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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第四章(上)

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   ベイル=ランディバート


 構えと逆側へ飛び込んでの不意打ちはあっさり防がれちまった。

 しかも俺の湾刀の先を狙って逸らしてくる。刃渡りは向こうが上、至近距離じゃこっちに分があると踏んだが、どうにもいい動きしやがる。


 足捌き、腰の使い方は確実に俺より上手い。

 肩肘手首と綺麗に畳んで内側へも対処してくる。

 刃先の動きは空中を指先で撫でるよう。綺麗過ぎて見とれそうになるのが厄介だ。

 駆け抜ける俺へしっかり防ぎの返す刃で斬り付けてくるから、迂闊な角度で抜けようとすればあっさり背中を割られるだろうよ。


 何よりおっかないのが、握りの切り替えが独特で振り始めからの予測だけで対処してると全く別の軌道を取ることだ。


 獣みてえに本能で反応してると気付いたら斬られてる。まあ、近衛(ウチ)の獣どもはズレることも含めて反応するのも居るから厄介なんだが、以前にハイリアが言っていたような魔術光の揺らぎを元にした読みでの対処は通用しない。指に掛かる力一つで軌道が変わりやがるから、先読みとは相性が悪いんだな。しかも纏う光がたまげるほどに静かで俺には読みきれない。


 血塗れ神父の再来なんて呼び名は不名誉だろうが、アレと一度でも斬りあった人間なら、この感覚に思い当たりがあるだろう。

 あのクソ神父も似たような剣を使いやがる。

 刃先が散歩してやがる、ってのは内乱で直接斬り合った前団長の言葉だが、もうちょい何かが加わればまさしくそんな剣になる。


 駆け抜け、振り向きながら湾刀を切り上げる。


 甲高い音がして、斬り合った刃が火花を散らす。

 足が速いことで。そのまま振り返ってたら頭が真っ二つだった。


 手の中で湾刀を掴みなおし、水平に薙ぐ。防ぐ根元を狙って鍔迫り合いに持ち込もうとしたが、読まれたようで腕を引いてきた。引く動きはそのまま深くなり、突きへの動作へ切り替わる。薙いだ湾刀で叩き落そうとしたが、切っ先がブレたのを見るとすぐに諦めて身を沈め、足元を払った。ほんの僅か飛び上がり、あまつさえ俺の足を踏みつけようとしてきた。可愛い顔して中々やるじゃねえの。

 膝を折って足を畳み、素直に湾刀を倒して叩き付けられた刀を受ける。振り抜いてくるだろうから角度は浅く、滑らせる向きを指定する。畳んだ足で地面を蹴って距離を取った。しっかり刀の鍔元で押してこられたおかげで転びそうになり、せっせと足を動かして何とか踏み止まった。来る。


 快音が響いた。


 ひゃあ、おっかねえ。

 距離を取ろうとすれば必ず姿勢を崩しにくるし、無理の掛かった動きへはしっかり強打。

 こっちの反撃を読めば刃先で突出した手や足の首を断とうと動く。

 どんな時でも攻撃の機会を見出して、相手の強気や弱気へ付け込んで来るってのは、まるで老齢の『剣』みてえで厄介だ。


 やべえな、このままだとあっさり負けそうだ。

 初戦以来陛下から厳しい視線を頂いて、近衛の副団長なんていう重責に潰れちまいそうだけどな、まあ引き受けたからにはやらなきゃならん。


 強打を利用して更に跳び、大きく距離を開けると、まるで崖でも駆け下りるみたいに追ってくる。


 仕方ねえ。


 構えていた湾刀の刃を上へ向ける。


「…………」


 即座に引きやがった。

 なんだオイ、益々ジジイみたいな読みじゃねえか。

 若いんだからもっと果敢に攻めて来いって。てまあ、この子はあの内乱で誰よりもクソ神父と斬り合って来たんだったな、慎重さ、というより危険への嗅覚が尋常じゃないくらい鋭くなってるのかもしれねえ。


