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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第五章(上)

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   クリスティーナ=フロウシア


 私は近衛兵団を呼び寄せてなんかいない。

 呼ばないという口約束の通り、ただこの演習場で三時間の準備時間を使っていたに過ぎない。


 敢えて言うなら、こうなる可能性を予想しながら言わなかった。


 黒ハイリア様を監視するなんて当然のこと、近衛兵団ならやっていたでしょうし、ジェシカ様が絡んで勝負を吹っかけ、それに乗ったことは遠巻きにでも知れたことでしょう。後は勝手に付いてきた彼らにもわかりやすいような位置で準備の時間や勝負の時間を口にすれば、それを読み取った彼らが体制を整えることも、予想通りと言えば予想通り。


 まさか副団長自らおでましとは思いませんでしたが。


 多忙を極める今、それでもここへ来る価値があると判断されたのでしょう。

 私が視察を放り出したことも含め、現場はさぞ大変でしょうね。


《せめてもう倍は時間があればな》

《贅沢言わないで下さい。アレ以上待たせようとするとジェシカ様が怒ります》


 ただでさえ彼女と彼の二人の勝負に過ぎなかったものを、こちらの事情に巻き込んでいる。作戦上必要とされる人物を勝手に懸けられているとはいえ、やっぱりこの動きも知られたら大変なことになりそうです。


《バレないように上手くやって下さい》


 心配で言ったのに、返ってきたのはせせら笑いを含んだ言葉でした。


《安心しろ。内部に協力者が居る》

《……どういうことですか》


 いくら近衛兵団と言えどジェシカ様の動きをどうこうした上で情報の封鎖を行うなんて、立ち位置から言ってアベルくんしか居ませんよ。

 彼は間違いなくジェシカ様の側です。近衛兵団の動きを理解して利用こそすれ、利用されることは考え難い。


《まだまだ甘い。クリスティーナ=フロウシア》


 いっそ悪辣さを見せ付けるようにして彼は言う。


《奴だ。敵のハイリア自身がこちらの協力者になる》


 どういう……、


《ガキ共は正々堂々の真っ向勝負だと思っている。実際の動きもその通りだしな。そうやって戦おうとする奴らの意を汲もうとするなら、当然ながら俺たちの監視や横槍を奴自身が無かったものとして見せかけるべく対処してくる。自分たちは正々堂々の勝負をした、その上での勝敗があったと、そう思わせる為にな。そいつは通常の対処をするより遥かに負担が多く、余裕を削ぎ落とすものだ。全く、何もかもを自分一人でやり遂げようとする奴は、その感情の背景が真摯であるほどに御し易くなる》


 胸元をぐっと掴み、背筋が冷えるのを感じながら強く目を閉じた。


 そういうことを、彼にしているのだという事実を噛み締める。


 心根の優しさも、孤独を嫌う寂しがり屋なところも、人を想う心の深さも知っている癖に。


《一つよろしいですか》


《なんだ》


《ルリカ様は巫女の利用を停止するよう通達していた筈です。なぜ、念話が出来ているんでしょうか》


 ため息をつくような、なぜそんなことを聞いてくるのかと言わんばかりの間があり、近衛兵団副団長ベイル=ランディバートは言いました。


《それが何かホルノスに利するのか》


    ※   ※   ※


   セレーネ=ホーエンハイム


 『王冠』を突っ切っていくのは考えていた異常に厄介だった。

 先頭をフィリップさんに任せ、壁そのものは突破していける。

 だけど、相手の攻撃が壁をすり抜けるようにして降りかかるのは正直言って『剣』でも対処が遅れる。


 実際にはすり抜けてなんていない。


 絶妙な間で壁が消えて、攻撃の矢であったり『機獣』そのものだったりが通過すると同時に即壁が出現、こちらへ一打を加えてまたすぐ壁の向こうへ消えて行ってしまう。一つ二つならともかく、間断なく十も二十も攻撃を浴びせられる。『騎士』とはいえ反応に劣るフィリップさんがじわじわと削られていくのを感じながら、彼に頼らざるを得ないのが悔しかった。


