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   アリエス=フィン=ウィンダーベル


 『弓』の紋章が浮かび上がると同時、黄色い魔術光が羽と舞い散った。

 火・風・霧と、他の属性と比べると『弓』の魔術光はかなり特殊で、四属性の中で唯一、魔術光そのものにもある程度の殺傷力が存在する。

 『剣』と『槍』は守りの力。『盾』は身を隠す力。


 魔術を使い、周囲に羽を散らすその姿は、天使が翼を広げたようにも見える。


 ……それに触れれば傷を受けるだなんて、あのジーク=ノートンに言えば皮肉の一つも帰ってきそうね。

 けど、今彼はここに居ない。

 あのフーリア人の女と一緒に、長引く療養生活を送っている筈。


 何度か様子を見に行って、邪魔してみたりもしたけど、嫌になって行くのもやめてしまった。

 あそこに私の居る場所はない。


 でも、私にはお兄様が居るんだもん。

 そう思っていたらリース=アトラとの一件があって。それどころか、あの月夜にお兄様は……。

 半分の月が輝く海で見た二人の姿は、とても美しくて、胸を打った。

 今までなら悔しさと寂しさと、かまって欲しさで飛び込んでいけたのに、どうしてもあの一時を壊すことが出来なかった。


 思えば彼女、メルトと出会ってからお兄様は変わった。


 あの日、大切な話があるからと呼び出された私の前で、急に夢から覚めたような姿を見せたお兄様。いつもどこか遠くばかり見ていて、たった一人で何もかもを背負って進んでいってしまうから、私はいつだって必死にお兄様を追いかけてきた。

 そうしなければあの人は孤独になってしまう。

 でも、追いかけていると時折ふとこちらを見て足を止めてくれることもあって、それが嬉しくて堪らなかった。だから小さい頃から私はお兄様の背中を見ているのが大好きで、いつも振り向いてくれないかな、なんて思ってる。


 今は少し変わった。

 私には分からない何かを見据えているのは今までと同じ。けど、今その隣にはメルトが居るような気がする。一人でどこへでも行ってしまうお兄様が、彼女と歩調を合わせ、同じ方向を向いている……。


 決して私を見てくれないんじゃない。

 むしろ今まで以上に気にかけて、手を引いてくれるようになった。嬉しくて、もっともっとと際限なく甘えたくなって、お兄様もそれを拒否しないから、ようやく追いつけたんだと思っていた。


 でも、隣に並んだのは私じゃない。


 合同合宿に参加して、距離を取って見たお兄様は、驚くほど周囲に目を配っていた。お兄様からの言葉を貰って、ほとんど全ての参加者が上達したように思う。人と相談する姿も増えて、色んな考え方が交じり合ったことで思いもよらない方法が生み出されもした。


 たった一人で歩んでいると思っていたお兄様の隣にメルトが立って、かと思えば大勢の人がその背中を追いかけているのに気付いた。


 だったら、


 だったら、このままただ追い掛けて埋もれてしまうくらいなら、お兄様とは別のものを見て進む。そうして同じくらい確かな地盤を築き、目が眩むような輝きを放てたなら、きっとどこかで役に立てる時が来る筈。


 あの日から、お屋敷の庭で花を眺めてばかりいた。


 待っているだけでは、しがみついているだけでは、いずれ私はお兄様の視界から消えてしまう。


 だーめっ。


 私は、アリエス=フィン=ウィンダーベルは、これからもずぅぅぅぅっとお兄様の大切な妹なんだから!

 その為なら、いくらだって見栄を張ってみせる!

 お兄様が、私が欲しくて追いかけたくなるくらいに輝いてみせるわ!


《現在の状況から、ビジット様を誘導し、完璧な状況で魔術を展開するのは困難ですわ》

 筋書き通りに物事を進めるのは難しい。それはお兄様も分かっていて、けれど崩した後の動きを提示出来ないでいた。あれだけ差し迫った状況で、こんな力を使って多数の情報を受け取っていたなんて……。