 別に俺のなんて大したことないんだがねぇ。


 日々馬鹿みたいな連中と訓練してきて、自分の弱さはたっぷり身に沁みてる。

 近衛じゃ俺なんざ三下もいい所だ。


 さて状況は上々、俺は劣勢、やることは最初から決まってる。

 警戒を買えたんなら、値踏みをされるまえに動くのが一番だ。


「いやまあでも、ちゃんと若ぇのらしい所があって助かったよ」


 気付いたが遅い。


 足元へ煙玉を投げ付け、湧き上がった粉末の流れへ乗って逃げ出した。

 近くには岩場がごまんとある。退路は戦いながら幾つか決めたから、そう簡単には追いつかれない。


「ハハハ!! あーばよー!!」


 ついでに三つほど煙玉を放り込み、周囲をしっかり覆い隠す。

 掴んだ石を相手の進行方向へ投げる。次を高く投げ、時間差を生む。魔術は解いた。


 さあ、これで飛び込んでこれるかねえ?


 戦いは相手を倒すだけじゃない。

 相手の主力を戦場から浮かせること。

 案外それで決着がつく場合だって、ごまんとあるもんだ。


    ※   ※   ※


   ルリカ=フェルノーブル=クレインハルト


 軽快な叫びに笑みを溢すのは、フーリア人の巫女というリリーナ=コルトゥストゥス。

「相変わらず柔軟な方ですね」

「適当って言ってもいいんだよ」

 副団長が敵から逃げ出すのは妥当な選択だと分かっていても、近衛がそれでいいのかとちょっご疑問になる。

 まあ、負けてないだけいいのかな。でもあの強い人がこっちきたらどうしよう。出来ればずっと追いかけっこしててほしい。


「こ、こっち、来るかな」


 聞いてみると、リリーナは大きな弓を構えながら応じた。


「僭越ながら申し上げますと、今のホルノス王であれば単騎の『剣』一人を抑えるのはそう難しくないと思います。切り結べば強敵であっても、歩法が多少優れていても、相性というのは中々に崩し難いものです」

「そ、そう……」


 言われても自信がないから困るんだけど、とりあえず出来るだけはやるしかない。

 本当に危なくなったら降参しようそうしよう。斬られたら物凄く痛そうだからそれだけは嫌だ。走り回るような属性じゃなくて本当に良かったと最近思う。


 敵の『剣』から逃げ出した副団長はどこへ向かったのか、魔術も解いているから私じゃすぐに見つけられない。


 今日の風は弱いから、まだしばらくは煙が晴れない。

 副団長みたいに身を隠して接近されると拙いけど、今は比較的開けた場所に陣取っているから大丈夫……だと思う。


 どう動いてくるかな……?


 考える。

 相手はこちらの前衛と後衛の切り離しを狙った。

 それが失敗に終わった今、逃げた副団長を再度追って目的達成を重視するだろうか。

 既に一人が脱落した状態で、リリーナはさっきから好き放題に矢を放ってる。残念ながら初戦のようにあっさりと当たることは無くなったけど、相手の槍二人はとてもやりにくそうにしている。フィラント王の方へ援護をしないのは、彼女が一騎打ちを愉しんでいるからだろう。

 さあ、この状態で副団長は、敵主力は、どう動くべきなのか。


 ただ、なんだか今日の試合は、どっちも暴走気味に動いているのが凄く気に掛かった。


「…………なんか腹立つ」


 私は巻き込まれていつも必死に戦ってるのに、どうしてこう皆して適当に愉しんでいるのかな。

 理性的に、論理的に動いてくれないというのは難しい。相手の気分を察するなんて一番苦手だ。気ままな人間ほど読みが通じない。最適解を平然と投げ捨てて未知数へ飛び込んでくる相手には、状況を作って指向性を生むしかない。そうやって選択肢を狭めて、後は無数の試行錯誤で絡め取る…………だけど未知数というのは当然の思索の範疇にないからこそ未知数なんだ。

