12
フロエから貰った薬を飲み始めて、体調は劇的に良くなった。
起き上がることも、動きまわることも出来る。ただ、まだ少しはダルさが残っていて、数日は欠席が続いた。
そんな時、頼んでおいた資料の幾つかが見つかったという報告が、くり子が俺の部屋へ訪れている所にもたらされた。
「それなら、受け取りは俺が行ってくる」
書店へ受け取りにいってくるという報告だったから、使用人には馬車の手配だけをさせて下がらせた。
「もう大丈夫なんですか?」
「少しは動かんと身体が鈍りすぎる。それに行き先は本屋だ。山ほど本が並んでる棚から手にとって、どれを買おうか悩んでる時間は至福のものだぞ?」
貧乏人くり子は拾った例の本と、蚤の市なんかで投げ売りされている本以外はあまり読んだことがないらしい。読むのは好きだというから、是非ともあの楽しさを知ってほしい。
「ハイリア様だったら、本屋ごと買っちゃうイメージがありました」
「う~ん、昔はそういうのにも憧れたな。好きな本に囲まれて生活出来るなら、そりゃあ一番ではある」
因みに、大航海時代と言えば三大発明だ。
羅針盤、活版印刷、そして火薬。
羅針盤によって方位を正確に知ることが出来るようになって、初めて人は遠洋に出られるようになった。星を見て確認することも出来たが、そんなのは熟練した船乗りだけで、そんな連中もあるかどうかさえ分からない新大陸を目指して真っ直ぐ進む、なんて出来よう筈がない。
火薬に関しては、この世界には火薬以上に強力な魔術があることで、大陸側だとちょっとした小道具の扱いだ。大した発明と見做されていないのかもしれない。
そして活版印刷。これはいい。素晴らしい。今まで手書きで写本するばかりだった本というものが、爆発的に普及することになった要因だ。おかげで既にこの世界には本が一般的なものとなりつつあり、少ないながらも本屋なるものが成立する程度には人々に親しまれている。まあ、予想以上に値は張るんだが。
俺はくり子を伴って馬車に乗った。
メルトは今学園だ。くり子と入れ替わりでアリエスを見て貰っている。俺の指示通りにアリエスと行動を共にすることが増えたからか、揺れる車内での話題は自然と我が妹の話となった。
「そうか……自分で人を集めて、小隊を結成するつもりなのか。ふふ、これは油断ならないな」
「私にも参加しろ、なんて冗談交じりに言ってきますよ」
「ほう、我が小隊から引き抜きを掛けるとは、アリエスも中々言うようになった」
無論、この流れはフロエ√独自の展開だ。それまではどちらかと言えばジークに対するおじゃま虫。嫌がらせと挑発とたまの手助けで結論から言うとうざがられる。どれも素行の悪いジークを正そうとしていたり、やんわりと周囲を牽制して無駄な批難が及ばないようにという、まさしく天使な行いであったことがアリエス√では明かされるんだが、生憎そんな機会はない。アリエスの素晴らしさは俺が分かっていればそれでいい。
アリエスの小隊結成はかなり大々的に行われて、学園でも一二を争う規模になる。ゲームでのハイリアは、必要と思われるだけの人員は集めるが、無駄を省く所があって、小隊とは別の、派閥作りにも距離を置いていた。それだけにウィンダーベル家の庇護を受けたいという者たちがアリエスの元へ殺到する訳だ。
ふむ、邪な考えを抱く者が居た場合に備えて、こちらから間諜を紛れ込ませる必要があるかもしれんな……。
「過保護ですよねぇ」
俺の表情から思考を読み取りでもしたのか、くり子がそんなことを言い出す。
「何を言う。兄ならば、妹の安全を願い、あの奇跡のように愛らしい身と心を守りたいと思うのは当然だ。とりあえず腕前においても最も信頼出来るクレア嬢を始め、分析班からも数名、一軍の半分くらいは送り込んでおけば安心できる。いや、念の為に『盾』の上位能力を持つビジットを……いやいやそれならばいっそ俺が」
「なんでアリエス様の加入を認めなかったかが一番の疑問ですよね。第一、小隊から追い出されなんてしたらクレアさん泣きそうですから止めて下さい」
「泣く? なぜだ。信頼出来るからこそ彼女に頼みたい仕事なんだが」
「言われた時のクレアさんの葛藤が目に浮かぶようです」
そうか。よく分からんが、それなら彼女は候補から外すしかあるまい。
「うんと……アリエス様が大好きで堪らないのは分かるんですが」
