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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(下)
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   マグナス=ハーツバース


 思い返してみれば、何年も一緒に居たような気がするし、ほんの一ヶ月にも満たなかったようにも思う。

 自分が本当に生まれたのは、ルドルフに、王に出会った時だ。それまでの事に強い思い入れはさほどない。


 ただ他の記憶と違って、一つだけ鮮烈に残っていることがあった。

 別れの日、南北に分かたれた道の途上で、幾百も重ねた剣戟だけは忘れようも無い。


 ルドルフと出会い、古都で安穏と日々を過ごす傍ら、あの神父はどうしてるかと気にすることも珍しくなかった。

 案の定、放っておいても名前は時折聞いた。あれだけの戦いを繰り広げた相手だ、無名のまま消えていくことの方が難しい。


 もしかしたら、と思う。

 道を誤ったのが別の時期であったのなら、どちらかがどちらかの前へ現れて、ぶん殴っていたかもしれない。

 俺は新大陸で今日に続く奴隷売買を認め、神父はフーリア人虐殺をしてのけた。

 顔向けするには恥さらしも過ぎる出来事に、相手の悪評を聞いても、正せない自分の弱さを補強するだけで結局今日の日まで顔を合わせることはなかった。


 幸いにも俺は別の所で見詰めなおす機会を得られたが、神父はどうなんだろうな。

 あれだけ愛を語っていた男が、自分の妻だった女を、フーリア人を殺してまで貫こうとした信仰(理由)を俺は知らない。正してやろうとも思わない。


 敵だ。


 立ち塞がる有象無象と変わらず、槍を振り上げた。


    ※   ※   ※


   ビジット=ハイリヤーク


 兵団の動きが鈍い。

 あれだけ所在を誇示していたマグナスの姿がどことも知れず、敵の勢いにもやや迷いが見える。


 その上で、連中の進攻速度が十分過ぎるほど速いと認めつつ考える。


 揺らぎかけている中央の戦線を、今の勢いならば整えなおすことが出来ないだろうか。


 失敗からは学んだばかりだ。

 ここで逃げるなら、もう二度とマグナスを相手に勝利なんて望めないかもしれない。

 おそらく神父がマグナスの元へ切り込んだ効果が出ている。教団なら、あの命令であれば死さえ厭わない連中を投入すれば従順に崩れかけた戦線へ飛び込んでくれるだろう。自分の考えに吐き気を催しながらも、必要ならば好悪など無視出来るのも確か。後へ向けて戦力を削っておくという選択肢も間違いではない。むしろ温存しておく理由などないくらいだ。


 同時に、賭けが無謀な部類なんだと冷静に判断する自分が居る。

 それでここを生き残った自分は、また無謀ではない時を待つという名目で、自分には難しいと言い訳をし、知ったような顔で先を見据えていればいいのか。


 『王冠』は、王そのものを示すものじゃない。

 王に威光を与える道具。

 それでも、道具だからと自分の意思を、欲を示さないのでは、そいつを戴いた王の器も知れている。

 誰が下卑た小物ばかりに擦り寄られて自身を偉大な王と思えるだろう。


 目の前に見えた僅かな好機、そいつへ今一度喰らい付く。


 あたかも最初からここを狙っていたかのように宣言した。


「時は今! 今こそ敵将、マグナスを討ち取る時! 進めェッ、お前たちこそ真なる王の槍だ!!!」


    ※   ※   ※


   マグナス=ハーツバース


 槍を叩き付けた地面が弾けた。

 神父が左へ避けたのを見た時点で持ち手は変えてある。同じく下げてあった左足を基点に身体を後ろへ逸らすようにすれば、槍そのものを一切動かさずとも力一杯振り被ったような状態になる。


 振り抜く。


 一度はあっさり下がって避けようとした神父が、しかし厳しい表情で小太刀を構え、それを壁として攻撃を受けつつ身を逃がした。

 弾き飛ばされた武器は火の粉を撒き散らして消え、既に振り抜いた矛先が向かう先へ歩を進ませていた俺は、自分へ向けて動く重みを腰で受けなおし、抱えあげる様にして突き上げる。見ようによってはおちょくっているようにも見えるが、『槍』の加護を受けた矛先ならこれだけで相手の骨を砕く威力を出す。あくまで、相手の防御もなく直撃すればの話だが。

 無手の神父は背後へ手を伸ばしながらしっかり腰を落としつつ下がった。殆ど目と鼻の先程度にしか俺の矛先とは距離がない。それでも、打つことが無ければ打撃の加護は発揮されない。魔術光自体に破壊力のある『弓』ならいざ知らず、『剣』も『槍』も光が掠めた程度では何ら威力を発揮しないのだから。


