表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第五章(上)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

220/261

206

   ※   ※


   ベイル=ランディバート


 自分たちの行動が王やハイリアのやりたいことに則していないことは知っている。

 結局、近衛兵団はどこかで上手くやっていけなかった連中の集まりだ。これが道理と示されて考えを曲げることも、考えを上手く調整して釣り合せることも大嫌いで、苦手で、億劫になる。やっているつもりでも全く想定外の勘違いをされていることも少なくない。


 暴力ってのは楽だ。

 道理を曲げさせることも、足りないものを調達するのにも、暴力を使えば比較的容易に解決出来る。


 相手がこうだと思っている決まり事を破れば無防備な背中を突き刺せる。


 同時に自分たちも危険に晒されることなんざすぐ慣れる。


 卑怯姑息もお手の物。

 味方から嫌われて汚物のように扱われようと、俺たちには団長が居た。


 マグナス=ハーツバース。


 あの馬鹿で阿呆で無茶苦茶で、だが掃き溜めへ転げ落ちてきた俺たちを、その背景がどんなものであったとしても受け入れてきた、あの男が居た。

 俺たちの生涯なんて糞に塗れてやがる。団長でさえそうだ。奴隷貿易を推し進め、反吐が出るようなクソ野郎共に利用され、王という価値感を守り続けた。たった一人の為に、他の何もかもをないがしろにした。そいつは本来、何度ぶち殺されても仕方ないくらいの間違いだろう。

 でも糞の塊だろうと生きてる以上は生きる場所が要る。

 俺も、似たようなもんだ。


 そういう場所にあのお嬢ちゃんを引きずり込もうとしていることに思う所はある。


 だが、まぁ、近衛兵団もいい加減店じまいだからな。


 生き残りたい奴は逃げていい、なんて涙が出るような優しい言葉は無い。

 逃がすもんかと捕まえて、地獄の底へと引きずり込むようにして部隊としての体を整えた。

 既に精鋭なんて呼べるような古参兵は二割と残っちゃいねえ。他は潜入員や工作員、金や物資の調達の為に動かしていた商人もどき。そいつらの使っていたクソ共まで懐へ迎え入れてるような状態だ。


 案外と馬鹿が多いみたいで、大喜びでやってきて、さあ何をすればいい、なんて聞いて来るのまで居る。

 こう言うのもなんだが、世の中がどうなろうと馬鹿ってのは消えないんだろうな。


 とはいえもう限界だ。


 次は無い。


 だから、やっぱり必要なんだ。


 表舞台で戦う連中の影で蠢く、次代の俺たちみたいなのが。


 出来得る限り面倒は見よう。

 引き摺り込む以上、あっちの関係が拗れたらその工作にだって人をやっていい。

 ハイリアの代理人として動き回ったおかげで、こっちの息が掛かった連中にも面通しが出来た。

 王からの信頼も受け、発言は一定の価値を持てるだろう。

 後ろ盾と言い張るにはちょいと汚らしいが、残る財産を預けても良い。


「でもなぁ……」


 はぁ、とため息をついちまう。


 今更になって後悔もある。

 引き摺り込んで罪に塗れさせる罪悪感は無いが、勿体無いとも思っちゃいるんだ。


 内乱を戦い抜く連中の姿を覚えてる。


 命懸けで、必死に、覚悟と自負を以ってあの神父と戦い抜いた時のあいつらは、正直に言って眩しかった。

 俺たちが上手く出来ずに離れていった、不満も苦労も後悔もある場所を、ハイリアという男一人を支えに越えてきた。

 デュッセンドルフに根を張る間諜も居るから、クレアの当時の騒ぎはこっちの耳にも入っていた。ウィンホールド家への影響力が増すだろうと、引き入れる話もあったらしい。無理な介入の挙句に長を死なせたほかの連中だって危うかったと聞く。それ以外はまあ、よく知りやしねえが。