「ああ」
「即答ですか。いえ、その……もう少し任せた方がいいんじゃないですか? 私が言っても仕方ないんですけど、近くで見てるとアリエス様がとてもしっかりしている方なのが分かります。小隊に加わりたがる大勢の人と丁寧に話してて、しっかり皆の状態を把握してるんですよ? それでなくとも一年生で起きる揉め事のほとんどに介入して収めてたり、とっても凄い人です。最初の頃はギスギスしていた学年の雰囲気が、今じゃあかなり落ち着いたものになってるんです」
「ははっ、流石はアリエスだ。そうなると不埒な考えを抱く者が増えるだろうから、護衛を増やさなければならんな」
「増やす、って。え? もう既に何人か居るんですか? いつの間に?」
当然の手配だ。
やがて馬車は目的地に到着した。
扉を開けて通りに出ると、俺は降りるくり子へ手を差し出した。こういうことには慣れていないんだろう、照れる彼女をそっと支えながら下ろしてやる。
「乗り心地はいかがでしたかな? フロイライン」
「ふろいらいん?」
「可愛らしいお嬢さん、という意味だ」
「んんん……んっ、はい。素敵でした!」
パァァッ、と弾けるような笑顔で応えてくれたくり子に、俺も少し楽しくなった。
折角だからそのままエスコートし、書店前までやってくる。
書店は、この街では一般的なレンガ作りだった。レンガの赤と、木の色と、屋根は黒。脇の通路から伸びる蔦が絡まって壁面を這っている。中々にいい雰囲気だ。
思った以上に分厚い木の扉を開けると、上部に取り付けてあってベルが鳴る。俺は社交界でそうするように一礼し、彼女を中へと促した。
「お、おじゃましま~す……」
おっかなびっくり入っていくくり子を追って、俺も店内に入って扉を締める。すぐさまくり子の目が輝いた。見渡す限りの本、本、本。本棚は壁面一杯に並べられ、通路も背中合わせになった本棚によって作られている。平置きの本はどれも装丁が凝っていて、布地に刺繍で絵を描いているものが主流だ。
かじりついて眺めるくり子のくりくりな頭にポンとやり、俺は床にまで積み上がった本を崩さないよう気をつけながら奥へと進んでいく。お昼時というのもあって人は居ない。天窓から差し込む光の中では埃が舞っていて、少しだけかび臭い、古本独特の匂いもあった。
奥のカウンターで、その人は本を読んでいた。
「店主、ウィンダーベル家から頼んでいたものを受け取りにきた」
返事はなく、本を読む眼鏡の女はページをめくる。
ふむ。
女は熱心に本を読んでいる。完全に入り込んでいると言って良い。赤みの混じった髪を団子にして結い上げており、体つきは非常にほっそりとしている。年齢は俺より上だろうか。童顔気味だが落ち着いた雰囲気があって、例えるなら成長した委員長、図書館のお姉さん、といった感じか。
邪魔をするのもなんだったから、俺はくり子へ好きに見てくるよう言うと、近くにあった踏み台に腰掛けて適当な本を取った。ハードカバーの本はズシリと重く、手にする表紙と裏表紙のしっかりとした感触がこの上なく良い。
店主が読み終わるまで、俺はのんびり待つこととした。
物語は、血気盛んな少年が義勇軍へ入ったはいいものの、同郷のガキ大将が原因で飯炊きに回されてしまったという話だった。しばらくして義勇軍は国軍に追い散らされ、逃亡兵となって匿って貰った村にまで追手が伸びる。主人公が居るとも知らずに駐留する国軍へ、人手が足りないからとここでも飯炊きをさせられる。そんなことをやっていたからか、それとも仲間に売られたからか、正体のバレてしまった主人公は処刑されることとなった。
ところが、物語はここで面白い方向へ転がる。なんと、主人公が飯炊きをしていたと知るや、駐留していた国軍の将がその腕を気に入って恩赦を与えてくれたんだ。そこから始まる主人公の飯炊き道中。
その将が戦で死ねば、また別の将に囲われ、彼は乱世に名乗りを上げた数々の英雄たちに、飯を提供する者として様々な場面に遭遇していく。
食事は人の根幹を成すものだ。上手い飯を食えば気持ちも和らぐ。暴君と呼ばれた男が居た、救世主と言われ華々しく人々を導く男が居た、家柄ばかりで実力のない無能な男が居た。そういった者たちから漏れる心の内に触れながら、彼は乱世を生き抜いていくんだ。
