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14

 久しぶりの登校は予想を遥かに超えて大変だった。

 アリエスやメルトから予め警告されていたとはいえ、一週間近く経過しているにも関わらずこれほどまでに熱狂が続いていたとは……。


 始業開始の鐘が鳴っても、朝から挨拶にやってきた者たちが帰る様子はない。俺が居るのは貴族向けのクラスで、教室も一般に比べてずっと広く、学び舎ということである程度は自粛しながらも品の良い内装が施されている。

 良く大学や海外の学校なんかで見る階段式の講義室、と言えばイメージは掴みやすいだろうか。質の高い机にふかふかの椅子。席の後ろはちょっとしたカフェのようになっていて、飾り付けられた観葉植物が授業間の疲れを癒してくれる。

 奥にはなんと厨房もあり、紅茶やお菓子は勿論のこと、軽食くらいならばここで取ることも出来るという、正直言えばドン引きな豪華さである。因みにそこ、授業中でも好きに使っていいことになっていて、あまり熱心じゃない層はよく後ろで声を潜めながら談笑したり遊んでいる。そんなだから貴族に馬鹿が多いんだな。


 そんな教室内に、今は数えるのも馬鹿らしいほどの生徒たちが押し寄せて……いや何気に教師も居るな。一時間目の授業を行う筈の教師は影も形も見えないから、多分人の壁に遮られて入ってこれないんだろう。

 席に決まりは無いが、貴族というのは縄張り意識も強く、特にこのクラスでは細かい階級分けがされているのもあって、ほぼ固定だ。

 俺の席は窓際の一番上。大抵階級が高い順に上へ座るから、まあ侯爵家と言えば滅茶苦茶高位の貴族だし、文句を言えるのは王族と一部くらいだ。いつもはある程度遠慮してくるクラスメイトも、今日ばかりはバーゲンセールへ挑む主婦たちの如き気迫で俺へ詰め寄ってきていた。

 そんな訳で、授業が始まらない。


 彼らの告げるほとんどの言葉は賞賛と好意と阿りだったが、中には俺のことが書かれているらしい小説や、恥ずかしいことに絵画まで持ち込んで一筆サインをくれと要求してくる。

 自分の顔が描かれた絵にサインとか恥ずかし過ぎるだろう。

 だれだそのキラキラした少女漫画みたいな男は。そして一番疑問なのは雷神様もかくやとばかりに筋肉ムキムキな絵画だ。金髪と髪型くらいしか共通点ないぞ、お前はそれに憧れるのか。第一なんで俺は瓦礫の上で高笑いしてるんだよ、それもう英雄通り越して魔王だろ。

 本来なら教室に着いた後は付き人用の控室へ行く筈のメルトも、この波の前にただただ押し流されるばかり。


 どうしようかな……。

 そんな事を考えて窓の外を眺めると、それなりに離れた一年生校舎の入り口に人だかりが見えた。

「なあ、君」

「は、はい!」

 近くに居た、半裸な俺の絵画を手に興奮した様子の男へ声を掛けた。やめろ頬を赤らめるな気持ち悪い、そっちの趣味はない。断固無い。

「あっちは何かあるのか?」

 俺が示した方向に皆の視線が集まる。

 校舎入口前に集まる人だかりは、今俺の周囲へ集まる数に比べるとずっと少ないが、どうやら誰かを取り囲んでいるらしい。不穏な気配は無いものの、校舎にすら入れない状態というのはどういうことか。


「あぁ、リース=アトラさんの勧誘ですよ」

「ほう?」

 『幻影緋弾のカウボーイ』メインヒロインにして、ランキング一位に輝いた女の名に、あることを思い出す。


 そういえば、彼女は『剣』(ブランディッシュソード)の上位能力である『旗剣』(ライトフラッグ)に覚醒していたんだった。あれからごちゃごちゃとありすぎて忘れていた。

 本来であれば覚醒は中盤か終盤なのに、プロローグの段階で覚醒なんてしていたから、あの時は本気で驚いた。やーコレ終わったかなぁ、なんて考えたものだ。

 思わぬクレア嬢の頑張りに救われたんだったな。彼女が相当に削っていてくれたからこそ、俺はあの少ない攻防で彼女を倒せた。本来ならその程度で倒せるほどの底力じゃない筈だ。


「彼女は既に、あのジーク=ノートンの小隊へ属していた筈だが」

「まあ、そうなんですけど……その小隊長自身が不在というのもあって、結構な数が引き抜きを掛けているみたいなんです」

 なるほど。確かに引き抜きそのものは珍しいことじゃない。

 相手の中核に知られれば報復が加えられる場合もあるが、ウチもビジットなんかがよく引き抜きの話を受ける。アイツは女に弱いから、色仕掛けが非常に多い。そんな訳で教室が同じなクレア嬢には、監視と教育と懲罰を任せてあるから結果的にビジットは俺の小隊から逃げられない。


