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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(下)

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   ビジット=ハイリヤーク


 積みあがった書類へ黙々と目を通し、適宜指示を記していく。


 あの戦いからそれなりに経つ。

 思っていた通り、というか、思っていた以上にこちらの将が暗殺されていた。

 ラインコット男爵の起こした乱に巻き込まれたって話は聞いていたが、実戦を経て何かを掴んだってことなんだろう。


 包囲突破を防ぐべく強引に前へ出た事、突然の援軍、その存在に敵はそこだと思い込んで先行する影を見逃した。

 してやられたことは確かだ。だが、きっと誰かが犠牲になっている。


「……」


 手が止まったのは少しだけ、無遠慮に入り込んでくる二人に俺はそのまま書類へ目を通していく。


「随分と体調がよろしくないようだ。少しは休んだらどうですか?」

「……そうだな」

 責任者が半時居眠りする。それだけで何十人と死ぬ可能性があるんだよ、なんてコイツ(ヴィレイ)に言っても仕方ない。

 まあ眠れないのもあるから、こうして纏めさせた報告に目を通しているのは都合がいい。


 視界の端に大男の姿を捉える。

 神父は静かに佇み、俺と、ヴィレイを見つめているように思えた。

 だがヤツも随分と負傷を抱えている。

 元々あの合宿でやりあった時、片腕を斬られ、半身が血まみれになっていたくらいだ。それが今、連戦に継ぐ連戦で未だに戦い続けていることが不思議な状態だった。単機での奇襲、突破、待ち伏せ、崩れた前線へ放り込んで建て直しの時間を作る。とにかく殆どの戦場で神父は期待に応えてくれた。出来すぎていると言える程に。


「マグナスは……」

 手を止める。頭の中の整理に追われるあまり、指示を忘れていた。

「マグナスの生存か、死亡は確認できたか?」

 問いかけるのは神父だ。


 先の戦い、確かに神父がマグナスを斬った。

 だが首を落とし損ねた以上、生き残っている可能性はある。

 兵団の動きは、まるでマグナスが生存して直接指揮を執っているかのように活発で苛烈だった。斬ったと言っても致命傷には至っていないのか、それとも死んでいるのを飽くべく兵団が振舞っているのか。死者の影に怯えて手が鈍るようなことは避けたい。その為の確認を、神父をはじめ多くの密偵に調べさせていたのだが、


「いいえ。何かを匿うように振舞っていますが、そこに彼が居るのか、別人なのか、未だ確認は取れていませんね」


 あるいは空っぽか。


「居ないものとして扱った挙句、不意を打たれてヤツの率いる少数精鋭がこちらへ斬り込んでくる、なんていうのは避けたいな」

「先の戦いでは、似たようなことを見事にやられてしまいましたからね」

 クレアたちの増援で更に混乱が増していたのも確かだが、マグナスはあの大一番でこちらの本隊へ強硬偵察を仕掛けてきていた。

 事実上の本隊、つまりはオラント=フィン=ウィンダーベルが引き連れて現れた一軍は、実の所戦力外となっている。理由の細かい所までは聞いていないが、奴らは時が来るまで戦いには加わらないのだと。だからせめて居るという事実を相手へ見せるため、ただ野営をしてもらっていた。マグナスの出した偵察は、手を振って迎え入れたウィンダーベル家の軍と世間話を交わした後、こちらの致命的な情報を持ち帰っていった。

 丘陵地帯という大軍を生かしにくい場所とはいえ、相手の数倍する数を使わずいたずらに時間を浪費していたことに、ヤツらも不審に思ったって所だろう。

 この世に数で勝る以上の戦略はない。少なくとも歩兵のみでの戦いなら、極端な話、並んで進めば勝てる。他のあらゆる戦術戦略ってものは、その数が持つ効率を上げるための手段だ。ま、最近学ぶことの多い俺の考えだから、穴はどこかにあるんだろうけどな。

