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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第四章(下)

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 諦める理由を、か。


 確かに、いつからか終わることばかり考えるようになっていた。

 約束した決着を終えて、フロエの周辺に俺の意思を継いでくれる者たちを集めて、最後だからと覚悟を決めて、向けてくれた好意にけじめをつけた。


 クレアには結局、明確な理由を伝えられなかった。

 断る、とそれだけが限界で、他に理由の一つだって浮かばなかったんだから。

 けれど俺はいずれ消えるつもりだから、彼女の隣に立つことなんて出来ない。


 揺ぎ無くこちらを見据えるジークを見返す。

 自嘲することも、向けた敵意を抑えることもしない。


 ただ、返す言葉を作ろうとしていた俺より先に、メルトが歩み出た。


「では、どちらにて決闘を行いますか? 慣例に拠れば決闘を申し出てから五日間の猶予をあけることとなっていますが」


 ずっと後ろに控えている印象しか持っていなかったんだろう、ジークが思わぬ所からの問いかけに呆然とする。

 前へ出る際に摘んだ俺の指先に、少しだけ力を込めたメルトは、いっそ睨みつけるようにして続ける。


「こちらは二人共が素手で、ハイリア様に至っては試合で受けた負傷もあり、先日意識を取り戻したばかり。今すぐにでも、などというのはあまりにも卑怯でしょう。また、このような街中で私闘を始めればすぐにでも兵が飛んできます。どなたの後援を受けているかは存じませんが、国賊として指名されている貴方が人目に晒された状態で発見されれば庇いきれるものではありません」


 いつかの景色を思い出し、つい情け無い笑みが浮かぶ。


 ヴィレイを蹴り飛ばし、メルトを庇ったジークに、俺が殴られ説教を受けた、あの景色だ。

 返す言葉を持てなかった俺の代わりに、彼女は恩を受けた相手へ恥を承知で歯向かった。

 ジークの人となりを知っている俺は何の危機感も持たなかったが、つい直前まで奴隷という身分故に俺からも見放されようとしていたメルトにとって、平民とはいえ上の階級の者へ抗議することがどれほどの恐怖だったか。初めて会った時に見た、彼女の背に刻まれていた傷痕は、決して逆らうことの怖ろしさを知らぬ者でないことの証だ。


