94
ヨハン=クロスハイト
最初に警鐘の鳴った場所へ向けて駆けていく傍ら、誰の者とも知れねえ上着を拝借する。
羽織って、身体と頭を覆って息を整えた。
斬られた傷口はまだ塞がりきってないが、今はコレでいい。
眠気も、それでぼやけた目も、一気に覚醒した。
神父。あぁ今日も来てくれて嬉しいねェ!!
サーベルを抜き放ち、燃え上がる『剣』の紋章を突き破るように駆けた。
陣外周の状態は昨日の内に歩き回って把握してる。
今鳴ってる警鐘の位置が狙われたんなら、目的は分かり易い。
今日は北方領主たちの寝床狙いだな。
兵団や俺らに比べて士気が高いとは言い切れない連中を執拗に攻めてくる。
来ると分かっていても連日こうじゃたまらねえだろ。
「何人集まった!」
即席の見張り台へ飛び乗り叫ぶと、先に到着していたジン先輩がこちらを向いた。おっとメンド……いけねえ。
「何人スか」
「お前で六人目だ」
「じゃあ始められますかねぇ」
他にはジン先輩と同じく斥候として出ることの増えたヘレッドに、仏頂面のクラウド、他も腕ならそこそこの面子が揃いつつある。
「遅れました」
オフィーリアに、やや遅れてセンパイか。
しかし掘っ立て小屋同然の見張り台に元の見張り合わせて十人はヤバいだろ、ぐらぐらしてんぞ。
「八人。数なら十分じゃないスか」
集合場所を分かり易く見張り台にしていることは後で相談するとして、俺はこの中で一番指揮者として位の高いジン先輩を見る。
学園じゃ今年で四年になるこの人はまずはと全員の顔を笑顔で眺め、表情を引き締めた。
「よし。まずは俺とヨハンを除く六人で仕掛ける。敵はいつも通り神父と随伴が四人。既に応戦は始まってる。傘で囲い込むには『盾』が足りない。目的は敵奇襲目的の達成妨害と情報収集だ。俺が指揮とヨハンの護衛を担当する。ヘレッド、ダット、二人は後ろで援護を、斬り込みはオフィーリアが担当してくれ。他は中距離を保ち、オフィーリアを守れ。一時接触までの予測時間は二分。後衛は現着後、魔術を解いて身を隠しておくのを忘れるな。神父の突破は強烈だ。居ると分かれば、こちらの都合なんてお構い無しに突っ込んでくるぞ」
一度言葉を切り、口端を広げたジン先輩は、大きく息を吸って言う。
「この一戦は未だ、勝利へ繋ぐ為の踏み台だ。だが勘違いするな。仲間の屍を踏み越える覚悟はしても、敢えて屍になることを選ぶのは許さない。神父を倒すのは俺たちだ。その時の勝利を祝うのは、俺たち全員であるべきだ。死ぬな、生き残れ……! 泥を啜ってでも生き延びた戦場の数が、必ず俺たちを強くしてくれる!」
あの神父を相手に、それがどんなに過酷であっても、もう犠牲なんてうんざりだ。
「全員、行動開始!」
応、と声が重なる。
治り切らない傷口を抑え、悔しさを噛み締めながら、それでもやれることをやる。
神父の戦いを少しでも多く見る。
今の俺に出来る、最大限を。
※ ※ ※
ジン=コーリア
これまで何度繰り返しただろう。
イルベール教団が持ち得る最高の駒であり、今やこの戦場の敵味方全てが畏怖を覚えずには居られない男が、縦横無尽にこちらの陣を荒らしてくる。
止められる者は居ない。
殆どがし合うに届かず、すれ違い様の一斬で倒れ伏す。
単独で一合交わしたなら快挙、二合なら喝采、三合超えれば奇跡と言える。
近衛兵団の団長マグナス=ハーツバースとの戦いで重症を負っている筈だっていうのに、戦えば戦うほど化け物じみて剣筋が冴えていく。
一体いつ休息を取っているのか、毎日毎日必ずやってくるあの男を見ていると、遠く離れていながら首をじわじわと絞められているような錯覚を覚えてしまう。
オフィーリアが仕掛ける。
俺とヨハンは彼らより後方、常に逃げる用意をしながらの観戦だ。
――――。
怒りと焦燥で空気が軋むなら、前を見ることも敵わないほど歪んでいただろう。
「抑えろ、ヨハン」
「分かってる……!」
「あァ!?」
「っ……、分かって、ます……、言葉、整えとくくらいの余裕は持てって事スよね……っ!」
