02
流れ流れな人生でした。
それなりに面白可笑しく生きてきたとは思います。
なんか流されて部活を始めて、流されて大学も決め、流されて会社が決まって、流されて社畜人生を歩んでいた俺が、どうやらある日、突然ギャルゲーの世界に流されたようです。
流れすぎだろ。
タイトルは『幻影緋弾のカウボーイ』。
ヒロイン数は四人。攻略順固定の魔術バトルが売りな、いわゆる燃えゲーに分類されるゲームである。徐々に明らかとなっていく謎と、タイトル通りにカウボーイじみた完璧超人系主人公が人気を博し、その手のサイトでは上位へ食い込み続けるなど、それなりに有名な作品だ。
あまりその手のゲームをやった経験が無かった俺に、会社の友人が貸してくれたのがこの作品。結論から言うとドハマりした。
あらゆる困難をスパッと解決してくれる主人公は頼りがいがあって物語に不安がない。人気ランキング二位のアリエスを始め、ヒロイン達も非常に魅力的だったと言える。
ただ、俺はこの作品にたった一つの遺恨がある。
それは、四ヒロインの中で唯一人気ランキング上位から外れ、あろうことか男性キャラクターであるハイリアに人気負けして五位となったラストルートのヒロイン――
――フロエ=ノル=アイラの不遇ぶりである。
※ ※ ※
雑踏を切り分けるように馬車が進んでいく。
気付いた者は道の左右に別れて距離を取り、遅れた者は先行する兵に武器を向けられ逃げていく。まさしく貴族様の大天下、封建社会の極みであった。天下の往来を行く人々は当然といった顔で道を空け、不満そうなのは朝から酒を飲んで酔っ払っていた者か、外から来たらしい風体の者達ばかり。
ここは、ウィンダーベル家が所有する領地の中でも最も栄えた交易地。税の軽さと舗装された街道の中心点、加えて内海へと繋がる河川が流れているという最高の立地を武器に、今や飛ぶ鳥を落とす勢いで発展を続けている大都市だ。ゲームではそういう設定だった。
良質の石や粘土が取れることで、街並みは西洋感たっぷりな石造り。細工の見事な鉄看板が軒先を彩っていた。頭を下げる人々の格好は素朴だが、ファンタジー感溢れる仄かな泥臭さが俺の心を浮き立たせた。染めは鮮やかとは言えず、革製のモノが目立つ。
身近なものこそ安価、という流通未発達な時代ならではだ。
さて、いつまでも窓の外を眺めて現実逃避していても仕方がない。
俺は意を決してアリエスへ声を掛けた。
「いい天気だな」
「こんなに明るいと眩しくてどんな女でも魅力的に見えますわね」
ざっくり来るなあ!
俺は何故か同行させられている、すっかり萎縮したメルトに目を向けて、その視線で更に機嫌を悪くしたアリエスが頬をふくらませるのに苦笑した。仕方なくアリエスを見ると顔を背けられる。
どこを見ればいいんだどこを。
「お兄ぃ様がこぉんな奴隷をお気に入りだったなんて意外でしたわぁ~。えぇ、胸は大きいですわね、胸は。私には劣りますけど」
と、全ヒロインでトップの胸囲を持つアリエス様が仰っております。
「甲斐甲斐しくお兄様の傷の手当てを受けておいて、そんなちっぽけな身体を晒すなんて無ぅ礼にも程がありますわぁ? そうでしょう、お兄様?」
お兄様、咳払いしかすることがありません。
「あら、到着したみたいですね」
馬車が止まり、少しして扉が開く。
俺は一番に降りると、次に出てきたアリエスへ手を差し伸べる。俺の手を取って優雅に降り立ったアリエスを見て、遠巻きに眺めていた群衆から感嘆が漏れた。大貴族の令嬢というだけじゃない。アリエスは掛け値なしに美しい。それこそ作り話でもないと絶対に存在しないだろうと言えるくらいに、まさしく作り物じみている。
それから俺はメルトにも手を出そうとした。けど、ブラコン真っ盛りなアリエスは取った俺の手を離さず、あろうことか腕ごと抱き締めて、兵たちが作った道を突っ切って行く。
背後で小さな悲鳴があがり、周囲から笑い声が漏れる。
