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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第四章(上)

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 「さあ張り切っていくぞ!」

「おーっ、今日は元気一杯ですね!」


 またもや放課後、詰め所で待ち合わせたセレーネとまずは気合いを入れる。

 因みにこの詰め所、今のところは俺の所有ということになっている。小隊が所有する詰め所、ではなく、小隊を所有する小隊長の所有物、という形になっているのが実に貴族的だが、おかげで別のどこかがここを買い取るまでは好きに使えるということだ。

 カギも他の皆に幾つか予備を作って預けてあるし、なんだかんだと朝や昼にはくり子とかが使っているらしい。


 そして俺が溌剌としているのも空元気というわけではなく理由があった。


「ふふ、何を隠そう今朝方アリエスから手紙が届いてな。お元気ですかお兄様、私はお兄様に会うことが出来ず日々暗澹たる想いです。もしこのお屋敷の壁が茨で出来ていたのなら、私はこの身を切り裂いてでも越えていくというのに。そう私は――」


「あのもしかして全文朗読するつもりですか、手紙も見ずに」

「もう何度も読み返して覚えてしまったからな」

「何十回と言わず百を越えていそうだから凄いですよね」

「そう褒めるな当然の事だろう」

「はい、当然ですよね」


 そう当然のことで今更言葉を重ねるのも愚かしいのだがアリエスの前に全ての人類はひれ伏し愚かしくなるのだから仕方ない。


「アリエス様とは直接会えていないんですよね――わあごめんなさい!?」


 ずーん、と元気の無くなった俺を見てセレーネが慌てる。


「俺はウィンダーベル家を除名された身だ。元々アリエスと男が会うのを父上が強く拒んでいてな、晴れて俺もその対象となり、家を訪ねたら追い返された」

「……なんかごめんなさい」

 まあ没落話なんて面白くも無いから軽く流すべきだ。

「ただな、以前から仕えていてくれたメイド長ら使用人らは俺に協力的なんだ。会わせることは難しいが、こうして禁じられていながらも手紙のやりとりは出来る。まあ、鉄面皮のメイド長に涙ながら申し訳ありませんと言われたら無理強いも出来ない。俺が会いに行ったことからなかったこととして扱ってもらっている」

 もしアリエスが知れば彼女らを処罰してしまうかもしれない。

 それでは流石にあんまりだからな。


「学園にはまだ?」


「あぁ」


 始まってしまえば機会があると思っていたが、新学期が始まってからというものアリエスが学園に顔を出したことは無い。

 保護したというフロエについても聞いてみたいし、何よりアリエス分が足りない補充しなくてはそろそろ死ぬ。

 父上、オラントも何を考えているのか、今回の政変の影でいろいろと動いているのが相変わらずだ。

 メルトも俺と常に一緒だった時はともかく、今は一介の使用人とあって、気安くアリエスに会える状況ではない。メルトの状態についてかなりの初期から把握していただろうアリエスが、色々と取り計らってくれていることも聞いている。フーリア人という弱い立場で受ける特別扱い、周囲からの目は俺の時よりも更に厳しくなっているに違いない。


「心配は心配だが、父上は子煩悩が過ぎるくらいだ、身の危険があるとは考えていない。何か事情があるんだろう」


 俺自身が行ってなんとかしたいとは思うが、手紙にも心配はしないでくれとあった。

 とりあえずヘレッドに頼んで調べて貰っているし、後はウィンダーベル家の密偵をどれだけ早く攻略できるかだな、うん。


「諦めてないのが相変わらずですねー」

「何を言う。本当に危機となれば世界を敵に回してでもアリエスを助けに行くさ」

「アリエス様は幸せ者です」


 いいや、アリエスという天使を迎えた世界こそが幸福なのだ。


 ともあれアリエスの素晴らしさを論じていては季節が変わってしまう。俺としてはそれも一興かと思うのだが、いくら幸福な世界とて昨日の今日でまた勧誘に出遅れるなどアリエスの兄として恥だ。そう、彼女の兄であることを誇りに今日こそ勧誘を頑張ろう。