苛立ちは抑え切れてないが、とりあえずはいい。
前からお前は自制心が甘い。攻撃的なのも、不遜であるのもいい。だがその強い意気を抑えなきゃ、攻撃はどんどん相手に読まれるし、慣れてしまえば御し易い。単純な動きはあのクレアや、ハイリアにだって負けてないっていうのに、突っ込むだけだからここ一番で生きる攻撃がない。腕っ節も、目も、良い物を持っているからそれだけでやってこれたが、精々が格下を狩りまくれるというだけ。格上相手に勝ちを目指すなら、そこで止まっていてはいけない。
まあ、実力じゃ二軍扱いの俺が偉そうに言えた事じゃないんだけどな。
「っ!」
「だぁかぁらァァアア!? 何お前紋章なんて浮かび上がらせちゃってるの? 俺は抑えろと言ったよなァ!?」
「っっだあ!? なんで殴んだよお!」
「あァ!?」
「…………チッ」
舌打ちしやがったコイツ。
「はぁぁぁぁっ、分かってんスよ。分かってんス。今あいつらが前に出てるのは、俺が神父の剣を見る為だって。だから余計に我慢出来ねえ……!」
「だから余計に我慢しやがれクソボケ」
気持ちは分かるがそれじゃ本末転倒だ。
「おら始まるぞ。無駄にするな」
オフィーリアはショートソードを左右に持ち、ゆるやかに間合いを詰めていく。
踏み込む。いざ攻撃か、とは考えない。
まず仕掛けるのは後衛の『弓』からだ。
放たれた二矢は左右同時。十字に交差する形での攻撃は神父の選択肢を大きく制限する。
なにせ近距離向けの武器を持った相手が踏み込んできている。矢を叩き落すことはそう難しくないが、その為に剣を振れば防御が間に合わない。
ならば後方か。しかし下がろうとした先を狙うもう一人の『弓』が居る。クラウド=ディスタンス。頑固者のアイツは未だに古めかしい剛弓を扱っていて、最大限まで引き絞られた一矢は当たれば『剣』の防御程度は吹き飛ばす。下がる為の抜き足を狙って矢を放てば、神父と言えど容易く回避はさせないだろう。
もし傷を承知の選択肢を取ってもらえるなら儲けものだ。
犠牲は出るかもしれない。だが、最早それで止まるのならとさえ思えてしまう。アレに傷を増やせるなら、それは万金にも値する戦功だ。
神父が動く。
僅かに片膝を屈し、片腕しかない手で持った小太刀を平に倒し、まるで切っ先を使って絵でも描くようにゆっくり山なりに振るう。
それだけでオフィーリアの動きが鈍った。防御も、攻撃も、半瞬の遅れが生まれてしまう。
神父の剣はそのまま彼にとっての左側から放たれた矢を斬り落とし、その動きで倒した上体の背すれすれをもう一つの矢が抜けていく。
クラウドが放つ。だが隙を狙えたのでもない正面からの矢は容易く神父に切り払われ……その間にオフィーリアが下がって息を整える。
「今のは」
「……ただの威嚇だ。アイツの癖に合わせて剣を動かしてみせ、今攻撃したら拙いと思わせた。そいつはすぐ振り払える程度だが、神父にとってそのすぐの時間があれば矢を処理出来る。動きは最初から放たれた矢を払うもので、身を振ってもう一つを回避する為のもので、もののついでにオフィーリアを脅して時間を作った。全てを一動作として行うからとにかく早い。つなぎが無いし、動き出す前動作が一つで済む」
「矢が放たれて届くまで二秒とない。それを瞬時に察して実行した訳か」
「限度を知りたいな。どこまでなら対処可能なのか、それが分かればまた少し手が増やせるかもしれねえ……ます」
「単純に手数だけじゃ駄目だと思いますよ」
ヨハンの口調にまあいいかと思っていたら、いつもの声がようやくやってきた。
「待ってたよくり子ちゃん」
「内容は見れなかったんですけど、会話は聞こえました。要するに神父が処理し切れない数で以って攻略する手はないか、て話ですよね」
そうそう。
応えると、くりくり栗色髪の後輩がしばし熟考し、俺たちは続く前方の攻防を目に焼き付けながら。
「攻撃の数というより、状況で捉えてしまえば、今の攻防も事実上四つではなく、三つになります。もしかしたら二つかもですけど」