メルトだ。このお出かけに際し、アリエスから提供された服を着てきた彼女だが、慣れない人間にコルセットやヒールの靴は辛い。男性が馬車から降りる女性に手を差し伸べるのは、なにも様式というだけじゃないんだ。
周囲が助けに入る様子もなかった。
一目見て奴隷階級と分かるメルトの浅黒い肌に、貴族のものらしい服を見て、ちょっとしたお遊びだと思われている。顔を伏せた彼女の元へ向かいたかったが、
「群衆の中で奴隷に手を差し伸べるおつもりですか、お兄様?」
ぼそりとアリエスが呟く。
その口元は優越感に歪んでいて、今更ながらに俺は彼女の性格を思い出した。
ランキング二位ヒロイン、アリエス=フィン=ウィンダーベルは、徹底した階級差別を標榜する大貴族の娘である。当然ながら彼女も階級制度を重んじ、逆らう者には容赦しない。決して悪人ではないし、話の通じないパラノイアでもない。あの老婆のような無意味な虐待はしないものの、分を弁えない人間には徹底した行動を以って身分を知らしめようとする部分があるのだ。
それが、ややもすれば無法者の部類に入るカウボーイ主人公とマッチした結果、数々の衝突を経てデレ期に入る。初期はそれでも身分にこだわろうとするアリエスだが、やはり主人公に惹かれていった彼女のデレっぷりたるや凄まじく、いっそ溶けてる、トロ期、とまで言われるほど。
その甘えぶりに、ランキングで二位という、メインヒロインの次に人気がありながら、その投票コメント欄には「うざい」「うざすぎて」「一周回ってもやっぱりうざかった」「投票しないとどうせうざいから入れといた」「うざかわいい」「トロけて尚うざい」などなど、容赦のないうざがられっぷり。
そう。
兄であるハイリアには幼少期から続くブラコンで、ゲームをオールクリアした俺にとっては慣れたものである、デレ中期に当たる態度だったから忘れていたけど、彼女の性格はすこぶる悪い。
許してやって下さい。
大好きなお兄様を取られて妹は必死なんです。
自分で立ち上がったメルトが顔を伏せながらこちらへやってくる。
アリエスは満足そうにそれを眺めると、俺を引っ張って店の中へと入っていった。
「さ、お兄様、私の新しい服を選んでくださいな。折角ですから、あの女にも一つ恵んであげますわ。怪我の治療をしていてするりと脱げてしまわぬよう、貧相な身体に合ったものを選ぶといいわ」
必死なんです。
※ ※ ※
女の服選びが長いのは、何も現実の話だけじゃないらしい。
貴族御用達の呉服屋さん……でいいのか? が次々と運んでくる服へ、メルトと数人の使用人が着替えさせる。慣れない服で慣れないことをしているせいで、流石にメルトの手付きが危なっかしく、小さなミスをする度に厳しく叱られていた。教えられてもいないことを失敗するなと言うのは理不尽だが、表立って文句も言い辛い。
彼女を連れ込んだという俺の前だから、使用人があからさまなことはしなかったが、そんなメルトを見るアリエスは楽しそうだった。
本来ならこの手の買い物は屋敷へ呼び付けるのが常だ。
出向くのは身分の低い方、とはいえ、今回はアリエスの我が侭で押し掛けている。準備も何もない所へ今から行くからと言われた責任者はさぞ青褪めたことだろうが、商機であるのは確かなので、さっきからとても楽しそうだ。仮にも御用商人、ということか。
専用の個室で俺がしているのは、着替え終わった服への感想だ。適当な言葉を選べばアリエスのメルトへの八つ当たりが酷くなるので、さっきから語彙を総動員して褒めちぎっている。
おかげで当初は手荒く扱っていたメルトへの態度も柔らかくなり、今や手をとって優しく声を掛ける豹変ぶりだ。
この辺り、本質的に社会システムを担う者としての差別はするが、差別意識そのものが無いのは良く分かる。本当に奴隷を蔑んでいるなら、お遊びでも手を触れたりはしない。彼女の場合は自分が上で、他は大抵が下というあっさりとした区分があるだけなのかも知れないが。本編でも彼女とは仲良くやっていたしな。
しかし、そろそろ俺の語彙も底をつく。
ここからはどう切り抜けるべきかと思案している時だった。