 まあ実際、アイツを引き抜かれるとウチが一番を維持するのも難しくなるんだが。

 『盾』(フォートシールド)の上位能力は反則だ。戦術をひっくり返す『騎士』(インペリアルナイト)を持つ俺から見ても、正直アレは無い。術者の少なさから歴史上極めて稀な覚醒者でもあるビジットは、その来歴と合わせてかなりの注目を集めている。

 軍からの引き抜きが滅多に無いのは、その来歴が面倒だからというのもあるが。それでもたまに、学生なんぞやってないで前線に来てくれと懇願しに来る者は居る。


 ともあれ、リース=アトラだ。

 なるほど。彼女は元騎士家系の人間で、階級意識はそれなりに強い。高位の者には一定の敬意を払うし、率先して逆らったりもしない。

 だから、ああしてしつこくされても断りきれないんだろう。


 ジークが居れば問題は解決するだろうが、アイツはまだ療養中だ。時期はズレたが里帰りもして欲しいから、ある程度支援してやる必要もあるかもしれない。

 となるとこの問題は解決しておいた方が良さそうだな。

 俺自身、ゲーム中で見てきたリースには十分な好意と信頼がある。彼女向けな手段はすぐに浮かんだ。


 俺は座席から立ち上がり、片手を掲げた。

 不意の行動に近くの者が注目し、沈黙する。それは徐々に周囲へ伝播して、あれほど騒がしかった教室に静寂が舞い降りた。そのまま少し待つ。

 間近に居た男が、堪え切れず何かを言おうとした。それが音となる前に俺は言う。


「相手の都合次第になるが、可能であれば今日の放課後、俺自身が『旗剣』(ライトフラッグ)の真価を推し量ろう」


 思わぬ発言に周囲が息を呑む。

 つまりこういうことだ。


「ハイリア=ロード=ウィンダーベルの名に於いて、リース=アトラへ勝負を申し込みたい。あくまで、訓練という形ではあるがな」


 人の声が、爆発した。


 あの総合実技訓練から一週間。興奮冷めやらぬ状況に、更にこの燃料投下だ。人々の熱狂は更に大きなものとなり、この一大事件を一刻も早く伝えようと人だかりは散っていった。

 応援の声を受けつつしばらく外を眺めていると、校舎前で立ち往生していたリースの元へも話が届けられたのを見る。誰かがこちらを指し示し、真っ赤な髪の少女が俺を見た。

 お互いに表情が分かるほどの距離ではなかったが、俺はなんとなく彼女の反応が読めた。


 今、彼女は笑っている。


 さて、我ながら思い切ったことを言ったが、ぶっちゃけ一番心配なのは……、

「勝てるかなぁ…………」

 俺の呟きは人々の熱狂に掻き消えた。


   ※  ※  ※


「あまり無茶をなさらないで下さい。病み上がりで、完治したとは言えない状態です」

 控室でメルトの淹れてくれたお茶を飲んでいると、今まで黙って従っていた彼女が口を挟んできた。


「そ、そうでしょうか」


 因みに俺は一度彼女を怒らせて以来、ずっと敬語だった。

 だ、だって……もじもじ。


 メルトは何か言いたそうにしていたけど、今は別のことを優先すべきと考えたらしい。

「途中、少しでも不調と思えたらすぐに戦いを中止してください」

「はい。わかりました」

「……」

 なんだよぉ、そんな不満そうな目で見るなよぉ。

 いや、あれからそれなりに経過したし、落ち着いたと言えば落ち着いたんだが。


「その……メルトさん?」

「はい」

「敬語は……止めた方が……よろしいんでしょうか?」

「はい」


 はい、のトーンがちょっと怖かったから、これは戻さないでいるともっと怖そうだ。おそるおそる俺は口調を元に戻すこととした。

「……メルト」

「はい」

「お茶、美味しかった。ありがとう」

「……はい」

 よし。


 俺は立ち上がり、メルトの開けてくれた扉を潜って通路に出る。

 道順は分かる。そのまま進んでいけば総合実技訓練の会場だ。普通なら当日の内に抑えるのはほぼ不可能だったが、あの熱狂が授業の邪魔をするというのもあって、急遽学園からも許可が出た。

 リースへの申し込みは、人伝で了承を受け取り、まだ顔を合わせてはいない。

 メルトを伴って歩いていると、会場の歓声が早くも聞こえてきた。


 陽の光が差し込む出入口を前に、一度立ち止まってメルトへ向かい合う。

「アリエスを見てやっていてくれ。試合後にはリース=アトラと話したいこともあるし、先に帰っていてくれても構わない。必要ならくり子を寄越してくれ」

「はい」

 いつも通りの返事に満足し、俺は光の中へ身を躍らせた。


   ※  ※  ※


 今回のフィールドは以前に比べるとずっと小さいものだ。

 直径で百メートルほどの円形。地面は硬い岩場で、そこらに凹凸がある。外周付近には崖とも言えるような状態の場所もあり、迂闊な道を選べばそれだけで追い詰められる。

 足場が悪いのはお互いにとってやりにくい。『剣』の特性を考えれば俺に不利となる部分でもあるが……、


 俺が立っているのは会場の中心付近。

 岩場の間にある比較的平らな場所で、これが小隊同士の戦闘であれば、ここの所有を巡ってまず最初の激戦が始まる。会場のほぼ全域が『弓』の射程内に収まることもあって、訓練さえ積めば要所要所に妨害の罠を仕掛けることも可能だろう。

