外伝2・唯一叶った願い事 3
「・・・ ・・・祈りなんて、儚いもんな。」
「何・・・?」
ゆっくりとその場に立ち上がると、ぼうくんは軽く呟きながら口元に笑みを浮かべた。
不意に気が狂ってしまったのかと思い、アスピセスは警戒しながらスティックを構えた。
その後ぼうくんは深呼吸するかのようにゆっくり身体を逸らし、一息ついた。
「・・・ッ!」
深呼吸し終えると、ぼうくんは一気に目を見開き相手に向けて特攻を仕掛けた。
同時に上着の中に両手を入れ、それぞれに別の流星石を手にした。
そして、
ピキッ!
「ハァアッ!!」
指先に力を込めた後、彼は栓を開けずにそのまま片方の瓶を上空に向けて投げ放った。
流星石はそのまま上空に投げられると、投げられた拍子にクルクルと回っていた。
「・・・ハッ、栓を開けない流星石を投げた所で。 ただの瓶に変わりはな」
「どうかな!!」
パキンッ!!
「!?」
ただの脅しかと思いアスピセスは一言言い放つと、それに対しぼうくんは気合を入れて否定した。
すると、それと同時に流星石から強く割れるような音が聞こえ、空中で瓶のガラスが砕け散った。
それと同時に、中の液体が周囲に散布され空中で眩い大きな閃光が生成されたのだ。
「【光】だと!?」
「降り注げぇえええーーー!!!」
今までの流星石とは違った使い方をされ、アスピセスは急な事に驚きつつもやってくるであろう攻撃に対し構えを取った。
そんなアスピセスを見て、無防備にさせまいとぼうくんはすぐさま使い慣れている瓶の栓を開け、彼を拘束した。
すると、彼の身動きを封じた後に閃光弾が彼の身に襲い掛かった。
パシュンパシュンパシュンッ!!
「グッ・・・ァァアアアッーーー!!!」
「お前はただじゃ死なせない・・・!! クラウの苦しみは、お前何かが理解出来るほど軽くは無いんだ!!」
「な・・・何をッ・・・! ・・・うわぁあっ!!」
手足の自由を奪われ、光の閃光弾はアスピセスの身体に容赦なく降り注いだ。
致命傷となるほどの殺傷力は無いものの、彼の体力を根こそぎ奪うには十分過ぎるほどの集団攻撃には変わりはない。
苦しむ彼に対しぼうくんは叫び、何度も何度もクラウに対しての発言を取り消せと言わんばかりの発言を口にした。
その後瓶を両手で握り、彼の身体を遠心力で回し出した。
「クラウは・・・ クラウは・・・!!! 僕の・・・大切な相手なん・・・だぁあああーーー!!!」
バシンッ!!!
「ウグッ!!」
そして一言叫んだと同時に彼の拘束を解き、アスピセスをビルの壁へと叩きつけた。
傷ついていた身体に強い衝撃が走り、彼はしばし引力で壁に張り付いた後ゆっくりと地面に落下した。
何度も何度も否定され、幾度となく来る攻撃の波に耐え切れなかったか様子で、彼はしばらく動く事は無かった。
「ハァ・・・ハァ・・・ ・・・ッ。」
そんな敵が動かなくなった事を確認すると、ぼうくんは息を整えつつ唇を噛んだ。
そしてそのままゆっくりと歩きだし、アスピセスの元へと向かった。
「・・・ッ・・・ クッ・・・」
彼の足音で気が付いたのか、アスピセスは軽く唸りながら手足を動かしていた。
しかし起き上がるほどの余力が残っていない様子で、辛そうな表情のまま近づいてくる相手を見た。
「・・・ ・・・お前が・・・」
ガシッ
「ゥゥッ・・・」
気が付き生きているアスピセスを見て、ぼうくんは呟きながら彼の生え揃った毛のある首元を掴んだ。
そしてそのまま勢いよく彼の身体を引き寄せ、うつ伏せから仰向けに近い体制に彼を変えた。
掴まれたアスピセスはそのままされるがままに引き寄せられ、目の前にぼうくんの顔が映った。
「・・・もぅ・・・ 止めて・・・くれ・・・ ・・・頼むから・・・お願いだから・・・!!」
正気が無いかのような殺気のある顔が目の前に映ったと同時に、アスピセスは擦れる声でぼうくんに頼んだ。