 いざ出発と詰め所の出口へ目をやった時だ。


 腹の底へ響く衝撃と共に、詰め所全体が震動した。


    ※   ※   ※


 青の魔術光が二つ、暴風の如く撒き散らされている。

 『槍』の魔術。片や突撃槍を、片や長大な剣にも思える槍を手に、なぜか俺の詰め所の前でぶつかり合っていた。


 というか片方はフィリップだ。

 フィリップ=ポートマン。昨日いろんなものを吐き出したおかげか表情にはやや覇気が戻り、防戦ではあるものの押し負けてはいないようだった。

 もう一人は、またしても金髪の少女だった。

 というより、やっぱり彼女にも覚えがあるんだよな。

 誰だったか。新入生なのは間違いないと思うんだが、どうにも印象が薄い。


「フィリップ!」


 戦いの最中だが、まずは呼びかける。


「っ、おうっ! すまんが今は手が塞がっていてな!」

 『槍』同士の戦いはとにかく煩い。

 重々しい衝撃が立て続けに駆け抜ける中、なんとか声を届かせる。

「何があった! また勧誘に失敗したのか!」

「違う! 急に襲われたんだ!」

「ほう……?」


 少女の様子を見る。

 彼女も俺の呼びかけには気付いていて、けれど一度強く睨まれたかと思うといよいよ強引に剣のような……ソードランスとでも呼ぶか、ソードランスを振り回し、空いた隙間へ足を踏み入れて勝負手に出る。

 しかしそれは誘いだ。

 フィリップは攻撃を受ける際に受けて抑えるのを止め、自ら引いて力を溜める持ち手に切り替えていた。

 攻撃の意思と攻撃の意思、二つの魔術光が同質の揺らぎを見せる。

 経緯はよく分からないが、仮にも小隊長だったフィリップに引けを取らないほど鋭く精強な青の風を感じる。


 少女がソードランスを突き出す。

 踏み込ませたフィリップが素早く突撃槍の持ち手を変え、空いた手で槍の側面を抑え、攻撃を弾きあげる動きを取る。

 しかしこれを少女も察していた。極めて強引で危険な手ではあるが、ソードランスを横向きに倒し、防ぎに入った槍をすり抜けての薙ぎ。


 ガンッッッ――と、ソードランスが宙を舞う。


 やはり強引過ぎた。

 突撃槍を避けたとしても、槍は先端部が重く、支点を変更し易い為に柄部分の跳ね上げが十分間に合う。

 おそらくは殺してしまうのを避けようとして力が抜けていたのも災いした。打撃の加護が乗りにくい持ち手の部分であっても容易く弾かれてしまったのはそのせいだろう。この辺り、試合という場の経験の差だ。フィリップは試合での癖を弁えている。ただ、消え行く彼女の魔術光は攻撃の意思を消してはいなかった。


「っっっ――!!」


 フィリップが息を呑む。

 少女は、武器を失い、魔術を解いて、あの接近状態から無手のまま前へ――その動きは、


「ッハア!!」


 顎元を狙った拳だった。


「……っ」


 しかしそれは届かない。

 『槍』の魔術光は膨大で、腕一本では距離が足りない。

 日頃視認性を気にして魔術光を抑えることもある『剣』を相手にするのとは違うし、『剣』と『槍』での戦いの間合いと、『槍』と『槍』での間合いは根本からして違う。相手の意表をつくという点では悪くなかっただろう。それでもフィリップとの体格差を考慮し、自分の踏み込みと相手の反応などを計算に入れていなければそう易々と決まる攻撃じゃない。第一、魔術光の流れが読めていたのではなく、最初から顎を狙うのを決めていたような動きだ。