 転げ落ちていった先にマグナスが居た俺たちと。


 転げ落ちる前にハイリアに支えられたアイツら。


 感傷にも値しないただの事実を前に、まだそこに立っていて欲しいと思う部分もある。


「まあ、どちらにせよ上手くやってやるさ」


 嗤い、覚悟を決め直す。


 近衛兵団ってのはそういうモノだ。上手くやる。相手がどうしようが、同じ結果に連れて行く。

 嬢ちゃんが首を横へ振るならそれなりに。縦に振るならそれなりに。


 任せろやい。


《期を逃すぜ。このままお上品に勝利を見逃すつもりか?》


 返答は、即座に来た。


    ※   ※   ※


   クリスティーナ=フロウシア


 《やりましょう。それが私の戦場です》


 逆に、覚悟が決まった。


 ペロスさんの無垢な笑顔を見て、眩しいくらいの輝きをそっと受け止めた。

 この笑顔を曇らせてはいけない。この笑顔の為にこそ、彼女たちを裏切ろうと、そう決めた。


《ただ、念話について私なりの解釈がありますので、一つ策を講じます》


 私が提示した手段に対し、近衛兵団副団長は薄い笑いを返してきた。


《良い判断だ。策を巡らせる時に必要なものとして、相手が自分の言葉に価値を見出すようにするには準備が難しい。今あるものを守ることには賛成だな》

《では、繋げてください》


 息を吸う。

 念話に声は必要無いけど、頭の中が向こうへ丸ごと漏れることはない。

 むしろ、強く言葉にして送ろうとしなければ届かないし、途切れ途切れになってしまうこともある。

 慣れるのには苦労しました……。


 でも疲れても居られない。


《いいぞ》


 はい。


《聞こえていますか》


 応じる声はすぐに来た。


《まさかこちらに繋げて来るとはな》


 私の知るハイリア様より、少しだけ声が低く、掠れた印象のある響きだ。

 まるで何年も砂塵に細かく傷付けられて欠けていったような、でも、だからこそ築き上げられた途方も無い力強さが胸の内を焼いた。


 今まさに最前線で戦う彼へ、私は心を繋げ、言葉を贈る。


《宣戦布告を。本格的に妨害と介入を始めますので、まずは貴方にと思いました》

《必要ない。勝手にするといい。既にしているように》


 ほんの少し苛立ちを感じさせる響きがあった。


 念話はより内側から発せられる声ですから、普通に話すより感情が乗りやすい。


 彼のこれは、対するジェシカ様たちへの侮辱になることが主でしょうか。

 畏怖を覚えるような声音にそんなものが混じると、とても彼らしくて心が軋む。


《彼女たちはどうですか。強いですか。それとも取るに足りませんか。あの決闘の場に居たのはセレーネさんとフィリップさんだけですけど、後輩である彼女たちは私たち以上に可能性の塊ですよ》


 ホルノス出身者に偏る元一番隊より、今のジェシカ様たちは北に南に西に東に、国も民族も問わず友誼を結んでいます。

 まだまだ未熟な所が目に付きますが、私たちの築き上げてきたものを受け継いだ彼女たちは、更に発展・応用した技術を元に戦い始めている。

 いかに彼が経験を積んでいるとしても、予想外の一つや二つは起きている筈。


《長話に付き合うつもりは無い。感想など結果の後で幾らでも付けていける》

《幾度も繰り返す度に、同じようなことをしているのでしょうか》


 頭の中で空いた間を数えながら、呼吸の間を図る。


 この時間にどういうことが起きている?

 どういう判断がある?


 表面的な話題に惑わされず、繋がっていく思考を想像する。


()から聞いているかは知らないが、念話とはラジオに近い。発信側と受信側とで送受のチャンネルを合わせ、相互に発信し合うことで長距離での会話を可能とする。慣れた相手や目視距離なら波の発信先を絞ることで秘匿性はあがるが、複数人となれば大きく拡散する》

《つまり、受信の()()()()()を合わせれば対象外であっても傍受が可能、ということでしょうか》


 冷や汗が流れる。


 完全に予想外だった。


 だとすれば今までの会話すべてが聞かれていたことになる。


 いや、独自に巫女を確保していた近衛兵団が、隠密としての連絡手段に利用していたのだから、拡散、広がっていく形の念話にはなっていない筈。思い込み? そう考えたいだけ? ううん、情報自体が欺瞞である可能性もある。検証は後。大切なのは、この発言によって彼が何を意図しているか。考えすぎであるというのは一事脇へ置き、今の理屈で何が可能になるかを予測しなければいけない。


