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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第四章(上)

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142


   ヨハン=クロスハイト


 店の場所は聞いていた通り奥まった場所にあった。

 小洒落た木造作りで、通りに広げた卓や椅子にも飾りが多くて眉を潜める。

 こんなもん、座って置ければいいだろうに、金が余ると無駄に形を変えたくなる病気にでも掛かるらしい。


「力を寄越せ。俺がハイリアを倒す為にな」


 俺を取り囲んできた二番隊の連中に言い放つと、どちらかと言うと困惑が広がった。

 言葉通りというよりは、変に勘繰られてるのかも知れねえな。


 面倒だ。

 ため息をつくと、別の意味に取られたみてえでいきり立つのが居た。


「プレイン、止そう。店での荒事は先輩の機嫌を損ねる」

「チッ」

 ワイズの言葉に囲んでいたとりわけデカいのが身を引くと、他の連中も揃って距離を取る。

 躾が出来ているというより、何か別の理由で仕方なくって様子だ。


 プレイン=ヒューイット、覚えがあるというか、何度もやりあったことがある。

 デュッセンドルフ魔術学園で最高位の『剣』の術者だと言われてる奴だ。


「そうだ、忘れていたよ。準決勝出場おめでとう。天下無双と呼ばれる近衛兵団の副団長を下した時の一撃は見事だった。それ以外は見るに耐えない酷さだったけどね」

「ふんっ、どうせ次で負けるさ。コイツにあの野郎は倒せねえ。そういうもんだ」


「負け犬ってのは言い訳も上手になるもんだ」


「んだとオラ!?」


 プレインに胸倉を掴まれ、椅子が揺さぶられて転びそうになる。

 大した形相だ。貧民街で裏路地に逃げ込んだ野犬が大体こんな顔をしていやがる。


「訂正しろ」

「訂正してやってもいいが、テメエが負け犬だって事実は変わらねえぞ」


 振り下ろされた長剣をサーベルで払う。

 宙返りで距離を取り、次々魔術を使って武器を握り込む連中に笑みが出た。


「いいねえ手間が省けて丁度いいくらいだ!!」

「下等生物がッ、試合前に俺が引導を渡してやるよ!!」



「プレイン=ヒューイット……!!!!」



 大音声が横合いから叩き付けられ、今にも切りかかろうとしていたプレインが止まる。

 不仲で、まともに言う事を聞かないから本隊から外されている、そう聞いていたが、流石にハイリアに次いで二番目の小隊を率いてきただけはある。


「激情に駆られて私闘を演じるなどエルヴィスの貴族にあるまじき恥だ。やるならば決闘。女王陛下の御名の元で正々堂々闘う誓いを立て、白手袋の用意をしたまえ」


 しばらく、奴は俺を睨みつけていた。

 だが剣を収めると、他の連中も次々と魔術を解いていく。


「ヨハン=クロスハイト。ヨハンと呼ばせてもらおう。俺のことはワイズでいい」

「…………ァァ」


 こちらへ歩み寄ってきたワイズは軽く両手を広げた。

 やりあうつもりはねえ、ってことか。


「君の言う通り、我々は敗残者だ。鉄甲杯へ積極的に係わっていくつもりも無く、夏季以降の学業へ向けて活動を始めている。しかし、殊更に侮辱を受けるのであれば、我々とて黙ってはいられない」


