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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第五章(上)

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222/261

208


   ルリカ=フェルノーブル=クレインハルト


 天候は晴れ、やや雲多し。

 気温は三十八を越える猛暑だけど、北西からの風は強く、頻繁に陽が雲に隠れるおかげで思っていたより暑くはない。

 学者の話によれば、この先数日は雨が無いらしい。足場や屋根の心配をしないでいいのは助かるけど、この気温も落ち着くことはないという話だから、水源の確保は最重要と言える。戦いは長期戦を想定していて、補給は随時送られてくる予定。それも想定外のことはあるので非常食は予め兵の全てに配布している。


 各所の陣は移動を繰り返すことを予想し携帯性を拡張した天幕などで構成されている。

 蛇腹状の壁を広げ、燃えにくい羊の毛を編んで作ったフェルトを被せた簡易天幕、ゲルが採用されていて、建設・撤収の手間が大幅に削減された。

 建設から撤収まで専用の部隊に訓練させつつ、通常の部隊にもある程度は周知させている。また一部では羊や牛なんかを遊牧民のように飼って管理している所もあるとか。逃げる時には邪魔になるから、あくまで後方の管理。でも、長期戦を見越しているのなら悪くないのかな……?

 とはいえ全員が入れるような量ではなく、棒に布引っ掛けて四方へ紐で固定する従来の一人か二人向け天幕が半分以上を締める。

 伐採した木を柵として地面へ打ち込み、堀を築いて防護柵を各所へ設置、櫓も数を揃えて監視や迎撃の体制はそれなりに整ってある。

 拠点としての陣と敵との交戦場所となる防御陣地は別だけど。


 戦闘に向けての布陣は概ね完了している。


 先だって調査を行っていた近衛兵団や建設の部隊が組んだ防御陣地へ進軍し、神樹を中心に溢れ出すと思われるセイラムの軍勢を受け止めつつ斬減する構えだ。

 幾らか手は打ってあるけど、敵の規模や出方がまったく分からない以上、開始と同時に乱戦となり得る神樹の直近で包囲するという作戦は却下されている。


 北方では内乱以降勢いを強めている北方領主たちの軍勢と、北西部にエルヴィスの派遣軍。

 神樹に最も近く、内乱時にウィンダーベル家が暇を持て余したから作ったという石垣があるから、進軍時には利用も想定されている。。

 出現した敵が少数なら強襲を、多いようなら撤退して南方へ敵の動きを誘導する手筈だ。


 大軍勢の強みを生かせない東方の丘陵地帯は放棄。

 少数の偵察を送り込んで敵の伏兵には警戒するけど、そちらで戦う旨味が無い以上は軍勢を割く予定はない。丘陵地帯を越えた先にある都市には避難を要請しており、どう動くかは都市の持ち主次第。そこまで広がるようなら守備隊程度じゃ飲み込まれて終わるから、逃げては欲しいけど、状況的に命令を出すほど局面を左右しない場所だ。


 西方にはガルタゴを中心とし、小国家群の勢力も混じっている。

 こちらは最も戦力が乏しいけど、守るに易い急斜面が多くある。

 建設部隊がたっぷり時間を掛けてあちこちに防御陣地を築いており、彼らは機動力を活かして動き回り、側面への広がりを抑圧する役割が期待されている。

 撤退時にも後方の森があり、砦も多い。フーリア人との戦いにおいて、彼らが防衛線を突破して王都へ迫ることも警戒されてきたから、下がりつつ戦うのには最も適していると言える。逆向きなのは困り者だけど、そちらにも手を回しているから多少はマシになっている筈だ。


 因みに、暑さに文句を言うエルヴィスの面々へ、ガルタゴの人々はこの程度はまだまだ余裕だよなんて言ってたけど、海辺や南大陸の乾いた気候での気温とはまた違うみたいで、開戦前に将の一人が倒れてしまっている。今こそ好機と若い人が代理に立って兵を鼓舞していたから士気は大丈夫そうだけど、エルヴィスもガルタゴも、ホルノスの気候に慣れている訳じゃないから長引くと危ないかもしれない。


 そして南方、主力部隊。

 ホルノスを中心とし、精鋭である近衛兵団や、デュッセンドルフ魔術学園の学生らを中心として義勇兵団などもここに配置されている。

 学生らは流石に最前線ではなく中央の後方だ。不満は出たけど、内乱の時にあったっていう彼らの果敢さに釣られて主力部隊の損耗率が上がるような事態は出来るだけ避けるべきというベイルの意見には私も賛成だった。

 また扱いの微妙な東方からの傭兵団や、南方の小国家群からの兵は右翼後方へ配置された。

 乗じて略奪しようにも丘陵地帯は村落もあんまりないし、本部からも遠い。


 そう、指令本部は北西の位置に付けている。

 私が居るのもそこだ。がっつり味方に守られた場所で、高所に位置してる。

 一応後ろにまで出現したことを考えて後備えもあるけど、なんとなればこの位置から『王冠』を発動して西方と南方を支えることも可能だ。


 本来はコレに、フィラントの勢力が加わる予定だった。


 純粋な戦力としての配置は北西。

 エルヴィス以上に神樹と近く、彼らの独特な手段で以ってセイラムの行動を封じていくことが期待されていた。


 でも、現時点でもフィラントとの連絡は取れていない。


 先発していた調査隊からは西方小国家群から救援要請を受けたと報告があり、元々その為にこちらへ戦力を出し渋っていた西方領主たちに話を投げた。

 リリーナたちからは国境のずっと手前で連絡があって以来、途絶えている。その時は信用出来る者を引き入れて念話網を再構築してみるという話だったけど、国境付近からは何の話も来ていない。ミッデルハイムには到着している可能性もあるけど、ここまで来たら確認するのも難しい。


