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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(下)

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   ティア=ヴィクトール


 ()について知ったのは、強引なジークの誘いに仕方なく乗ってあげた学園での総合実技訓練だった。

 男爵、ビーノのお願いを聞いてあげて、町での情報集めと、来たる時とかいう恰好つけた機会に向けて、鉱山から地下道を伸ばす。大量の石くれとかは、工夫たちに運び出させればいい。私の魔術について詳細を知っている高位の貴族らを避けて、彼らが手足として使うだろう人たちの頭を覗き、報告する。ビーノはその情報を秘匿したり、売ったりしていたみたいだけど、興味も無かったからあんまり知らない。

 そういう生き方を続けていくのだと思っていた。


 ()はあまりにも異質だった。

 来歴も、考え方もそうだったけど、この先の、未来の可能性をあそこまで具体的に知っている(''''')というのは、どう思えばいいのかも分からなくてずっと困惑してた。合宿に誘われたと聞いた時、リースは是非にと言っていたけど、私は整理が出来なくて辞退した。



 ハイリアという男は、幾度も生を繰り返している。



 ある時点からある時点までを、時間を越えて過去へ戻り、状況を変化させてきた。

 これには、彼がフロンターク人、セイラムの直系の血を引き、彼女の力の拠り代になっていることが起因している。


 聖女、などと呼ばれる件の女は、運命神なにがしの器となってその力を扱うらしい。そして遥か過去から、現代に至るまでの無数の転機を調整し、変化させ、この世界の進化を押し留めてきた。何百年も前から今を繋ぎ、力を与えることは、おそらくその大小による勝敗の変化は確かに時代の趨勢を左右するんだと思う。母の妄執、という言葉が彼の中にはあった。愛する我が子たちを永遠に揺りかごへ置いて、思うままに愛しようとする性根には不快感しか湧かない。

 今、自分が意識する位置座標?というものに従って意識を繋ぎ、読み取るだけの私とはモノが違う。

 時間の経過すらセイラムには意味を持たないのだとすれば、彼女が変化させ続ける流れそのものを封鎖し、隔離し、閉じ込めてしまうしかない。


 それでも限界が来ている。


 イレギュラー、その存在が全ての鍵だ。


 セイラムさえ予期しない、彼女が導く世の流れからも外れた魔術の発露が増え続けている。

 今、この時代。

 ここまでが彼女に干渉できる限界点。

 時間の前後が無意味とは言われているけれど、遥か過去からどれだけ自分の時間を圧縮したって、それは無限になんてならないから、制御し続けられるという条件をつければもう過去の彼女には時間がない。具体的な、確実と言い切れる理由ではなく、ただ無数の考察を集積した結果の推論ではあるんだけど。


 だから、強硬手段に出ようとしている。

 多くの血を流すことになろうとも、再び世に出て、ここから更に未来へと手を伸ばす為に。


 だから、今日までフーリア人たちは彼女を封印してきた。

 この限界点に至るまではどうあがいてもセイラムの理から逃れることが出来ないから。


 そうして三つの発明が世に出た。


 活版印刷、羅針盤、そして火薬。


 これらがまだ技術の入り口でしかないことは、(')の記憶にある数々の、冗談みたいな兵器を知れば分かる。

 魔術なんて駆逐されてしまう。

 もしかしたらセイラムの再臨ですら無意味ではと思えるほどに、その力は馬鹿げてる。


 まあ、それはいい。

 明日の朝食に並ぶ献立に素晴らしく幅が出ることは魅力的だけど、パンやパスタやパイの食事が嫌いな訳じゃないし。


 そんな力の片鱗を持ってしまったハイリアは、()の知る四つの道と、そこから伸びる様々な結末の果てに、救いを求めて過去へと意識を繋げた。

 不完全すぎる力は自身ですら気付けないほどの些細な変化で、また自分以外へも変化を与えることに繋がり、状況は更に混沌としていってしまったけど。



 最初はただ、自身の為に想い人を失った彼女を救いたいと願っただけだった。

 だけどその相手を救えたと思った時、彼女は自らを犠牲にしてセイラムを封印してしまった。

 未来に、セイラムが再臨する可能性が生まれてしまった。

 更に手を加えれば、今度は事態の解決から大きく遠ざかり、想い人の少年は元騎士家系の少女と結ばれ、その影で。

 何かをする度、状況は悪化していった。多くの血が彼女の足元に散らばっていくような気さえした。

 膨れ上がった無数の可能性と、過去からの干渉を続けるセイラム、そして彼女の揺りかごからの解放さえままならず、やがて異なる世界の未来からの介入を始めたセイラムによって干渉することさえ困難になっていくのを感じていた。