「どうするって?」


「君に白手袋を拾ってもらおう。どちらかが死ぬまで、勝負を終えることはない」


 息を抜いて、こっちも魔術を解いた。

 上手い切り口じゃなかったのは俺も分かってる。

 ただまあ、本当に牙の抜けた負け犬だったんなら、この先の話もするつもりはなかったってだけだ。


「上等だ」


 俺が言うと、勘違いしたプレインが身構える。

 それをワイズが制して、言葉を続けた。


「それは決闘を受けるということかな?」


「いや、テメエらはまだ牙が抜けてねえ。そいつが分かって良かったよ」


 もう一度魔術を使って、握りこんだサーベルを放り投げまわす。

 切っ先を掴んだ手で、ワイズへ向けて柄を差し出す。


 目を見張ったのはそいつだけじゃねえ。


 この行動の意味は、聞きかじっただけの俺より遥かに知ってる筈だからな。

 一度は次げた内容をもう一度言う。俺の目的はそれだけだ。


「力を寄越せ。俺がハイリアを倒す為にな」


「我らが女王陛下に忠誠を誓えるのか、キサマのような者が」


「テメエら次第だな。使えないと分かったら、すぐにでも喉笛掻っ切って逃げ出してやる」


「美しくない……」


 ワイズは顔を俯かせ、だが吐息だけは落とさなかった。


「美しくない、が……そこまでのがむしゃらさは、俺には持てなかったものだな」

「返事はどうする。待ってやるつもりはねえ。今決めろ」


 じっと、目を瞑ったワイズは沈黙した。

 したが、ようやくこっちを捉えた時、その目は確かに孤高を謳う国の男に相応しいものに思えた。


 柄を握り込む。

 受け取った剣を、こちらの肩に当て、もう片方へ当て、返し、差し出してくる。


 受け取ると、よくわからねえが指先で何かを切るような動きを見せ、言う。


「貴公を、ローエン家の名に於いてエルヴィスの騎士に任命する。これよりお前は女王陛下の剣となり、その身を民の盾とせよ」


「……本気かよワイズ」

「でしゃばるなプレイン。そして心しろ。これよりヨハン=クロスハイトは我らが同胞となった。その成長に、我々二番隊は全力を以って応じる。準決勝の日まで休む時間があると思うなよ」