自らの立場や周囲の期待、それに押し潰されそうになりながら、それでも応えたいと足掻く者たちの訴えは見事だった。決して派手ではない物語だが、終盤に差し掛かると思わず涙が出るほどに感動した。
そして、一方で興味深かったのは、この主人公が驚くほど敬虔な信者であったことだ。
と、俺が本を閉じたのと同じくして、カウンターで本を読んでいた眼鏡の女は上向き加減にどこかを眺めつつ、パタンと本を閉じる。
二人、同時に熱い吐息が出た。ゆっくりと読了後の気分を噛み締め、眼前に読んでいた本を掲げる。表紙の装丁一つ一つに至るまで目に焼き付けるようと、じっと見つめた。
心から気に入る本と出会えるのは、運命の相手と出会えるに等しい。
俺たちはその幸せを噛み締めていた。
よし、この本は買っていこう。
一度読んだとはいえ、本棚に飾っておきたい。また時期を置いて読みたくなるだろうし、手元に欲しい。
俺が本を手に眺めていると、不意に店主が立ち上がってこちらを凝視してきた。
「お、おう……気付いたか店主。幾つかの資料や本を頼んでおいたんだが……」
「雷帝……」
「は?」
バン! と先ほど閉じた本をカウンター上に広げ、ものすごい勢いでページをめくる。と、ある所で止まり、本を見、俺を見を繰り返す。どうやら、挿絵があるらしい。
「なっ、生雷帝様!?」
「あ、あぁ……そうだな」
その名前恥ずかしいから止めて欲しいんだが。
「わっ、と! ぁ、キャァア!?」
余程慌てたのか、こちらに来ようとしたらしい眼鏡の女が後ろ向きにひっくり返った。多少のタイムラグを置いて、傍らの本が崩れて埋もれる。そして二階からも本が降ってきて止めを刺した。
見事なまでの三段落ちだ。吹き抜けになっている二階の端に積み上げすぎた本の山が見える。流石にその位置は危ないだろう。
「どうしたんですか?」
二階で本を見ていたらしいくり子が顔を出し、下の惨劇に驚いた。
「……死んでます?」
「どうだろう」
死んでたら面倒だな。
ともあれ二人して本を退け、目を回している店主を引っ張りあげた。
「あ、ありがとうございます……」
ズレた眼鏡を直しつつ、深々と礼をする。
「それに、私多分、いらっしゃってるのに無視しちゃってましたよね……ごめんなさい、昔から本を読むと周りが見えなくなって。今日取りにいらっしゃるって聞いていたんで我慢してたんですけど、同時に届いた本の魅力に負けてしまい……」
「いや、こっちも勝手に読ませて貰った。そうだ――お前も気に入ったものがあったら持ってこい。買ってやる」
「ぇえ!? そんな悪いですよ!?」
言いつつも手にしていた本三冊をカウンターへ置き、素早く店内を駆け巡って、瞬く間にバベルタワーを作り上げるくり子。
「ほ、本当にいいんですか!?」
「よかろう」
しかしその量、お前の家に置き切れるのか?
「良いものがあったら俺にも教えてくれ。一人で読みつくすには、この世の本は多過ぎる。いい作品を求めるなら、仲間が必要だ」
「はいっ!」
うむ。このくらい素直に大喜びしてくれると、買ってやる方も気分が良い。
「それで店主、ウィンダーベル家からの依頼で、過去の資料や本を集めて貰っていた筈だが」
「あぁ、それでしたらこの脇に……」
脇には崩れ落ち、二階から落下してきた本の大海原があるばかりだ。
「混じったな」
「はぃぃ……申し訳ありません」
涙ながらに謝られると怒る気もしない。
「まあいい。それ全部くれ」
「えええ!?」
素っ頓狂な声をあげたのはくり子だ。
「本屋では静かにするものだ」
「いえ、そうじゃなくて、なんで全部買うんですか!? 調べ物するんですよね? ここで分けちゃえばいいのに」
「聞くが店主、君は資料がどんなものだったか把握していて、ここで間違いなく全てを振り分けられるか?」
「申し訳ありません……本の出入りは父が管理していて…………今日の分を置いたらまたすぐ旅に出かけてしまったんです……前回が長かったので、今回は近隣を巡るだけで、たぶん二三日すれば戻ると思うんですが」
「よし、それなら全て買ってしまった方が早い」
大貴族の豪快な買い物に二人揃って唖然としていた。
俺も以前ならこんな買い方はしない。店員さんとあーだこーだ言いながら予算削減を狙っただろう。だが、特に今回に限っては好都合でもある。