 また、カラムトラのオスロ=ドル=ブレーメンも消息を断っている。


 監視していた近衛兵団によれば、セイラム封印の為の刀剣自体は約束通り引き渡されたそうだけど、その後は慌てた様子で王都を離れていたそうだ。

 近衛兵団も昨今はこれまでの諜報網を捨てる形で戦力を再調整しているから、同行した人たちからの連絡も満足に届けられていない。

 フーリア人を盤面から追い出したい彼らの行動も絡んでいるとは言えるけど、刀剣自体が狙い通りの効果を発揮することはハイリアが学園地下から持ち出したラ・ヴォールの欠片による実験で証明されている。あとは、四柱の術者にも通用するかどうかだ。

 だから、確かに、彼らの重要度は下がっている。


 情報は錯綜し、国境付近のことは明確に分かっていない。


 内部に大きな不安を抱えるホルノスにとっては苦しい状況だ。


 でも、期日が来た。


 出来得る限り引き伸ばして、急いで、準備を整えてきた。

 やりたいことはまだまだある。置いて来たモノも沢山ある。託すしかなく、管理を手放した事態も多い。


「それでも、やれる限りのことはやってきたよ」


《そうだね。胸を張っていいと思う》


 ティア=ヴィクトールの声が響く。

 ハイリアが倒れて以来、私にまで話しかけてくるようになったイレギュラーの少女は、最初に聞いた時よりずっと硬質で、温度が消えたような声で応えてくれる。最初はフーリア人側の陰謀かとも思ったけど、彼女が私の思考まで読み取って、あまつさえ最近読んだ大人向けの本の内容まで朗読された以上は信じるしかなかった。というか信じなければ延々と恥ずかしい記憶を掘り起こされる。あの忙しい時期に抗えるだけの気力が私にはなかった。

 違うよ。破廉恥な内容じゃなくて、子どものままじゃ出来ないような、大人な雰囲気で友情を深めていく話だよ。

《男同士のね》

 純愛っていいよね。

 あちがう、友情。純粋な友情。


 全く怖ろしい能力だ。


 『魔郷』。厄介だ。二度と効果範囲に入りたくない。


《その効果範囲がデュッセンドルフにまで届くくらい、セイラムが表へ出てきてるんだけどね》


 思考そのものに応えるのは止めてほしい。


《楽でしょ》


 楽だけど疲れる。


《ハイリアは、間に合わなかったみたいだね》


 言葉にすらなっていない思考まで読まれて先回りされた。

 楽だけど、楽だけど私の求める楽さじゃない。


 でもまあ分かる。


 彼女がここまで饒舌になって、やたらと絡んでくる理由。


《そうなの》

《余裕が無いんでしょ。辛い時ほど無駄話をしたくなるの、分かるよ。私も、相手を選べるなら喋り続けたり八つ当たりとかしたいからね》

《永かったからね。もう、何十年もやってるみたい。実際現実の時間とこっちじゃズレるみたいだし、たまに話して取り戻していないと私も飲まれてたかも知れない》

《ならこの無駄話にも意味があるって言えるかな》


 不意に声が途切れる。


 最近増えてきたことだ。


 引き伸ばしも限界だ。いくら王として犠牲を容認することもあるからといって、ここまでの貢献者に死ぬまで働かせることは出来ない。

 準備は出来ている。欲張っているだけで、戦いが始まってしまえば頭から吹き飛んでしまうような細かい一つ一つに、いつまでも時間は割いていられないんだから。


「予定時刻までは」

「あと、二時間ほど」

 聞けば、従軍している文官が素早く答えてくれる。

「予定を早める。どの程度短縮出来る?」


 少し間があり、別の文官が答える。


「今からでも開戦そのものには大きく影響がありません。ただ、後の柔軟性に難が出ますので、後半時ほどは」

「通達を」

「はい」


 素早く動きがあって、狼煙があがる。


「奴隷共をもっと上手く使えばいいだろう」


 場が落ち着いたと思えた隙間を縫って声が来た。

 元宰相ダリフ=フォン=クレインハルト。

 彼の言葉には自然と人を納得させる色がある。長く王国の権勢を振るってきたからこそ、その振る舞いは時に王を思わせることさえある。


「念話とやらの伝達に信用が置けないのなら人質を取るなり、相互にのみ通じる暗号を混ぜるなり確認を取ればいい。ここで伝達速度を落とすのは致命的になるかも知れんぞ」


「必要であればフーリア人種の力も借ります。フィラントやカラムトラの派遣ではなく、ホルノスの民となっている者なら問題もない。でも想定に無い手段を無理に捻じ込むと伝達に乱れが生じる可能性が高い。特に、今の私たちは混成部隊ですから」