外がどうにも騒がしい。
俺は二階の部屋の窓から外を見て、事の原因を悟った。
「イルベール教団の連中ですね」
傍らで店主が苦々しさを滲ませながら言う。
イルベール教団。大陸北西部に絶大な影響力を持つ、言ってみればあの十字教みたいな宗教組織を母体とした、奴隷差別を推進する過激派だ。あまりにも過激な行動でほとんど異端扱いに近い状態でありながら、数多くの貴族が支援している為に根絶されないでいる集団でもある。宗教組織の凋落が叫ばれて久しい今となっては、互いに利用し合っていると取るべきか。
俺の知る歴史で見ても、こういった主義主張に乗っかって好き勝手をする者は結構居た。
戦時の過激な右翼は常に民衆から搾取する。訴えるのは自由だとしても、巻き込むなと言いたくなる。
「表は固めている筈だな」
「はい」
仮にもウィンダーベル家の嫡男と、娘がやってきているのだ。
彼らは表に立つ我が家の旗が見えないんだろうか。
見えていて理解していないのなら、モノを知らないか、意図的にやっているか。どちらにせよ余所者だ。
面倒だな。
一般人が貴族それぞれの家紋を知っているかは別としても、イルベール教団のそれは良く知られている。
十字の左右に測りをぶら下げた、十字天秤。
こうして街中で騒ぐ時は旗を掲げているから尚目立つ。
ほとんどの場合、己の信念というより数多ある貴族の保護を受けているという主張で、すこぶる気分の悪いものだ。
「どうやらこの辺りに居座るつもりのようだな」
「これは……いえ、入り口を閉じましょう」
彼らイルベール教団は、背後に幾つもの貴族が居ることでかなり横暴な振る舞いをする。奴隷制度は国が推進するものでもあるから、反抗すれば王への反逆を謳い、私刑を下そうとする話はゲームの中でも山と聞いた。
階級社会の根強いこの国では、貴族の行動を咎められるのは同格以上の貴族しか居ない。
それ以外は、命を奪われようと、尊厳を奪われようと、黙って過ぎ去るのを待つしかないんだ。
メルトのように。
「いや」
俺は、あいつらが大嫌いだった。
「俺が片付けてくる。アリエスっ、その誇りに掛けて店の者を守ってやれ」
「はいっ、お兄様!」
部屋を出る時、不安そうにするメルトへアリエスが声を掛けていた。
守ると彼女は言った。そうだ。階級制度を肯定するウィンダーベル家は、分を弁えない者へ誅を下す。だがそれは同時に、身の内へ収まる者達を不当に虐げる行為を、決して許さないことも意味している。
うざがられ系ヒロイン、アリエスの性格は確かに悪い。が、その心は誇り高いのだ。
店から現れた俺の姿に群集がざわめく。
ウィンダーベル家の膝元であるこの町の住人であれば、ハイリアの顔くらいは見たことがあるんだろう。だが、イルベール教団の者達は違ったらしい。道行く女を捕まえて奴隷制度の重要性、素晴らしさを『教育』していた彼らは、明らかに敵意を向ける俺をすぐさま取り囲んだ。膝を屈していた女へ行けと示す。まだ手は出されていなかったようで安心した。
遅れて俺を守ろうとした私兵を下がらせ、周辺の確保を優先させる。
彼らはその様子に多少の疑問を覚えたようだったが、所詮はチンケな地方貴族と思ったらしい。
加えて、遠巻きに眺めていた群集の中に目深にフードを被った者達が紛れているのを見て取る。
あちらが本物、こちらは雇われたか利用されただけのチンピラか。
リーダー格らしき男が振り返って彼らに確認を取り、問題無いとの追認を受けたことで勢い付く。
背後に立たせるなら蛇ではなく獅子だろうに。
「貴様ぁ……王への反逆者だなあ?」
「王に逆らうつもりかあ!」
下らない。
「三秒やろう。跪いて許しを乞え。さもなければ報いを受けろ」
激昂する教団員を見ても、俺の心は揺るがなかった。
アリエスの服を寸評していて気付いたことだが、どうにも俺はハイリアとしての記憶も持っているらしい。ゲーム中では語られなかった過去や知識が頭の中に浮かんでくる。そして、ランキング四位に輝いた彼が持つ高潔さもまた、俺の心に宿っていた。