 それだけに俺からすると面倒な印象のある場所だ。


 『騎士』の魔術で真っ先にここへ進んできたが、今の所リースからの反応はない。

 もっと進んで見るか、それとも待つか。

 進めば多少大きな岩がいくつも転がっていて視界が悪い。潰して進む方法もあるとはいえ、それも隙になるから安易には出来ない。


 俺は突撃槍を散らし、手の中にハルバードを生んだ。

 青の魔術光は俺の周囲に漂い、高い防御力を持つ半透明な甲冑となっている。眼前の紋章から騎馬が消えた。

 ここは『槍』でいい。

 『騎士』の状態は機動力が高まる一方で、やや足元が安定しない。腰を落ち着けて迎撃したいのであれば『槍』がいい。


 『槍』の魔術光は派手だ。もうリースには居場所が分かっているだろう。

 来るとすれば正面の通路か、左側の岩場を抜けてくるか。


 視線を向けていた左の岩場が、突如として粉砕された。砕き、飛ばされた岩が数えきれない礫となってこちらへ襲いかかる。

 手の中でハルバードを握り直し、視線を巡らせる。

 礫は無視して構わない。人くらいの大きさが直撃すれば別だが、その半分程度なら十分に防ぎきれる。魔術光に弾かれ、あるいは外れ、幾つもの礫が足元へ撒き散らされた。動き回るには邪魔だな、と思う。

 降り注ぎ続ける礫を意識しつつ、俺は砕かれた岩場を見る。


「……居ないか」


 どこだ。

 背後? いや違う、彼女は……、


 落下してくる幾つかの大岩に目を向けた。外れるものとして軽く意識する程度だったソレが、不意に軌道を変えてこちらへ向かってくる。

 巨大な岩だ。直撃すれば流石に魔術の防御も砕かれるだろう。迎撃? 違うな。


 俺が取った行動は後退だった。

 『騎士』の属性へ切り替えて、落下してくる岩を避けて五メートルほど下がる。そこからハルバードを構え、岩と共に落下してきたリースを迎え撃つ!

 下がった俺に対し、彼女が取った行動は単純だった。

 落下し切る前に岩を足場に蹴り、地面へ転がる。上手くこちらの射程外だ。追うには一手遅く、彼女にとっては絶好の距離。


「破っ!」


 『旗剣』の一振りで、絨毯爆撃のような連続した破砕が地面を抉る。

 すぐ回避を選択していて正解だった。追わず、しかし距離を詰めながら中央側を取った俺は、お返しとばかりに足元を叩いて礫を飛ばす。

 同じ礫でもこちらは四属性で最大の打撃力を誇る『槍』の礫だ。拳大のものでもある程度のダメージは与えられる。


 リースが取った行動は回避だった。

 『剣』として高い機動力を持つ彼女は残り火を散らして距離を取ると、岩場の上に降り立った。片膝を立て、いつでも動けるように構える彼女へ声を放る。


「派手な登場だな、リース=アトラ」

「見事な迎撃でした、ハイリア殿」


 俺の言葉に、リースは素直な賞賛で応える。

 赤の魔術光に真っ赤な髪。手にしているのは長剣で、こんな時でも制服をきっちりと着込んでいて生真面目さが伺える。堅苦しいのを嫌って首元を外している俺とは正反対だ。

 その顔つきには鋭さがあり、笑みがある。


 リース=アトラを表す言葉は二種類だ。

 頭の硬い優等生。そして、


「行きます!」

「あぁ、来い!」

 リースの姿が瞬時に地面へ落ちた。様子を伺うように迂回しながら、じわじわと接近してくる。途中で彼女が防御として纏っていた魔術光が消える。無防備にはなるものの、これで残り火を頼りに追うのは難しくなった。

 目の端に赤い魔術光。思わず身体がそちらを向き、


 背後、俺が手の中で滑らせ跳ね上げたハルバードの石突きが、リースの斬撃を弾いた。


 消した魔術光を敢えて晒す。その意味は囮だ。

 彼女自身がまき散らした岩の破片が転がる音も、僅かながら聞こえた。


 上手く衝撃を伝えられたのか、見えた先のリースは上体を跳ね上げられて姿勢を崩していた。一歩を詰める。再び手の中でハルバードを滑らせ、石突きを掴み、

「避けろよ」

 叩きつけた。


 青の暴風と共に飛び散る岩の破片たち。

 こちらに対しても飛んでくるそれらが甲冑に阻まれるのを見ながら、手の中に突撃槍を生み出す。浮かび上がる紋章は『騎士』。

 リースは大量の礫に巻き込まれながら、転がった先でなんとか足元から着地する。一段上がった高所へ飛んでいるのは、俺の突撃を警戒してのことだろう。構えた先、青の風が彼女の元まで伸びる。目が合った。口元には笑み。こんな時でも彼女は楽しそうにしている。