 なら後は、どれほど奇抜な行動であっても確実に表出化する地点をしっかり読み取り、完璧ではなく及第点の対処を取る。

 一瞬で決着がつき得る状態ならともかく、少なくとも私が『盾』を解かなければ間合いに踏み込まれても一呼吸の間くらいは作れる。


 敵の必然は、ここに私とリリーナが居る時点で、仮に外を三人を倒したとしても私たちを狙ってくるしかないということだ。

 勝利条件は敵将を倒すことか、五人中四人を倒すことだから。


 飛び散った岩は視線を遮るけど、上から落ちてきた分は砕けたものもしっかり盾で弾いて出来るだけ外へ追いやってる。

 視界が確保されていれば、敵は危険を承知で突っ込んでくるしかない。

 ずっと向こうに居座ってる二人の『槍』が岩に乗ってきたのなら危なかったけど、あんな無茶をこなせるのは『剣』だからこそ、なんだと思う。敵の『槍』二人からは注意を外さない。そうでなければ、『槍』二人『剣』三人という偏り切ったオーダーの相手は、最低でも二人の『剣』を私の元へ送り込まなければいけない。

 そう仮定する。


 後ろから指示を出すとか無理だし、リリーナに何かを言って失敗するのも嫌だ。

 だから私に出来る限界は四方全てからの奇襲へ警戒する、それだけだ。

 それさえ出来れば、まず一人は防げる。


「……あれ」


 ところが、早速一つ失敗を見つけた。


「リリーナ」

「はい」

「岩の……あの、『剣』の……」


 いつの間にか居なくなってる。

 近場の審判へ目を向けるけど、動いて回収していった様子もない。

 割れた大岩へ重なるように切られた縄が見える。


 つまり、既に敵の一人がどこかに潜んでいるということだ。


「あら、うっかりしてました」


 リリーナお願いしっかりしてえっ。


    ※   ※   ※


   ジン=コーリア


 ベンズは上手く潜り込んだ。

 生きてたのも動けたのも偶然なんだが、まあアイツはアレでよく機を見れる奴だ、しばらくは見付からないことの意味を考えて潜伏を続けるだろう。


 降り注いでくる矢の数も減った。

 巫女さんはベンズへの警戒をしなくちゃならない。優雅に矢を放っていられるのも安全を確保していられたからだろう。

 メルトさんみたいに周囲を知覚してくるってんなら話は変わるが、発動時には白い魔術光が出る。そうなれば即座に撤退すればいいんだが、今の所彼女は大会中にそれを見せたことがない。まあ俺やヨハンやらも詳しく知ってる訳じゃないから、判断はしにくいけどな。もし『弓』のように魔術光を隠蔽出来るのなら、開始前からやってる可能性だってある。


 突破を掛けるなら二人、出来れば三人で『盾』を囲みたい。


 副団長に逃げられてオフィーリアは足止め中、そのまま奥へ詰めさせてもいいんだが、思っていた以上に奴は厄介そうだ。

 こっちの大将は絶不調、フィラント王との交戦だって危なっかしいと思ってるくらいなんだ。


「てーい! やあ! どっこい! んー、あばずれ!!」


「ペロスちゃんペロスちゃん、一体何叫んでるの」


「気合い!」


 気合いかぁ。


「いいのないかなあ?」


 成程、確かに暇だ。

 いやまあさっきから色男から熱烈な攻めを受けてるんだが、俺たち『槍』じゃ狩りにも行けないし、互いに背中を預けあって矢捌きに集中するしかできない。敵に嬲られ続ける時間ってのはとにかく退屈だ。


「よぉし俺もなんか考えるかー」


 ちょうどいい所に矢が飛んできた。

 次々来るのを捌く為に大きな動作は出来ない。矛先で軽く弾くだけだが、気合いは大切だな。


「馬鹿ベンズ! 馬鹿ベンズ!」

「クソヨハン! クソヨハン!」

「こないだ私のおやつ取ったんだよっ、馬鹿ー!」

「そいつは酷ぇ。それであの仕打ちか」

「んーん、あれはその方が面白そうだったから」

「この試合で負けたらヨハンも縛って飛ばしてみるか」


 言うとペロスちゃんはうーんと唸り、


「大先輩は偉いから飛ばしちゃ駄目かも」


「あぁ、まあそうだな」


 何せ俺らの小隊長だ。

 俺たちを集めたのも、率いてるのもアイツだ。


 だから俺たちは、アイツの望むとおりに、その舞台へ向けて突き進む。


「カカカ――!! リオン、存外に苦戦しとるようじゃのー?」


「……ぁあ?」


 思わぬ声に荒っぽい地が出そうになる。

 おいおいどういうこったよ、ヨハンとやり合ってたんじゃねえのか?