 拡散する念話。

 思い浮かぶのは、ハイリア様の使っていた魔術だ。


 感情の伝播。凄まじい共感を呼び込む力。ばら撒かれたあの力は、確か地下の祭壇と呼ばれる場所ではその場に居た全ての者に言葉を叩きつけていた……。


「っ……!!」


 送る言葉が乱れる。

 息を吸い、止めて。


《今すぐ念話を解いて!!》


    ※   ※   ※


   アベル=ハイド


 「しっかり立て!!」


 途切れた意識が何とか繋がる。

 彼女の、ジェシカ様の声は二日酔いの朝にだって容赦無く突き刺さるから、きっと気を失った人間すら叩き起こすに違いない。


「…………っ、っ大丈夫です!」


 頭を抑えてなんとか姿勢を整えていく。


 前線は、問題無い。

 念話を受けていなかったジェシカ様なんかはピンピンしている。


 問題はセレーネさんだ。

 彼女も僕と同じく念話を受けていた筈だ。


 近衛兵団の副団長様から声を掛けられた時は心底怯えたけど、話の内容は今の状況を打開するのに好都合で、きっとジェシカ様に知られては拙いことで、この場に居る皆への裏切りだった。


 でも先輩は、裏切って、そこで終わらなかった。


 黒ハイリア様への宣戦布告、その背後で同時並行に僕たちへの情報提供と指示を飛ばし、彼も受けて立ったという状況を示して介入の意味を変えた。

 士気の維持はとても重要だ。僕だって、流石に不正行為を押し付けられるとちょっと怖くなる。考えは最もだし、裏切りと言われたらそうかもしれないとは思う。僕個人の感想よりも、参加している皆には申し訳ない。

 ただ、そうしなければ勝てない自分たちの不甲斐無さを指摘されれば、勝手に始めたことの後ろめたさもあるから従うよ。


 少なくとも、そういう憂いは晴れた。


 相手も納得している。

 僕たちには僕たちの戦場があり、先輩たちには先輩たちの戦場がある。


 言い訳出来れば、それでいいと思えるズルさがある。


 しかし先輩は上手いなぁ。


 今の攻撃……言葉に限らず意識共有すら出来ると言われる念話の使用者に、強烈な意識を叩き付けた結果だろうか。

 大出力の感情と言われるとハイリア様を思い出す。あの方の感情にアテられて、準決勝では失神者まで出たという話だし、同じようなものだろう。


 情報で劣る以上、今みたいな想定外の対処はまだまだあると思う。

 相手にその手段があると予測し、自らが宣戦布告と称して話し掛ければ、ただ無断で僕らと繋げて悪巧みをするよりずっと時間が稼げる。

 両得の策を、おそらくは咄嗟に思いついて、実行に移す。凄い人だなと素直に思う。


 さて、


「ジェシカ様! 左翼から回り込んでいる『機獣』が居ます!!」


「ちっ、グランツ! そっちは任せるぞ!」

「おっす!」


 戦場を再調整しよう。


 あの打撃による本当の狙い、打撃による塹壕の形成、それを活かした回りこみ。


 確かに言われてみれば、範囲の境界線上は地面が盛り上がって見通しが悪い。

 かなり離れた位置にあるからつい警戒から除外してしまっていたけど、確かに戦闘の範囲を規定してはいなかったから、こちらの落ち度でしかない。

 ああいう位置取りが出来たこと、的確に『王冠』の霧を抜けてこちらの前に立ったことを思えば、相互の念話で位置を確認していたか、先輩のような俯瞰の視点をどこかに隠しているか、巫女にあるという周辺の探知を行っているか。


 本気で戦う、と言った通り、色々と策を巡らせてきますね……。


 グランツさんの援護が無くなって、ジェシカ様も押され始めている。

 仮に回り込みを対処出来たとしても、ここを抜かれたら即敗北です。

 発覚しても選択の余地が無い。出来るなら『機獣』一匹に彼を使いたくはないけど、他では真っ向勝負に不安が残る。行動を予測するのではなく、行動を指定してくる。自分の力を正確に把握し、利用法を理解していなければ出来ない方法だ。


「耐えて下さいっ。先輩二人の分隊が旗を取ったらこちらの勝利です!!」


 どうなってる……?