 今までと同じではいけない。

 全ての前提をひっくり返すくらい、大きな変化が必要だった。


 異なる世界から、この世界の深奥を覗き込んだ者の居る世界に、()は居た。


 多くの葛藤と、辛苦と、自分自身では果たせないという絶望と後悔と――希望を乗せて、自らを託すことにした。


 けれど、


    ※   ※   ※


 時間切れまであと少し。

 ビーノはオラントの説得を受け、軍門に下った。

 楽な道を、やっぱり選んだ。

 けど安堵は得られる。

 少なくとも成す術なく刈り取られることはないだろうと思う。あんまり信用は出来ない相手だけど。


 そして、


「その話はどの程度信じていいんだ?」


 当然のように陣内へ忍び込んできたジークを前に、私はすべてをぶちまけた。

 聞いているのは、同行していたリースと、ジークが道すがら攫ってきたアリエス。

 周囲に気配はない。一応は同盟を組んだ相手のお姫様みたいな扱いだから、私。


「信じなくていいよ、所詮は夢、全て私の妄想かもしれないし、起こした行動でいろんな事が変わってきてるんだから」

「お前は信じて動くってことだな」

「……そう」

「だったら俺も信じるさ。あぁ、分からなかったいろんなことに納得もいった。なるほどなぁ、心底規格外だよあの人は」


 多分その人はアナタの方こそ規格外って思ってるだろうけどね。


「……全てはたった一人の命と、心を救う為」


 噛み締めるように、未だ迷うようにリースが呟く。


「犠牲になるのがこの身であるなら、そんなことは止めろと言っていたんだと思う。これも綺麗事で、馬鹿みたいに幼稚な考えなんだろうけど」

「そうだね」

 言うと心底辛そうに顔を歪め、けれど幼さのある笑みをこぼし、言う。

「あの方の全てに賛同することは出来ない。もっと別の、犠牲の少ない方法は間違い無くあったのだと思う。それを提示出来ない私が否定するのも間違っているんだろう」

「そうだね」

「っ、なんか私に辛辣じゃないかティア!?」

「そうだね」

 まあ私は彼の視点を見すぎてるから、どうしたって反発するし、仕方ないし。

 でも曲がれないアナタを彼は好んでいたんだと思う、言わないけど。

「それでもだ! それでも、誰かを救いたいという願いは、尊いのだと思う。話を聞いて、私に出来る事はないかと考えてしまう。駄目だな……ジークのように、私は即決なんて出来そうに無い。情けないが」

「そうだね」

「そうだよ」

 素早く返されて呆気に取られた。

 リースはちょっとだけ得意そうに、そこだけは何ら迷い無く笑った。

 あぁ確かに、男はこんな笑顔に弱そうだと、思わないでもない。


「私の思う所は変わらない。そもそも相手の全てを肯定してしまうというのはちょっと暴力的で、無責任だ。だから覚悟を以って、否定することで起こる被害を背負えるだけの力を身に付けて見せよう。今はその覚悟だけを頼りに、前へ進んでいくよ」


 本当に、うだうだする癖に一度動き出せば誰よりも真っ直ぐ突き進む。

 そういうこの人の結末を、私も見たから。

 だから少しだけ、信じられる。

 彼女の迷いも、曲がれなさも、不器用さも、いずれより良い未来へ繋がるものだと。


 そして、

 そして、


「……大丈夫か、アリエス」


「っ…………!!」


 ジークに声を掛けられて、ずっと顔を伏せていたアリエスの肩が跳ねる。

 両手で顔を多い、粗末な床を魅入られたみたいに見ていた彼女は、自分がどんな顔をしているかも分からずこちらを見た。


「……ぁ、ぁぁ…………」


「キツいなら忘れろ。自分の兄が、別人になっていたなんて話――」

「本当のことだよ」

「ティア!」

「本当にハイリアを慕っていたなら、受け入れられる筈」


 こちらを睨むジークを置き捨てて、私はただ彼女を見下ろした。

 ここへ来た時から覇気が無かったけど、今はまたすっかり萎んでる。

 いつも自信満々で、鬱陶しいくらいだったのに。



「彼はフーリア人とこちらの人間のハーフ。正確にはフーリア人にとって特別な位置に居たフロンターク人、聖女セイラムの血を引く、彼女の力の片鱗を受け継ぐ人間。だからいざ全てがご破算になった時、彼は自分自身を器にしてセイラムを封印するつもりでいる。そして同時に、彼女の力の片鱗が扱えるということは、私たちが扱う魔術の原理がそうであるように、この世界とも違う何処かへ自らの意思で繋がることが出来る。