「引き続き調査は続ける。だが、今後は優先度を下げていい」

「ほう」

「仮に生存していたとして、それを今隠す理由は分かり易い」


 促す神父の視線に、頭の中を整理する意味も含めて話す。


「一つは、自分の登場による鼓舞を狙っている。普通なら鼻で笑う所だが、近衛兵団相手なら笑ってもいられない効果を出すかもしれない。他には、単純に生きてはいるが出て来れない、その状態が極めて不安定だから、不用意に姿を晒せないという可能性。出てきたはいいが、やっぱり駄目だと引っ込めば士気は確実に下がる」


 他には、と言い掛けて止まる。

 だが神父は、俺が口にしていない内容を分かっているのか、静かに次を待っていた。


 ここで言わなけりゃ、認めたようなもんだ。


「他には、あの戦いで、戦場の主役が変わりつつあるからだ」


 元よりコレはマグナスが始め、過去の清算を目的とした戦いだ。

 連中の目標は宰相を討ち、現国王の退位を迫る、もしくは王を据えながらも実権を自分たちが握ることだろう。


 そこにデュッセンドルフ魔術学園という、様々な国からの留学生らまで在籍しているあの学園から、学生たちが武器を手に立ち上がった。


 実態は関係ない。

 元より過去にケリをつけるってことは、次の世代へ綺麗にした国を受け渡すってことだ。

 次の世代、その代表とも思える学生たちがマグナスの側に立ち、あの危機から反乱軍を救った。

 例え近衛兵団の活躍が大きな原因にあったとしても、見た目の上ではあの戦い、クレアたちが勝利へ導いたんだ。

 今まで明確な行き場の無かった、あやふやな先を、反乱軍は見定めた。


 あの子らの為に。


 そうなった軍隊は怖い。

 がむしゃらな攻めが増えるから、罠に掛けるには都合がいいが、それで生まれた屍を足場に飛び越えようとさえする。

 死を受け入れた、死ぬことで道を拓こうとする兵に、こちらの兵は益々怯えだす。

 敵の損害は多い。確実に命を縮めている。だが同時に、前線は今や丘陵地帯を越え、王都の南部へ陣取るまでに達している。二割三割も減らせば大敗だなんていう常識も通用しない敵に、勝利の公算を見失いつつある。


「クレア達の活躍は厄介だ。元々無茶で馬鹿な戦いをするヤツだったが、今は怯えを知り、飛び出す寸前までしっかり試行錯誤してきやがる。マグナスの登場は、折角生き生きと暴れまわっている学生らの動きを鈍らせかねない」


「突出してくるのですから、もっと効率良く刈り取ってはいかがですか」


 愉しげに言うヴィレイを見ず、目を伏せる。


「言っただろう、あいつらを守る為に敵が死兵と化して突っ込んでくるんだ。兵が怯えてまともに動かなくなる」

「それでも戦場の主役となっている彼らと、それを餌にすることで釣れる敵を減らす意味はあるのでは。結局、その集団ヒステリーが原因なのでしょう。こちらも損耗するでしょうが、敵の勢いを殺す上で、彼らを切除することは極めて効果があると言えますよ?」


 ある程度、理解できないでもない。


 敵の攻勢は明らかに学生らの存在があるからだ。

 それ以上の傷を受けるとしても敢えて連中を刈り取れば、マグナスの件もはっきりする。生きていれば出てくるだろうし、死んでいればそのまま敵は瓦解する。最初にマグナスが俺に対してやってみせた、傷を承知で核心を突く方法。


