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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(下)

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111/261

101


 どこかから吹き降ろし、流れてきた風が雪をまた舞い上げる。

 思っていたよりもずっと強いソレは、一時的に空を薄く覆うほどにもなり、


 神父が立ち上がる。


 僅かに薄暗くなっただけだ。

 なのに、やけに明暗が目につく。

 明るくなった瞬間、心臓が跳ね上がってしまう。

 不要な力みは厳禁だと思いながらも、ハルバードを握る手に力が入る。


 明らかな隙だというのに、法衣に付着した雪を払う動作に踏み込めず眺めてしまう。


 意識的に息を吐き、気を緩ませた。

 そうだ。忘れるな。集中しすぎてはいけない。

 程よい弛緩を、意識を残しつつも醒めるのではなく冷めていろ。


 とんだ矛盾だ。


 奴との戦いで必要不可欠と言える読みを行うのには高い集中力が必要だっていうのに、過ぎた集中は致命的になる。


 揺らめく魔術光を見る。

 『剣』の魔術を使用する際、炎を模して顕われる赤の魔術光。

 一際強く光を持った火の粉が散ることもあり、この光には多少の防御性能もある。


 次に神父は右足を開く――その通りになった。

 そして小太刀の握りを確認し、緩やかにこちらへ向ける――その通りになった。


 これはまだ、経験とは言い難い情報の分析結果だ。

 無数の情報を元に割り出した確率論を土台にして、ようやく辿り着いた。


 鎧通しと名付けた『剣』や『槍』の魔術光による防御を掻い潜って攻撃を当てる技術について、神父との戦い直後から小隊内では研究が続けられてきた。結果、一軍に席を置く程度の者なら多少の訓練を積めば可能という結果が出た。

 極めて簡単に言えばそのまま、光を避けて攻撃を通す。

 問題なのは、常に揺らめいている光のどこが次に隙間を生むかという点。

 ラインコット男爵の古城でヨハンから聞いた。その後俺自身でも確認はしてきた。


 魔術光の揺らぎは、術者の意識によって変化する。


 何かに注目している時、その前面の光が濃くなり、防御力も増加する。

 攻撃を受ける際に相手の武器を意識していれば、直撃があっても即死に至りにくい。

 一見して攻撃を狙っているように見えても、別に意識が向いていると魔術光はそういう形を取ってしまう。

 どれもあからさまな変化ではなく、意識していないと見落としてしまう上、変化の起きる魔術光とは別に常に揺らめいている光もあるから余計に難しい。

 おそらく完全に見極めるには途方も無い経験が必要だ。俺が今神父の動きを読めているのは、彼に限定した情報収集をあの連戦の日々の中で皆が収集していてくれたからと、その癖を敢えて自分に移しこんで実際に立会いの練習が出来るようにと準備を進めていてくれたおかげだ。最初は揺らめきの特徴を抜き出し、次第に機微を感じ取れるよう無数の手段を試し、最終日で流れを掴んだ。完璧とは言えない。俺の習得が特別早いかといえば違って、小隊の中で既にそれが出来ている者たちがより良い習得方法を考え出してくれたからというのが大きい。

 たった五日とはいえ、ひたすらに繰り返した読みの訓練は確かに機能した。

 乱暴な例えをするなら、野球で敵投手の球筋を見覚えるのに近い。

 実物とは確かに違ったが、こうして修正していけばいい。

 全くそういう準備をしないかどうかで勝敗が分かれることすらありうる。


 この事実に神父が自覚的でないということは、ヨハンが証明している。


 神父は自身の魔術光の揺らぎが自分の動きを教えてしまうことに気付いていない。

 けれど同時に、相手の姿勢なんかから次の動きを直感的に読み取るように、おそらくは相手の魔術光も情報の一つとして無意識に取り込み、処理することで精度を上げている。なら同じことかというと、それは違う。


