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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第五章(上)

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203


   クリスティーナ=フロウシア


 ジェシカ様と()()()()様の勝負。

 戦いの術を知る機会と思い、飛びついてはみたものの、一つ大きな疑問が残りました。


 セレーネさんが言うところの黒様。彼は誰にも頼らず自分一人で何事をも成し遂げようとしていた筈だ。その思考の根を全て知れた訳ではないけど、積み上げた犠牲に強烈な後悔を抱えて、掛かる危険ごとすべてを自分が背負うことで結果の揺らぎと辛苦を打ち消そうとしていたと、そう考えている。


 なら彼にとってこの勝負には何の意味があるんだろう。


 私たちを敵と見て、また情を向けずには居られない優しい人。

 そこは変わらない筈なのに、私の知るハイリア様とは違う冷たい壁が伸ばす手を躊躇わせる。

 怯えるなと思っても、彼にとって私たちが心の弱みであると同時に、私たちにとっても彼の存在にはどうしても弱さを曝け出してしまう。


 駄目だ。駄目だ。甘えているから揺らいでしまう。

 越えられないと諦めてしまった私が尚も立ち向かえる、数少ない挑戦なんだから。


「幾らか条件を付けよう」


 演習場へ辿り着いてすぐに、待ち構えていたように彼が言い出しました。


「戦いはフラッグゲーム。両陣地に設置した旗を奪うか、相手戦力を全滅させた側の勝利というのはどうだ」

「ほう、一騎打ちではなく、本物の演習にするつもりか?」

「手駒は十分にあるだろう」


 ぐっと歯を噛む。

 ミッデルハイムで言われていたら意地でも戦力を集めたのに。


 なのにジェシカ様は愉しげに了承し、フラッグゲームへの質問を重ねている。


「面白そうではあるが、真っ向勝負でないのはつまらんな」

「実戦ではよくある構図だ。相手の排除は所詮戦術に過ぎない。戦略目的の達成こそが戦いの本質で、そこへ至るまでの手を成し遂げていくのは真っ向勝負では得られないものがある。それだけの人数を引き連れているのなら、君も将たる己を考え始めている筈だろう?」


 おまけに乗せるのが上手い。


 やっぱり、確実にジェシカ様と面識があるんだ。

 彼女の気質を理解し、好と思うものを次々提示していく。

 アベルくんも気付いているようだけど、大方針が二人の勝負である以上は気持ちを乗せられること事態は抑えるべきじゃない。下手なことを言って今の集団戦から弾かれてしまえば制御の手すら離れてしまう。


 彼は眼鏡のツルを指で押し上げてこちらを見た。

 最悪の場合は意図的に負けることも考えた上で勝負を受ける。フラッグゲームという性質上、個々の武勇よりも全体の動きが重要になるんだから、『騎士』であるジェシカ様より『盾』のアベル君の方が実際には主導権を握れる筈だ。


「それで? こちらには戦力がある。だがお前はどうだ?」


()に協力してもらう」


 ()()()()様が足元へ目を向ける。

 そこには犬のように足へ身を寄せて丸まる『機獣』(ジルード)の姿があり、彼の意識が向いた途端に尻尾をびたんびたんと地面に打ちつけて鼻先を擦りつけた。思ったより尻尾の力が強くて大きな音がする。犬っぽいけど犬じゃない。いえ、『槍』の魔術を使うのも確認しているので油断出来る相手じゃないのは間違いないんですけど……。


「一匹だけか」

「数はそちらに合わせる」


 伝令を走らせる、という感じではないですよね。


 いえ、そもそも魔術の本質である『繋ぐ』ことを自在に行っているのであれば、巫女のような念話だって可能でしょう。


 これまで拒絶されてきたことで確証を得られなかったことに次々と裏付けが取れていく。少し、いいえ、かなり高揚している自分を感じる。だからこそ冷静に、裏を考えなければいけないと言い聞かせる。彼は明らかに私の存在を意識しているのだから、思わせぶりな発言で誤認を誘うことは十分に考えられた。


 アベルくんは戦いの中でジェシカ様を制御しなければいけない。

 私も参加して直近で見てみたいけど、足手纏いになるのが分かりきっているから、やっぱり外から見ているべき。

 だから外で起き得る裏には私が対処しなければ。


 相手側は()()()()様と『機獣』(ジルード)たち。

 ジェシカ様の側には元々同行していたアベルくん、ベンズくんとペロスさん、グランツくんにサイくん、そして合流したセレーネさんとフィリップさん。面識の無い何人かは訓練仲間でしょうか……エルヴィスやガルタゴや東方のダクアなど、幅広い人脈を元にあちこちで勝負を仕掛けているという話でしたけど、本当に色んな顔ぶれが揃っています。


