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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第四章(上)

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 戦場で最も人の命を奪ったのは投石である、という話を聞いたことがある。

 魔術のあるこの世界では違うのだろうが、フーリア人の少年グランツ=ドルトーレンの放ってくる石は凄まじい脅威と言えた。


 ただ手で投擲してくるのなら、距離さえあれば回避も打ち落すのも難しくない。

 だが投石器によるものとなれば話が変わってくる。


 長い革紐の中頃で石を保持し、両端を持って回す。

 アンダースロー、オーバースロー、どちらがどうという変化までは分からないが、遠心力を加えて投擲される石は人の腕から放たれるものとは完全に別次元の速度だった。


 耳が痛くなるほどの風切り音。


 飛ばされた石は骨さえ砕く。

 当たり所次第で人を即死させるに十分な威力を出せるだろう。


 仮に、『槍』の魔術でも使ったのなら幾分楽になったかもしれない。


 青の魔術光は広範囲に守りの加護を与えてくれる。

 真っ向から受けきれるかどうかは知らないが、風のように揺れる魔術光ならアレを逸らしてしまうくらいはするだろう。


 今の俺は生身。

 加護もなく、自分の肉体だけを頼りに戦わなければならない。


 ハルバードの戦斧側面を盾にグランツへと詰め寄ろうとするが、全身を隠しきれるのでもなく、右腕を打ち抜かれる。頭を守っていて正解だった。だが出血こそないものの、当たった筋肉が激しい痛みを伴い、握る手がどうしても緩む。