「こちらを正そうという義を示すのであれば、せめてご自身を正してから出直して下さい。そして――」


 摘む指を手で包むように握ると、咄嗟にメルトの声が止まった。

 詰まって、けれどすぐに続けようとするから、


「メルト、いい。お前だけが背負うな」


 この場で有利を獲得する為の言い掛かりは、そんな振る舞いをする恥はお前だけのものにしてはいけない。

 姑息であろうと、確実な勝利を得る為に、策は巡らせていく。


「ジーク」


 改めて声を掛けると、バツが悪そうな表情でこっちを見てくる。

 あそこまで女性から辛辣なことを言われると、男としてキツいものがあるのは分かる。


「メルトが言った通り、俺は病み上がりだ。お前が逃げず、俺との再戦を望むというのなら日を改めて貰いたいな。五日後、それでどうだ?」

「こっちのも予定がある。そんな悠長には待てないな」


 気が逸れている。なら。


「では何日を望む?」


 何日、と言われて考える素振りを見せるジークに手応えを得る。

 本来コイツ相手に慣例などと語った所で鼻で笑い飛ばされるのが関の山だ。だが今はメルトの言い掛かりに動揺して頭が鈍っている。このまま言質を取ってしまうのが一番楽だ。


「あぁ……いや」

「急ぐというのであれば三日後でも構わない」

「一時間後」


 気付かれたのを察して提示した日数を呆気無くジークはかわしてきた。


 流石に気付くか。

 そもそも日を跨ぐ話などこっちが勝手に言っているもので、ジークからすれば待つ意味が存在しない。

 けどいざ交渉となった場で日数を議題にあげればついそこを前提に考えてしまう。初歩的な思考の誘導だが、雰囲気に乗せると案外簡単に引っかかるものだ。


 一時間、と大きく区切ってきたジークに俺は肩を竦める。


「俺たちは武器もなく、お前は魔術を使うのか? たしかに楽そうだ。流石に俺もメルトもイレギュラー相手に素手ともなれば一方的にやられるだけだな」

「武器なんて持ってくればいいだろ」


 むすっとして応える様に内心でほくそ笑む。

 思うが侭振舞うことを心情とするだけに、基本的にジークは表情を隠さない。

 戦いの駆け引きならともかく、こういう腹芸を好まないのは承知の上だ。

 ふっかけて、面倒に感じて貰えれば十分効果がある。


「ここから学園までお前の提示した時間ほどは掛かる」

「もっと早く行けるだろ」

「俺は試合後に意識を失っているから、どこに武器が運び込まれているかが分からない。学園にありそうだが、別の場所かもしれない。探し回るだけでも半日は終わりそうだ。そして戦いの場へ向かうにしても、病み上がりで走り回った挙句に休息もないまま現地へ駆け込み、そのまま神に愛された天下のイレギュラーとの戦いか、中々な策士ぶりだな」


 短い時間を提示することが卑怯であると誇張しながら、ジークの持つ力の優位性を指摘して批判する。

 実際俺だって目覚めてから調整の一つもしていない。

 傷が塞がっているといっても血は流れたし、試合後ダウンも無しに眠っていたからどこに不調があるか分からない。


 ついついジークへ噛み付いてしまっていたが、メルトの機転が無ければ自ら不利な状態へ飛び込んでいたという訳だ。


 同じくやる気になっていた分、ジークは物凄く面倒臭そうに口を曲げ、半眼で俺を睨んでくる。


「今日は完全な休息とし、明日をハイリア様の調整に当て、その翌日を決闘と致しましょう。これでも十分、病み上がりの身には負担となる行為です」


 俺に逃げようとするジークへメルトは容赦無く追撃をする。

 やり辛そうでなによりだ。


 だが、ジークは一度鼻から息を抜き、口の端をあげた。


「それなら武器を取りに行く時間はやろう。そっから一時間の猶予をやる。で、一時間経ったら一緒に移動する」

「あくまで有利を手放さないおつもりですか」


「こっちは戦う理由が無い。アンタらを説得したいとは思ってるけど、別に決闘までする理由はないな」


 さっきまでやる気満々だった癖に清々しいまでの手のひら返しだった。

 だがジークの言う通り、決闘の場を望んでいるのは俺の方だ。


 されるつもりもないが、ジークは俺の行動を咎め、止める為にここへ来た。

 手段が闘争である理由などどこにもない。

 対し、俺たちの目的、その為の手段としてジークの負傷を実現するには奴との直接対決が望ましい。


 頭から戦いの日程を論じて決闘を前提にしてきたが、思っていたよりジークの回復が早い。


「俺は今や追われる身だ。俺自身が受けて立つつもりでも、さっきメルトが言ったとおり、いつ追っ手が掛かるか分かったもんじゃない。どうする? 明日に、なんて余裕とってたら、俺は逃げる為にデュッセンドルフを出るかも知れない」


 ジークの帰還を仄めかしたのはナーシャだ。

 アリエスが率いる小隊で副隊長を務めていた彼女が言い出した時点で、後ろ盾にウィンダーベル家が居ることは明らか。

 ナーシャを俺の部隊へ入り込ませるのだってアリエスからの打診だから、言い方は悪いが彼女の加入目的が俺の監視であるのは最初から分かりきっている。


 なんにせよ、今日明日で囚われる状況じゃない。


 が、ここで日を改めれば周囲の環境がどうなるか予測が付かない。

 問題はジークだけじゃないんだ。そもそもコイツが俺の状況を把握しすぎていることが気に掛かる。ウィンダーベル家の後援を受け、ナーシャが居るというのにジークが別に監視を行っていた? イレギュラー能力者に任せるような仕事じゃない。父上、オラントのすることとも思い難い。

 シャスティの裏切りや、ガルタゴの暗躍もある。誰がどこと繋がっているのか分からないのだから、時間を置くことで別の問題が発生し、結果的にジークの処理へ時間を取れなくなる可能性だってある。