 概ね確認を終えて、観覧用の高台から移動を始めようという時に、またしても()()()()様が提案をしてきました。


「最後に一つ条件を付けよう」

「後から出してくるな面倒くさい」


 正直過ぎるジェシカ様ですけど、何ら気にした様子もなく彼は、


「俺が本気を出すか、手加減をするか、だ」

「本気でやれ。ふざけているのか」


「本気を出す条件は、そちらが敗北した際、そちらに参加した戦力全て俺の軍門に下ってもらう」


    ※   ※   ※


「駄目です!!」

「ジェシカ様!!」


 二つの声が重なった。

 私と、アベルくんだ。


 こんな条件を呑んではいけない。なのに、彼女は私たちの訴えに眉すら動かさず応じました。


「ははっ! いいだろう! だがそれならこっちも条件をつけるぞ」

「好きにしろ」

「駄目ですっ、乗ってはいけません!」

 アベルくんが止めるけど……これは駄目そうだ。

「そちらと同条件だ。こちらが勝てば、私の軍門へ下れ。私は細かい所を気にしないが……そうだな、こっちの眼鏡とそこのくりくり頭の言う通りに動いてもらう」

「構わない」

「なら成立だ」


 強引に話を進める二人の前へアベルくんが出て行こうとするけど思い留まる。うん、貴方は戦いの制御があるから、ここは私の役目。私なら、最悪彼女に嫌われてしまっても構わないし、私を切り離すことで全体の構造を保てる。


 二人の間へ立ち、ジェシカ様を見上げます。


 挑戦的な目がこちらを見て、何を言うつもりなのかと待ち構えている。


 元から制御の難しい人だとは思っていましたが、ハイリア様の手綱が外れたことでここまで暴走するなんて……。

 前団長の居なくなった近衛兵団と良い勝負です。だけどコレは、


「実力不足です。貴女や、貴女たちでは彼には勝てません」


 実力が伴っていて、結果を出せる彼らの無茶と、まだまだ成長途中の彼女では前提が違う。

 勝てない勝負に彼女を、ましてやグランツくんやセレーネさんまで懸けられてしまうのは後に影響が出てしまう。

 短時間とはいえほぼ単独でティリアナを抑えたグランツくん、急成長を見せるセレーネさん、この二人は敵四柱戦における主戦力に数えられているんですから。


 焦る私にジェシカ様はもっと無いのかとばかりに見てくる。


 確かに勝負はフラッグゲーム。直接彼を倒さずとも策次第で勝ちが見えるのかもしれない。勝てれば、大きな前進になる。彼が条件を守るかどうかは別として、これまで戦力外として考えざるを得なかった強力な切り札を私たちは握ることになる。対セイラム戦で勝負を懸ける瞬間に盤上から排除しておけば、それだけで勝利は決まる。フーリア人がどうとかじゃなく、この勝利一つで巨大な障害が消えると考えるなら確かにやる意味はある……けど、これは彼の側から言い出した勝負だ。想像もつかない策を持っている可能性は十分、いいえ、確実にある。


「すまない。いい、だろうか」


 不意に質の違う声があがった。

 手を挙げて人だかりから顔を出したのは、ひょろりとした体躯の人だ。


 フィリップさん。


 あまり面識はありませんが、ハイリア様が新規に結成した小隊に属していて、最近ではセレーネさんにくっついてあちこちで特訓をしているとは聞いていますが。


 彼は一度()()()()様を見て、気弱そうに目を逸らし、こちらへ向いた。


 結果よりも、まずは過程の中で頑張りたいと訴えていた彼は、私にすら気圧されたように目元を震わせながら、それでも、言った。


「君は、参加しないのか?」


「え……?」


 論点が一気に飛んだ。

 戦う、戦わないを話しているのに、私の参加なんてどうでも、


「だって、もう、無いかもしれないぞ……? 確かに同一人物ではない、んだろうけど、でも、あのハイリアでも勝ち切れなかった相手が、同じだけの礼を以って俺たちと戦ってくれるって言って、いるんだよな?」