 何度も、何度も、何度も、何度も、手はないのかと探し求め、世界の外にまで知識と力と可能性を求めた。

 結果、この世界の深奥を、異なる世界から観測して描いた者の居る場所を探り当てた。


 他人の意識を覗き込むってことは、その人と同化するようなもの。

 人の思考が本来言葉を必要としないことからも分かるでしょ、本を読むように記憶を漁るなんて出来ない。

 境界が崩れる時なんて呆気ないものだよ。恐怖すら感じられない。どこからがかつての自分で、交わった自分なのかさえ判断出来ない。心は、とても曖昧なものだから。


 それでも続けた。


 納得の出来ない結末を否定する為に、過去の自分に届くかどうかも分からない思念を飛ばし続け、届かず砕け散った片鱗が状況を変え続けた。


 だから――」



「黙りなさい」



 静かに、アリエスは再び顔を伏せた。

 息を整えていく。

 見た目はきっとすぐに元通りになる。

 でも、中身がどうかなんて分かりきっているから、それでもジークが彼女を見て、安心したように笑みを浮かべていて、


「このアリエス=フィン=ウィンダーベルを見くびるなと言ったのよ。なにかが違うだなんてこと、ずっと前から分かってたんだから。不審に思わない筈がないでしょ。それでも彼は、私が兄と認めるだけのことを成し遂げてきたの。お兄様が信じて託した人なら、私が信じないでどうするの。それに、アナタの口ぶりからすると、別段全くの別物に入れ替わった訳ではないわ。それは私が一番感じているのよ。彼は、別人なんかじゃない。彼はお兄様よ。ただ知らぬ間に仲の良い友人が出来て、その影響を強く受けてしまっただけじゃない。本来の自分なんていう自覚が崩れてしまっているのかもしれない。でもそれなら尚の事、私がアナタはお兄様なのだと、言って差し上げなければいけないじゃない」


 必死に、言い繕うようにして、一歩一歩自分を立て直していくアリエスに、やっぱりコレ(乳袋)も大した相手なんだろうとか、未来の可能性的な意味で思ってあげなくもない。


「それにね、この私が自由民ごときジークと添い遂げる? っは! 冗談じゃないわ。貴女たち程度ならともかく、そんな未来こそ妄想というものよ、分を弁えなさいっ!」


 まあ可能性は可能性として、今のコレ(乳袋)はコレだから。


「なんで俺今一方的にふられたんだ」

「私についても思い上がらないようにね」

「あぁ、私も別にそういうことは考えていないから、変に意識されても困る」

「あぁそうかい」


 現実は厳しいよ。

 リースはちょっと照れて赤くなってるけど。

「赤くなってるぞティア」

「なってないし」

 リースの目は節穴だから。


「どっちでもいいけどさ――」


「あァ?」

「ジーク……?」


「どっちなんだよお前ら!? アリエスも無言で睨んでくるなおっかねえなあお前ら!?」


「可能性のあるなし如きで好いた惚れたなんて幼稚もいい所だし、そういう未来があったってだけで俺の嫁扱いされるのは以ての外だけど」

「するつもりないって。なんだ俺の嫁って、その世界とかいうヤツの言葉か」

「仮にも別の未来で自分と添い遂げたらしき相手が自分に興味ないとか舐めてるの? 死ねば?」

「理不尽すぎるだろ……」


 異世界、なんて概念もちゃんと理解できてそうなのは乳袋だけだし。

 ジーク(ばか)リース(ばか)はとりあえず本能的に理解してればそれでいいかな。

 

「分かった。興味はあるけど思い上がりません。嘘はねえんだぜ? リースも、ティアも、アリエスも、俺にはないものを持ってる。尊敬だってしてる。可愛いとも思ってるしな。だけどもっと足元へ目をやれって言われちまったんだよ」


 少年が、ちょっとだけ照れて、誤魔化すように笑う。


「俺はフロエが好きだ。それだけじゃいけねえってのもこの話で分かった。だけどまずアイツを救い出して、そっから先は恩返しだ」


「あァ?」

「ジーク……?」


「分かったからアリエスは無言で睨んでくるな」


 様式美?