「……っ、はは!」


 リース=アトラを表すもう一つの言葉。

 それは、戦闘狂だ。


 殊更血を好む訳でも、殺し合いを求めるのでもない。

 単純にお互いを競い合う魔術での戦いをこの上なく楽しむんだ。


 こちらの突撃に対し、彼女は興奮しながらも冷静に回避を選択した。今度は高台を砕いて撒き散らされる礫に捕まることなく駆けて行く。

 地面を蹴り、岩場の側面を足場とし、俺の周囲を全速で駆け回る。


「ふ――ハハハ、アッハハハハハハハ!」


 やだこわい。


 バターになる勢いでグルグルと周囲を回るリースに思わずドン引きした。

 これ、外から見ている内は笑えたけど、自分に対して向けられてると結構怖い。だって動くの早すぎて全方向から気の狂った笑い声が聞こえてくるんだ。


 うわぁ……。


 眼前に残り火。

 今度は素直に突き入れた。フェイントかどうかは分からない。そしてリースは俺が片手で突き出したハルバードを半歩の距離でかわし、接近してくる。


 まあ、フェイントの可能性もあったから、左手には短槍を握っている。

 ハルバードを引き戻しながらしっかり外側へ逃げたリースへ、そのまま振り払いの攻撃を加える。小さな宙返りで避けられた。懐へ踏み込んでくる。左の短槍。一歩下がって身を沈める。敢えてぶつけず、触れるような動きで短槍を抑え付けてきた。

 上手い。ぶつかれば『槍』の特性からまず弾かれる。それを単純に抑えてくるなら、肝となるのは腕力だ。両手で剣を持つ彼女と利き手じゃない俺とでは流石に彼女に分がある。


 振り抜く動きは正確に身体の中心を狙っていて、身を逸らす程度では避けられない。そして、『剣』の攻撃ならともかく、『旗剣』の連続破砕を前には流石の甲冑も削り切られる。

 だが甘い。

 やはり彼女は上位能力を使い慣れていない。


 俺は先ほど一歩を下がった。僅かに身体を沈み込ませて、再びの動きへ備えたものだ。

 下がった俺に対して彼女は踏み込んできた。自然、距離は埋まる。そんな状態でこちらが接近すればどうなるか。


 彼女の武器は長剣だ。

 剣の長さは二メートルほどで、当然ながら間合いが広く、その距離は俺の『槍』より少々短い程度。長物を扱っていれば誰でも思うが、間合いを詰められるとそれだけで戦いにくくなるものだ。


 俺は接近した。

 剣の振りに硬さが出る。

 調整しようとして無理な力を加えた斬撃は鋭さを失っていく。なにより、抑えこみ、短槍の表面を滑るようにしていた剣が僅かに離れた。十分だった。叩き上げられた長剣が大きく狙いを外し、上空に膨大な破壊を生む。

 『槍』の武装を抑えこむのは諸刃の剣だ。ほんの僅かな力でも他の属性を圧倒できる打撃力を相手に、少しでも打つ機会を与えてしまえば、それだけで全てが崩れる。そんなことはリースも分かっていたんだろうが、下がった俺の意図を読み損ねていた。


 まあ、アイツなら引っかからなかっただろうがな。


 無防備を晒した時間は短かった。

 追撃にと頸打を放った右手は僅かに掠めただけで、リースは武器さえ放り捨てて後方へ飛んでいた。流石に反応が早い。が、防御を捨てていただけに今の攻撃は効いたんだろう、辛そうに腹部を抑える。


「止めるか、続けるか?」

「続きをお願いします!」


「なら相応の動きをしてみろ。『旗剣』の特性を最大限利用し、勝てる立ち回りをしろ。さもなければ次で終わりだ……!」


 『騎士』の紋章を浮かび上がらせた。

 手には突撃槍。広がる青の魔術光は騎馬としての道を模り、無手のリース=アトラを狙う。


 今、この戦いを見る上位小隊の者はこう考えている。

 使い方がなっていないだけだ。リースに正しい戦術を教え込み、効率良く運用したなら、十分にハイリアの『騎士』を打倒できる。


 いかに上位能力の『騎士』であっても、『剣』の機動力には追い付けない。通常なら『剣』の間合いは最も狭く、接近しなければならないから反撃を受け、負けることもある。だが『旗剣』の持つ特性は、その概念を覆すものだ。