 手が震えた。

 握って、誤魔化す。


「俺は、訓練じゃ何度も相手をしてもらったが、同じ部隊だったから戦う機会はなかった。ジェシカもそうだ。セレーネだって、そうだ。同じじゃない。別の人だ。別の人だが、彼は、やっぱりどこか同じなんだと俺でも思う」


「……ですけど、冷静に実力を推し量った時、その上で受ける条件としてはあまりにも不平等です」


「はは、確かにそうだな。俺も勝てるとは思ってない。正直、条件を聞いた時はびびった」


「ならどうして」


「挑戦したいからだ」


 手を組んだ。

 腰元で繋ぎ合せた両手の指が留まり所を見出せず動き続ける。


「アイツはきっと、俺と本気で戦うことは無いんだと思う。誠心誠意戦い抜こうとしてくれるだろうが、やっぱりアイツは自分に余裕があるとこちらを引き上げようとか考え出すんだ。準決勝で戦ったヨハンのように余裕を削ぎ落とせるだけの実力が俺にはない。非難したいんじゃ、ないんだが。俺は本当の本当に、本気で戦うハイリアと向かい合ってみたいって……あの準決勝の後に、あるいはアイツが倒れたあの日に、多分、思ったんだ。実力も無い癖にって思うんだけどな、俺は最後まで本気で戦い抜けたあの二人が羨ましい。夢に見るほど憧れた。だから、君も――――」

「てや」

「ぎょわぁっ!?」


 続けようとしたフィリップさんのわき腹をセレーネさんが突いた。両サイドから。


 そして、眉を落としてこちらを見て、


「ごめん」

「……いえ」

「フィリップさんは言いすぎ!!」

「っ、すまん!! ぁああ、俺、俺っ!」


 自己嫌悪に膝から崩れる彼を見てちょっとだけ余裕が出来ました。

 息を吸って、ゆっくり吐く。


「わかりました。わかりましたよ、もう。好きにして下さい」

「あ、あぁ……だが」

「私は参加しません。代理人としてやるべきこともありますので、負けると分かっている勝負に乗ることは出来ません。役目があるんですから仕方無いじゃないですか。誰か代わりでもしてくれるんですか? 溜まった書類の処理は誰か出来ます? 現状把握からですけど残り時間が無いので急がないといけませんよ? 最前線に立つ方を嘲るつもりはありませんけど、事前の準備や最中の調整がどれだけ大変か分かってますか?」


 吐ききれなかった分は毒として撒き散らし、この勝負を受け入れているお馬鹿さんたちを気持ちよく罵りました。


「精々彼の戦術を引き出してください。皆さんが居なくなってもおつりが来るくらい。私は悠々と情報を持ち帰って分析へ回しますのでどうぞご自由に。あと折角軍門へ下るんですから内部からの情報も期待してます。自分勝手の責任はちゃんと取って貰いますからねっ」


 ふーすっきり!


 ジェシカ様だけ勝つ気満々らしく物凄く不満そうですけど今はどうでもいい。


 好機は好機です。万が一にでも勝てれば幾らでも謝ります。それでなくとも貴重な情報が手に入る。発生した負担についてはなんとかしてみせましょう。そういう覚悟が出来ました。