 足は止めない。

 相手も同じ徒歩で、移動の差は単純な走る速度の差でしかない。

 身長差もあるようだから、身軽になって走れば追いつけなくもないが、同時に防ぐ手段もなくなるから難しい。


 全く厄介な相手だ。


 打ち合わせてくれるのなら戦いようもあるが、こうして遠距離からの攻撃に専念されるとハルバードが届かないじゃないか。


 横合いから爆音がした。

 おそらく距離を取り直した先輩が放ったロケット弾だろう。

 ウィルホードが詰めている以上、『弓』に切り替えて射抜くことは出来ない。。

 『角笛』は膨大な手数を誇り、召還された黄金の獣は『弓』よりも広く展開する。代わりに使用できるのは短弓だけで、術者からの射程距離は大きく減じてしまう欠点があった。

 あの爆発は獣たちを動員すれば防げるだろう。

 だが、多く手数を要するし、二度三度と大丈夫だったからといって鼻歌交じりに受けていられるほど、爆発というものの音と衝撃は優しくない。

 たとえかすり傷一つ負わないとしても、長くあんなものに晒されているとパニックに陥ってもおかしくはないんだ。

 俺自身、皆よりもあの手ものに対する知識があった癖に、爆発を見た瞬間に激しく動揺していた。


 ともあれ、ナーシャからの援護は望めない。


「おっす!!」


 元気が良いのは良いことだが、手にする投石器まで元気良く回っているのは勘弁してほしい。

 確か野球の球って百六十キロだか七十キロだかが最高だったか。

 腕一本でそれなんだ、質量のある石を放つことを踏まえても、二百か二百五十は出ているんじゃないだろうか。

 まともに反応できる速度とは思えない。


 なら、


 俺が足を止めると、グランツ少年は少し行き過ぎたあたりで止まり、それと同時に前へ。やや遅れて石を放ってくる。

 弾いた。前方へ翳した戦斧で受けると、石は大きく跳ね上がって後方へ飛んでいった。


 防いだのは殆ど偶然だが、考え方は拳銃と同じだ。


 弾は銃口の先にしか飛んでいかない。


 投石器は非常に強力な武器と言えるが、同時に極めて扱いの難しいものだと思う。

 あれだけ勢い良く回していると離すタイミングはコンマ数秒の誤差でさえズレを生む。

 足を止め、狙いをすました所へ僅かに身構えさせた。

 結果、狙いは外れ、大きく突き出した戦斧へたまたまぶつかって逸れていった。


 熟達した投石兵であれば精密射撃が可能なのかもしれない。

 だが彼は、幸いにも完璧とは言えない技量の持ち主だ。


 最初の攻撃、狙うなら肩か肘だ。

 腕の筋肉に当てるより間接を歪ませればもう武器さえ持っていられなかった。

 相変わらず不利であることは間違いないが、向こうの攻撃が完璧でないと分かれば、追い詰めるほどに狙いは乱れていくだろう。


 少しずつ身を下げていく。

 彼の反応は素直なもので、俺の行動を驚いて見守った。


 次がくる。

 今度はしっかり防ぐことが出来た。


 まあ、距離が開くほど反応し易いのは当然だ。


 徐々に目が慣れてきたし、放つ瞬間に彼は肘があがるのも分かった。

 フェイクの可能性もあるから、投射する所をしっかり確認する必要もあるが。


 少年は心底驚いたようで、目を丸くして口を半開きにしていた。

 けれど息を入れなおし、次を用意する。距離は……詰めなくていいんだろうか。今もじわじわ離れているんだが。


「おっす!!」


 さっきからそれしか言わないから、もしかするとこちらの言葉を覚えていないのかもしれない。


 回る速度が、上がった。


「っ!!」


 耳元を掠めていく石へ反応することも出来なかった。


 まだ速度があがるのか……!

 

 だが彼自身狙いが更に逸れ始めている。

 速球派の全力投球はよくボールになる、そういうことだろう。


 しかしまあ……ハルバード使ってる俺が言うのもなんだが、今のが頭に当たっていたら死んでないかな俺。一応俺は寸止めしたり峰打ちに切り替えたりしてるんだが、見ての通り彼の攻撃はさほど制御し切れているとは言えないものだ。


 次もまた外れる。


 石をセットする前に、距離を詰める。

 握力の落ちている右腕を眼前に立ててガードしつつ、左手にハルバードを、身を横向きにしての突貫だ。


 思っていたより彼は冷静だった。

 距離はまだある。じわりじわりと離れていたせいでもあるが、あんなのを見せられてまだ離れるのは馬鹿らしい。飛距離も測りきれていないのなら、右往左往していることを自覚しつつも詰めた方がよっぽど安全だ。今は外れていてもじきに狙いが定まってくる。偶然であっても一発致命打を貰えば動けなくなるだろう。


 駆け寄られる事に動揺はしていたのか、単に失敗しただけか、石は外れた。


 よしっ、ここで……!


 持っていたハルバードを、駆け込む勢いごと利用して放り投げる。

 投擲槍というのも昔からある方法だ。ハルバードは重すぎて向かないし、俺だって精密に狙えたりなんてしないけれど、相手の位置へ落とす程度のことは出来る。


 そして、身軽になった分、走る速度もあがる。


 短距離はそれなりに得意だ。

 追う俺を意識しながら、投石器を構えながら、どれだけ速度を出せる?


