表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第四章(上)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

141/261

131


   サイ=コルシアス


 そうか、と彼は言った。

 断りを入れるのが悪くて、まともに顔を見ていなかったけれど、重く沈んだ声はひどく落胆した結果なのだと思った。


 けれど更にこう続けた。


『もし……いや、君はもう俺たちの仲間として登録されている。是非、試合だけでも最後まで見届けて欲しい』


 元々フィラント本国での仕事も全部放り出していたから、時間だけなら幾らでもある。

 争いを見るのは嫌だけど、殺し合いが目的ではない、競い合いのものだと聞いたから、多少は落ち着いて見ていられる。


 感動と、興奮と、熱中と……狂乱とも言える嵐のような渦の中で、僕だけは停滞に身を沈めている。


 戦いは劣勢のようだった。

 彼らが優れた力の持ち主だということは分かるし、それぞれがよく訓練されているのは、戦いを見てきた経験から理解出来る。

 だけど妙に噛み合わない。何かをしようとして、けれど急に目的を変えたようなチグハグ感。


 相手もかなりの凄腕だと思う。

 押し切るには今のままのような連携の不備があってはいけない。

 力の性質では間違い無く押しているのだから、しっかりと力の流れを繋げていけば勝てる筈だ。


 でも結局、崩れてしまった。


 無理が掛かり続けた鉄が唐突に破断してしまうように、流れが途切れ、防衛線に冗談のような空白地帯が生まれてしまった。


 素早く攻勢を仕掛けたのは敵の方で、またしても後手に回ったことで味方と分断されてしまう。

 更に悪いことは続いた。

 状態を立て直そうとして前へ出た女の子が、不意に転倒してしまった。

 脚を払われたのでも、疲労によって倒れたようにも見えない。

 単に、石ころにでも躓いてしまったような転び方。

 戦いの中では無い話じゃない。

 高名な武人が何でもない事故によって雑兵の群に敗れるなんて。

 でも青色の光を放つ少女は大きな隙を狙い殺到した敵を真っ向から叩き返した。

 あがった叫びは離れていても怖れを抱くほど力強く、鬼気迫るものだった。


 僅かな硬直の後、味方の分断にと突出してきた相手へ肉薄する者がある。


 ハイリア=ロード=ウィンダーベル。


 今は家の名前を持たない、ただのハイリアだとあの方は言っていたけど、僕らフーリア人を助ける為に怖ろしき狂気の集団と敵対し、フィオーラさんを救い出したという話は道中で何度も聞かされた。

 少し前、ホルノスでは内乱があって、そこでもまた彼は名声を高めたのだとも。


 その一撃は天雷の如く。

 そう音に聞こえる人の初撃はあっさり敵に防がれたのだと思った。

 けど、次の瞬間には防いだ敵ごと叩き飛ばし、驚いて身を引いた別の相手の足元を刈り、膝をついた所へ拳を叩き込んだ。

 あの重そうな武器を地面へ引っ掛けて身を前へ投げたのだと気付いた時には、味方へ挑みかかっていた者へ横合いから大上段を振り下ろしていた。


 回避された。


 だけど、この僅かな間で二人を落とされたことでもう敵に攻撃の勢いは維持できない。

 共に密集して下がるのをまだまだと追いかけ、そして横合いに回りこんだ人が黄色い光を撒き散らし、三人全てを飲み込んでしまった。


 瞬く間の決着に会場はすぐさま沸き立ち、皮膚が震えるほどの拍手が鳴り響いた。


 そこにはもう、序盤からのぎこちなさへの不安など消し飛び、やはりという納得と満足が渦巻いている。


 これがホルノスの英雄……?