 戦いは複雑な思考の積み重ね。状況を指揮する小隊長の負担は、私も先の総合実技訓練で思い知った。

 あの時よりも数十倍に相当する情報量と選択肢を前にすれば、それは当然の事よ。いえ、確かな情報を得られるからこその混乱とも言えるかもしれないわね。

 ましてや今は人の命が掛かっている。


 今、私たち救出部隊は村の様子を監視可能な森の中に伏せている。

 全体像までは把握できないけれど、村を囲むように隠れさせている『弓』から、大まかな状況を知らせる符号が届いている。

 それを、私の独断で動かした。


《だが捕らわれた状況では周囲を確認できず、返って状況が混乱するだけだ》

 お兄様の声は、焦りを感じさせるものから少しは落ち着いたと思う。

 私の存在がそうさせたのかと思うと、それはとても嬉しくて、

《えぇ。ですから、私たちが目となります》


 その為の第一歩として、どこに居るとも知れないビジット様に、自発的な魔術使用を促さなければならない。

《今ビジットは、俺たちが救出に動くだろうことを予測して素直に捕まっている筈だ。目に見える範囲を助けるだけなら簡単だが、問題は村全体に及んでいる。確かな状況が掴めるまで、アイツは魔術を使わないぞ》

《確かに、とても冷静な方でしたわ。ふざけてばかりいますけど、決して勢いでは行動しない強かさを感じました》

《手は……あるか?》

 えぇ。

 冷静な人でも、やっぱり例外はありますもの。


《あの方にとって、決して看過出来ない状況だと思わせれば、必ず使用する筈ですわ》


 既に部隊は展開を始めている。

 『弓』の移動速度は四属性でも二番目に早い。しっかりと敵の視野を把握して動けば、隠れて移動するのはそれほど難しくありませんもの。


 『剣』には荒々しい術者が多い傾向がありますけど、『弓』の使い手はエレガントな方が多く、繊細な動きに向く。そういった隠密行動の訓練は、この数日で格段に向上した。


《その方法は》

 応じるように合図を放った。

 敵に知られることも辞さない長弓の一矢が、黄金に輝く羽を散らして空を舞う。

《簡単ですわ》

 常に冷静で、『盾』の上位能力を持った、お兄様の小隊での頭脳とも言える人物。けれどビジット様は、数々の浮名を流した生粋の女好きでもありますもの。

 それでなくとも、コレを聞けば黙っていられないという方は、魔術という力を学んでいる私たちには多いんじゃないかしら。


 それは、


 女の悲鳴よ。


   ※  ※  ※


 村の各所から女の悲鳴が上がり始めて、数分と持たずにソレが展開された。


 始めは、夜明け時に見る霧のように。

 仄かに発行する灰色の霧は、ふわりふわりと漂いながら広がっていった。足元に広がるソレを見て、瞬く間に動揺が広がる。


 上位能力の名がどれほど有名であっても、実際に体験したことのある人間は稀ね。ともすれば膨大な数の『盾』が投入されたか、本当にただの霧かと思ったでしょう。


 理解が及ぶより早く、霧の中から灰色の牙城が浮かび上がった。


 霧が舞い上がり、更に広がっていく。気付けば視界の殆どが灰色の霧で埋め尽くされ、自分の位置さえ分からなくなる。

 最後に見えた限りでは、海側の断崖から潜伏していた森の中まで、更には街道の両端を包み、およそ村の全域が支配下に置かれた。


 これが、『盾』(フォートシールド)の上位能力。

 『王冠』(インサイスドクラウン)。


 最大射程、三キロ。

 玉座を頂く灰色の牙城を中心に、射程圏内へ自在に城壁を築き上げ、戦場を支配する能力。


 代わりに術者は発動地点に現れる玉座から離れることが出来なくなり、見える情報を頼りに戦場を構築しなければならない。だから当初は彼を高所へ誘導し、戦場を見渡せるようにと考えられていた。

 今展開された城壁は、殆ど当てずっぽうに近いもので、敵も味方もごちゃ混ぜに分断されている。これではただ乱戦を助長するだけですけど、


《『王冠』の展開状況から、位置は判明しましたわ》

《誘導を頼む》


 まずは最大の突破力を持つお兄様をビジット様の元へ。

 建物内だった場合は、『槍』の力で破壊して貰えばそれでいいわ。


「纏まりました」

 同行させていたくり子が小声で言う。

 術者としては未熟でも、『剣』である以上、『弓』の私よりも彼女の方に機動力がある。ついてくるだけなら問題なさそうね。動きにエレガントさが足りないのは残念だけど。


「現状での問題点を挙げていきますね。


 一つ、ビジット様が周辺状況を確認できないこと。

 これはアリエス様の策である程度の対処が可能です。また、現在急行中のハイリア様が合流すれば視界の確保も可能。


 一つ、教団の人が行動を起こした理由が見えず、時間を掛けるほどに犠牲者が増えます。

 これには別働隊を編成して監視、『王冠』での隔離が効果的だと思われます。


 一つ、この魔術によって私たち自身の行動も阻害されていること。

 既に上空へ矢を打ち上げ合図を送っているにも関わらず反応が無いのは、ビジット様が室内に居ることを示しています。こればかりはハイリア様の到着を待つしかありませんが、多少の援護は可能です。


