ゾンビ売りの少女
批評指摘は大歓迎です。なお、制球力のとても低い言葉のナックルボーラーなので通報の前にコメントしていただけると助かります。
もしこの世に悪があるとすればそれはゾンビだろう byドーチェ
風力マニ車が至る所に配置されゾンビ道が渋滞する。もはや戦後ではないと呼ばれるようになってから10年余り、王都はかつてよりも繁栄を極めていた。
長年に渡る戦乱は魔王が倒れたことにより魔王軍の勢いがそがれ、いままで人類の存亡を総力をかけた各国は荒れ果てた国土の復興に力を傾け始めた。勇者たちの伝説が終わり、ただの平凡な人々の歴史が始まる……。
それはともかく、人は明日の糧を得なければならない。今日もまた商人たちの声が広場に響きわたる。
「ゾンビいりませんかー。掛け値でなく一括でおやすくしますよー」
時はまさに大ゾンビ革命まっただ中。いままでただの弱兵でしかなかったゾンビを、戦争末期の量産簡易ゾンビによる後方支援活動に用いるという発想の転換によりゾンビ業界は一変する。
気持ち悪い、汚い、気味が悪いと呼ばれ続け、時には弾圧されたネクロマンサーは、突然に花形職となる。戦後も復興のための労働力は不足しており、素材がほぼ至る所にあるゾンビはきわめて有益な商品であった。
「ゾンビいりませんか? 手乗りドラゴンに妖精までかわいいモノがそろえていますよ。試使だけでもいいですからどうぞ」
今もまた華奢な体つきの少女が元気に叫んでいる。
戦後当初のゾンビには致命的な欠点が存在した。腐るのである。このために防腐魔法や防腐薬、冷凍保存しておいた材料からの定期的な新鮮ゾンビ派遣などが研究、実施された。これらの技術、ノウハウはゾンビ業界を中心に各産業へゆっくりと伝わり世界を変えていくことになるがそれはまた別の話。
とあるネクロマンサーはふと思いついた。
「回復魔法でダメージ食らうのであれば即死魔法で長持ちするのでは?」
当時の魔法業界はそれぞれの結社外部にたいして排他的で即死魔法の使い手を集めるのは時間がかかったが、何とか臨床実験まで持ち込んだ結果、なんと最長3ヶ月もの間腐敗がほとんど進まないではないか!
かくして異世界を甘くみて一狩りで心が折れた転生者たちのエタナールなんとかブリザード(相手は死んでる)が響かない日はなくなった。
「あ、学生さんですか? ランチサービスに学割もききますから観ていってください。そこらの量産ゾンビとはひと味違うおもしろいゾンビがそろってますよ。ご家族用にセットでお買いあげなら家族割にかわいいラッピングもサービスします!」
復興の単純労働市場が飽和すると、ゾンビ業界は高品質高価値の製品を目指した。同時に原材料の不足も深刻化しており(教会は一度埋葬したものの使用を認めず、遺族の感情を考えれば国内での調達は難しかった)、価格の高騰もまた問題であった。
これにたいし、業界は国外の紛争地から調達するゾンビ貿易や代換え材料を使うことにしたが、安価な労働力で職を奪うとして批判にさらされはじめた。
特にゾンビ貿易は「死の商人」として外国産ゾンビの打ち壊しや、無謀な戦争や虐殺を行う地域に対してはゾンビダンピング税を課されるなど風当たりは強い。
後者に関しても応用ができるのは高度な技術を持ったネクロマンサーだけであり、ニューマンサー(新しく業界に入ったネクロマンサー)には厳しいものがあった。
これらの事情と貧しいプーアマンサーの増加により、業界は統一した基準によるランク付けや免許制などによる能力向上支援に取り組み始めた。ソンビ業界は坂を登り始めたばかりなのだ。
「お嬢ちゃん、大変だねえ。水分を取らないと倒れちゃうよ。瓶一本はサービスするから、気に入ったらもっと大きいの買っとくれ」
「あ、ありがとうございます。遠慮なくいただきます」
恰幅のいい婦人が小瓶を手渡すと、今まで声を張りあけていた薄桃色の髪の少女は一気にあおった。汗のつたううなじが印象的だ。
「あ、これおいしいです。ゾンビが売れたらおみやげにしますね」
婦人は出っ張った腹を突き出して豪快に笑った。
「そりゃそうさ。なんたってうちの農園で今朝取れたてを高い金出した新型ゾンビで絞ったこだわりの果汁なんさ。そこらのものとは素材も絞りもまるで違うだろ」
少女はこくこくと頷いた。