 降り注いだハルバードが上手く彼を捉えていたようで、回避こそされたが逃げ始めが大きく鈍った。


 いや、来る。

 素早く保持した石を一回転させるだけで放ってきた。

 距離が寄った分、反応も出来ずに打ち付けられ、受けた腕の中で骨がズレるような感覚を得る。

 しかし、頭は守った。右腕が使えずとも左一本で振るう術を心得ている。


 駆け抜けつつ地面に刺さったハルバードの、戦斧の根元を掴み取って引き抜く。


花は好きかい(’’’’’’)?」


 フーリア人の言葉での呼びかけに、グランツの動きが驚きで止まる。

 悪いが最近、姑息な手の得意な奴とよく稽古をするからな、こういう手にも躊躇いが薄れた。


「おおおおおおっっっ!!」


 根元から手を滑らせ、間合いに入った彼へハルバードを振り払う。


「っ、ぉ、おっすぅ……!」


 予想外のことが起きた。

 彼は大きく身を逸らし、そのまま姿勢を低く両手を地面につけたかと思えば綺麗にバク転しつつ距離をとったのだ。


 痛みを堪えつつ右手で勢いを殺し、再度構えるが、即座に切り込める間合いではなくなった。


「あ……」


「……ん?」


 彼の視線を追う。

 そこは、俺の攻撃を避けるべくバク転の為に両手をついた所で、なにやら紐状のものが落ちている。

 急いで駆け寄って踏みつけてみた。


「…………」

「…………かえして」

「いやだ」


 だってアレ本気で死にかねないし、今だって腕滅茶苦茶痛いんだぞ。

 この先もあるし、皆に怪我するなって言ったばっかりだから、骨折してなきゃいいんだが。


 しばらくにらみ合っていると、彼も諦めたのか、どうやって隠していたのか背中から短槍を取り出し構えだ。

 もう片手は後ろに隠しているままだから、何か投げ付けてくるかもしれない。


 とりあえず投石器の危険は去ったが、どうにも油断のならない相手らしい。

 妙に抜けているのもやりにくさがある。

 未熟ではあろう。

 だが俺も同じで、彼は難敵だ。


 右手を添える。

 やはり握り込むには痛みがある。


 さて、状況は既に激変しつつある。

 何かが崩れれば、一気に勝敗が傾くかもしれない。


 くり子が、それに続いてきた者たちが、どこまで考え切れているだろうか。

 俺は小隊全員を上位能力への覚醒を促した。


 それだけであるなどと、思われていたくはないものだ。


    ※   ※   ※


   セレーネ=ホーエンハイム


 ジェシカが駆け抜けながらも作ってくれた隙を生かしきれなかったのが痛かった。

 セイラさんは、やっぱり強い。

 出せる手数と間合いで勝っているからなんとか対抗出来ているけど、私の戦い方はどうしても決め手に欠ける。


 最初に勝てたのはフィリップさんだった。

 でも、当然の結果だと思えた。

 だってフィリップさんは『旗剣』での戦い方を色々と考えてくれて、『槍』としての観点から、『騎士』の特性も踏まえて、どう攻められるのが辛いかを教えてくれた。私は言われたままをしただけだ。何度も失敗して、偶然の一回を得た。けど更に繰り返して、繰り返して、ああすればいいこうすればいいと教えてもらえて、上手くやれたときは凄く喜んでくれて……。


 ハイリア様にも、勝った。

 勝ててしまった。

 『旗剣』は中距離での攻撃が可能で、足の速さは生身で追いつけるものじゃない。

 勝とうとしなければ、焦れて焦れてうんざりするほど時間を掛ければ、いずれああなるのだと言われてはいた。


 でもその場面に相対した時、私は猛烈な罪悪感を覚えた。


 あの、ハイリア様を、だ。


 皆を率いて、背負って、誰もが怖れた神父すら打ち倒して見せたあの人を、私なんかが。


 今の私は、セイラさんにだって勝てやしない。

 ほら、馬鹿みたいに振り回すだけでも、厄介極まりない力のおかげでなんとかなっているだけだ。


 矢捌きもまだまだ上手くない。

 切り結べば負ける。

 余裕のある時を狙って攻撃をしてみたって、セイラさんはしっかり守り、あまつさえ斬り返してくる。

 魔術光による読みも苦手だ。

 ハイリア様の言う洞察力が私には足りないんだと思う。


 本当に、どうしようもない。


 それでも。


 ……。


 それでも私を、信じてくれる人が居る。

 私が強いんだと言ってくれる人が居る。


 エースたれ、と。


 思ってもいいのかな。


 私は勝ったんだと。


 勝てる術を持っているのだと。


 そして、まだまだ先へ進めるのだと。


「っ――!!」


 回りこもうとするセイラさんへ並走し、連続破砕によって追い返した瞬間、私は『旗剣』を解いた。

 『剣』へ。

 より感覚が鋭敏に、速度を高めて、身を軽くする。


 トゥーハンデットソードの長い柄を握りこみ、右肩へ背負うように持ちつつセイラさんへ切っ先を向けた。


 セイラさんは、私の行動を読みかねているようだった。

 何か策でもあるのかと考えている。


 そんなものあるもんか。


 この剣、長くて取り回しにくくて、だけど振り回すと気分がいいこの剣。

 アンナと、オフィーリアさんと、三人で街中を散策していた時に見つけた鉄細工の工房で、そこの人が遊びで作ったという両手剣を、面白がって持ってみた。私だけじゃ持ち上がらなくて、アンナとやってもふらふらと危なっかしくて、オフィーリアさんが支えてくれてようやく持てた。お爺さんが大笑いして、剣に振り回されてどうすると言われた。

 翌日、魔術で使う武器を三人で変えた。


 まあ、言ってしまえばそれだけの、小さな思い出で、私の思い付きに二人をつき合わせて、振り回してきたってだけのこと。


 でもこうして構えた瞬間、不思議としっくりきた。

 訓練でもずっとソードブレイカーを使っていたから、握り込むのさえ久しぶりだ。


 どうして?