「なにを悩んでいるのですか!?」


 謳い上げる様にこめかみがヒクつく。


「彼らを殺したくない!! 結局はあなたの中にあるその意思こそが今を作っている! ですが、同時に策も巡らせているのでしょう? 元々宰相から与えられた兵は、王都守備隊の大半だ。ウィンダーベル家の戦力をアテに出来ない以上、その足りない数を補う為に敢えてここまで敵を引き込んだ。違いますか? ここでなら長年の灌漑工事、そう見せ掛けた整地によって守り易く攻め辛い地形が作られているし、王城を護る守備隊からの増援や他の領地から供出させた兵との合流も果たし易い。もうじき準備は整うのです。その時こそ! 貴方が本当に我々にとっての盟友足り得るかが分かるというもの!」


 結局はソレだけを言いに来たのか、ヴィレイは満足げに笑い、こちらの表情を舐めるように視線を巡らせて頷いた。


「そろそろアレ(フロエ)の準備も整う頃です。この戦場最大のイレギュラー、聖女セイラムに連なる力、まさしく天威と呼べる力を、どうか存分に生かしてください」


 扉の前に立つと、自然と扉が開いた。外を固めていた教団員が開けたんだろう。

 いい加減、俺の素性に気付きつつある連中も居るなら、イルベール教団なんぞとズブズブの関係をこれでもかと見せびらかそうとする。


 まあ、元々逃げ場なんて求めてない。

 その時間は十分にあった。


 出て行こうとするヴィレイへ向けて、一言投げつける。


「で? お前はいつまで、何もしない案山子のままで居続けるつもりだよ」


 傍観者、とルリカは称した男はいっそ酷薄とも言える表情を浮かべて嗤う。


「元よりそろそろかと思っていた所ですよ。()が後生大事に抱える有象無象のゴミを一つ一つこの手で潰していく……えぇ、それは実に心地良さそうだ」


 ハイリアへの異常なほどの執着。

 あの場に居た身としても、はっきりとは見えてこない関係性だが、アイツなりに理解はしていたようだった。

 詮索は、いい。ただ、さっさと出て行ったヴィレイの後ろ、ピエール神父がじっとこちらを見ていることに眉を潜める。


「王とは、導く者とは」


 呟きは小さく、けれど形ある何かを示すように告げられた。

「心から憎む相手とさえも笑みを以って握手を交わすものと聞きます」

 だからどうした、とは聞かない。


「ならばそう……心から愛する者たちでさえ、その手に掛けられなければならないのでしょうか」


「…………俺のこの手に『王冠』がある。それが答えだクソ神父」

 ははは、と笑う姿に心は動かない。

「よろしい。私は所詮、聖女の意思に従う信徒の一人。大いなる許しを得た方へ問うなどおこがましかったのでしょう」

 ただ、


「神父」


 出て行く大男を呼び止めた。

 この男は、この戦いで確実に使い潰す。

 全てを利用する。

 慈悲は要らない。


「報いはやってくる。だが俺はその瞬間まで、絶対に後悔なんてするつもりはない」


 返事はなかった。


 男はそっと目を伏せると、音も無く部屋を去っていった。

 その瞼に映ったものがなんであるかなど、どうでもいい話だ。


    ※   ※   ※


   ルリカ=フェルノーブル=クレインハルト


 一羽の小鳥を、助けてしまった。


 道端をよたよたと歩くその小鳥は、しっかり観察すれば羽の一部が折れ曲がり、片目は潰れていて、足はきっと骨が折れていた。

 最初、道の中央がぽっかり空いていたからなんだろうと思っただけで、その姿を見た時も、迷い込んでしまっただけなんだと、ちょっとだけ興味をそそられる騒動程度の気持ちだった。