 そもそも俺は、目が覚めてからまだ陛下にも、部隊の皆にだって連絡を取っていない。

 近衛兵団から報告はあがっているだろうが、放置されているということは、取り急ぎするべき事案が存在しないということだ。


 個人的な時間が取れるのは今だけかもしれない。


 つまり本当の所、ジークを逃がさず今日の内に決着を付けたいのはこちらの方だという訳だ。


 その上で少しでも勝率を高めるべく、準備の時間が必要だ。

 メルトが居るなら、やれることの範囲は広がるだろう。


 手のひらに少しだけ冷たいメルトの指先を感じる。


 彼女の状態がいつ急変するとも知れない今、本当はすぐにでも始めてしまうのが得策だ。

 昼夜逆転などと言って夜中に目を覚ましていたが、既に陽は高く、以前のようなサイクルがあるのかどうかも分からない。


「……昼食を取る時間くらいは欲しいな」


 食事を取れば胃に血液が集まり、身体機能は低下する。

 食べると眠くなるというのは脳内の血液濃度も低下するからだ。

 だから最低限のものは口にしても、言うほどしっかり食べるつもりは無い。

 単に時間稼ぎだ。


 少し考える素振りを見せ、メルトを確認する。


 ジークへプレッシャーを与えるべく、じっと厳しい表情で目を向けていて、不調の類は見付からない。

 俺以上に状態を隠す必要があったから、見抜けていない部分もあるのかも知れないが。


「そうだな。今から装備を整え、昼食を摂る。その間に個人訓練場を手配しよう。鉄甲杯も大詰めで、今なら空きがあるだろうからそう時間は掛からない筈だ」


 俺の視線に気付いてメルトが頷く。


 元貴族の俺が申請すれば即座に紹介を得られるだろうが、ジーク名義で奴隷階級のメルトからとなれば、のらりくらりと時間を掛けられる筈だ。十分な空きがある以上、また小隊長の立場にあるジークだから流石に日を跨ぐことはない。掛かり過ぎるようなら改めて俺から申請すればいい。むしろそうであれば調整を効かせやすい。


「いや、場所はこっちで見付けてる。あんまり人目に付くような場所じゃ騒ぎになって寄ってくるからな」

「…………いいだろう」


 正式な訓練場ではないんだろうが、言っていることの後半には賛成だ。


 俺もジークも注目を集め過ぎる。

 奴が己の命を引き換えにセイラムを倒し得るという事を知らなければ、俺の行動は来る決戦に向けての戦力を自ら削ぎ落とす愚行だ。そうでなくとも、大局を見ればこの男一人の犠牲ならばと納得する者は出る。事は秘密裏に進め、他の介入は避けなければならない。


 父上が絡んでいる可能性があるというのは、些か不安を覚えもするが、この先がどうなったとしてもジークを排除出来ればそれでいい。


「それで、昼食くらいは摂らせてもらえるんだろう?」


「わかった。けどお貴族サマの優雅なお食事に合わせるつもりはない。さっさと食べて、さっさと動いてもらう」


「あぁそれでいい。お前の提示した一時間は、食後ということでいいな?」


 ふっかけたつもりだったが、ジークは面倒になってきたのか軽く肩竦めて「わかったよ」と答えて息を落とした。


「食後、三時間を要求します」


 そこで話が纏まるかと思っていたら、メルトが口を挟んできた。

 一度気を抜いたせいでジークがあからさまに嫌そうな顔をする。

 だがメルトも引く気はないようで言葉を続けた。


「今日まで心構えや備えをしてこれた貴方と違って、こちらは本来五日の猶予さえ省き、当日中という条件を呑むのですから、非常識の埋め合わせはして頂きたいものです。病み上がりの身体の調整と、戦いに向けての作戦を練る時間、それらが終わってから休息も無い状態では無茶というものです。また、昼食の準備は私がこれから買出しに向かいますので、時間が掛かることはお許し下さい」


「……そこらで買えばいいだろう」


 市に行けば屋台もある、確かに軽く済ませるだけなら十分だが、メルトは首を振った。


「戦いの場へ赴くというのに、主の食事もまともに用意出来なかったとあれば、アリエス様の命によってお世話を任されている以上、奴隷階級である私は厳しく処罰されます。当然、屋台で売られているような軽食はハイリア様の体調や後の予定に合わせたものではありませんから、そのような食事は不適切です」


