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ヨハン=クロスハイトの不調。
その話については鉄甲杯開催以前からヘレッドを通して耳へ入っていた。
以前はクレアに次ぐ『剣』の術者として、内乱では相当な活躍ぶりだったというし、対神父戦に備えてヨハンを投じるべく、犠牲を覚悟で情報収集に徹していた。
元よりヨハンの腕は相当なものだったと思う。
躊躇が無く、大胆な攻めを見せるかと思えば危険に鼻が効くとでも言えばいいのか、本当に拙い状況では素直に下がれる判断力だってあった。ピエール神父の片腕を斬り飛ばしたのだって、リースやビジットによるお膳立てがあったからだけとは言い切れない。
だが今、彼についての噂へ耳を傾けると散々なものだった。
試合内容もオフィーリアの独壇場として勝利しているからいいものの、ヨハンは常に敗北寸前、部隊長の立場から脱落が許されず、仲間を犠牲にしてなんとか生き延びているという始末。
どうしたんだ、と知る者は言う。
何故彼程度が、と知らぬ者は言う。
俺はただ、待つだけだ。
この五回戦、勝ち抜けば準決勝行きが決まる。
俺たちの試合は二日後になるが、今日ここで、ヨハンは最大の試練とぶつかることになるだろう。
「あ、ヘレッドさん、お久しぶりです」
観戦室の隅でこっそり腰掛けていたヘレッドにくり子が気付いた。
鉄甲杯敗退が決まった彼女らとは、昨日の内に約束して共に観戦しようと言われていたんだが、こちらはナーシャとフィリップが施療院で治療中、向こうもセイラとウィルホードの姿が見えない。戦い合う以上馴れ合いは避けてきたのもあるが、負けてすぐに切り替えるのは難しいのだろう。
「おっす」
「ん? あーっ、おっすおっす!」
グランツの挨拶にセレーネが乗って、後ろに居たジェシカが何かを言おうとするが押し黙って脇を抜けた。
ヘレッドとは反対側に肩身が狭そうにアベルが座っていて、程好い距離に先輩が居る。どちらも積極的に混ざるつもりはないのか、今朝方出版されたばかりな大判の新聞へ目を落としている。最近じゃ随分浸透してきたが、毎日毎日新しい記事を作っては印刷とは、おそらくまともに眠れていないに違いない。
今回の件で出来たツテを頼れば幾らか楽に情報収集も出来そうだが、的外れであったり、他紙との差別化を求めるあまり捏造まで始めている所もあるというから、どちらにせよ情報の確度は自分で見定めるしかないのだろう。
検閲を行うとの話だったが、この調子ではもぐりの新聞が出ていても分からないか。
他にも何名か、主に分析班で頑張ってくれていた者たちと後輩らしき一団があり、知らない者との交流を見ていると少しだけ物悲しさを感じてしまう。まあ、流石にそれは俺の自分勝手というものだ。
「オフィーリアという女、どのくらい強いんだ?」
脇を抜けてきたジェシカが隣に座って、小さなパンフレットらしきものを取り出す。
遅れているかと思えば買ってきたのだろうか。
俺は鉄格子のハマった窓の外を眺めながら、
「彼女は元々、俺の率いていた一番隊でも一軍に属する術者だった」
「一軍、二軍、三軍とあったんだったな」
「あぁ」
実際には個人の特性に合わせて分析やら伝令やら斥候やらと、特に夏季長期休暇以降は幾つもの部署が出来て、俺の指示も無く組織が進んでいた。
「セレーネは二軍だったと聞いている」
「そうだな。まあ三軍には新入生が多かったし、実質的な雑用扱いでもあった。二軍には一軍候補者以外にも訓練での有用性から分類されていた場合もあるから、一概に力量を表していた訳じゃないんだが。少なくとも一軍に入っていた者は全員どこかで総合実技訓練へ出て実績を得ている。あくまで一年前の話だが、オフィーリアはその中でも平均的な腕前だったな」