 これはまさしく……、


「そこまで……!」


 闘争の緊張を吹き飛ばすように、両者の横っ面へ声を叩き付けた。


「俺の詰め所の前だ。これ以上は控えてもらおう」

 金髪の少女へ目を向け、

「まだ足りないというなら俺が相手になる。ただし、こんな乱暴な状態ではなく、ちゃんと訓練として、だ」


 口を引き結ぶ少女は、未だ止められた拳を悔しそうに睨んでおり、けれどフィリップが一歩下がって魔術を解くと、彼女も身を引いて息をついた。


「よし」


 改めてフィリップへ視線を送る。

 受けて、彼もまた吐息をついて頬を掻く。


「いや、本当に俺も何がなんだか」

「そいつは不審者だ」

 少女が声を放った。

「ふ、不審者?」

「そうだ。ハイリア様の詰め所の前を何度も往復し、窓を覗き、聞き耳を立てていた」


 …………フィリップ。


「待て誤解だ!?」

「うわぁ引きますねぇ……昨日の今日でそういう? え、なんか怖い」

 素早く後ろから出てきたセレーネが言った。お前俺を盾にしてたな。

「違うと言ってるじゃないか!?」

 尚も否定するフィリップを今度は真正面から指差し、謎の金髪少女が睨みつける。

「今だけの話じゃない。昨日の晩もハイリア様の家の周りで見掛けたし、早朝この詰め所の前で一人ぶつぶつと怪しい呪文を繰り返していた、内容までは聞き取れなかったけど」

「え? ……え?」

 とセレーネが少女からも身を引いた。

「フィリップ……」


 まあなんとなく分かった。

 昨日の一件、彼にとっても思い出深いものとなったんだろう。

 俺が誘おうかと思ったように、彼もそうなることを望んでくれたということだ。

 フィリップよ、いくら仲間に見放されてぼっちになったからって、別に加入を求める言葉の練習までしなくていいんだぞ……?


「ええい悪いか!? あのなっ! 結構辛いんだからな!? 初日は夜も眠れず泣き続けたんだからな!?」

「分かった分かった。そうか、うん、入るか? そうだな、今日からお前も仲間だ。安心しろ」

「…………あしらわれるのは腹立たしいがちょっと涙ぐんでいる自分が悔しい」

 正直なのは良い事だ。

 俺も皆に見放されたら家でこっそり泣こう。翌日の水汲みが必要ないくらい涙が出るに違いない。

「あー、やっぱ入っちゃいますか。まあフィリップさんは拗らせてるから放っておくとして、私はそっちの人の方がちょっと……」


 なにやらセレーネが思うところあるらしく、金髪少女を警戒していた。


 俺も改めて彼女を見る。

 金髪碧眼、俺と同じく典型的なレイクリフト人だ。こちらの大陸では混血も多く、俺や彼女のようにはっきりとした発色は珍しい。


「誤解があったようだが、フィリップは客人……今はもう仲間になった」

 ぐすり、と洟を啜る音を聞きながら、

「君は、俺の心配をしてくれた、ということかな?」


 キッ、と鋭くなった視線に違うのかと思い直す。

 なんだろう、思い上がりでもなく、最近女性から好意的にというか捕食対象として見られることが増えたというか、とりあえずこういう敵意みたいなものとは縁遠かった。嫌だ怖いというより新鮮味さえある。


「ありがとう」


 まずは心配への感謝を。

 誤解であっても気持ちは嬉しいものだ。


 すると少女は薄っすら目を見開いて、強く歯を噛み合わせ、震えた。

 震える肩や脚は屈辱や怒りじみている。いや、どうなんだろうか。


「気付いて……どうか気付いてハイリア様…………私今真相を口にする勇気ないですからー……」


 セレーネが何事かを呟いているが小さくてはっきり聞こえない。


「そうだ」


 今の戦いを見ていて思った。

 経緯や俺への敵意とも取れる態度は別として、彼女の魔術は実に誠実で心地良い風だった。


「君は昨日、あんな時間に教室に居たんだ。まだどこにも所属していたいんじゃないか?」

 フィリップを見ると、勧誘をしていたこともあってか、彼はややぎこちなく頷く。

 まあ部隊章も付けていないから当然といえば当然か。他から声を掛けられている可能性はあるものの、この時間にこんな所を歩いていたくらいだからな。

「気付いて……お願いしますぅ……!」

 だからなんなのだ。


「俺は今人を集めている。良かったら君も俺の小隊へ加わってくれないか?」


 言っちゃったぁぁぁぁ、と小声で元気良く体を捻り始めたセレーネはもう無視だ。

 金髪少女はそのまま数秒無表情を貫き、やがてコクコクと頷いてくれた。こうしてみると歳相応で可愛らしいものだ。というか、本当に綺麗な顔立ちをしている。アリエス……というよりオラントに似ているか。中年の、しかも男に似ているなど失礼極まりないが、アレ女装したら本気で男と分からないくらい整っているから息子としては中々に笑えない。

