147
ベンズ=リコット
仕方がないよ、と俺は言った。
世の中はどうにもならないことが多過ぎる。
大昔のご先祖様がどれだけ偉大でも、今のガルタゴにとって海軍は負け続けの無駄飯食らい。周りも似たような状態だからで納得出来るほど失った人の命は軽くない。大英雄の末裔で、ずっとずっと恵まれた生活は送れていたけど、豪放な家風を好んで今でも信じてくれる人は居たけど、やっぱり全部がトモダチなんて無理なんだ。
俺はまだ良かった。
昔からのちょっと悪な連中と遊んでいれば、父ちゃんには思いっきり殴られるけど仲間が居るって胸を張れたから。
でもペロスは、俺ほど人付き合いが得意じゃない。
爺ちゃんもアイツには甘かったから、俺みたいに外へ出て色々やってるより家に引き篭もって家庭教師を付ければいいって言っていた。嫁入りする時まで大切に箱へ仕舞い込んで、可愛がって……だからちょっと、アイツは同い年の連中に比べて言葉遣いが幼い。甘えたがりで人懐っこいけど、同じくらい怖がりだ。
ガルタゴなら、提督の名が守ってくれた。
けどホルノスじゃ通じなかった。
なんだそれ、と笑い飛ばされて、年不相応なペロスを殊更に責め立てる。
なまじ喧嘩慣れしていたから、数の不利を見て俺はただ逃げることを選ぼうとした。ペロスを守る為だからって思って、誇りに蓋をして、こんな国来なければ良かったって毒づいて。
「さっきからうっせえよクソが」
その人は問答の余地も、勝敗への打算も、もしかしたら正義感すら無く飛び込んできた。
笑っていた集団を横から蹴り飛ばし、驚いた別の誰かの胸倉を掴んで引き摺り倒す。何かを言おうとした者の顎を蹴り上げ、掴み掛かろうとした相手の手を捻りあげる。余程強くしたのか、本気で痛みを訴える人の悲鳴を初めて聞いた気がする。
「ッハハー!! いい顔出来るじゃねーかよお……!!」
彼は哂っていた。
獰猛で、暴虐な、昔話に聞く海賊を思わせる笑み。
ちょっと悪ぶって小ズルいことばかりしていた地元の連中や自分がバカに思えるくらい滅茶苦茶な、
「よおお前ら! 今ちょっと腕の立つ連中を探しててよおっ、めんどくせえから片っ端から殴り倒してみるってのはどうだよ!?」
返答すら許さず、むしろ口答えしそうな者から優先して襲い掛かる。
魔術こそ使っていなかったけど、容赦の無さが凄い。
俺は知らず手を握っていた。
巡る血に熱が宿るのを、生まれて初めて感じ取った。
俺にも海賊の血が流れているんだろうかと、そんなことを思う。
「はは……っ」
「おらそっちのガキ!!」
彼は、俺たちだってぶん殴る相手だとばかりに拳を向けてきた。
驚くより、呆気に取られるより、なんだか痛快で、つい笑ってしまう。
「来いよ」
それから一緒になって殴りこんで、だけどやっぱり多勢に無勢で、俺はその人と一緒に袋叩きにされた。
身体中痛くて、顔なんて腫れ上がってて、どこが怪我してないのかも分からないような状態で、それでも俺は笑ってた。ホントは相手もそこそこで引き上げようとしたのに彼は絶対に止めなかったから、結果的にこうなっちゃった。自分でも痛すぎて頭がどうかしたんだと思うくらい笑ってて、なんでこんな馬鹿なことしたんだろって理由も忘れていたと思う。
「っくっそー負けたァ!!」
「はははははっ、ふ、はははは! ははははははは……ッ、痛タタタ!?」
「負けていつまで笑ってんだクソが」
「痛ッッッたああ!? なにすんだよ!?」
「クソうるせェよクソが。第一言葉遣いがなってねえぞ、俺は偉いんだ敬語使え敬語、ジョーシキだろ」
