外伝2・唯一叶った願い事 2
新たに始まった、管理課と改革に踏み出そうとする者との闘い。
曇天が徐々に変わって行く空模様の下、ぼうくんは背後で倒れてしまっている『迎えに来てくれた・願いを託してきた相手』のためにと戦っていた。
『何が正しいなんて、俺にはわからない。 改革者なんかにも、なれっこないって思ってた・・・ ・・・でも。』
使い慣れている流星石に加えて、適当に拾い手元にあった別の力も彼は使っていた。
相手がどれだけの強さを持っている事も知らず、本当の激闘すら経験した事のないぼうくん。
互角に戦う事すら敵わない中、必死に相手に向かって食らいついていた。
『俺にだって・・・ こんな俺にだって・・・! 守ってくれようとしてくれる奴が居たんだ!』
どれだけ頑張っても無理かもしれない、相手に負けてしまうかもしれない。
そんな不安が彼の中にくすぶるも、ぼうくんは決して動く事を止めようとはしなかった。
彼を動かす、ただ1つの願いのために。
『その願いに・・・! 俺も答えたい!!!』
「うわぁああああーーー!!!」
ガキンッ!
手持ち武器へと変換させた流星石を持って、ぼうくんは威勢よくアスピセスに攻撃を仕掛けた。
調合を施していない【剣】を持ち、果敢にも正面から彼は挑んで行った。
しかし相手は持っていたスティックでその攻撃を受け止め、余裕そうな表情を見せていた。
「はっ 随分と偉そうな事を言った割には、戦い方すら知らないみたいだなぁ。 お前。」
「ッ・・・」
「そんなちんけな安い願い如きで・・・ 俺様に勝てるはずねぇだろうがぁあ!!」
バシンッ!
「クッ!」
そんな彼の攻撃をあっさり受け流すと、アスピセスは剣を弾きスティックで彼を殴り飛ばした。
殴られた箇所が痛むも、彼は飛ばされた体制のまま別の流星石を取り出し、入っていた液体全てを敵に向けて散布した。
「ッ!」
すると液体が触れた地面が赤褐色の光を上げだし、相手に向けて鋭角になった岩を突きだし攻撃を仕掛けた。
散布された量もあり、普通に見た限りでは回避しても傷を付けるであろうと思われる攻撃だった。
「・・・ほぉ。 あの馬鹿獣人同様、お前も【地】かぁ? 笑わせてくれるなぁ、おい!」
だがそんな攻撃に動揺する事も無く、アスピセスはやって来た岩達を拳で打ち砕いて行った。
衝撃を受けた岩達は、次々と粉砕され彼の横を通り過ぎ周囲に散乱した。
バラバラに砕け散った岩達は、まるで彼の祈りさえもそうなってしまうかもしれないと思わせる様な姿に成り果てていた。
「俺様は大地の幻獣『セトカー』の1人だぜ? 俺の扱う流星石と同じ同種で戦おうなんて、千年早ぇんだよ!! 所詮は低能じゃねぇか!!」
「だったら・・・! なんだって言うんだ! お前だってこの街の力に頼らなければ、護る事すら出来ないじゃねえか! 同じ力で張り合って、同じだけ傷ついて・・・! 何の意味があるんだ!!」
「その相手が居るからこそ・・・! 乙女はずっと傷つけられて、ずっと泣いて過ごしてきたんだ!! 誰にも言えず、誰に対しても甘える事が出来なかった・・・ そんな乙女を、1人にしておくなんて出来るわけがねぇ!!」
「・・・」
襲い掛かってくる岩が無くなると、アスピセスは残った岩を蹴りで砕き、彼に言い放った。
彼の扱う流星石は『砂』であり、大地を統べる幻獣である彼には通用し得ない属性だったようだ。
屈する様に叫ぶ彼の言い分に対し、ぼうくんは諦めず意見していた。
「存在が泣き続けてて、何の生産性があるんだ! ただの絶望しか生まねぇだろ!! ・・・独りよがりでいじいじしていた貴様如きに、俺様の気持ちが・・・!! わかってたまるかぁああああ!!!」
だが両者が抱く気持ちはほぼ同じであり、譲る事のない信念だった。
理解してほしくないと拒絶し合い、彼等は対立する事しか出来なかったのだ。
そんな意見を言い合い決して屈しない様子のぼうくんを見て、アスピセスは再びスティックを使い彼を吹き飛ばした。
バンッ!