 俺は今、魔術を使っていない。


 俺の動きに対する直感的な判断材料を、神父は気付かない内に一つ失っている。

 対し、こちらは意識的に神父の魔術光を見、次の動きを予測できる。

 不足分は頭へ叩き込んだ確率が埋めてくれる。

 ここまでしてもまだ、読みの力量差が拮抗しているかは怪しい。

 『槍』としての制限の持たないハルバードという、慣れない状況にもいずれ対応してくるだろう。

 魔術を使わない者との戦いも、対フーリア人との戦線で経験している。


 初撃、顎への一打は完全に入ってはいなかった。

 受けられたという印象が強い。

 故に脳を揺らすには不十分。

 腹部への打撃には手ごたえもあったが、刃ならともかく厚みのある拳の為、魔術光に阻まれ綺麗に鎧通しとはいかなかった。


 それでもこの事実を前提に次へと繋げよう。


 奴の魔術光の揺らぎを何一つ見落とすことなく捉え、読み、そして――決して集中し過ぎてはならない。


 来る。向かって左へ。

 雪を蹴立て、回り込む神父の像が一瞬かすれる。


 背後に。

 正面へ構えていたハルバードの斧部分を、握っていた柄の部分を支点に落とし、回し、背後へ向けている。

 右手に持つ俺の武器が、同じく右手に小太刀を持つ神父にとって邪魔となる。見返り気味に魔術光の揺らめきを捉える。次の動きでこちらの防御を掻い潜る手もあったが、神父は即座に動いてきた。今の動きを逆回しにするような時計回り。見えている。魔術光だけじゃない。今の急制動、右足の膝が左へ向いていた。奴は速度を殺す際、右足を開いて止まる方向に対して横向きに足を踏ん張るのではなく、次の動きに備えてつま先で地面を削り、動きを止めた。静止した時点でもう次への溜めは終わっている。動きに不安があるだろう右半身を敢えて使ってきたのは、確認か、誇示か、本能か。

 続いて二度、三度と同じような動きをしてきた。

 手の中でハルバードを滑らせ、回し、素早い『剣』の動きに応じていく。


 これ自体は『槍』として『剣』と相対するのと変わらない。

 『槍』の魔術は武器による打撃の加護と、甲冑としての意味を持つ青の魔術光による防護。

 軽い武器の取り回しや膂力の増加などは確かに動きを助けてくれるが、こうして神父の動きに対する実証を重ねていけるのであれば読みの精度はどんどん上がっていく。


 目が合う。

 少し開いた位置へ、次に踏み込んだ位置から雪に足を取られた神父の姿勢が一段下がる。


 俺は、動かなかった。


 動けなかった。


 これは神父の確認作業だ。


    ※   ※   ※


   ジャック=ブラッディ=ピエール


 なにかある。

 そう感じたのは最初の振り下ろしから。


 こちらの意図を、彼は驚くほど正確に読んでくる。

 未だ初動も、準備すらしていない動きにさえ、私より先に動いていた。


 じっと彼を観察する。


 確認は十分にとった。


 私の意図。

 次なる動きへの意識、無意識の思考。

 読まれているという気持ちの悪さにまた周囲の音が耳を掠める。


 いけない。

 戦いへ気持ちを向けなければならないのに、背に触れる衣服のほつれが気になってしまう。

 今日の決戦へと、わざわざ参じてくれた八番目の息子から貰った服だというのに。

 久しく出会った成長した姿には心から聖女への感謝を覚えるほどでした。

 張り詰めすぎていた自分を戒め、僅かな安息へと導いて下さったのですから。


 けれど今、重い身体と痛む節々を感じながら、こちらへ応じてくる少年を前に僅かな焦りが生じている。


 読み。

 動き。

 武器や環境や状況ではない。


 二度のし合いを経て、負けぬと判断した自分を戒めねばならないほど、今の彼には漠然とした焦りを感じている。


 何があった。

 何故、僅かな時間でこうも変わっている。


 戦いの最中、つい、彼の背後へ連なる子どもたちを伺った。


 遠目にも分かる。

 彼らとは何度も戦った。

 どれだけ恐怖を与えても、無駄だと知らしめても、決して折れてはくれなかった。

 諦めてくれたのならあそこまでの犠牲は出さずに済んだ。


 前髪で目元を隠した少年が居る。

 癖のある栗色の髪をした少女が居る。

 両腕を首から吊って仏頂面をした少年が、この寒さの中で上着を崩して地肌を晒す少女が、物言わず静かにこちらを見据えている少年とそこに寄り添う淑やかな立ち姿の少女が、杖に寄り掛かって荒い呼吸を繰り返し時折荒い口調で何かを発する少年が、そして――


 今や両脚を失い、椅子の上で座している、座しているしか出来ない筈の少女が、じっと、こちらを見ていた。


「どこを見ている、神父」

「っ!」


 振り払いが来る。


 咄嗟に受け止めようとして、回避を取ろうとした下肢と乱れが生じる。

 構えに広げた足から不意に力が抜けた。


 拙い。


 しかし勝手に手が動き、初撃ではあまりの重さに支えきれず回避を選ぶしかなかった彼の攻撃を、今度は絶妙とも言える正確さで以って静止させた。


 何も考えられない。

 思考が麻痺している。


 けれど、今度は降り積もった雪を一欠けらとして舞わせることなく踏み込み、ハルバードを弾き返され顔を強張らせる彼の目線がこちらのありもしない左腕へ向いていることを漠然と捉えながら、折り畳んだ右腕をそっと突き出した。