 病み上がり、卑怯、そして奴隷という立場を振り翳し、徹底してジークを批判する姿につい苦笑いがこぼれた。

 ここまで来るとちょっとジークがかわいそうになってくる。


「諦めろジーク。メルトは結構頑固だからな」

「……頑固っていうか、なんというか」


 ともあれ強引極まりない手段で三時間の猶予が得られた訳だ。

 当日中という無茶はあるが、食後三時間は理想的と言われる運動の間で、それだけあればメルトとしっかり打ち合わせが出来る。


「分かったよ。それでいい。とりあえず飯の用意が出来るの見届けたら三時間後に戻ってくる。そっから移動だ。いいな?」


「あら、譲歩のお礼として、一人分余計に用意するくらいは致しますよ?」


「毒でも盛られそうだから遠慮しとく」


「残念です」


 やらない、と言わない辺り、作戦として考えていたんだろうか。

 確かに戦わずして無力化出来るなら一番楽で話が早い、とはいえ、流石にそれは。


 にっこり笑うメルトと気圧されたように顔を背けるジークを見て、俺も俺で尻に敷かれそうだなぁ、なんてちょっと思った。


 対峙した時の熱はどこへやら。

 ジークは身を隠しながら追って行くと言って姿を晦まし、俺とメルトは人目を避けるという言い訳の元で大回りしながら学園へ向かった。

 最も賑わっている中央の市からは離れているけど、南北の門前付近なら食材を買い求めるのも難しくない。幸いにも人に気付かれることなく通り抜け、俺たちはジェシカとの訓練で半壊した詰め所へと向かった。


    ※   ※   ※


 「それじゃあ、三時間後ちょうどにここへ来る。出発の準備が出来てないなんて時間稼ぎはするなよ、裸だろうと蹴りだして連れてくからな」


 俺が最後の一切れを口にするのと同時にジークは椅子から立ち上がり、拗ねた口調のまま告げてきた。

 向かう道中での食材集めや、来てからの調理、食事場所の整理など思っていたより時間が掛かって、最終的に食べ始めたのは昼時が過ぎてからだ。ジークが急かすのをメルトは笑顔で流し、見事に栄養バランスの取れた食事を作り上げた。いつものように同席を勧めようと思ったのだが、メルトは無言で給仕に付き、ジークを牽制しながら俺の昼食時間を守りきった。


「まだお茶の時間があります」


 俺が食器を置くのを待ってからメルトが皿を下げ、入れ替わりにカップを置いてしれっと言って見せるが、流石にここまでのやりとりで慣れてきたのかジークは譲らなかった。


「昼食は終わった。ソレは食後のお茶だろう? 嫌ならそんなことに時間を使わなきゃいいんだ」


 よっぽどハイリアの負けを先延ばしにしたいんだな、なんて挑発までするから、カップへ注ごうとしていた給仕の手が止まる。

 スッと目を細めたメルトがそのまま紅茶を注ぎ、俺は懐かしくも感じる豊かな香りにそっと息をつく。紅茶には鎮静効果があるというが、確かに素晴らしい、あのままだと俺も表情が引き攣りそうだった。


 メルトは台車へポットを戻し、数枚程度のクッキーが入った籠を出してくる。

「同じようなものばかりで申し訳ありません」

 楚々と告げられた言葉にむしろこっちは感心する。

 ジークは不満そうだったが、あれだけの食事を用意したにしては驚くほど早かったし、食後のお茶請けまで用意しているとは思っていなかった。使い慣れつつある俺の家ではなく、元々簡単な調理が出来る程度の設備しかない詰め所でよくここまで出来たものだ。


 やるべきことを優先し、一歩下がったメルトは改めて……後ろに居るから見えないけど、多分物凄くキツめにジークを睨んでいる。貴族相手でも平然と自分を貫くアイツが本気でやり辛そうにしているから間違いない。女店主、ミシェルとのやり取りでしか見ないような、結構珍しい姿だ。