オフィーリアは上手くやってる。
元より仲のいい女友達に付き合ってコロコロ武器を変えているから上達し切らないのであって、それでも一軍に選出されている彼女の潜在能力は高い。
「状況、か」
「ハイ」
ヨハンの呟きにくり子ちゃんが応える。
「まず正面から仕掛けている『剣』。コレが一つ。そして左右から十字砲火を狙う『弓』で二つ。回避の隙を狙う『弓』で三つ。ほら、状況で言えば三つです」
「そうは言うけど、左右どっちの処理もしなくちゃ負傷するよ?」
「ジン先輩なんで俺以外には言葉遣いからして甘いんだよ」
「えぇ、ですから一動作で処理する上での思考は一つなんです。一個一個の落とし方じゃなく、距離や軌道を瞬時に判断し、どちらかを切り落とし、どちらかを回避する。これは慣れさえすれば一つの思考に纏まる筈です」
なるほど、と少し理解した。
前にハイリアも言っていた。
例えば文字を書くにしても、筆を持ち、紙の位置を定め、文字を思い起こし、筆を動かし、その記号を描く。
相当適当に纏めればこのくらいの事をしている。けれど実際に俺たちは、文字を書く、に精々が何処に、という程度の思考で出来る。枠の中へ納めることも、線に合わせて書くことも、文字の大きさも、一つの記号を描く筆の上下や左右の揺れなんかも、判断と呼べるほどの思考を必要としない。
攻防も同じだ。最初は足の向きや刃の立て方なんかに四苦八苦するが、気付けば自然と手足が動き、戦えてしまう。
正面の敵と左右からの攻撃、そして追い討ちの一手。下手をすると神父にとってはこれで一状況と纏めてしまえるのかも知れない。
よくある手だと、あの化け物なら考えてもおかしくない。
慣れていれば盤遊びの手順と同じで、実際には工夫が必要だったとしても一々熟考が必要なものではない、か。
そして今のを一状況として纏めてしまえるのなら、思考は別の場所へ向く。
周囲を確認し、大局を理解し、先を読み、あるいは今している動作を発展させより効果的なものに、もしくは相手の些細な動きに気付いて対応を変える。こういう事が出来てくる、のだと思う。
「攻撃一つ一つじゃなく、攻撃を仕掛ける、仕掛けないに関わらずその場の全てを一つの状況として捉えてしまえるなら、手数なんて思考に固執すると痛い目を見る訳だ」
「ハイ」
「それと」
ヨハンが難しそうな顔をして言う。
「今神父はオフィーリアとさして変わらない速度で走ってきてた。だってのにアイツには脅しを入れる余裕があり……牽制の動作を見せようとしていたこっちの先を行った。こいつは多分、動きの質が違うんだ。同じ走るでも、似たような動作に見えても、中身は全然違う。防戦向けに使い慣れない武器を持ったオフィーリアは……なんてんだったか、身体の勢いというか、あの、あれが――」
「重心ですか?」
「それだ」
頭を軽く抑えつつ、吐息をつくヨハンの言葉を待った。
これまでがむしゃらに、勢い任せに戦ってきた奴だ。こうして言葉にするのも最初はまるで駄目だった。今でこそくり子ちゃんがたまに言葉を添えるだけだが、始めた時は彼女の翻訳なしには周りもさっぱり理解できなかった。
今から言う事を纏めようと悩む姿にしみじみ思う。
お前はこれから強くなる。
才能があるからなんて思わない。
そりゃあ、二流三流な俺なんかとはとっさのひらめきが違うのは感じるけど、精々があの学園でなら、あの年代でならの話だ。その先となると、きっとずっと遠い。
元から暴力的な思考が根付いていて、戦いへの躊躇も怖れも無かったから、相手を上とは認めない不遜さがあったから、ヨハンは強かった。
俺の知らない理由をコイツは持っていた筈なんだ。
ところがハイリアの活躍を前に、おそらくは生まれて初めて感じた格の違いにすぐ足を止めてしまった。
そのハイリアでさえ神父には敵わなかった。学園を出れば、彼よりも強いと感じる相手なんて山ほどいた。
急に広がった世界に戸惑っているのももう過去にしないとな。
理由はもう、取り戻したはずだろう?