 そいつは俺に向けてのものでもあるようで、受けて立つとサーベルを肩に乗せ、嗤った。


「期待してるぜ。精々俺を鍛え上げろ。代わりに勝利をくれてやる」


「ふふっ、これは本当に、狂犬だな」


 差し出された手を取る。

 すると、人の壁を割って女が料理を持ってきた。

 なんでか連中が揃って萎縮しているが、こんな女のナニが怖いんだ。


「ほら、血になりそうなものっていったらコレかなって」

「ぁあ? …………くせぇな」

「ハギスとゼリー寄せ。故郷の名物料理よ。栄養だけは満点だから」


 プレインもワイズも揃って距離を取り始める中、正面に回りこんできた女は俺の両肩を掴み、実に楽しそうな声で言う。


「久しぶりに骨のある子だなぁって。学園の活動とは別だし、久しぶりに私もお邪魔しようかしら?」


「せ、先輩っ!? そんな先輩のお手を煩わせるような事では!?」


「アンタたちだけじゃ不足でしょ。私ね、ハイリア様の大ファンなの。試合だって全部見に行ってるんだから。だから……他の人に負けちゃうのは嫌だけどぉ」


 頭に団子を二つ乗っけた女は、ぐいと顔を寄せて俺を見た。

 強い眼だ。勝利を当然としてきたみてえな、敗北を疑わない、だが明らかに普通じゃない眼。

 ガキみたいな真っ直ぐさと、熟練の娼婦みたいな色が混じっていて、俺には透明なガラス球の中に光を通さない真っ黒な水が詰め込まれてるように見えた。


「私の手であの強い瞳を屈服させたい。這い蹲らせて、助けてくださいって言われたいの。君がそれを代行してくれるならぁ、私のとっておきを教えてア・ゲ・ル」


 こいつは、暗殺者の眼だ。

 首へ絡み付いてくる腕は蛇のようで、身を寄せた女が熱い吐息を掛けて来る。なので、


「あいたーっ!?」


 強めに額を小突いて離れさせた。

 さっきまでとは打って変わって、元のおちゃらけた様子に戻ったが、連中が揃って興奮した様子なのはどういうこったよ。

 とりあえず指差し言っておくことがある。


「いいか、俺にはもう女が居る。だからあんまし密着してくんな」


「うーん、その目も濁らせてみたいなぁ」


 めんどくせえやつだ。


「じゃとりあえずソレしっかり食べて、身体を整えなよ」


 机にある品を指差され、こめかみがヒクつく。

 なんだこれは。

 酔っ払いが地面に吐き出してるものと同じにしか思えない臭いと見た目、酷いを通り越して拷問の訓練でも始める気かと言いたくなる。

 もう一つは、これも正気を疑うもんだった。透明なスープに浮かんでるのは、色は違うが蛇にしか思えない。そいつをただ適当にぶった切って放り込んだような、物語に聞く魔女の釜の中身にしか思えない気持ちの悪い品だ。そんなもんの脇にあるから、添えられた赤いソースが固まりかけの血にしか思えなかった。


「コレは本当に飯か」

「伝統料理だよ」

「貧民街でもこんな酷いのは食わねえぞ」

「伝統料理だよ」

「お前の国は頭がおかしい」

「はっはっは! その一員になったのを忘れたかなっ!!」

「なあワイズ、剣預けた話なかったことにしていいか」


 話を振るとワイズは少し引きつった表情で、


「言わんとする事は分かるし同情もするし、俺もこちらへ移り住んで相当な衝撃を受けたものだが……」

「あぁ……覚悟した方がいいぜぇ……」

 プレインまで追従してきて、


「我が国の飯はマズい」

「民の全てが牢獄で暮らしてるんじゃねえかと思うくらいにな」


「………………本気で前言撤回して帰って良いですか」


 敬語まで使ったのに駄目だった。


    ※   ※   ※


   ジン=コーリア


 心底思うが、オフィーリアの家で用意してくれる食事は相当美味い。

 大穀倉地帯を抱えるホルノスの食料庫であるのも起因してるだろう。

 安定した収入源は持続するほど更に生活の質が向上し、新しい収入源が生まれてくる。好循環って奴だ。

 戦争は兎角飯を消費するし、言い方は悪いがフーリア人との戦争がルトランス家の発展を支えてきたとも言える。


 材料はデュッセンドルフで手に入るものだろうし、違うのは持ち込んでる調味料や香草各種だけじゃなく、調理技術の違いが大きい。

 長年皿代わりに分厚く硬く焼き上げるだけだったパイ生地を、それごと齧って食べようとは思わなかった。さっくりとした何層にも渡る生地の食感に、中へ込められた刻んだ肉と野菜は香辛料が効いていて実に美味い。ミートパイ、アップルパイ、その他とりあえずパイパイパイと、パイばっかりなのが難点だが、美味いのだからいいだろう。

 葡萄酒で口に残る生地の欠片を流し込み、心なしか優雅な気分でグラスを置いた。


「今頃ヨハンは二番隊と一緒に訓練中か」


 ハイリアの準々決勝突破から一夜明け、今日から本格的にあの部隊への対策というか、やるぞーって感じで訓練が始まる。

 空は快晴、地上はじっとり暑く、日影に居ればいいんだが、陽を浴びると途端に汗が噴出してくる。このまま優雅に影で葡萄酒を愉しんでちゃ駄目なのかなぁ。


「ジン先輩ジン先輩っ!」

「ん、なんだベンズ」

 我が小隊期待の新人ことベンズ=リコットは握りこぶしで俺に詰め掛けてきた。頬にパイ生地がついている。

「なんでヨハン先輩一緒にやらないの? 二番隊って最初に負けた弱い人たちでしょ?」

「ふーむ」

 残る葡萄酒を再び舐めて、

「まあ確かに初戦負けだが、正直相手が悪かった」


 隊長のワイズも使い手としては上々だし、プレインも学園での評価は最高、多分どっちにも俺は勝てない自信がある。

 内乱を勝ち抜いた、って言っても、最前線で戦い抜いて成長したのも居れば、早々に脱落して寝て過ごしたのも居る。俺は戦うより頭使って人間使ってた方だから、実戦経験を積んで腕が上がりましたーなんてのとは縁遠い。

