外伝2・最愛の相手の祈りと雫 1
「・・・ご馳走様。」
その後互いに朝食を食べ終え、クラウが持参した食物達が無くなった頃。
ぼうくんは泣きながら食べていた事を改めて知り、涙を拭った後言葉を発した。
何時振りになるだろう、1人以上での食事。
元々それが普通だったのにも関わらず、何時しか失われたその温かさを知った。
隣にずっと居てくれていると思える1人の存在が居るだけで、彼の心は温かく溶かされていくかのような気持ちに包まれていた。
知らず知らずの内に流れた涙は、そんな溶かされた心の雫だったのかもしれない。
「はい、お粗末様。 ・・・美味しかったか、ぼうくん。」
「・・・ ・・・うん。」
「そっか。 良かった。」
そんな彼と食事を共にしていたクラウは、改めて彼に問いかけ食事を満足に頂けたかを聞いた。
それに対し彼は返事までの間があったものの、自らの言葉を発し彼に礼を言うのだった。
ようやく貰えた彼からの言葉を聞き、クラウは笑顔でそう言うのだった。
「・・・なぁ、ぼうくん。 今日ここに来たのは、もう1つ理由があったからなんだ。」
「?」
彼からの返事を貰い終えると、クラウは座っていた位置から移動し彼の前に静かに膝を付いた。
そして、朝食を取ると共にもう1つ用事があった事を彼に告げ、自らの口で話したい事があると言った。
不意な申し出に一瞬驚くも、彼はすぐに表情を戻し彼の事を見た。
「俺な、ぼうくんを探すまでの間。 あの塔の中で、君の事を探しながら大切な人の元に居たんだ。 今は少し無理を言って、ココに出向いたんだ。」
「・・・」
「ぼうくんの事を探していたんだけど、何時の間にか日数が経つにつれて少しずつ記憶が薄れてたんだ・・・ ・・・馬鹿な話だよな、本当に探したい相手なのに。 君の名前を聞くまで、君の名前がわからなかったんだからさ・・・」
その後クラウは話しを続け、静かに彼の背後を指さし話を始めた。
彼の居る地区からは管理課の住む塔が見え、その日は比較的空気が澄んでいたためか塔の姿が良く見えていた。
指さした方向を見終え、ぼうくんは再び彼の顔を見ながら話を聞いていた。
だが次第に暗くなっていく彼の表情を見て、どれだけの時間を使って自分の事を探していたのかを知った。
しかしその時間の対価として、彼の記憶を少しずつ時間が奪い、彼の名前さえも失わせてしまうほどの時間を。
彼はたった1人で行っていた事を、ぼうくんは知るのだった。
『クラウ・・・』
「本当にゴメンな、ぼうくん・・・ 独りにさせたばかりか、俺は君の事を出会うまで忘れてしまっていたんだ・・・! ・・・そんな俺が、君に会いたいなんて思う事自体おかしいのに・・・ ・・・ゴメンな、ぼうくん。」
そんな中クラウは話す事を止めず、次第に震えだす声の中彼に必死に詫びの言葉を告げた。
どれだけ会いたいと願っても、どれだけ探しても出会えず。
思っていたのにも関わらず忘れてしまった自分に対して、クラウはただ謝罪するのだった。
そんな彼の頬に一滴の涙が伝い、地面へと落ちた。
ぼうくんはその涙を見て、彼がどんな気持ちでここへ来たのか。 改めて知るのだった。
『コイツも、俺と同じで・・・ずっと、1人で生きてきたんだ・・・ 俺がどれだけ願っても叶わなかった様に、クラウも。 探しても、見つけられなかったんだ・・・』
顔を下げたままのクラウを見て、ぼうくんは彼の言葉を思い出しながら悟った。
1人で居る事がどれだけ辛く、ましてやどれだけ自分の事を思って来てくれたのか。
自らが叶えたかった願いは叶わなかったが、それでもクラウには目の前に立っている自分が願いの相手。
例え薄れた記憶の中であっても、自分の事を忘れずに居てくれた。
それを知れただけでも、彼はとても嬉しく思うのだった。
自分よりも幸せであり、自分が認めてさえ上げられれば。