「そしてアナタ!!」


 私は勢い任せに黒ハイリア様へ手の平を向け、えぇ、もう黒ハイリア様でいいでしょう。

 物凄く黒い。色々分かった上で私たちを転がしてくる。策謀を愉しまないとは言ってましたが、やらないとは言ってません。


 一人で全てを背負い抜くと決めた彼が友軍を求めた、という最大の矛盾についても、未だ見えていないものがある。


「開始は今から三時間後。そして勝負は三十分とし、時間を過ぎれば引き分けとして双方の条件を破棄するものとします。いいですね」

「開始時間は一時間後。勝負は二時間だ」

 ここまで片道一時間弱、援軍を呼ぶ時間がない。

 いや、無闇に傷を広げるより、今の戦力で行った方が。

 そもそもこの顔ぶれだからこそ受けた勝負です。下手に弄ろうとすれば話自体が流れてしまう。

「増員は嫌だ、ということでしょうか」

 確認はする。嘘を吐かれたとしても、反応から予測は出来る。

「一時間だ」

 はぐらかした。

 もしかすると、今居るジェシカ様の陣営に欲しい人材が居るのかも知れない。

「では」


 と、思考を区切った。

 それは後からでも考えられる。

 今見るべきは別。


「戦う人員は今居る人のみ。ですので三時間。勝負の時間は一時間でいかがでしょうか?」


 四人一小隊、それが四つで中隊規模。

 フラッグゲームとはいえ、これだけの規模で三十分しかないのでは引き分けは必死です。

 一時間くらいが妥当というもの。二時間は、正直言って多すぎるし、守る側に有利な消耗戦になりそうですから。


「それと、あくまで殺し合いではありませんから、参加者全てが負傷や意識不明などにならないと、考えてもいいんですよね?」


 挑発的に言ってみると、彼は常の冷静な表情からほんの少し口元を緩め、


「いいだろう」


 笑ってみせた。


 その笑みが持つものを、私は見抜けるだろうか。


    ※   ※   ※


 両者が南北へ別れて自陣営へ付いた後、ジェシカ様が不満そうに言いました。


「無駄に三時間も待たせるな、面倒くさい」


「足りないくらいです!」

「そうですっ、やる事は山ほどありますよ!」


 私に続いてアベルくんが食いついてちょっとだけジェシカ様が身を引きます。が、お構い無しにアベルくんが続けました。


「まずこちらにはフラッグゲームに向けた連携の用意がありません。実戦向けの動きとしての訓練はしてきましたが、こういう状況を限定した試合では思わぬ抜け道や攻略法なんかがある筈です」


 ですがジェシカ様はむすっと、


「戦いに攻略法などないとお前は言ってただろう」


「たしかに! 万能の戦略や戦術なんてありませんっ。ですがそれらは進化し発展するものです! わかりますか? 僕らはなんら経験を持たない限定的な局地戦へと引き込まれているんです。戦術Aに対抗する戦術B、そして戦術Bに対抗する戦術C! そうやって相互に手を出し合って進化していく過程を知る相手に、思いつきだけで対抗するなんて愚の骨頂! 知っていれば即時対応出来たことを、僕らは右往左往しながら策を捻り出していかなければいけないんです! わかりますかっ!?」


「分かったから話を進めろ、時間が無いんだろ」


 見も蓋もない返しをされてアベルくんは勢い良く振るっていた弁舌を引っ込めました。

 眼鏡をくいとあげたのは多分、自分が無駄に言葉を費やしていることに気付いて恥ずかしかったからでしょう。


「死傷者について心配しなくていいのは一番の収穫ですね」

「確かに……先輩のあの機転が無ければ消極的な手に出ざるを得なかったと思います」


 言わずともそうしたかも知れませんが、確証が無い状態では思い切った行動は取りにくい。

 言質のみとはいえ、信頼は出来る。どちらにせよ奪われる戦力であるなら痛みも少ない。


 決戦まであと僅か。こんな所で負傷を抱えて良いとは誰も思っていなかったでしょう。


「ですけど、今から手を考えるにしても時間が」


 再び眼鏡をくい、としてアベルくんが悩むので、私は再び援護を出しました。


「相手は守備に重きを置く可能性が高いです」

「ほう。くりくり頭、話せ」

「私、ハイリア様の部下ですので」


 遠回しに命令するなと言うと、少しばかり驚いたようにジェシカ様が眉を上げました。

 ウィンダーベル家における彼女の立場が変わりつつあると言っても、本人が公然と関係ないと言っている上に東方へ帰ると決めているんです、そちらに配慮する必要は無いでしょう。となれば今の彼女はホルノスにおける留学生でしかない。他国で爵位を持つとはいえホルノスとの関係は薄く、扱いは下にあります。

 ハイリア様は侯爵位を失っているとはいえ騎士候を持ち、王の覚えめでたい出世頭です。その代理人として行動する私をやや格下にするとしても、事実上の立ち位置はこちらが上であるべき、というのがホルノスとしては妥当な判断でしょう。ウィンダーベル家の当主オラント様が王の保護下にあることを踏まえてもそうです。


 とはいえ、無駄な位置調整をする時間は惜しいので、こちらに任せる様子の彼女の部下だか婚約者だかになりつつあるアベルくんへ視線を向けました。


「お願いします、先輩」

 素直でいいですね。

「では改めて。あの黒ハイリア様が守備偏向だと判断したのは、先の会話がまず一つ」


 指を立てて周囲を観察します。

 真面目に聞こうとしている者、既に気もそぞろな者、緊張して身構えている者、それをアベルくんが見ているのを確認しつつ、続けました。


「三十分と区切ったこちらに対し、二時間を提示した。まず確認されている彼の力ですが、大規模な打撃の加護があります。もし力押しで来るのであれば、三十分という時間すら必要ありません。勝負の時間を受ける変わりに準備時間を削ったでしょう。少なくとも三十分で勝負を決めきれない。速攻という形で詰めるより、確実な手段を持っている」