 切っ先が殆ど揺れない。

 身体に感じる重みはあの実物よりも遥かに薄くて、ハイリア様の言葉を思えばきっと覚悟の足りないものなんだろう。


 でも今、力の足りない私がもっと先をと求めた時、魔術はしっかり手を引いてくれる。


「構えが堂に入ってきましたね」


 不意にセイラさんから告げられた内容をすぐには理解できなかった。


「その大きな剣を扱うのに適した肉体を、しっかり見定めて鍛えてきた結果でしょう」


「この……剣、を?」


 なんで?


 私が『旗剣』の力に目覚めた時、どういう剣が一番力を効率よく使えますかとハイリア様へ問うた事がある。

 時間をくれとあの人は言った。

 だから、形ある前進を得たことで浮かれていた私は、褒められたい一心で自分でもなんとか考えを捻り出して、結果としてソードブレイカーという武器に辿り着いた。

 あの武器であれば下手くそな私でも防御を強化出来るし、不恰好だけどひたすら振り回せば一杯攻撃が出るんだと高らかに謳い、困ったように笑う姿を納得してくれたものだと思い込んでいた。


「っ、は、はは……! あぁ、もうっ、なんだろうなぁこの気持ち……」


 あの人は、私が大好きな人は、前へ進むことから逃げた私を、ずっと信じてくれていたんだ。

 信じて、その時へ向けてそっと手を引いてくれていた。


 セイラさんはエストックを眼前に構え、静かに、けれど刃のように鋭く言い放つ。


「セイラ=ノルン、お相手致しましょう」


 すぐに応じることが出来ないから、私はまだまだなんだ。


「セレーネ=ホーエンハイム。行きます……!!」


 突きの構えのまま前へ。

 見える。『旗剣』の時よりずっと確かに、相手を追える。それは極端な変化ではなかったけど、確かにと思えるほど私の中へ落ちていった。


 肩へ負うような構えの為か、セイラさんは姿勢を低くして飛び込んでくる。


 守るな、

 守るなっ、


「っああああああ!!!」


 攻めろ!!


 しっかり見定めた筈の攻撃は空へ突き入れるだけに終わった。

 外した、と思うより先に、どこへ、と姿の掻き消えたセイラさんをさがす。

 目元に影が落ちたのが幸いした。上だ。


 そっか、姿勢を低くしていたから、飛び上がる縮みこみを終えている状態だ。

 それに踏み込んでくる速度はいくらか遅かったように思う。速度をあげていると飛び上がった時、前へ出すぎてしまうからかもしれない。


 でもすぐ気付けてよかった。

 右足を大きく下げ、柄を広く握って頭上からの強襲へ向けて振り上げ、払う。


 固い金属音が響き、手にはしっかりとした重みを得た。

 重みは、けれど逸らされた結果のものだった。

 私の攻撃軌道からエストックを防御ではなく打ち合わせての反動を利用して身を回したんだ。

 まるで曲芸だ。そしてセイラさんの攻撃はまだ終わっていない。身を回し、斬戟を回避したものの、身体の軸はしっかり私を捉えている。間に合うか?


 振り切った直後の、重く長いトゥーハンデットソードを引き入れるのは、驚くほど容易に出来た。


 刃を、火花を散らしながら突き入れられたエストックが滑っていく。

 そして着地を狙おうと思えば、セイラさんは冗談みたいに崩れ落ちて、地面を転がって距離を取っていった。

 大きく跳び、その速度を制する時点でもう前へ飛び掛るような姿勢をしているのに気付き、全く以ってと笑みが出る。


 強さの理由は一杯ある。


 それが分かっただけでも良かった。


「本当に強いんだ、セイラさん」


 周りの評価からそうなんだと思っているだけだった。

 けど今、確かに感じる。

 彼女は私より強いんだ、と。


「お褒めに預かり光栄ですけど、ここから先を見てからもう一度聞いてみたいと思います」


 耳に届くほどはっきりと、息を抜くのが分かった。

 まるで萎むように、前へ飛び出すような姿勢だったセイラさんが、更に低く低く構えていく。


 それはなんだか、裏路地で見かける猫が、得物へ飛びかかろうとしている時の姿勢に似ていて、


「クレア様と相談しながら作り上げた走法です。お覚悟を――」


 くり子ちゃんの所には義足なんかの開発も担当している人たちが多く加入している。

 そんなことを間抜けにも考えていた私は、反応が遅れてしまった。


 目の前に、いや既に真横に、赤の魔術光による残り火が抜けていく。


「っっ、ぁ……!」


 防いだ。防いだけど、わき腹を浅く斬られた。


 背後では勢いを殺すべく、そして再びの走り出しの構えの為か、頭を地面へこすり付けんばかりに低くし、代わりにお尻を上げたセイラさんが、血のついたエストックを振りながら滑っていくところだった。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」