 傍らに落ちた長剣が炎と消える。リースは再び長剣を手にすると、腰を落として俺を待ち構えた。


 駆ける。風が炎へと迫り、強烈な破壊を生みながら貫こうとし、


「思い上がるなリース=アトラ! 上位能力に目覚めた程度で、強者にでもなったつもりかッ!」

「そんな……っ」


 破壊の先に彼女は居ない。

 距離を離したリースは長剣を掲げ、

「そんなつもりはない!」

 こちらへ向けてただ叩きつけた。


 膨大な破壊の波が押し寄せる。


 『旗剣』の本質はその大破壊だ。

 『弓』に劣るとはいえ、中距離から広範囲に及ぶ攻撃は、『剣』が持つ常識を大きく覆している。


 数知れない歩兵の中から、旗印と呼ばれる程に成長した者。

 その雄叫びに兵たちは熱狂し、我も続けとばかりに追従する。振り上げた剣に意味を見出し、その銘を人々が語り、憧れる。

 たった一振りで百にも等しい歩兵の突撃を生む攻撃。

 だからこその『旗剣』(ライトフラッグ)。


 旗印であるなら、時に先陣を切る必要もあるだろう。

 だが、前線にありながら兵を熱狂させて操る者こそが最も恐ろしい。自らを安全な後方に置き、決して近寄っては来ない。


 『旗剣』の機動力を以ってすれば、どれだけ俺が『騎士』で追っても逃げられる。

 そして中距離を維持しての堅実な攻撃を重ねれば、ほとんどのリスクを回避して戦える。


 ヒーローごっこがしたいのであれば先頭を走り続ければいい。

 だが俺たちは、いずれ実戦で戦うことを前提に腕を磨いている。進路は絶対ではないとはいえ、小隊同士の戦闘も危険をいかに少なくするかという点に重きを置かれている。

 人々を魅せるヒーローというものは、常に失望と紙一重にある。だからこそ熱狂するのかもしれないし、俺だってそういうものへのあこがれはなくもない。


 『旗剣』の攻撃から逃げ回りつつ、じっくりと戦況を眺める。

 あの大破壊は厄介だが、発動までのタイムラグを含めてしっかり読んでいけば、『騎士』の機動力で十分に回避可能だ。ただ、このまま周囲を荒らされるとこちらが益々不利になっていく。

 身一つで戦場を駆ける『旗剣』とは違い、俺が扱うのは騎馬。凹凸が激しい場所へ踏み込むにはやや不安が出てくる。


 ヒーロー、か。

 頭の中に浮かんだその言葉が、ふと意識に刻まれる。


 攻撃を避ける隙間隙間で俺は突撃を繰り返し、その度にリースは逃げの手を打つ。それで正しい。死にたがりは時に高い戦果を上げるが、戦力としての計算がしにくい。

 そして、一進一退の攻防が続く中、不意にリースが驚いたように周囲を見回す。


 気付くのが遅い。

 やられた、という表情に満足を得る。


 俺は、何も闇雲に突撃を仕掛けていた訳じゃない。時に大回りをし、速度を弱め、常に逃げる方向を指定していた。全てにおいて上手くいった訳じゃないが、地形に対する最適解を選択する優等生は、勝手にその追い込み場所へと逃げていってくれた。

 背後はフィールドの端であることを示す壁。そして俺から見た右側は切り立った崖で、とても登り切れるものじゃない。


 小隊戦闘における第三局面。

 中央の広場を制圧し、この複雑な地形を利用して相手を壁際へ押し込む。ほとんど殲滅戦に近い状態となるのがこの場面だ。

 崖上を利用することもあるが、このフィールドは全域が『弓』の射程内ということもあって、主要な待ち伏せポイントにはまず大量の罠が設置される。視認されやすい高所よりも低所の方が隠れる場所も多く、逃げやすい。だからまあ、ここへ追い込むというのは結構セオリーな手段でもあるんだ。

 新入生で総合実技訓練の経験が一度しかないリースには悪いが、情報力はこちらの武器だ。彼女が『旗剣』の特性を活かして戦うように、こちらの利点は全て使わせてもらう。


「どうする?」

 楽しむような俺の声に、リースは一度キョトンとし、すぐにまた濃い笑みを浮かべてきた。

「こう……します!」

 真っ赤な炎が燃え上がった。

 そう感じるほどの勢いでリースは壁面を駆け上がっていく。


「っは! 登り切れるか!?」

「やってみなければ分からない!」

「だが、こちらが待つ理由はないなァ!」


 彼女が駆け上がる崖へ接近し、破城槌を叩きつける。

 地形の破壊は『槍』の常套手段だ。中頃から砕け散って大量の破片をまき散らす岸壁から、俺は一筋の炎が飛び出していくのを見た。

 リースはこの展開を読んでいる。だから破壊される前に飛び、今度は逆に俺を追い詰めてきた。空中で振るわれた剣の一振りは、飛び散る破片を巻き込みながら膨大な攻撃となって俺を襲う。


