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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(下)

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 ジークは一切の手加減もなく、油断もなく、その力を振るった。

 玉座の間は騒然となり、この戦いの終結へ向けて顔を出していた各勢力の重鎮たちも居る。

 政治的な判断は置き去りに、危険を感じた兵が率先して前へ出て、ジークを止めようとする。


「HA! 足りねえなァ! 俺を止めたきゃ全力で掛かってきやがれ!!」


 北方領主達の兵を撃ち抜き、掛かるウィンダーベル家の兵を一薙ぎにして、おそらくは続く力の覚醒に先立って思いついたのだろう、引っ掛けた短剣の先端部に己を引かせ、囲いを突破する。自らが弾丸になったかのような動き。それをしっかり制御し切っている辺りは流石というべきか。


「お、おいっ!?」


 最も困惑しているのはビジットだ。

 玉座の前に置き去りにされたまま、ここまで掛けて積み上げてきたものを呆気無く蹴り飛ばしていくジークに言葉を失っていた。

 王都守備隊、更には近衛兵団、教団の者たちまでもがジークに踏み込まれ、好きなように暴れさせてしまう。


 彼の……ジーク=ノートンの狙いは分かった。


 誰もこの行動を止められなかったという事実を作り出そうとしている。

 助けると奴は言った。しかしここへ来てあの虐殺の首謀者を取り逃がせば、この場で主導権を握っていた俺が逃がしたと言われてしまう。だが全ての勢力が交戦しておきながら止められなかったのであれば、一方的にこちらを批難することは出来ない。

 意図を早々に察した近衛兵団や父上はいい。

 他の者たちは最早覚悟を決めてジークへと踏み込んでいっている。

 決して容易くは無い。ここに到るのさえ必死だった。誰一人、片手間で蹴散らせるような相手ではない。

 だがジークはやり抜くつもりだ。

 手加減なんてするなとばかりに破壊を撒き散らす。

 玉座の間を荒らされては、近衛兵団も黙っては居られない。

 『銃剣』にとって苦手となる『剣』の術者が、一級の使い手たちが殺到する。


「いいねえっ、アガってきたぜ……!!」


 飛び上がり、追従する者たちへ緋弾を叩き付け、回避によって生まれた隙間へ天井を蹴って飛び込んでいく。大まかな軌道の修正は新たに放った緋弾から魔術の糸を伸ばし、振り子のように身を揺らせる。


 そうして突破した先、俺の元へと斬り込んで来た。


「よお……! なんだよ浮かない顔してよ!!」


 受ける。背後に陛下を庇い、ジークの小さな短剣と鍔迫り合いになる。

 流し、引き込もうとした腕の動きを短剣の位置を再調整することで抑え込まれ、こちらを一歩引かせすらした。


「なんのつもりだジーク……!」

「言った通りだぜ? 俺がお前達の都合に付き合う理由がどこにある?」

「そうではない!!」


 踏み込みを半歩手前へ、読みをずらし、足りない部分は腰と足運びでカバーする。

 振り上げたハルバードを受け流し、玉座の背に飛び乗ったジークは、満足げにこちらを一望し、笑った。


 どうして笑っていられる。

 ここでお前が出てくることなんて想定外だ。


 ここで、お前がビジットを連れて逃げれば、お前はあの虐殺の片棒を担いだも同然の扱いを受けるようになるんだぞ……!!