 倒されたんなら試合終了の筈だ。じゃあどうしてあのフーリア人のお嬢ちゃんはこっちに来てる。


「ウチのはどうしたよ」

「奴か」


 問えば、彼女は当然のように応じてくる。

 ただ返ってきたのは思っていた以上に酷いもので、


「つまらん、飽きた」


 フィラント王は興味の無い玩具をそこらへ放るように言って見せた。


「っ……」

 ペロスちゃんの肩を掴んで止める。


「そりゃ残念だ。王とは言ってもまだまだガキだからな、仕方ない」


 とびきり強力な一矢が放たれて、俺の前へ躍り出たペロスちゃんが豪快に弾く。


「……それに躾も出来ないとくれば、なるほど野放図と言えば聞こえはいいが、見方を変えれば暴れ馬を囲いに入れて飼い馴らしたと言い張るようなもんだ」

「ふむ、それで、何が言いたいんじゃ?」

「いやなに」


 長槍を肩に負い、ゆっくりペロスちゃんからも離れていく。

 侮辱を受けたとはいえ、これ以上王の顔に泥を塗る訳にはいかないからか、矢による攻撃も止まった。


「俺も昔は王族だった。とは言っても、直系からは遠く離れた親戚の親戚で、そこらの田舎貴族と大差無かったんだがね。それでも三百年くらいの歴史があって、ゆっくり育んできた領地と民が居て、不作の年には飼ってた犬ですら潰して分け与えたもんだ。別に、良い領主だったかと言うと違うね。父や母は民を見下してたし、俺だって同じボロを着て畑仕事なんて御免だと思ってた」


 ありふれた貴族だったというのが正しい。

 王族であるという矜持を後生大事に抱え、権力を欲し、権力に脅え、時には民を苦しめるようなことだってしていた筈だ。


「そんなウチの家でも、民は守った。家財だって売り払って、一人でも多く生き残れるよう金を搾り出し、戦いで襲われたら一番前に立って矢を受けた。それが誇りだからだ。それをするから俺たちは貴族で居られる。高潔だったなんて思わない。どう言い訳したところで民は領主の財産で、所有物だ。だから守る」


 フィラント王の振る舞いや、あちらでの話は色々と耳にした。


「フーリア人の王は、一体なにをして王足り得る? 俺たちの猿真似がしたかったのか? あぁ、別にそれでも構わないけどな、少しは面白みのある返事を期待してもいいだろう?」