 形式だけ見ればお遊びに近い総合実技訓練だって、単純に戦うってだけなら相当に激しいし命の危険もある。

 同年代ばっかりのお山の大将とはいえ、戦場に立てばどっちも平均よりはずっと強い方だろう。

 むしろ近衛兵団だの神父だのと、馬鹿みてえな連中を目の当たりにし過ぎた俺たちの方が、この鉄甲杯の力量差を見定める上で目が曇ってるかもしれないんだからね。


「それにな、今のヨハンにはちょうどいいよ。二番隊はとにかく正統派な相手が多い。ただプレインを始めとした捻くれたのも居るから、色々と参考になるだろ」


 結局内輪に収まっちまった俺たちとの環境より、多くの変化を得られるかもしれない。

 俺も話していて思ったことだが、神父にハイリアに、今は急成長しちゃったオフィーリアといい、ヨハンの周りにはいつも数段上の相手が居た。多分な。だから自分の位置を見失う。戦いで敵に圧倒されると、そいつが紙一重だとしても途方も無い違いがあるように感じることがある。自分の力がどういうもので、どこまで通用するのかを見定める目が、アイツには不足してる気がするんだよな。


「えー、でも私たちだって強いよー。大先輩居ないとつまんなーい」


 ベンズの後ろからひょっこり顔を出したのはペロスちゃん。

 頬を膨らませて愛らしいことだが、一度考え出すとウチにはいい練習相手が居ないんだ。


「まーこの数日の辛抱だ。キッカケは掴んでるんだ、もしかするともうバリバリ強くなってるかもしれないぞ」

「うふーっ、戻ってきたら相手してもらおー」


 どうせヨハンは強くなる。

 内乱の時そう感じて、ここまでずるずると引き摺ってきたが、まあこの鉄甲杯でも届かないんだとしてもだ、きっと勝てるに違いないって思い続けてる。

 根拠なんて知らん。俺がそう思いたいだけなのかも知れねえし、見当違いなのも知れねえ。

 腕前を言えば俺は学園生でも中頃がいい所だしな。


「でまあなんだ、食事も落ち着いてきたし、そろそろなんか作戦とか練ろうと思うんだけどどうするよ」


「ぶっとばあす!」

「けちょんけちょんに!」

「ふふふ」


 勢い任せな双子に心底楽しそうなオフィーリア。

 距離の近い後輩が出来たことでいつも世話を焼きたそうにしているんだが、普段あいつらはヨハンにべったりだったからな。居なくなって接する機会が増えたおかげで今日は特に上機嫌だ。


「よぉしっ! それじゃあけちょんけちょんにぶっとばす作戦やるぞ!」


「えいえいおーっ!」

「おーっ!」

「おっ、おっ、おー……っっ」


 オフィーリア、乗り切れないなら無理しなくていいんだぞ、この程度の事で顔真っ赤だし。


「でまあ真面目に言うけどさ、どうやったら勝てるかね? 相手上位能力ばっかりだし、ハイリアめっちゃ強くなってるし、あのプレイン一刀両断だぞ、俺たち遠距離居ないしさ」


 くり子ちゃんみたいな手が使えればいいんだろうけど、話に聞いてる会場は平原仕様で、多少視線を遮る林があるものの、叩き飛ばせそうなのは土塊くらいだ。ウチに花火はないし、球を持ち込むにしても度が過ぎれば反則なんて言われそう、数発程度じゃ『角笛』が居る以上難しいし、終盤まであからさまな遠距離武器を放置してくれるってのは夢の見すぎだ。


「ハイ、とりあえず誰なら勝てそうってのを言ってこう。俺は全員無理だ」


「いきなり弱気なこと言ってるー」

「補欠が逃げなきゃ『弓』も『盾』居たんだがなぁ」

 ヨハンのしょぼさを見て、大会へ登録してるのに戦線離脱しちまった。こっちも去る者追わずで抹消するよう申請はした。後から首突っ込まれて俺は準決勝まで行った小隊の人間さーなんて言われたらヨハンじゃなくても蹴り潰す所だ。

