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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(下)

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 頭を働かせるには適度な食事が必要だ。

 気付けば薪の束を十本単位で消費してしまった会議を一時中断し、素早く動き出してくれた雑用班らに用意を任せ、野晒しの平地に机と椅子を皆で配置していく。

 こういう場所でも机や椅子は必要なものだ。特にお偉方は会議となれば椅子に座り、机に書類を広げて脇に紅茶や珈琲や酒を置きたがる。今時分なら摘まみのチーズか燻製肉か、話が煮詰まってきたら灰皿に吸殻が山と積まれることだろう。


 とにかく木材はふんだんにあった。木材があればウチの連中はどんどん作る。

 近衛兵団にも裏工作が得意な人物が居たらしく、予め野営が考えられる一帯の伐採権を現地の領主からこの一年限りで買い取っていたらしい。武力を背景に無断で拝借することも勿論可能だが、もしそんなことをしていれば木材が手に入ったとしても、その他のものが今のようにはなっていなかっただろう。


「……しかし、随分とモノが多いな」


 部隊の皆がどこからともなく運んでくる食材、嗜好品の数々に目を丸くする。

 もう十分に宴と呼んで差し支えないほどの量と品数だ。


「市が立っているんです」

「ほう……?」


 と、大荷物を抱えていたオフィーリアを見て、机の上の物を寄せてやった。

「ありがとうございます」

 置きつつ、貴族の令嬢らしく淑やかに微笑む彼女の後ろで、護衛か使用人らしき者が困り顔で手を彷徨わせている。まあ、雇い主の娘に荷運びをさせて自分たちが手ぶらというのは居心地が悪いだろう。


「市か。そうか、元々軍の関税緩和で結構な数の行商が来ていたからな」


 遠く目をやれば、確かにそれらしき喧騒が見える。


「えぇ。この五日間は戦闘もありませんから、とても多くのものを買い付けられそうです」

「なるほど」


 とりあえずの市で儲けを出しつつ、大方の本命はこの後も続くだろう戦闘での軍需に一枚噛むことだろう。

 ここ最近は戦い続けだったというから嗜好品にも手が伸びやすい。俺たちの側のみならず、ウィンダーベル家の集めた異国の親類たちも、商売相手に出来ればこの上ない躍進を望める。剣や弓での戦いが無い代わりに、この五日間は彼ら商人にとっての戦争となることだろう。

 それなりに名の通った所なら、現金が無くとも契約書一つでなんとかなるものだ。軍票なんかとは違って個人持ちだろうから、その家の者が死ねば取り損ねることにもなるだろうが、勝敗や戦闘期間の読みも含めて彼らの腕の見せ所、と言ったところだろうか。


「こういう時は、当家の資産は運用がし易くて助かります」

「ルトランス家といえばホルノスでも最大規模の大穀倉地帯を抱えている家だからな。小麦はどこでも売れる」

「その分、縄張り争いが激しいらしいですよ?」

 なるほど。

 ちょっとだけ悪戯っぽく言うオフィーリアの背後、くり子を伴った先輩が小麦袋を三段も重ねて持ってきていた。素早く一番上を受け取りに行ったのはジン=コーリアで、同学年の二人が何かを話しつつこちらへやってきた。そんな気配を感じ取ったオフィーリアの頬が朱に染まり、表情が固くなる。わかりやすいな。


「あ、あの、あのっ、ハイリア様――」


 普段自分からは結構ぐいぐい行くくせに相手から来られるのは弱いらしい。


「小麦を随分と買い込んだんだな」

「あぁ」

 気付いたジンが目礼し、先輩はこくりと頷く。

「パンを作るらしい」

「パン……?」

 ジン=コーリア。今はフーリア人との戦争で国を失い、同時に爵位を失ったが、コーリア家は遠縁ながら王族に名を連ねる一族だ。俺は詳しく知らないが、ビジットとも昔から面識があったらしく、位だけなら侯爵のウィンダーベル家と十分並び立てる。ビジットと並んで話す内に、非公式な場での敬語は不要と、そう言った覚えがある。まあ小隊結成時から一緒な人だから馴染み深いのも確かか。