 直後に刃を平に倒したのは、後ろ手に小太刀を握り直しただろう神父に対する牽制だ。

 奴は図体がでかい。特に腕は常人よりも長く、それが妙に器用で内外しっかり対応してくる。

 相当な使い手になっていることは風の噂に聞いている。なら、この『槍』の間合いと思い込んでいる位置からでも斬り付けてくるかもしれない。だがやはり、刃が届くのは『槍』が先だ。得物の長さっていうのはそういうものだからな。刃を寝かせていれば、伸びた相手の手に遮られること無くこちらの攻撃もぶつけられる。最悪柄で受けて矛先で足元を刈るつもりで構えていた。


「…………」

「…………ふっ!!」


 ほんの少しの空白の後、先に動いたのは俺だった。

 一当てし、下がった神父へ更に踏み込んで頭の高さまで矛先をあげる。

 地面へ棒切れの足を突っ込むようにして立ち、腰元で得物を支えた。

 神父は楽しげに笑ってやがる。


 見合いをしている訳にもいかない。

 時間は、敵の若いのがバカじゃない限り神父に味方する。

 もしこの状況を味方が不利と感じてしまえば、前に出るのは難しくなってしまう。

 勝てると思うから、勝ちに逸るから、雑兵は死地へ足を踏み入れることが叶う。今の勢いを止めることが難しいことを知りつつも、それなりに自分が相手を評価していたことに気付く。


 そう。まだ若いのだ。

 これからもっともっと伸びていける。

 ともすればたった一つのきっかけで化けることだってある。


 しかし焦って倒せる相手でもない。

 一度はここで潰すと考えた自分をあっさり捨てて、さて逃げる手はあるかなとも思考した。

 この戦いの場を事実上生み出している『盾』の兵団員は、すぐそこに『剣』を前にしながら動こうとはせずじっと戦いを見守っている。いざとなれば仲間の盾ごとぶっ飛ばせる俺に対し、空間を区切られた神父にとっては不利に働く場だ。静観しているとはいえ、突如として目の前に大盾が生み出されないとも限らない。居るだけで注意は引かれる。同時に、動いてしまえば、その初動を見切られたらこの場の均衡は崩れてしまう。


 誰だって動きには準備が要る。

 前へ出るなら身体を前へ倒すなり、膝を僅かばかりでも折るなり、実際にその動きを取る為の動作がある。

 相手の得物をじっと追っていれば、例えば大きく振り被った瞬間足もとを見ることなんて出来ない。結果間抜けは足を払われ、姿勢を崩した所に一撃を貰ってくたばる。

 見るべきは全体の像。左右の手、足、腰、肩、顎、目、鼻先、足先に呼吸による胸の上下。具体的に言うと頭も痛くなるが、なんとなくの印象だ。その構え、姿勢から出てくる攻撃に幾つか思い当たり、また構えることが出来る。

 攻撃っていうのは、来る前に必ず前動作が入る。

 そいつを限り無く小さく、分かりにくくすることは出来るが、皆無っていうのは未だ見たことがない。

 攻撃の気配を嗅ぎ取る。

 神父の動きを見ていれば、俺の攻撃に対して予め対処をめぐらせているのが分かった。

 だから容易に動くべきじゃない。

 静、は一つの防御であり、攻撃だ。

 互いに手練れであるなら、動かないことが牽制となる場合もある。

 もし動くとすれば、俺の手で神父を絶対回避不可能な状態に追い詰めた時。

 どれだけ初動を見切ったとしても、動けなければ意味が無い。

 アンタは一介の戦士だろうが、こっちは将として動いてるんだ、先を見据えなくちゃならない身の上の分、使える手駒は使わせて貰う。


 指先が動く。

 神父の初動を見て正眼に構えていた矛先を少し下げ――それが狙いだと考えていても、つい反応してしまうほど脅威を感じ――それを見た神父が足を滑らすように低く、低く踏み込んで沈み込んだ身体を逸らすようにして腕を振り上げてくる。


 重量物を下げる、っていうのは、次に支えるって動きがどうしたって必要になる。

 フーリア人らの得物とは違って、加護がある分軽いし『槍』ならば膂力も増すのだが、完全に予測して上下への対処も踏まえていたとしても、力が僅かに上へ傾くのなら、反応はやはりほんの僅か、刃先が指先一つ分先へ進むだけの時間を遅らせてしまう。