だからお前に託す。
お前の成長に懸けて、俺たちは命を削る。
「その、オフィーリアは重心がブレてるんだよ。神父はやばいくらい揺れない。止まっていてもあんなに静かな奴なんてそうはいない。だからどれだけ速度を出しても、勢いがついても、あのヤロウは自分を自在に操れる。多分、『剣』同士の戦いが一番違いの出る差だ。っくそ…………心底認めたくねえけど、ほんと、綺麗なんだ……」
移動一つ取ってもそれだけの差がある。
おそらく剣の振り、身体……体捌きや足捌きもそうなんだろう。
結局その日も、こちらに人が集まってきて、いざ迎撃だと構えた途端に神父が切り返して去っていった。
集合の方法や纏め方にも工夫が増えて、集結速度は確実に上がってる。
どうせ逃げるからと集まるのに手を抜く奴はない。
「被害報告を」
逃走した神父への警戒を十分行いつつ、兵を引き連れてきたクレアが問う。
俺は頭の中でもう一度報告の言葉を並べ、熱も痛みも寒気も全て腹に収めたまま言った。
「死者一名、重傷者三名、軽傷者十一名。重傷者はみんな、戦線復帰は難しいでしょう」
「そうか」
先行した俺たちへの増援は途中何度かあった。
長時間先頭に立っていたオフィーリアは軽傷で済んだものの、終わった途端意識を失うほど消耗していた。数日は休息が必要だろう。他にも大勢負傷し、運ばれた先で一人は…………。
「……引き続き対策を頼む」
「はい」
お互い言葉が上手く出ない。
だが、いい。
コレは決して無駄なんかじゃない。
俺たちのやっていることは、今日の犠牲は、今日までの犠牲は、全て勝利へ繋がるものだと信じられる。
ジャック=ブラッディ=ピエールは、俺たちが討つ。
いつしか言葉も無く共有された意思だ。
察してか、近衛兵団も神父の相手は俺たちへ譲るようになっていたし、どの道止められない以上、彼らには別の場所で活躍してもらったほうが勝利へ繋がり易い。
神父もなぜか時には勝利すら放棄してこちらの相手に固執する場面があった。
意図は分からない。
だが好都合だと戦い続けてきた。
もう少し。
もう少しだ。
信じて、意地を張って、明日もまた犠牲を積み上げて、その数だけ壁の頂点へ手が届く。
そうであれば、どれだけ良かったか。
※ ※ ※
クレア=ウィンホールド
敗走していた。
私たちは負けた。
本格的な冬の到来に向け、仕切り直しを求める北方領主たちをなんとか纏め上げ、乾坤一擲と押し出した大攻勢は完全に失敗した。
軍勢は五分され、指揮は最早声の聞こえる範囲にさえ届くかどうか。
逃げろ。
逃げろ。
どこへ?
どこまで?
敵は、執拗に私たちを追ってきた。
今や無数の人の群れが一つの化け物となって背後から追いかけてきているようにさえ思えていた。
触れれば食われる。少しでも遠く、彼らの手が届かないほど彼方まで逃げるしか方法が浮かばない。
「クレアさん!!」
クリスの声がして、視界がぐるりと回る。
何が起きた? 私は声を張り、逃げる方向を指し示していた筈だ。
いや、と。
腹部に温かい感触がある。
自分の傷ではない。
「クリス!?」
「え、へへ……痛くて、泣いちゃい、そう、ですね……」
矢だ。
『弓』による攻撃を受けたクリスが、私を押し倒す形でお腹を押さえている。その押さえる手にも、黄色の輝きがふわりと羽になって消えていき、真っ赤な血が流れ始める。
「に、逃げ、ましょう」
「…………ぁ」
「クレアさん……!」
「ああっ、分かってる!!」
両手で頬を叩き、息を吸った。
後悔に後悔を重ねるのはもう嫌だ。
クリスの傷はきっと重い。走るのは難しいだろう。ならここで彼女を生かすには私が抱えて走るしかない。呆けている暇など、自責の念に気持ちよく浸っている時間など一欠けらもない!!