 そういえば男爵からの逃亡時にはやっぱり女装こいてやがったらしく、母上とアリエスから家族会議で相応に窘められたらしい。優しい表現は大切だ。


 などと思いつつ、無口な少女へ手を差し出す。


「ハイリアだ。よろしく頼む」


 コクリ、と頷き、冷たい手が触れる。


「……ジェシカ」


 あ。


 うん、と気付いた俺に頷きをくれる。


「ジェシカ=ウィンダーベル」


 謎の金髪少女は、おそらくはあの内乱で呼び寄せられた親族の一つ、ウィンダーベル家のご令嬢だった。

 『槍』の術者でありながらロードの名を冠していないのは、彼女が分家の者だからだ。

 見覚えがあるのも当然だった。本家嫡男として全ての親族に面通しはしているし、親族での集まりには俺も参加していたから、どこかで会ったことがあるのだろう。


「だから拗らせたフィリップさんが昨晩家の前に居たとか今朝とか今とかその動き把握してるのってどう考えてもこの子が同じように見張ってたからで絶対なんか怪しいというか危ない気配しかしないんですって気付いて気付いてハイリア様ぁぁ…………」


 セレーネのことは無視していたから内容は頭に入ってこなかった。

 ただ、彼女はジェシカのことを酷く怖がっているらしいことだけはなんとなく把握して、握った彼女の手の冷たさにちょっと不安になる。


 俺、もしかして怖がられてないか?


    ※   ※   ※


 とりあえず部隊員が二人も増えた。

 そのまま勧誘に行くのは控え、今日は改めて皆で交流を持つべく詰め所へ戻ることに。


「しかしまあ、『槍』が三人とは少々不安定な編成になるな」


 フィリップが顎に手をあてて言う。

 この辺りの思考はやっぱり小隊長の経験者だからか。


「セレーネさんはどの属性を?」

「私は『剣』ですよ……わあ!?」

 なんだか距離を取っているセレーネの肩を掴んで位置を入れ替える。 

 並ぶ三人の中央に置かれた彼女はちらりと後ろを見やり、そろりと抜けようとするのでまた止める。

「も、もうっ、ハイリア様ってば他の人が居るのにやだーはずかしー……」

 その言葉に今度はフィリップが目を丸くした。

「ん……もしやお二人はそういう関係で」

「いや違う」

「否定早いっ!?」

「そうか……うむ、小隊内での男女関係は……不和の元だからな……」

 何かのトラウマスイッチが入ったようでフィリップは遠い目をした。


「バランスについては問題無い。一人アテがあるんだ」


「あれ、そんな人居たんですか? 小隊の誰かとか?」

「ある意味で正解だが、ある意味で外れだな」


 詰め所の扉を開け放ち、その向こう、訓練場の中央に立っている人物が居た。

 流石、いつの間に入り込まれたのかさっぱり分からなかった。


 彼女については今朝方届いたアリエスの手紙にあった。

「あー」

 と、気付いたセレーネが言う。

 確かに協調してずっと戦ってきたが、彼女の正式な所属は一番隊ではない。

 ついでに言えば、俺とは同学年だから、前もって話は通してあった。勧誘があるから適当に時間を潰してからで構わないと言っておいたのだが。


「お早いお帰りですね」


 品のあるゆったりとした喋りは、彼女が子爵家の令嬢だからというだけではないだろう。

 わがままの可愛いアリエスを支えてくれていたお姉さん。十人くらい妹や弟が居る長女だと聞くから、世話焼きなんだろう。

 アリエスが率いる小隊の副隊長ナーシャ=リアルドは後ろの二名を見て笑みを濃くした。


「収穫も大きい。『槍』の術者を二名、話していたフィリップ=ポートマンともう一人」

 気付いた様子なので視線を送る。

 背後で金髪少女が固い表情のままこちらを睨んでいて、俺は少々困って苦笑い。

「ジェシカ=ウィンダーベル様ですね。噂の新入生を獲得してくるとは。どこも苦戦していると伺っていました」

 そうなのか?