「で、ベンズはどうなんだ? 試合は全部見てるだろ?」


 言うと、双子の兄だか弟だかはうーんと首を捻り、


「俺だけだと辛いなぁ。ペロスと一緒なら、『騎士』のひょろっこいのとか、ジェシカ姉さんとか戦えそうだけど」

「姉さんなのか」

「最近会うと金平糖くれるんだ。姉さんって呼んでる」

「あまくておいしいっ」

「ほーっ」


 甘味は貴重だ。

 貴族や金持ちが独占しようとして市井には出回らないこともあるから、なるほど東側の出身者とあって独自の経路を持ってるのかもしれないな。


「『騎士』のどっちかを抑えられるか。まあそれでも十分上出来だよな。問題はナーシャちゃんだ。多分だが、ウチとの戦いじゃあの子が一番厄介で倒しにくい」


「『角笛』って『弓』の上位でしょー? 『剣』一杯だし勝てないかなぁ?」


「アレを狩るには腕っ節だけじゃない部分も必要だな」


 『角笛』はとにかく攻撃の量が違う。

 次々獣を生み出して襲い掛からせてくるし、術者はその中に紛れ込むことだってある。ここまでの試合を見る限り、どうにも使える武器の制限でもあるのか短弓しか使ってない。術者からの直接攻撃自体は接近するまで無いと見ていい。

 この手の戦いはどれだけ獣を刈り取れるかじゃなくて、集団を相手に立ち回る上手さが必要になる。

 例をあげれば神父みたいな、単独で敵部隊を引っ掻き回す力だな。

 腕っ節も化け物だったが、アレはまず期を見る眼が怖ろしく鋭かった。


「どっちにせよ、一対一で向こうと戦えるのはオフィーリアと、期待通りならヨハンの二人だ」


 それだってハイリアに勝てるかどうかは分からない。

 出来れば残して他を刈り取るのが理想。


「大先輩はねー、絶対隊長殿と戦いにいくよー」

「そうだな」


 出来ない策を考えても仕方ない。


「オフィーリア、鎧通しも打撃封じも出来るよな」

「通すのはともかく、自由自在に受け止めることは……ましてやそれと分からないよう弾き返してみせるのは難しいです」


 ピエール神父のようにとは考えてないが、やっぱりあそこまでとなれば今日明日で出来るもんでもないか。


「厄介なのは相手の機動力だよなぁ。『騎士』二人に『角笛』に『旗剣』。四人が戦場駆け回ってくる上に、ハイリアに追いつかれたら一人一人刈り取られそうだ」


「オフィーリア先輩は勝てない?」

「……どうでしょう。正直、神父との戦い以降、王都の近衛兵団で揉まれてきたハイリア様は、近接戦で未だに底を見せていません」

「傷を負わせたのも、遠距離攻撃に徹したくり子ちゃんとこだけだしな」


 魔術による攻撃じゃ、無傷って訳だ。

 アイツは魔術光による読みもずば抜けてたし、魔術使わない方がいいのかも知れんが、今更だ。

 勝るのが難しいといって別方向へ舵を切るには失うものが大きすぎる。


 俺は乾いてきた喉を葡萄酒で湿らせ、

「あとは、そうそうセレーネか。前の試合じゃセイラさん倒してるし、まだ危なっかしさはあったけど、甘く見るには成長してきてるよな」


「私がお相手します」


 一瞬間が生まれて、全員がオフィーリアを見た。


「彼女は大切な友人です。一緒に研磨してきた仲でもあります。この大きな舞台で競い合うのは、友人としての本懐ではないでしょうか」

「燃えてるねぇ」

「アンナさんのお家で約束もしましたからっ、正々堂々と戦いましょうって!」

「あぁ見た見た」


 勢いに押されて頷いてるセレーネの姿をさ。

 友情を疑うつもりはないけど、セイラさん倒した時みたいに必要とあればあっさり手のひらを返せるってのは結構な利点だ。オフィーリアの情熱を利用して、終始時間稼ぎに徹してこっちの主力を封じてくるかもしれない。セレーネとハイリア、どっちも勝つと決めたらクレバーだ。