 また大きく息を吐いてくる。

 そして僅かな静寂があって、ほんの少し背中が膨らんだように見えて――来る!!


 今度は確かに見て取った。

 低い姿勢から、まるで駆ける足全体で上半身を打ち出すような走り出し。

 十分な距離があったと思ったのに、瞬く間に詰められ、けれど今回は反撃だって、


 甘かった。


 セイラさんが腕を振ったかと思えば、弧を描いて何かが飛んで来る。

 トゥーハンデットソードの広い剣身でなんとか弾くと、激しく回っていたソレの正体を知る。

 確か、結構前に補助武器の一つとして作られた手裏剣とかいうものだ。鉄杭のような威力は出せないけど、独特の軌道を描いて飛ぶことから反撃を狙う相手への牽制に向いたものとして使っている人も居た。

 ただ、防御の構えを取ったことで続くセイラさんの攻撃もしっかり防ぐことが出来た。

 確かに早い。けど、一直線に来るだけなら対処だって、


 足に何かが触れた。

 細長い何かで、最初は撫でるような感覚だった。


「っ、拙っ!?」


 咄嗟に武器を地面に突き立てて支えとした。

 けれどしっかり絡みついた紐は私の両脚を締め上げ、引き摺り倒してくる。


「ちょっと私スカートなんですけどおおおお!?」


 動き回るからアンダーはいてるけど捲れあがって晒されるのと動いた時に中が見えるのとでは恥ずかしさが違うんです!!

 ごめんなさい調子乗りましたどうかお慈悲をおおお、と心底焦ったのも束の間、引っ張られる感覚はすぐに消え、だから何を狙っているかなんて明らかで、


 すぐにソードブレイカーへ持ち替えて、『旗剣』による連続破砕を撒き散らす。

 見えなかったけど、セイラさんは素直に距離を取ったようだった。

 無理に避けたせいか、着地の音で居場所を知る。


 あれ、と。


 何か馬鹿な勘違いをしている自分に気付いた。


 私はまだ足を紐で締め上げられている。

 すれ違い様に仕込んだだろうセイラさんは紐から手を離しているけど、無様に転んでいる私を強襲するでもなく身構えているだけだ。


「ああああああああっ!!」


「ふふっ」


 お淑やかに笑っているけど、まるで首にぶら下げた鍵を無い無いと探す子を見るような姿にムゥっとなった。まるでというか、そのまんまだ。


「この攻撃『旗剣』で相手すれば楽勝じゃないですかあ!?」

「ようやくお気づきになりましたか?」

「お気づきになりましたか、じゃないですよ!? わあ慌てて損したっ! セイラさん黒っ!? 腹黒!?」

「腹黒だなんて失礼ですよ。相手の方から使用条件を満たしてくれたのですから、上手く乗っかるのも戦いの基本です」


 少なくとも走り出しに反応出来るのなら、とにかく連続破砕を出して迎え撃てば良い。

 あの動きは確かに凄い速さだったけど、早いだけに複雑な動きは出来ないんだと思う。私よくやるから分かる。調子乗って速度出し過ぎると壁に突っ込んで痛いんだよね。ハイリア様と訓練する時も、速度出して逃げなきゃって、つい出し過ぎてこっちの攻撃まで届かなくなる。


「なんか秘策みたいな雰囲気出してたけど、最初の状態じゃ使えなかっただけじゃないですかっ」

「雰囲気で相手を呑むのも基本ですよ、えぇ」

「お淑やかなお姫様っぽく言っても駄目です。私の中でセイラさんは腹黒と決めました」


「では」


 すく、と立ち、エストックを向けてくる。


「いかが致しますか? 『旗剣』では決定打に欠け、『剣』ではあの強襲を受ける。貴女の取るべき行動は、耐久戦か、即座の決着か。この試合でのご自身の立場なら、今の状況にどう責任を果たしますか?」