 まあ確かに一筋縄ではいかなそうなキツめのオーラを発してくるが、誘ったらこくこく頷いてくれたから、皆して視線に負けたということだろう。


 フィリップが歩み出て、

「フィリップ=ポートマンです。今回はハイリア様にお誘い頂き、この小隊へ所属することとなりました。リアルド家のご令嬢と轡を並べられること、ポートマン家の者として光栄に思う」

「えぇ、こちらも造船業を営むポートマン家のことは存じています。大きな政変によって今は苦境に立たされているとのことですが、長年培った技術や知識をリアルド家は高く評価しております。是非、今後は当家を頼ってください」

 さらっと貴族同士の会話があって、やんわりお姉さんっぽい雰囲気を出していたナーシャが値の落ちた造船業者を買い叩こうと踏み込んでいく。

 しかし悪くない話だ。これまでのように独立した状態は望めないかもしれないが、彼女の家も内乱以降は力を一層増したというからな。

「ありがたい話だが、父はまだ独力での再建に拘っていて、残ってくれた職人らもかなり居るという。しかし、頂いた言葉は必ず父の耳へ入れておきます」

「えぇ、誇りある御家なのですね。とても良いと思います。ではその誇りに敬意を表し、幾つか船の注文をさせて頂きましょう。ちょうど新しいものをと先日父が話していましたので。えぇ。物資の調達などは? もしお辛い状態でしたら、船の値段次第で格安でのご提供も出来ますがいかがでしょうか?」

「あ、あぁ……その、注文ということなら……、ただ調達がどうなっているかは俺は……」

 わぁ、と内心大いに感心しつつ彼女の凄さを知る。


 凄い甘やかしぶりだ。

 単に金や物資を送りつけて恩を売るのではなく、断りにくい注文から入り、おそらくはポートマン家が得をする形での物資売買契約まで結ぼうとしている。これなら独立は維持したままだし、おそらくだが注文よりも調達の方が困難だったのだろう彼の家を救うことが出来る。もし言葉通り値引きが可能で、これをキッカケとした長期的な物資のやりとりまで生まれるのであればリアルド家としても利益は大きいだろうしな。

 きっと今朝俺が話をした時点で連絡を取り、ここまでの調査と話をつける権限と算段を引き出したのだろう。

 用意周到、そして滅茶苦茶甘い。甘すぎて容赦が無いほどだ。

 独立状態を認め、決して首輪をつけることなく、ただし大きな恩だけはしっかり売って、良好な関係を築いていこうとしている。有り余る財と磐石の土台を持つ家ならではの行動だ。金というのは所持している量よりも流動している量の方が重要と言うからな。


「はい。大丈夫ですよ。きっと御家は再興します。誇りある職人たちを保護してきたポートマン家に敬意を」


 ナーシャ=リアルドは垂れ目をくしゃりと笑みにし、溢れんばかりの甘さで逃げ場を浸していく。


 実に感心するものだ。

 元よりデュッセンドルフはこういう側面を常に持っていたが、俺やアリエスは侯爵位を持ち世界的な大貴族であるウィンダーベル家という立場上、自ら動いて話を取り付けるより寄ってきた相手を選別するのが主だった。こういう考え方は、きっと彼女らの方がずっと優れているのだろう。

 進退窮まったフィリップが助けてくれという顔で言う。


「しかし、ナーシャ様はとても優れた『弓』の術者と聞く。ちょうど偏りが出てきていたので、ありがたい話であるな、ははは」

「あら、様だなんて。これから共に戦う仲間なのですから、どうか気軽にナーシャお姉さん、とお呼び下さい」

「いや……俺の方が年上なんだが……」

「だめですか? ほらセレーネさん、今日は以前に市場で欲しがっていた金平糖をお持ちしましたよ。どうぞ召し上がってください」

「わぁありがとうございますナーシャお姉さん……!」

 一瞬で目を輝かせるセレーネ(さいねんちょー)の頭をよしよしと撫でるナーシャ。

 いかんなんかあっという間に掌握されていく気がする。

「ナーシャ」

「はぁい」

「まずは腰を落ち着けよう。今後の方針についても話したいことがある」


 すると彼女は奥の簡易な煮炊き場を手で示し、


「そう仰ると思い、用意をさせておりました。アリエス様は市井に降りたハイリア様が苦しんではおられないかと大変心配されていましたので、特に喜んでいただけるだろうモノを」