少しだけ自嘲する。
今まで流され続けてきた俺だけど、踏み込んでみればこんなにも容易く世界が変わって見えた。あくまでハイリアが、ウィンダーベル家が積み上げてきたモノを糧としているだけだけど、この心は本物だ。また、俺は感動してもいた。
「時間だ」
さて本物の教団員が何を狙っているかは不明だが、
「ふざけやがってこの野郎! ぶちのめしてやる!」
チンピラたちが一斉に魔術を起動させる。
眼前に浮かぶ紋章は、『弓』『弓』『盾』の三つ。
この世界の魔術は四つの属性がある。
歩兵を意味する『剣』。
弓兵を意味する『弓』。
槍兵を意味する『槍』。
盾兵を意味する『盾』。
これらはじゃんけんのような力関係にあり、
剣 ← 盾
↓ ☓ ↑
弓 → 槍
※ 対角線の属性は拮抗する。
という、明確な得手と苦手が存在する。
彼らのように集団で、特に対角線の属性が揃っていれば、相手がどの属性であろうと常に対等以上の関係が保てる。
そして俺、ハイリアが所有する属性は、
「ははっ、『槍』じゃねえか! 『弓』の敵じゃねえんだよ!」
そう、『槍』だ。
『盾』に継ぐ防御性能と、四属性最強の打撃力を誇る『槍』だが、機動性に劣り、遠距離攻撃と罠の設置・隠匿などに特化した『弓』には敵わない。
だが、
「王に成り代わりーっ、私刑ぇーを執り行うっ!」
「そうか。ならば死ね……!」
『槍』の紋章に、馬が刻み込まれる。
すなわち騎兵、『騎士』の属性へと進化する。
具現化した突撃槍を前に、騎馬の加速を得た俺は瞬く間に『弓』の術者二人を貫いた。その凄まじい衝撃は余波を生み、青い光は風のように吹いて消えた。
『騎士』が持つ魔術光は、青だ。
「じょ、上位能力者!? しかもっ、『騎士』の紋章!? まさかアンタは……いやっ、アナタ様は!」
残された『盾』の術者が狼狽えて後ずさる。
だが遅い。大盾を構えた兵士がそう容易く動けないように、四属性で最低の機動力である『盾』では、騎兵の突撃から逃れられない。ましてや『槍』の一撃は、最硬を誇る『盾』の防御を唯一正面から貫通出来る。
「ハイリアっ、ハイリア=ロード=ウィンダーベル、っ、様! こ、侯爵家の嫡男様で、ありましたか! これは大変失礼を――」
「もう遅い」
青白い光が俺の進む道を示すように目標点から背後へと流れていく。
まるで巨大な突撃槍の中へ収められたかのような光景。
「対する者によって態度を変える。その程度の思想は、陛下へ捧げるに能わぬ……!」
砕き、貫いた。
過ぎ去る青い風に身を吹かせ、突撃槍を解く。
槍で貫き、突き上げた状態だった相手が、術の解除と共に落下してくるのを受け止めて、そのまま見ていた残りの教団員へ放る。死んではいない。手加減のコツというものをハイリアは知っていた。
後は魔術も使えない雑魚だ。戦意も喪失している。背後で糸を引いていた者達の姿は既に無く、それに気付いた連中は慌てて逃げ出す。
警護の者が気付いて動いていてくれたものの、アリエスや俺を狙ったかのような動きに人手は多く割けない。今から都市を封鎖しても捕えるのは困難だろうな。
やがてあちこちから歓声が上がった。
町の住人たちだけじゃない。旅人風の者や、浅黒い肌の奴隷たちも居る。ふと店の二階を見上げると、アリエスとメルトの顔が見えた。
腕を振り上げる。
それだけで人々は喝采した。
この世界が夢なのか現実なのか、まだ俺にははっきりと分からない。
だけど、一つだけ決まったことがある。
もしこの先もここに居続けられたのなら、俺は――。
※ ※ ※
深夜、薄暗い自室で空を眺めていた俺は、ノックの音を聞いてすぐ許可を出した。
メルトーリカ。俺がメルトと呼ぶフーリア人の少女だ。
「時間通りだな。衛兵はどうした」
「やはり……知っていたのですか」
メルトの手から散った白い光に、予想以上の成果だったと歓喜した。
白い魔術光など、この大陸で言われる四属性にも、現状知られているイレギュラーと呼ばれる異能者にも例がない。