 耳の奥で金属がキリキリと割かれるような音を感じた。


 攻撃は凄まじい気配と共に天へ昇っていった。

 傷は無かった。だが呼吸を切り裂かれたみたいに息を吸えない。

 まるで止まった時間の中、奴だけは動けているような錯覚の中、咄嗟に動いていた自分の槍が攻撃を逸らしたのだと知る。


「っっっ…………!!」


 続く。


「っ、っぁあ!」


 続く。


「っっっだあああああああああああああ!!」


 続く攻撃を、叫ぶことでなんとか呼吸を取り戻し、間一髪という所で回避していく。

 ごちゃごちゃ考えていたのが嘘のように思考は吹き飛んでいる。

 加熱した頭の中は真っ白だった。


 総数十六。

 神父の放った攻撃全てを捌き切った時、一度は傾いた均衡が、揺り戻すように押し寄せていく。


「調子くれてんじゃねえぞテメェェェェエエエエエエ!!!!」


    ※   ※   ※


   ジャック=ピエール


 暴風、と思ったのは最初だけ。

 これは濁流。崩壊した大地が自ら無数に自壊を繰り返しながら押し寄せる破壊の連鎖。


 マグナスの攻撃における最も厄介な所は、間合いを量りきれない所だ。


 ここだと感じた場所に居ても攻撃が届く。

 実際に刃が通った場所が読みの通りだったとしても、もし今の場所まで避けていなければ確実にやられていたと確信出来た。

 戦い方の基礎を教えたのが自分だなどと、最早考えるのもおこがましい。

 元は若者らしい力強くも真っ直ぐで、ややがむしゃらに過ぎるほどな攻めだった。それを、まさしく誇張抜きに幾百もの戦場を戦い抜いてきた結果生み出された、彼独自の世界観とも言うべき特殊性にまで達している。

 これで今尚将帥として周囲へ気を配り、視線で以って指示まで与えているのだから、全く以って感嘆するしかない。


 当代最強の『剣』の術者、などという過ぎた評価を受けてどれほど経ったのか、しかしこれほどの経験には数えるほどしか覚えが無い。


「っっっああ!」


 呼吸が変わる。


 繰り出された『槍』の一撃に法衣の一部が弾け飛ばされ、戻しの動きはそのまま動きの鈍い半身を刈り取るものとなった。

 槍という重量物を扱う上で難しいものの一つに体捌きがある。『槍』の加護によって重さは遥かに軽減されているとはいえ、振り回せば勢いを殺すのは難しい。故に先を見越して身を動かし、勢いを生かした上で次へと繋げる動きが必要。一つ二つならいざ知らず、動きの限界を見据えるこちらの狙いをしっかり外しながら、これだけの時間攻防を続けていることには感嘆するしかない。

 間合いの広さ故に起きる、伸びた攻撃の戻しの隙を、致命傷を狙う一打で以って殺してきた。


 見事。


 素直な評価だった。

 指先一つ、避け切れない。

 彼の打撃であれば、掠めただけで致命傷になりかねない。

 ところが矛先の軌道は僅かに逸れて、なんとか回避が間に合う。


 足を引いた。


「っ!」

「ほほほ」


 下がるマグナスを見送り、こちらも法衣の乱れを整える。


 ほんの僅かな掠り傷。

 首元を押さえる彼についた薄皮一枚の傷痕は、私たちの差を如実に物語っていると、そう考えていいのでしょう。


 死地へ飛び込んでいけるこの身と違い、未だ道半ば、引き継ぐ者の居ない彼とでは、決死の間合いが変わってくる。

 今の攻防、私は斬られても良かった。ただマグナスを討てるのなら、後は坊っちゃんを始め、生き残った教団の者が事を成してくれる。けれどマグナスは引くしかない。私程度駒一つを討つ為に将帥が倒れる訳にもいかないのですから。


 結果生まれた傷一つ。

 この差は大きい。


 勝敗は決した。――その考えは、即座に甘かったのだと思い知らされる。


「っははは…………、あぁ、まあこうなるわなァ。まあ、こうするしかないってことよ」


 マグナスは無防備にも武器を手放し、上着を脱ぎ捨てる。

 壮年に差し掛かっているとは思えぬ鍛え上げられた肉体がそこにはあった。

 それだけに失った右目と右足が惜しい。もし双方揃っていたなら、立場の違いなどお構いなしにこちらを圧倒していたかもしれないというのに。


「オイ」


 呼び掛けはこちらに対してではなかった。


 『盾』の術者が、頷き、細長い何かを口へ咥えた。

 吹き鳴らした音色に、周囲の空気が変わったことを悟る。

 そして、いや……マグナスが笑い始めたその時から感じていた、怖れにも似た感情が一段と濃く、鋭く変わっていく。


「あぁ悪かったよ。口上垂れておきながら、俺ァどうにも一騎打ちをしちゃいなかった。だが安心しな。こっから先はとことん付き合ってやるさ。アンタを地獄の底へ叩き込むまではなァ!」