「俺が倒してやってもいいけど?」

「いいえ私がっ、約束しましたからっ」

「よし! それなら任せた!」

「はいっ!!」


 オフィーリアはセレーネが現れたら釣られる。うん、まあ分かっているだけマシだ。負ける事は無いだろうし、予定外でないなら備えも出来る。


 ベンズはセレーネよりも『騎士』二人に興味があって、ペロスちゃんは『角笛』を気にしていた。


 ヨハンはハイリア、まあ立ち塞がったらとりあえず斬りかかるだろうから、序盤から中盤の消耗をどれだけ抑えられるかだ。


 具体的な勝利への方策なんてウチにはない。

 ウチはとにかく腕っ節で勝ち上がってきた。

 強いのはオフィーリアだけじゃない。ベンズもペロスも、戦績だけならオフィーリアと違いがないし、他小隊からの加入者もある中でほぼほぼ五人の枠へ入っているというだけで実力は察せる筈だ。ま、勢い任せで作戦なんて聞いてくれないけどね。


 それぞれの目的を分かってれば良い。

 誰を狙いたくて、誰が嫌なのかを把握しておけば、行動の突飛さに惑うこともない。


 重要なのは初期配置だ。

 相手の陣容を読んで上手く配置すれば、皆の動きをある程度指定出来る。

 戦いが始まれば無我夢中になるにしても、最初だけはそこそこ話を聞いてくれるから微調整も可能。

 まだ日数もあるから、相手をして欲しい対象へ興味を持つよう話を振っていってもいい。


 非効率なのも、危険が大きいことも、指揮を執る人間として情け無いのも承知の上だ。


 だがこいつらは首輪をつけて飼うには勿体無い。


 魔術の性質としては劣るだろう。

 作り出せる状況としては向こうが絶対有利だ。


 それでも、一度勢いに乗り始めたウチを止めるのは容易じゃない。


 理性による裏付けの元、本能を目一杯開放させて暴れまわる。

 そいつの凄さを俺たちは何度も見ているんだからな。


「よし、それじゃあ訓練でも始――」


「オフィーリア先輩おかわりっ!」

「おいしかった! もっと頂戴先輩!」

「ねえねえもっともっと!!」

「おいしいご飯くれる先輩大好きーっ!」

「っっっ!? はい!! 沢山容易してますから是非食べてくださいね……っ!!」


「よぉし俺ももう一杯葡萄酒を! いやコイツ中々イケるよな!!」


    ※   ※   ※


   ルリカ=フェルノーブル=クレインハルト


 ようやくおっかない仕事が終わったので今日はごろごろしてようと思ったのに、緊急の要件で朝から引っ張り回された。

 食事も馬車の中で摂る。優雅に卓と椅子を広げて食べてる時間が今は無い。


「……ん、おいしい」


 でも実は変に飾られたものよりこっちの方がお気に入り。

 サクサクに焼いたパンへ焼いたベーコンとチーズを乗せて食べる。おいしい。冷えたミルクもイケる。焼いた卵を乗せたのも食べたいけど、アレは前に黄身がこぼれて服が汚れちゃったから無し。ハイリアが以前やたらと半熟に拘ってたけど、食べてみると理由も分かる。早朝採れ立ての卵をしっかり洗って冷暗所保管が必要になるけど、それだけの価値はある。王様になってよかった。


 千切ったパンから伸びるチーズを眺めながら、ついどこまで伸びるか試したくなる。やりすぎればチーズが落ちるし、サクサクのパンは粉が一杯出るから、前掛けがあっても残ることがある。でもびろーん。