 刃は、呆気無く肉の感触を得た。


    ※   ※   ※


   ハイリア


 咄嗟に前かがみになったことが致命傷を避けた。

 ハルバードを弾き返され、煽られた左肩を、突き出された神父の小太刀へ合わせるように叩き付け、それが結果的に神父の突きを上へ逸らした。

 腱が切られているかどうかはまだ確認出来ない。とにかく感触からいって刃先は骨で受けた。出血はそれなりにあるが、意識がどうこうされるほどじゃない。


 左手は、まだしっかりとハルバードの柄を保持している。

 巻かれた布が表面を凍らせることなく、滑り止めの役割を果たしてくれていた。

 ただ慣性が強く働く武器故に片手での制御には限界がある。


 距離が近い。

 これならまた打撃で――刃が横向きに倒れる――違う!!


「っ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」


 呼吸すら断ち切られるような気配があった。

 最早武器を手放し、ただ神父の左側へと頭から突っ込むしかなかった。


 神父の突きは俺の左肩を浅く裂いた。

 刃は未だそこにあるのだ。俺が踏み込んでくるとはいえ、神父は左足を抜いて身を回しながら腕を振れば、そのまま俺の首を刈り取れてしまう。

 防ぐ手は間に合わない。防ぐもなにも、僅か拳二つ程度の距離に小太刀があるのだ。


 動きは、額を地面へ叩き付けるようなものとなった。


「は――――っ!!」


 付着した雪を払う余裕すらなく神父を見る。

 彼はのんびりと、まるで今ようやく俺と出会ったかのような、挨拶でもするような気安い表情でこちらを見ていた。


 攻撃があったのかどうかさえもう分からない。


 だが首が繋がっているのなら、回避出来たのだと推測するしかない。


 しかし、武器を失った。


 強引な飛び込みと、なんとか振り向こうとした足捌きは雪に阻害されていて迎え撃つのに不十分。


 まさしく肉食獣の前へ放り出された気分だった。


 恐怖に捕らわれるな。

 こういう時はどうするんだったか。


 そうだ。


『嗤うんだよ。根拠もなしにふんずりかえって相手見下しゃいいんだよ』


 それで怖気付いた心が奮い立つなら十分だ。


 俺の表情に神父は怪訝な顔をする。

 圧倒的な不利を前に嗤う姿から、彼は何を読み取るだろうか。


 だが、萎縮して思考を硬直させていては至らなかったことを発想する。


 無茶が過ぎる。

 怖ろしい。

 けれど、それら全てを嗤い飛ばす。

 きっと神父は引っかかる。必ず成功する。だから、行け。


 行った。


 雪を蹴立てて、半歩の遅れを期待できる左側へ走る。遅い。雪が邪魔だ。滑るな。視界の端に魔術光の揺らめきを捉え続けろ。

 回りこんだ神父は、そうと狙った通りの位置で俺を迎え撃ち、そして、


「っ!?」


 見た目上は平坦だった、けれど実際にはこの丘からの下り坂になっている場所。そこへ飛び込んだ神父は雪を踏み込み、踏み抜き、滑り落ちていく。


 一目散に放り捨てたハルバードへ向かう。

 足が取られる。だが滑るのなら最初から滑らせる。そのつもりで身を回し、柄を握って、飛び上がってきた神父目掛けて戦斧を振り上げた。

 下肢へ響くほどの一撃だった。けれど神父は打ち合わせた戦斧を足場にでもするように軽く身を捻り、受けた衝撃さえ利用して反対側へふわりと降り立つ。駄賃とばかりに離れ際で放たれた攻撃すら総毛立つほど鋭く怖ろしい。


「さあ」


 再びの風。

 奴の背後から巻き上がる粉雪さえ身体の一部であるかのように、大きな姿を幻視する。

 武器を手にして尚も強い圧迫感。


 駄目だ、集中し過ぎるな。


「まだ作戦は残っているでしょう? あと幾つありますか? まだ全て使える状態ですか? 浅い傷と油断してはいけません。この寒さ、傷口さえ凍り付きそうではありませんか。感じているのでしょう、傷口が冷えて、そこからゆっくりと身体を氷付けにされていくのを」