「それが内乱を経て化けた、ということか」
「おそらくは」
よく聞く話だ。
肉体の成長期真っ只中では、身体的な充実の他、感性や感覚というものも極めて変化し易い状態にある。
元よりあった素質と上手く噛み合う事で急成長したり、同年代でも得難いほどの経験を経て抜きん出てくるなど、理由は様々だ。
化ける、とは言うものの、そうなる下敷きがあってこそのものでもある。
スポーツの世界を見ればよくある話。
努力が足りないのではなく、努力の方向性を間違えている。
ただ人それぞれの特性を見極めて、どれが正しいか、あるいは有効なのかを導き出さなければならない。トレーナーなどとは言っても知っているのは基礎的な知識だけで、経験豊富な人間であっても判断するのは難しいし、正道からズレるのは怖ろしい。有望な選手を指導一つで駄目にしてしまう、なんて話も同じくらい転がっていた。対し、教科書通りにやっていれば納得して貰えそうな理屈が山ほどついてくる。だから駄目なのは自分ではなく、お前なのだと言えてしまう。
人を成長させるのに、方法論や科学的裏づけなどというのはあくまで思考の基礎であるだけだ。
オフィーリアは自分自身を導いた。その根幹を見極めたいとも思うが、それこそが何よりも難しい。
「それで……ヨハンという奴はどうなんだ」
パンフレットにでも載っていたのか、それとも彼女なりに注目していたのか、ジェシカがつまらなさそうに言う。
視線は鉄格子の向こう、砂地と岩場の混在した会場内へと向けられている。
「ヨハンか」
先ほどのように、客観的な情報を告げようかとも思ったが、止めた。
「この先を見ていれば分かる。きっとな……」
いずれ決着をつけようと言った。
小隊を解散する。そう決めた理由が拡散であったのは確かだが、同時にいい機会になるとも考えたんだ。
戦いには、それが学園での訓練であっても、あまり好ましいと思えるものが浮かばない。
幼少期にはアリエスを泣かせてしまって、一年生の時にはクレアの批難を避けるべく、ジークとの一戦や、教団との戦いだって必要に迫られてというのが大きい。望んで始めたこととはいえ、単純な競い合いを楽しんでいるというのは、この鉄甲杯が初めてだろうと思う。
ずっとこんなことをしていたい。
いや、武器を持って戦うというだけでなく、腕を磨くというだけでなく、当たり前に皆と学園生活を過ごすのだって悪くない。
朝起きて、顔を洗って、少し遅刻気味に家を出て、道すがらだれかと会ったりして、たまにはサボって遊びに行って、まあ大体は真面目に授業を受けて、放課後は皆と遊びに出かけて、晩飯はまあ、子羊亭にでも行ってわいわいとやる。
次々と後輩が出来て、誰かが卒業していって、いずれは俺も……もう叶わないことだけど。
夏季長期休暇を迎えると同時に卒業し、後は王都で国政へ携わっていくことになる。
具体的にどんな役職になるかは、まだはっきりしていない。本当はもう決めているのに伏せられているのかもしれない、とも思う。
いずれにせよ陛下と共にホルノスを支えていく。
爵位もなくなった身としては、あまりにも過ぎた厚遇だ。
ずっと、こんなことを、
「どうかしたのか」
「ん?」
気付けばジェシカが視線をこちらへ戻しており、俺はふっと浮かんだ笑みのまま、つい伸びた手を、そのまま彼女の頭に置いた。
艶やかで美しい金髪だ。戦いに身を置いているとはいえ、貴族としての誇り故か、身だしなみには気を使っているようだし、最近ではセレーネやナーシャと新しい化粧品について話しているのも聞く。
変化なのか、下地があったからなのか、隠れていただけなのか、