十数年前に発見された新大陸。
かつては大規模な植民と奴隷商売によって、滅亡が囁かれたこともある彼らフーリア人が魔術を扱えることを、この大陸の人間は知らない。魔術の技量が家格さえ越えて評価されるこの国では、魔術の扱えない彼らを殊更蔑む傾向が強い。
だが、彼らは魔術を扱えないんじゃない。
確かめるためにも、メルトを呼んでおきながら、俺は一部の衛兵に誰も通すなと指示を出した。一方で奴隷区画の鍵を開けさせ、物理的には通れるようにしてある。ちょっとした悪戯というのも言い含めておいたから、危害を加えられることもなかっただろうが。そして彼女には、どうしてもこちらへ来ざるを得ない情報を与えておいた。
「傷の治療をしたとき、首の後ろの三つの刻印を見た。君は巫女だな」
その時初めて、メルトの目に敵意が浮かんだ。
少しだけ悲しくて苦笑する。
「どこでそれを」
ゲームの中で、とは流石に言えないか。
だから更に質問を重ねた。
「カラムトラと連絡を取りたい。君たちフーリア人が、この大陸内に送り込んだ地下組織だ。巫女なら勿論知っているだろう」
「……アナタは、何者なんですか」
「ただの貴族のボンボンだ。少しだけ違うものが混じっているが」
それをメルトは間違って解釈したんだろう、目に見えて敵意が薄れた。まあ間違いでもない。
こちらも元々彼女と争うつもりはない。俺にとって彼女の存在は奇跡にも等しいものだったからだ。
『幻影緋弾のカウボーイ』に、メルトーリカなんてキャラクターは存在しない。設定上は存在するだけなのか、それともこの世界が本物だからなのか、少なくとも彼女が巫女と分かったのは偶然だ。
「何を、なさるつもりなんですか」
「一つ目の段階としては、奴隷解放を」
「それはっ……本気なのですか……?」
王への反逆を意味する言葉に、流石のメルトも目を見張る。
「フーリア人と戦いを続けているこの状態は、俺の目的にとって障害となる。例え王の決定であろうと邪魔なものは邪魔だ」
「お心が、私には測りかねます」
言われ、頭の中に、ある人物が浮かび上がる。
フロエ=ノル=アイラ。メルトと同じフーリア人で、主人公ジーク=ノートンの幼馴染の少女。そして、ゲームを終えたユーザー達から徹底して叩かれた不幸なヒロインでもある。
常に主人公ジークの傍らに居ながら、その実あらゆるルートで敵対してきたイレギュラー能力者だったという事実。それが明かされたラストルートでは今まで以上に敵対し、他のヒロインたちをも苦しめたことが、ユーザーからの不人気を呼んだ。
その上、今まで完璧超人として振る舞ってきたジークが深く思い悩み、いわゆるヘタレ化してしまったこともルートの低評価を招いた。
だが俺は、この『幻影緋弾のカウボーイ』をプレイしていて、彼女こそを救いたいと思った。
敵対していた理由も、全ては主人公であるジークを守るためなのだ。だというのに、彼女は自分のルート以外の全てで陰ながら死亡している。主人公を守る為にだ。だというのに彼女が攻略対象となるラストルートでさえ、ジークが生き残るか、フロエが生き残るかの選択肢しかない。
ふざけるなと叫んだ。
製作者なりの意図があったのは分かる。だがだからといって、物語の全てのパターンでフロエが不幸になり続けるというのは我慢ならなかった。
イルベール教団とのいざこざと、メルトの姿を見ている内に、俺の心は決まった。
「今の長期休みが終わると、俺は学園へ戻る。アリエスも入学してくることになるな」
「はい。そう伺っております」
「そこへ、俺が助けたいと思っているある人物がやってくる」
「助けるために私の、カラムトラの力が必要と? その相手は、フーリア人なのですか?」
話が早くて助かる。
彼女たちが蛮族じゃない証左だな。
「その人物に関しては追って伝える。だが、例え君の同族であろうと他言無用に願いたい」
メルトは迷っているようだった。
もう一手が必要か。
「昼前に言っておいたな」
眼の色が変わった。