 あの二人は、セレーネさんは、今の衝撃を耐え切れたのか!?


    ※   ※   ※


   フィリップ=ポートマン


 セレーネが急に倒れた。

 敵の攻勢が過ぎ去って、少しの落ち着きを得られた直後だった。


「大丈夫かっ!? っ、そのっ、~~!!」


 後ろから抱きすくめる形になり、不意に胸元へ腕が振れて身が固まりそうになる。そんなことを意識してる場合かとは思うが、自分から彼女に触れたのなんて訓練を除けば数えるほどにも無い。緊張し、なんとか大丈夫な所を受け止めて、そっと地面に横たえる。


 ここで『機獣』に襲われればひとたまりも無かったが、何を考えているのか手を出しては来ない。


 だが、ありがたい。


「そっと……そっとして……安静に」


 頭を打ったりはしていない。

 咄嗟に受け止めて、どこかを捻った様子も無い。

 大丈夫。大丈夫、だ。


 元から怪我なんかをしないようにしてもらえるとは言われているが、好きな人が怪我をするのは辛いものだ。


 意識を失った彼女を見る。

 交戦中ではなかったから自分の武器で傷付いてもいない。

 ただ『剣』の魔術が解かれているから、本格的に意識を失っているんだ。

 どうしてこんなことに。

 『機獣』からの攻撃を受けつつ、俺に「ちょっと待って」と言ってきた。念話だろう。ジェシカ小隊にはフーリア人の子も居て、その連絡を彼女が直接受けていたのは知っている。その途中に何かがあった。


 フーリア人の力についてはよく分かっていないが、ここにあの()()()()が居るということも考えれば何かされたのだろうかとも思う。


 っどうすれば!


 方向も分からず、戦況も分からず、セレーネが意識を失い戦えはしない!


 いやっ、違う、こうなったのなら俺が――――!!


「んっ、んん……フィリップさん」

「目が覚めたのかっ!? 大丈夫か? 無理はするな!?」

「あっち……!!」


 身を起こし、指を差した方向を見た。

 指先は震えている。まだ、倒れた時の辛さが取れていないんじゃないか? 急に意識を失うような事態だ、尋常の事じゃない筈だ。


 セレーネ。


「なんか、ね……魔術、使えない、みたいなの」

「なっ!?」


 掴まれた腕に痛いくらいの力が掛かる。青褪めているのに気付いて背筋が冷えるけど、それ以上の問答を拒絶するように押し退けられた。

 浮いた身体が辛うじて地面を踏み、膝をついて、覗き込もうとした自分を堪える。


「私は足手纏いになる。だから」


 行って、と。

 呟く言葉の色を振り切って。


「……分かった」


 立ち上がる。


 突撃槍を構え、他の何もかもに構わず、一直線に。


「行くぞ! 俺はここだぞっ、付いて来い!!」


 駆ける。


    ※   ※   ※


    ジェシカ=ウィンダーベル


 外野と眼鏡が悪巧みをしているのは承知している。

 どうせやるだろうと思ったし、腹立たしくはあるが、私にとって一番の目的は目の前に居る。


 今はそれだけでいい。

 何より、敵将を前に討ち取れずに居る自分自身の力不足が原因であるという自覚くらいは持っている。


「余裕だなッ!!」


 ソードランスを振るう。

 振り抜くつもりで放った攻撃はあっさりと受け止められて、その向こうで黒の甲冑が難無く押し返し、姿勢を崩した私は三歩、四歩と後退してようやく身構える。


 気に入らない。追撃が出来る場面だった筈だ。敢えて見逃されている事実と、それを許す自分に腹が立つ。


「当然だ」


 兜の中で篭った声が平坦に言ってのける。


「自分に合わない戦い方ばかり身に付ける。器用なお前はある程度まではそれで成長出来るだろう。闘争心も強く、意欲も高い。だが今の、魔術を捨てて戦うお前に剣槍という武器は重過ぎる」