 攻めより守りが有利というのは基本中の基本です。

 個人戦ならともかく、集団戦では多少の傷は許容範囲。

 攻撃を受けた時の傷よりも、動くことで晒す隙の方がずっと重い。

 陣形というのはそもそも相手の突出を圧殺することを考慮して組まれていますし、受け止めるために最適な形です。

 攻めは自分から動かなければ始まらない。遠距離攻撃という手段があるにせよ、万全の形を崩し、守る側へ合わせて変化する。その変化は隙であり、誘いの可能性を孕みつつもやはり動くことの欠点を埋める手段です。


「他にも理由はありますが、準備時間が不足している以上、半端に手数を増やすより懸けに出た方がいいでしょう」


 相手は初手守りに入る。

 そういう前提で陣を組み、策を練り、連携を確認する。


 先については憶測と予測が入りますが、万全を取らず手段を絞る。そこまでやらないと届かないと、はっきり分かるのです。だからこそこの考えを読み、安易な手を潰す攻略法を隠し持っていると思うのですが。


「決めるのはそちらです。私はハイリア様の部下ですから」


 同じ言葉で、今度は相手を尊重した。

 受け取ってくれたアベルくんが頷きを見せ、ジェシカ様へ二つ三つ確認を取る。


「いいだろう。ちんたら守るより攻める方が性に合っている」


「あの人が選択する守りです。勢い任せにぶつかれば致命的になると心得た方がいいですよ」


「承知している」


 いいでしょう。


「アベルくん、何かあったら今の内に。ここから先は任せますから、確実に通したい意見があれば援護しますよ」


「はい」


 と、全く予想もしていなかった方向から声が上がりました。

 フィリップさんではありません。彼は今、セレーネさんと別に作戦会議中。


 この可愛らしい声をあげたのは。


「私も見学してていい? ですか?」


 ペロス=リコット、ガルタゴの提督の血を引く末娘。

 予想外過ぎる発言者と内容に私はジェシカ様を見ましたが、彼女はあっさりと頷きました。


「好きにしろ」

「はいっ」


 多分、私の知らない部分での事があるんでしょう。


 ペロスさんはとてとてと私の所までやってきて、向かい合い、なぜかぐるっと円を描いて後ろへ回り込みました。

 背後を取られる私。いいえ、何もされてませんけどどうしたものか。


「先輩、ペロスさんをよろしくお願いします」

「わかりました」


 後輩から笑顔で頼まれては引き受けるしかありませんね。


 では本格的に事が手を離れそうなので、私は一歩引くことにしましょう。

 知恵というか、分析が必要なら応じますけど、創造という部分で私はアベルくんに及びません。すべてを机上で行うからでしょう。踏み込んでみたつもりの策はがたがたで、現場の力に頼らざるを得なくなります。


 前線で戦う能力を持った彼だからこそ、現実的で、創造的な策を練っていける筈。

 悔しいですけど、私の戦場は別にあると自覚しましたから。


 ついフィリップさんへ視線を向けてしまい、悔しさを笑みで誤魔化していた私に、ジェシカ様が不機嫌そうに言いました。


「悪巧みは他所でやってくれ」

「おや失礼な。今のは皆さんを応援する気持ちですよ」


 にっこり笑ってみせると手を振って背を向けられてしまった。


 私くらいの孫娘を持つ方々なんかはころっと騙されてくれる笑顔だったんですけど、流石に年下へは効果薄いですか。


「分かったから腹芸に私を巻き込むな。アイツも、お前も、先ばかり見過ぎるから今が疎かになるんじゃないのか」


 その、痛いくらい的確な指摘に、私はなんとか笑みを維持して距離を置きました。


 立場を得れば思うままに動けなくなる。

 今更になってハイリア様の大変さを実感している所です。


 奮い立ち、声をあげ、導いてくれた彼の傍で……あるいは背を向けてでも、尽くすことが出来るのか。


 オラント様に言われた汚れ役としての自分を、使いこなせるようにならなければ。


 クリスティーナ=フロウシア。


 その名は薄汚れても構わない。

 彼の名を輝かせる為の道具となる。


 決意を新たにする私を、背後からじっと見詰めている少女が居る――――





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