外伝2・隣り合わせの不安 4
「っ・・・ぇぐっ・・・」
突如現れた、自分の知り合いであった獣人『クラウ』
心に素直になれなかった彼の言葉は、自身を探し求めてきてくれた相手を追い返してしまった。
彼はそれだけを後悔し満たされつつあった空腹の中、涙を流していた。
昼間からずっと泣き続け、気が付けば彼の居る街は次の日を迎えていた・・・
「・・・グスッ・・・ ・・・」
寝床であるソファの上に居た彼は、何時しか泣き疲れ床に就いていた。
気が付いたころには再び暗雲の雲間からの日差しが差し込み、街に朝が来た事を告げていた。
だが相変わらずの天気であり、中々晴れそうにはない陽気であった。
それどころか、雨が降りそうなほどである。
『クラウ・・・』
ゆっくりと寝床から起き上がった彼は、衣服に染みついた水滴を目にし溜息をついた。
あれからずっと彼は泣き続け、軽い脱水症状になってしまうのではないかと思われるくらい泣いていた。
しかし周囲に声は響く事は無く、寝床に俯せになり声を発していたに等しい。
枯れた涙と目元を擦りつつ、彼は空を見た。
それと同時に、不意に浮かんだ彼の顔を見て心の中で名前を呼ぶのだった。
『・・・素直、じゃねぇよな・・・ ・・・あんなに必死になって、俺の事を探しに来てくれたのにさ・・・』
顔が浮かぶにつれて、ぼうくんは脳裏に浮かぶ一時の記憶を思い出していた。
それは彼が笑顔で自分のそばにいた記憶と、彼と共に食卓を囲んだ他の獣人達との記憶。
他の地区に居た存在達との、楽しげな会話を交わし食事を共にした記憶。
どれもすでに風化気味の記憶であったが、それでも色褪せない思い出であった。
そして何よりも、その記憶でたくさんの笑顔を見せてくれていた相手。
それがクラウであった。
『・・・あの人も、クラウのそばに居るのかな・・・ ・・・いや、あの人はこの街には居ない。 クラウが好きって、自分から言ってた・・・あの人は。』
そんな記憶の走馬灯を脳裏で過らせていた時、ふとある記憶が彼の目の前に浮かんだ。
浮かんだのは自分も大好きだったクラウを、自分と同じかそれ以上好きだと言っていた1人の存在。
可愛らしい容姿とは裏腹の性別がギャップを呼ぶ、狼の青年。
互いに好きだと言い合い、結ばれる事が無いと解っていても同じ屋根の下で時間を過ごしたクラウ。
涙を浮かばせても、それでも満足するまで。 ずっと一緒に居ようと誓った相手。
しかしその相手はこの街で見かけた事は無く、ぼうくんはその人は今でもこの街には居ないと思っていた。
自分がそばに居なかった分、そばに居たと考えた時に浮かんだ相手。
だからこそ信頼していたが、今ではその想いも何処か薄く遠い場所に居るような気がしていた。
『・・・クラウも、寂しかったのかな・・・ 俺よりも、ずっと・・・』
そんな彼の顔がずっと浮かび、ぼうくんはふとそう思うのだった。
すると、
ガチャンッ・・・
「?」
思い出に浸っていた彼の近くで、重みのある扉が開く音が聞こえた。
誰が来たのだろうかと慌てる彼であったが、一度崩れた顔を直そうと近くにあったタオルとペットボトルを引っ掴み、乱暴にタオルに液体を浸し顔を洗い出した。
そんな彼の元に、足音が少しずつ近づいてくる音が聞こえてきた。
「・・・ぁ、起きてたんだね。 ぼうくん。」
軽く今創り出した雰囲気を彼は演出すると、自身の名前を呼ぶ声が聞こえた。
顔面に張り付かせていたタオルを静かに取ると、そこには昨日と変わらずに優しい笑顔を見せるクラウの姿があった。
そんな彼の姿を見るも、ぼうくんはあまり笑顔にはならず口元を隠したまま彼の事を静かに見ていた。
「・・・」
「おはようぼうくん。 ゴメンな、迷惑だって解っててもやっぱり近くに居たくてさ。 ・・・お腹空いただろ? 一緒に食べよう。」
何も言わないぼうくんに対し、クラウはそう言い手にしていたビニール袋を見せながら朝食を食べないかと提案してきた。
そんな提案を受け心の中で歓喜する彼ではあったが、
「別に、いらない・・・」
口にする言葉はそれとは裏腹の言葉であり、やはり彼を突っぱねる言葉でしかなかった。
「まぁ、そう言わないでさ。 昨日のお菓子だけじゃ、身体に悪いよ。 な?」
「・・・」
しかしそんな言葉を受けるも、クラウは下がる事は無く再びそう言った。
半ば強引な提案ではあるものの、それでも彼が自分の事を心配してくれている事はぼうくんもわかっていた。
なのにどうしても素直になれない気持ちがある様子で、彼の笑顔に言葉を返す事が出来ない様だった。
その後ゆっくりと近づいてきた彼を見て、クラウは静かに膝を付き持っていた袋の中身を彼に見せた。
中には地区で出回っていた様な食材ではなく、とても暖かく美味しそうな食べ物ばかりであった。
彼が自分のために持ってきてくれた事を思うと、ぼうくんは軽く彼の服を掴み何かを主張していた。
「・・・」
言葉にはしなかったが、クラウはその様子を見て驚くもすぐに何かを解ったか様子でこう言った。
「うん。 じゃ、食べようか。 あそこが良いかな。」
違いがあるとは思わない様子で彼は一言言うと、袋を手にしたまま彼の手を引いた。