 どうしてシャスティ様は、僕に彼の武器を打てだなんて命じたんだろう。

 あの大きな、ハルバードと呼ばれていたこちらの大陸で打たれた武器は、なんでだろう……なんだか、今にも折れそうな自分を必死に支えているような、とても危うい響きをしていた。


    ※   ※   ※


   ハイリア


 完全にやらかした。

 サイとの対面での同様を試合中にまで引き摺って、全体への指揮に集中しきれず支離滅裂な動きばかり要求してしまった。


 初戦で見せ付けた上位能力の価値を貶めてしまっても仕方の無い戦いだったが、大多数にとっては最後の斬り込みのインパクトが強く、好印象なのだという。一応陛下へも伺いを立ててみたが、あれだけ指揮が崩れていたのに耐えていられたことで、ある意味で価値を高めたのだとか。

 俺の評価が下がるのは、ホルノス側のカードが弱まることを意味するからあっさりと受け入れることは出来ないものの、肝心の部分が守られているのなら良かった。


 ただ、導きによって自然と覚醒した上位能力と、人の手によって強引に覚醒させられた上位能力、などという言葉で切り分けを行って価値を下げるような発言をしてきた国もあるらしい。

 次もまた似たようなことになれば、加盟国も好条件を引き出すべく一斉に同調する方向へ流れる怖れがある、と。


 皆の空気も重い。

 初戦を勝ち抜いた時のような雰囲気はなく、自らの力不足を噛み締め、どうすればと没入している。


 人の気配が捌けつつある会場の控え室で、皆を率いる者としてどう言うべきか。


 すまない?

 違う。

 謝罪に逃げるな。

 自分の間抜けさを詫びることは後でも出来る。

 だから最初に言うべき言葉は、


「――次の試合には必ず調子を取り戻す。だから次も、信じて共に戦ってくれ」


 許しを求めることから始めるのではなく、負うべき責任を果たすのだと宣言する。


 最初に顔をあげたのはフィリップだった。


「そうか……」


 過去を思うような目は、すぐにここへ至った。


「だったら、俺は今まで通り全力でついていく」

「えぇ、私もです」


 すぐさまナーシャが同意し、俺もそっと一息ついた。

 けれど、


 ダン――机を叩いて立ち上がったジェシカが、怒ったような表情でこちらを睨んできた。


 それを見て俺も覚悟を決めた。

 あんな情け無い指揮官など必要ないと言われても仕方が無い。

 上位能力への覚醒を促したことが恩だなんて思わない。

 俺は俺の目的があって要求し、それについてきてくれたからこそ今の成功がある。

 人の手で強引に覚醒した、などと呼ばせてたまるものか。

 今ある力は、彼女らが自らの手で勝ち取ったものなのだから。


 ジェシカ=ウィンダーベルはビシリと俺を指差し、


「私には一試合一人だなんて言った癖にっ、私の得物まで取ろうとした……!!!!」


「………………ん?」


「わ・た・し・がっ! 相手をしてたっ! 奴までっ! 取ったあああ!!」


「…………あぁ」


「連携なら構わない! だけどあれは完全に横取りだ! 私は二対一でも十分にやれたんだっ!」


「分かった。言いたいことは分かった。そうか、うん……」


 言葉を探していると、ジェシカがぷくうっと頬を膨らませて詰め寄り、こちらの服を掴んでくる。

 どうしようかと困っていたが、言葉の勢いとは打って変わって静かな瞳があって、すぐさま口を閉じた。


「調子の悪い時なんて誰にでもある。指揮が多少ちぐはぐでも、私にあの二人をすぐさま仕留め切る力があれば何の問題もなかった。分かったらいつまでも自分の反省なんてしてないで、これまで通り私たちにどうすればいいか言ってくれ」