「なんでもない。ちょっと物思いに耽っただけだ」
困ったような顔をしながらも、抵抗はしないことに気をよくしてついつい頭を撫で続ける。
髪を乱すことはしたくないから本当にそっと。
「……………………あんまり触るな」
ずっとそうしていたかったけど、そっぽを向かれてしまったので諦める。
拒絶していたような声ではなかったから、照れただけかもしれない、というのは贔屓目が強すぎるか。
どちらかと言えば俺が甘えてしまっているんだろう。誰かを慈しんで、優しく接するというのは、そうした本人こそがやすらげるんじゃないだろうか。だから、こうして接することの出来る相手が居るというのは、とても得難い幸福だ。
「今のヨハンについては分からないが」
「分からないが?」
ジェシカが聞き返してくる。
今のヨハンは、最もやすらげる相手を失っている。けれど腐ることなく、腕を磨き続けている。
勝ってね、そう告げたまま眠り続けるアンナの言葉を、きっと忘れないまま。
だから、
「アイツは、必ず強くなるよ」
理由があれば、どんな苦難にだって立ち向かえる。
「そうして俺の前に立ち塞がる」
その日を楽しみにしているんだ。
※ ※ ※
ルリカ=フェルノーブル=クレインハルト
ところで私の安息の日はいつ来るんだろう。
ついに鉄甲杯五回戦、準々決勝にまで辿り着いてしまって、正直運営を任されている担当官がとても言いにくそうに勝利を寿ぎに来るから私まで焦ってくる。
あぁ、このままだと主催私たち、優勝者私たち、なんていう歴史に残る馬鹿を記録へ残すことになってしまう。
別に初戦で負けたって構わなかった。
お遊びで参加して、あーやっぱり本職の人たちには負けるねー、なんて言いながら手でも振ってあげればそれでよかったのに。
なんで……ここまで勝ち進んじゃったんだろうね。
もういっそ、不甲斐無い連中を叱咤激励でもすればいいのかな。
一国の王が雁首揃えて、各国が派遣した控え目な戦力を相手に、近衛の副団長だとか側近の護衛兼秘書だとか大人気無さの塊みたいな構成で相手を薙ぎ倒してきた。詳しい力関係は分からないし、好き勝手動くフィラント王のおかげで窮地はそこそこあったけど、気付けば相手を一掃していることが殆どだった。
学園生が主体の、ちょっとしたお祭りみたいなものだからーなんて言って人を集めてきた私たちの立場は……あくまで見本としての役割だし、政治的に不利益を被っている訳じゃないけども、なんか話が違うんですけどみたいな視線はたまに感じる。知らん顔するけど。
「さあ往くぞっ!! 今日も敵を蹴散らすのじゃー!!」
「はい、参りましょうか我が王。あぁ、是非ベイルさんも共に。さあお手をどうぞ」
「ざけんな野郎の手なんざ誰が握るか勝手に行け」
「カカカ――!! リオンとベイルは最近仲が良いのう!!」
なんのかんの言いながら付いて行っちゃう副団長、初戦で私が襲われたことから何も学んでいないようでハゲればいいのに。
「ご安心を。何かあれば私が御守り致します」
「う、うん……あり、がとね、リリーナ」
落ち着いた様子のフーリア人だけが私をしっかり守ってくれる。
リリーナ、ええと、リリーナ=コルトゥストゥスだったっけ。綺麗な黒髪をうなじの辺りで纏めているけど、先端は腰元にまで伸びている。お淑やかな異国のお姫様、なんて言われればフィラント王よりも遥かに説得力がある。えぇ、私自身がそれらしくないという話は置いておいて。
「お相手は、ハイリア様の元部下の方でしたか」
「部下、じゃ、ない」
リリーナは整った眉を少し上げ、
「お仲間、ですね」
「多分、そう」
他にいい言葉が浮かばないけど、とりあえずは合っているんだと思う。
王都を出て、あれこれと放浪した挙句に辿り着いた場所であの人たちと会った。