だがそんな言葉に耳を貸す今の彼は無く、アスピセスは言葉を口にしながら涙を流した。
【俺、乙女の事・・・ 本当は・・・】
自分が間違っていた、ただそれだけを伝えたかった。
辛い事を抱えていたのなら、もっと皆で協力したかった。
好きだと解っていても、それを理解したくなかった。
【俺は・・・ 本当は・・・!】
ただそれだけを、アスピセスはクラウに伝えたかったのだ。
だが。 もうその言葉は遅すぎたのだ。
今彼の目の前に映るぼうくんの顔が、その事を告げるかのように一点を射抜いていた。
恐怖で身体が震えたのか、アスピセスはただ後悔しながら泣くしかなかったのだ。
「お前が・・・お前がぁあ・・・!! ・・・クッ!!」
「ッ!」
そんな彼の言葉を耳にせず再びぼうくんは呟くと、開いていた左手を握りしめ彼の顔面に止めの一発を入れようとした。
自分の言った言葉が通じなかった事をアスピセスは悟ると、抵抗はせずただその後に来るであろう痛覚に耐えようと目を瞑った。
・・・だが。
「・・・ ・・・ッ・・・ ・・・あれ・・・」
アスピセスの顔に痛覚がしばらく経っても来る事は無く、彼は不思議に重いゆっくりと目を開けた。
するとそこには拳を握りしめたままぼうくんが止まっており、次第にゆっくりと左手を下げ右手の力も徐々に緩くなって行くのをアスピセスは感じた。
「・・・できねぇよ。 ・・・馬鹿。」
「ぇっ・・・」
驚く彼を見ながらぼうくんは言うと、ゆっくりと彼の身体を地面に下ろした。
何がどうしてそうなったのかと驚くアスピセスを見ながら、ぼうくんはゆっくりとその場に立った。
「俺、何が正しいかなんて・・・わかんねぇし。 ・・・やっぱり無理だよ。 改革者になんて慣れない。」
「なん・・で・・・」
「・・・でも、お前を殺す事が改革者になる方法なんて思わない。 ・・・だから、お前を殺したりなんかしない。 クラウも、そうするだろうから・・・さ。」
身体を起こそうも起き上がれない彼を見たまま、ぼうくんはそう言い疲れた様子でそう言った。
どう考えても殺されるだろうと思っていたアスピセスには解らない様子で彼に言うも、ぼうくんはただそう言い違うからやらなかったと言うのだった。
その後静かに膝を曲げ、先ほどまで使っていた流星石を彼の隣に置いた。
「俺、やる事があるから。 ・・・お前はさっさと、居るべき人の所に行ってやりな。 悲しむだろ、相手がさ。」
「お前・・・」
去り際に彼はアスピセスに一言告げると、静かに笑いその場を後にして行った。
ゆっくりと去って行くぼうくんを、アスピセスはただ見つめその後姿を見る事しか出来なかった。
だが、
「ま、待ってくれ・・・!!」
「・・・」
そんな彼を止めようと、アスピセスは必死に声を出し叫んだ。
それを聞いたぼうくんは足を止め、ゆっくりと彼の居る方へと向いた。
「・・・ ・・・ゴメン・・なさい・・・ 俺が・・・間違って・・た・・・」
去ろうとしていたぼうくんが止まったのを見ると、アスピセスはゆっくりと告げるべき言葉を伝えた。
決して許して貰えなくても、それでも告げなければならない。
そんな彼の心境が、言葉になったようにも思えた。
「・・・駄目、許さない。」
そんな彼に対し、ぼうくんは決して許すとは言わなかった。
だが口元だけは笑っており、半分冗談で言っている様にも見えた。
返答をし終えると、彼は再びその場を歩き出すのだった。
【俺、乙女の事が好きだったんだ・・・ ・・・でも、お前に先を越されちまったな・・・ 弱いな、『俺』だなんてさ・・・ 笑っちまよな。】
【そうか・・・? 君の様に、勝者にも負け越しをあまり見せずに宣言する生き方。 嫌いじゃないよ。 あの人の様にね。】
「・・・負けちゃったな、俺・・・ ・・・プリンセスに、嫌われちまう・・な。」
完全には許して貰えなかったが、表情だけで許された事を悟りながら。