いきなり集団へ殴りこんで喧嘩を売るような人が何言ってんだよと思ったけど、なんとなくそんなもんかと納得しちゃった。
そこでようやく経緯を思い出して、仰向けになったままペロスを見た。
アイツは、ぺたりと座りこんで、口を半開きにしたまま俺たちを見ていた。
だけど俺の傷を殊更強くつま先で突いてくるのを見て、思い出したように立ち上がって叫んだ。
「お前ベンズいじめるなー!」
「ァあ? うっせえよバカ」
「バッ!? ……カ、って言った方がバカなんだから! バカァァアアア!!」
「んな誰かが言ったような理屈は知らねえよ、テメエで考えろ」
もしかしたら、ペロスなりにずっと溜まっていたものが爆発したのかもしれない。
呆けていて、最後は二人揃ってやられてたのもよく分かっていなかったのかもしれない。
けどアイツは俺とその人の間に割って入ってきて、尻尾があればボーボーに膨れ上がってただろうくらいに唸って見せた。
「イーっだ! ばーか! ベンズ苛めちゃ駄目なんだよ! お爺ちゃんに言いつけてやるんだから!」
「ジジイに何が出来るってんだよ」
「提督だもん! すっごい偉いんだから!」
「提督ぅ? 知らねえよクソが。あのな、この世で一番偉いのは部隊長、小隊長だ。提督が何か知らねえけど、今から隊長殿になる俺より偉い奴なんて居ねえんだよ」
「えっ!?」
そうなの? なんて目を向けられたって俺も分かんないよ。
なんかもうどうでもいい気分だし、今だって意味も無く笑い出しそうなんだから。
自由ってなんだろうって考えてみたことがある。
海賊は自由だった。
何者にも縛られない、海の無法者達。
もしかしたら違うのかもしれないけど、俺にとって、今の自分自身が一番自由な気がしていた。
何でも出来る。何かしてみたい、そんな気分だった。
「偉い……の?」
「おう、偉いぞ。お前もなりたいのか?」
「ん、んーん、いらない」
「そうか。んじゃ、ちょうどいいし、お前ら俺ンとこ来るか? 今ならこの世で五番目か六番目くらいに偉くなれるぞ」
なんという雑な勧誘だろうか。
悪魔の囁きの方がよっぽど高尚に思える。
でもなんでか、そうなんだなー、なんて納得しちゃうのは……ホントになんなんだろう。
「ベンズ、いじめない?」
「いじめてねえよ、ちょっと喧嘩しただけだ、揃って負けちまったけどなぁ」
「喧嘩、好きじゃないし……」
「女はそれでいいんじゃねえの。男は喧嘩の一つくらいやっといていいと思うぜ? なあ?」
「えっ? ん、分かんないよ……」
急に話を振られて言いよどむ。
ちらりとペロスを見て、コイツの苦手な理由も分からないでもないから、反論も賛成も出来なかった。
「悩むくらいなら決めちまえ。他人の考えなんざ昨日の天気くらいにどうでもいいんだよ。いや……それだと隊長殿には相応しくないというか、やっぱもうちょい考えた方がいいのか? あー、どっちだよオイ」
「悩んでるんじゃん」
「俺はいいんだよ」
「痛っったい!?」
ホント滅茶苦茶だ。
筋も通らない。
「これは苛めじゃねえからな、大先輩からのシドーだシドー。アレだ、愛の鞭だ。俺も痛い。お前も痛い。平等だ。ありがたく受け取るんだ、わかったな?」
「アンタが痛いのはさっき喧嘩したからで俺をいたぶってるからじゃないいいいい痛タタタタ!?」
「タイチョードノは偉いからあんまり口答えしたら駄目だよー」
「お前寝返るの早くね!?」
「ふふっ……!」
