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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第四章(上)

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   ルリカ=フェルノーブル=クレインハルト


 机に突っ伏してもうどれくらい経つだろう。

 会場へついた頃にはハイリアの試合が始まる寸前だった気がするし、まだ外が騒がしいから続いているんだと思う。


「はぁぁぁぁぁぁ………………」


 疲れた。

 鉄甲杯の見届けとかは正直開会式と閉会式だけでいいから、本当なら私は文官たちに仕事を任せてお飾りをしてれば良かったんだろうね。

 でも駄目だ。内乱からずっと、この日に向けて計画を練って、面倒極まりない交渉事へも顔を出してきた。


「おー、やりおるのうっ」

「えぇ、プレインは性格に難があるものの、腕前は学園でも随一です」


 侍女に持たせた垂れ幕の向こうでフィラント王が、どういう訳か初戦で当たった敵小隊の人と盛り上がっている。

 たぶらかしたのか、そうなのか。

 確かエルヴィスの貴族だよなー、なんてことを片隅で考えながら、鬱陶しいから他でやってほしいという願いを胸に秘めて机の冷たさを頬で感じる。


 垂れ幕はいいものだ。

 今回初めて気付いた。

 やたら同室したがる人への対策として、幕一枚張っておけば気持ち的な猶予が作れる。

 そこさえ突破してくるのは仕方ないけど、どちらかと言えば幕越しに声が掛かる方が多くて楽だった。


 内乱から王城の奥に自室が移ってしまい、間に応接室があるものの使用人だとかそれなりに近くへ置いている文官武官だとかは直接訪問してくることもある。

 帰ったら自室の扉前に大きな衝立を置こうと心に決めた。

 先触れはあっても扉を開けられると緊張するから、そこに一枚壁があると助かる。

 場合によっては衝立越しに話せば良い。

 整理整頓や掃除はしてくれているけど、基本的に自分の部屋を誰かに見られるのは嫌なものだから。


 それにしてもデュッセンドルフへ来てから私は働きすぎだと思う。

 兄さんは行方不明だし、ハイリアも他にやることが多くてさほど一緒には居られなかった。

 だれか私を甘やかして。

 ウィンホールド卿の付けてくれた秘書は優秀だけど私に甘くないの。


 あぁ、自分で言い出したことだけど馬車で移動する時にまで交渉の場にしなきゃ良かった。

 どこかで話して、移動中に合流して、また先で誰かと話してと、とにかく行き着く間もなく話し続けた。

 ハイリアの手回しらしい飴玉を一杯舐めて喉を労っているけど、なんだかお腹が出てきてる気がして危機感を覚える。

 どうしてだろう、塔の中で食っちゃ寝してる時は平気だったのに、真面目に働き始めたら太るとかおかしくない……?


 疲れたよー、疲れたよー。


 もし平時ならここまで急ぐことはしなかった。

 文官にじっくり時間を掛けて内諾を取り付けてもらい、公的な場を用意して話の成立を内外へ知らせる。

 基本的に交渉っていうのはそうするものだ。

 なんとか会議ーってなってるもので本当にその場で話し合ってることは稀で、落とし所も流れも台本がある。

 無い場合は事前交渉に失敗しているから、最初から成立しないのが分かりきっていて、ただ疲れるだけだ。

 敢えて公的な交渉の場で意見を翻す事もあるし、内々に結託してどこかと貶めたり、不意打ち気味に話を進めて勝ち取る方法もあるにはある。


 そういう面倒を避けつつ、相手からの即決を引き出すべく私が出た。


 今回鉄甲杯を隠れ蓑に引き寄せた他国の高官たちは、父の代から王室間での交流があった国々で、敢えて漏れさせた情報を聞いて集まってきた最初から乗り気な国だ。幾らか妨害と情報収集を目論む連中も居たけど、特定と目的が知れれば大会警備の名目で間接的に排除も出来る。

 ただの高官同士での交渉なら手を返すことも出来るけど、御前交渉での話を翻すというのは、その場を儲けた自国の王への侮辱にも繋がる。

 多くの借りは作ったけど、貸しは今後山ほど作っていける。


「ほほう、ハイリアの奴め、おいつめられとるんじゃないのか?」

「部隊編成の問題ですね。『盾』を持たないから好き放題攻められる。『剣』の実力では明らかにプレインが頭一つ抜けています。考え無しにこんな編成をしたのではないと思っていましたが、今のところなにもして来ない……どうしたんでしょうか」