「ふん、大層な口を聞くようになったものだ。ならば最初から他国の軍勢など入れなければ良かったのだ。勝つにせよ負けるにせよ、奴らは手勢を素直には引かんぞ。確実に自国の益となる行動を取る。特に危ないのは大国よりも小国たちだ」


「承知の上です。国際連合という組織を立ち上げるに当たってホルノスが示さなければならないものは多い。これもその一環であり、証明です。玉座は血塗られている、何度も同じことを言わせないで」


 睨み付ける私を見ても彼は鼻を鳴らすだけで動じた様子は無い。

 殺気立った近衛があからさまに武器を向けて居ても、世捨て人のように振舞うダリフは自分の姿勢を変えない。


 ここに他国の人間は居ないけど、王政を維持しようとするホルノスでこの振る舞いを表立って許していていいんだろうか。

 一発かまして、思い切ってこう、ぎゃふんと言わせてやりたい。昔は散々だったけど、今なら私だってもうちょっとちゃんと振舞えるんだから。

 第一、分かりきったことを一々確認してくるのが腹立つ。分かってるし。考えてるし。そんなに私は何も考えてないように見えるのか。


 腹立つ。腹立つーっ。


「まあまあそのくらいでさ。心配性が過ぎるとむくれちゃうよ、伯父さん」


「兄さんは黙ってて」

「一兵卒の口出しすべきことじゃない」


「急に結託するのなんなのお前ら」


 くい、とフルフェイスの兜の前を開けて顔を見せてくる兄さんに、私たちは冷たく言葉を浴びせてそっぽを向く。


「敵性勢力に身を寄せて潜り込んでいた者など信用するな。あの家は昔からそうだ。仲間面をしながらいつでも後ろから刺す準備をしている。病気のようなものだから抑制も出来ん。全く、今回も勝手をする言い訳を上手く揃えたものだと笑えてくるぞ」


「最初から最後まで敵だった伯父さんにそこまで言われちゃうと困るなぁ。第一俺は今やルリカの『王冠』だ。裏切りなんてある訳ないだろ」


「己の重要度を高めておいて切るに切れない状態を作り出すのは間諜のよくやる手だ。あの急場で裏切らなかったのだから、いつでも仕留められるから、殺すつもりだったならとっくに、などと阿呆のような理由をあげて死んだ者は歴史を見るまでも無く数え切れん。殺す以上の使い道など幾らでもあることを考えられん白痴の言葉だな」


「分かるかルリカ、要するにこの伯父さんは過保護なんだ。顔洗ったかとか、手拭いもったかとか、歯磨きしろとか、一々確認せずには居られない親と一緒だ。それが子どもの側からすれば鬱陶しいことこの上ないことに気付いてない」


《戻ってきたらなんでそこの人たち悪態付きながら貴女に愛を囁いてるの》


 まるでそんな印象はないんだけど、ひねくれ者にはそう聞こえるらしい。

 実に面倒で放置しておきたいもののそうはいかない。

 今は忙しい時なの。

 私は王。

 どっしり椅子に座って任せるところは任せないといけない人。


 ん、じゃあもうちょっとこのやり取りを愉しんでていいのかな。


《貴女も大概ひねくれ者だと思うけど……私は荷物を降ろしていいのかな》


 各軍勢から完了の狼煙が上がる筈だからそれまで待って。


《平然と押し付けてくる辺り、やっぱり王様だね》


 そうだね。


 やがて、六つの狼煙が上がった。


    ※   ※   ※


   ワイズ=ローエン


 開戦の狼煙があがった。


「さて、果たしてホルノスが主張していたような現象が起きるかどうか」


 我らエルヴィスはティレール北方に陣取っている。

 都市北部に神樹の幹がある為、敵軍勢の密度次第では我々の強襲のみで決着が付く可能性もある。

 軽んじてはいない。味方へ引き込んだとはいえ、あの()()()()と『剣』の術者を相手に二番隊は敗北を喫している。本国から精鋭を送り込んではもらったものの、我が国の戦力から言えば小手調べのような数に過ぎない。

 連合王国であるエルヴィスは元来常に内憂を抱えているから、迂闊な派兵は危険なのもあるが。


「ハイリアが言ってたんだろ。なら気ぃ抜いてるより構えた方がいいだろ」

「あの野郎の言ったこと丸呑みにすんのはムカつくんだよ」


 狂犬二匹を抱える身としては慎重策を選んでいきたいね。


 私としてもハイリアの指示に従うというのは業腹だが、エルヴィスの決定であるのなら是非もない。


「ヨハン=クロスハイト。そしてプレイン=ヒューイット。君たちは遊撃だが、精鋭としての働きを期待されている。再三伝えてきたが、勝手な行動は慎むように」


「あぁ」

「おう」


 返事に誠意が全く感じられない。

 まさしく狂犬だ。


「つーか初っ端一気に決めちまった方が楽だろ。大将首を引っさげて、未だにおねんねしてる野郎の部屋に飾ってやろうぜ」


「プレイン、君の腕は信用しているが、先だって彼からの評価は受け取っているだろう?」


 学園一の『剣』の使い手。長身、長い腕と脚を生かした豪快な戦い方は相手を圧倒し得るものではあるが、強引な振りも多く見極めれば対処は容易い。事実それを鉄甲杯では実践されてしまっている。


