうなんだ、一兵卒」


 怖いオジサンまで話に加わってきて少々苦笑い。

 元宰相、ダリフは政治家であって武人でも軍略家でもないからな。


「そうだな……」


 一手。


 いや、


    ※   ※   ※


   フィリップ=ポートマン


 「二手、足りないようだな」


 不意に掛かった言葉に俺たちは振り返り、少しだけ身を固くする。

 この廃村には不釣合いなほど凛と佇む、黒の全身鎧に身を包んだ男。


 セレーネを始め、ジェシカ軍団からはクロと呼ばれている人物が、珍しく声を掛けてきたのだ。


 見えない兜の奥にある顔を俺は知っている筈なのに、今の彼がどういう表情をしているのかはまるで想像付かない。


「二手?」


 問えば、板金の擦れる音が僅かにして、少しだけ篭った声が心地良く耳を打つ。

 おそらくは、そういう発声になるよう訓練したのだと分かるもので。


「ホルノスを始め、各国連合軍は考えていた以上に固く守り、四柱のみならずセイラムの登場にも戦列を維持し、戦いを継続している」

「なら……」


 それは良いことじゃないのか。


「現状得ている成果のほぼ全てが、防御の成功という程度に過ぎないからだ。ほぼ全軍、セイラムの軍勢に対し攻勢を仕掛けられるほどの余力が無い。守りつつ攻撃へ向けて力を溜めていける為の一手、そして機を作り出して全軍を牽引する一手、それを見出せない限りジリ貧で押し込まれ、いずれ最終防衛線ごと呑み込まれるだけだ」


 だから、二手、か。


 あの戦場にハイリアは居ない。

 俺自身が思っていたことだ。


 横目で様子を伺ってみたが、やはりセレーネは北方を見やるばかりで気にした様子が無い。

 クロは表情が見えないから確認のし様も無いけど、やっぱり出発前に色々あってから距離があるよな……。


 気まずい。


「お、俺たちが手伝いに行ったら、どうだろうか?」


「それって私たちの実質的な敗北宣言じゃないですか?」

「まだ準備が整っていない。犠牲は惜しいが、大事の前の小事に惑わされるつもりはない」


「お、おう、お前ら仲良いなっ」


 揃って顔を背けられてしまった。

 なにか間違えたらしいぞ俺。


「ホルノス王には再三通告してきた」


 いきなりとんでもない事を言い出したクロに顔が引き攣る。


 え、お前、王を相手に何言い出してるの?

 いや、そういえばコイツは神になるとか言い出してたんだよな、神だから王より上なのか? いやしかし……。


「戦えば犠牲は避けられない。そもそも時間経過でしか敵の勝利条件が満たされないのなら、そこまで一切交戦せず機を伺えば良い。正面切って戦う理由がどこにある? 何らかの意義を見出して戦う者が居ることも分かるが、王の決定だから、命令だからとただ戦っている者の方が遥かに多いだろう。開戦からここまで死んだ者たちの中に、そこまでの理由を持つ者がどれだけ居た? 戦争など権力者のエゴをそれらしく飾って納得させているに過ぎない。だが、この戦いに何の意味がある……?」


 声音には苛立ちすら混じり、クロは辛辣に王を非難する。


 コイツは全てを自分だけで背負い、たった一人で戦おうとしていたんだよな。

 だったら、納得出来ないのも分かるけど。


「俺にはあの王の考えが分からない。一体何を考え、何故こんな無謀で、無駄な戦いをしているのか……」


「見てればいいんじゃないか」


 つい口をついて出た言葉に、クロが睨んできたのが分かった。


 す、凄んでも俺はやらかすことに掛けては凄いんだからな!?


「どの道、まだ準備が整っていないらしいですしね」


 セレーネ……なんか刺々しくないか。


 クロはそっと息を抜き、ようやく視線が北を向いた。


「そうだな」


 言いつつ、再び光が弾けたのと見て、彼が少しだけ顔を背けたのを俺は盗み見た。


    ※   ※   ※


   ルリカ=フェルノーブル=クレインハルト


 この戦いに意義はある。


 こちらの手札は揃っておらず、敵勢力は時を追う毎に強大化していく。


 初手で全戦力を中央に配置して、乱戦へ持ち込んで勝利を狙う手も確かにあった。

 だけど私は、そして私たちは、より長い時間を掛けて戦うことを選び、その為の準備を進めてきた。


 未だ向かう方向がバラバラの国際連合構想。


 今日参加している大国の一つ、エルヴィスは不参加を表明していて、もう一つのガルタゴは老人たちが主導権を握ろうと暗躍を続けている有り様。


 ホルノス内部ですら完全には纏まり切っていない。


 当然だ。

 ホルノスはついこの前まで宰相ダリフによる支配が続いていた。

 権力図が一変したとしても、末端まで染まりきるには年単位の時間が必要。

 北方の領主たちには厳しく狭い土地での政治は出来ても、それぞれに力を持つ膨大な領主たちと渡り合って政治を動かしていくノウハウが足りていない。

 私がどれだけ知識を蓄えていてもそれは机上のものでしかなくて、実際に施行してみればまるで違う結果が生まれることも頻発した。


 セイラムとの決戦は長期戦を想定している。


 それは国連構想や、ホルノスでの王権の傷口を広げることにも繋がる行為。


 きっと各国にとって都合の良い話だったから、あれほど話を纏め易かったんだと思う。


「足りないか……やはり、と言うべきか」


「各国の軍も所詮は遠征向き。政治絡みで主力なんて呼べるようなもんじゃねえ。ホルノスも先の西方で始まったフーリア人勢力の動きに釣られて予定の三分の一が到着していない。加えりゃ未だに精鋭となり得る近衛兵団を持て余してるくらいだからな。纏まりを欠いた軍勢は脆い。敵の十倍居ようが百倍居ようが、余裕があればあるほど内側の争いが激化して、最後にゃ分裂だ」


「いつか見たような光景だな」


「言ってろ」


「それで、逃げればそれで済む状況を、未だに戦い続けている理由はなんだ。こんな戦いになんの意味がある?」


 意味は、


「意味は、ある」


 私が見出し、私が決めた。


 進む道が血に濡れていることは分かってる。


 この目的に賛同する人が居たとして、見方を変えれば暴君による圧政と変わらない。


 『都合が』良い。

 『都合が』悪い。


 以前、私自身がハイリアに言った賢しらな言葉。


 今更になって私自身へ過去からの刃が胸を突く。


 それでもやるんだと決めた。



「ミームを作り出す。百年の未来へ向けて――――百万本の花を届けに行く為に」



 だから逃げるだけの手なんて打たない。

 絶対王政なんて時代遅れだ。

 王の決定は血を欲する。

 人々があらゆる情報に触れ、知り、迷い、決めていく時代の中でいずれ私は処刑台へ送られるのかもしれない。


 でもきっと、今しか出来ないことだと思うから。

 私はこの玉座にしがみ付いてでも、このホルノスに、この大地に生きる人々に刻み付けたい。


 ミーム。


 言葉を、意味を、思想を、夢を――――受け継ぐことの出来る人類だけが持ち得る、情報の遺伝子を。





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