「カカカ! 期を伺っておるんじゃろう。ここで何も出来ず負けるような男であるものか!」


 その一つであるフィラント王があまり勝手をしないよう監視しないといけない。

 今、フーリア人との交渉窓口となるフィラントとの外交ルートはホルノスが牛耳っている。

 他でもないフィラント王シャスティがそう宣言し、全てをこちらへ丸投げしているから、どの国もまずウチへ話を持ってくる。

 けど後回しにされていたり、とかく根回しをしたがる連中は直接交渉の場を持とうと不意打ち気味に接触を図ろうとする。


 このエルヴィスの貴族がその一手ではないことを祈るけど、どうせ本人にそのつもりが無くても後々交渉役に仕立て上げられるだろうから早めに排除したい。


「しかしやられっぱなしじゃのう? 仲間の一人なんぞもう倒れそうじゃぞ?」

「彼の部隊の人員は、精々が学園でも中程度の評価です。手を打とうにも、地力が不足していた、という可能性もありますが」


「――見てれば分かるよ」


 あ、と思う。

 けど顔をあげ、姿勢を正して息をつくと、侍女がするりと垂れ幕を外した。


 ハイリアが負ける?


 そんな馬鹿なことを言われると少し腹が立つ。


 ねえ。

 私は果たしたよ。

 約束通り、二十七カ国分の了承を取り付けた。


 決定打は、アナタが決めるんだ。


「絶対びっくりするから」


 彼が果たしていないなんて、私は思わないからね。


    ※   ※   ※


   ハイリア


 この胸の高鳴りはきっと陛下からの信頼の証。

 さて戦局が膠着気味とはいえ、こちらの劣勢は明らかだ。


 プレイン=ヒューイット率いる二番隊の別働チームは極めて個人の能力が高い人員で構成されている。

 他小隊に居た筈の者も居ることから、大会に向けて引き抜きを行ったのだろう。フィリップがそうであったように、内乱で権力基盤が揺らいだ層は多分に居て、北方の島国エルヴィスからの留学生が多数派を占める二番隊にとってはこの上ない好機だ。支援を約束して移籍を求めるくらい訳が無い。悔しいが、国の隅々にまで手を回せていないホルノス側の落ち度とも言える。