 これらの順序を纏めると、まずハイリア様がビジット様と合流する。次に『槍』の力で視界を確保した後、村に展開した私たちが目となり城壁の構築を援護する。自殺攻撃を仕掛けている人たちは最優先で隔離、数名の監視を置きます。人手が減ってしまいますが、これは必要なことですので。

 そして大まかに戦場を切り分けた後、この村を占拠した者達へ警告を行い、降伏を促します。既に戦意喪失している人も多いでしょうから、効果はあるものと。ここまでくれば残る問題はイルベール教団だけとなりますね」


 彼女の報告を聞いて、私は頷きを返した。

 お兄様がその能力に一定の信頼を置いているだけはある。情報の取りまとめを任せられたから、空いた時間にお兄様の誘導と使えそうな戦術を考える時間が出来た。


 灰色の霧に覆われ、前方を分厚い壁に塞がれた私たちは、周囲を警戒しながらも壁に背を預けて立っている。

 『王冠』の力は、『盾』の時にはあった打撃に対して反撃を行うという機能が失われている。変わりに射程内なら無制限に分厚い壁を構築できるのだから、大した問題にならないどころか、むしろ味方の危険が減らせる利点と言える。

 他の魔術とは違い、半透明の壁が実際の建物なんかにも重なる形で展開されているのも特徴の一つ。

 分類的には、『槍』の甲冑と似た性質のものということかしら。


 くり子が地図を広げると、私が予測した中心点を丸で囲む。

 候補は五つ。範囲が広く、最初の数秒しか時間が無い中では絞れた方だと思う。


「候補は二つです」

 お兄様が用意させていた、驚くほど精巧な地図を手にくり子が言った。

「理由は?」

「この二つは建物自体があまり大きくなくて、小さな部屋が多いから人を捕らえておくには向きません。監視をするにせよしないにせよ、小分けし過ぎると問題が起きやすいですから。もう一つは、良いお家だからですね」

 良いお家?

「それがどうして理由になるの?」

「自分たちで使いたいじゃないですかぁ。あ、それにここ、地下室があるんです。仮に目の届く所へ置いておくにしても、そういう場所へ押し込みますよね? 結構頑丈そうな扉でしたし、多分地下に居ると声も聞こえません。この悲鳴に反応したってことは、声が聞こえる場所に居たってことですから」


 確かな分析とも言い辛いけど、私の考えには無かった理由な上に妙な説得力はある。言われた家を考えてみれば、確かに位の高い者は良い家で休み、そうでないものは彼女が除外した小さな部屋の多い建物で休ませるのは、お屋敷の使用人と私たちという構図に似ている。

 確実な情報だけを待っていては時間が掛かる。

 ここは多少強引な理屈であっても優先順位を決め、行動に起こすべき。


「候補の二つで、どちらの可能性が高いかしら」

「私ならこっちですね」

 くり子が示したのは大通り側へ入り口が向いた建物だった。また意見が違う。

「大通りに向いていると、何かあった時、村を通過していくような人たちに見られる危険が上がるんじゃないの?」

「そうなんですけど、こっち見て下さい」

 反対に村の奥、多少の騒ぎも隠せそうな位置にある建物の、その入り口が向いた先を追っていくと、

「教会?」

「はい。後ろめたいことしてる人なら、教会が見える位置は嫌がると思うんですよね」

「自分で定めから逃げておきながら、気にするのかしら」

「気になりますよ。怖くて逃げた人なら余計に、神様の裁きが怖いんじゃないですか?」

 よく見ている?

 それともズレている?

 けれど、特に反対意見も浮かばない。

「……そうね。それでいきましょう」


 メルトの力を通じてお兄様へ優先順位を伝えてしばらく、少しだけ喜色の混じった声が聞こえた。


《一つ目で大正解だった。よくやってくれた》


「やりましたぁっ」

 嬉しそうに両手を構えたくり子へ、私も思わず手を合わせた。彼女はとても無邪気に笑っていて、なんだか悔しくなって押してやる。

「わぁっ?」

 尻もちをついたくり子が頼りなさげに笑った。

 

「私はまだ認めた訳じゃないわ。お兄様の部下になったからって勘違いしないで。私とお兄様は、血と魂と心で繋がってるの」


 つーん。


 昨日今日現れただけの小娘に負けるもんですかっ。


「行動開始よ」

 眼前に『弓』の紋章を浮かび上がらせ、黄色の羽を舞い散らせる。

 手には鮮やかな細工の施された長弓。腰元の後ろに具現化された矢筒から矢を抜き、番えた。私はそれをそっと引く。


 魔術における弓は、力で引くものではなく、それと意識することによって引き絞られていくもの。実際に力を掛けることで引くことも出来るけど、熟達した術者ほど花びらを摘むような力しか使わなくなる。