「石釜は今用意してるから、晩飯には出せると思う」

「そうか。そういえばパン作りが好きだとかなんとか」

 先輩の隠れた趣味を思い出し、しみじみと頷く。

 木笛だとかパンだとか、とかくモノ作りが好きな人だ。寡黙な人でもあるし、手元の作業を黙々と進める姿は結構似合う。肩に小鳥とか留まりそうだし。


「それでくり子は先輩についていってお菓子を買ってもらったということか」

「ふぉんふぁふぉとないふぇふー」


 口いっぱいに焼き菓子を詰め込みながら言われてもな。

 ちょうどいい位置にあるのでつい手が出て頭を撫でる。

 しなやかでクセのある髪をくしゃっとし、しかし視線が下へ向く。


「大丈夫ですよ」


 呑み込んだくり子が傷口を抑えつつ、その抑えた手に巻かれた包帯へ視線が滑ったのに気付いて後ろに隠す。


「大丈夫ですー」


 にーっ、と笑うから、俺も少し息を抜く。


「そうだな」

「きゃーっ」


 だからやや強めに頭をぐしゃぐしゃにしてやった。


「そうだ、ハイリア」

 ジンの視線が先輩とオフィーリアを行き来した。口元には悪い笑み。つい苦笑い気味に吐息する。

「そうだな、くり子」

「はぁい」


「先輩」

 呼べば視線が向く。

「ちょっとくり子とジンとでやりたいことがあるので、ルトランス家のご令嬢をお願いできますか」

 ご令嬢は視線を感じてますます赤くなった。

 先輩、この辺のこと流石に気付いてると思うんだが、まあ相手は大貴族だから両親がどう判断するかだよな。

「分かった」

 喋った。

「じゃあなオフィーリア、市を楽しんで来い」

「そうですねぇ、オフィーリアさん、頑張ってください」

「ああああのっ、わたっ、わたしっ」

 言いつつめっちゃ拳握ってるから気合いは十分そうだ。

「行こう」

「はいっ!!!」


 なんだかんだ話が纏まって、エスコートに前を歩く先輩の袖をつまんで付いていくオフィーリアを見送った。

 さて俺たちは特に何がある訳でもないし、煮炊きの準備なりを覗きに行くかな…………オイ。


「さあっ行きますよっ!」

「おうっこっそり後をつけて昼飯の摘まみにしないとなあ」


 分かったから俺の腕を左右から掴むな引っ張るな背中を押すな。


    ※   ※   ※


 デバガメも終わり、昼食を待つ間に負傷者を見舞って回った。

 死者も、居る。あまりにも深い傷に俺の事も分からず苦しんでいた者も、当然、この戦いに参加したことを後悔するようなことを呟いた者も居た。出来る限り、皆の話を聞いて回った。自分の起こした行いの結果を、彼らがそれに従い、望んで来てくれたのだと信じつつも、それを率いる長として俺は向き合うことにしたのだから。


 食事が喉を通らないなどとは言っていられない。

 残るは四日。体調を整え、心を整え、コンディションを最高の状態へ持っていかなければならない。


 何より食事の内容が実に興味深かった。


 うどんだ。


 麺は小麦から作れるし、出汁は乾燥魚でなんとかなる。

 随分と前の話になる。刺身食べたい病に掛かった俺が赤毛少年に色々と聞いた際、うどんについても触れたのだ。そう、小麦がある。小麦があれば後はつゆだ。醤油が見付からないことに関して実に遺憾ながら、それっぽく出汁の効いたスープが開発されたのだという。

 戦場で煮込み料理は鉄板だ。水さえ安定して確保できるのなら、野草や茸なんかを適当に放り込んで調理できて、同時に主食の穀物も摂れるのならそこそこ人気が出る。

 まあ砂漠でパスタ茹でて水不足に陥り撤退した国みたいにならないのであれば問題なかろう。


 持ち運びに便利な木の椀と削りだしたフォークで頂くうどん。

 身体も意識もハイリアとしてのものがあるからそこまで強くはないんだろうが、やはり時折和食を口にしたくなるものだ。彼らは良くやってくれた。素晴らしい。エクセレントでありアメージングだ。こっちにアメージングの国はないけどなっ、HAHAHA。