その時ペロスは、ホルノスに来てから、それよりももっと前から考えても見ないくらい楽しそうに笑っていたから、きっと言葉通りだけじゃない気持ちがあるんだろうと思ったけど、
「痛い!? というかペロスお前が一番痛い!?」
「よぉしペロス? その調子だ。おいベンズ、これ以上痛い目みたくねえなら俺の後輩になるこったな。分かるか? 忠誠を誓うんだ。俺が偉い、お前は偉くない、そういうことだ」
「一個だけ言っておきたいんだけど絶対小隊長如きが一国の重鎮より偉くなんてな痛い痛いです御免なさい!?」
そうして俺たちはヨハン=クロスハイトという人の後輩になって、ジン先輩とか、オフィーリアとかいう人と一緒に戦っていくことになった。
大先輩はあんまり勝ったりしなかったけど、隊長殿だからいいんだろうと思う。
初めて会った時から負けていた人だから、一緒になって袋叩きにされた人だから、そんなのどうでもよかった。
離れていく人が居ても構わない。
損得勘定だけで寄ってくるなら居ない方がずっといい。
俺たちにとって大先輩は隊長殿で、世界で一番偉い人で、一緒に居たいって思える人なんだから。
そんな人がずっと目標にしてきた、大先輩にとっての隊長殿との試合に、俺たちのお爺ちゃんが水を差した。
ペロスは見たことないくらい怒って、泣いて、嫌い嫌いって叫んで、俺も止める気になれなくて黙り込んでた。
ただ一つだけ、去り際に言い残したことがある。
「いつからガルタゴって、こんなつまんない国になったんだろうね。俺たちにはもう、海賊の血なんて流れてないんだよ」
エルヴィスは餌に食いつかず意地を見せた。
ホルノスも何か、皆に指し示しているんだと思う。
フィラントは、良く分かんないけど、王様はとにかく楽しそうだ。
大陸西方に知られる大国で、ガルタゴだけが姑息な計算にしがみ付いている気がして、悔しくて堪らなかった。
ただ……、
顔をあげろと言われたから。
俺たちは今、前を見ている。
※ ※ ※
ジェシカ姉さんは強い。
最初はどうだったのか知らないけど、ぐいぐい強くなっていったと思う。
『騎士』だから、じゃなくて、ジェシカ=ウィンダーベルだから、強いんだと感じる。
「どうした随分元気がないじゃないか」
豪快に槍を振り回して俺の武器を打ち払う。
いつもなら打ち合う前に離れていた筈の動きで、まだまだ身体が上手く動いてないのが分かった。
指先に掛かる柄の感覚を呼び込み、握り直す。
引き摺られる右肩に逆らわず下がれば続く一打には対処出来た。
『騎士』と『槍』を小まめに切り替えてくる姉さんだけど、紋章の変化をしっかり見ていればこっちだって少しは対処出来る。
後ろへ流れた剣を抱き込むようにして前面に向ければ、こっちを狙っていた矛先が止まる。止まったまま、姉さんが一歩二歩と踏み込んできて、攻撃を受けた勢いでまた距離を取ろうとしていた俺は慌てて身を低くして下がる。詰められ、姿勢を崩すように打たれることはあっても後ろへ真っ直ぐ突き出すような攻撃は絶対にしてこない。攻めて強打があれば隙を狙えるのに、大剣にも似た槍の長い柄を広く持って小まめな攻撃を狙ってくるんだ。
紋章を見れば分かる、とは考えたけど、こんなのを続けられれば余裕なんて叩き飛ばされる。
むしろ意識をそちらへ向けていると不意の一撃への反応が遅れる。
豪快な戦いを好んでた前の姉さんとはちょっと違う。
この攻め方は、フィリップとかいう人のやっていた守り方に似ている。
守りつつ相手を崩して、反撃の一打を浴びせるあの方法は正直俺やペロスじゃ対処し切れそうになかった。