 繊細に、華麗に、それこそが『弓』の真髄。

 仲間と協調しなければ戦場では最も生き残るのが難しい私たちは、誰よりも連携することの大切さを知っている。


 解き放った矢が上空で大量の羽を舞い散らせながら飛んでいく。

 それが合図。


「いくわよ」

「はいっ」


 村へ展開した小隊員たちが、一斉に上空へ矢を打ち上げていく。そのどれもが敢えて視認し易く強烈な魔術光を放っていて、まだ陽の落ち切らないこの時間でもよく見えた。


 すぐさま目の前の壁が開けて、私とくり子はそこへ飛び込んでいった。


 敵の居る場所へは起爆性の罠を投入し、空中で射抜く。黄色の羽が広がりながらゆっくりと舞い散っていくその周辺は円形に囲まれ、一切の出入りを出来なくする。壁を駆け上がるだなんて非常識なことをする術者も居るけれど、内側へ向けてネズミ返しが取り付けれていればどうしようもない。


 進みたい方向が塞がれていたら真上へ真っ直ぐ矢を放ち、その方向へ向けて角度を落としながら連射する。

 動き回る味方とも息を合わせて、術者の反応を見定めながら間を外す。


 『王冠』(インサイスドクラウン)の能力は絶大で、その強固な守りを正面から突破していけるのは『騎士』くらいのもの。

 『槍』では移動速度の問題で、壁を崩していけても、自分が通り抜けるまでに新しい壁が生み出されてしまう。


 限りなく抑えられたフィードバックは、術者の慣れ次第で破壊された場所を大雑把になら特定できるという。壁を次々破壊して進むお兄様の動きはすぐにビジット様にも伝わった筈。だからこそ早期に合流が果たせた。


 ただし、コレにはどうしても限界がある。

 今行っている方法は、敵と味方とが明確に分けられていることを前提とするもので、両者が近くに居た場合はどうしたって切り分けることが出来ない。


 円形に切り取られた敵陣の中へ飛び込んでいく。

 気付けばここは大通りの中頃にある広場。三名の男たちと、武器を突き付けられて立ちすくむ行商人らしき男。

 全員が『剣』だった。


「降伏なさい。この魔術を前に逃げることは出来ないわ」


「っはは! よしよし運が巡ってきたぜ! 開いた通路から逃げれるじゃねえかよ、なあ!?」


「前は私が!」

「相手を動かしてくれればそれでいいわ」


 まず上空へ一発。それから複数の罠を、広げた魔術光に隠して配置する。


 くり子の実力は小隊内でも最低位。

 ジークとの戦いに備えてそれと分からないよう外見だけは整えてあるけど、打ち合ってしまえばへっぴり腰の攻撃とすぐ分かる。

 頭の巡りはいいみたいだけど、根本的に身体や力を使う感覚が備わっていないし、攻撃すること自体に怯えがある。


 ただ、読み合いや間合いの取り方、位置取りなんかはとても良い。だから相手も実力に気付かず、必要以上の警戒をしてしまう。

 それが分からない馬鹿相手でも、やりづらさや意識を誘導することは可能で。


 放たれた矢に呆気なく『剣』の術者が打ち抜かれた。


 いくら『弓』に対して有利だからって、油断し過ぎれば当たるものは当たるのよ。

 それに属性間の優劣はあくまで単体同士の話。根本的な性能の違いは確かにあるけれど、一人を足すだけで状況は複雑化する。見てから反応できる能力を持っていても、意識の隙を狙われれば回避しようとすら考えられない。


 打ち抜いた相手を庇いに動いた者へ一発。これは当然弾かれる。だから罠を起動させ、多角的な攻撃を仕掛けた。相手がこれを打ち落とす間にも次々罠を設置する。


 私が主に利用しているのは、時限式の連弩。

 魔術の力によって一定時間経過と共に連射を始めるソレに合わせて、こちらが変化した状況を踏まえた一矢を放つ。


 普通なら広く逃げられて私はおしまい。

 だけど、今彼の後ろには仲間が居て、周囲は『王冠』の力によって閉じられている。二つの要素で機動力を封じられれば、攻撃全てを打ち落としていくしかなくなる。

 いくら『剣』の反応速度が通常よりも強化されているからと言って、人は構造的に動けなくなる型が存在した。


 それは、この合宿で私たちの小隊にも広められた柔術というものを分析することで理解出来た。人体が肩へ手を置くような力だけで動きを封じられるだなんて、皆して目を丸くしたものね。