「よっ、せ」


 なので。


「ん?」

「ふーん、これがおうどん」


 椅子に腰掛けアメージングうどんを食すべくフォークへ手を伸ばしていた俺の膝上に乗ってきた幼女に動きが止まる。

 いや、幼女ではなかった。


「さ、私の分もはやく」


「…………ティア=ヴィクトール」


 思いがけない人物は、半眼でこちらを一瞥し、すぐさまどうでも良さそうに前へ向き直り、こちらを見て唖然としていたくり子のうどんをさらっと強奪した。


「そうだよ。約束破りのハイリアさん?」


 足をぶらぶらとしつつ俺の脛をかかとで蹴りつつ、彼女はどこから取り出したのか箸を手元に置いて両手を合わせた。


「いただきます」


 そうして、随分と久しぶりに見る作法をやってのけたのだった。


    ※   ※   ※


   クリスティーナ=フロウシア


 し、しまったあああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?


 愕然と、唖然と、猛烈な後悔やらを噛み締めつつ私はしばし固まっていた。


 膝上!

 膝ッ!

 HIZAA!!


 そうだ何で今まで気付かなかったんでしょう!

 今まで自分のちんちくりんな身体は弱点だとばかり思ってたけど、そういう自分を生かす手がこんな所に隠れていたなんて!!!


 チラリ、こちらへ一瞬だけ目をやったティア=ヴィクトールさんの得意気な顔に打ちひしがれる。


 悔しいけれど身体つきの細さや小ささは彼女が上……いえ別に最近食べ過ぎてお肉がとかいう話じゃなくてっ、だってハイリア様のとこでいただけるご飯美味しいんですもん仕方ないじゃないですかああ! あぁ、最近芋とチーズばっかり食べてるから駄目なんですね。


 ハイリア様は、約束破りと言ったティアさんを前に少し考え、やや困った顔をした。


「ごめんなさいは?」

「すまない……」

「ごめんなさいは?」

「……ごめんなさい」


 うわぁ……この子ハイリア様にごめんなさい言わせた。いや普段から立場を考えつつもその辺り必要なら気にせず口にする方ですけどっ、優しいしっ、けどこうまで強引に言えと要求する人は初めてみましたよっ。


「いや、確かに助けに行くと言いつつほったらかしにしたのは悪かったが、一応手は回しておいたんだぞ……?」

「捕らわれのお城で眠り姫みたいに待ってたのに、当の本人がどっか行っちゃって残ったのが脳筋女なんだから、失礼しちゃうよね」

「もしかしなくても俺が助けるだろうからわざと男爵の好きにさせたと……?」

「そんなことないし」

 ぷい、とそっぽを向いたせいで私と目が合う。

 ふーん、そこちょっと赤くなっちゃうんだティアさああああん?????? ひぃっ睨まれた……!?


 ずるずるうどんを啜る様にはしたないと感じつつ、そういえばそうやって食べるモノだと聞かされたのを思い出す。不思議な作法もあるものですね。


 へー、ふーん、つまりティアさんはハイリア様に助けてもらうつもりで捕らわれのお姫様になったんだー、ふーん。

 それでほったらかしにされたから自分で起きてあろうことか敵を率いてやってきたとか、今更聞くとイレギュラーの滅茶苦茶ぶりにふーんて感じですよね! ふーん!


「い・い・か・らっ」


 ばったばったと足を揺らし、身体を揺らし、ハイリア様の膝上で遊ぶティアさん。

 不安定だから落っこちそうになるのをああああああハイリア様がさらっと支えてるううううう!

 自分の肩に乗った手へ得意気に頬を重ね、身体を胸板へ預ける様はもうなんというか羨ましいというか恨めしい!!


「私がどれだけ知ったか気になる?」


 囁き声が聞こえた。

 『魔郷』(イントリーガー)。その最大の力は無限に広がっていく樹海なんかじゃなく、範囲内の対象の心を読み取ることにある。ハイリア様の考える計画とか、そういうものを全て彼女に知られてしまったとするなら、今後ティアさんの動向は極めて重要です。


「ふふっ」


 なんて無邪気な笑顔でしょう。

 緊張する私とハイリア様を置き去りに、ティアさんは無防備に笑い、けれどなんというかこう、目がすぐ愉しげに変わりました。得物を前に舌なめずりするような仕草は、彼女の容姿からは考えられないくらい妖艶で、その変化に私の方までドキリとする始末……。あぁ、いい加減この事態に気付いた皆が遠巻きに眺めてます。すっごい遠巻きに、声が聞こえるか聞こえないかの距離から何気なく様子を伺っていて、ダット先輩の隣で幸せそうにするオフィーリアさんの隣でセレーネさんが負けるなくり子と煽ってる感じです。


 だから二人の声は更に小さく、滴が落ちるより微かになって、私にもはっきりとは聞こえない。

 うーっ、なんか疎外感です! のけ者です! 私も混ぜて欲しい!