「俺ァあの野郎ォの言う事に従うつもりはねーんだよ! 俺にゃ俺のやり方がある。問題点は改善したっつったろうが!」

「我流を貫くのもいいが、その分成長の難易度はあがるってハイリアは言ってたな」

「あの野郎の言葉出してくんじゃねえよヨハン!! 尻尾振りやがってクソが!」


 やかましい犬共をとりあえず無視して私はここからでも十分巨大に見える神樹を見上げた。


 ここへ布陣するまで、目印にさえなったあの樹は、一体どれほど巨大なのだろうか。


 丘の上に築かれた城塞都市としてのティレール。それを広げた根で呑み込むほどに成長する大樹。広げた枝葉は世界の天井と呼ばれても納得してしまいそうで、上の方には雲まで掛かっている。幹の太さはティレールを上回り、道中確認した枝一つでさえちょっとした屋敷ほどの大きさだ。

 もしアレが此度の敵と聞いていなければ畏敬を抱いていたかもしれない。

 たった半年ほどでここまで成長したなど信じられん。少し空気が澄んでいればミッデルハイムからも見て取れたというから、巨大さも分かろうというものだ。


 ハイリアは、あの男は去年の明けよりこの事態を予測し、対処を続けてきたという。

 その彼が居ないことをどう処理すれば良いのか。


 見事勝利してみせ、手柄を彼の前へ放って勝ち誇る。

 悪くない光景だ。

 あの傲慢で大抵のことは平然と乗り越えてしまう男ですら困難と言わしめたこの事態を、我がエルヴィスの力で成し遂げてみせる。おそらくあの男は礼節を謳って平然と礼を述べてくるだろうが、内心では私への畏敬と感謝で溢れているに違いない。


 しかし、少し、少し物足りないとも言える。


 問題なのはこれが彼と轡を並べ得る最後の機会かもしれないという点だ。


 決して、決して共に戦いたいなどと言うつもりも無ければそのような感情は持ち得ないが、彼の目の前で我がエルヴィスの力を見せつける千載一遇の好機を逃すことになる。それが口惜しいのだ。


 あと少し期限が延びていればと思わなくも無い。


 同時に、ここでよかったとも思う。


 何せデュッセンドルフに置いてきた姫様がやる気満々でこの戦いに加わろうとしていたのだ。

 偉大なるエルヴィスの女王陛下、その娘たる者がホルノスの指揮下に入って戦うなどどんな政治的意味が生まれてしまうか、少しは分かってもらいたい。我が国でも独自にフーリア人との交流を持ち始めた時期に、そこと対立していると見られるフィラントとの関係が強いホルノス、そんな繋がりを強化するような行動は慎むべきだ。

 学生という言い訳の立つ私やプレインならともかく、姫様はどうにもならない。

 だからこの場には決して居てはいけない人物なのだ。


 別に、居ると面倒見るのが大変だとか、突拍子も無い発言に頭が痛くなるからとか、なんか最近ホルノスの食文化に触発されて凄まじい料理を開発しているからでは決してないのだ。


 唐突に強風が吹き抜けた。


 今朝から北西側より吹き付けてくる涼しい風だが、身体が煽られることもあり一部の幕は取り外す措置を取っている。

 その為陣内の視線の通りは良く、ちょっとした混乱でも察知が容易くなった。

 通常なら兵と指揮系統は場を異にすべきだが、幸いにも我らは少数、ローエン家やプレインのヒューイット家から派遣されてきた手勢とも呼べる者が主体だ。


 風に腕を翳して神樹を見やる。


 開戦の狼煙はもう上がっている。

 これで何も起きなければ笑いものだが、戦いの予感そのものはある。


 さあ来い。


 エルヴィスの威信を示してやろう。


 そして、風が止んだ。

 突然の空白。風はまたすぐに来る。

 まるで出現する強大な存在に怯えて風が動きを止めているとでも言うように生まれた時間の中、お行儀悪くカタリとカップを置く音が聞こえた。


「ねえプレイン、聖女セイラムと戦う前に一度彼女と紅茶を愉しんでみたいの。女同士ならお菓子と紅茶、そして恋のお話で仲良くなれたりしないかしら」

「やー姫様、相手頭がぶっ壊れてるって話だからどうなんでしょうね。それに教会の奴らが言うにはセイラムは生涯処女だったって言うじゃないですか。恋が上手くいった事無いんじゃないですかね」

「もうプレインは夢が無いわね。ならヨハン、貴方ならセイラムをどうお茶へ誘えばいいと思う?」

「暴れるんなら手足切り落とせばなんとか。あぁでも確か色々面倒な力があるんだよな」


 陣中で優雅にティータイムを愉しむ少女は嘆かわしいとばかりにため息をつく。


「駄目ね。戦いの中でも優雅さを忘れてはいけないわ。そうだ、まずセイラムにプレゼントを贈るの。腕一杯の花束と一緒に招待状を贈ればきっと来てくれるわ。過去の文献を当たってセイラムの好物を用意すればお茶会での成功は間違いないわねっ」