「カカ!! なるほどなるほどなるほどのぉ……、こんな所にも王を名乗る者がおったとは」


 別に名乗った覚えはないんだがね。

 値踏みするような目がより強い好奇に変わった。


「言葉繰りも好むところじゃが、事この話に関して言を重ねるつもりは無くてのう」


 放てる言葉を持たない、という訳じゃないようだ。


 今だ幼い少女である筈のフィラント王、シャスティは、しかと今を踏み締めつつ言い放った。


「余は、余の生涯で以って王となる」

「生涯」

「うむ」


 どうやらそれ以上言うつもりはないようだ。

 具体的に、どんな生涯であるかを知れるのは、先を見なければ分からない。


 ただ、なんとなく分かるものがあった。


「……王として、永遠に人々の胸の内で君臨するつもりか」


「カカ! 無粋なことを口にするでないわ」


 なるほど確かに無粋だった。

 一体どうしてこんな子どもが、こんな考えを持つに至ったんだろうな。

 まあホルノスの王も大人顔負けな考えの奥深さがあるというが。


 肩を竦める。


「あーあぁ、大恥じゃねえの。ま、所詮は元田舎貴族のボンクラだったって所かねぇ」

「良い。そなたとの問答には面白みがあった。つまり、そなたを従える長たる奴にも、余にはまだ見えぬものがあるということじゃろう?」

「その問いこそ無粋ってもんじゃないですかね」

「許せ。だがしかし、それならばもっと後でぶつかってみたかったものよ」

「時間があれば解決するってもんじゃあ無いと思いますよ」


 ヨハンは、アイツは深みにハマっちまってる。

 後ろから押すだけじゃ足りない何か、俺や、ベンズやペロスちゃんや、オフィーリアにも見えていないものを、探し出して貰うしかない。


「ところで提案なんですが」


「ふむ、愉快な問答の褒美じゃ、言うてみよ」


 誤算はあったが、やっぱり俺ってこういう適当極まる状況に合わせるのが得意なのかね。


「俺とフィラント王、そっちの金髪とウチの可愛い後輩ちゃん、共に一騎打ちってのは? あぁ、『弓』と『槍』なんてつまらない。どうせ一対一なら、そこの長いイチモツ使って戦う方がずっと有意義で、面白い。そう思いませんか?」


 有利を捨てさせる提案なのは分かるだろう。

 だが王として褒美をくれてやると言ったんだ。

 それも、野放図に振舞うフィラントの王が、自らの生涯で以って示すと宣言した直後に、弱気を出して安全策に逃げるなんて、出来る筈も無い。


 シャスティ=イル=ド=ブレーメンはにんまりと笑い、こちらへ刃を向けてきた。


「よかろう。リオン、余の与えた刃持て戦うが良い。敗北は許さぬぞ」

「承知っ!」


「勝手に決めちゃって御免よ、ペロスちゃん。でもさっきまでよか、楽しめる状況だと保障するよ」

「しょうがないなー、男のわがままを聞いてあげるのも女のかいしょーだよね」


 本当にしょうがない。

 俺たちの隊長が何かを掴むのが先か、負けるのが先か。


 最後までしっかり付き合ってやるよ。


    ※   ※   ※


   ヨハン=クロスハイト


 つまらん奴じゃ、なんて言い捨てて去っていくのを咄嗟に追いかけられなかった。

 俺に価値を見出していない。敵とすら見ていない。そういうのは初めてじゃなかった。


 内乱の時、総崩れになった中でジーク=ノートンが現れた。

 奴を狙って突出してきた神父にあっさりやられて、拙いと思った時に、奴はトドメも刺さずに走り去っていた。


 ちょいと上手く剣を振れて、力がそれなりに認められて……どうしてだろうな、俺は自分が強くなってると勘違いしちまってた。途方も無い力の差がそこにはあった。託して、隊長殿があのクソ神父を倒した時、俺の考えが一因になったことが誇らしくて嬉しかったけど、今の自分じゃ届かなかっただろうことは嫌って程分かった。

 それでも最初は上手くいくと思ってたんだ。

 今は届かないが、必ず辿り着ける時が来るって、そう示した人が居るんだから、絶対に追いついてやるって。

 ところが蓋を開けてみればこの様だ。

 試合を決めたのは全部オフィーリアで、ジンもベンズもペロスも、他補欠で交代した連中だって何かしら功績を立ててるってのに、俺は毎回何も出来ず追い詰められて、どうにも出来なくて、あぁ負けたと思ったときに偶々勝利で終わっていたんだ。


 たまに剣の握り方も分からなくなる時がある。

 今までどう握って、どう振っていたのかさえ思い出せない。

 こんなに自分の身体がぎこちなく動くのなんざ考えたことも無かった。


 それでも、長としての意地だけは張り通した。


 俺が小隊長だ。

 俺の望みを叶える為に部隊を作って、それに力を貸してもらう為に連中を集めた。

 だから絶対に頭を下げたりはしねえ。

 どんだけボロボロになってようが、何も出来ていなかろうが、試合後に言うべきは一つだ。


 お前らよくやった、次も勝つぞ。


 抜けてった奴が居ないでもない。

 最初はジンが出るまでもなく、何人か上位小隊からの移籍者だって居たんだ。まあ、そういう奴らはとっくに居なくなったが、まだ試合が出来るだけの人員は残ってる。戦えるのなら最後まで戦い抜く。