 甘い。上空からの角度がついた攻撃は、平面として見た場合の効果範囲がひどく狭くなる。破片を巻き込んでごまかしているだけで、『旗剣』の攻撃そのものは回避出来る。

 なにより、俺はそもそも彼女がそうすることを読んでいた。

 破城槌を叩きつけた時には、彼女が飛ぶだろう最適解の場所へ向けて突撃を仕掛けている。


 ただ、流石にリースもその可能性は考えていた。

 距離が遠い。『騎士』の機動力では届かず、『旗剣』ならば余裕を持って迎え撃てるだけの位置関係。ここまで何度も見せてきた俺の動きをしっかり計算して、この優等生は跳んでいる。

 だから、勝負はここで決着する。


 突撃を仕掛ける中、俺は撒き散らされて地面を転がっていた拳大ほどの礫を、突撃槍の柄でコツン――と叩く。多少速度が衰えても構わない。念の為に二個、三個とパターゴルフのように叩いて転がしていく。

 それは、『槍』の打撃力を受けて猛烈に飛んだ。

 リースの着地地点へ向けて。


 赤い炎が大地へ降り立ったのと同時、その足元を礫が払う。

 転倒した。ついた左手で身体を支え、剣を振り上げてくる。流石の底力だ。間に合わない。破城槌を構えた。


 『旗剣』による連続破砕と、『騎士』による城門砕きの攻撃がぶつかり合った。


 打撃力ならこちらが勝る。だが、連続する歩兵の突撃は破城槌の先端に亀裂を生んだ。フィードバックによる痛みが体内を駆け巡り、それはますます大きくなってくる。


 砕けた。

 膨大な攻撃を受けた騎士の槍が、歩兵の剣に砕かれる。


 だが、


「まだまだ甘い……!」


 砕けた破城槌の後ろから、二つ目の打撃が叩き込まれる。

 訓練さえ積めば複数の武装を生み出すことが出来る。これだけのモノを二つとなれば相当に苦しいが、それでもやって見せた。


 リース=アトラを勧誘する者の多くは、彼女が俺への対抗手段になることを期待している。考えられる『旗剣』の運用を行えば『騎士』に勝てる。だからこそ一週間も経過して諦めようとしない。

 だからここで負けておけ。

 俺に負ければ、その優劣が明確になったことを受けて大半は諦める。あのジーク=ノートンと揉めてまで欲しがる連中は稀だろう。


 叩きつけた青の打撃に、仄かな火花が散った。

「っ!?」

 リース=アトラが駆けてくる。

 姿勢を崩され、痛みのあるだろう足で彼女は更に前へと進んだ。


 頭の中に浮かんだのは、ジークとの決闘、その決着だった。


 破城槌の側面へ長剣を這わせて、這いずるように進んでくる。

 背筋に冷たいものが奔った。剣姫、あるいは狂戦士とも呼ばれた女は、こんな局面でも戦闘を愉しみ、俺へ向かってくる。

 半歩、身を下げていた自分に気付く。

「……ざけるな」


 長槍をしならせ足元を払う。削り取られた破片が周囲に撒き散らされ、しかし火を纏った歩兵は陽炎のように身を回し、攻撃を避けきった。左手には短槍。

 引くか、防ぐか。

 俺は迷った。

 彼女は迷わなかった。


 振り抜く斬撃は『剣』によるもので、それは今まで彼女が放ってきたどの攻撃よりも鋭かった。

 かろうじて受けた左手が痺れる。短槍から伝わる衝撃はそれほどまでに強く、迷いなく撃ち抜かれていた。


 背後に回ったリースを追う。


 ここへ来て彼女は上位能力と下位能力の使い分けを覚えたらしい。

 上位能力にはそれまでの四属性における優劣や戦術を覆す特性がある。だが、性質が変化した一方でどうしても一部能力の低下がある。騎乗した騎士が己だけで立っていた時ほどの腕を発揮できないように、旗印となって兵を導いていては、眼前の戦いだけに集中できない。

 浮かび上がる紋章は『剣』。

 たった一人の歩兵となった彼女は、更に速度を上げて槍兵へ喰らいついてくる。


 連続した打撃が眼前で弾けた。

 攻撃は防げた。しかし気持ちで圧倒されている。


「ふざけるなっ!」


 叫びは悲鳴に似ていた。


 攻めろ!

 守りに徹していてはコイツを倒せない!