 だけどハイリア様が声を抑えたってことは私にもあまり聞かれたくないことなのかもしれなくて、寄るに寄れず口をすぼめたまま待ちました。


 ハイリア様が大きなため息。


「なるほど。そこから俺は間違えていた訳だ」

「最初のジークとの戦いで『魔郷』の範囲に入っていたんだから、読まれるのは当然だよね」

「最近になって注意を引いてしまったのだから、あまり多くは知られていないと思っていたが、時間があったのなら確かに……」


 言葉を聞いて、私もようやく気付く。

 思い込みか、頭が回っていなかったのか、完全に見落としていた。

 あの日ハイリア様とジークさんが戦った場は、確かにティアさんの『魔郷』が使用されていて、私たちはそこに……。


「ごちそうさま」


 呆気なく膝上から降りたティアさんが振り返り、少しだけ遠くを見詰めた。


「話せてよかった」

「あぁ、俺もだ。だが全てを話す気はないんだな」

「分かるんだ」

「記憶の共有は思考を塗り替える。俺の考えに寄っているからそこはな……」

「うん。でも、嫌じゃなかったよ」

「ティア――」


 ハイリア様が何かを言いかけて、黙る。


 私はチクリとする胸の奥を隠しながら、少し離れてそれを見ていた。


    ※   ※   ※


   ハイリア


 俺が知っているのは所詮、彼女の設定と、この世界を掘り起こした者を通して描かれた言葉だけだ。翻訳の翻訳は既に別物とも言われる。


 記憶の共有は文字を読んでいくのとは違う。対象と混ざり、自身を侵食させる行為は、自我の崩壊を引き起こす。

 昨日までの価値観が変わる。それはともすれば、昨日の自分と今日の自分が全くの別物のように感じられることじゃないだろうか。誰かの心と混ざる度に死んで、生まれ変わる。それは本を読んで感動し、考え方を変える、なんて程度を遥かに超えている。


 ティア=ヴィクトール。


 彼女の生き方は酷く不安定だ。

 何もかもを拒絶するようでいて、結局彼女は何もかもを自分と区別無く受け入れてしまう。自己と他者の境界線が酷く脆い。容易く誰かになってしまえる彼女は、いつだって強く相手を突き放していようとする。寂しがり屋なくせに。


 不憫と思うのは侮辱だろう。

 それでも思ってしまう俺は、具体的な言葉を紡げず押し黙るしかなかった。


 だから、彼女を遠ざけておきたかった。

 一度興味を持てば、ティアはあっさり自分を捨てて相手に寄り添ってしまうから。

 その優しさを誰かの心から受け取ったなんて思わず、自分のモノとして考えていて欲しかった。


ハイリア('''')


 ティアが、じっとこちらを見詰めた。


「アナタはハイリア。アナタを、私が知っている。私が知ったのがアナタで良かったと思ってる」


 だから、


「勝って。あの神父を倒して、それからもう一度、出会いましょう」


 差し出してきた指先で鼻をつんと押され、にんまり笑う。


「知ってるでしょう? 私は甘えるのも好きだけど、甘やかすのが一番好きなんだって」


 そういえば年上だったな。


「でもぉ、お兄ちゃんが妹萌えならぁ、私も合わせてあげるんだけどなあ?」

「お前俺の脳内Dドライブ覗いてないよな?」


 違うぞ。

 違うからな。


「ふふっ」


 愉しげに笑うティアを見て、肩の力を抜いた。

 これは、ちょっと敵わないな。





多くの誤字報告を頂けて非常に助かってますっ。

ありがとうございますっ。



年末にむけてキリのいい所まであげて、年始はちょっとお時間いただければと思います。

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