「…………もういい。行け、ジーク」


 メルトが俺の従者の立場を崩さず何も言わないで居るから、とっととジークを追い払うことにした。

 俺が言えばメルトも否とは言わない。ジークも動き易いだろう。既に昼食待ちの間を使ってある程度の確認はしてあるし、思っていた通り装備品他一式は詰め所の倉庫にあった。


 十分な余裕をとあれこれ頑張ってくれるのは嬉しいんだが、二人の言い合いに少しばかり居心地の悪さを覚えないでもないから、今後メルトとジークは混ぜないようにしようと心の中で誓った。


 メルトが懐中時計を取り出して、俺に時計盤を見せてくれる。

「三時間後にこちらで」

 それからジークにも示し、頷くのを確認した。


 パチリ、と蓋をするのとジークの動き出しは殆ど同時だった。

 思っていたより焦るような素振りはなく、むしろゆったりとした動きで立ち上がり、こちらをにやにやと眺めながら食堂の出口へ向かう。


「中々愉しかった。けど、次やる時には噛み付く以外の手も考えた方がいいかもな」


 負け惜しみか、それとも本気で遊んでいたのか、さっきまでのうろたえた様子はどこにもなく、メルトへ指先を向けてBANGと撃つような素振りを見せる。


「美人が怒ると迫力あるけど、必死に威嚇してるのが分かると可愛くも見える」

「人の婚約者を口説くようなことを言うな」


 メルトの淹れてくれた紅茶をそっと置きつつ言う。

 するとジークは足を止め、眉根を寄せた。


「……そういやそんな事言ってたな」


 そしてまた歩き出し、背を見せ、



「フロエはどうするつもりだ。アイツは、お前を――」

 少し目線を上げながら言うジークへ、俺は迷わず答えを告げた。

「お前に任せる」



 これから先、可能な限りフロエとの接触は避ける。

 いずれ消える俺たちとの関係など彼女にとって悪影響しか与えない。予定より早いが権力でごり押しして学園を卒業してしまうのが一番良い。国連に絡んだ仕事は近衛兵団経由で意見を求められることも多いし、公務に忙殺されていれば彼女からの接触なんて不可能だ。


 俺を死なせるつもりがないジークからすれば答えにすらならないだろうが、これ以上の言葉の持ち合わせなど無い。


「……そうかい」


 カウボーイハットのツバを摘み、目元を隠す。


「どうしてアンタは、そこまで俺を信じられるんだ」

「どうしてお前は、そこまで俺を助けようとする?」


 ジークの中で言葉が作られようとしたのが分かった。

 けど声にはならず、背を向けた状態では表情も分からない。

 仰ぎ気味に視線を上げていたジークが少し顎を引いて、真っ直ぐ前を見た、気がする。


「三時間後、ここに来る。俺に勝てたら教えてやるよ」


 だからアンタも、とは言わず、ジーク=ノートンは食堂を出て行った。

 見送った俺は静かに息を落とし、ぬるくなった紅茶を飲み干し、カップを置く。


「知っているからだよ、ジーク」


 置いたカップは思いのほか大きな音を立てた。

 背後、じっと俺を見るメルトの視線を感じながら、クッキーを二つまとめてほうばると、口の中にじんわりと甘さが広がる。メルトの作ってくれる焼き菓子はどれも美味しいが、記憶にある現代日本のものと比べればしっとりとした水気を残すのが素材的にも機材的にも難しく、どうしても少し喉が渇く。


 頭の中で浮かびあがる光景(シーン)に当時の事を思い出して、少しだけ胸の内が痛む。

 虚構の物語の筈が、今はもう逃れることの出来ない現実となっている。


 俺にとってあちらの世界の方が、とっくに虚構となっていることに、今更になって気付いた。


 だってもう、家族の顔でさえ俺は思い出せないで居るんだから。


 




基本的に勢いだけで戦いを進めないのをハイリア周辺はしっかり学んでいます。

勝てると信じることと、勝つ為に手を尽くすことは別。

熱くなっている男二人を他所にメルトが頑張りました。


そして目の前でやたらいちゃつく二人にこそやりづらさを覚えるジーク。

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