 優雅に立ち上がり、優雅に身を回した少女がこちらを見る。


「あらワイズ、ねえ花束が欲しいの。この近くに花畑でもないかしら? 私の為に探してくださいな」


 呆気に取られている間に背後で何かが起こり、慌てて振り返った。


「あ」


 いつの間にやら神樹が消え去っていて、代わりに出現したのだろうティリアナ=ホークロックの矢が、我がエルヴィス本陣を直撃した。


    ※   ※   ※


   ベイル=ランディバート


 遠目にもエルヴィスの陣をティリアナの矢が直撃したのが分かった。


 激しい風の後、僅かな空白の後に樹の像が歪んだと思ったら冗談みたいに弾け跳んだ。幸いにも飛び散った樹の一部が陣を直撃する事はなかったが、落下した破片からは樹を傷付けると出るとかいう黒い膿が溢れ出した。

 そいつを警戒し、気を取られた直後に王城の屋上辺りから矢が放たれたんだ。


「アイツらは交戦中にでも茶飲んで下手かますと聞いた事はあるが、まさか開戦の報を受けながらも飲んだくれてたんじゃねえだろうな」


 『盾』で防いだなら弾く様が見える筈だが、どうにも矢が陣を、地面を抉って飛ばすような光の動きだったように思う。


 受け入れた勢力の中で、元々の数が多かったのもあり最も脅威度が高いと見られているエルヴィス。

 連中の動きを制限する意味でも頭悪そうな姫が入り込めるよう手配はしたんだが、もしかすると効き過ぎたのかもしれん。

 姫自らが率いる軍勢が協力関係にある国から引き上げる時に悪事を働いた、は流石に風聞が悪すぎるし、姫自身の頭の中も一度話してみて御し易いと思ったんだがな。


「おう副団長や、戦いが始まったというのに何を呆けておるか!」


 構造を再設定していたら筋肉ダルマが騒ぎ出した。


「なんだ団長、号令出すのはアンタだろ。俺ぁいつも通り戦場の調整だ。好きに暴れろよ」

「ふぅむ。敵勢力の様子見にまずは守りに入るという話だったが?」

「それを俺たちが守る意味あんのかよ」

「はは、是非も無し」


 片脚を失い、一時は戦線を離れることも考えられた近衛兵団団長ディラン=ゴッツバックは、豪快に腕を振り上げて叫びを挙げた。


「野郎共!! 久方ぶりの戦場だ!! 命を捨てる用意は出来ているな!!」


 応、と地響きのような叫びが戦場を奮わせる。

 未だ戦いの空気を嗅ぎ取っていない間抜けも居るんだ、始まったんだと思い知らせる必要がある。


 いいぜ、思う存分吠えてろよ。


 人は声を張り上げれば気持ちが昂ぶる。

 大勢で叫んでいれば普段大人しいのだって獣みたいにギラついてくるもんだ。

 喧嘩は知っていても合戦を知らない新兵も今回は多い。心を奮わせ、理性を飛ばし、ただただ走って敵を殺す獣にさせろ。


 殺しは快楽だ。


 切って、射抜いて、ぶっ叩いて、弾いて、ぶち殺せ。

 興奮した新兵にゃ初めて敵を殺した瞬間に股間から白いのをぶちまけるのも居る。


 さあ日常を忘れていこう。

 優しさも大人しさもここには要らない。


 正義を掲げて悪徳に酔いしれよう。


 俺たちは嫌われ者の近衛兵団だ。


「敵は有史より人類を導いてきた英雄たちぞっ! 相手に不足はあるまい! さあ往けよ近衛兵団!! さあ往けよ我ら!! 我らの踏んだ道を辿って時代が来るぞ!!! 後塵を拝せよ全ての武士(もののふ)よ! 我らの屍超えてッ、次代の子らに未来を掴ませようぞ!!」


 眼前、膿より浮かびあがる影のような人型がある。

 そいつは最初十はあり、瞬く間に百に増え、千を越えた。

 湧き出す泉だ。

 膿を少しでも早く潰さなけりゃ、敵の数が増え続けるのがはっきりした。


 対処法なんざ知るか。

 持ち得る手段のすべてを投じて試していくしかない。

 身を削り、命を削り、捨て身の調査無くして先は見えなくなる。



「往けェッ!! 王城にてマグナス殿が我らを待っておるぞォ……!!」



 ティリアナ=ホークロックの矢がこちらにまで降り注いでくる。

 後方は作戦通り『盾』を展開して待ちの姿勢だ。

 奴さんの攻撃も未だ様子見。

 ならこの手はキサマにゃ刺さるんじゃねえのか?