その手に引かれ彼も移動すると、2人はビル屋上の淵に腰を下ろした。
そこでクラウは持っていた袋を一度地面に置くと、中から取り出したお弁当をぼうくんに差し出した。
それを見たぼうくんは静かに受け取ると、蓋を開け弁当の中身を見た。
中身はシンプルな鮭弁当ではあったが、今までの物とは違い出来立ての温かい代物であった。
配給以前に期限切れの物ばかりを食べていた彼にとって、とても嬉しく優しい食事であった。
少し驚いた様子を見せる彼を見て、クラウは静かに笑顔を浮かべ割り箸を彼に手渡した。
箸を受け取ったぼうくんは袋から取り出し2つに割ると、綺麗な白米を取り口にした。
「・・・」
「美味しいか・・・? ぼうくん。」
彼の行動を見ていたクラウは心配しつつも一言言うと、返事はしなかったがすぐに表情に気持ちが現れた事を知った。
彼の目からは枯れたはずの涙が静かに流れており、口を動かしたまま何も言わずに食べているのだ。
本当に美味しくて泣いているのか、それとも何かを感じて泣いているのか。
どちらともいえない雰囲気ではあったが、クラウは何も言わずに彼の肩に手を置き優しく撫でた。
「口にあって良かった。 ・・・まだあるから、好きなだけ食べていいよ。」
「・・・ぅん・・・」
何かを察した様子で告げられた言葉にぼうくんは必死に返事を返すと、何も言わずに弁当を食べだした。
よほどお腹が空いていたのか、手渡された弁当の中身は全て無くなり次の食べ物に手が伸びるほどであった。
時々お茶を口にする事もあったが、それでも満たされるまでずっと彼は手を止める事は無かった。
それと同時に静かに流れる涙も止む事は無く、彼の手のぬくもりを感じたまま食べ続けていた。
『・・・本当に良かった、いろいろ持ってきただけの事はあったよ・・・ ・・・ぼうくん。』
そんな彼を見て、感想を1つも零さない彼に心の中でクラウは言った。
昨日の出会い頭に見せた彼の行動を見て、クラウはビルを離れた後もずっと考えていた。
そばに居ては傷つけてしまう、だが自分の気持ちを告げ返事を返した事も事実。
自分の事を忘れたと嘘を付いたことも、しばらくしてから彼はすぐに分かった。
良き理解者でもあり、彼の知り合いで唯一性格の違った彼は何か察する事もあったのだろう。
だからこそ、その場に居ない事を選んだのだ。
それからと言うもの、地区を離れたと同時に管理課の塔へと戻った後も彼の事が頭を離れなかった。
目の前で泣かれてしまった会うべき相手に、何をしてあげられるのか。
時間によって生じられた溝を埋める事に踏まえ、彼の不安をどうしたら取り除いてあげられるのか。
今まで成し遂げられなかったその行動を、彼は一新し何度も考えていた。
それによって行き着いたのが、今朝の食事の差し入れだった。
一緒の時間を造る事も大切だったが、彼の住む区域の状況は彼も良く知っていた。
だからこそ今彼に出来る事は欲求を満たしてあげる事であり、食欲は特に重要だと考えた。
彼が持ってきた食べ物は全て他の地区で出回る予定だったものの一部であり、ネコSに無理を言って一部を譲ってもらったものでもあった。
後でおとがめがあっても良いと、彼は覚悟の上でやった事の様だった。
その行動に答えるかのように、彼はすぐに気持ちを行動で示してきた。
泣いている姿は変わらないが、それは悲しんでいるのではなく嬉しくて泣いている。
自分がそうした事を喜んでいるその手は、クラウにとってとても嬉しい褒美であった。
今彼に乗せている手からも彼のぬくもりが伝わり、冷めきっていてもどんなに時間がかかっても構わない。
そばに居ようと、彼は決めるのだった。
『・・・プリンセスに、早くこの事を伝えよう・・・ ・・・嘘は、あの人にも付きたくないからな・・・』
そして、同時に決意を固め彼ともう1人の存在のために行動しようとするのだった。
しかし、
「ふぅーん・・・ ・・・そっか。 アイツが、お前がずっと探していた相手ってわけか、クラウ。」
そんな2人だけのはずの空間を、遠くから眺める人影があった。
雲間に近い上空に滞空していたのはスクイジーバトンであり、その上に立つ1人の存在。
それは彼と同じく、管理課の1人である『アスピセス』であった。
何かを察し今朝から行動を見せていたクラウを、今朝からずっと尾行していたのだ。
そして、彼の計画に火をつけるその光景を発見したのだ。
「馬鹿な野郎だなぁ。 俺様に怒らせる光景を目の当たりにさせておきながら、今度は付け火の光景まで簡単に見せちまうんだからな。 ・・・馬鹿な獣人だなぁ。」
目の当たりにした光景を収めるべく、彼は手にしていた道具を使ってその光景を写真に収めだした。
ぐうの音も出ないほど徹底的にやる様子で、彼は下準備を抜かる事無く決定的な証拠をその場で確保したのだ。
同時に、彼を管理課から追放する計画を実行するのだった。
『覚悟しな、クラウ・ルミナシール。 貴様は、もう乙女のそばには居させねぇよ・・・』
数枚の写真を確保し終えると、アスピセスはその場を離れ塔へと向かって行ってしまった・・・