「っ……!! それならば一打の内に仕留めればいいだろう!! 余裕を持たせているつもりなら、次にキサマの喉元へ喰らい付いてやるぞ!」


「魔術を使わないお前は非力な少女に過ぎない。拡張されてきた感覚に身体が付いていっていないだろう? 今のお前は上位能力を扱えるようだが、その状態よりも遥かに弱い。向いていないことには気付いているんじゃないのか」


「それがどうしたァ!!」


 踏み込む、打ち払う、いや、打ち払おうとした攻撃がやはり止められ、強引に押し返されてしまう。


 何度もこうなった。何度も力負けをする。

 強引になにもかもを繰り出しているつもりはない。

 ただ布石となる一打や相手の攻撃を受ける何気無い交叉の一つが、致命的なほど打ち勝てない。


 これまでの経験も、感覚も、一気に崩れ去っていく。


 鍛造槍で戦ったのは初めてじゃない。

 課題であるのは私自身分かっているつもりだ。


「そうだな。ただ、不憫に思っただけだ。無謀なだけの者に率いられた仲間というのが」


 ソードランスを叩き付ける。

 押し込むとするが耐えられ、けれど踏み込んだ分だけ距離は縮まる。


「アレと違って随分と傲慢なようだな。経過の評価などやっている暇があるなら終わらせてみろッ」


「傲慢でなければ全ての人を統べようなどとは考えられんよ」


「それで? 決着を付けずに引っ張る理由はなんだ。お前は何のつもりでこの勝負を受けた」


「本気で戦うと言ったことに嘘はない」


「ならっ」


「あぁ、その俺に本気を出さないお前は何なんだ」


 下がりつつ、払ったソードランスが黒の甲冑に弾かれる。

 強引に、防具を頼りに歩を進めてくる奴に対し、私は間合いの不利を避けて距離を取る。

 弾き、叩き、突き、進攻を押し留める攻撃を繰り出すも、そのどれもが甲冑を突破出来ずにこちらの姿勢が崩れていった。


 盾が、矢が、援護をくれるおかげでなんとか掴まらずに済んでいるという始末。


「私は本気だ」

「ならば、俺のコレも本気だ」


 瞬間的に頭がカッとなるが同時に冷えてもいった。


 こんがらがる。こういうのは眼鏡の担当だ。丸投げしたいが念話が無い。世の中ままならぬものだなと人事のように思いながらソードランスを握り直した。


 この武器は、先端部が剣としての形状を持ちながら、柄の長さから槍としての運用を主としたものだ。打ったサイなどは面白がっていたが、なんとなくで呼び込んでしまった私としてはしっくりくるが、なんか気に入らない、そういう感覚のあるものだった。

 魔術を使わず、『槍』の膂力や速力などに頼れないのだから、別の武器に持ち替える選択肢もあるにはあった。

 だが私は、他の誰とも違うこの武器を使いこなそうと決めた。

 合わないのなら鍛えればいい。

 もっと習熟し、もっと親しみ、構造とやらと運用法とやらを熟知して振るえばハイリアすら上回っていけるものと信じた。


 今の、魔術を使わない状態の先、それを示したアイツを信じるからこそ、私は私の我を押し通す。


 力一杯。


 今はそれでいい。


 とにかく純粋に、あの時の感覚を引き寄せる。


 もっともっとと望み、繋ぐ…………自ら手を伸ばして魔術の先を掴んだ、あの時の感覚を。


「っっっぁあああアアアアア!!!」


 届かせてみせろ。

 掴んでみせろ。


 勝利を、可能性を、望みを、私は――――私はここに居るぞ!!