 防御を捨て、攻撃一本の突撃。


 ったく、最初から俺らだけは中央に放りこんどきゃ話は早かったんだ。

 甘ぇこと考えてるから手が鈍る。


 指笛を鳴らした。


 展開する。


 押し寄せる敵を無理矢理押し広げ、中央突破の軍勢が往く。


 狙いは王城。

 そこに陣取るだろうクソ野郎をぶち殺せば、早々に敵から『盾』を奪い取れる。

 臆病者が野晒しに居を構えることはねえ。確実に何かへ寄り添いたがる。先行して潜入してる奴らが生きていれば手引きもある。そう期待はしてねえがな。やりたいって言うから任せただけだ。


 上空、行く先の空でティリアナの放った矢が弾ける。


 膨大な量の魔術光が次々と降り注いで道を塞いでくる。

 まるで海だ。波打つ黄色い光が新しく落下してきた羽を模した魔術光に押し流され、覆い被さってくる。


「進めェ!!」


 ディランが臆さず跳び込んで行く.

 ハイリアの示した手段で兵団の精鋭は大半が上位能力に覚醒してる。無いのは『王冠』くらいだが、『騎士』も『旗剣』も『角笛』も、前とは比較にならないくらい数が揃ってる。


 悪いがそんな風呂には意味がねえ。


 前の戦い、デュッセンドルフじゃたっぷり実験させてもらったからな。


 何よりティリアナてめえ、出てきたばっかで今なら罠の飽和攻撃も仕掛けられねえだろう?


    ※   ※   ※


   ワイズ=ローエン


 素早く反応していたのは二人だった。


 狂犬、ヨハン=クロスハイトとプレイン=ヒューイット。


 二人は飛来する矢へ真っ直ぐ飛び込み、それぞれの武器で以ってティリアナの攻撃を()()()()()


 防御としては不完全だ。割かれようとも膨大な魔術光は飛んできた勢いのまま撒き散らされ、四分された矢は大きく威力を減じながらも地面を吹き飛ばし、被害を齎した。

 だが、致命的ではない。


「姫様を後方へ!! ここは敵の射程圏内だ!!」


 呆けていた兵に指示を飛ばし、被害状況を確認する。

 同時に控えていた武官へ状況確認及び強襲作戦が実行可能か検討させる。


 私もまた見える範囲で警戒し、『騎士』の魔術を発動させた。


 ティリアナの超長距離射撃は厄介だが、上ばかり見ていては足元を掬われる。戦いを決めるのは歩兵だ。目的は敵将であるセイラムの首級だが、話によれば溢れ出す敵勢力を斬減しながら進まなければならない。より有利な地形で、防御陣地による味方の損耗を抑制しながら進攻する。幾らかの仕掛けもある。前進しては付け城を形成していく主城攻め、それがこの戦いの基本形だ。


「駄目ですワイズ様!! 強襲作戦は困難!」

「理由を述べよ!」

「後背より敵勢力が出現!! 敵は想定されていたセイラムの軍勢ではありません!」

「何者だ!! この期に我らエルヴィスを狙うほどの者が何処に居ると!?」


「続報!! 仕留めた敵の衣服を(あらた)めたところ、全員に十字天秤の刺青が! 敵はイルベール教団です!!」


「なにっ!?」


 まさか、ここで、この期を狙って。

 デュッセンドルフでの一件では確かに存在が警戒されていた。

 ハイリアが群集を宥めた時にも息の掛かった者が表に出てきてはいた。


 だがどうやって。


 いや、違う。


「報告を訂正致します! 敵勢力は我が陣内より出現!! 敵は陣内部に入り込んでいます!!」


 デュッセンドルフが敵に制圧された後、我らエルヴィスはホルノスとは別に陣を敷き、避難民も多く受け入れていた。

 後に義勇兵団として名乗りを挙げ、崩壊したデュッセンドルフでの救出活動で活躍した者の中から、また行く先の無い住民をエルヴィスで受け入れる用意があると宣言して人を集めていた。


「あの時か!!」


 今回の編成でも本隊からは切り離されてはいるが、戦う意思ある者は従軍を許している。

 後方に出現したという初報はその為だ。

 切り離したが故に、連中は纏まって我らが後方に配置され、それが開戦と同時に牙を剥いた。


「どうすんだワイズ」


 平坦に問われるヨハンの声に私も少し冷静になるべく間を取った。


 苛立つプレインとは対照的に、意外にも彼は戦場を眺めているだけだ。


「軍議を執り行う! まず後方のイルベール教団はさしたる数ではない! 混乱を引き起こすのが目的の勢力に過ぎないことを念頭に置き、優先順位を間違えるな! しかしっ、現状で直接我らを脅かす勢力であることを考慮し、遊撃の部隊を向かわせて時間稼ぎを行う! 十五分だ! それだけの時間で策をひねり出せ!! 良いか! 血の十五分であることを忘れるな!!」