ならほっぽリ出して他と遊んでればいいぞってジン先輩は言ってたけど、攻めに転じられるとどうしようもない。
俺の武器は大剣だ。
異国の神話に出てきたドラゴンスレイヤーと呼ばれる巨剣を模っている。
身体の倍もある刃渡りで、片刃の背には鍔元と中頃に握りこめる柄がある。とにかくでっかく、かっこ良くって思って呼び込んだ武器で、でも正直に言えば扱い切れてない。大きな得物は扱いが難しい。特に今みたいな接近戦なら尚更だ。
「ベンズ!!」
剣を抑え込まれた所で後ろからペロスの声が掛かった。
青の魔術光は分かってたけど、誘導するなんて考える余裕もなくて、偶然辿り着いたも同然だった。
「どっっっっかーーーん!!」
豪快に振り抜かれた大槍がジェシカ姉さんのソードランスと激突して、大雨が冗談みたいに吹き飛ばされる。腹が沈む込むような衝撃を伴って、二人は互いに武器を後ろへ弾かれた。
いや、やっぱりペロスの方が姿勢を崩していて、大きく身を仰け反らせてる。
「っっっっけない!!」
再びの大振り。
もしかしたら、ジェシカ姉さんならいなして畳み掛けることも出来たのかもしれないけど、彼女は真っ向からペロスの攻撃と打ち合った。
近くに立っているだけで吹き飛ばされそうな衝撃が撒き散らされて、俺は慌ててペロスの後ろへ下がって息を整えた。
凄い威圧感だ。きっと一人だったらすぐに負けてた。ペロスが打ち合うのも二度目で、さっきはアイツが崩れかかったから俺が割って入った。
また槍をぶつけ合う。
ペロスが負ける。
ジェシカ姉さんはしっかり衝撃を身体で受け止めていて、徐々に打撃の位置はペロスの内側へと進んでいく。
特別魔術の力で劣っているようには思わなかった。
ペロスはとにかく一振り一振りに全力だ。思い切りが良いから下手な回避じゃ衝撃に巻き込まれる。ここまでの試合だって上級生相手に豪快な振り抜きで勝ってたんだ。
負けている理由なんて明確だった。
槍の振り、技術もあるけど、全力の打ち合いを支えられるくらいしっかり鍛えられた足腰の強さだ。
『槍』は打つことで打撃の加護を得るけど、衝撃はほんの少し遅れるから、打ち合った瞬間に押しているか押されているかで威力の伝わり方が変わる。加えてしっかり対象に触れさせていること。直接打ち放つのと、隙間が開いているのじゃ全然変わってくる。
授業で何度も教えられたことだ。
逆に『槍』と戦う時はその間に受け逸らすなんかの工夫が有効だとも言っていた。
けどジェシカ姉さんは逃げようとする俺の剣をしっかり押してきて、打撃の威力をモロに食らってしまう。
「ペロス、合わせろ!」
「うんっ!」
崩れかかったペロスの脇から飛び出していく。
姉さんも打ち合わせる動きの真っ最中だ。
結構キツいだろうけど、無茶をすれば得物が届くか、次のペロスの攻撃で崩すキッカケが出来るかもしれない。
「甘いなァ……!!」
握りを滑らせたのが分かった。
けど意味にまでは辿り着けない。
そんな時間も無かった。
「わっ、あああれ!?」
ただ打ち合う筈だったペロスの槍が大きく空振って、勢いそのままにひっくり返る。
「っそお……!!」
打ち合わなかった槍の行き先なんて決まってる。
俺だ。
低い姿勢には無理が掛かる。
深く踏み込もうとする姿勢からじゃ上から叩き付けられる槍を逸らす手が使えない。
やられる……!
こんな、何にも出来なくて、クソったれな最序盤で、元気が無いぞと言われたまま何も言い返せてないのに!