「あぁ、わかった」


「それと横取りを許すわけじゃないからな」


 思わず笑ってしまう。

 今の言葉はなんだか、心底ジェシカらしいと、そう思えたからだ。


「初戦じゃあ二人纏めて倒してしまったじゃないか。あれと相殺で許してくれ」

「あれは敵が間抜けなだけだ。直線上に居るのに敢えて避けてやる理由なんてない。だから嫌だ」

「困ったな……」

「ふふ」


 本当に困って言うと、不意にジェシカが笑みを溢した。

 冗談、ではなかったのだろうが、本気でもあり、笑ってしまえるくらいの気安さで言えたということなんだろうか。


 しかし、普段無邪気な表情の少ない後輩が見せた柔らかな目に助けられる自分も居て、


「今度何か奢ってやる。最近は食べ物を扱う出店も増えたから、いい所を紹介してやろう」

「一騎打ちで百連戦とかでもいい」

「もうトーナメントが始まっているから勘弁してくれ」

「仕方ないな」


 ようやく許して貰えて、気付けば控え室へ戻ってきた時の重さなど消えていることに気付いた。


 ついでに最後の一人へ目をやるが、


「うー……がー……、つか、つかれたぁ…………」


 セレーネは序盤から狙われ続けて相当に疲労しただろうからな、後でマッサージに付き合ってやろう。

 なので改めて全員を見渡し、言うべきことを言う。


「今日はすまなかった。だが、言った通り次の試合では必ず同じような失敗は繰り返さない。信じてついてきてくれ」


 応、とそれぞれの言葉で即座の返事があり、試合から抱えてきた悪い空気は完全に払拭出来た。

 ようやくデブリーフィングを始められる。


 体力的にも疲労の大きかった戦いだが、しっかり聞いて貰わなければならない。


「予てから話していたサイ=コルシアスは、一度フィラント王シャスティ様への報告にとこの場を離れている。簡単な紹介は試合前の調整でもしたが、彼は元々が鍛冶職人で、戦いをする人間ではない。試合へ出場出来るのはこの五人のままだ。――今日のような事態があったとしても、戦いに出られなくなるような負傷は各自厳として避けるよう努めてくれ。フィリップ」


 言うと、ひょろりとした体躯で、けれど幾分逞しさが増してきた男は手を握り、腕を見せ付けるようにして答えた。


「大丈夫だ。試合後も痛みがぶり返してはいない」

「よし」


 オーダーは登録されている十人から選出するが、その十人を大会中に変更することは許されていない。

 五対五と定められている試合を欠員在りで行えるかについては明言がないものの、無茶を重ねた挙句に一対五なんていう試合をさせることは出来ないから、運営をしてくれている者たちの裁定次第ということだ。


 日が開いているとはいえ、負傷が回復するには不足と言える日程で戦うなら、本来予備人員が不可欠で、用意していないというのは無用な危険を抱え込むことにも繋がる愚挙だろう。