    ※   ※   ※


   フィリップ=ポートマン


 風を巻き起こし、降りかかる火の粉を払って突き進む。


 突き崩せど突き崩せど目の前に壁が来る。

 突撃槍だけでは突進力を維持出来ず破城槌を用いるようにもなったが、あまりにも分厚くて振り抜くことさえ難しくなってきた。


 突破は出来る、破壊も可能。

 魔術光を放出して踏み込めば、その範囲内に新たな築城は出来ない。

 ただ何故か、俺が突破して最早用済みの筈の後方まで閉じられていくのは妙な圧迫感がある。


「走れ! 走れ!」


 地面を蹴り、


「行け! 行け!」


 必死に自分を奮い立たせて進み続ける。


 もうどれだけ走り続けた? ちゃんと真っ直ぐ進めていけているのか? 通り過ぎて、いや、まるで違う方向に進んじゃいないか? 彼女のことを疑ってはいないが、一度意識を失って、自分の感覚を喪失した上で指し示した方向が間違えていた可能性だってある。不安は尽きない。確信を与えてくれるものはなにもない。どうしようもない俺はすぐ不安に駆られて、でもその不安こそが止まるべき所を教えてくれているのかも知れないのに、不確かな所を怖れて余計なことをする。


「すぅぅぅぅっっっはぁぁぁぁぁ……!!」


 よし、不安も怖さも吐き出した。

 正直手が震えそうになるけど、吐き出せばなんとか持ち直せる。


 セレーネは、俺の不安を聞いてくれる。最近は背中を引っ叩いてきたり、真っ向から止めろと忠告もしてくれる。俺は、なんでもいい。何もかも失って、一人ぼっちで孤独に震えているより、自分を見て何かをしてくれるというだけで安心出来るんだ。


 きもいか。きもいな。セレーネからもたまに言われる。だけど、最初は大きく落ち込んだこの言葉だって、彼女からあっけらかんと、たまに友情を感じさせる表情で言われているとなんてことはなくなってくる。


 俺は彼女を信じる。


 彼女が行けというのなら、その先が崖であっても突っ込んでやる。

 踏み台にされたって構わない。いや、そのまま落ちていくのは怖いから、出来れば助けて欲しいんだが。


 失敗は怖い。

 これだけ大勢の、そしてハイリアの望む先を懸けて戦う中、自分が勝敗を握る立場に居るというのが何よりも怖気付く。

 変われる人が居るのなら是非とも変わって欲しいし、俺は栄光よりも友達が欲しい。


 でも行かなきゃいけない時もある。


 彼の前で、他の皆の前で、大見得を切った。


 出来るか出来ないかより、それをどれだけ真剣に頑張れたかということを求めているんだと。


 なあ今だろ? 頑張るのは今この時だろ?


 結果がどうなるかなんて分からない。

 そこまで俺は頭良くないし、実力だってイマイチだ。

 でも頑張るんだ。

 踏ん張って、進むんだ。


 思った矢先に石に躓いて転んだ。


 『騎士』の状態だったから後ろから押されたみたいに転がって、頭を打って、草を食って、何度も何度も転げまわって、出鱈目に振り回した突撃槍が辛うじて壁をぶち破ってくれて、なんとかぶつからずには済んだ。


「っ~~~ぺぺっ! 草とか土とかくそおっ」


 不細工だ。

 情け無い。


 でも、


「いくぞお!!」


 転んで起き上がるまま自分を蹴り出した。


 皆みたいに魔術を捨てては戦えていない。

 頼りきりで、情け無いとも思うけど、今この一時を抜けて行くには『騎士』の力が必要だ。


 俺の可能性なんかここで止まったっていい。でも他の奴らは、皆は、進んでいける場所に向かって欲しい。


 だから手を伸ばして、前へ、今だけは前へ。


 そして、伸ばした先、眼前に浮かび上がった『騎士』の紋章が、唐突に砕け散った。


『なんか、ね……魔術、使えない、みたいなの』


 まさか、

「俺も!?」

 速力が消える、膂力が、壁を打ち払う武器が、何もかもが、消えていく。


 でも、見えた。


 なぜかは分からないが、俺の魔術が消えたのと同時に『王冠』も消え失せた。

 ほんの少し、数歩先に敵の旗が見えた。


 進め。もう一歩。もう二歩。手を伸ばし、掴め――――その腕へ後方から跳び越えてきた『機獣』が絡みつき、次に腰へ、足へと身体ごとしがみ付いて俺を引き倒した。


「くそっ、もう、もうちょっと……! 邪魔するな!! くそォ!!」


 もがいて、這って、進もうとするのに、『機獣』は離れてくれない。


 お前らは魔術を使って戦えばいいだろう!?