剣がデカくて重い、こんなんじゃ、最初から『槍』相手の勝負を捨ててるもんなんだって今更になって気付く。
俊敏性と器用さで勝る筈の『剣』が、どっちも投げ捨ててるんだ、負けて当然じゃないか。
でも、
でも、
「行くぞ」
「あぁ、来い」
まだ戦っていたい。
あの滅茶苦茶な先輩と一緒に、下手くそなりに、もっともっと戦っていたいんだ。
担いでいた大剣を右肩へ合わせていた。
いい。
右腕は捨てる。
こっちの剣へまっすぐぶち当ててくるジェシカ姉さんの攻撃を見る。
まともな方法じゃ逃げ場なんてない。踏み込みすぎてる。けど、だから通じる方法もある。
滅茶苦茶な先輩のように。
左脚を外へ投げた
そうして打ち抜かれた右肩からゴキリと嫌な音を聞きながら、支えの弱い方へと衝撃は流れ、外へ放った左足がぐるりと回って空を切り、それによって最後の狙いをつけた右脚のかかとが、前へ飛ぶ勢いのままジェシカ姉さんの側頭部を蹴り飛ばした。
「ッッッッッハハー!!」
いつかの笑い声と重なって、バカみたいに痛い右肩と、興奮して仕方ない自分がおかしくて大笑いした。
「決まったぜオラアアアアア!!! ハハハハハハハーーーーッハハハハ!!! っ、くっそぉ、滅茶苦茶痛ぇ……!!」
「つんつん」
「痛いってこれ絶対肩外れてんぞ!? つつくなバカペロスっ!!」
「バカベンズー、なんか大先輩みたいだったよー」
「へへっ、どうだすげえだろ、お兄様を敬えってんだ」
「私のがお姉ちゃんだもんね」
「いいや今のが決定的だ。俺が兄だバカ」
「それじゃあ」
ペロスは無駄にでっかい槍を担ぎ直して、立ち上がったジェシカ姉さんを見た。
「今から私もいい所見せるから、それで私がお姉ちゃんね」
「一対一なら決着付かないじゃん」
「私が勝つもん」
「へーへー」
痛む肩を抑えつつ、一際強く広がる青の魔術光に背を支えられながら息をついた。
すっかり会場は水浸し。足元が不安定になってくると、『騎士』で走り回るのはちょっと危ない。けど今ジェシカ姉さんは『騎士』の紋章を浮かび上がらせていて、矛先をこっちに据えて腰を落としていた。距離が出来たから、ではないんだと思う。
「ペロス」
「んー、なにー?」
これで二度、至近で二人の打ち合いを見たから分かる。
押されてるペロスは気付かない。けどなまじ受け止められる身体があるからこそ、あっちは気付いたんだと思う。
今の打ち合い、敢えて正面対決を選んでいたのは、最初で感じたことを確かめる為だ。
そして確信したからこそ、今度は『騎士』による突撃を仕掛けようとしている。
「打撃の力はお前が勝ってる。思いっきり振っていけ!」
「………………、う、うんっ! いくよー!!」
吹き荒れる青の暴風を眺めながら、音も無くやってきていた審判に助け出される。
悔しいけど、肩だけじゃなくて、もう足腰も言う事を聞いてくれない。
二本の棒を通した布の上に乗せられて運ばれながら、二人の戦いを眺めた。
大先輩も、オフィーリア先輩も、まだ戦ってるのに。
「ちくしょう……!!」
弱いんだな、俺は。
※ ※ ※
ジェシカ=ウィンダーベル
ハイリアの指導にはいつも明確な論理がある。
最初は良く分かっていなくても、例え方を変え、言葉を変え、私たちが理解出来るよう工夫してくれるし、訓練内容を分解して丁寧に体感させてくれることもあった。