 迷わなかった。

 ソードブレイカーを投げ捨て、再びトゥーハンデットソードを持つ。


 この選択を取れたことが、今は少しだけ誇らしかった。


「私は……まだまだ胸なんて張れないけど、この小隊のエースだから」


 お互いに身構えてにらみ合う。


 もう三度目だ。

 二度あの動きを正面から見ている。


 出来るという自信を、持てずにいるのは確かだけど、なんでもいいからと一つだけ理由を搾り出した。


「……胸って言ってて思ったんですけど、胸は私の方が大きいですよね、ふふふ、一つだけセイラさんに勝ちました」


「………………」


 怖っ、絶対今怒ったよね!?


「だ、だってそんな低姿勢、大きいと擦れるじゃないですかあ!?」


 膨れ上がる真っ黒な何かに冷や汗が出る。

 でも本当だし、私が同じことしたら絶対擦れて痛そうだしっ。


「ウィルホードさんは……このくらいが好きだと………………いえ、何でもありません」

「ちょおおおおっと聞き捨てならない発言なんですけどお!? えっ、嘘っ、もうそこまで進んだの!? 進んだんですか!? 一つ勝ったと思ったら女として致命的に負けた気がするんですけど!?」

「い、いい今は試合中ですからっ! 集中してください!」


 顔を真っ赤にして怒る様子からもう確定なのは明らかだけど、反応からなにまで初々し過ぎて愕然とする。

 へぇ、ふーん、ウィルホードさん控え目なのが好みなんだあ?


 構えの為でなく、きっと身体の熱を吐き出す為に大きくため息をついたセイラさんは、むっとした表情で言ってくる。


「そちらこそ、ハイリア様と何か進展でも?」

「ざくうっ!?」


 痛い! その質問は非常に痛い!


 あでも、


「ふ、ふふふ、この試合で最後まで生き残っていたらご褒美にキスして貰うんですー。どうですか大進歩じゃないですか!」


「……それでは意地でも敗退していただきましょう」


「……今絶対余計なこと言った私」


 ともあれ試合中だ。

 こうして時間を取られているのももしかしたら腹黒セイラさんの策略かもしれない。


 息を入れ替え、改めて迎え撃つ。

 セイラさんがあの低い姿勢を取った。

 同時に、口元に笑みが浮かんだ。


 歓声だ。

 何かの変化が起きた。


 咄嗟にハイリア様を見た。

 けど大丈夫だ。左右、ジェシカもフィリップさんも、敵陣へ向けて前進を続けている最中。なら、


「参りますよ」


 見ている余裕なんてない。


 分かってる。

 ずっと、苦手とする相手を前に戦っていたんだから。


 ナーシャさんが、落とされたんだ。


「勝ちます」


 不思議と慌てはしなかった。

 焦ることも、負けられないと緊張することも無く、静かに腹が決まった。


 ウィルホードさんはハイリアさんを狙うだろう。

 先に回りこんだ一人が襲い掛かっていたから、これで二対一。

 私が負ければ、三対一だ。


 勝つしかない。


 悠長に負けない戦いをしている暇もなくなった。

 だから迷いなんて消えうせたんだ。

 勝つしかないんだっ!!

 深く息を吐く音が聞こえて、僅かに背中が膨らむ。


 踏み出して、踏み出してきて、



 決着は、その一合でついた。



    ※   ※   ※


   ハイリア


 投げ付けられた球体を前に距離を取った。

 ハルバードを盾に、しっかり見定めていく。


 後ろに鋼糸のようなものがついていたのが分かったから、何か仕込みがあるのは明らか。


 予想通り、グランツが糸を引くと同時に外殻が外れ、中から無数の刃が四方八方へ放たれた。

 幸いにも距離があったから一部を叩き落し、防ぐだけで事なきを得たのだが、


「うおおっ!? おお!? おっすぅ……!?」


 なんで君の方にまで飛んでいるんだ。


 どうにもロケット弾も含めてまだまだ開発段階ということだろうか。

 もっと時間があれば色んなものが違っていたのかもしれない。例えば決勝で当たるとか、余裕があれば仕上げにも時間を掛けられたことだろう。

 だが三回戦での衝突となれば、トーナメント表の発表からさほど日数もない。初戦でなかっただけ準備は出来ただろうが、いつでも動かせる人と違って武器開発や習熟には手間が非常に掛かる。実戦投入するにももっと大きな組織力が必要だ。