 相手は巫女に近い力で相互に連絡を取り合っているって話だ。連携の間は完璧で中々隙を見出していけない。

 空から見ているみたいにこちらを把握され、的確に攻撃を加えてくるのは、同じ巫女にもあった力らしいけど。


「視界を広げるぞ!!」

「お願い!」


 両手に破城槌を生み出したフィリップさんが豪快に腕を振るう。

 『王冠』の城壁を次々粉砕していく彼の足元へ屈んだ私の仕事は、周囲からの攻撃を察知することと、


「あっち!」

「分かった!」


 行き先を決めて、指し示すこと。


 『王冠』完成当初、身を隠していけるかと思ったのが間違いだった。

 曲がりくねった道に誘い込まれて方向感覚が狂い、旗の位置すら見失った。

 なんとか把握しようとしているけど攻撃が絶え間なく続くおかげで余裕が無い。


《大丈夫っすか!? こっちの旗はなんとか守りきれてるっす!》

《道分かんないなんとか出来る!?》


 まだ負けていない。

 吉報は吉報だけど、返答が無いまま時間が進み、


《こっちからだとよく見えないっす!》

《アンタは不思議な力で見えたりしないの? メルトさんは相手をしっかり補足して繋げてるらしいけどっ》

《そんな難しいこと言われても良く分かんないっす。勘とか友情とかでなんとかしてるっす!》


 よぉし役に立たない!!


「ったく! すぐに壁が邪魔に!」


 粉砕しても粉砕しても壁が築かれて思うように進めない。

 フィリップさんも頑張ってくれてるけど、妨害が激しくてどうにも。


 壁の上を通ろうとすればあちこちから矢を貰うし足場が消えるしっ。一度試した時が一番危なかった。思うままに陣地を形成出来るっていうのはこういうことなんだと思い知らされる。


《ちなみに今どんくらい?》


《もう三十分過ぎたっす!》


 残り半分。

 味方が持ちこたえられるか、それとも。


《黒様がこっちにきたっすうぎゃあ!?》


「ちょっとお!?」


 素っ頓狂な悲鳴が上がり念話が途切れた。


 拙い拙いと焦るけど、相変わらず『王冠』は道を塞ぎ続けてる。


 攻撃は来る。妨害は執拗なほど。だけど、あの広範囲打撃が来なかったことを疑問に思うべきだった。


「どうなった!?」


「こっちの陣地に黒様特攻! 巫女がやられて念話不能!」


 だからこそと思考が前へ進む。

 一番厄介な相手が本陣を守っていない。

 戦いたかったという想いはあるけど、旗を取れたらこちらの勝ち。

 同時に、ジェシカたちが守りきれなければ即負けになる。


 側面、そして後背から降りかかった矢を捌き、私は叫んだ。


「フィリップさんは私の盾になって! もう一度位置を確認する!!」


「ま、任せろ!」


 そこどもらないでっ。


 今一歩足りない相棒の尻を蹴っ飛ばし、跳び上がりながら連続破砕を巻き起こす。

 私も同じだ。決まりきった動きなんて取れない。出鱈目に振り回して攻撃を防ぎ、味方の位置を確認する。


 でも、


「方向が」


 分からない。霧が濃い。思った以上に深く誘い込まれていた。


 壁は高く、簡単には昇って来れないくらいなのに。


 見ていられるのは数秒だ。

 同じく城壁へ飛び乗ったフィリップさんが魔術光を広げて囮になってくれているけど、あのままだと拙い。


 どっちだ。


 もっと周辺の景色を確認しておくべきだった。

 『王冠』の可能性が示されたんだから、方向感覚の狂いを前提として、周辺の地形から即座に方角が判断出来ていれば。


 まだ足りない。これでも足りない。足りないことだらけの雑魚が。


 落下を始める自分を噛み締めて、せめてもと矢の来る位置を把握しようとした、その時だ。

 霧の中から真っ赤な煙が上がる。発炎筒だ。手軽に狼煙を上げることの出来る品で、ホルノスでは生産出来ていないから結構貴重品なその一つを持っていたのは、


「グランツくん。やるぅ」


 彼が向かったのはどちらだろうか。


 ジェシカは私に任せると言ってくれた。

 あの少年は機転が効く。だから私のドジを察して旗を取りに行ったとも考えられるけど。


「違うよね」


 ならあの地点が味方本陣!

 向かうべき方向は定まった。あそこが南だから北へっ、北ってどっちだ分からない! 南の反対だけどどっち!?