 勝つ気を失ったことなんてない。

 戦いを避けようと思ったことなんてない。

 馬鹿にされようが上等だコラ、て睨みつけながら斬り込む。


「すー…………はー…………」


 息を入れ替えた。

 敵はどこだ。誰でもいい、とにかく少しでも経験を積んで、出来る限りの事を試して、前のように、前以上の何かを掴む。


 ジンは相手のクソガキと、ペロスは金髪、オフィーリアは隊長殿の陛下殿へ寄せた、ベンズはどっかそのへんで、弓使ってくる奴は『盾』の中。


 後一人居た筈だが、と思えば、ちょうどそれらしいものを感じた。

 いい。小賢しいことを考えるよりまずは突っ込む。捉えた。斬りつける。防がれた。しゃがんで受ける相手へそのままサーベルで地面へ押し込む。


「っ、よく見つけたじゃねえか……!」

「てっぺん光ってりゃ見付けやすいんだよ」

「ぁあ!? テメエ他人の繊細な部分に優しくしろってお母ちゃんに教わってこなかったのかよ!?」


 斬り返される、同方向へ角度をつけて打ち逸らした。


「生憎腹ン中にした忘れ物は数え切れなくてなっ!」


 続く動きの根を捉え、手首を刈りに行く。だが伸ばして払う動きより相手の防ぎが早かった。

 同時にもう片手のサーベルで腹を割く。

 が、届くより前にこちらの腹を蹴られてふっとんだ。


「おーおー、ヤル気満々じゃねえのおっかないねぇお前ら」


 蹴られた腹から手足へ向けて強烈な痺れが広がった。受身も取れないまま仰向けに転がり、けどなんとか足を折って、そこから後ろへ回りながら跳ね起きる。


「っっ、ぁあ……! っくそ、見切りが甘ぇか」


 二度三度と咳き込み、ようやく手から痺れが消える。

 腹の中の息を無理矢理蹴りだされるとああいう事が起きる、手足だけじゃなく、首から先まで痺れてくるのが厄介だ。


 首を右へ左へと鳴らしながら伸ばし、逃げるつもりか周囲を確認する野郎へサーベルを向ける。


「つれねえじゃねえか、もうちょっと遊んでけよ」

「刃物持ったお兄ちゃんに追いかけられるのは趣味じゃねえんだよ、ホラお仲間が後ろ食いついてんだから、一緒に遊んできたらどうだよ」

「近衛の副団長だろテメエ、逃げ回ってばっかりで何するつもりだよオイ」


 言うと野郎は頭を掻き、すぐ止めて肩を回した。


「何言ってるんだよ、近衛のやることっつったら決まってるじゃねえか」

「ぁあ?」


 近衛、近衛か。

 王の護衛だ。

 だが王サマはあっちで囲まれてるってのに、コイツはどうして守りにいかねえ?


「近衛なら近衛らしくやりやがれ」

「だからやってんだろ、戦場の調整だよ。俺たち近衛兵団は昔っからソレばっかりだ。どこもかしこも負けそうになったら横槍入れて立て直し、終わったらまたうろうろして様子を伺う」

「王サマ襲われてるのは無視か」

「危なかったら助けに行くけどな」

「行かせると思うのか」

「止められると思うってのか?」


 上等だ。


「まあ今の所は問題ねえだろ。ここまでの経験で陛下も相当に腕を上げてきてる。素人臭さで舐めてる奴も多いが、盾の配置や判断力は並の術者よかよっぽど出来上がってるぜ? 二人じゃ陛下の『盾』とリリーナさんの守りは崩せない。あと一人必要だが、お前らンとこの『槍』は揃ってフィラントの奴らと遊んでやがる。雑魚とは言わねえけどな、フィラント王と護衛は厄介だ、しばらくすれば二人が勝つ。俺はそれまで遊んでりゃ良い」