「お、おっす……」


 運が悪いことに額を切ったらしいグランツはとても落ち込んでいる。

 無理からぬこととは思うが、おっすという単語はそれほど万能なものじゃないんだが。


 とはいえ一騎打ちならともかく試合中なので、遠慮なく斬り込ませてもらおう。


 と、出掛かった足をすぐに切り返し、腰を落とす。

 駆け抜ける斬戟に残り火を見る。


「失礼しますよ、ハイリア様」


 ウィルホードだ。


 ナーシャを倒した後、後衛の援護に向かう可能性もあったが、このまま俺を落とし切る作戦に出たようだ。


 くり子の作戦か、他の誰かか、何にせよ大胆なことだ。


 これで後衛は先輩に託された。

 『騎士』二人を向こうに回して対処し切れなければやがて落ちる。


 そしてグランツとウィルホードが俺を倒せれば向こうの勝ち。

 トリッキーな動きや攻め手の多いグランツに、オーソドックスで高い安定感のあるウィルホードは、中々に良い取り合わせだ。


「もう少し彼との一騎打ちを愉しみたいんだが」

「残念ながら試合ですので」

「何、そう邪険にすることはない。最前席で観ていってくれて構わんぞ」

「残念ながら」


 僅かに腰を落とし、ゆらりと歩く姿は俳優が映画で見せるワンシーンにも似ていて、けれど俺は眉を寄せた。

 早い。いや、速度は遅いのに、時折思っていたより前に居て、動き出しの呼吸が読めない。

 ウィルホードが纏う赤の魔術光は実に静かだ。

 俺がそれを見て先読みすることを知っているのだから、抑えようとして当然ではあるだろう。

 しかし即席でここまでやれる筈もない。

 見事なものだ、あの揺らぎから先を読むのは並大抵のことではないだろう。

 ただ読ませないのではなく、見る俺の意識というか、呼吸を外されているような気がする。


 グランツがまた後ろ手に何かを構える。

 短槍を取り出した時は切り込んでくるのかと思ったが、あくまで防御用なんだろうか。

 ウィルホードはあくまでゆっくり、挟み込むでもなく俺の様子を伺ってくる。


 先に動いた。

 グランツの方へ、踏み出し、視線を切った途端に背後から迫るウィルホードへハルバードを回して下方からの切り上げを見舞う。

 読めないなら誘い込めばいい。良い踏み込みだったが、俺のカウンターを警戒したせいか攻撃の手は少し弱い。


 投げ付けられた手裏剣を、目元だけをガードで隠して後は無視する。

 それは致命傷を与えられるほど威力はない。そして防ぐ手は、回すハルバードの持ち替えを兼ねている。手裏剣の刺さったままな腕で戦斧を支え、石突きでウィルホードを突く。流石に回避してくる。けれど甘い。機動力で勝る『剣』が足踏みしながら間合いに留まってはいけない。

 反撃はこない。俺の攻撃を誘っているのか。

 だとしてもこの状況、悠長に構えているほど不利になる。


 ウィルホードへ向き合う俺の背後、死角へと飛び込んでいくグランツから一度視線を切り、その反対側へ、待ち構え攻撃を誘う『剣』の横合いへと飛び込みつつ、打つようなイメージで薙ぎ、受けて逃げられたのを見てすぐ止める。

 すぐさま回り込もうとするウィルホードを警戒しつつも、先ほどと同じように前へ行くフリの踏み込みで警戒を買う。

 距離は取った。僅かに生まれた間、そこに、俺が動いたことで放置された投石器へ手を伸ばすグランツへハルバードを叩き込んだ。


「おっす……!!」


 素早い。

 飛び込みつつの側転で回避し、しっかり俺の懐へ飛び込んで短刀を振るってきた。俺が掴み取るやすぐさま手放して逃げていく。仕方なくウィルホードへ短刀を投げ付け、その間に二人を視野へ捉えられる位置へ移動した。