    ※   ※   ※


   リース=アトラ


 そうして私は戦場に立っている。

 一度は自ら否定し、背を向けた場所。

 だからといって何もしないのでは、責任を負う所の話じゃない。


 ジークがこちらへ向かってくる銀の輝きを見て言う。


「フロエは俺が抑える。リース、お前は神父を止めろ」

「了解!」


 この戦場を乱しているのは間違い無く神父。

 私如きで立ち向かえるのかなどとは考えない。

 やる必要があるのなら、私の全てを懸けてやってみせるだけだ。


 眼前に『旗剣』の紋章を。


「ティアの護衛はちと遅刻だな」

「コーデュロイは優秀な使い手だ、潜伏場所もそう簡単には見付からない。問題はないさ」

「……あぁ、そうだな」


 嬉しそうに言うことじゃないだろう。


「お前こそ、あんなのを相手に戦えるのか?」

「やるしかないから、やってみせるだけだ」

「……あぁ、そうだなっ」


「嬉しそうに言うなって」


 勘違いしてもらっては困る。私はお前の嫁じゃない。


「まあ、前はこっぴどくやられたからな。戦い方は考えてきたさ。自分なりに、見えてきたもんもある」


「なら行こう、カウボーイ」

「あぁそうしよう、相棒」


 相棒、か。

 あぁ、私にはその位置が心地良い。


「それじゃあ改めて戦闘開始だ。見せてやろうぜ!」


「あぁッ! 行くぞ!」



「BANG!」



 幻影緋弾がひた走る。

 押し迫る敵の波を打ち砕き、駆け抜けていく緋色の灯。


 強烈な炎は、風を巻き起こす。


    ※   ※   ※













































   ヨハン=クロスハイト


 分断された敵の壁をなんとか破ろうとしていた時だ。


「ヨハン! 神父だ! 奴がこっちに向かってくるぞ!」


 一緒に居たジン先輩が叫んだ瞬間、流石に死を覚悟した。

 アンナをあんなにされた相手だってのに、借りを返せるだろうってそう思えるはずなのに、痛む腹を言い訳に身体が硬直した。


「ヨハン!!」

「っっっくそったれがああああ!!」


 この戦いが崩れた一番の理由が結局アレだ。

 出現位置の予測も、その後の追い込みも、練り上げた戦術もしっかり機能した。

 なのに倒せなかった。抑え込めなかった。

 何人死んだ? 何人負傷を抱えた?


 俺の傷が治るのも待てなかったから?

 自分が出てれば違ったと、本当に言えるのか?


 だが今神父はやってきた。


 哂え。


「会いたかったぜクソヤロォォオオオオ!!」

「っ…………」


 切り結んだ。

 だが、


 神父は、俺を見てなんて居なかった。


 ふっ、と力が抜ける。

 相手が引いたからだ。

 だが柔軟な動きについては散々考えて、身体に慣らして来た。

 崩れたりはしねえっ。


 だが、


「がっ……!?」


 腹を蹴り飛ばされる。

 背骨ごと砕かれそうな衝撃に身体が転がり、拙い、拙いと焦って、反吐をぶちまけ立ち上がった後でようやく気付く。


 神父はもう、俺の前には居なかった。


    ※   ※   ※


   クレア=ウィンホールド


 三合を越え、更に二度、三度と剣戟が打ち鳴らされた。

 信じがたい光景にただ呆然とするばかりで、不意に私は、猛烈な羞恥を覚えて顔を覆っていた。


 リース=アトラは、ジャック=ブラッディ=ピエールを相手に単独で戦闘を成立させていた。


 彼女はとにかく早く動く。

 神父はまず初手を相手に譲る傾向があって、それを狙って状況を限定し、戦いを有利に進めることで私たちは今日までやってきた。

 だがそんなのは気紛れ一つで変わるもの。


 神父が仕掛ける。

 緩やかな動きだ。

 対しリースは直線的過ぎるとも言える動きで迎え、しかし受けた神父の初戟を長剣の半ばで受けた彼女はそのまま前へと進みつつ切っ先を引いて、ふわりと円を描くように動いて守りをすり抜けようとする小太刀を完全に押さえ込んでいた。私にはそれが、リースが彼の攻撃を吸い込んでいるようにさえ見えた。