クレアもその一人だ。ハイリアは皆の長として振舞っていたけど、ただ距離が近いというだけじゃない、強い繋がりみたいなものがあった。だから、部下ではないんだと思う。
開始の合図はもう鳴っている。
ただ、『盾』の出番はしばらく後だ。
最初から最後まで駆け回る『剣』でないことをありがたく思う。私だったら加護があってもすぐに疲れて動けなくなる。
対し、フィラント王はよく走る。よくもあんなに駆け回れるものだと感心する。本人の言う通りであれば、気ままに敵を変え位置を変えと振舞っているから、何度かやられそうになった場面もあった。彼女が負ければすぐ降伏してしまえとも思うんだけど、言い訳が立つ程度には頑張っとかないとなぁと空を仰ぐ。
そのまま眺めていたかったのに、唐突に大きな音がして視線を戻す。
「な、なに……?」
「上です」
「え?」
「ご注意を」
指で示されてようやく分かった。
この会場は、岩場と砂場が混在していて、岩も精々が腰元程度の大きさだったけど、身を伏せれば十分に隠れることが出来るようになっている。
「え、ぇー…………」
なんとその岩を、相手の『槍』が叩き飛ばしてきたのだ。
それも、次々と。
私はとりあえずしゃがみ込んで、降り注ぐ岩の雨に対して盾を張った。
本来動作なんて必要ないけど、初心者向けにと教えられた通りに掌を向けて、しっかり確認しながらやる。
今私に必要なのは相手を出し抜く巧妙さじゃなくて、狙い通りに盾を張れる能力だ。特に距離が難しい。盾を出す方角は腕で、盾の表面を向ける方向は掌で、距離は肘でやれと教わったけど、肘ってなに肘って、なんとなく分からないでもないけどよく分からない。目一杯遠くへ置くならともかく突入してきた相手を阻むには距離を間違えちゃいけない。三回戦はそれで酷い目に合った。なんで私は踏み込んできた敵より外に大盾を置いて、援護に来た副団長をふっ飛ばしたんだろうね、他意はないよ本当に。
それにしても。
次々降り注ぐ岩を眺める。
これはもしかすると、拙いかも。
思いつつ、いつも通り走っていくフィラント王らを止める言葉を持てずに居た。
話しかけられ、求められたことを喋る分にはいいけど、自分から声を掛けるとなるとどう言えばいいのか分からなくなる。
「カーカカカカカッ!! 良いぞ良いぞっ、実に良き余興よ!!」
その相手が盛り上がっていれば尚の事。
※ ※ ※
ジン=コーリア
「ほれ行くぞ、せーっの!」
両手で握った槍で岩の側面をぶっ叩けば、実に気持ちよく飛んで行ってくれる。
多少加護の具合に慣れる必要はあったが、やってみると中々にすっきりするもんだ。
「どっせい! どっせい! そりゃどっせい!」
同じように槍の柄の根元を握りこみ、馬鹿みたいに振り回すペロスは心底楽しそうだった。
「ん~~~~っきーもちー!!」
「いいなー、俺もやりたいなー、なあちょっと槍貸してくれよ!」
「ベンズは『剣』なんだから諦めてっ! これは『槍』の特権なのっ! 私振り回し貴族っ、ベンズは振り回し貧民!」
謎理論はいつものことだからいいとして、そろそろ敵前衛が大きく突出してくる頃合いだ。
ウチはあまり戦術を練らない。練って説明しても覚えてくれる奴がオフィーリアくらいしか居ないので一回戦が始まる前に諦めた。ベンズもペロスも気分で動く、ヨハンは近い奴から斬りかかる、とにかく制御しようとして出来る手合いじゃないのは確かだ。
「よっし、次アレ狙おうぜ。ペロスちゃんペロスちゃん、負けたら後で一食オゴリな?」
「はぁーいっ! いっくよーぉ!!」
だが諦めているかというと違う。
どの道、人なんてそれぞれ好き嫌いが違う。今日のオーダーが特に扱い辛いのが揃ってるのもあるが、別に手足のように動かす必要なんてない。