 本来であれば、相手の『盾』をどうするかという戦いも、ウチは構成上相手に『槍』の運用を悩ませる必要が無い。

 最も機動力のある『剣』のプレインが居る以上、抑えのセレーネがなんとか出来なければこうなることは明らかだった。


 俺とジェシカは『弓』のナーシャを前後で挟み込む形で守りを固めていた。

 敵の『弓』による攻撃、度重なるプレインによる強襲でじわじわと距離を開けられ、今やフィリップは孤立し、セレーネがなんとか援護に回っている状態だ。


 残る敵の術者は『盾』が一人と、『弓』が一人、『槍』が一人。

 五人目に『剣』を選んだ二番隊の本隊との違いは、二人の『弓』だ。

 これが『盾』を持たないウチに対して有利に働いている。


 『盾』の内側から攻撃を続ける『弓』が一人と、プレインとの分隊で同伴する『弓』が一人。


 己の力に自信があるからこそ、対処の幅が広がる『弓』を同伴させているのだろう。

 『剣』同士であるなら負けはしないという前提での編成だ。


 じりじりと距離を詰めてくる『盾』に、その内側からの攻撃を受け続けるジェシカ。

 このまま行けばナーシャからの援護を受けられない敵の『盾』の内側で『槍』との戦闘になる。

 おそらくは直後に内側から『弓』が飛び出し、俺を狙ってくるつもりだろう。


 自ら出るつもりは無い。


 この一戦は可能な限り四人で戦ってもらう。

 何より皆がそう望んだ。


 かつてのような、俺一人のワンマンと言われる様な部隊でないことを証明する。


 セレーネ。

 フィリップ。


 真っ先に成果を出した二人を信じ、決定打を託す。


 好機は来た。


「ナーシャ、合図を!」


 矢が打ち上げられる。


 さあ――


    ※   ※   ※


   ジェシカ=ウィンダーベル


 敵と、群集の目が脇へ逸れたのを見て動いた。

 目立つかどうかは気にならない。

 私はただ、勝つだけだ。


 『騎士』の魔術へ切り替えて、あまりにも近過ぎる位置まで誘い込まれた『盾』を貫き粉砕する。


「っっ――!?」


 のうのうと後ろに隠れていた『槍』が息を呑んで動きを止めていた。

 今の突撃で『弓』を巻き込み、狙い通りの二枚抜き。


 ソードランス、ハイリアがそう呼ぶ槍を手に上級生へと切り結んでいく。


「あらあら、私の出番も残してくださらないと」


 ナーシャがやってきて、周囲へ黄色の羽を散らせる。

 それが地へ触れた途端、地面から黄色く光り輝く草木が生える。


 黄金の毛皮持つ狼が遠吠えを放ち、彼女の眼前で紋章が書き換わっていくのが見えた。


 『角笛』(ディバインホルン)


「参ります。離れて下さらないのなら、巻き込んでしまいますよ? 扱いが難しくて、大雑把な攻撃しか出来ないんですから……!」


 短弓へ持ち替えたナーシャは、腰に下げていた黄金の角笛を吹き鳴らす。

 森の支配者は自身の背後から溢れ出す森の獣を従え、瞬く間に敵の『槍』を呑み込んだ。


 これで撃破三。

 残り一人。


    ※   ※   ※


   フィリップ=ポートマン


 まともに打ち合えたのも二合までだった。

 やはりプレイン=ヒューイットは強い。

 動揺しながらも俺の攻撃をしっかり捌き、もう逃げの手を選択出来ている。


 『騎士』では『剣』に追いつけない。


 予想されていたパターンの一つだが、こうなると俺だけでは決めきれない。


 『旗剣』の力が必要だ。


「さあこっちちゅうもーーっく!!」


 俺と向かい合いながら逃げるプレインの横合いへセレーネが飛び出した。

 ソードブレイカーを振り、連続破砕を叩き付ける。


「っっ……!!」


 屈辱をばかりに避け、壁面に向けて追い詰められていくプレイン。

 奇襲を受け止めはしたものの、やはりセレーネの力量では真っ向勝負となれば敵わなかっただろう。

 だがこの彼女を相手に真っ向勝負など出来ない。


 これがセレーネの強みだ、と俺は思う。


 彼女は自身が強いとはこれっぽっちも考えていない。

 手に入れた力を誇示しようとも思っていない。


 『剣』の術者にとって、短剣のような武器は、労働者が仕事上での身体能力向上を求めて手にするものだ。

 専用の鞘を作り、腰に収めていれば手から離れていてもそれなりに力が維持されるから、運送だとか高所での作業だとかにとても重宝される。

 短剣とは戦う武器ではない。

 ましてソードブレイカーは防御用の構造で、仮に持ったとしてももう片手には決定打に至る剣を選ぶ。


 だがセレーネは両手に持った。

 自身が『剣』と切り結んだ時、相手に勝てるとは思っていない。

 だからひたすら防御を鍛えた。元々反応はすこぶる良い。手捌きも器用で防御に徹した彼女を崩すのはハイリアでも手を焼いていた。セレーネ自身、相手が必死に食らい付いてくるのを避けたり受けたりで逃げるのは楽しかったのか、それともハイリアとあれこれしているのが嬉しかったのか、伸びも良かった。

 変わりに攻撃はからっきしだ。

 ソードブレイカーを防御用、トゥーハンデットソードを攻撃用と分けて訓練もさせてみたが、どうにも攻めると勢い任せになる時があって隙だらけになりやすい。

 この辺、変わったと言う彼女本来の気質も影響しているのだろうか。


 なにより『旗剣』は、剣を振るう毎に扇状に範囲攻撃を行う。

 長剣でも、短剣でも、そう威力は変わらない。

 なら少しでも早く、多く振る事で理不尽なまでの手数に化ける。


 常に十字に振れば攻撃を突破して踏み込むことなんてほぼ不可能だ。


 そして苦手な矢捌きも、


「うわっちょっちょっちょ!?」


 とりあえず大雑把に振り払えば落としていける。


 しかしこの構成は厄介だ。

 俺は『弓』を追えないし、『剣』のプレインも単体では追い詰められない。


 既に敵を討ったジェシカとナーシャは傍観の構えだ。

 分かっている。

 この試合にはハイリアの大目的も絡んでいる。

 上位能力に目覚めたが、格上には敵いませんでした、そういう人も居ますではいけない。


 勝つ。


 俺たちで勝つ。


「そらそらもっと行くぞ!!」


「おーっ、気合い入ってますねーフィリップさん!」


 プレインの視線が会場の内側へ流れた。

 なんだ。何かを企んでいる?