 駆け抜ける。


 血が舞った。


 傷を受けたのは、神父だ。


 信じがたい光景だった。

 これまで十人がかりでさえ傷一つ付けられなかった相手だ。

 それを、訓練でなら私にさえ勝てない者が、仮に実戦で脅威足りうる資質を持っていた彼女であっても、こんな事態になるだなんて思いもよらなかった。


 傷は浅いだろう。

 だが、流血は体力を奪う。

 連日連戦を続ける神父にとって決して無視できないものであるはずだ。

 傷を受けずにはいなしきれなかったという事実を、認めざるを得なかった。


 打ち鳴らされる剣戟は最早留まることを知らず、十を越えた。


 同時に思う。

 この違いについて、リース=アトラと戦った経験から一つの仮説が導き出される。

 報告書に拠れば、神父は経験故に生まれる余裕で以って創造的な剣筋を生み出すのだという。

 だからリースは、戦いの中で笑みさえ浮かべ、楽しむ彼女は、それ故に余裕があるかないかなどお構い無しに新たな剣筋を生み出し、試し始める。

 命のやり取りの中で自由で柔軟な発想が出来て、なんら躊躇無く命を敵の刃の前へ晒して遊べるという事実。

 怯え、思考し、それを根拠に振り払って楽観的に振舞うのとは絶対的に違う。


 ようやく理解した。

 私と彼女の何が違ったのか。


 こんなもの、こんな戦い方、私は生涯掛かっても出来そうに無い。


 戦いに対する思考の根が違う。

 最初から別物であるのなら、どうして同じ位置にまで辿り着けるというのか。


 差ではなく、違い。


 どうすれば。


 どうすればいい。


    ※   ※   ※


   クリスティーナ=フロウシア


 遠目にもジーク=ノートンの到来が分かりました。

 治療を受けながら、痛むお腹と手に涙が溢れそうになりながら、そんなものは邪魔だと拭って見据える。


 あの日、成す術も無く蹂躙された『機神』(インビジブル)を相手に、彼は一歩も引くことなく縦横無尽に戦場を駆け巡っている。

 追い詰められた味方の援護すら時折見せた。


 ティア=ヴィクトールによる『魔郷』もまた、戦場を塗り替えていました。

 こちらを守り、敵を阻み、時に押しつぶしさえする、『王冠』すら越えた異形の力。


 どうして、あんな相手を前に戦い続けられるのか、私にはどうしても理解できなかった。ううん、理解したくなかった。


 ずっと、どうすればいいかを考えてきた。

 相手を分析し、解析し、仮説を立て、立証し、対策を考え、思考し試行する。

 それで万事は達成できるのだとあの人も言ってくれたから。


 なのに今、どうしようもない現実が私たちの前に聳え立っている。


 『銃剣』(ガンソード)

 『機神』(インビジブル)

 『魔郷』(イントリーガー)


 これがイレギュラー。

 世界の理、聖女に未来を託された者の戦い。


 それでも、私たちは前を向いていました。


 この戦場を、見続けていました。


    ※   ※   ※


   少年たちと、少女たちと。


 諦めた者は居なかった。

 武器を手放し、いつかのように膝を屈して絶望する者は居なかった。

 まっすぐ前を見据え、敵を捉え、尚も到達するための道筋を思い描いた者が居た。

 歩を進め、次に駆け出せと、その為に前のめりとなって進もうという者が居た。

 目を逸らすものかと立ち向かい、そうして叩き伏せられた地面から立ち上がろうとしている者が居た。


 けれど、


 どうしようもなく、


 高い壁がそこにはあった。

 高い壁であると、感じずにはいられなかった。


 それを容易く飛び越えていく者たちを目の当たりにしても、やはり投げ出す者など居ない。


 諦めることも、言い訳を重ねることも、もう飽いた。


 振り上げられた槍を今も思い出す。

 あの日の声が聞こえてきた。

 だから屈しない。


 そうしない理由を彼がくれたのだから。


 けれど、現実は、どうしようもなく――遠い。


 最早屈することも、目を背けることも、逃げることもしない彼らはそれ故に、見せ付けられる光景をただ見て、ただ、強く握っていた。


 己の命を、誇りを、決意を乗せた武器を、強く、



 震えるほど強く、握り締めていた。



    ※   ※   ※











































 だからそう、()は今、ここに宣言しよう。


 ハイリア=ロード=ウィンダーベルではなく、


 ジーク=ノートンではなく、


 彼らを束ねる長として、



「俺は――ここに居るぞぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」



 立ち昇る竜が如き青の風。

 それを追って、ようやく、


 前ばかり見ていた少年たちと、少女たちが、空を仰いだ。


 光が、分厚い雲を割って差し込んでいることに、ようやく気付いたのだ。





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