「うぐぅぁあっ!」
再び殴られた彼はそのまま壁際へと飛ばされ、灰ビルの壁に背中を強く強打した。
一瞬壁へと張り付くぼうくんであったが、次第に重力に引かれ地面へと落下した。
「ぅぅっ・・・ いってぇー・・・」
「身体すら鍛えてねぇみたいだなぁ。 お前、それでも雄か?」
「・・・」
「誰かを護り、誰かの支えになるのが男の宿命。 守られてる側が意見だなんて、図々しいとは思わねぇのかぁ? おい。」
身体が痛む様子で唸る彼を見て、アスピセスは再び『だらしない』と彼に言い放った。
自らが置かれた立場と性別は順守し、通りに叶った生き方をしなければならない。
彼はそう考えている様子で、相手を小馬鹿にしていた。
しかし、
「・・・だからって。 勝手な事をして生きて・・・勝手な意見を聞いてばかりいるなんて、俺はごめんだ・・・」
痛みが少し和らいできたのか、ぼうくんは両手を動かしゆっくりと上体を起こした。
フラフラとした足取りはおぼつかないものの、それでも彼は静かにその場に直立したのだ。
その様子を見て一瞬たじろぐアスピセスであったが、敗者の戯言だろうとすぐに表情を戻していた。
「通りに叶ってる意見が、お前の中にあったとしても・・・ お前は間違った事をしてるんだ。 ・・・前の俺みたいに・・・な。」
「何・・・?」
だが彼が言った言葉は先ほどとは違う話であり、再びアスピセスは眉をしかめた。
ボロボロになってまで言うべきことがあるのか、そんなに立たなければならない理由があるのだろうか。
さっきから彼は、何を言いたいのだろうか
そう言わんばかりの表情であった。
「考えても・・みろよ・・・ 自分の考えが自分に通用しても、相手に通用するとは限らねぇだろ・・・ 俺は間違いを犯して、勝手にグれて・・・1人になっちまったんだ。 馬鹿なのは俺等じゃねぇか・・・」
「・・・」
「クラウは何ひとつ間違った事はしていない。 アイツは素直になって、相手の事を気にしてでも好きって言えるんだ。 ・・・俺もなりたかったよ、そんな奴に。」
軽く思い出話をするかのように、ぼうくんは1人呟き出した。
大好きだった奴が居た、生きてきた中で一番に行動しようと思えるだけの相手に出会えた。
自分が最善である、こうしたいと思う気持ちが強すぎた事。
全てが後悔に変わる前に、ぼうくんは尽した相手が居た事を言った。
何も言わずにいるアスピセスを横目に、彼は意味もなく話し続けていた。
「高ぶる気持ちを抑えるなんて、俺には無理だ・・・ 好きって気持ちが強すぎて、相手を束縛しちまった。 ・・・だから俺は、駄目だったんだ。」
「・・・」
「『後悔しても遅い』 そう思う自分もいたからこそ、辛い過去となって今の俺を苦しめてる。 ・・・だから俺は、皆と距離を取った・・・ 勝手に不幸だと思い込んで、奴らを憎んでまでな・・・」
「何が言いたい・・・ フラフラしたおぼつか無い足腰で言われても、説得力がねぇンだよ・・・! あぁあ!」
ガスッ!
「がぁっ・・・!!」
意味もなく話すぼうくんに苛立ったのか、アスピセスは再びスティックで彼を殴りつけた。
それにより再び彼の身体が地面へと崩れたが、アスピセスは攻撃の手を緩めようとはせず、そのまま彼の背中に数発蹴りをお見舞いしていた。
「いちいちウッセェ説教垂れやがって・・・ テメェが犯した罪だ、貴様が償わなくてどうする!!」
「グッ! ガァッ!!」
「貴様と俺様が同等? 笑わせんな!! 笑顔を見せる努力を怠り、貴様だけが笑顔になろうとしただけじゃねぇか!! そんな通りが、叶っていいはずがない!! 身体ばっか見てたんだろうが!!」
ガシッ!