ある程度の迷彩が混じっていた方が、フロエの調査を遅らせることが出来る。本来よりずっと早いタイミングで事が動いているだけに、ここは後々を考えて多少ジャマをする。というより、あまり迫りすぎて回収されるとそれはそれで困る。
「それと店主、もう一つ頼みたいことがある」
「はい?」
俺はくり子に言って、例の本を取り出させた。
「わぁ……年代物の本ですねぇ。表紙の装丁が剥がれ落ちてて、タイトルも読めない……」
「コレと同じ物が欲しいんだが、どうにかなりそうか?」
「え?」
店主は本をそっと開き、カウンターからメモを取り出すと、とても綺麗な字で最初のページを写し始めた。それからさっとめくっていき、挿絵がないことを確認する。後ろのあとがきに書かれている内容や、汚れて見えにくくなっている著者のサイン、特徴となりそうなものを片っ端から記録していった。
「印刷されたものじゃなく……直筆で書かれたものですよね。となると少なくとも何十年か前の作品……サインは見たことがありませんし、奥付には遊びで書かれたような絵がありました。となると、写本というより原本の可能性がありますよ。写されてなかったらコレっきりです。いくつか質問いいですか?」
それからくり子は店主の質問に答えていき、俺は金だけ払って先に店を出た。
陽はまだまだ高かったが、じきに沈んでくる頃合いだ。本を読んでいて予想以上に遅くなったらしい。待っていた御者へ言って、中の資料とくり子の本、俺の数冊を車内へ運ばせた。みるみる内にスペースが埋まり、とてもじゃないが乗れる状態じゃない。丈夫に造られているとはいえ、流石に載せすぎて壊れないか不安だった。
先に馬車を帰らせた所で、店からくり子が出てきた。
「あ、あの!」
「ん?」
「ありがとうございます! いっぱい本を買って貰って、それに、最後のも……」
「あぁ。俺が読みたかったのもある。しかし、その本を借りるのは気が引けるし、お前もそこまでボロボロになってると、気軽には読めないだろう?」
持ち歩いている時も、大きな布でくるんであるくらいだ。
「お前が戦いに追われながらも大切にしてきた本がどんなものか、興味がある」
「だったら、内容は秘密にしておきますね」
「あぁ頼む」
笑い合って俺たちは歩き出した。
石畳の街並みを歩くと、硬い足音が思いのほか響いてくる。夕暮れ時にはまだ早く、働いている者の多い時間帯だけに人通りは少ない。
赤いレンガと灰色の石畳に囲まれた街並みの一角に、一際目立つ建物が見えた。
「あ、ハイリア様、寄って行っていいですか?」
入り口直上に円環を描いたリングが掲げられている。
それと同じ物を模した首飾りをくり子はいつも身に付けている。またおそらく、この世界の住人ならほとんどの者が所持しているだろう。俺も、一応は服のポケットに入れてある。
教会。
運命の神を主神とする、この大陸で最も一般的な宗教組織の建造物だった。
※ ※ ※
重苦しい扉を開けると、腹の底へ響いてくる莫大な音が俺たちを迎えた。
まず目に入ったのは壁面を真っ直ぐに伸びる幾本もの太いパイプの連なり。この音はそこから出ているようだった。パイプオルガンか。
そこから少し目を外すと、両手を組んで祈りを捧げる女を描いたステンドグラスがあった。差し込む陽の光がそれを中央通路に映し出していて、眺めていると網膜を焼いてこちらの心へ入り込んでくるような錯覚がある。
光はやや傾きがあり、真っ直ぐ中央を差してはいない。じきに仕事帰りの者たちが訪れる時間になるから、その時に完全な状態となるよう計算されて建造されたのが分かった。
教会内は薄暗い。重みのある暗さ、とでも言うんだろうか。蝋燭に照らしだされる内装の数々が、人の本能に否応なく圧力を掛けてくる。おそらくは色合いや灯りの位置まで計算されていて、この神の館に神聖な雰囲気を生み出そうとしている。
早い時間というのもあって人はちらほらと見える程度。
俺は寄ってきた神官か神父かに適当な額の寄付を渡すと、相手は血相を変えて慇懃な態度を取り始めた。
席にもつかず、後ろの方で立っている俺を置いて、くり子は前の席まで歩いて行き、リングを手にして跪く。
ずっと小さな頃から教会に助けられて生きてきた彼女は、思っていた以上に信仰心が厚かった。無宗教が当然な場所で生まれ育った俺からすると理解し難いし、宗教と聞けばカルトばかりが浮かんでくる。そういう、刻み込まれた嫌悪感をここでも感じなくはない。