アスピセスはただそう呟き、静かにすすり泣くのだった。
「・・・ ・・・どうしようかな、コレ・・・」
彼の居る地区の管理課であったアスピセスを倒し終えた彼は、その足で地区の外れにある大扉の前へと向かっていた。
手にはクラウに託された特殊な流星石があり、これをさらに託すべき相手に託さなければならない。
それを成し遂げようと、彼は歩いていた。
『でも、渡す相手って言ったら・・・ アイツ等、だもんな・・・ ・・・』
渡す相手に検討は付いているものの、彼はあまり会いたくない様子で行先に迷っていた。
出会う事すら拒むほどに彼は止まっていたが、今は止まる事は無く前を向いている。
だがまだ、行く末が定まらない様子で居る様だ。
すると、
「ニャッニャッニャッ、お悩みかニャー? 迷える少年ッ」
「?」
俯きがちに歩いていた彼の耳に、何処からともなく雰囲気を壊す声が聞こえてきた。
だが彼には聞き覚えのある声色だった様子で、軽く驚きつつも声の主を探した。
すると、彼の近くに立っていた街灯の上に1人の存在が丸まっていた。
「・・・ぁ、ネコ。」
「ニャーンッ、覚えててくれたみたいだニャー少年っ」
姿を見つけ言葉を口にすると、街灯の上に居たネコSは嬉しそうに歓喜の声を上げた。
それと同時にその場で両手を上げ、嬉しさをアピールするかのようにはしゃいでいた。
「・・・」
「ニャーを覚えてくれていた喜び・・・! そんな嬉しい一言に対して、道化師のニャーは手を貸してやるのニャ。 ありがたく受け取れぇいっ!」
喜びに浸かっていたネコSは、そんな彼に対し何かをしようとこの場にやって来たようだ。
軽く上から目線の発言ではあるが、そんな事はネコは気にしない。
ありがたく受け取って欲しいと言う素直ではない意味も、言葉に含まれていた。
だがしかし、
「嫌だ。」
「ニャッ!?」
即答であっさり彼に断られてしまった。
これには驚いた様子で、ネコSは軽く街灯から落下しつつも彼の元へとそそくさとやって来た。
「何でニャッ! そこはありがたく受け取るべき場面なのニャッ!! 拒否権を行使するのかニャ!?」
「うん。」
「うぐぐっ・・・ 中々のヤリ手なのニャ・・・ これには一本取られたニャッ、座布団一枚っ!!」
「・・・」
軽くお説教込みでネコは言うものの、ぼうくんは決してYESとは言わなかった。
さすがにこれにはお手上げな様子で『座布団一枚!』と言うものの、それすらも彼は突っ込みを入れなかった。
疲れているのか、呆れているのか。 だがどちらでもない様子だった。
「・・・で、何。 ネコ。」
特に言う事は無かったが、出向いた要件を彼はネコに問いかけた。
それを聞いたネコは再び表情を変え、その場でちょこまかと彼の周りを駆け回った。
「おぉっと、失敬。 その流星石についてなのだがニャー・・・ ・・・どちらへご配達でぇー? ゲッツッ」
「何処かは解んないけど、あの記憶の場所。 ・・・」
「んー ・・・相手は解ってるんだけど、ちょーっと行き難い感じかニャ?」
その後彼の手にしていた大きな流星石を見ながら、彼は質問しつつ両手で銃を作る様に親指と人差し指を伸ばした。
これに対しても彼は特に突っ込みは入れず、質問に答えつつも少しだけ表情を暗くした。
そんな彼を見て、ネコは何かを察した様子で謎めいた言葉を言った。
「・・・別に。」
「まま、そう言わずにニャ。 知られたくない事があるのは、解ってるのニャ。」
「・・・」
とはいえ、ぼうくんは左程干渉して欲しくない様子で顔をそっぽに向けてしまった。
そんな彼に対しネコはなだめる様に彼に言い、右手でポンポンと彼の背中を叩いた。
「渡すべき相手は、おそらく他の地区に居る改革者達ニャろ? みーんな仲良しなのニャ。」
「・・・」
「でもニャ、少年が知っている以外にも改革者は居るのニャ。 なんニャら、そいつに託せば良いのニャ。」
「ぇ・・・?」