「ほう」



「どうぞ、ご堪能下さい――――天ぷらうどんでございます」



 ナーシャお姉さん、君がアリエスの部下で、俺がアリエスの兄でさえなければ全力でその腕の中へ飛び込んでいたかもしれない。


    ※   ※   ※


 俺とセレーネとナーシャは箸で、慣れていないフィリップとジェシカがフォークで格闘しながら天ぷらうどんを平らげた後、ようやく一歩引いてくれたナーシャに安堵しつつ、俺は話を切り出した。


「これで人数は五人、まだ多少偏ってはいるが、表向きの募集は終了して訓練に移ろうかと思う」

「すまないが、『盾』の術者は探さないでいいのだろうか」

 当然の疑問をフィリップが挟み込む。

「構わない。何、大会は学園での総合実技訓練に準拠した一個小隊編成での戦いになる言うからな」

 まだ多少言い足りなさそうだったがあっさり下がる。

 言葉通りの疑問というより、俺に考えがあるのかと問うたのだろう。


「少人数に絞る理由は簡単だ。今日からこの四名に集中し、徹底して鍛え上げる。人が多ければ手が増えて厚みも出るが、個人個人に割ける時間はどうしても減ってしまって、俺の目的とは少し外れてしまうからな」


「目的とは?」


 ナーシャだ。


「ハイリア様は大会での勝利を目指さないのでしょうか」

「いいや、参加する以上は全ての勝利を目指す。しかし辿り着くまでの方法を限定し、特化したいと俺は考えている」


 頷くナーシャの隣で、箸で器の底を突いていたセレーネが肩を縮めて手を挙げる。


「あのぉ……やっぱり私、この中じゃ補欠とかだと思うんですけどぉ……」


「さあ改めて紹介しよう。彼女こそこの小隊のエースとなるセレーネ=ホーエンハイムだ。皆、彼女に負けないよう頑張ってくれ」

 はぁい、と一番に嬉しそうな声を響かせるのはナーシャで、フィリップは大真面目に頷き、ジェシカは彼女を睨み付けた。


「第一君が一番機動力のある『剣』で、『剣』は君しかない。頑張れセレーネ、君なら出来る」

「段々雑になってきてませんか励まし方っ」

「ならば、やはり『槍』の我々が補助要員ということになるか」


 フィリップが言うと、益々ジェシカの表情が険しくなった。美人が怒ると迫力あるよな。


「いやそうはならない。実は俺も今朝方聞いたんだが、どうにも参加人数が四人から五人へ変更されるらしいんだ」


 これは多分、学園側ではなく企画元だろうホルノスから来た要請だ。

 今後を見据え、そして新たな戦術を構築していく場としても、やはりこの大会は都合が良いのだろう。

 近衛兵団から派生して、もう運用が始まっているホルノス教導部隊では作戦行動中の小隊人数が五人であることを推奨している。


「というと、最低人数で大会全日程をこなすつもりと?」

「そうなる、か。保険が欲しいのは確かだが、あまり大人数になると目的も果たせなくなるからな。ただ、あと一人加えるつもりだ。補充要員とは少し異なるんだが」

「そうか。色々とすまない」

「いや、疑問があったら何でも聞いてくれ。提案や希望でもいい。少人数なんだ、あんまり堅苦しくならずゆったりとやっていこう」

「訓練内容もゆったりにしませんか」

「それはしない」

 嘆くセレーネはまたしても放置して、俺はフィリップ、ナーシャと目をやり、最後にジェシカへ目を留めた。


 金髪少女は俺と目があったことでまた表情を固くしたが、俺が言葉を求めていることには気付いたようで、コクリと頷く。


「大丈夫、です。ありがとう、ございます」


 この中で彼女は最低学年だ。

 位は分家だとしてもウィンダーベル家を冠している以上、子爵家のナーシャ以上の扱いになるだろうが、この年齢の時分では一つ二つ上は絶大な違いに思えるもので、やはり緊張はするだろうと思う。俺は頷きを返し、けれどこれから発する言葉への反応がどうなるかと内心で身構えた。


「正直な意見を聞きたい。俺は最後の一人をどこから求めるかを決めている。曲げるつもりがない、という前提で聞くのは卑怯だろうが、どうすればいいかを考えるにあたって参考にしたいし、出来る限り配慮はする」


 言葉を重ねすぎたかと考えながら、あまり皆を注視しないよう意識しながら言う。


「最後の一人は……フィラントからの留学生、フーリア人にしたいと俺は考えている」





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