俺の役割は、こいつらを使うことじゃなくて、活かすことだ。
「どっかーん!!」
「ひゅーっ、いい感じに飛んだなぁ!」
まあ、やってて楽しいのが一番だ。
こんな岩を放り込んだ所で、相手に『盾』が居れば通用しない。
俺は低めに飛ばして突っ込んでくるフィラントの王様を狙ってたけど、ペロスは高く飛ばしたいようで狙いも滅茶苦茶だ。一応勝負を持ちかけて近衛兵団の副団長を狙って貰ったが、流石に『剣』の術者相手だとこの程度の攻撃じゃ突出する二人と引き離すのが精一杯だ。
「そーれ俺も負けねえぞ!」
「ちょっと馬鹿ベンズ私の岩足りないんだけど! 補給! 補給早く!」
「やるわけねえだろ考え無しに飛ばしすぎだああ!!」
うーん、いい加減近場の岩を飛ばし終えてきたから、そろそろ次へ行くとしよう。
寄ってきたベンズが興奮した様子で言う。
「ジン先輩ジン先輩! 俺もっ、俺もやりてぇよおお!」
「残念だが振り回し貧民には別の遊びが待ってるんだなあ!」
「おおっ、おおおおっ、流石ジン先輩ッス! で、なにやるんスか!!」
「うん、じゃ、コレに乗ってくれ」
「は?」
「ペロスちゃーん」
「はぁーい!!」
素の返事が来たので、ペロスをけしかけた。
※ ※ ※
ベイル=ランディバート
中々上手く分断してくる。
後方へ放り込まれていく岩の雨については、正直どうしたもんかと思うんだが、まあ問題ないだろ。
最近じゃあ陛下も中々に慣れてきてくれた。こちらの前衛が突出すると分かれば敵は必ず裏へ手を回してくるが、そういうのは決まって『剣』の術者だ。リリーナさんも腕は立つようだから、多少腕利きに絡まれたとしてもなんとかなるし、『弓』が出てくるなら俺が狩る。
問題は前だ。
フィラント王はとにかく好き勝手暴れる。
御付きのリオンも止めはしないし、王が一騎打ちを望めばあっさり身を引くから簡単に崩れる時がある。
裏取り、前方との繋ぎ、いざとなった時の一人前衛、そういう位置に立たされていると、俺って近衛でやってることとあんまり変わらねえなぁと空でも仰ぎたくなる。
そう空だ。
敵がこうして岩を飛ばしてくる意味は幾つかあるが、面倒なのは二つだ。
まず、陛下の周囲に遮蔽物が増える。
次に、
「チッ、こっちきやがったか」
前か後ろを狙ってくれればよかったものを。
いい加減注意されてもいい頃だが、鼻が効くのか馬鹿なのか、少なくとも平然とこんな手を使ってくる奴はどうかしてる。
頭上を飛び越えていく大岩から、ひらりと飛び降りてくる影がある。
赤の魔術光を火の粉と散らしながら、腰の鞘から刀を抜き放つ。
広がる髪と長いスカートはなんの冗談か。
戦うつもりがあるならせめて纏めて欲しいもんだが、公衆の面前でああいうの掴むと批難が怖いよな。
すぐに身を後ろへ飛ばして距離を取る。
「ほお、大胆かと思ったら手ぬるいな。こういうときゃ、二人放り込んでくるもんだぜ」
それとも舐められてるのかね。
降り立った美女の名は、たしかオフィーリアとかっていう敵の主力だ。
あのクソ神父の再来なんて呼ばれてたから、一人で十分だと考えたのか、ここを刈り取る速度の重要性を安く見てるかだが。
「さて、私は言われたとおりの所で踊ってみせるだけですので」
屈んだ姿勢から立ち上がり、腰溜めに刀を構える動きは実に綺麗だ。
降ろしたままの髪や煌びやかな姿を思えば、戦場で良い飾りになるだろう。
昔から戦場に女を象徴として立たせることで士気をあげるなんていう考えもあるが、あんまり好きじゃないんだよな。
「そうかい。生憎お上品な踊りなんて知らないんでな、足踏んずけられても怒らないでくれよ」