 腕を斬りおとし、足を斬りおとし、胸を突いて俺を仕留めにくればいい!!

 俺は腕を捨て、足を捨て、胸を貫かれようと前へ進んで旗を掴むのに、どうしてしがみついてくるんだよ!!


 重い。

 動かない。

 力が、


「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 手は、どうしたって勝利へ届かなかった。


    ※   ※   ※


   ジェシカ=ウィンダーベル


 『盾』は消えた。『弓』も無い。ついでに『王冠』も消えていたが知ったことじゃない。


 私が振り抜くのはこの一槍。


 魔術の先へ、上位能力などには頼らない。

 私は皆を背負ったつもりなどない。やろうかと呼びかけて、ただ集まっただけの連中だ。負けん気だったり、興味だったり、避難だったり、利益だったり、暇つぶしだったりする。理由を纏める必要などないだろう。なんとなく同じ場所へ集まって、同じようなことを全く違う視点でやる仲間。ばらばらでもそいつは結構面白い。


 だから、私は仲間を背負わない。


 でも勝利は担いたいと、そう思う。


 私が決める。私が勝つ。


 そういう結果で以って、仲間の満足が得られるなら上出来だろう。


 でも届かなかったりするから力を借りる。

 別の視点だろうと、その気が無くても知るか。


 寄越せ。


 私は欲張りだ。


 虚飾ばかりだった自分からほんの少し抜け出しただけですっかり思い上がった。思い上がって、それでいいかと開き直ってもいる。もっと欲しい。もっと私を飾り立て、もっと踏み込む先を示し、煽って見せろ。途方も無く上があり、そいつに向かって走り続けるのが最高に気持ち良いんだと知った。


 乗る奴も居れば乗らない奴も居る。

 どっちでもいい。私は巻き込み、引き連れる。


 もっと、もっと寄越せ。


 力を寄越せ。


「今です!! 踏み込んで!!」


 根拠も無い眼鏡の叫びが聞こえた。

 どうせ私を乗せるためだろう。

 あぁ。

 そういうのは悪くない。

 いや嫌いじゃない。

 いや、大好きだ。


「行くぞハイリア!!」


 踏み込んだ。


 ぶちかませ。


 両手に握る武器をただ真っ直ぐ叩き付ける、幼稚極まりない攻撃だ。

 けれどソレは半ばで光を放ち、色付き、そして、


「見事だ。そして、ここまでだ」


 叩き付ける相手が消失し、背後から短槍が突きつけられる。


 コレが奥の手。


「再配置……いえ、明確――思を以―――き替え―――」


 眼鏡の声が引き千切れるように途切れ、貫かれた私は呆気無く意識を落とした。


    ※   ※   ※


   クリスティーナ=フロウシア


 目が覚めたらすっかり陽が落ちかけていました。


 ぼけーっと見上げていられたのはどれくらいでしたか。


「先輩、起きてますか?」


 後輩からの呼びかけにむくりと身体を起こすと、ようやく周囲の状況が見えてくる。

 勝負は、


「終わった……んですね」

「はい。僕らの負けでした」

「そうですか」


 草を払って起き上がろうと思いましたが、なんとなく気持ちが向かずにまた寝転びました。


 草の上で寝るなんてどれだけぶりでしょうか。

 思えば、ホルノスに入ってからは意外と良い生活をしていたようにも思います。

 デュッセンドルフでは教会の保護を受け、半自活半援助という形で暮らし、より良い将来の働き口を求めて学園へ。


「負けましたか」


 風に乗って思考がどこかへ流れていく。

 そのまま二度寝を決め込みたくもありましたが、なんとか纏めなおしていきましょう。


 私が意識を失っていたのは、おそらく膨大な声……普段受け取っているものを数十倍か数百倍にも増幅したものをぶつけられたせいだ。単純に物凄い大きな声で叫ばれたと考えても、度を越せば意識だって吹き飛ぶし、下手をすれば耳が聞こえなくなるくらいの負傷を抱えることもありうる。