 着地してそこを狙った矢を捌く。


「どうする!?」


 続けて襲い来る『機獣』をフィリップさんがいなすも、上から降り注いだ矢に肩を射抜かれた。

 飛び込んでくる。三匹。先の一匹を合わせれば一個小隊分。


 いや、後方からも三匹。


 上へ視線を釣られた。その隙を狙った攻勢だ。


 上空で矢の攻撃を捌く為に私の武器はソードブレイカーが二振り。『旗剣』ではあるけれど、あの固さと重量を弾き飛ばすにはどうにも足りない。思った時、こぼれ落ちるように、右手のそれが手を離れた。


「まずは」


 鍛造の小剣を引き抜く。

 霧の中にあって尚も光を讃える研ぎ澄まされた刃に心が焼かれた。


 魔術を、戦いを学ぶ者として単純な興奮があった。

 新しい力、新しい武器、それを試すのに絶好と呼べる機会が目の前にある。

 越えられなければ負けだ。越えられれば、更に一歩進んでいける!


「こいつらをぶっ飛ばすよ!!」


 一匹の進路を連続破砕で逸らし、鍵爪はソードブレイカーで受け止め挟み込み、のこる一匹は振り上げた刃が()()()()()


「上出来過ぎィッ!」


 潜り抜け、鍵爪を受け止めていた一匹を引き寄せ、放つ。柔術から派生した合気とか言われている技術。習得したとは言い難いけど、戦いの中で自分が振り回す力だけじゃなく、相手が振り回す力や重心の流れを読み取るよう意識するだけでも大きく動きが変化した。

 私は魔術による加護が無ければ大きな剣なんて振り回せない。だからの小剣だし、斬りつける時は叩くんじゃなく這わせるって感覚にも馴染み易かった。


 防御はソードブレイカーと連続破砕の二枚。

 攻撃は小剣か、魔術によるトゥーハンデットソードか。


 距離を取り、小剣を向けると『機獣』は警戒して寄ってこない。


 なにせ自慢の固い表皮を切り裂かれたんだから、そりゃあ怖気付いても仕方ないよね。


 でもこっちが待つ必要なんてない。

 踏み込み、ソードブレイカーを振るって牽制の連続破砕。

 勢いに乗って前へ出る。下がった位置へ重ねてもう一振り。

 扇状に広がる攻撃の後ろからついていった。短剣状の短い武器だからこその利点だ。振りが簡易で小回りも効く。


 無理に出てくれば連続破砕の牽制を受け、仮にそれが致命傷にならないとしても隙を晒す。姿勢を崩す。右手の小剣はそれを狙って待ち構えている。こちらの姿勢は低く、身構えて。向かい合う相手の、人とは違う故に読めない動きの気配をざっくり処理する。故に対処も大味だ。


 来た。行く。揺れた身体の隙が、攻撃の勢いが揺らぐ兆候が、はっきり見えた。

 行く。深く。思い切って。


 そして、振り抜いた。


「二匹目っ!」


 続けて即座に三匹目を切り伏せ、私は苦戦するフィリップさんの元へ向かった。


    ※   ※   ※


   アベル=ハイド


 ジェシカ様が物凄く嬉しそうに鍛造槍を担ぎ上げました。

「来たなァ……!!」

 あぁこういう時の彼女の笑みは、本当に眩しい。


「さあやろう。待ち遠しかったぞ!」


 多くの人はこの様子から、彼女を戦闘狂のように称する。だけど違う。ジェシカ様は殺し合いそのものを好んではいない。むしろ血には嫌な顔をするし、人死にが出るような状況だと慎重策を選びたがる。状況判断によって許容するような行動は取るけど、死を前提とした策は選ばない。