 ジーク=ノートンの名は虐殺の汚名で穢れ、二度と栄光は望めない。


「っ……」


 無理をし過ぎたせいか、戦いの緊張が解けたことで緩んだせいか、痛みがぶり返してきていた。

 今更こんな状況で集中なんて出来そうに無い。

 どれほどの深手なのかはまだ分からない。

 だが頓着している場合かっ。


「――」


 同時に、問いかける言葉が封じられていることに気付いた。


 俺が何かを言えば、奴を庇うような言葉があれば、ジークの生み出したこの状況でさえ茶番に化ける。

 ビジットの覚悟にも、ジークの覚悟にも泥を塗ってしまう。

 同情や甘さが許される相手ばかりじゃない。

 大義名分さえあればすぐにでもこのホルノスへ攻め込んできてもおかしくない連中だって居る。

 北方の島国や、南方の内海を越えた先、そういった所からもオラントは目を集めてきていた。


 俺はまだ、立場に囚われ友を見捨て、今またようやく立ち上がった灯を消してしまおうとしているのか。


 あの日ヴィレイに指を切り落とされそうになったメルトを見捨てたように。


 俺は……、


「こう明るいと月も見えないもんさ」


 ジークは静かに言った。


「それでも陽の光があってこそ、月の存在を知れる」


 ハルバードを突きつけ、叫んだ。


「国賊ジーク=ノートン!」

「悪かったって、あんとき殴ってよ」


 踏み込み、払った刃は空を切った。

 振り切った俺からは、すぐ近くに居るビジットの様子も分からなかったが、


「頑張れ」


 落ちた呟きは、しっかり受け取った。


「おぉしぼちぼちズラかるぜーっ!」


 横合いに穴を開け、駆け出すビジットの背後をジークが守り、抜けていく。

 追いつける者は誰一人、居なかった。


    ※   ※   ※


 しばらくの静寂の後、玉座の脇で立ち尽くしていた俺の隣に並び立つ人が居た。


「少し、予定は狂ったようだけど」


 陛下、ルリカ=フェルノーブル=クレインハルトは大勢の目を受け、しっかりを息を吸い、言った。


「オラント=フィン=ウィンダーベル」

「はっ」

「宰相を討ったという話は確かなのね」

「はい。マグナス=ハーツバースによって討たれたと……我が妻シルティア=フィン=ウィンダーベルが確認しています」

「内偵の命、よく果たしてくれました」

「滅相もございません」


 そんな話があったのか、などとは思わない。

 この一言で、父上の反抗は許されたのだ。

 内々に今後大きな失点を取り戻す必要はあるだろうが、表立ったものは封殺されるだろう。

 事実としてウィンダーベル家は殆どこちらと交戦していない。

 何か手を考えてはいたのだろうが、これで陛下は大きな貸しを作ったことになる。


 ただ、今回の事で表出化した事実については、今後に大きな影響を残すことになるだろうが……。


「王都守備隊、代表者は」

「こちらに」

 金髪に白髪の混じった男が出てきた。

 老齢だが、中々に壮健な雰囲気を持っている。

「永らく知らせなく王都を空けていたことを詫びます。王命に従い、この王都の守護に務めていたこと、理解しているつもりです」

「滅相もございません」

「王都では未だ混乱が続いているものでしょう。引き続き、王都の治安維持に努めるよう」

「我ら一同、身命を賭して」


 まだフーリア人たちの処遇を示すことは出来ない。

 同道している巫女について、今この場で言うべきことではないだろう。


「この反乱に加わった者たち、前へ」


 北方の領主たち。

 近衛兵団。

 そして、俺たち学生小隊。


 最早陛下の右に立つ俺はそっと武器を立て、彼女の姿を見届ける。


「よく宰相の不正を暴き、戦ってくれました。散っていった人々の想い、アナタたちの声、たしかにこの耳へ届きました。不甲斐無い私に、まだ仕えてくれるつもりはありますか」


 この場にマグナスは居ない。

 故に、俺が応えた。


「ありがたく……!」


 声を受けて、ようやく、陛下は玉座に腰を下ろした。


 塔に引き篭もり、宰相によって幽閉されているとまで言われるようになってから、どれほどそこに座っていなかったのだろうか。

 着位された当初は幼さ故に一人では座れず、踏み台が用意されていたとも聞いた。


 もう、いらないのだろう。

 それでも、自分だけで座っているなどと思われてはいまい。

 きっとこのくらいなら自分で出来るようになったと、彼女なら考えているだろう。


 風が吹いた。

 ジークの空けていった風穴から、新しい風が舞い込んでくる。

 彼女はそれに髪を靡かせながら言った。



「ここに、ホルノスにおける反乱の終結を宣言します」



 石突きで床を打ち、発する。

「ホルノス国王ルリカ=フェルノーブル=クレインハルト女王陛下より宣言が成された! 戦いに加わった全ての部隊は直ちに戦闘を中止させよ! 動けっ、これより先、たった一人の犠牲も生んではならない!」