 叫んだ直後にアベルくんとセレーネさんを優先的に外すよう指示を出しましたが、負けたという事は間に合わなかったか、防いで尚も勝ちきれなかったか。


 緊急で考えるべき対処法もありますが、今は頭を使いたくありません。


 もーしんどい。アベルくんまかせた。


「はい、先輩。それで僕らは、セイラムとの戦いが終わるまでの間、彼の指示に従って動くことになりました」


「のぅっ……! 頼れる後輩が持ってかれてしまった……っ」


「そ、そんな先輩っ頼れて素敵で手放したくないくらい大切な後輩だなんて……っ」


 そこまでは言ってないです。

 ともあれ、負けは負け。覚悟もして、その後の調整も含めて考えはある程度纏めています。あの人の懐へ彼らを送り込めると考えれば、立ち回り次第で利益は生み出していける。その為にはまずアベルくんの手綱をしっかり握っておきたいんですけどねぇ。


 視線を向けると眼鏡のややズレた少年が嬉しそうに頬を染めてくれています。


 うんわかりやすい。


 ですけど私にはハイリア様という素敵な主が居るのですっ。私は彼の下僕っ、彼の言われるままに何でもこなすっ、なんかそういう感じの立ち位置でも最近は満足していけそうな気がしています。分相応の諦めって幸せを運びますよね。くやしくなんかないんですからねっ。


「男の手綱握りたきゃ手篭めにするのが早ぇぞ」


「お目覚めですかベイルさん」


「ちっ、頭が痛くて仕方ねえ……、絶対俺に一番キツいのぶちこみやがったなあの野郎」


 隣に転がされていたので私と同じく目を回していたんでしょう。

 あれだけ悪そうにキメておきながらあっさり気絶する様は、なんとなくヨハン先輩との試合で最後ぶった斬られた時を思い出しますね。


「あ~~、まあ、処女と童貞じゃ変な方向に転びかねねえからおススメはしねえがな」


「ここまで最低な発言をここまで悪びれないのも凄いですね」


「いいから上手く手綱掴んどけ。股開かなくてもちょいとはだけて脚とか肩とか晒せば童貞は元気になるもんだ」


「うっふん」

「せ、先輩いきなり何をっ!?」


「な?」

「なんだか本格的に自分が汚れた気がします」


 ともあれ衣服を正しましょう。

 そうじゃないと遠巻きに様子を見つつ我慢してくれていた怖いご主人様がこっちに噛み付いてきそうです。


 でも覚悟を決めた以上は私なりの方法で頑張りましょう。


「アベルくんっ」

「は、はいっ」

「私の為に働いてくれますね?」


 にっこり笑って問い掛けます。


「この先ジェシカ様に誘惑されても我慢して、あっちのハイリア様に肩入れとか同情とかしないで私の思惑通りに動いて情報を流したり、そちらの行動をしっかり掌握した上で私に都合良く動くよう誘導したり、そういう薄汚い仕事も頑張ってやって……くれますね?」


「はいっ、先輩っ」


「すげぇ嬉しそうだなコイツ」

「前から無茶な仕事を投げると喜んでくれたので、そういうことだと思います」


 将来が不安になりそうな様子ですけどお互いご主人様が居る身ですので頑張りましょう。大丈夫です。立場が違えど私は貴方の先輩で、貴方は私の後輩です。


 あぁ、いつか本当に、目的も違えて、争い合うようなこともあるのかも知れません。


 私はハイリア様の元へ留まり、ジェシカ様はそこに固執しなかった。

 どういう結果になれど、最後には戦い合うことになろうと、未来は続いていく。


「手加減はするなよ」

「当然です」


 風が気持ち良い。


 もうしばらくしたら立ち上がりましょう。


 一度ゆっくり目を閉じて、今はただ敗北を味わう。

 次こそはと、悔しさと覚悟を胸に。


 吐息を。


 夢を口ずさむように。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