「ご機嫌そうですね」

「やっと負けられたし」


 近衛の副団長ベイルが羨ましそうに言ってくる。

 普通は馬車の中で同席したりはしないんだけど、今は表立って動いてないから仕方ない。

 騎馬隊なんて連れてたら王様ここに居ますって言うようなもの。馬車自体にはベイルと御者だけ、密偵が周辺を固めて、道々の要所を兵団の人たちが抑えてる。


「やー、陛下にそう言って貰えると、みっともなくやられた身としては気が休まりますよ」


「強かった? ハイリアの仲間」


 立場上仕方ない部分もあるけど、王の身を放り出して挙句学園生に負けたっていうのは結構な失点みたい。

 もしルトランス家が私に傅いてなかったら、同じ相手にフィラント王シャスティが組み伏せられてなかったら、もっと批判は強かったと思う。


「強かった、って言っちまうのは、俺の言い訳ですがね。いやー、まー、大口叩いといて説教までして、あんな負け方ってのはどうしようもないですよ」

「私は強かったと思うよ」

「へへぇ……」


 興味深そうにこちらを見てくる。

 少し言葉を探して、


「私が『盾』の魔術を練習する時、皆言ってたよね。優れた『盾』の条件は、相手を絡め取ろうと考えない事だって。当たり前を重ねて相手の動きを縛る。盾の距離、角度、間、そういったことをより正確に行うことが必要なんだよね」

「そっすね。ま、偉そうなこと言ってましたけど、兵団の『盾』は皆殴りこむのが好きなんで、誰でしたっけ、ハイリアとやりあってた……アベル=ハイドってのの動きはウチ向きでしょう。彼ほどに正確で素早い判断と盾配置があれば、動き回るのも間違いじゃないですよ」

「でも絡め手は総体としての弱さ故の行動だって、ハイリアは言ってたよ」

「はい」


 近衛兵団は数で劣る。

 根本的に敵の方面軍を相手に掃討戦にまで持ち込めるような戦力はない。

 彼らが弱いんじゃなくて、組織の性質上、あまりにも大規模な軍勢があちらこちらへ顔を出すと兵站への負担が甚大になる。即応部隊、とハイリアは言っていたけど、独自の手段で資金や食料を得ていたとして完全な無補給で存続できる軍隊なんて居ないから、やっぱり数を絞る必要があった。