 生み出したハルバードを振るう。長剣が迫る。双方砂煙を上げての攻撃は容赦なく急所を狙い――互いの首へ添えられた所で止まる。

 相手の呼吸を聞いた。

 荒く、乱れたものだ。

 同時に自分の呼吸もそれだけ乱れていることに気づいた。


 視線を巡らせる。

 リースの突き入れた長剣は俺の右腕を掻い潜ってこちらの首筋へ添えられている。そして俺の右腕はハルバードを握り、彼女の首へと穂先を向けている。

 状況はそれだけではなかった。

 俺がハルバードを握っているのは右手だけだ。左手には備えの短槍があり、突き入れられたリースの長剣を僅かに逸らしている。


 冷や汗が頬を流れた。

 コイツ、興奮しすぎで容赦なく首を貫きにきやがった……。


 防いでいなければ、いかに魔術の傷が精神力次第といってもかなり拙かったかもしれない。途中から訓練だってこと忘れてたな、絶対。

 嫌そうな顔をする俺を見て、自分がしたことに気づいたんだろう、リースが血相を変えた。


「あっ、も、申し訳ありません!」

「……いや、今のは死ぬかと思った」

「その……戦ってるとつい集中しすぎて……つい……」

 流石戦闘狂。

「どうする? お前ならこの状態からでも手はあると思うが……」


 決めるより先に、大歓声が会場を包み込んだ。

 途方も無い人の声に鼓膜がビリビリとノイズを発する。可聴限界を超えた音の量だった。


 お互いに見つめ合い、脱力するように笑う。


「すまんな。俺の勝ちということで話が進みそうだ」

 防ぐ手を持っていた俺と、無防備だったリース。外から見ると彼女の負けに見えただろう。あれから続ける手もあったが、周囲が勝手に勝負を終わらせに来た。


「いえ、この戦いは間違いなく私の敗北です。至る所で手加減をして下さっていたことは、戦っていてよく分かりました。私はまだ、ハイリア殿には至らないんだろうな、と」


 いや、そんなことはないと思うぞ、本気で。

 戦っている時のお前、無茶苦茶怖かったからな。

「励め。お前はすぐに伸びるだろう。今日の戦いが今後に生かされていくなら、俺にとっても鼻が高い」

 とりあえず偉ぶっておく。こういうハッタリはハイリアになって随分と慣れた。


 風が散り、炎が消えた。

 無手で向かい合った俺たちは会場で見ていた者たちに応えようとしたが、ここでリースが姿勢を崩した。すぐに支えてやると、どうにも転倒時に礫を受けた足が痛むらしい。

「すまん。もう少し手加減してやっていれば……」

「軽い捻挫だと思います。それに、やろうと思えばあれだけで決められた筈ですよね」

 まあ、特大の岩でもぶつけてやれば流石にな。


「肩を貸してやる。控室で治療しよう」

「ありがとうございます」


 安堵してこちらに身を委ねてくるリースに、俺は苦笑した。

 二人で手を挙げると歓声はますます大きくなり、下手をすると騒ぎが大きくなってしまうかもな、なんて考える。


 それからのんびりと歩いて俺たちは退場した。


   ※  ※  ※


 リースの捻挫はそれほど大したものじゃなかったらしく、一先ず俺は挫いた右足を包帯で固定した。足首と土踏まず、そこを両端に輪を作ってしっかり巻く。幾つか特殊な巻き方をするが、これなら紐一つで足首を固定できる。

「すごいです……本当に足が楽になりました」

 最初は大貴族の俺にそんなことをさせる訳には、なんて言っていたリースも、今では目を丸くして手際の良さに感嘆していた。

 まあ、男性に素足を触らせるのは、仮にも元騎士家系の人間であるリースにとってそれなりに恥ずかしかったんだろう、頬を赤らめているのはとても可愛らしい。

「ハイリア殿は、このような方法をどこで……?」

「本の中だな」

 元の世界のアレコレについて聞かれると、俺は必ずこう答えることにしている。実際嘘はついていない。向こうの世界になら絶対本に載ってるだろうしな。小説というより専門書だろうけど。


「本、ですか……それはまた物凄い所に……」

 全然凄くないだろう。

「私は本を読むと三行で眠くなってしまうもので……そういう知識には疎いんです。どうにか出来たらと思うんですが」


 あー……、そういえばリースの初登場って、授業中に居眠り扱いてたな。


 うん。優等生タイプではあるんだが、彼女は致命的なまでに読書が苦手だ。文字列を追って知識や物語を吸収するより、とにかく動いて本能で学んでいく。先の戦いもそうだった。

 真面目で人当たりもいいんだが、授業中は常に眠気と戦う彼女の姿は中々に面白かった。ジークと初めて話したのも、二人揃って居眠りをし、放課後誰もいなくなった校舎で目覚めた時だ。

 頬についた袖の跡だの涎だの、そんな話題で笑い合っていた記憶がある。


 戦闘中には怖いくらい興奮して笑う彼女が、気持ち良さそうに居眠りしている姿はなんとも可愛らしい。本当は真面目で眠るつもりなんてないから、叱られて大いに凹む姿も中々良い。


「まあ、今日は帰ってゆっくり寝ろ。悪くなってもいかんから、数日は馬車を手配してやる」

「そんな……手合わせをしていただけただけで十分ですっ。今日申し込みを聞いた時は、本当に嬉しくて……ハイリア殿にどれだけ届くだろうかと珍しく授業中もずっと起きて戦うこと考えていました」

 授業はどうした優等生。

「途中いただいたお言葉には強く感銘を受けました。上位能力に覚醒した程度で強者になったと思うな……仰るとおりですね、私はまだ一番隊のクレア殿にも及ばない未熟者です。あの時戦った彼女は強かった。叶うのならもう一度と、何度もあの日の戦いを思い返しています」