言いつつ退路と合流地点を探して視線を巡らせながら、適当に肩へ乗っけた湾刀を頬へ当てる。あぁ冷たい、頭が冷える。
「ご安心下さいませ。私も社交界で踊るより、剣を手に舞う方が慣れていますから」
「淑女には刃物持たれるよか、恋文や花でも持って追いかけてきて欲しいんだよなぁ」
「生憎と心に決めた方がおりますので」
構えの雰囲気が変わる。
具体的にどう変わったかなんてのはないが、会話で時間稼ぎをするのも限界らしい。
「残念だ。いい女だってのになあ」
「お褒めに預かり光栄です」
さてやろうか、なんて思っていた時だ。
「あああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………………―――――――――――」
頭上を泣き叫びが通過していった。
最初は追加戦力かと思ったんだが、どうにも岩に縛り付けられていたようで飛び降りてくるのは無理そうだ。
ありゃ確か双子の片割れのベンズとかいうガキだ。
後ろへ放り込むにしても、縛るのはどうかと思うんだが、何やる気だアレは。
ま、ちょうどお嬢ちゃんの気が逸れているようだから、ありがたく斬り込ませて貰うとするかね。
※ ※ ※
ルリカ=フェルノーブル=クレインハルト
「――――………………ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?」
なんか降ってきたああああ!?
岩ばっかりだと思ったら何この声っ、何この声っ!?
あんまりにも壮絶過ぎる叫び声がおっかなくってどうすればいいか分からなくなる。
盾っ、盾張って弾かなきゃっ!? あれ、でもあの岩人乗ってるの……? このまま防いだら岩と一緒に砕けない……? これって奇襲じゃないの? なんで味方縛って飛ばしてくるの意味がわからないっ! あ、そうか。
張っていた盾を消して大岩を受け入れる。
狙いは元々外れていたから大丈夫。
「ごぶわぁああ!?」
派手に一度跳ね、砕けた岩の密集していた場所へ飛び込んでいく。
う、運が良かったね……、物凄く痛そうだけどそこなら多分死なないんじゃないかな、多分、私は手出ししてないから無実だから。
「よろしかったのですか……?」
リリーナさんも少し困惑した様子で聞いてくる。
「一応岩が前で飛んできてたから、壊すと飛び出してくるかもしれないし、折角縛ってくれてるならそのままの方がいいよね」
私にしてはすらすら言い訳が出た。
うん、見た感じ岩は割れてるけど、男の子が縛り付けられてる側を開くようにしているのと、縄で締め付けられているせいで動けないようだった。生きている。誰にも罪は無い。一人撃破ということで。
「なんで……味方縛って飛ばしてきたんだろうね」
「さ、さあ……?」
うん、困るよね、聞かれたって。
※ ※ ※
ジン=コーリア
「うーん、すっきりしたー!!」
双子の兄だか弟だかを縛り上げて叩き飛ばしたペロスちゃんは実にご機嫌だった。
まあ、煽ったのは俺だが縛りつけたのも飛ばしたのも姉だか妹だかだから大丈夫だろ、俺は無実だ。
せめて盾で防いでくれれば脱出も出来ただろうに、花でも開くみたいに四つに割れてる岩の上、縄で締め付けられるベンズが試合終了時まで生きていられるかは不明だ。最後まで唸っていたから多分生きてるだろ、多分。
今の振りを忘れないようにか、大きな槍の根元を握りこんで素振りするペロスちゃん。
完全に槍の使い方を間違えてる気もするが教えたのは俺だ。
ところで、
「おい、大丈夫か」
「…………おう」
同じように岩へ乗っけてぶっ飛ばそうとしたヨハンは、岩へ乗り切れず転んで落ちた。
後ろへ頭から落ちたからどうしたもんかと思ったが、とりあえずは生きてるようだ。