    ※   ※   ※


   マグナス=ハーツバース


 結局、どうしてこんなことになってるのかと、そこから考えなきゃ話は始まらねえんだ。

 この反乱は西方でフーリア人との戦線を支える大部隊を囮に、古都へ集結した俺たち兵団と北方領主らの手勢とで王都を一気に落とす算段だった。

 目算は間違っていなかったと思う。城へ入り込み、宰相をぶっ飛ばすだけの戦力はあった。肝心なのはその後で、周辺から集まってくるだろう宰相側の援軍をどうにかしなくちゃならない。王城には改修の時点で無数の隠し通路を増設してあるし、俺だって幾つかは把握してるが、あっちこっち転戦している間にどう変わっているか理解できているのは宰相しか居ない。

 奴がこの王城を手放すことはありえないだろう。

 城の最奥にはルドルフの墓がある。

 それでも身を潜めるくらいはするかもしれない。ルリカの身柄を確保できないまま援軍に包囲されれば、俺たちは一度落とすべく自分たちでぼろぼろにした城で奴らを迎え撃たなくちゃならなくなる。そのための西方軍だ。あいつらは囮であると同時に、締めを固める本命でもある。


 状況がひっくり返ったのは、オラントの登場だ。

 あいつがどうしてここで出てきたのか、そいつを理解しなくちゃ、打開なんて出来やしない。

 分かりきってる。あの性悪が、その実どれだけ家族を愛していたか、ぼろぼろになった女一人放っておけなかった情に弱い男が、何故ここで俺を阻んできたのか。


 笛の音の意味を知るのは兵団の馬鹿共だけだ。

 

 命を捨てろ。決死であれ。この場の勝利を全てにおいて優先する。

 最後の一兵に成り果ててでも、勝利を掴め。


 そいつは団長である俺にとっても同じだ。

 俺自身が、死を賭してでも勝ちに行く。いや、俺の死さえ利用して勝利を取れと、そう言った。

 これで例の若造が何しようと、本隊だけは確実に生かしきって近衛兵団は突破を成し遂げる。この場はそれで上々。仕込みが得意なのは何もお前らだけじゃないんだからな。


 俺は踏み石でいい。

 過ちを重ねて、子どもらに罪を受け継がせることなんてやっちゃいけねえんだよ。

 俺たちの時代に築いたモノは全部、俺たちが引き受けていくべきだ。

 まっさらになったその先を、きっと進んでいく奴がいる。

 それでいい。


 ゴリ――と、猛烈な痛みが全身を駆け抜けて気力を無理矢理に引き剥がされたような感覚があった。



「っっっっっこんな程度で一々足踏みしてられっかよ!!!」



 だから前へ。

 大上段からの叩き付けに神父は下がるような動きを見せるが、


「小賢しいんだよ!」


 するりと踏み込んできた巨体が差し込もうとする刃に横合いから左の貫き手をぶち当てる。武器を介するには加護も弱いが、支えの弱い先端を狙ってやれば軌道は大きく逸れる。あぁ、失敗したら死んでたろうさ。それでも上手くいった。

 更に、


 貫き手を放った勢いが残ってる。

 身体を捻る。右へ、全身で以って右へ身を回す。貫き手を放った左手は、地面へたたきつけたまま刃を地中へ生めているの槍の柄を逆手に握りこむ。神父が同じく弾かれた勢いのまま半身へ姿勢を変え、小太刀を逆手に持ち替えて武器を保持する。無理をしたこちらに対して奴はしっかり両足で地面を踏んでいた。けれど構わず上体を回し、左足を軸に裏回し蹴りを放つ。

 不意はついた。驚く神父の表情とは対象的に、炎のように燃え広がる赤の魔術光が俺の足を受け止め、攻撃を阻む。

 それでほくそ笑む神父じゃないだろう。当然俺だってこんなもんで勝てるなんて思わない。蹴りは最初から膝を折り畳んでいたから、要するに神父の護りを踏んで飛べる。

 『騎士』の上位能力は『剣』に及ばないものの十分な速度を出せる。飛び退きながら逆手に保持していた槍で神父を攻撃するが、またどうしてか打撃の加護も起こせないまま受け止められた。厄介だなアレ。