 その上で戦果を上げるべく彼らが覚えたのは、あの無茶苦茶としか思えない豪快な寄せ手だ。


「力……数とか実力で相手を上回るなら、当たり前に進むだけで勝ちが転がり込んでくる。あの時見たのはそういう剣だと私は思った」


 戦いは素人だ。

 専門家相手にこんなことを言うのは気恥ずかしいけど、ここまでの散々な姿を見てきたからか、彼とは遠慮無く話が出来る。

 馬鹿だけど頭はいい、馬鹿だけど。

 私の意図や考えの底を読んでくるし、読んだくせに汲んでくれないことも多いし、失敗もするけど。


 彼は嬉しそうにするだけで、特別私の言葉を否定も、肯定もしなかった。


「ハイリア……勝てるかな?」


「どうでしょうね」


 答える気がない、のではなく、本当に分からないという声だった。

 つまり、近衛の副団長から見て、あの『剣』の術者はハイリアにも勝ち得る力があるということ。


「試合、見たいですか」

「…………今回の案件が浮かんでこなかったら、行けたんだろうけど」


 勝っていれば予定の入れようがない状態だったから、他を圧迫することなく別件に費やせるのはありがたいけど、相変わらずゴロゴロできる明日は遠いみたい。

 溶けたチーズが落ちる前に、持ったままだったパンを口に入れる。少しだけぬるくなったミルクで飲み込もうとした時だ。



「ざっけんなよお前ら!?」



 聞き覚えのある声が馬車の外から聞こえてきた。

 こっそり窓のカーテンをよけて外を覗くと、小さなお店の前で口論するような集団があって、

「あの人……」

「補佐殿のお仲間の、名前はたしかヨハンでしたっけ。周りに居るのは陛下も初戦で当たったエルヴィスの連中です」

 どうしてこんな所で、と伺っていると、更に店の女の人が高らかに声を張り上げた。


「スターゲイジーパイ! 私の故郷に伝わる料理だよっ!! 文句言わないで食べな!!」

「これが食べ物に見えるってのか!? 拷問か!? お前ら正気じゃねえよ!!」


 人垣が割れて卓の上が見えたので、私はカーテンを戻して席へ戻った。

 用意してくれたパンもチーズも残ってるけど、食べる気力は無くなった。


「あんなの食べてる国なんて信用出来ないよね」





   〇ハギス

 羊の肉やタマネギや臓物や臓物や臓物をミンチして、調味料香草などで味付けして、臓物に詰め込んで煮込んだゲロ。発想はソーセージなどと変わらないのにさる島国の人に作らせると人骨散らばるグロシーンに出てきそうな見た目に仕上がる。

 作中では取り出した中身だけ登場してます。



   〇ウナギのゼリー寄せ

 実は昔ウナギの産地だったあっちの島国の人が考えたウナギ料理。

 とりあえずウナギぶった切ってなんか色々混ぜて煮込んで冷やしたらゼリー状に固まった料理。臭み取りなどしない。

 要するに煮こごりなのでそこそこ旨みはある。カットが大きいと生々しくて食欲が削り取られる。いいから内臓取れ。一応臭みを誤魔化す為に強めのソースなどを掛けて頂くが、酢の類が出てくるとゲロ感が増す。


   〇スターゲイジーパイ

 星を見るパイの名を持つロマン料理。そう、このパイには無数の星が散りばめられていて食べる者の目を喜ばせてくれる訳が無いだろ。

 正体はパイに魚の頭を上向きぶっ刺した拷問料理。星を見るのは食べる人じゃなくて死んだ魚の目である。どれだけ周りがドン引きしようと魚の頭は外してくれない。知らない人は一回検索してみて。



  ○一応○


 現在では調理法の発展、調味料香辛料の豊富さなどから比較的食べることが可能な品も存在しています。

 ウナギゼリーは透明なゼリーにホルマリン漬けよろしくぶつ切りされたウナギが浮いているという見た目のグロさなどを除外すれば食べられる味でしょう(なぜか内臓も骨も取らないけど)。パイは縁起物で本来食べるものというよりお祭りで出す品、背景となる物語もあり、物語になぞらえ登場人物を讃える為の品だそうです(他国の縁起物は美味しい物が多いよねって話は知らない)。ハギスもレバニラ好きな人なら、フランス人の調理したものであれば美味しい感じる可能性はあります(食べたこと無い人はレバーをぐっちゃぐっちゃにして食べたらどうなるかを考えてみてください、本家は臓物てんこ盛りです)。

 そして大航海時代での調理レベルでどうかと考えると味の壮絶さは相当なものでしょう。

 見た目の凄さは、お前らどの口が魔女狩りだのとほざいてんだよと突っ込みたくなるモノがいっぱいある。お祝いにスターゲイジーパイが出てきたら魔女の祭典だと言われても仕方ないよね。


 しかし、ハギスといいゼリーといい栄養だけはしっかり取れる。

 食事は栄養を摂取するものであり、愉しむものではないから、というのが当時の感覚なのかな。

 ただ現在では若者を中心に改革が進んでいて、旧来のメシマズ国という状態からは脱却しつつあるとのこと。あちらで食事をするなら若い人が厨房に立っているか、新興のお店であるかを確認した方がいいのかもしれない。


 栄光ある孤立からやがて産業革命、鉄道などを世へ送り出し、新大陸移民からは蹴り出され、いずれは極東の島国と同盟国になって馬鹿みたいに可愛がったりするのがメシマズのツントロぼっち連合王国です、ハイスペックですね。

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