 特に寝転がった状況で額に指先を当てられるだけで、真っ直ぐ起き上がれなくなるなんて……あの時のお兄様はとても楽しそうに笑っていて、なんて素敵な笑顔なんでしょうって思ってたわね私。


 もう一人へも攻撃を加えつつ、くり子とは打ち合わえないよう常に行動の邪魔をする。えぇ、邪魔をするのは得意よ。ほら、同格以上かもしれない相手と切り結ぼうというときに足元で何かが弾けると思わず下がりたくなるでしょう? くり子はわざと間を外し、下がる時間を与えてくれているから、多少の余裕を持てる。

 焦らせれば無理な行動を取らせるけど、現状でも余裕があると思えれば命懸けで打開しようとはしない。する人間なら最初から脱走兵になってなるものですか。

 最初の一人も致命傷を狙わず単純に気絶させているだけ。状況はまだ決定的ではないと、そう思わせる。


 弾いた連弩の攻撃に、敵の姿勢が崩れた。

 すかさず長弓で射抜き、吹き飛ぶ周囲に羽が舞う。


「降伏なさい」

「っ、よくも仲間を!」

 激昂した敵が赤の魔術光を燃え上がらせた。構えた剣先の震えが止まる。この状況で仲間を想い、叫んだ男に、私は苛立ちを沈めることが出来なかった。


「仲間を想う気持ちがあるなら、謂れ無き民を虐げるな!」


 放った矢が防がれる。

 反応の遅れたくり子を抜けて、『剣』の術者が肉薄する。これで完全な一対一。背後からの攻撃を失念したことでくり子の価値が消えた。

 それでも下がらず、矢を番える。


「その優しさを、今まで苦しめてきた人たちに、ほんの少しでも他者に分け与えることができなかったの!」

「どうにもならなかったんだよ! 最初はただ怖くてっ、襲ってくるアイツらの姿が頭から離れなくなったんだ! 行った先々でもほんのちょっと食料を奪うだけで、最初は本当にそれだけだったんだ!」

 周囲で起動した罠が尽く回避された。

 どれだけ隠蔽していても起動の瞬間には魔術光が漏れ、発射までの時間差で避けられてしまう。私も逃げながら攻撃を仕掛けているけど、どうしたって距離が詰まる。

「もうどうしようもないっ、俺は手に掛けちまった……! あの日守ろうと思った人たちを……食い物を分けてもらえなくて、仲間が餓え死にしそうで、だから!」


「安心しろ、その悪夢は今日終わる」


 青の風が吹いた。


 気付けば周囲を囲む城壁の一部が消え、お兄様が横合いから敵へ肉薄していた。手にした長槍を打ち付け、吹き飛ばされる『剣』の術者。

「援護の要請、俺が一番近かったんでな」

「お兄様……」

「覚えておけ、アリエス。戦争は人を歪ませる。戦争こそが人を発展させると言った者も居るが、百年に及ぶ民族間の軋轢を生み、それは歴史も文化も、精神すら蝕み続けるものとなる。穏やかに暮らしているだけだった者たちが、敵を得て団結し、その中で狂信的思想が支持を得る。そうして得をするのは、人々を扇動し神か何かのように振る舞う者たちだけだ」


 そう言ったお兄様の表情はとても辛そうで、けれど、一度目を瞑るとすぐにいつも通りの顔に戻ってしまう。

 私は思わず、その背にしがみついた。


 あぁ……自分だけでしっかり立ってみせようなんて思っていたのに……。


「その方たちとお兄様は違います。私たちは操られて戦いに参加したのではなく、自ら望んで共に立ちました。不安で怯えていた私たちの背を押して先頭に立ったお兄様を、皆で追い掛けているんですわ」

 大きな背中。

 こうしているととてもあたたかい。


 彼を見ていても思ったけど、どうやら私、人の背中を見るのが好きみたい。


「わ、私も居ますよぉっ」

 てい。

「きゃあ!?」


 ほら、無様に転んで地面に伏した人の背中を見ていると、とても安心するじゃない?


 あらやだお兄様、くり子が勝手に転んだだけで私じゃありませんわよ?

 だって私はずぅぅぅぅっとお兄様の背に抱きついてるじゃありませんか。『槍』の術者であるお兄様には、威力と魔術光を抑えた罠の起動には気付けませんものねっ。ですから違うんですのよ?


 お兄様、だーいすきっ。





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