手合わせの際に気付いたことを質問すればいつも理論的な答えをくれる。本人は、咄嗟に動いたことへ後付けで意味を見出している部分もあるとは言っていたが、確かにそうだと納得させてくれることは山とあったから、咄嗟の動きで意味を持つものが生まれるほどの試行錯誤を重ねているのだろうと思った。
あるいは、ああして自分の動きにどういう意味があったかと考えることも必要なんだろう。
そうしてひたすら理屈を積み重ねた上で、最後は無意識な行動に委ねる。
食事をする時のナイフ運びに一々思考を重ねたりはしないように、それでも音を立てない工夫や切るものに合わせた力加減や切り方など、本当はずっと複雑なことをしているのに、当たり前過ぎて頭を使うことがないという感覚。
でも一度考え始めれば次から次へと発見がある。
それらを考え、覚えこませ、無意識に動かすのにどれほどの時間が掛かるんだろうか。
思考する、というのは、迷いを生むことに繋がる。
訓練で頭を使うことに慣れるほど実戦の最中に思考が回ってしまう。
余裕のある時はいい。それを奪う豪快さは、今の私にとって強い弱い以上に厄介だった。
ペロス=リコットの攻撃には迷いがない。
当たるか当たらないかの思考がどこにもなくて、当ててやるぞという意気だけが詰まった思い切りの良い一振りは、時折確実に私の一打を凌駕していた。
最初は迷いながら、気持ちよく腕が触れていなかったようだが、特にベンズと言葉を交わしている時は迷いが消える。ハイリアであればこういう勢いを絡め取る手が使えるのだろう。私にはない。私のは絡め手ではなく、誤魔化しに過ぎないのだと今は納得している。悔しくはあるが。
ベンズが脱落してからは更に迷いがなくなった。
厄介だ、と思う。
時折驚くほど無様な攻撃を見せるが、同じくらい冷や汗が出るような見事な攻撃も飛び出してくる。
良い悪いがはっきりせず、しかもそれらを全力で振り切ってくるのが一層厄介だった。
即決着を狙えない程度には良い反応をしてくるから余計に。
雑木林を避け、雨でぬかるんだ土を蹴って駆ける。
互いに纏った膨大な青の魔術光は、この雨の中でもはっきりと位置を把握出来る。
元より『槍』は奇襲をするような属性じゃない。正面から近寄ってぶっ叩く。それは『騎士』になっても同じだ。
左手を掲げた。
単純な打ち合いで負けるなら、『騎士』の速力を生かした突撃と、『槍』が持てる最大火力で勝負に行く。
無駄に戦いを引き延ばすつもりはない。
打ち付ける豪雨の中、後方へ吹き抜けていく青い風の中から破城槌が浮かび上がる。
同じくペロスも左手を、いや、手にしていた馬鹿長い槍を放り出して両手で応じてきた。
衝突までの僅かな間。
真っ直ぐいくか、逸らして連撃を狙うか。
迷いが隙を生む。
「てい……やぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」
ただぶつかっただけの私と、余力を放り捨てて全力で叩き付けて来たペロス。
「ッ――ッッッッッッォォォォオオオ!!」
周囲の雨や水溜りを纏めて吹き飛ばすほどの衝撃の中、明らかに圧されている私は片膝をつき、けれどそれを支えとして手首を捻り――逸れた二つの破城槌が共に土砂を吹き飛ばした。
飛んだ土塊や土砂が観客席にまで及んでいるのをどこかで感じながら、すぐに一歩を踏み込んで右腕を振るった。
今の一瞬、左手側へ打ち逸らせたのが良かった。右側であったなら同じ振りでも攻撃が遅れる。迷い、失態を演じたが、同時に思考が勝機を見出した。
大降り直後、武器を捨てたペロスには反応出来ない。
これでっ!!