「!?」
足と口だけは動かし続け叫ぶアスピセスであったが、不意にぼうくんは彼の足の動きを見て左手で足首を掴んだ。
何処にそんな力が残っていたのかと驚く彼であったが、それでも手を振り払いもう一度蹴ろうとした。
だがぼうくんは素直に受けようとはせず、身体を動かし攻撃を避けた。
「ちげぇ・・よ・・・ それだけだったら・・俺は真っ先に押し倒してる・・・ ・・・もっと欲しいものがあったから、大切にしたかったから・・・! 俺はどれだけ時間を費やしたってかまわなかった!! アイツが好きだったから!!」
「!!」
攻撃を避け終えると、ぼうくんは彼に向かって再び意見した。
その言葉を聞いて、アスピセスは表情を凍らせた。
そして、
【俺・・・ 俺は、乙女が・・・】
一瞬だけ、彼の頭に声が響いていた。
「・・・ぅ、ウルサイ!!!」
ガスッ!!
「グゥウッ・・・!」
そんな声を耳にするも、アスピセスは意識を戻しつつ彼を蹴り飛ばした。
丁度彼の腹部に入った様子で、ぼうくんは腹を抱え痛がっていた。
「俺様は・・・そんなふしだらな意味なんかねぇ・・・! お前なんかと同等な訳がねぇんだ・・・!!」
「・・・?」
「契りがなんだ・・・約束がなんだ・・・! 祈りがなんだって言うんだ!! 俺様は俺様、1人の存在だ!! 弱くなんて・・・ねぇんだ・・・」
一発お見舞いし気が済んだのか、アスピセスは息を荒げつつそう言った。
しかし心なしか方が震えており、何か落ち着かない様子だった。
『コイツ、まさか・・・』
そんな彼を見てぼうくんは驚きつつも違和感を感じ、痛む腹を押さえながら立とうと右手に力を込めた。
次第に身体は地面から離れ、両膝に力を込めれば立てる所まで起き上がっていた。
そして、一言言った。
「・・・ 独りか、お前も。」
「!! 違う! 俺には乙女が居る!! お前なんかと一緒にするな!!」
それを聞いたアスピセスは動揺し、焦りながらも正気になろうと言葉を口にした。
しかし、その言葉は何処か頼りなくぼうくんは感じた違和感の正体を把握した。
彼も同じく、ひとりぼっちなのだと。
「それ、片思いって意味もどうせ含まれてるんだろ・・・? お前等の言う『乙女』だったり『プリンセス』だったりする、そいつとの関係なんて。」
「馬鹿を」
「認めろよ!!! 俺はとっくに認めてんだ!! うじうじ言ってるお前の方が、雄なのに女々しいんだよ!!!」
何を言っても説得力が無いと思った様子で、ぼうくんは彼の言葉を遮り大声で叫んだ。
それを聞いたアスピセスは表情をしかめるも、何も言えない様子で黙っていた。
「・・・第一、俺にだって解ってんだよ。 プリンセスって奴が選んだのは、俺を迎えに来てくれた『クラウ』だってことは・・・ お前もフラれたんだろ。」
再びゆっくりと立ち上がると、ぼうくんは彼に向けて事実を突きつけた。
告白する側も辛く、振った側にしかいない相手には解らない負担がやってくる。
それを処理するのがどれだけ大変なのかは想像もつかないほどに、重く苦しい日々がやってくる。
辛い事から逃げたいこの街の住民達からしたら、誰も触れたくない領海であった。
「誰がっ!!」
「その様子だと、言う前か言ってる最中にフラれたパターンか? ・・・惨めだなぁ、お前も。」
「だっ・・・ 黙れぇえ!!」
バシンッ!
「グゥウッ!」
しかし理解できる側の存在同士であっても、触れて欲しくない場所もある。
何度もやってくる不安な気持ちに耐え切れずにか、アスピセスは拳を握りしめぼうくんを殴った。
再び彼は地面へと寝かされてしまい、軽く口元から血を流していた。
「・・・ハァ・・・ハァ・・・」
「ただ、俺には証がねぇだけだ。 ・・・証が・・・」
「そっかぁー・・・ それがお前の『願い』か。 フラれセトカー」
「ッ・・・!」
ぼやいた言葉を耳にし、ぼうくんは挑発する様に言い放った。
それを聞いて頭に血が上るアスピセスであったが、何度となく立ち上がる彼を殴り飛ばす事が出来なかった。
彼にもまた、考えに賛同出来る所があったのだ。
「・・・ハァ ・・・本当、祈りなんて・・・儚いもんな・・・ 叶うはず、ねぇもん。」
「何・・・?」
再びゆっくりとその場に立ち上がると、ぼうくんは軽く呟きながら口元に笑みを浮かべた。