私は一度背負おうとしたのを止め、クリスの足の下と背へ手を回し、持ち上げた。
レイピアを手に持つことは出来ないが、『剣』の魔術を使えば女の私でも彼女一人くらいは抱えていける。
けれど、
「っ…………くそったれが……」
敵が殺到してきている。
幾人か、私たちの様子に気付いて残っていた者が時間を稼ごうと敵へ向かっていくが、大波に石を投げ込むようなものであの勢いは止められない。
走っても、間に合わない。
「っっっっ諦めてたまるかァ!!」
駆けた。
この場で足がもげても構わないと全力で地面を蹴った。
背後から降り注ぐ矢と、既に前方へ投げ込まれていた罠の数々を死に物狂いで抜けていく。
斬りかかる『剣』の術者を足蹴にし、口に咥えたレイピアで相手の目を狙う。出来る事はなんでもやった。クリスに頼んで金をばら撒いてみたり、地形を利用してみたり。でもやっぱり限界が来てしまった。
「頼む!!」
先を行く、誰とも知れない男にクリスの身を放り投げ、掴まれた足を思いっきり相手の顔面へ叩き込む。
「殺すな! 敵将だ!」
誰かが叫んだ。
ようやく開いた手にレイピアを握る暇さえなく、二人、三人と私の身体に手を掛け地面へ押し込んでくる。
踏み荒らされたそこが畑であったことにようやく気付く。
ぬかるんだ地面に顔が埋まり、口の中に血と泥の味が広がっていった。
青い風が吹いた。けれどそれは吉報でもなんでもなく、誰か『槍』の術者が私の首元へ長槍を触れさせただけで、髪を引っ張られて身体が起こされる。そこで私はようやく敵の顔を見た。
憎しみが、怒りが、あるいは優越感と嗜虐心が、無数の目があった。
「っっ――!」
不意に過去が喉元へ上ってきて、身の内ががくがくと震えた。
涙は流さなかった。
けれど最早恐怖で何も考えられなくなっていた。
今日まで私が指示し、積み上げてきた敵の屍の山の、その向こうから彼らは見ている。
覚悟は決まっていたつもりだった。
情けなさを振り切って立ち向かってきたつもりだった。
我が儘と振る舞い少しでも前へと進んできたつもりだった。
それでも怖ろしい。
それでも、諦めたくはなかった。
それでも……届かないという事実があるだけで。
それでも認めたくないと立ち上がり続け、震える手に武器を握りこみ、私は負けないと叫び続けるんだと決めた!!
それでも現実の前に、私はこうして組み伏せられ、身動きも出来ず膝を屈している。
私たちは負けたんだ。
私は果たせなかったんだ。
胸を張って再会したかった。
もう大丈夫だと、私は貴方の右腕足りうる実力を持っているぞと、さあどうだとこの身を差し出したかった。
ハイリア様。
何故、貴方はここに居ない。
何故、私たちの元へ、私の窮地に駆けつけてくれない。
馬鹿みたいな妄想に浸る自分を戒めようとしても、最早どうにもならなかった。
喧騒はもう遥か後方にあるように感じられた。
クリスは逃げ切れただろうか。
取り残された私を、敵の一人が下卑た視線で嬲ってきているのが分かった。
誰かが同調し、戒めようとした者もすぐに口を噤んで背を向けた。勝利への貢献、いの一番にこちらの前線を突破していた彼らへのささやかな報酬だとでも思ったのか。歓声があがる。あぁそうか、と。だがそんな程度で絶対に屈してたまるかと気を張っても、身体の奥からガクガクと震えが広がり、視界が滲んでしまった。それを見た男が更に興奮した様子で声をあげ、股間を膨らませているのが分かって吐き気と共に顔を背けた。
手が伸びてくる。無数の、あの日々のものとは異なる、それでも同じく、高みから叩き付けられる膨大な圧力。
「…………ハイリア様……」
「人違いで悪いが、助けが欲しいなら伏せてるんだな」
不意に、周囲に火が灯ったのかと思った。
ほんの僅かに感じる温かみ、そう感じたのも一瞬で、
「BANG!」
緋色の煌きが大地へ突き立てられる。
一つ、二つ。凄まじい衝撃と共に人が冗談みたいに宙を舞い、土砂が飛び散り、地面が揺れた。
周囲の視線がその現場へと集まった影から、枯れ草色の髪をした少年がするりと姿を現した。
「っ――!」