「はい。このゾンビはZシリーズの夏か秋モデルではないですか?」
「おやわかるのかい。さすが本職だねえ」
「ええ。Zシリーズは農産ゾンビの中でも細かい作業に特化していまして今夏シリーズからはさらに複雑な設定と命令を実行できるんですよ。実際にわたしも調整や修復をやったことがあります。こう見えて腐敗物取り扱い1種も持ってるんです」
少女は慎ましい胸を張って少々自慢げに答えた。
「そのなまりはこの近くじゃないねえ。西の方からきたのかい?」
「はい、ここから飛行ゾンビで半日ほどの村からです。最近はゾンビ農法のためにみんなどんどん外に行ってしまって、遠くにいかないと売れないんです」
悲しげに空を見上げる。
「それも近辺では伝統製のゾンビは安い量産ゾンビに押されてしまって、伝統的な術師の仕事は調整や修復しかなくて正直厳しいです。本当は進学したかっんですけどね……。
あ、すみません。愚痴になってしまいました」
ぺこりと頭を下げる。その頭をおばさんは優しくなでてポーションを袋から取り出した。
「いいよ、それよりこれもどうだい?使うと気分が楽になるってゾンビの購入特典にもらったんだけど、どうにもにおいがキツくてあたしゃ飲めなくてね。ゾンビ業界は今うはうはだと思ってたけど、うちにきたネクロマンサーも上のノルマがキツいって言ってたしゾンビの世界も大変なんだねえ」
「あ、そのポーションは湯船を張ってそこに垂らして香りを楽しむんです。ゾンビってちゃんと需要はあるんです。あるんですけどきちんと用途が理解されずに適切なゾンビが適切なところに届かなくて、ゾンビ経済にはまだまだ無駄が多いんです。自由ゾンビ制でも計画ゾンビ制でも余剰ゾンビを腐らせておく一方で、不適切なゾンビの無理な導入によって効率やコスト、不足などが起きています」
少女はそこで言葉を切って息をついた。
「もっと情報が行き渡れば、適正のあわないゾンビの無理な使用による傷みや、面倒になったゾンビの放流による野良ゾンビなどが減って、伝統ゾンビの仕事も増えると思うんですけれどね。無理な使い方とずさんな管理で痛んだゾンビや捨てゾンビをみるのはつらいです」
婦人の目を見る。
「おばさんのところのゾンビは大切に扱ってくださいね。ゾンビのご利用は計画的にお願いします。この冊子に使用の注意事項がイラストになってますのでどうぞ」
コミカルな表紙の薄い右手で閉じた一冊の紙束を差し出す。
「ああわかったよ。若いのにいろいろ考えているんだねえ。ここへはひとりで来たのかい?」
「はい、中型飛行ゾンビ運転免許を今月とったばかりです。それまでの4脚ゾンビではそんなに遠くにいけなかったのでがんばって勉強しました」
少女の声を遮って怒声が響いた。
「おいコラ、だれにみかじめもらってあきないしてんだコラ。よびこみならうちのくみにまかせとけよ、コラ。にっきゅうはそうだんにのるぞコラ」
急速なゾンビの普及は農村の過剰労働人口を都市に流入させた。都市内でも単純労働の場がゾンビに取って代わられ急増する失業者は社会不安を引き起こし治安が悪化した。これにたいして具体的な対策をとれない政府を横にヤクザマフィアの台頭が始まった。急速な経済の発展は腐敗もまた進行させるのだ。
少女は眉を曇らせて独り言ちた。
「かわいそう、もっと手を入れれば高性能になるのに」
「なんだとコラ。おれのけつにてをいれておくばをがたがたいわせるだとコラ」
顎をぐらつかせながらゾンビヤクザは叫んだ。
「まずいよ、あんたも早く逃げな!」いつのまにか離れていた婦人が叫ぶ。
「おいコラ、なんでおれのこしのぶんざいでおれのあたまのうえにあるんだコラ」
閃光が走ったあと、間が抜けたようにヤクザの体が崩れおちた。その後ろにいたのは上品そうな身なりに落ち着いた身のこなしをした老人。
彼こそがかつて魔王を倒した勇者であることを知らぬものはこの国にはいない。
ゾンビ三原則
ゾンビを殺す。
ゾンビでなくても殺す。
ゾンビは死ななくても殺す。
ゾンビもフランケンシュタインもヴァンパイアも魔物である以上殺す。
「フランケンシュタインの怪物やヴァンパイアなんかとゾンビを一緒にしないでください。オカルトじゃないですから」
少女は憤慨して抗議した。
「いけとしいけるものはすべてゾンビになるんです、それなのに!」
「魔物は殺す。慈悲はない」