 多分、競い合うことや、ただ難関を乗り越えていくのが好きなんだろう。

 手段として魔術戦というものがあるだけで、本質は勝負事ならなんでも、だ。


 実際学園での座学は元から良い方だし、仲間内で予習している時もそれなりに愉しそうだ。

 幾らかの先生がこちらで教鞭を振るってくれているから、学園校舎が無くなっても勉強は続けてこれた。


「ジェシカ様っ、勝負はあくまで旗の取り合いです。勝利の為の布石をお忘れなく!」


「分かりきったことを言うなアベル。勝つのはこちらだ。コイツに首紐でも付けてハイリアの所へ連れて行ってやろう。さぞ喜ぶだろうな」


 ホントにハイリア様が大好きですねぇ。


「今連れて行ってもどうにもなりませんけどね」

「ふんっ、興醒めするようなことを言うな。気分が大事だ、気分が」


 そう言った彼女の見据える先には黒の甲冑に身を包んだ男が居る。

 名はハイリア=ロード=ウィンダーベル。僕たちの知るハイリア様とは別の、セイラムによって召喚され、その頚木から逃れることで今や第三勢力となった方。まともに話したことはない。ただ、先輩からの情報や、遠巻きから見て受ける印象は、ハイリア様とは随分と違う。あの方は驚くほど身分に頓着せず、僕のような者にも優しく接して下さる。

 頓着しないという点ではジェシカ様も同じだけど、彼女は子どもっぽさ故みたいな印象があるから、いずれ距離感を覚えたら変わっていくのかな、なんて不安も少しある。

 今のような関係が延々と続くと思えるほど身分社会は甘くないんだ。

 それだけにハイリア様のソレは重みがある。

 僕は先輩たちを経由する形ではあるけど、彼の優しさを受け取った。


 ベンズさんやペロスさんなんて飛びついて遊んで貰っていたくらいだ。

 グランツさんも言葉は分からないけど、意識的に優遇している気配がある。

 武器を打って献上したサイさんはどこか批判的に見ているようだけど、不快そうではなく、職人気質故の厳しさなのかなとも思う。


「それで、もう始めてもいいんだろうな?」


 おっといけない。

 僕はどうしても思考が長引く。


「はい! まずはこの突破を止めなければ勝ち目はありません!」

「全力で行くぞ!」


 笑う。


「どうぞ。戦線はこちらで支えます!!」


 そして、こちらを見定めていた黒の騎士が動く。


 初手は――――放り投げた石を打撃しての叩きつけ!!


 覆い被さるように打ち付けられた攻撃はこちらの陣容全てを呑み込んでいて、打撃面の引き伸ばしに伴う僅かな間などでは回避の手段がない。

 よし!


「やや減速! そのまま前へ!!」


 大盾を展開する。


 『槍』に対する『盾』。

 無駄な抵抗。


 否。


 否!!


    ※   ※   ※


   クリスティーナ=フロウシア


 黒ハイリア様の繰り出した打撃の加護、それは地面を丸ごとひっくり返すほどの威力を発揮する。

 ですけど、それは正確な情報ではありません。


 既に何度もその様子は観察しています。


 この証言が最初に私の所へやってきたのは近衛兵団。情報の発信源はデュッセンドルフ魔術学園二番隊ワイズ=ローエンと、共闘したというジーク=ノートン。

 確かに広大な範囲に打撃の加護を及ぼすことは脅威ですし、街並みをひっくり返したという話と実際に行われた現場を観察した人の話からも、威力は並の術者では及びもつかないほどのものだと分かります。


 では何故、彼はその広範囲攻撃を連打しないのか。

 加護を発生させるか否かを操作しているというのは決闘の場面でも確証は取れました。不意に触れた時は発生条件を逃してしまい、打撃が生じない。だとしても自分から打ちにいった時は別です。次々打撃を発生させ、容赦無く打ち据えていけば、防御手段の無い最高位の攻撃は敵の全てを粉砕するでしょう。


 この場合考えるべきは二つ。


 連打出来ない理由がある可能性と、性質が露見しない為の温存である可能性。


 前者はまだ情報不足ですが、後者なら予測を立てていける。


 すなわち最初に見せ付けてきた街の一角をひっくり返したという攻撃が、特定条件下だからこそ成し遂げられたものである、という仮説。

 確かに足元に打撃を発生させて、膨れ上がる地面で周囲を押し流した場面は私も見ています。ですが結局、巨大なクレーターが発生するというようなことには至っていません。威力を調整したにしても、衝撃の大半は地面へ吸い込まれ、大きな地揺れを発生させたに留まる。