 動き出す兵団、守備隊、各軍の兵や代表者たちを見送る。

 今後の話も、戦いにおける力の変動も、今はすべて先送りにする。


 元より陛下の立場、俺の立場は不透明だ。

 彼らを閉口させるに足る事実はこれから積み上げていかなければならない。


 そういう場所へ踏み込んでいるのだと、自覚していこう。

 覚悟はもう、受け取ったのだから。


    ※   ※   ※


 そうして人の大半が捌け、静かになった玉座の間に居残る者へ目を向ける。


 浅黒い肌の女。

 服をしっかり着込んでいる為、首後ろの印までは確認できないが。


「君が、フーリア人の巫女だな」


 彼女らの言葉で告げると、予想以上に驚かれてしまった。

 幼い頃は新大陸で過ごしていた。父が知り合いを頼って各地を点々としていたこともあって、すべてを克明には記憶していないが、言葉くらいは話せて当然だろう。メルトから学び、言葉遣いを洗い直しもした。もう通訳くらいは当然と出来る。

 女は心底感心したように頭を下げ、

「御見それしました。さすがは稀代の英雄と呼ばれた方」

 そして言葉をこちらのものとし、

「ホルノス国王にお目通りを願いたく参りました」


 短い黒髪で、着物にも似た服を纏う女は、明らかに奴隷として使役されていた者ではない。

 カラムトラは奴隷として巫女を潜入させていた。そことは別の者で、このどさくさでここまであがり込んで来た。その理由を聞く必要がある。


「許す」

「述べよ」


 陛下の許しを受け、服の裾を広げて膝をつくフーリア人の巫女。

 玉座の間に残る僅かな者たちが見守る中、彼女は言った。


「ここより南西、内海を閉ざす半島より参りました」

「君たちによって長らく占領されていた地だな」

「はい。先日、そちらで革命が成り、フロンターク人によって統一されていた進攻軍より離脱、拘束されていた元々の統治者や現地の者たちと共に新王国を樹立致しました」


 どよめきが奔る。


 今までまともな国交など取れなかったとされているフーリア人と、こちらの大陸の者たちによって生み出された混成民族国家。その意味の大きさは計り知れない。

 そう。この流れこそが、ホルノスの反乱をそこに留まらない大きなうねりへ繋げていけるのだから。


「我らが王、シャスティ=イル=ド=ブレーメンの命により、この大陸では最大規模のフーリア人奴隷を擁するホルノスより、同胞の開放要請と受け入れの用意あることをここにお伝え致します」

「…………言葉は受け取った。だがこちらも乱が治まったばかり。日を改めて話し合う場を持ちたいと思うがどうか」


 しかしそれをすぐさま受け入れることは難しい。

 反乱によって王都は荒れ、多くの労働力を必要としている。

 フーリア人奴隷を今すぐ全て失うということは現実的ではない。

 彼らを解放したい、解放するという方針は変わらないが、手段をあちらに委ねる訳にはいかない。

 金も労働力も資源も、虚空から湧き出してくるのではないのだ。強引に突っぱねればホルノスは変わらずと言われ、交渉相手から外されてしまう。しかし未だ今後について何ら決まっていない現状がある。理由をつけて時間を稼ぐことが、現状出来る精一杯か。


「それには及びません」


 フーリア人の巫女は言う。

 容赦無く、こちらの急所を狙ってくる。


「現在、シャスティ様自らこの王都へ向かって来ております。少々道に迷っていたようですが、案内も付きましたので半時もすれば到着するでしょう。我々も全ての決定を望むわけではありません。幸いにも年の頃はホルノス国王陛下と同じ。まずはお茶会をと、そう望まれております」

「ほう、お茶会ですか」

 適当に言葉尻だけで間を繋ぎ、思考する。


 さてどう答えたものか。


 こういう政治は得意じゃない。

 個人主義で突っ走ってきたハイリアはその実ウィンダーベル家の嫡男という立場に守られてきた背景もある。

 オラント、父上へ向けかけた視線を伏せる。頼ってどうする。とっととマグナスに来てもらいたいものだが、致し方無い。


 悩んでいると、玉座から咳払いがくる。

 ちょっとだけお澄ましな、任せろといった響きだ。


 あぁ、これは、頼もしい。


「いかが致しますか、陛下」

「申し出を受ける」


 受ける?