その願いは、成立するのだから・・・
「・・・」
スッ
「・・・? ぼうくん・・・?」
そんな彼を見て、ぼうくんは静かに手を伸ばし彼の右頬に触れた。
暖かい手の感触を知ったクラウは顔を上げると、そこには先ほどとは変わらない表情を見せる彼の探し人が居た。
だが先ほどまでとは違う何処か優しげな笑みがそこにあり、静かに頬から彼の身体に手が伸びた。
そして、2人の距離は無くなり零になった。
「・・・ありがとう・・・」
相手の身体を抱きながら、ぼうくんは静かにそう告げた。
そしてゆっくり彼の背中を撫で、自分が願っていた温もりを彼から得るのだった。
「!! ・・・ぼうくん・・・ ごめんな・・・ ごめん・・な・・・!!」
「・・・もう、良いよ・・・ ・・・ありがとう。」
自らが探していた相手からの言葉を受け、クラウは抑えられなくなった涙を流しながら彼の身体を抱きしめた。
そして静かに泣き、自分に優しくしてくれる相手に精一杯の謝罪の言葉を伝えるのだった。
静かにすすり泣く獣人に対して、ぼうくんはただただ優しく背中を撫でてあげるのだった・・・
「・・・ぼうくん。」
「ん。」
どれだけの時間が経ったか、それからクラウが泣き止んだ頃。
彼は静かに目元を拭い、彼の身体を地面に戻しながら名前を呼んだ。
「俺、あの人に伝えてくる。 君との出会いが、もしかしたらあの人の心を痛めてしまうかもしれないから・・・ ・・・ちゃんと、伝えたいんだ。 見つけた事と、これからの事を。」
「・・・良いのか。 そうしたら、きっと・・・ ・・・きっと、お前は恨まれる。」
その後彼に再び申し出をし、これから再び塔へと出向き伝えるべき相手に言葉を伝えてくると言った。
しかしそれは大きすぎる取引であり、対価として支払う『相手からの妬み』を彼は背負わなければならない。
過去に自分が受けた物が彼にもやってくる事を知り、ぼうくんは心配しながら彼にそう言った。
「良いんだ。 ・・・心に嘘をついて、2人とも傷つけるくらいなら。 俺はそうしたい。 ぼうくんも、プリンセスも。 俺には大切な人なんだ。」
「・・・ ・・・分かった。」
だが彼は、そんな彼の配慮を受けるも決めた事を貫きたいと言った。
互いに大切な相手であり、もし駄目であっても何度でも伝えたい。 何度でも話してあげたい。
それだけ自分を想ってくれている相手であれば、なおさらそうしたいとクラウは言った。
そんな彼の考えを聞き、どれだけの気持ちで挑むのかを知りぼうくんはそれ以上何も言わなかった。
その後行こうとするクラウの手を引き、静かに彼は一言告げた。
「行ってきな。 ・・・ちゃんと、帰って来いよ。」
「あぁ。 ココで待っててな、ぼうくん。」
互いに掛け合うべき言葉を告げた後、クラウはその場を後にした。
静かに閉まって行く屋上の扉を見た後、ぼうくんは静かに息を吐き背後に立つ塔を見た。
『・・・管理課の塔・・・か。 ・・・アイツが心から想う大切な人って、誰なんだろうな・・・ 指輪まで、してさ。 結婚かよ。』
自分を探してきてくれた相手が住んでいた場所を見て、今から会うべき相手がどんな人なのだろうと思うのだった。
実際の所、彼の指に妙に輝く指輪がはめられていた事は彼は知っていた。
それが誰からの物なのだろうと少しだけ思うも、その悩みはすぐさま彼の言葉で相手を察した。
貰った相手はおそらく、自分と同じくらい大切だと思う相手からの物。
だからこそ何かを犠牲にしてでも、たとえ恨まれたり妬まれたりしても。
彼はその行動を成し遂げたいと、言ったのだろう。
ぼうくんは静かにそう悟り、軽く苦笑した。
『大人だな・・・ アイツ。』
心の中でぼうくんはそう思うと、静かに吹いてきた風に前髪を靡かせるのだった。
だが、しかし。
その風も、長くは吹かないのだった・・・