 叫びながら、叫ぶほどに興奮する己を戒める。


 血の十五分。


 まさしく、味方の血で捻り出される十五分だ。

 即断、即決、それは理想系ではある。だが初手で敵に動きを挫かれた我らが取る行動如何では、他の軍勢にまで影響を及ぼしかねない。

 先を見据えた行動が必要だ。


 従軍侍女らが速やかに荒れた場を整え、椅子を用意する。


 常に準備されている紅茶が振舞われ、武官らが一口飲んだ。


 まだ、多くが興奮状態にある。

 顔を真っ赤にしている者、青褪めている者、カップを震わせて上手く飲めない者。


 良い。


 己を確認することから前進は始まる。


 私も一口付けて眉をあげた。


「美しい。あぁ、この紅茶は実に美しい」


 感嘆と共に息を落とす。

 成程、姫様が持ち込んでくれた王室御用達の茶葉だ。


 二分経過。


「さあ始めよう。我らの進む先を決める軍議を」


 対策はする。

 決して間違いはしない。


 だが、十五分、我らは停滞する。


    ※   ※   ※


   ベイル=ランディバート


 駆け抜けていく中で違和感を覚えた。


「っ、くそ!」


 振り返れば、俺たちに追従してくる戦力がある。


 行軍速度は劣る。だが確実に『盾』の防御を広げながら後方に付け、本来なら俺たちの尻を付いてくる敵がそっちに引き寄せられている。

 こっちの動きを読んだとして、即座にこの動きが出来るのはこの戦場にゃ限られてる。


「クッッッソガキがァ……!!」


 ハイリア御謹製、元一番隊を始め学生らを主力とした義勇兵団だ。


    ※   ※   ※


   ジン=コーリア


 最初俺は、ホルノスの主力部隊に身を置こうと考えていた。

 この戦いで名声を得るのはいいが、今から戦場を共にした方が後々に良いと思ったからだ。名声引っさげたクソガキが偉そうにやってきた、そう思われるより、未だひよこな俺が死に物狂いで戦って信頼を得ていく。多分、ずっと受け入れやすい脚本だと思う。


 だが、ふと思ったんだ。


 今の俺を最も効果的に運用できる場所は何所だ。


 元一番隊だけじゃない、学園生らの中でも俺の名は通ってきた。近衛兵団を指揮したこともあるってのが一番効いてる。なんだかんだいって、天下無双なんて呼ばれる連中には命知らずな馬鹿共にはウケが良い。

 実際、やや遅れて入り込んだ俺を義勇兵団は快く受け入れてくれた。


 そして同時に、同じ戦場に立ってみて、連中の取る行動がなんとなく分かった。


 近衛兵団は有能だ。

 状況を理解しているというより、団員一人一人が好機ってもんを嗅ぎ分けて行動しようとしている。

 指揮が誰であろうと、状況がどんなであろうと、取り得る最も好い突破口へ収束していく。


 あそこまで遣り甲斐があって、遣り甲斐の無い奴らは居ない。


 誰でも良いのかよ。


 なんて思ってるからまだまだ俺は若造なんだろうな。


 俺はまだまだ連中の作法を理解してねえ。


 だが、一度でも戦場を共にしたから分かる。


 あの馬鹿共のやりたいこと。

 それを阻害せず、どうすれば馬鹿を助長してやれるか。


 この戦場で近衛兵団は間違い無く最高の手札だ。


 生憎と制御し辛い暴れ札だが、行動の予測が出来ればそれに合わせた動きを取ることで最大限の力を発揮出来る。


 問題点はある。


 奴らに追従して、奴らを活かす為に動くってことはだ。


 本来奴らが覚悟して受ける筈だった負担の多くを、俺たちで受けなくちゃならねえってこと。


 こっちはひよっこ集団だ。

 幾らか実戦を経験しちゃいるが、歴戦とは程遠い。

 しかも義勇兵という不安定な戦力を安定させる為、俺たちにとって精鋭と呼べる元一番隊を分散させちまってる。


 傷は思ってる以上に深くなる。


 それでも、敵の初手で感じ取った感覚を信じるのなら、この戦い、早々に近衛兵団を消耗すれば勝ち切れない。


「クソガキ言ってんじゃねえぞクソ共が……ッ!! 手綱なんざ握らなくたって乗りこなしてやるよ!!」


 しかし、こっちの動きに気付いたらしい連中が速度を上げた。


「っ……!!」


 追いつけない!!