 最初にジークさんが見たというソレは、小高い丘の上だったといいます。

 こじつけるのなら、斜面に沿わせて発生させることで効率良く打撃の衝撃を伝えたのだとすれば。


 平地に立ち、地面を抉り上げようとしても、膨大な重さを丸ごと吹き飛ばすには力が足りない。


 彼の打撃は与えられた印象ほど強力ではない。


 そういう推測が見えてくる。

 あくまで憶測。

 証明は、ここで得る。


「やりますね、アベルくん」


 彼はあのデュッセンドルフ魔術学園へ主席で入学を果たした秀才であり、ハイリア様との真っ向勝負すらやってみせた子です。

 一番隊で研究されていた力の働きや開発についてのノウハウを吸収し、発展させた彼にとって、これは最高の課題なのでしょう。


 ジェシカ様のことを言ってられないでしょうに。

 今の彼はきっと、彼女以上にこの勝負を愉しんでいる。


 叩き付けられた打撃による粉塵が、打撃面の外側へ勢い良く吹き上がっていく。その後緩やかに広がるのは、面による衝撃が収まったから。


「あれは、ホルノス王のやっていた構造ですね」


 横合いから確認するような声が来る。

 フーリア人の言葉でしたが、そろそろ私も慣れてきましたね。


 サイ=コルシアス。サイくん。


 ハイリア様が赤毛少年、なんて呼び名で親しんでいたエリックさんととても良く似た顔付きの彼は、元から戦闘員ではないので戦いには参加していません。


「はい。三角構造を連ねていくことで荷重に対して強い耐性を得ます。実は一点攻撃を受けるにはさほど強靭ではなくて、構造物の固さを容易く突破してこられると分散もあまりしませんからね。構造全体で衝撃を受け止めるからこその耐性ですよ」


 鍛冶の方ですから、こういうことには興味があるのかもしれませんね。


 アベルくんは数枚の大盾で三角構造を作り、互いに接触させた状態で空中への固定を解除しています。固定すれば盾単体の耐久性でしか受けられませんが、敢えて固定しないことで力を分散していける。


「それだけじゃありませんよね」


 漆黒の目が射抜くように戦場を見ている。

 本来は刀剣を打つという錬鉄の術者でありながら、当然のようにハルバードやジェシカ様のソードランスを打ち上げた彼は、それぞれ異なる形状の武器における最適解を導き出す力に長けているのかも。


 数打ちと卑下することもあるという彼は、けれど、やはり、単純な経験の量で並の打ち手を上回るのでしょう。

 それ故の感覚も、怖ろしく磨き上げられている。


「えぇ。幾ら荷重に強い行動といっても、そもそも『盾』は『槍』の破壊力には勝てません。なにより荷重と打撃は別です。それでも耐え抜いた」


 既に戦いは次の場面へ移り変わっていて、ジェシカ様が切り込んでいる。

 接近戦では上手くいなされているようですが、適宜アベルくんの援護を受ける彼女には有効打を与えられていない。

 巫女の少女は目を回しているものの、『弓』はまだ戦闘続行可能。大弓を構える彼女の攻撃を黒ハイリア様も警戒している様子。罠による援護もやはり大きく効果を上げているようには見える。


「あの攻撃、打撃の加護が放たれる面そのものに接していると、石造りの一軒屋を地面ごと吹き飛ばす威力があるのでしょう。ですがそもそも『槍』による打撃は発動までにほんの僅かな間があり、より有効な攻撃を加えるにはその間にも打撃した対象へ接触させておく必要がある、と言われています」


 これは打撃点から打撃面へと変更された弊害。

 本来なら攻撃対象へ正確に触れさせておける技量を持つ彼が、対象との間を作り、打撃を()()()()()()


 あの決闘でハイリア様の衣服に付いていた留め具を狙って発生させた攻撃手段は、実は思いつきのもので、習熟度はイマイチと考えてもいいのかも知れませんね。


「打撃が浮くと、威力は大きく減衰するそうです。最初は勢い良く飛び出す攻撃も、力を伝えるものが無ければ拡散し、衝撃がいくら強力であっても固体であるものを破壊するには至らない場合も多い」


 爆発物に関しては私たちの所でも多く研究されてきました。

 強力な爆発も、ある程度の固さがあるもので包み、一方向に道を作るとそちらに勢いの大半が抜けていく。

 包んでいれば簡単に破壊できたものでさえ、道があれば破壊し切れない。

 投擲武器として使用する際には火薬を詰めた内部に無数の礫を込め、外装部にも細かく割れやすいよう傷を付けておくことが重要です。爆発の威力ではなく、それを物体に伝えて相手を攻撃する。内乱の折にイルベール教団が用いたマスケット銃と呼ばれるものも、その代表例でしょう。