音も無く私の背後に立っていた『槍』の術者の顎先を蹴り、意識を刈り取る。近くの者がなんだと視線を戻した時には、彼はもうその背後に回っていて身を振る勢いを利用し肘で後頭部を打ちつける。素早く反応した者も居た。だが意識を失った男の首根っこを掴み、敵の眼前に晒すと、思わず硬直した相手の頭上を軽く飛び越え着地と同時にかかとで相手の膝裏を軽く蹴る。姿勢を崩し、咄嗟に踏ん張ろうとするその位置へ、側頭部への蹴りが突き刺さる。
「HA!」
笑みすらこぼしていた。
その頃には十分に警戒した敵が囲い込み、殺到してくるが、
「あーばよーっ!」
彼が手を挙げた途端、その身が弾き出されたように飛び上がる。
陽に、その姿が被る。眩しさに目を細め、言葉の通り逃げるのかと考えた。
「つーのは嘘だよバーカ!」
もう片方の短剣を腰元へ納めていた。
狙いは――ほんの僅か目が合う。遠目だったが、この振る舞いに、言動には不似合いな心配そうな目で、不安の色が垣間見えた――私だ。助ける、そういう事を言っていたのを思い出す。
幻影緋弾、そう呼ばれていた一撃が再び撃ち込まれる。
「っっっっ!!」
音を切り裂いたみたいな衝撃が来た。
もう熱いのか冷たいのかも分からない。
そうして攻撃の余波に私の周囲に居た敵が全て吹き飛ばされたのだと知る。
目の前に立つ足を見た。
私を庇い立つ少年はまたあの目を向けてきて、けれどすぐに伏せると、口元に笑みを作る。
側面でまた爆発。
だが彼ではなかった。
少年は胸いっぱいに息を吸い、言い放った。
「リィィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイス!!」
「あぁっ!!」
リース=アトラが、『旗剣』の紋章を浮かび上がらせ、敵集団を薙ぎ倒してやってきた。
そして首の後ろへ下げていたカウボーイハットを手に取ると、どこか嬉しそうに放り投げる。
受け取った彼が流れるような動作で頭に被る。
目を開いた。
もう、不安そうな少年はそこには居ない。
こんな敵に囲まれた状況で、素早く隣についた相棒一人との戦いを楽しむように、不敵に、いっそ嘲笑うようにして笑っていた。
「こんな話を知ってるか?」
声は驚くほど響き渡っていた。
決して大きくはなく、叫んですらいないのに、敵は思わず彼の言葉を待った。
「新大陸を発見したのは、本当はこの国の人間なんだよ。それが貴族連中の下らない策謀とやらのせいで栄光を敵国へ譲り渡した。あぁ、お利口な理由があったんだろうさ。でもな、命懸けで、どこに繋がるとも知れない未開の海を航海し、血反吐を吐きながら仲間と助け合って辿り着いた事実すら隠された連中が居たんだ」
その名は、
「ヒース=ノートン」
覚えの無い、けれどその姓を聞いた時、私は思わずこのカウボーイハットの少年へ注目せずには居られなかった。
「その男はフーリア人と交誼を結び、子を成し、共に歩む未来を作ろうとしていた。こんな……争いあって、虐げて、無様を晒すような未来なんて望んじゃいなかった!! ヒース=ノートンは事実を隠された後も必死にこんな今をどうにかしようとしてきたが、最後はありもしない罪を着せられ処刑された……っ。けどな、その意思はまだ生きてる。
俺だ。
俺がここにいる。
俺の名はジーク=ノートン!!
新大陸の真の発見者、フーリア人との争いなんかじゃなく、友としての未来を望んで生きたヒース=ノートンの息子だ!!
認められねえってんならかかって来やがれ! 俺はここにいるぞ! この国に、この世界に、本当の未来を作る為にここへ来た!!!」
遠く聳え立つ王城から銀の輝きが飛び立った。
皆から聞かされていた教団のイレギュラー。
そして、警鐘が鳴る。
分断された味方が命懸けで発してきた、あの男の到来を告げる音。
来る。
理解できない程愚かではない筈だ。
なのに彼は、ジーク=ノートンは不敵に嗤い、笑い、吼えた。
「さあやろうぜっ!!」
並び立つのは元騎士家系の少女、リース=アトラ。
「ジーク小隊総員っ、参戦させて貰うぜ!!」
直後、大地が鳴動し、紫色の魔術光と共に巨大な木が伸び上がった。
『魔郷』(イントリーガー)、ティア=ヴィクトール。
世界に愛された者たちが、この戦場に名乗りをあげた。
ポーキーくん、予め連絡を受けていた為走ってる。