 皆、小鳥がよちよちと歩く道を遮らないようにしているけれど、殆どは私と同じように、深刻な状態にあるなんて思っていない。


 気付いたのは、私の傍らに立っていたハイリアが深刻そうに小鳥を見ていたからだ。

 改めて見た小鳥の弱々しさに、胸の奥が抑えつけられ、指先が震えた。


 でも分かる。

 自然の者は自然のままに。

 助けて、そのまま死ぬまで面倒は見ていられない。

 ましてや私たちは追われているし、戦いの場へ向かおうとしている。

 だから助けることは出来ない。

 分かる。分かってる。だから私は、じっとその小鳥を見ているだけで、何もしない。

 変わらないあの日々のように、私も結局はあのヴィレイと同じように、傍観者で居ることを、望んで……。


 風が私の隣を吹き抜けていく。

 背を押そうとして、けれど迷うようにして過ぎていった事が、多分、どうしようもない靄を生んで、恥ずかしかった。

 噛んだ唇が切れるのさえ怖くて、私は力を抜いてしまう。


 ハイリアは颯爽と人の輪の中央へ出て行って、小鳥をそっとすくい上げた。

 抵抗も、飛んで逃げる様子もなかった。

 もしかしたらその時、小鳥は食べられると思って、諦めて、力を抜いたのかもしれない。


「ハ……、あ、あの……」


 人目のある中で名前を呼べなくて、戸惑う私に、彼もちょっと困ったみたいに笑って言うのだ。


「この子を、助けましょう」


 結局、予定していた食料の確保を諦めて、そのお金で小鳥の餌になりそうなものや、治療の道具みたいなものを買って帰った私たちに、メルトは何も言わず布を用意して、小鳥が休める場所を作った。背の低い、小物置きになりそうな棚の上。そこが小鳥の居場所となった。

 少しだけお腹の減った夜、寝台の脇で浅い呼吸を繰り返す小鳥を、私はじっと眺めていた。

 添え木をしたり、餌をあげたりはハイリアがやった。

 そんな姿を、彼の嘘偽り無い姿を見て、どうしようもない私は考えてしまう。


 こうやって小さな命を助けることで、道徳心を養うことが出来る。


 ほら、いろんな本で、いろんな人が、こんな物語を記している。

 自分の手で救った命を、その大切さを、実感できるから。


 本当に、嫌な子どもだ。

 気味が悪いなんて言われるのも仕方ない。

 でも、私の寝台の近くに、あまりにも無防備に休ませているから、お布団を頭から被った私はじっと小鳥の姿を眺めていた。



 明くる日、いつの間にか自分が眠ってしまっていたことに気付いて、驚いて、身体を起こした。


 小鳥が居ない!


 瞬く間に意識が覚醒して、同時に血の気が引くのを感じながらおろおろと周囲を探っていると、か細く鳴く声が聞こえた。

 音は、昨日メルトが用意してくれた、小鳥の寝床の裏から聞こえてきていた。


 なんてことはなかった。ただ、ちょっと動いて、私からは見えない場所へ落ちてしまったんだ。

 それでも棚の天板は固くて、冷たい筈で、周囲を見渡してしまう。

 ハイリアは居ない。小鳥を救い上げたあの大きな手を借りることは出来ない。たぶん、部屋の外か近くで警戒をしてくれているんだろうから、呼べば来るんだと思う。でも出来なかった。