 飛び退く俺を当然神父は追ってくる。

 地面から大きく浮いた俺は恰好の的だ。

 意図を読みかねているんだろう。このまま振り抜かれたらこっちだってやばい。


 だが。


 紋章が切り替わる。

 『騎士』から『槍』へ。

 すなわち、俺の移動は魔術によって制約される。


「っっっっっ!!」


 腹の中どころか全身の血や骨が軋むのを感じた。


「っははー!」


 だが嗤う。

 目の前には目算を誤った神父が目を見開いて迫ってきている。

 大仰な振りはいらない。野郎がやっていたみたいに、そこへ矛先を置いておけばいい。あとは勝手に向こうから突き刺さってくれる。


 燃え上がる赤の魔術光も、『槍』の破壊力の前じゃ無意味だ。

 神父が右手を大きく振り被る。遅い、攻撃なんて間に合わない。


 いや、


「っぉぉぉおおおおお!!! ッッッッッ――!!!」


 振り被る動きは、左肩を前へ出す為だった。

 ヤツの失った左腕。そこに残された僅かな肉と骨。そいつを自ら差し出し、突き立て、衝突によって生み出される打撃を更に身を捩ることで後方へ受け流した。

 身体の勢いは前へ。しかし左肩を吹き飛ばされたことで血を撒き散らしながら俺の後ろへ転がっていく神父に悪態をつくより、まず喉奥から噴出してきた鉄錆の味を吐き出した。


「っっそお! あ゛あ゛あ゛っくそったれが!」


 膝をつき、思うままにいかない自分の身体に苛立つ。


 対し神父も今のは堪えたらしく、すぐには起き上がれず肩を大きく上下させている。


 はっきり顔をあげて、()を捉えたのは同時だった。


 駆け出す。

 『剣』の方が早い分、間合いの優先権は神父が握る。

 だが、


「っは!」


 再び『騎士』から『槍』へ。


 猛烈な急制動に身体を引き絞られるような痛みを覚えながら、間を外された神父へ一撃を叩き込む。

 ただそれじゃあさっきと同じだ。打撃の瞬間、今度は『槍』から『騎士』へと切り替え、未だ残る前への勢いを一気に解き放つ。飛び出した。急制動を読んでいただろう神父があっさり対応してくるのなんざ目に見えてる。だったらもっと、徹底して野郎の上を行く。それでも掠める程度に終わるってんだから、化け物にも程があるだろうお前よお。

 自ら回避した勢いもあるんだろう、飛び跳ねつつも転がっていく姿を捉えながら息を吸う。次へ――だってのに、鍵爪で腹の中を裂かれたみたいな痛みで視界に白い濁りが出た。耳の奥で絹を引き裂いたみたいな音が弾ける。意識は、繋いだ。


 またぞろ俺は酷い顔をしてるんだろう。


 だがまだだ。


 ヤツはここで仕留める。

 でなけりゃ、どうしようもなくこの先を阻んでくる。


 飛び込んでくる気配がある。


 くそったれ……、もう、半分も視え…………


「ッッダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――ッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 弾く。

 いなす。

 受け止める。

 視えてなんていなかった。

 けれど分かる。

 直感すら超えた確信。

 攻防の流れを全て、この先の未だ予兆すらない斬戟の軌道さえはっきりと感じ取れる。


 勝てる。

 勝利へ繋がる道筋、光明、避けようも無い結末を見て取った。


「………………………………………………………………………………………………っ」


 確信があった。

 なのに、



 刃を感じた。



 二刀。


 そうだ。噂に聞く神父はあの小太刀とかいう小さな剣を二つ携え戦っていた。

 だが今のヤツにもう左腕はない。

 二刀を持つことは叶わない。


 けれど今、はっきりと感じる二つの気配は――意識の中にあった光明さえ断ち切って――通り過ぎていった。


    ※   ※   ※


   ビジット=ハイリヤーク


 マグナスを、倒した。

 はっきりと確認は出来ていない。

 けれど確かに、神父とあの男が戦っていた場から広がる壮絶な気配があった。


 場は未だ硬直状態。


 硬直状態にまで、持ち込むことが出来た。


 いや、それは極めて不安定で、紙一枚で川をせき止めているような状態ではあったが、もし今マグナスが倒れたという話を掲げられるのであれば、状況は一気に傾くかもしれない。

 二人を監視させていた伝令から報告が入った。

 俺は即座に報を伝えるべく陣から飛び出し、そして――角笛が鳴った。


    ※   ※   ※








































   クレア=ウィンホールド


 ようやくここへ辿り着いた。

 丘の上に立ち並ぶのは、皆私とそう変わらない年齢の者ばかり。

 眼下には敵味方入り乱れた戦場。


 手を掲げる。


「デュッセンドルフ魔術学園、学生小隊――この内乱に参戦する!!」




 

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