「だめえええええっ!!」
「な、ああ!?」
またしても予想外。
ペロスは振り切った動きのまま魔術すら解いて、勢い良く私に抱きついてきたのだ。
せめて打ち払えたら良かった。あるいは魔術光で阻めたなら。だが槍の動きを想定しての攻防で、視界が阻まれるのを嫌って後ろへ魔術光を流していた最中、唐突に制限を受けない生身で突っ込んでこられては対応が追いつかない。
「私たちがっ、勝つんだから……!!」
胸元に力一杯しがみ付いてくるペロスは、そのまま再び『槍』の魔術を発動させた。
「っっ、しま!?」
両手はもう私の後ろに回っている。
その状態で両手にあの大槍を握りこめば、私はそのまま締め上げられることになる。
懐に入られているせいで押し出すのも遅れる。吹き荒れるペロスの魔術光に視界を遮られながら、ようやく私は思い至った。
『槍』の魔術は発動が遅い。武器が実体化していても、加護が発生するには少しの間が必要だ。今無防備なのは私ではなく、ペロスの方だ。
それに、
「ぎゅぅぅぅぅっっ!!!!」
身長差だ。私よりも小柄なペロスが跳び付いてくれば足も浮く。『槍』の魔術を使用しているおかげでつい支え切ってしまっているが、本来なら前倒しになる所だろう。
そうすればいい。
「わっ、あっ!?」
余裕はある。
だから素直に身を前に倒し、ふんばりもないペロスを地面へ押し倒す。
ただこっちも魔術を解く必要があった。
しっかりしがみ付かれているから、押し付けるにも片手が無理だ。
右手で引き剥がすようにしながら身を前へ倒し、左手で腰元を支えていく。でないと倒れず突き飛ばすだけだ。
「ふんっ、む!!」
だが踏ん張られた。
そういえばコイツ、やたらと身軽だったのを忘れていた。
思いっきり身体を逸らして足をつけると、泥で足を滑らせながらもしっかり耐えてくる。
身体の使い方が上手いのだろう。魔術を解いた今の状態では押し切れない。
同時に、もう彼女の魔術は力を得つつある。
未だに私の後ろには両手が回っていて、背中には柄の感触がある。
滅茶苦茶だが、強い弱いの議論すら馬鹿らしくなる行動だったが、今この一戦で押されているのは私だ。
抜け出したいのに胸へ顔を埋められているせいでつっかえる。
やっぱり邪魔だこんなのっ。ペロスみたいだったらツルリと抜け出せただろうに、こんな時に邪魔をするなんて!!
とにかく何か、なんでもいいから隙を作らないと。
相手の意表を突く手。
あった筈だ。
そう、例えばフィリップだとかセレーネだとかは、たまに訳の分からない姑息な手を打ってくる。
まだ仲間になって間もない頃、装飾品をじゃらじゃらとつけたままで居ようとするセレーネの矯正にフィリップがやっていたような、髪を掴んだり服をめくったり、正直に言うまでも無く最低な行動だが、結構軽蔑するが、頭に浮かんだものは仕方ない。でも胸掴んだくらいでコレがどうかなるのか、戦いの最中にこっちの胸に顔を埋めてくるようなやつだぞ。
よし、じゃあセレーネだ。
あれはアレだ。そうか。それがあったか。特にアレはハイリア相手にも大きな効果を上げていた。万一外したとしても相手が逃げるなら好都合。
ちょっと覚悟の息を吸う。
あんな軽くやるのは余計恥ずかしい気がして、ちょっと固くなりながら、
「ペロス」
呼びかけて、頬に手をやる。
雨のおかげで髪もびしょ濡れだから、横髪を軽く払って、そっと顎をあげてやると素直にこちらを向いた。攻撃でもなかったから、つい普通に応じてしまったんだろうか。というよりコイツ、もしかしたらしがみ付いた後の事まるで考えてなかったのかもしれない。
私は彼女の腰に手をやったまま、よくわかっていなさそうな目から逃げつつ、彼女の頬へ――あの時セレーネはふざけてこんなことを言っていた。
「お前を私の虜にしてやろう」
ほんの少し、唇がふっくらした頬に垂れる雨粒を吸い取った。
間。
そして間。
すっごく間。
うん、やっといてなんだが、私も具体的に続きを考えてなかったな。
「…………………………わっ」
ぼとり、と槍をおっことして離れていくペロスを見て、そうかとソードランスを握り込む。
目をまんまるにする彼女は隙だらけ。
よし。
「あ……」
勝った。