 私はそっと、彼に知られないよう、誰も彼もから隠れて、怖れるみたいに両手で小鳥へ触れて、


「っ――」


 微かな、熱がある。

 柔らかな羽毛は艶やかで、温かくて、でもその内側にはしっかりと肉や骨を感じた。

 小鳥は特に抵抗もなく一度クチバシをこちらへ向けた後、やっぱり諦めるように力を抜いた。


「た、たべ、ない……よ?」


 馬鹿みたいだ。言葉なんて分かる訳ないのに。

 分かっているのに、声が出てしまった。


 そっと、風一つ起こさないように布の上へ戻す。


 小鳥に触れると、温かい。

 つまり、私の手より小鳥の方が温かいから、小鳥からすれば私の手は冷たい筈だ。

 あんまり触れてはいけない。そう思った。身体が弱っている時に冷たいものに触れられると、きっととても疲れてしまう。


 しばらくして、食事を摂って、ハイリアが餌をあげるのを見る。

 小鳥は与えられるものを素直に食べた。

 警戒しなくてもいいのかと思ったけど、お腹が相当にすいていたのかもしれない。

 身体が弱っていても、クチバシの動きは驚くほど細かく素早く動いた。

 小さな木の実を布の上へそっと置いてやると、チュンと一粒クチバシの先ではさみ、持ち上げた後で小刻みに動かして表面の殻を取る。

 一度に食べられる量が少ないから、それを何度も何度も繰り返す。


 お昼にまた、同じようにして餌をあげた。

 小鳥はあまり布の上から動かなかった。

 弱っていることと、ここに居れば食べ物が得られると分かったのかもしれない。


 チュッ、チュッと、鳴いてこちらを見る回数が増えた。


 お昼からまた少しして、また餌をあげた。

 掃除はしたけど、残っていた殻を漁るようになったからだ。

 足はまだ歪な形をしていたし、片目は赤く腫れていて痛々しいけど、元気になってきていると、そう思うことが出来た。


 日暮れが始まろうかという頃になって、隣室で話す二人を感じながら、私はじっと動かない小鳥を眺めていた。


 コレは、私の道徳心を養うものかもしれない。

 でも、可愛いと思う。触れてみたいと思う。この小さな生命の行動には、何一つ嘘を感じない。ありのまま、向けてくる行動すべてを邪推なく受け止められる。大切な、命だ。そして、それは幾つもの本を読んで、私は知っていて、けれどあの繊細な羽毛の下に仄かな熱と、肉と骨の感触があることを、今まで知らなかった。

 今日、知った。

 だから、だから……、


 チュッ、チュッ――


「わっ!?」


 急に飛び上がった小鳥に驚いて、覗き込んでいた身体が跳ねる。


 え? そう思っていたのも束の間、また頭上で鳴き声がして、探るように手をやると、その指へ、小さな足が乗るのを感じた。


 頭の上に乗っていた?

 それで、今、私の指に、飛び乗ってきた?


 手を降ろせば、その事実を確認できた。


 チュッ――


 私を見て、小さく鳴いて首を傾げる姿に、なんでか唇が震えた。


「ふ、ふふふっ、お前、人が怖くないの?」


 思えばこんな自然と言葉が出てきたのはどれほどぶりだろう。

 思考を優先して、ただ頭の中の言葉を垂れ流している時とは違う。

 自分じゃない誰かとの会話、それが湧き水のように溢れてくる。


「慣れてるのかな? 誰か、お前と暮らしてた人が居るのかな? あー、だから外に慣れてなくて、そんな怪我をしたんだ。きっと探してる。元の場所に、お前も………………ふふ」