「それじゃあ相手になってもらおうじゃねえか。遊んでりゃ良いんだろ? 存分に試させてもらう」


「試す、ねえ」


 野郎は心底つまらなそうにため息をつき、


「さっきのでも思ったが、まあそうだな、青春って奴だ。若人の特権だ。それも良いとは思うんだけど、あー、まあ、俺も補佐殿には色々と助けられたから言うんだけどな」


 魔術光が薄れていく。

 『剣』の魔術によって纏う赤の魔術光が、勢いを無くし、静かに、消えるように。



「舐めてんじゃねえぞテメエ」



 斬戟が目の前にあった。

 思考するより先に反応していた。防ぐ、防げる。だが野郎が払った腕を上へ伸ばした時、



「下らねえこと考える暇があったら、死線の一つも越えてみろ」



 首から、大量の血が、噴出した。


    ※   ※   ※


   ハイリア


 副団長ベイル=ランディバートがオフィーリアから逃げ出したすぐ後だった

 神父の再来と呼ばれる彼女の戦いが見られると楽しみにしていたからか、ジェシカが遠慮抜きに悪態をついた。


「あの男は何なんだ。仮にも近衛の副団長なんだろ……容易く敵に背を向ける奴にそんな大役が務まるのか」


 俺が言うのもなんだが、彼は近衛兵団の中でも若輩で、例えば正面戦力としては下に分類される。

 選抜当初は外から疑問の声も多く上がったようだったが、現団長ディラン=ゴッツバックは強く彼を推挙した。


「近衛兵団は豪腕にモノを云わせて戦ってきた戦闘集団だ。今は組織改革も始まって、陛下の護衛という本来の職務に戻ってはいるが、本質は即応部隊」

「即応部隊……」

「千変万化の戦場でいつ発生するかもしれない問題へ即時出撃し、立て直す。撤退の殿を務めることもあれば、先陣を務めて敵大部隊へ矢の降り注ぐ中を駆け抜け伯仲する。作戦では最も負担の大きい部分を務めるし、失敗すれば味方が壊滅するような重責を負わされることだって幾度もあったそうだ。それなりに人数は居るが、基本的に厚みは無いから味方本隊あってこそではある。内乱ではそれら経験を生かして随分と活躍していたようだが、様々な事情を抱え込んでいたおかげで本領を発揮していたかというとちょっと怪しいな」


 カラムトラの監視に当時の副団長は不在、北方領主たちも慣れない地方での戦いで、基本的に移動を繰り返しての押しつ押されつだ。

 マグナスの軍事的手腕については特殊過ぎて判断しにくい。兵団でなければ通用しなかっただろう場面は確実にあるが、それが遂行できるだけの人員を要していたことこそが勝因とも言える。


「近衛の団長が持つべきは、味方を背負い、豪腕を振るって鼓舞する、ある意味で狂気的な戦闘意欲。彼らが投じられる戦場の全てが、正気なままで飛び込んでいけるような生易しい状態じゃなかったんだと思う。だからこそ副団長は、兵団の中で最も目端が利いて、勇敢な臆病者が選ばれる、ということらしい」


「勇敢な、臆病者」


 手綱を握るのではない。

 だが、豪腕任せに戦うだけじゃなく、山ほどの備えと逃げの準備を怠らない、兵団の中でもそれをやり切れる人材が必要だった。

 そして心配事で兵の足を鈍らせるのではなく、機を読んで行けと示せることが重要なんだろう。


 もし間諜であったのだとしても、マグナスの元に前副団長が残ったまま内乱を戦い抜いていたら、戦況は違っていたのかもしれない。


「俺が一時期王都で近衛の補佐官をしていたのは話したんだったかな?」

「前に聞いた」

「あぁ。その時は執務の山に追われてもいたが、またとない機会だったし、深夜の内に終わらせておいて訓練へ加わることもあったんだ」


 ジェシカの目が素直に変わる。

 羨ましいのだろう。


「近衛兵団、一騎当千の兵だけで構成される精鋭部隊と聞く」

「実際強かった」

「勝てたのか」

「幾らかは」


 ある意味で神父との戦いで行ったことの再検証や、実験に付き合っても貰った。

 魔術光についてや、攻撃の受け方、合わせ方についてとか、色々と。


「最後の方は、勝ったり負けたりだったな。大体の人にはギリギリ一勝をもぎ取って、あとは負け続けなんてのもある。ただ――」


 どうしても勝てない相手は居た。

 精鋭と呼ばれる彼らに全勝出来るほどの腕前にはまだまだ遠いと思ったものだ。


 相性のせいだ、なんて言われはしたが、


「副団長、ベイル=ランディバートには、結局一度も勝てなかったよ」





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