勇者は笑顔を向けた。同時に、神速で放たれた斬撃は不可避にしてこの世のすべてを断ち少女ごとゾンビを破砕する、はずであった。
その圧倒的威風に少女は思わす目を閉じる。
響きわたる澄んだ音。少女が目を開けると直前には巨大な槍を構えた男が佇んでいた。
「それはゾン、ゾン、ゾンビブシ! 魔物は殺す、おまえは殺したはず」
それは本来この世にあらざるもの。
異世界にブラックキギョウと呼ばれる秘密結社が支配する戦闘民族の勇者がいた。彼はあまたの戦場で戦い、生涯にわたって敵は傷一つつけることはできなかったという。その勇者を民族特有の秘伝と細菌の使用により乾燥させることで最高の硬度となった魔槍ゾンビブシは、いかなる武器をもはじき返すのだ。かの民族はハラキリセップクステガマリ、カロウシカミカゼアタックトラックテンセイなど、よほど死ぬことにこだわりがあるのだろう。
男の顔は逆光に遮られて見えない。
「ほう、たかが一魔王を覚えていてもらったとは光栄だな」
勇者は微笑みを浮かべていた。
「かかかぁ、魔物は殺す。殺してゾンビになったらまた殺す。えいえんにころしつづけられるぞぉ」
「永遠などに意味など無い。朽ちゆく肉体を得てようやく理解できたよ」
魔王は自嘲気味に呟いた。
魔王が少女に下がるように指示をした刹那、勇者が動く。右手の切り上げでゾンビブシを打ち上げると同時に、反動を殺さずそのまま崩れるように死角に滑り込み、左手の刃が急所に向かう。
あまたの敵を葬ってきたダブルブレード術技は、未だ彼の力技心がすべて高水準であることを誇示していた。
「いくら魔槍ゾンビブシといえど、間合いを詰めてしまえば問題ない。殺す」
土煙が立ち上がり衝撃が周囲を乱れ打つ。石畳は剥がれ飛び、木造の簡易商店は揺らぎ倒れ商品が散乱する。視界が晴れた後、立っている影は二つ。
「シャドウ流魔槍術に死角無し、魔王旋脚」
勇者の左腕があり得ない方向に曲がっていた。経験が意識の理解する前に致命的な一撃を片腕を代償にして防ぎ、戦闘続行の困難さが勇者の体を瞬発的に動かす。
「貴様はいつかまた殺す、それまで死ぬなよ」
男は魔槍を下して呟いた。
「残念ながらおまえにすでに殺されているよ」
魔王が振り返ると少女が屈んでいた。怪我でもしたのかというと少女は否定した。
「やくざさんの指を集めてます。ちゃんと治してあげないと駄目です」
針を取り出し欠損部分を縫い繋ぐ。さらに崩れ掛けていたイレズミを彫り治す。香草の入った防腐剤を全身に擦り込み、腐脳のシステムチェックから導き出された問題点を考慮しアップデートをおこなう。しばらくするとゾンビヤクザは動き出した。
「おいコラ、出世払い万倍返しだ。いずれは自分の組を立ち上げるからそれまでトイチのツケだ、覚えてろよおいコラ」
魔王はほうと呟いた。
「なかなかたいしたものではないか。金にもならないのによくやる」
少女は寂しげに答える。
「私たちは死ねば決して天国に行けない生業ですから、生きている間だけでも死者に何かしてあげたいんです」
「そうか術師は地獄に堕ちるのか、なるほどな。ではいっそのこと今、我々の地獄にきてはどうかね。我々のゾンビは旧泰然としたもので、腕さえあれば仕事なら選り取りみどりだぞ。かく言う私もゾンビでね」
そういう言うとそげた頬から見える白い歯でニイと笑った。
「思い通りに動かないと知ったとたん私を蘇らせた術師は逃げおったよ、それで遙々ここまで術師を雇いにきたという寸法さ。どうだ、怖いなら別に無理強いはしないが」
「……やらせてください。同業者としてネクロマンサーとしての責任は全力で果たします。ゾンビに貴賤はありません、みんな同じ限りある朽ちるまでの時間をともにする仲間なんです」
二人の距離が一歩近づく。この一歩が二人にとってはただの一歩でも、世界にとっては重大な一歩であることを知るものは誰もいなかった。
死せる魔王、生ける神を走らすと呼ばれた全魔王トーナメント。少女が入学した魔王立学園での”超魔界級の不良”による初の史上最悪の絶望的学園祭。
だがそれらの伝説は別の物語。この物語はここで終えよう。
貴重な時間を割いてお読みいただいてありがとうございました。
2013/10/16/16:13
改行空行加筆など行いました。見やすくなれば良いのですがどうでしょう。