 壁に触れる。


 追い詰めた。


 しかし……?


「セレーネ!」

「ほいほい!」


 気付けばプレインと『弓』の直線状にセレーネが立たされていた。

 『弓』の攻撃では落ちない。だが、放たれた矢を捌く時、この位置関係は最もプレインから遠い場所を見なければならなくなる。


 やはり強い。


 慣れた『剣』なら放たれた音だけで凡その位置を掴むというが、彼女は目線を切ることが未だに出来ない。

 分かり易い黄色の魔術光を放つ矢を追いかけて、間をしっかり合わせて『旗剣』の力で打ち落とす。

 外れているかの判断も完璧ではないから、まず反応して打ち落とす。回避よりも確実だからと、そう俺が教えてきた。


 俺の声に応じてプレインから目を離す。

 矢を追いかけ、待ち構えた。


「まあこのパターンも想定済みなんですけどね」


 そうその通り。


 状況に対するシミュレーションは嫌と言うほど叩き込まれた。

 長所、短所、利点欠点を踏まえて相手が取りうる選択肢への対抗手段を徹底して考え抜き、訓練した。


 彼女は――俺は、もしかすると残り二人も、自分が強いとは思っていない。

 強くなろうとはしている。

 けれど未熟である事を知っている。

 既に強い者が取りうる手段を、彼らが戦いの中でひらめく可能性を、頭が焼けるほどに考え抜いて、相談して、意見を出し合って僅かでも先に掴み取る。

 それで勝てる。


 勝てるのだと、俺たちの長は言った。


 手の中でソードブレイカーを返し、プレインを見もせず逆手に振るう。

 見ずとも連続破砕は巻き起こる。

 そして奴がこの手に出る時、俺たちが追い詰めたと確信する壁際に達している可能性が極めて高いこと、俺に正面、セレーネに側面を取られたプレインが彼女の背後から切りかかろうとするならば、俺の居る側ではなく奥へと逃げることは想像するに容易かった。


 だからセレーネは壁に向かって平行線にソードブレイカーを薙ぎ払う。

 迂回しようとするプレインの進路を阻み、同時にこの瞬間、壁面に沿って擬似的な壁がもう一枚出来上がる。


 俺は既に突撃槍を深く構え、身を縮めていた。


 『旗剣』の攻撃は扇状に広がる。

 横薙ぎにされたそれは、壁へ向けて覆いかぶさるように発生し、プレインの進攻を阻んでいる。

 壁とは称したものの、どちらかと言えば閉じ行く城門のように俺は思った。


「見ていろっ、これが今の俺だ!!」


 叫びに、セレーネへ矢を打ち落とされたかつての仲間がハッと俺を見る。

 急制動に次ぐ急制動、そして追い詰められたことでの無理が、プレインの速度を著しく減じさせ、奴はもうこの連続破砕の先端を見極めることしか見えていない。そこで一時的に止まっても俺からは逃げられると想定している。


 城門をこじ開けるのはいつだってコイツ(’’’)の役目だ。


 突撃槍を構え、駆ける。

 後ろでに仕込みをし、景色が加速した。

 無数の打撃に打ち付けられながらも突破した先で、急激に視野が広がる。


「雑魚が……! 調子に乗るなァ!!」


 迎え撃ってくる。


 咄嗟に、俺の動きに気付いたプレインは強引な回避の結果として足を止めつつ、俺と切り結ぶ準備を整えてきた。


 だが、それさえも予想済みだ――!!