 いいのか、それで?


 今会った所で具体的な決定など出来ず、確約は取れない。

 シャスティは甘い相手ではない。お茶会などと言いつつもこちらの言質を取り、実行できないとなれば今後の様々な場面で交渉のカードして利用してくるだろう。そうなれば陛下の評価や立場とて。


 俺の思考を見透かしたように、こちらを見た陛下が笑みを浮かべる。

 ちょっとだけ誇らしそうで、呆気に取られてしまう。


「早い方がいいと思うが、王都は未だ混乱が続いている。賓客を迎えられる状況ではない。そちらに用意はあるか」

「二人の王の邂逅に相応しい舞台を整えてみせましょう」


 どういうことだろうか。

 客を遇することが出来ないというのはこちらの失点だ。

 だが向こうは最初からこうなることを分かった上で、強引過ぎるほどに接触を求めている。


 玉座の間の外が少しだけ騒がしくなった。

 時折人が行き交い、ここに残る者たちへ情報を受け渡しにきている。

 それに乗じて、小さな声で陛下が俺に伝えてくれた。


「彼女らは国としての承認を欲している」


 あぁ、と思った。

 確かに彼女らの視点を見失っていた。

 興ったばかり、前代未聞の王国だ。革命によって成ったというのなら、未だ続くフーリア人占領区にとっても敵だ。そして半島との連結部には幾つかの小国を挟んでいるが、彼らの援護をしているのはホルノスに他ならない。

 国家の三条件は領土、国民、主権と言われるが、その存在を承認する他国あってこそ土台が固まる場合もある。

 彼女らからすればホルノスからの承認を受けることで味方を増やし、自国に安心を与えることも出来るし、支配の正統性を謳う材料にも出来る。

 シャスティ本人を知るが故に、彼女の性質にばかり意識が奪われてしまっていた。


 再び静かになった場で、陛下は言う。


「ハイリア」

「はい」

「一緒に、来てね」

「はいっ」


 跪き、手を差し出す。

 取り、玉座より降りた陛下を導くと、下がって道を開けた巫女の前で足を止めた。


 オラントがこちらを見て、道を開けながらも待ち構えていたからだ。


「国交は国の大事。それを単独でお決めになるつもりですかな」


 優男と称されることもある父上だが、見据える眼光は鋭く強い。

 ともすればこの国以上の力を振るえる彼を前に、けれど陛下はほんの少し俺の手を強く握っただけで、


「私はホルノス国王。オラント=フィン=ウィンダーベル、アナタは何者か」

「さて。仰る通りの者ですが、陛下は私に何者であれとお望みですか」

「先王ルドルフの時代より、アナタはホルノス王家の臣下。なら、私の望みを叶えなさい。私の後に、アナタも続くの」


 もし、その表情をアリエスに教えてあげられたら、とても喜んだことだろう。

 あの父上が驚いて、瞼をほんの少し開いたのだ。あぁ、身内でもなければ気付けないほどささやかな、それでも確かな不覚を取らせた。


「そうでしたな。いや――心得ました」


 通り過ぎていく傍ら、堪えきれないとばかりにクックッと喉を鳴らしているのを聞きながら、二人玉座の間を出る。

 背後に小隊の皆が続き、近衛兵団、王都守備隊も少数が加わる。


 ようやく、といった感じで強く強く手が握られて、俺もそれに応えた。


 大変だったでしょう。

 辛かったことでしょう。

 怖ろしかったかもしれません。

 貴女は臆病で、けれども誰かの為にこそ頑張れる人だから。


「さあ行きましょう。新しい時代を作りに」

「過去を受け継ぎ、未来へ誇れる今を、作り続けるよ」


 願わくばそこに、貴女の笑顔があることを。









 





























    ※   ※   ※


   ダリフ=フォン=クレインハルト


 空を見た。

 未だ高い陽の光が目元を照らしていた。


 眩しさに目を細め、手を翳そうとして全身の痛みを知る。

 随分と眠っていたように思えたが、時間はそう経過していないらしい。

 王墓へ続く台座のある庭園は静かで、王城からは僅かな喧騒だけが響いてきていた。

 戦いは終わったのだと思い知る。


 そして、屈辱に身を震わせた。

 痛みなどどうでも良かった。


 何故、俺は死んでいない……!