 ふむ。


「そんなに言うなら、機会を設けてやろうか?」

「え!?」

「じきに夏季長期休暇が入るだろう? ウチはそれを使って何日か合宿を行う予定だ。それぞれに予定があるから全員参加とはいかんが、クレア嬢は両親を切り伏せてでも参加すると聞いている。それに、お前たち小隊員も参加してはどうだ?」


 思考の間が流れた。

 ジーク小隊の副隊長である彼女には決定権がある。隊長不在となれば尚の事、この魅力的な話を断りはしない。

「わかりました。仲間と意見調整する必要はありますが、受ける前提でこの話を持ち帰ります」

「そうしてくれると嬉しい」

「あっ」

 さて、目的の話も終わったし、と立ち上がった俺に対し、リースは何か言いたげに手を出した。行き場のない右手がふらふらと彷徨っていて、おずおずと下げる。


「ぁ……あの…………こんなこと言うのは失礼かと思うんですが、もう一戦だけ、お願いできません、か……?」


 思わず苦笑した。

「決着付かずは気持ち悪かったか?」

「いえっ、あれは自分の負けだと思っています。ですが……」

「勝手に終わらされて、不完全燃焼か」

「はい……」

 心底申し訳無さそうにする戦闘狂に、どうしたものかと思考する。

 うん、まあいいだろう。


「魔術無しの組み手ならどうだ? あんまり遅いと人も来るだろうから、時間は短く。お前も足があるだろう。無茶はするなよ」

「はいっ!」


 嬉しそうな顔を見て、ついつい甘やかしたくなる。

 だが彼女に言った通り足を挫いているのは確かだから、速攻で決着をつける。やってみたいことも浮かんだからな。


 俺とリースは互いに二歩の距離を取って対峙した。

 固定した右足を気にする素振りはない。必要とあれば思い切り踏み込んでくるだろう。


 控え室はそこそこ広い。

 小隊内で最終的な打ち合わせを行う場所というのもあって、二十人くらいは入れる広さがある。ここはかなり古くに作られた会場というのもあって壁面に石造りの椅子が並んでいるだけで、あとは篝火が幾つかという程度。

 実際に使う状況となれば自分たちで場を整えるから、別にコレでも構わない。


 真っ先に動いたのはリースだ。

 軽い拳を突き入れてすぐに戻す。次の打撃を外へ払い、こちらから手を伸ばした。打撃でもない俺の手に驚いた彼女は身をのけぞらせ、下がろうとする。しかし既に俺は制服の袖を掴み、襟首へ手を伸ばしている。逃げようとするが袖を引っ張ってこちらへ寄せる。

 『槍』と『剣』の関係でもないが、流石に魔術無しではこちらの方が力で勝る。襟首を掴んだ。身を寄せる。引き寄せる動きに一層乱れが生じ、俺は踏み込んだ左足と彼女の右足の間にこちらの右足を通し、後ろへ回すや一気に払い落とした。

 目を丸くするリースの白い首元に、一滴の汗が滴り落ちた。

 床へ抑え付けられた彼女は悔しそうな顔をして、しかし、満足したように微笑んだ。


「参りました」


 上手くいった。

 今のは柔道の大外刈りだ。小隊の組み手では柔術を多く取り入れるようにしている。俺の知識だけだと未完成ではあったが、初見の相手には通用するらしい。実戦では初めて使ったが、練習していた良かった。


 お互いに多少息が切れている。先の魔術戦から間を置かずに二連戦だ。瞬間的に力を掛ける場面もあったから、思った以上に消耗していた。

「今のは……?」

 立ち上がろうとした所で問い掛けられ、ふと止まる。

「すこしズルかったか?」

「いえっ、ズルくはありませんっ。ただ、あんなのは初めてで」

「驚いたか」

「はい……」

「俺もやってみたのは初めてだった。まあ、つい、思いつきみたいなものだ」


 しかし、誰かに聞かれれば誤解を受けそうな会話だ。


 そう思っていたら、不意に控室の扉が勢い良く開いた。そこにはわなわなと振るえる我が愛する妹、アリエス=フィン=ウィンダーベルがおり、おそらくそれを止められなかっただろうメルトが膝を付いて顔を青くしていた。


 俺は立ち上がり、あくまで冷静に問いかける。


「まず聞こう。どこから聞いていた?」

「今のは……というところから……」

「ふむ」

 完璧なタイミングだった。きっと俺が彼女を転倒させた後だろうから、隙間から覗けば押し倒しているようにしか見えなかったんだろう。

 慄いてはいるものの、以前のニアミスを除けば三度目とあって、アリエスはまだ落ち着いている。このままいけば穏便に事が収まるかもしれない。


 そんな中、投げ飛ばされた時に乱れた服を直しながら、リースが立ち上がる。同学年であるアリエスに気付き、彼女なりに事態を察したらしい。戦いの興奮で頬を上気させた彼女は、生真面目な性格から丁寧に、それも頻繁に制服を直し、赤い髪を整えている。


「安心して欲しい。(戦っていたのは)同意の上だ」


 うん、終わった。





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