 沈黙を笑みで誤魔化す。


「…………私は、どこへ行けばいいんだろう」


 翌日、小鳥は死んでしまった。

 夜ハイリアたちが部屋を出て行った時は、びっくりするくらい元気にしていたのに。


 亡骸を前に涙を流す私を見て、メルトが慌てて駆け寄ってきて、慰めの言葉をくれたけど、ハイリアは部屋の中へ視線を巡らせ、また少し、黙り込むようになった。


 小鳥が死んでしまったことはとても悲しい。

 だけどそれだけじゃない。


 私はやっぱり、どこにも行けない。


 真っ暗な、誰も来ない場所で一人、娯楽に耽っているしかないんだ。


    ※   ※   ※


 指先にほんの少し力を入れる。

 この小さな生命(いのち)はそれだけで息絶える。


 真っ暗な部屋の中、月明かりだけを頼りに小鳥を見ていた。


 きっと、触れるだけでこの子にとっては辛い筈だ。

 冷たい人間の手に触れていることは、この子の命を縮めてしまう。


 身体の大きさが違いすぎて、もう勝負になんてならない。

 刈り取った所で、誰も責める人なんていない。


 ほんの少し、力を加えれば。


 じっと向き合う小鳥の目には、たった一日で築かれた程度の信頼とか、安心とか、甘えがきっとある。

 人に慣れているから余計に考えが甘い。

 でも私の気持ち一つだ。殺したいと思えば、殺せてしまう。


 私はどこへ行けばいいんだろう。

 ハイリアを王になんてしちゃいけない。

 あの人は優しすぎて、背負いこんでしまえるから、たった一人で王の咎に生涯苦しみ続けることなる。

 なら、彼にそうなるなと考える私はなんなんだ。

 私はホルノスの王だ。

 実情がどうであれ、能力がどうであれ、生まれた時からそう決められて、逃げ続けている私が阻むなんてどれだけ傲慢なんだろう。


 王であれば。


 人を従え導く者は、たとえ心から憎む相手とでも必要とあれば笑顔で手を握り合えなければいけない。

 だからそう、この可愛らしくも愛おしい生命を、躊躇無く刈り取れなければいけない。

 この子を殺すことが出来れば。

 なんてことはない。指先一つだ。そのつもりがなくたって、力加減を間違えたり、触れている時に転んでしまうだけで、死んでしまうんだ。


 理由だってある。

 この小鳥を拾ってしまった為に、本来とは違う手間が増えてしまっている。

 戦場へ辿り着く為の時間が無駄に伸びる。なら、ここで殺してしまって、少しでも時間を短縮していくべきだ。


「っどうして……!!」


 ぽろぽろとこぼれる涙に意味なんてない。

 泣いているだけで国は動かせない。

 停滞は滅びへ転げ落ちていくようなもの。

 指先一つでいい。

 ご大層に飾り付けられた判を紙へ触れさせるだけで人が死ぬ。戦いが起こる。誰かを絶望のどん底へ叩き落せる。

 それは誰かを救うのかもしれない。王を絶対だと騙る権力者たちによって、偉大な行為だと賞賛されるのかもしれない。歴史を語る本で表題として飾られ、千年先まで名が残るのかもしれない。



 それでも絶対に、犠牲者は消えない。

 誰かを救うということは、誰かを救わないということなんだから。



 救わなかった命が、永遠にのしかかってくる。

 想像しただけで怖ろしい。

 指先一つ動かすことがこんなにも苦しい。

 私を見詰める瞳が何を思うのか、もう考えたくない。


 塔を出なければ。


 あそこに居続けていれば、きっと、自分自身に絶望することもなかったんだろう。


    ※   ※   ※


 せめて、寝台や棚からも離れた床の上で泣き続ける私に、ハイリアが勘違いでもしてくれれば、ずっと楽になれたんだろう。

 整えられたままの寝台を見れば、私が一度もあそこに腰を下ろしていないことがすぐ分かる。

 朝目覚めて、大切に思い始めていた小鳥の死を見て嘆いているのではないのだと、バレてしまった。

 そうして彼は、私が手を下したのだとは決して思ってくれないんだ。


 彼が見ている。

 私を理解しようと努めてくれる人が、何も言わず、寄り添ってくれていた。


 逃げられない。背負いたくない。


 でも、この人を王国の犠牲者になんて、絶対にしたくなかった。

 それは素直な気持ちでもあったけど、もしかしたら私は、私と同じように背負うことを諦めてほしいと願っているのかもしれない。

 これだけの人が諦めるんだから、と言い訳を用意したがっているのかもしれない。


 本当に、馬鹿みたいだ。


 宙ぶらりんの私は、きっといつか足もとの床が抜けるその時まで、どこにもいけないままなんだ。

 天から伸びる糸がこの首に括り付けられていることに、最後まで気付けないに違いない。


    ※   ※   ※




































 「いいえ、決してそんな終わりを迎えさせません。見ていて下さい……私は最早、何もかもを――」




































 決して悲劇での終わりなど認めない男は、迷い無く私の手を取る。


 この現実(ものがたり)は、そんな彼によって導かれているのだと、何一つ分からないまま確信した。


 私の隣を吹き抜けていった風はもうじき、あの戦場に届く。




 

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