 討ち取られた筈だった。

 追い詰め、誘い込み、その過程で可能な限り力を削ぎ落とし、迎え撃った。

 結局たった一度も届かぬまま、たった一度の攻撃の前に敗れたが、それでもいいと思っていた。

 目的は達した。ホルノスはこの動乱を経て、新たな王を戴いたのだ。


「内乱終結の宣言が成されました」


 足音を聞く。


「宣言を出したのは、ルリカ様です」


 身を起こし、目を伏せた。

 もう二度と会うことはないと思っていた。

 もう二度と会いたくはないと思っていた。


 告げられた内容も、あぁそんなものかと思えてしまう。


 届かぬ事など幾らでもあった。

 届かぬ事ばかりだった。


 だが結局、俺はそうやって届かない光景からすぐ目を逸らして、別の何かに向けて歩き出すことで逃げていたのだろう。

 その先でまた届かぬと思えば、また別を探してふらふらと彷徨う。


 失敗に慣れているだけで、失敗から繋げる事を知らない。


 それだけだ。


 けれどたった一つ許せないことがある。


 心配そうに見てくる女を押しのけ、王墓へ向かった。

 俺が待っていた時には閉じていた扉が開いている。

 痛む腹を押さえ、背骨の継ぎ目が歪んでいるようにまっすぐ立てもせず、震える足を引き摺って進んでいく。

 壁に手をやり、寄り掛かって、息を整える。また息を吸って、階段を降りた。


 マグナスは王墓の奥、たった一つの墓の前に跪いていた。


 足音が響く。

 こちらに気付いているのかいないのか、じっとルドルフの墓を見詰めている。


「っ……!」


 倒れそうになりながら、その度に足で支えて辿り着いた。


「どうして俺を殺さなかった……!!」


 マグナスは答えない。


「俺は……お前の敵ですらなかったとでも言うつもりか……!!」


 ルドルフを王にしたのはお前だった。

 本当に、ただ人の気を引きたくて、ただ皆で笑い合うだけの嘘に過ぎなかった言葉を本物の夢にしたのはお前だった。

 俺には何も出来なかった。王冠にすら成れず、あの時間の止まった古都で誰一人救うことなく、死んでいった家族たちの夢に怯えている。

 ルリカも結局は俺の手で王にすることは出来なかった。アレがいかにして玉座を守ったのかは知らない。どうすればあれほど心の弱い子を導けるのか分からない。


 届かぬことなど幾らでもあった。


 だから、失敗することはいい。


 けれど最後の最後と立ち向かった相手にすら情けを掛けられ、ただ生かされたのだとすれば、お前にすら認められなかったのだとすれば、俺は――お前にこそ、勝ちたかったというのに……!


 怒りのまま肩を掴み、そして、気付いた。


「マグナスは……」


 階段を降りてきた声が言う。


「マグナスは本気でした。殺すつもりでした。けれど殺せなかったのだと思います」

「…………」

「貴方は彼の、たった一人残された……同じ夢を見た仲間だったから」


 あぁ。


「そう、なのでしょう……?」


 シルティア。

 もう……。


「………………マグナス?」


 風が、


 青い風が吹いてきた。


 これは目の錯覚だろうか。

 何故、マグナスからですらなく、奴に向かい合うルドルフの墓から、こんなものが生み出されている?

 身を煽り、暴れだすような風が王墓の出口に向かって吹き抜け、



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!



 啼いていた。


 いつからだろうか。

 負けて、届かなくて、涙を流すことがなくなっていたのは。


 今は、いい。


 今くらいはこうしていよう。


 さらばだ、マグナス。


 そして、ルドルフよ。



 王国に風が吹く。

 王の風は、この戦いで散っていった者たちを連れて、かつて目指したあの空の景色へ向けて、吹いていくのだろうか。


 俺はまだ、ここに居る。





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