「そうさ!!」


 奴の姿に影が落ちる。

 想定した。

 不安で不安で、何度も見返して可能性を探した。


 だからこそ、


「俺が勝つのは、俺がお前より弱かったからだぁぁぁあああああ!!!」


 軋む右腕を振り下ろす。

 強引に抜けてきた連続破砕で身体中が痛くて仕方ない。


 突撃前に生み出し始めていた破城槌が、最早回避も許さず相手を呑み込み、会場の一部を崩落させつつ大地を激震させた。  


    ※   ※   ※


   ハイリア


 大地の揺れが収まるしばらくの間、会場は静まり返っていた。

 けれど誰かが、思い出したように息を吸い、そして歓声をあげた。

 万雷のような喝采が身を打ち、皆はようやく己の勝利を感じたらしい。


 ナーシャがジェシカへ飛びつき、甘えているような可愛がっているような絡みを始める。

 一人ぼろぼろになったフィリップへセレーネが駆け寄り、力無く掲げられた手へ容赦無く手が打ち合わされ、またぞろぎゃあぎゃあと騒ぐ。


 四人全員、なんとかここまで扱ぎ付けた。


 俺は果たしましたよ、陛下。

 ならば陛下もまた、果たしているのだろう。


 興奮冷めやらぬ会場の中央へ向けて、結局一振りもすることのなかったハルバードを手に歩み出す。


 少しして、俺の動きに気付いた観客が徐々に静まり始めた。


 フィリップの起こした砂埃が落ち着きつつある。


 これにて鉄甲杯一回戦は終了した。

 ホルノスのみならず、フィラントやエルヴィスやガルタゴまで、強国と名の挙がる国々から派遣された者たちが競い合い、力を見せた。

 だから今、宣言する。

 各国が注目し、大衆の集まるこの場で、



「我らホルノスは、複数の国家間に跨った経済・社会・文化・軍事への協力機関となる――国際連合の設立を提言する!!」



 会場に連なる貴賓室から、そこから観客へと伝播して、再び割れんばかりの拍手が会場を埋め尽くした。

 もうこの提案をどの国も無視出来ない。

 俺は言った。


 経済・社会・文化に、軍事(’’)だ。


 学生四名に対し、僅かな期間で上位能力への覚醒を促した。

 この事実は、半年と待たずして各国の軍事的パワーバランスを激変させうるということ。

 確かな証拠をこれ以上無い形で示した上で、俺はその方法を伝授する用意があると宣言したのだから。


 これにより、世界に新たな秩序の構築と頚木を生み出せる。


 連合への加盟国へ批准を求める国連憲章には、奴隷制度の完全撤廃が掲げられているのだ。


 歓声と拍手に包まれながら、僅かな淀みに目を留める。

 瓦礫の中から立ち上がったプレイン=ヒューイットが、再び赤の魔術光を燃え上がらせて、猛進してくる。


「ハイリアァァァァアアアアアアアアア!!!!!」


 銀光は眼前で止まる。

 真っ直ぐな刃に映るのは、意地か、屈辱か、誇りか。


 指先で挟み込んだ長剣を軽く引くと、僅かに腰が浮く。

 押し込み、たたらを踏んだプレインはすぐさま息を入れなおし、回り込んだ。


 構える。

 来る。


 交叉の後、再びの歓声の中、男はひたすらに怨嗟を呟き続けていた。


    ※   ※   ※


   ワイズ=ローエン


 伏したプレインを惨めであるとは思わない。

 あそこで土を舐めているのは自分自身。

 破格の提案に、後への脅威。上位能力の覚醒方法を提供するという話は看過出来るものではないが、利益と安寧を求めて膝を屈する事こそが恥辱であろう。


「ご覧頂けましたでしょうか、フィラント王よ」

「見届けたぞ、エルヴィスの貴種よ」


 浅黒い肌を持つ少女の言葉に、心惹かれる自分が居たのも確か。

 けれど俺たちエルヴィスの貴族は生まれた時から我が国の女王陛下へと忠誠を捧げている。


 俺は貴女のモノにはなりません。


 ふふっ、なんとなく気付いておいでのようでしたが、口惜しそうな表情をさせることが出来たのだと、そこだけは誇りましょう。


「そしてホルノスの王よ。我らエルヴィスは貴女方の作る次の世界へ加わらない。我が国もまた、長年の苦労が実を結び自国領土内に進攻してきたフーリア人らとの友誼を結ぶことが出来たのですよ」


 知らされたのは自分の試合が終わってから、フィラント王の元へ再び顔を出した後だ。

 元よりエルヴィスは海路を用いるまでもなく、北方の氷土を伝って新大陸へ渡ることが出来る。そしてそれは多くに知られていない。

 過酷な道であることは確かだが、それによって進攻を受けながらも新大陸側での領土拡大は着実に進めてこれた。


「我らエルヴィスの王室は四百年もの歴史あるものです。失礼ながら、昨日今日生まれたばかりの女王と同列に立つのはあり得ぬと……未熟な女王の後塵を拝するくらいなら、我が国は栄光ある孤立を求める、と」


 下ってなるものか。


 ハイリア。


 お前だけの為に世界は回っていない。





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