 上位能力への覚醒を促す為の鍛錬を少数で集中的に行うべく絞ったことは確かだが、一番大きな理由は別にある。


 今もへばって背もたれのない長椅子でうつ伏せになっているセレーネ。

 彼女には我が小隊のエースたれと言い続けてきた。

 例え『旗剣』の力を得たとして、クレアやヨハン、それこそピエール神父などと比べれば力不足であるのは分かっている。

 彼女には死に物狂いの懸命さを負って貰いたかった。

 エースと呼ぶに足る振る舞い、そして実力。

 出来ると信じている。

 その素養を見るからこそ言っているんだ。


 エースたれと。


 だから彼女の逃げ場を塞ぐ。

 たった一人の『剣』の術者。

 誰一人欠けることの許されない状況。

 彼女にしか打開の出来ない状況は必ず来る。


 死線で果てるのではなく、死線を越えて尚も前へ進み続けてこそ成長はある。

 怪我をしないこと、負傷を避けること、最低でも戦い続けられる状態を保持し続ける能力というのは、実際の戦場で強者として立つ為の絶対条件だ。


 だから言う。


 無茶でも無謀でも、誰一人負傷を抱えるな、と。


 その上で勝ち抜けなければ、いずれ戦場であっさりと果てる時が来る。


 デブリーフィングは思ったより長く続いた。

 俺が一通りの話を終えた後も、他の者たちで盛んに意見交換が成され、思いもしなかった内容に議論が発展した。


 サイ=コルシアスが打ってくれるという武器に縋っていたつもりはない。

 今使っているハルバードも、ウィンダーベル家の財と人脈を尽くして作り上げた逸品だ。

 オスロは一目見て扱き下ろしていたが、決して悪くない出来栄えだと思う。

 それに、フィオーラが頼んでいたものを持ち込んだことで最後の準備も整った。


 そう、


「はい、おつかれさまぁ。思ったより長くて抜け出そうかと思っちゃった。で、ハイリアはもう帰るの?」


 一応はすみっこで、けれど堂々と居座っていたフーリア人ことフィオーラ=トーケンシエルはあまりにも気安く俺へ近寄り、あまつさえ身を寄せてくる。

「な、なあっ!?」

 セレーネがそれを見て抗議らしき声をあげるが、最近フィリップが彼女へ色々とアピールしているのを知っているから、間に挟まれる者としてはちょっと反応しにくい。最近ではセレーネへの気安い接触も避けているくらいだ。

「あらあ?」

 そしてフィオーラは彼女を見てまたぞろ口元を手で隠しつつにやにやと笑う。


「実はね、ハイリア」

「……なんだ」

「サイ君についてはシャスティ様が用意した宿があるそうなんだけど、私は着の身着のままやってきたんだよね」

 話の方向性が危ういのを分かりつつ、剣呑なオーラを纏いつつあるジェシカがちょっとおっかなくて修正する言葉が浮かばない。

「特にソレ(’’)


 俺の脇へ立て掛けてあった、袋に包まれた品を指差し言う。


「予備のものとはいえ、オスロのおじいちゃんってば話が通じなくって、倉から盗み出してきたの。わかる?」

「……感謝する」

「私、手配されているとまでは言わないけど、お世話になってるカラムトラとはちょっとおっかない関係だから、頼れなくなっちゃったんだよね。わかる?」

「つまり」


 長引かせると余計に面倒だと思い、こちらから切り出すことにした。

 そう、彼女の狙いとは別方向へ。


「泊まる宿がないんだな。分かった。ナーシャ、頼めるか」

「ハイリアの家に泊めてよおおおおお」

「やめろ擦り寄ってくるな服に手を入れるなっ」


 ガタン、と椅子を蹴飛ばして立ち上がる者が居た。


 デブリーフィングに入った辺りでは柔らかな笑顔さえ見せていたジェシカが、汚物溜まりでも見るような目をこちらへ向けてきて、


「不潔だ……」

「待て誤解だ。ナーシャ、頼む、宿の手配をっ」

「あらあらあら、ですけど今のデュッセンドルフで宿を取るのは並大抵ではありませんよ? 別邸もリアルド家と懇意にしている方々へ解放していて、家に空いている所もないんです」

「フィリップなんとかしてくれ」


 すぐさまこの小隊で唯一の男仲間であるフィリップへ助け舟を求めた。

 そう、彼の家は造船業を営んでいる。

 船を出すのは得意なはずだ。

 馬鹿な冗句を挟んでいる場合でないことは分かっていながら彼を見ると、


「ぁー…………いや、うん、俺はフーリア人の黒髪や黒い肌も魅力的だと思うぞ、うん」


 こいつフィオーラを俺に宛がってセレーネの切り離しを目論んでるぞ!!!

 一瞬で友人の思惑を看破しつつも次の手を探さなければかろうじてまだこちらを見ているジェシカが去ってしまいかねない。

 責めても意味は無い。しかし他に頼れる相手は……っ、


「わ、私の寮にどうぞ! 学園で紹介してもらえる寮です! 私が代わりにハイリア様の家に泊まりますから是非私の部屋へ!!」

「役に立たないな」

「ざくうっ!?」


 そしてセレーネの寮に無理矢理ねじ込むのは難しいだろう。

 寮の図面まで把握している訳ではないが、以前アリエスが家畜小屋同然に一部屋へ複数人が詰め込まれていてなんて悲惨な所でしょうとか言っていた覚えがあるので、更にもう一人というのは流石に現実的とは言えない。