まるで最初から分かっていたかのような口ぶりで、ネコSは話しだした。
誰に渡したいか、誰に会いたくないか。
それが全て見透かされている様な発言に、ぼうくんは少し嫌そうな顔を見せた。
だが、すぐに後から付け加えられた言葉を聞いて表情を変えた。
「藍髪の獣人はそれを分かってて、少年にそれを託したのニャ。 渡して欲しい相手は、獣人も彼等じゃないのニャ。」
「クラウが・・・そんな所まで考えて・・・ ・・・」
「元々、獣人はあの連中に左程は興味は無いのニャ。 でも知らない人物からしたら、そいつらに直結しちゃうのは解らなくは無いけどニャ。」
話を続けながらネコSは告げ、クラウが本当に渡してほしい相手はぼうくんの知る連中ではない事を言った。
自分の事を考え、なおかつその考えの上を考えてくれていた事を知り、彼は静かに手にしていた流星石を見た。
中身は何かは聞いていないが、外見の華美さから見て凄い力を秘めている事だけは彼にもわかっていた。
そして、彼は言った。
「教えて・・・ 誰、その人。」
「うんうん、素直でよろしいニャ。 そんな素直な相手には、ニャーはちゃーんと教えてあげるのニャ。」
ぼうくんからの聞きたい一言をようやく聞けた様子で、ネコSは猫耳をピコピコと動かしながら言った。
いろいろと謎がある相手だと思いつつも、ぼうくんは静かに彼を見ていた。
「そいつは、この地区に住んでいた住人じゃないニャ。 外から来た名前すらも持たない蒼き龍。 仮ではあるけど、名前は『ストレンジャー』と言うのニャ。」
「ストレンジャー・・・」
「きっとではあるけれどニャ。 奴は少年の未来さえも、変えてしまう様な存在だとも思ってるにゃ。 それに応えるかは、少年が決める事にゃ。」
「・・・」
その後ネコは静かに相手の特徴と来た場所を告げ、この街に元々住んでいた相手ではない事を告げた。
ぼうくんの持つ流星石で外の地区を飛び越え見回っていたが、彼にはその龍に会った事は無く改革者である事も知らなかった。
だが何処かの地区で噂になっている『蒼き龍と空色の子狐』の話は耳にしており、おそらくその彼なのだろうと思った。
話を聞いて何かを感じていると、ネコSは続けてそう言い自分の未来さえも変えてしまうかもしれないほどの改革者だと告げ、持っていた小さな鍵を彼に手渡した。
鍵を受け取った彼は一瞬驚くも、話で聞いた様な相手は居ないと言おうとする口を、静かに閉じてしまった。
「・・・ ・・・居ないよ、そんな人。 クラウとアイツ等しか、俺の人生は変わらない。」
「ニャッニャッ、信じる信じないは自由ニャ。 ・・・では、ニャーは用が済んだから持ち場に戻るのニャー」
「ぁっ。」
一通りの話を終えると、ネコはそう言いその場を後に彼とは違う方向へと向かって行った。
それを見たぼうくんは声を掛けようと言葉をかけるも、何と言って声を掛ければいいのかわからない様子で再び口を閉じてしまった。
すると、
「ぁーっと、忘れてたのニャ。」
「?」
そんな彼の行動に気付いたのか、ネコはそう言い振り返りながら彼を見た。
急な事に、ぼうくんは再度驚きつつネコを見た。
「少年がくれたあのどら焼き、美味しかったのニャッ ニャーは嬉しいのニャ、人からの気持ちに素直に答えられる事がニャッ」
「・・・」
「ニャーの好きな相手は、それが出来ないのニャ。 少年も、後悔しないように行動するのニャよ~」
何を思ったのか彼はぼうくんから貰ったお菓子の礼を言いだしたのだ。
急に何故そんな事を言おうと思ったのか理解出来ないぼうくんであったが、ネコは気にせず彼にそう言い意味深な言葉を最後に付け加え、その場を後にして行った。
不思議なネコのお礼を聞き届け、ぼうくんは静かに彼の後姿を見送っていた。
「・・・ ・・・後悔、か。」
その後彼から受けた言葉を聞き、考えながら大扉の方へと向かって行ったのだった。
ネコから譲り受けた、解除用の鍵を持って。