アブねえアブねえ、下手したら今のでウチの負けだ。
「大先輩! 大先輩も縛られて飛ぶ?」
「んー、でもまだ縄持ってるのか?」
ヨハンが余計なことを言う前につっこむと、ペロスちゃんは口に指を当てて首を傾げた。
半開きの口から漏れるのは相変わらず元気な声で、
「あー。んーん、ベンズ用のしか持ってないやー」
「そりゃ仕方ないな」
「うんっ」
仕方なく部隊長を献上するとこだったが何とかなった。しかしどうしてこの子は常日頃から縄なんて持ち歩いてたんだ。
「おら起きろヨハン、敵だぞ敵」
出来れば近衛の副団長へ切り込んだオフィーリアへの援護に投じたかったが、もう敵がこっちに辿り着いちまった。
フィラント王シャスティ=イル=ド=ブレーメンに、その護衛リオン=ドーザ=クゥレスタ。ちびっ子フーリア人は短めの直刀で、金髪の色男は薙刀なんて背負ってるが、後者は『弓』の術者でもあるから厄介だ。本来ヨハンとオフィーリアを敵の中継役へ飛ばして、刈り取ったらベンズの援護をさせるつもりだったんだが、色々と予定ってのは狂うもんだ。
ホルノス王ルリカ=フェルノーブル=クレインハルトは『盾』の術者としちゃ未熟だ。
咄嗟にベンズを弾かず引き入れる判断力は大したもんだし、ここまでの試合で見た感じ筋はいいんだが、流石に三人相手となりゃ防ぎ切れない。護衛の巫女さんも一人を抑えるので精一杯だろうしな。
あくまで俺とペロスちゃんは囮、ここは負けても出来るだけ後方と引き剥がして時間を稼ぐのが目的だったんだが、ヨハンが下手こいたせいで負けるわけには行かなくなった。
で、絶賛大不調中のヨハン大先生は、相も変わらず堂々とサーベルを相手へ向けて言い放つ。
「おいそこのガキ」
「ん? なんじゃ余の事か?」
一国の王相手にこの態度、御付きの反応の方がおっかなくて身が縮むわな。
呼び掛けられたことでフィラント王はすんなり歩を止め、問答を受けて立つ。この辺りも今までの試合通りだ。王として万民の声へ耳を傾けるつもりなのか、それとも気が多いだけなのか、とにかくどんな奴が相手でも呼び掛ければ答える立場をとり続けてきた。多少無礼があっても御付きは何も言ってこない。戦況が不利だろうと、勝利を決める瞬間であっても、王が止まれば奴も止まる。
大した忠義ぶり……と多くは言ってるが、どうにも忠義とは別な気がしてるんだがねぇ。
涼しい顔をしてフーリア人の王に従属するレイクリフト人の男は、実に楽しそうな顔で様子を伺っている。
ヨハンが問う。
「テメエも二刀を使うらしいじゃねえか、フーリア人ってのはそういうの多いのか」
フィラント王は手にしていた直刀をひょいと放り、一回転させて受け止める。
その動きを楽しむように続け、左手の直刀を手の中で転がした。
「いいや、あまりおらんの。二刀流というのは扱いにくく、さほど大成せんから、おってもすぐ死ぬ。余も正しくは二刀流ではなく、二振りの刀を持っているだけじゃ」
「よく分からねえな。どう違うよ」
「真の二刀とは、一振りの刀を扱うようである、と偉そうな事を言っておった奴がおるんじゃが、余は到底その域とは呼べぬのでな」
「態々二本振り回して一本扱うようにしてどうなるってんだ?」
「ふむ、実にありきたりな疑問じゃが、答えてやろう」
放った直刀を、受け止めず落下する姿を手でなぞった。
地面には何も落ちない。手には何も握られておらず、長い袖も風にはためいて揺れるだけだ。
奇術か、手品か。しかしそれがどうしたと思いかけた時だ。
鋭い金属音が間近で響き、火の粉を散らしたヨハンが俺の眼前でサーベルを振り上げていた。
「……っ、ぁ……ああ?」
「ぉぉぉおおおおっ」
間抜けな俺の声と、何かに興奮した様子のペロスちゃん。