 …………。


「色々と工夫を重ねたようですが、根本的に魔術も使わず私に勝とうなどとあり得ぬでしょう。あの宣言の時、再び聖女の寵愛を受けたのであれば、そろそろと使ってみてはいかがですか? まず前提としてたかが『剣』の術者である私と、『騎士』の属性を得た貴方とでは背負う定めが違う。この場は『騎士』にて臨むべきではなかったのですか?」


 この間の意味を考える。

 きっと無意味ではない。

 問い掛けによって起きるもの、その間に出来るもの、付き合うか、無視するか、どちらが有利に働くだろうか。


 そういう思考とは別に、問われた言葉への回答が微かな熱となって喉元を焼いた。


「神父」


 呼びかければ、彼はじっとこちらを見てきた。


「俺は定めなど信じない。いや、定めがあるとしても、それを打ち破るべく行動する。永遠と誰かの決めた枠組みの中、誰かの決めた幸福を己の限界と受け入れるつもりはない」


 それではフロエを助けられない。

 たった一人の少年の幸福を願って命を捧げてきた少女に、心から笑って過ごせる未来を作る。


 そして今、もう一つの願いもまた、定めなんてものを覆して見せなければ叶えられないんだよ。


 聖女がこの世の流れを御するべく与えてくる魔術なんて必要ない。

 可能性を越えていく。

 届かないなんて言わせない。


「相容れませんね、貴方とは」

「分かりきっていた事を問うな」


 世界を愛する聖女の導きに従っていれば、起きない悲劇もあるだろう。

 操り人形としての生も、生きる苦しみを耐え続けるくらいならと思う者が居るのも理解出来る。


 なら起きた悲劇の全ては聖女の責任か?


 彼女がそう定めたから苦しみがあり、喜びを得ることが出来ないのか?