    ※   ※   ※


   ルリカ=フェルノーブル=クレインハルト


 情報が集まっていく。

 前線での戦いを他所に、呼称『影』と定められた敵固体の分析は予定していた以上の早さで進んでいく。


 まず、それぞれ『剣』『弓』『槍』『盾』の固体が在る事。


 性質は私たちの使う魔術とほぼ同質で、四柱のような傑出した能力は持っていない。


 技量は平均的であるという報あり。

 弱くはないが、腕利きの者ならば十分対処可能。

 ただ、義勇兵など学生ら未熟な者では不安があるとも言われている。


 突出する近衛兵団とは別に、彼らの戦力を一部譲り受けたくり子らの調査部隊が凄い。


 敵の一部を切り離せば消え失せる。

 これは魔術によって武器を手放した時に酷似している。

 切り離すまでは生体に近く、黒という表面の色故に判断は難しいが、毒物にも反応が見られる。

 有効な薬のリストアップ、とりわけ麻薬などの精神へ影響を及ぼす薬に弱い。

 言葉は話さず、こちらの言葉にも反応はしない。

 不意の音にも反応が薄いことから聴覚が無いか、薄いと思われる。

 痛覚は人並み。実験したという話だけど中身は不明。

 服装、装飾品などに偏りはなく、大陸西方に見られるものを着用している。

 衣服などを剥ぎ取れば肉体と同じく消滅する。

 裸に剥いても恥じる様子は無い。

 人間としての感情も聴覚同様に薄いか、存在しない。

 目を潰しても襲ってきたことから、視覚ではなく、魔術的な手法で感知している可能性あり。

 衣服は、燃やせば燃える。

 十分以上気道を塞いでも死ぬ様子はない。継続中。水没させても意味がない可能性。水流により身体を破壊した場合は別。

 切り離さない限り、一定時間で破壊した肉体が元通りになることが判明。個体差あり。検証中。

 眼鏡を付けた固体を確認。

 巨乳も居た。

 男にも大小はある模様。


 と、一度情報確認を止めた。

 きっと張り合って変なことを始めている。

 くり子の苦労が偲ばれるけど、有用な情報も多いから続けて欲しい。頑張って。


 同時に戦場を確認した。


 本部に居るとはいえ、私は指揮を執ってはいない。

 王という立場から口出しは出来るけど、総指揮には引退した征西将軍、副指揮官にはガルタゴの提督を迎えている。

 大筋はそちらで進む。こちらへ来る情報も全てではなく、精査されたものだ。くり子の情報だけはこっちから本部へ送っているから、最後の三行は添削しておこうと思う。


 エルヴィスは最初の攻撃以来沈黙を続け、ガルタゴは防御陣地を活かして順調に敵を迎撃。

 独断専行を続ける近衛兵団と、追従する義勇兵団だけど、徐々に近衛が突出していく。義勇兵団は下がり始めた。


 感情はいい。まだ、いい。目を曇らせない。


 一部、別に独自行動を取る勢力もあるけど、最初から切り離しているから問題にはならない。


「最初に潰すべきは『盾』だな」


 兄さんが図面を眺めながら言う。

 何度も議論されてきたことだ。確認だろう。そして、突出する近衛兵団の目的を示しても居る。


「ティリアナが罠の設置を終える前に『盾』を潰すつもりだろう。それが出来れば想定通りの動きを取り易い」


「理想としては『盾』、『槍』、『弓』、『剣』の順番だね」


 敵の四柱を抑えれば、同時にこちらの対応する属性が使用不可能になる。

 知らず突っ込んでれば大慌てだったろうけど、ティア=ヴィクトールの助言によって対策を練ることが出来た。

 一番手っ取り早かった鍛造武器は、フィラントの不在によって間に合ってないけど、順番を選んでいけるなら十分に対処可能だ。


 とはいえ『盾』は敵最奥部に陣取るのが分かりきっているから、駄目だった場合の順番も幾らか在る。


「次点で『弓』、『剣』、『盾』、『槍』か」


 序盤から最も問題になるだろうティリアナの攻撃を除去することを優先し、敵前衛と遠距離手段を取り除いた上で『盾』と『槍』で戦う。こっちには上位能力の『騎士』が残るから、十分戦える構図の筈だ。


「『盾』が一番面倒なんだよなぁ。『槍』じゃなきゃ突破出来ねぇし、引き篭もってやがるし」

「ヴィレイ=クレアラインがそのまま座に付いているのなら対処はし易い方だけど、『影』それぞれの持つ『盾』だってある」

「問題はそこだ」

「うん」


 入れ替わる可能性がある。


 おそらく、『盾』が入れ替わっても大きな問題にはならない。

 『騎士』の存在はそれだけ大きい。

 『影』が通常の術者と変わらず制約を受けているおかげで、『槍』に対して機動力で勝れる。

 技量や多少の能力拡張は数の暴力で打ち勝てる筈だ。


「元々『槍』の座についてた奴は一時的とはいえこっちに付いた。空席であってくれれば楽だったんだが」


 敵の『影』に『槍』を使う固体がある。


 つまり、


「何が出てくるか。『剣』も『弓』も名の通った術者は数多いが、『槍』は化け物みたいな伝承の残る奴も結構居る。街ひっくり返してくるとまでは言わないし、伝承なんてどこまで本当かも分からないけどな」


「ハイリアの話だと、可能性として強いのは始皇帝アーノルド=ロンヴァルディア。記述通りなら、『槍』の一振りで雲を割ったり海を割ったり、大軍を吹き飛ばしたりした化け物らしいよ。どう思う?」


「月を落としたらしいティリアナが月まで届かないんだから、まあちょいと範囲のでかい『槍』の術者、かねぇ?」


 かくして『槍』の術者出現の報がやってきた。

 対象は予想通り。

 続報によると黒騎士のような大規模打撃はない。


 けれど、敵は軍勢を率いてぶつかって来た。


 単独行動ばかりが目立っていた敵勢力の中に、『影』を率いて有効に運用してくる術者の出現。


 傍観を決め込んでいる元宰相ダリフは哂った。


「これで戦場は軍勢と軍勢の戦いになったな。一手間違えれば致命的な状況を引き起こす危険もある。さて、刻々と激変する戦場でどれだけ冷静さを保てるか、それが最初の勝負所となるだろう」


 くり子の部隊から報告が入る。

 巫女を勝手に運用している近衛からの報だ、こっちの意思を無視して情報を叩き付けてくる。


 十五分以上気道を塞いでも死ぬ様子はない。継続中。





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