 石をセットするグランツに、すぐに俺の背後へ回り込もうとするウィルホード。


 嫌になるくらい徹底している。

 彼らは中々俺へ切り込んでこない。

 グランツの投石器や手裏剣のような遠距離武器を主体として、ウィルホードもしっかり狙ってはくるが防御されると分かればすぐ回避に切り替えてくる。あの歩法の詳細は見切れないが、放置しているとあっさり斬られてしまいかねないな。


 だがウィルホードは間違い無く疲弊している。

 余裕そうな口ぶりだったが、声を掛けたのは失敗だ。

 身体の内部に痛みを抱えている、少し詰めた音が混じっていた。

 ナーシャの『角笛』を相手に斬り込んで無傷で居られる筈もない。

 勝つには勝ったが、辛勝だったのは間違いない。


 そういう意味では疲弊していない状態だったら負けていたのかもしれない。


 あぁ、ナーシャは実に頑張ってくれた。

 だから普段冷静な彼が見落としている。


 グランツが投石器を回し始めた。

 一対一でそれを続けられたら、いずれ俺の敗北は決まっていた。


 そう、一対一なら。


 二対一? 違う。


 二対二だ。


「どっっ、っせい!!!」


 背後から強襲したセレーネがグランツを容赦無く蹴り飛ばした。

 激しく吹っ飛ぶ少年は気付いてはいたようだ。でも咄嗟の対処は出来なかった。


「おっまたせしましたあ!! ハイリア様のセレーネちゃん、ハイリア様のセレーネちゃんがお助けに来ましたよお!!」


 ソードブレイカーを構える我が小隊のエースはいつもながらの明るさで戦場を照らす。

 驚いてセイラの居る方向を確認するウィルホード。

 そこには倒れ伏す彼女が居て、ようやく自分が状況把握を怠っていたことに気付く。


「よくやった」

「キッスが懸かっていますからねえっ! なんなら今感激して激しくしていただいても結構なんですけども!!」


 そう言われると褒め辛くなるんだが、ようやくの戦果に沸き立つ気持ちに水を差したくはなくて、黙っていることにした。


「彼女を倒したのか」


 問いを投げたのはウィルホードだ。


「女の戦いっていうのは昔から、どっちが性悪になれるかで決まりますからね。やっぱりセイラさんは素直ですよ。私が最後の最後で、突っ込む彼女に合わせて『旗剣』へ切り替えるなんて考えもしなかったようですよ?」


 具体的な内容までは把握していなかったのだが、苦い顔をする様子から、セレーネが上手く絡め取ったのだということは理解した。

 

「そういう雰囲気作りも基本の内だと、教わったばっかりでしたから」


 なんにせよこれで二対二だ。

 グランツは相変わらずのおっすで立ち上がり、投石器を用意しているが、もう状況は大きく変わっている。


「ハイリア様」


 戦いに思考を飛ばしていた俺へ、セレーネから声が掛かる。


 笑顔で、


「ありがとうございます」


 何について言われているのかよく分からなかったが、彼女なりに納得したのか、俺の背後を守るようにして立ち、また笑う。

 俺の口元にも笑みが浮かんでいるのを自覚しつつ、重いハルバードを握りこんだ。


 気付けば、随分と頼もしく感じるようになったものだ。


「ところで、さっきの不意打ちで彼を倒しておいた方が良かったんじゃないか?」

「あー、急いで走ってきたら剣振る間を外しちゃいまして……」


 何はともあれ、ウチのエースはまだまだ修行不足のようだった。

 ただ、基礎を鍛えるトレーニングはしっかりやってきた。

 知識も、反復訓練も今では熱心に取り組んでくれる。


 後は、実際の戦いの中から、何を掴み取るかだ。


「行くぞ、セレーネ」

「行きましょうっ、ハイリア様!!」


 動き出そうとした時だ。


 再びの大きな歓声。


「集中しろ」


 確認せずにはいられないだろうセレーネに声を掛け、ウィルホードを見据えた。


 やはりナーシャが落ちた影響は大きい。

 グランツに足を止めさせられ、もう声も届かない。


 気付いてくれ。


 願いつつ、まずは自分の役割を果たすべく駆けた。

 前方、アベル=ハイドへと詰めた『騎士』の一人、フィリップ=ポートマンが討ち取られたのだ。


 戦局は終盤に差し掛かりつつある。


 呑まれてはいけない。

 戦いの勢いに、目の前の敵に。


 それが出来るか?


 ジェシカ=ウィンダーベル。





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