 くぅ……! あまり言いたくはなかったが、こうなったら後輩であるジェシカに、


「私はアリエス様のご好意で別邸をお借りしている身分だから、どうにもできない」


 目を向けた瞬間に言われてどうにもできなくなった。

 いや、そもそもフィオーラはウィンダーベル家に保護されていながら脱走した人間で、あまつさえ特別扱いを受けるメルトの姉だ。最近様子の知れないメルトの傍について貰うのも悪くないのかもしれないが、下手に関わらせると厄介が増える可能性の方がずっと高い。

 あの義父オラントがカラムトラとの繋がりを持つ彼女が手元へ転がり込んできて放置するとも思えない。


 扉に手を掛けたジェシカが最後のチャンスと言葉を投げてきた。


「そもそも……やましいことがないのであればそこまで動揺しなくていい筈だ」

「あー、なるほどハイリアは物凄く私のことを意識してやましいことを期待しちゃってるんだぁ」

 頼むから最悪のタイミングで火に油を注がないで欲しい。

「そ、そういうことなら私もハイリア様のお部屋でご厄介にっ!」

 どういうことなんだセレーネ。

「あらあらあらあら……!」

 そしてこの上なく楽しそうなナーシャについてはどう言えばいいんだろうか。


 せめて改めての弁明をしたかったのだが、寄ってきたセレーネをジェシカが横合いからがしりと掴んだ。

 さっきまで扉前に居たのに、流石に身のこなしは魔術さえ使っていなければ随一の機敏さだ。


 そしてジェシカは反対側の手で掴んだナーシャも抱え込んだまま、俺を睨みつけて再び扉へ向かう。


「フィリップ」

「お、おう……」


 ジェシカに呼ばれたフィリップが俺を伺いながらも寄っていった。

 流石に見捨てたことを気にしているのか、随分と落ち着かない様子だったので、仕方なく行けと手で示す。


「それじゃあ、また明日の訓練で」


 一応は言葉を残し、皆を外へ押し込むようにしてジェシカは去っていった。

 扉が静かに閉まっていく音が妙に空々しくて、あーもうどうしようかと頭を抑えてため息をついた。


「さて」


 そして皆が居なくなった途端にさらりと身を離し、遊んでいた様子などどこへやら、フィオーラは俺に手を差し出して。


「泊まる所が無いのは本当。それに、正直に言うと知らないこっちの人が居る中で一人で寝るのは怖いの。お世話になる以上はしっかり家事もするからさ、そう邪険にしないでよ」


「分かった。出来れば部隊内に歪みを生むようなことは控えてくれると助かるが」


「あーごめんごめん。でもまああのくらいは可愛いもんじゃない。慣れたお友達の枠へいきなり別の人が現れると、なんだか気に入らないって反発する子居るよね」


 確かに怒っている印象が強かったものの、きっとジェシカのあれは拗ねているんだ。

 先輩二人を抱きこんで距離を取る様はちょっと可愛かった。ああいう我侭の仕方は随分と見ていない。


 手を取り、引く力に助けられるでもなく立ち上がった。


「よろしくね、ジークくん?」


 ぽんぽんと頭を撫でられて、先行きの不安は拭えなかったけど、妙に元気で親しげなのが引っかかった。

 メルトの状態は彼女から知らされたようなものだ。

 あれほど妹を思っていたフィオーラが、当たり前に落ち着いているようなのは何故なんだろう。


 いや、遠くの地で黙っていられないからこそ、理由をつけてこちらに来たのだ。


 握られた手に力が篭る。

 暗がりを知る目は、縋るように俺を見ていて、


「メルトを……幸せにしてやってね……」


 また一つ、胸の奥に何かが沈殿していったのだった。





この話から月曜日まで連続更新していきます。

話がいつも通り伸びて伸びていくものの、とりあえずカットせずに纏め上げます。

時間は11時を予定。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