 詰まる所、衝撃とは極めて分散し易く、非効率的な力の伝達です。


「直接打ち付けるものでないのなら、その衝撃になら『盾』の魔術で耐えられる。ましてや構造を工夫することで耐久性を上げていて、与えられる衝撃は拡散しやすい爆発に近い」


 第一、遠距離から打撃の衝撃をぶつけるだけで『盾』の守りを突破出来るのなら、面である必要すらない。


 『盾』は『槍』の攻撃を防げない。

 けれどそれは、直接打撃を叩き込むからこそ。


    ※   ※   ※


 情報を収集する。

 これまでに考えられていた妥当性のある策の幾つかが証明されていく。

 アベルくんは最前線で戦いながら冷静さを失わず、時に間を空けてでも丁寧に検証と証明を繰り返していきます。


 きっと、彼だけはこの戦いの意味を理解している。


 私のように声を聞かずとも、近衛兵団を始めとした部隊が周囲に展開し、ともすれば横槍を入れてくる可能性すら、分かって行動している。


《もう少し削っちゃくれねえかねぇ。疲弊してる様子も無いんじゃあ、突入させるのもなァ》


《ベイルさん、それってやっぱり私の覚悟を煽るためにやってます?》


 聞いてる時点で仕方ない。

 分かっていても、踏み止まりたがる、私の甘さ。


《んだよ、分かってんなら聞くなよ恥ずいなぁ》


 近衛兵団の副団長は今までの高圧的ですらあった口調を簡単に改め、普段の印象にある飄々とした様子に戻りました。


《ハイリアも陛下も甘ちゃんだからな。俺らが消えた後も締める所は締めていける奴が要るんだよ。自覚あんならさっさと覚悟してみせろよ》


 しているつもりだ。

 でも、どうしても甘さが尾を引く。


 足りないのだと、見せ付けられて尚も苦しい。


《仰る通りです。そして、あの人に優しさを残したのは私です。であれば私が冷徹さを担わなければならない》


《で、分かってるお前はどうするんだ?》


 方法は確かに在る。

 この場からは容易に見て取れる全体像を、アベルくんと、セレーネさんへ伝達すればいい。


 場外からの情報は確実にこの勝負を決定し得る。


 アベルくんなら私への信頼から、セレーネさんは私への怒りと共に、納得はしてくれるという確信がある。


 ベイルさんが敢えて私へ念話を繋げてきたこと、ここへ至るまで繋げたままにしていることを思えば、使えと手渡されているに等しい。

 彼からの情報ではアベルくんが納得してもセレーネさんは動かない。彼女はなんだかんだ仲間内は許す。でも外の相手には冷たい。権力を振り翳す相手には舌を出してきた過去もある。対象をフィリップさんに切り替えても、彼を篭絡出来たとして結局は気付かれる。何より、戦いを受ける受けないの場面で地盤を固めてしまったのは彼だ。上手く行く可能性は低い。結局、ジェシカ小隊から巫女が離脱してしまった以上、伝えられるのは私だけだ。


 でもそれは、ここで真っ向勝負をやり通そうとするすべての人に泥を塗る行為。


 勝てれば対セイラム戦と、そこから続く場でも大きく有利に立てる。

 やるべきだ。やらない理由など無い筈だ。むしろやらなければ、私たちは大切な手札を奪われてしまう。


 ハイリア様ならどうしたでしょう。

 あるいはジークさんなら、迷わず行ったのでしょうか。

 アリエス様は、リースさんは、ジンさん、皆……。


 ここに居るのは私だ。


 ここに居るからこそ決めなければならない。


 覚悟を。決定的に汚れるこの期を、逃してはいけない。もう残り僅かな時間の中で、こんな機会はもう無い。ある意味で近衛兵団が容易してくれたこの場、迷いを残したまま越えてしまえば、決戦でも同じ逡巡を繰り返す。


 私は――――。


「ねえお姉ちゃん」


 ふと、袖を引っ張られた。

 間を外されたといえばそうなのでしょう。

 ですが、見えた表情には何の裏もなく、ただ純粋に、嬉しそうで。


「皆、頑張ってるね。お姉ちゃんの教えてくれた通り、頑張ってるねっ」


 ペロス=リコットが太陽みたいに笑っていた。





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