未だになんだなんだと思っていたら、頭上から落ちてきた直刀が深く足元へ突き刺さって慌てて飛び退く。
「うおっ!? あーびっくりしたぁ……いつ投げたんだよ……?」
「カカカ!! ちょっとした手慰みよ!」
「もっかい! もっかいやって!! 私もアレやるう!」
「応じるにやぶさかではないがの、武芸とは乞われただけで見せるものではない。興じればこそよ」
教えてもらえないと分かったペロスちゃんはおなじように槍を上へ放り投げ、投げたのだが回転が足りず普通に石突きが地面へ埋まった。元々身長が足りないのと、無理して馬鹿長い槍を使っているせいだ。
「コイン弾きみたいなもんだ」
黙りこんでいたヨハンがこぼす。
今見たことを分解して、呑み込んで、整理するような思考の間。
「手で隠した時に指先で柄の底を弾いて左手へ飛ばしやがったんだ。軌道は腕と背中と、あの長い袖で隠れるし、相手は落ちる刀を目で追いかけるから、左手の動作を見落とし易い。投げた後も元々左手に持っていた刀が残るから、相手からすると消えた刀がどこからともなく自分へ向けて飛んできたように錯覚する」
「なるほどな。見抜けてなかった間抜けは俺だけだったから、俺が狙われたと」
返事はせず、肩を竦めたヨハンは一歩二歩と前へ出てフィラント王へ向き合う。
奇術を見抜かれた彼女はにんまりと笑いながら迎え、直刀の先を挑発するようにひょいとあげる。
「今のが答えか」
「……んー、どうじゃろな。余も掴んではおらぬし、生憎と武人ではなく王じゃからの、愉しんではおるが極めるつもりはさほどない」
「そうか」
「それよりも、ホレ、そろそろやろうではないか。聞いておるぞ、ヨハン=クロスハイトよ。御主、あのハイリアに勝つつもりであろう?」
「おう」
「ならば余くらいは越えて行くが良い。でなければここで死ねい」
フィラント王が身構える。
すぐにでも飛び出してきそうな動きに俺も慌てて槍を握り込むが、彼女は方向を切り替えて横へ駆け出した。。
その影から、黄色の魔術光が飛来する。
「っ!!」
「せい!」
ヨハンがすぐにフィラント王を追いかけたおかげでやられるかと思ったが、ペロスちゃんが反応してくれて助かった。
「おや」
あーおっかねえ。
笑顔に慣れきった奴ってのはどいつもこいつも信用ならねえ。
「上手く不意をついたと思ったのですが、仕方ありませんね」
残ったリオン=ドーザ=クゥレスタが脇に薙刀を突き立てて大弓を構えていた。
側面から弾いたとはいえ、今の攻撃でペロスちゃんが手の痺れを感じたのか確かめるように右手をにぎにぎしている。うーん、という唸りは大丈夫なのかそうでないのか。
「おいヨハン! 分かってんだろうな!! お前がやられたらそれで終わりなんだぞ!!」
一応後ろから呼びかけると、フィラント王を追いかける奴は片腕をあげて応じてきた。
ったく、あぁ、まあ仕方ねえよな。
ようやく手にしっかりとした重みが加わって、長槍の矛先を色男へ向ける。
矢捌きには慣れてるが、俺もペロスちゃんも『槍』で、弓を出されると少々お手上げだ。
回りこんでくるのに合わせて、二人背中合わせに立って槍を構えた。
時間稼ぎと割り切っているからやることは単純だ。
捌いて捌いて、ペロスちゃんと雑談しながら矢を捌く。
ヨハンはフィラント王と。
オフィーリアは近衛の副団長と。
ベンズは……まあ一応ホルノス王と巫女さんの相手。
そして俺とペロスちゃんとで色男だ。
多少配置にズレはあるが、このくらいなら想定内。
ヨハンがヘマするのも、俺が雑魚なのも、オフィーリアが絶好調なのも勘定に入ってる。
さて、ぼちぼち開幕と行くかね。
最初に動きがあるとすりゃ、やっぱオフィーリアのとこか。
 