 違うだろう。

 皆の人生が平等に始まったなんて思わない。

 けれど過去の不幸があったとして、今も不幸で居続けるかどうかは当人の問題だ。

 どうにもならない事があるのは分かっている。


 どうにもできないと絶望して、決して無くすことの出来ない不幸を前に顔を俯けてしまった少女が居るのを知っている。

 その手を取って言った。

『いいえ、決してそんな終わりを迎えさせません。見ていて下さい……私は最早、何もかもを――』


 定め無き王を戴いて、過ちの道へと転げ落ちてしまった自分を責め続け、それまでの自分も、大切だったモノも、全てを否定しようとしていた男を知っている。


 けれど届かなかったかつての自分に苛まれながらも、立ち上がった少女がいる。

 その果てが地に伏したままではないことを俺はもう知っている。


「神父」


 俺はお前が何故、愛した女を手に掛けたかを知らない。

 ただの設定、一行二行のテキストを目にしただけだ。

 これほどの研鑽を積み、聖女への強い信仰を抱き、けれど時にかつての友を前に呆気なく命を散らせた男。


 『幻影緋弾のカウボーイ』における最初のルート。

 リース=アトラとジーク=ノートンとが共に歩む道の過程で、彼は三本角の子羊亭の女店主ミシェルと再会し、そして殺された。

 彼は抵抗したのだろうか。もしかすると、彼女の殺意を受け入れたのかもしれない。


 わからないよ。

 けれどこの感傷を無視することが出来なくて、声が出た。

 気の迷いとしか思えぬほど、それは愚かで、


「もし、お前が俺に下るというのなら、俺は……」


「――過ぎた発言ですぞ」


 ……あぁ、確かにそうだったな。

 相容れぬと、そんなこと、最初から分かりきっていたというのに。


 神父は静かにこちらを見据え、宣言する。


「我が名はジャック=ブラッディ=ピエール。大いなる聖女の導きを世に知らしめる為戦う者。イルベール教団。最早この身に染み付いた返り血が消えることなどありませんよ」


 血塗れ神父が刃を手に睨みつけてくる。


「さあ」


 問われ、即応できなかった自分を恥じた。


「貴方は何者か。ここに居るぞと宣言した貴方は、どこの誰で、なにを成す者なのか」

「っ」


 思えば、決闘だというのに名乗りもしていなかった。

 やらなければならないものではないだろうが、この神父の宣言を前に何も返せないのでは、戦いに勝つ負ける以前の問題だ。


 あぁ。


 お前は敵だ。


 お前を阻む先に何を見ているのか、答えてやろう。


    ※   ※   ※


   ジャック=ブラッディ=ピエール


 少年は立ち上がる。

 身構えることを止め、ただこちらへ正対してきた。


 向けられる視線のなんとまっすぐなことか。


 ウィンダーベルの名を失った今、彼には宣言する名などないというのに、なぜでしょうな、不思議と以前とは違う、より確固たるものを感じてしまう。


 そうして彼は、この場に立った理由を告げた。


「我が名はハイリア。デュッセンドルフ魔術学園、学生小隊隊長ハイリア」


 重い槍を手にした少年が、どうしてこちら側でないのか、そんな考えこそ侮蔑と知りつつ考えてしまう。


 けれど、そう、これでほだされるのであればお笑いというものですよ。


「ハイリア様、我々の目的は知っていますな?」

「ああ。聖女の再臨だな」

「今貴方は私の攻撃を受け、その血は確かに大地へ触れた。()()()()()()?」


 念の為に、雪を払って地面へ滴らせていますので、心配はご無用というもの。


 背後、王城から立ち昇る銀の光がある。



「これよりフロエ=ノル=アイラを聖女セイラムの器とし、完全なる再臨を果たすべく儀式を始めます」



 小太刀を構えた。

 乱れた意識は整えた。

 彼との心地良い会話も、戦いへの意欲を増し、集中を果たすのにちょうど良い。

 なのに事実を突きつけられた彼の動揺はやはり大きい。


 聖女の定めを否定するなど赦し難い背信ですよ。


 我は血塗れ神父。

 イルベール教団の旗の元、愛する者さえ手に掛ける。


 私は貴方の敵ですよ。


 油断召されるな。


 約定により動けぬ両軍は、あの景色をただ見ているしかない。

 無視するならば即座に戦いが始まり、貴方は有象無象の一人に戻って押し流されるしかない。

 即座の決着があればあるいは……しかしそれも敗北であるならば、最早少年少女たちは伏して俯くしかないでしょう。


 あぁそれと、一つだけ言っておきたいことがあったのでした。

 貴方への苛立ち。そう。苛立つ理由が一つあったのですよ。


「あの少年。囮となって貴方に捨てられた少年は、私が殺しておきました」


 本当にどうして、


「ねえ、どうして助けに来なかったのですか?」


 定めを打ち破ると、どうして言い続けられるのですか?


    ※   ※   ※


   アリエス=フィン=ウィンダーベル


 ぐだぐだうるさいのよ、本当に。


 やると言うのだからやり通すのよ。


 矛盾なんて一つもないのよ。

 全部終わって振り返って見て見れば、必ず全て正しかったって言い切れるのよ。


 そうであると言い切れる今を創る。


 全て正しかったと胸を張れる様、精一杯やれることをやるのだから。


「ねえ?」


 とりあえず打ち抜いた人影を高みから優雅に見下ろしていたら、舞い上がった粉塵を払い除けるようにして銀の光が広がった。


「いい加減理解なさい。お兄様が助けると言ったのよ? なら黙って喜んで感謝しながら助けられておきなさいな。無駄な抵抗をするから面倒が増えるのよ。貴方は頭を空っぽにして馬鹿みたいに笑っていなさい」


「アリエス=フィン=ウィンダーベル……」


「なにかしら? フロエ=ノル=アイラ」


「貴方は今回の戦いに加わらないって」


「あら何か勘違いしているようだけど、私のコレは完全に私闘だから」


「……はあ?」


 守りに入ろうとしたイルベール教団の有象無象を魔術の発動前に打ち抜いて、更にもう一矢を番えて憎たらしいフーリア人の女へ向ける。


「それにね、女の裏切りに目くじら立てるだなんて、器が小さい証拠よ。まあ、私とお兄様に比べればこの世の全ては小さな事だけど。あら、それなら多少は慈悲を以って接してあげなくてはいけないわね?」

 放った矢は彼女の背後から伸びてきた銀の手に掴み取られ、握りつぶされる。

 開いた手から黄色の魔術光が羽と散り、砂埃を吹き飛ばして銀の光が明確な形を取り始めた。


 歯車の翼。

 伝説に語られる竜の如き姿。


 イレギュラー。

 『機神』(インビジブル)。

 フロンターク人。

 聖女セイラムの器。


 あぁハイハイ、だからどうしたっていうのよ。


 どこからともなく湧き出してくる教団員を打ち抜いていくのもいい加減面倒なのよ。


「頼んだ覚えなんて無い。勝手に助けるって押し付けて、迷惑してるのはこっちなんだから……!!」


「あらそう。なら私も一つ言わせてもらうわ」


 実は千を下らないくらいはあるのに、私ってばなんて慈悲深いのかしら。


「アナタちょっとむかつくのよ。私のお兄様をたぶらかすなんて許せないわ!!」


 私闘なのよ。

 私怨なのよ。


 だったら、何も問題なんてないわよね?





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