「お前たちフーリア人が血まなこになって探している秘宝『ラ・ヴォールの焔』の在り処を知っている」
「どこに……!」
「取引だ。俺に協力しろ。そうすれば教える。奴隷解放にも加担しよう」
沈黙は長かった。
俺にとっても息苦しい時間だ。
協力が得られなければ、俺はこの物語に対するジョーカーを失う。
重要なのは信用か。
たった半日でどれだけ彼女から信じられたか。
「……傷を」
漏れ出るように、
「手当していただいている時のあなたの手は、とても優しくて、暖かかった。私は、本当にただの奴隷です。力も弱く、あなたと戦えば勝てないでしょう。ですから、その……」
「連絡の手段がないか」
「申し訳ありません……っ」
流石に、隠しきれるだけの余裕は無かった。
俺は緊張に貯めていたすべてをため息とし、椅子へ深々と腰掛けた。
一気に振り出しだ。
いや、巫女という、設定上しか存在しなかった人間と接触している意味を見出そう。少なくとも彼女を介せば、普通に俺がカラムトラと接触するより信用を得られるだろう。まだ手が無くなった訳じゃない。
「実はな、父上に話して君を学園へ連れて行くことになっている。俺の世話係としてだがな」
「それは……」
「一緒に来てくれるか? メルト」
「はいっ!」
沈んだメルトの表情に光が差す。
それを見て、お互いに少しだけ救われた気がする。
これで話は終わりだ。
彼女を帰そう。そう思って口を開きかけ、月明かりの中で胸に手を当てたメルトの顔が紅潮しているのに気付いて息を詰めた。
「では、私は……ハイリア様のものと」
「う、うん、そうだよ?」
なんだそのゾクってくる言い回しは……!
「私は、あなたのものです」
「は、はい」
「あなたのものです……」
「はいっ」
ぞわって!
ぞわって!!
やばい!
これ以上は俺の息子が起動する!
いんぱくとらんすになっちゃうよ!
メルトはあからさまに動揺する俺を見て、無邪気に笑った。
出会ってから一日、初めて目にする彼女の笑顔は、やっぱり魅力的だった。
顔を赤くしていた俺は顔を背けるので精一杯だ。かと思っていたら、いつの間にかメルトがすぐ前まで来ていて、足元に膝をついた。
「今朝のお願いは、まだ有効でしょうか」
「えっ!?」
お願いって、アレのこと!?
アレだよね!?
月明かりの中で俺を見上げるメルトの頬は赤かった。
奴隷生活の中で乾いてしまった黒髪の奥、潤んだ瞳は今朝と同じで、俺の心を愛撫した。
そこにやや遅れて、彼女の頭に角が生えているのに気付く。
いや、物理的な話じゃなくて、精神的に。
「メルトさん」
「はい」
「そういう悪戯は、慣れてからやりましょうね」
「……はい」
呼んでおいて試した腹いせか、心理的な距離を詰める為か、元々の性格なのか、今朝の状態からは考えられない程のメンタリティにちょっとお手上げだ。
照れて顔を背ける姿は可愛らしいと思うものの、俺の手に負えるのかと不安にもなってくる。
とその時、ばーん、と部屋の扉が開け放たれた。
「お兄様っ! 今夜は私と一緒に眠……………………………………」
無言、怖っ!
廊下の光を一身に背負ったアリエスの影が俺達へ絡みつき、じぃぃぃぃっと部屋の中の様子を観察してくる。
跪くメルト、正面に立つ俺。それだけなら良かったが、俺は諸手を挙げており、メルトは挑発する時にズラした衣服をそっと直していた。コレはアレだ。アレに見えなくも無い。どっちにしろ年頃の男子が夜中にこっそり女を部屋へ招き入れている時点で言い訳無駄だと気付いた。
もうどうしようもないので、俺は開き直って咳払いをした。
「我が妹よ」
固まっている。爽やかに続けてみた。
「年頃の兄の部屋へ入る時は、ノックを忘れてはいかんぞっ? 気不味い場面に遭遇するからなぁ」
っはっはっは!
さて、では続きといこうかメルト。
などとふざけて考えていた時だった。
「お、お兄様の…………っ、馬鹿ぁぁぁぁぁああああああああああああ!」
アリエスの魔術、『弓』が起動し、机ごと壁をぶち抜いて俺を吹き飛ばした。
妹よ、それは兄の弱点だ。