パイプオルガンが奏でる荘厳な音楽を聞きながら、つい先程まで読んでいた飯炊き男の物語を思い浮かべた。
彼もまた敬虔な信者だった。
いついかなる時でも神への祈りを忘れず、自身に降り掛かる様々な困難を信仰心で以って耐え抜いていく。
俺と同じく、ハイリア自身もそう熱心な信者ではないらしく、やはりそういう気持ちに納得はしにくい。ただ、あの東洋の島国で考えられている宗教と、ここでの宗教は随分と違うようだった。
ポケットに入れていたリングを取り出し、眺める。
円環を意味する形状は、端的にこの宗教の基本的な考えを表している。
この世界は閉じている。
定めある範囲で、ぐるぐると回る世界。
この世界が辿ることの出来る道は四つだ。
一つは、ランキング一位ヒロインであるリース=アトラと共に奴隷狩りを追い、イルベール教団を駆逐し、没落した彼女の家を再興しながらフーリア人との戦争を収めようとしていく道。
一つは、ランキング三位ヒロインであるティア=ヴィクトールと共に先日話題に上がったある物を回収し、戦争を収めた後、彼女の故郷を探して旅をする道。
一つは、ランキング二位ヒロインであるアリエス=フィン=ウィンダーベルと共に数々の困難を乗り越え、これまでのヒロインやハイリアに助けられながらフーリア人らを撤退に導き、十年もの鎖国の後に無人の荒野と化した新大陸へ、ウィンダーベル家の後援を受けながら入植していく道。
そして、フロエルート。
世界が辿る未来は定められている。
ある程度の選択肢があるだけで、たったこれだけの道しか存在しない。
この世界における宗教観は、予定説を根幹としている。
誰が成功し、誰が失敗するのか。誰が勝ち、誰が負けるのか。全ては絶対者である運命の神が定めた通りに進んでいく。
俺たち貴族がそうであるように、平民や奴隷がそうであるように、身分というものは神の定めた戒律だ。だからこそ、守らなければならない。そういう考え。
その時、パイプオルガンの演奏が止まった。
重く響く音が消えたと思えば、今度は訪れた静寂が意識を圧迫してくる。俺にだって信心くらいはある。本気で神を信じるかどうかは別として、お守りは大切にするし、初詣や冠婚葬祭には参加するし、無闇にそれを中傷したりはしない。
だからコレが、畏怖や畏敬という感情であることも分かる。
ここで素直に頭を垂れ、神よお救い下さいと泣きつければどれほど心が楽になることか。
演奏者はひょろりとした少年だった。
赤みがかった髪に、どこかで見たような眼鏡。その少年は柔らかい表情を浮かべて信者一人ひとりに声を掛け、くり子の存在に気付くと急に緊張したような動きで狼狽えた。
逆に気づいたくり子が寄って行き、話し掛ける。
とても気安いもので、初対面のものとは思えない。
いや、俺にも面識があった。
表情がまるで違うから気付くのが遅れたんだ。
やがてくり子に連れられてやってきた少年が、俺を見て一層緊張した表情を見せる。
「お、おひさしぶりですっ、ハイリア様!」
「あぁ、しばらく顔を出していないが、小隊の方はどうだ?」
「ぁ……はい、皆……とても頑張っていると、思います」
反応が妙だった。まあ、彼は自由民階級だし、そこまで話したことはないから緊張しているのもあるだろうが。
赤毛の少年は、我が一番隊の雑用班一年生だ。先の総合実技訓練では随分と熱心に動いてくれていたのを覚えている。
「そうか」
まあ、こんな時間に制服も着ず教会で演奏していたんだ。流石の俺にもなにかあると察しはつく。くり子を見ると、案の定俺へ期待するような目を向けていた。
はてさて、用件はなんだろうか。
反応から察するに、ここで会ったのは偶然だろう。何か話すにしても、小隊の訓練がある時間で、わざわざ制服を着替えて神官服? なんかで俺と会う理由はない。気まず過ぎるだろう。
「これから時間あるか? 用件を終えて帰る所だったんだが、途中で食事でもしていこうと思っていたんだが」
隣でくり子が「しっぱいした!」という顔をする。まあ、俺だって男友達が欲しいんだ。赤毛少年、共に友情を育もうじゃないか!
※ ※ ※
「え……小隊を、抜けたい?」
今回は前編、次が後編、なつもりで書きました。
折角の学園モノですので、ちょっとだけ青春?みたいな話に。




