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外伝2・隣り合わせの不安 3

地区内での小規模な戦いを終え、帰路へと付いたぼうくん。

ビル屋上に存在する彼の住処へと戻ると、早速持っていた袋を開け中に入れておいたお菓子を食べだした。

以前道中で拾った飲料水を手に移動すると、屋上のさらに上にある場所へと移動した。



階段と扉のあるビルの屋上、ポッコリ浮き上がった場所での食事は彼の定位置の場所だった。

天気はお世辞にも良いとは言えないが、それでも軽く吹いてくる風が気持ちよく食事を取るには絶好の場所だった。

彼が唯一気に入っている場所であり、誰にも教えたくない秘密の場所だった。

その後秘密の場所の淵へと移動すると、腰を下ろし外へ足を出しながら座り込み食事をし出した。


『・・・ぁ、コレ美味しい。』


風に前髪を靡かせながら、彼は手にしていたお菓子を見た。

それはウエハースのチョコサンドであり、保存環境が良かったのかあまり湿気らずサクサクとした触感が残っている代物だった。

軽く食べる分にも丁度良く、彼の空腹を満たしてくれる一品だった。



何時しか彼の表情は和らいでおり、先ほどまでの無表情は何処へやら。

とても嬉しそうに食事をしていた。




「・・・早く晴れないかな・・・ 空も・・・俺も・・・」


しかしその表情は長続きせず、見上げた空を見て再び表情を曇らせた。


彼の居る地区では『晴天』になる事はほとんど無く、薄暗い雲と共に霧が発生する事も少なくは無かった。

その上ただの霧ではなく『暗雲』に近い黒ずんだ霧であり、水分に何かを足したかのような臭いも彼の表情を暗くする要因に過ぎなかった。

地区そのものが終わりを迎えているかのように、晴れないその空を彼はただ見つめる事しか出来ないでいた。



自分から行動も出来ない、周りに頼れる様な相手も居ない。


切欠を見出す事すら出来ない自分が愚かだと、彼はずっと苦悩していた。


「・・・グスッ・・・」


そんな事を考えていると、不意に込み上げてきた感情にぼうくんは鼻をすすった。

同時に涙が込み上げてくる感覚に陥り、なんとかして流さない様目を瞑り空を見上げるも、中々引かない涙の波が次第に彼の目から溢れ出した。

それでも彼は、決して泣き声を上げる事無く顔を上げており、早く涙が消えて欲しいと願うのだった。

手にしていたお菓子を淵に置き、歯を食いしばっていた。


「誰・・・かぁ・・・」





「・・・ぼうくん。」

「!」


不意に漏らした声を聞いてか、彼の耳に自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。

声を耳にした瞬間に彼は目を見開き周囲を見渡すと同時に、耐えていた涙が流れ自分を呼んだ存在の姿が映った。


自分を呼んだ相手は屋上の広間に立っており、自分の事を見上げる様にその場に立っていた。

藍色の髪を風に靡かせ、背後の尾も同時に靡かせる1人の犬獣人。


「ぼうくん・・・! ・・・やっと見つけた。




俺の、大切な人・・・」



『クラ・・・ウ・・・』


そこに居たのは、街を管理し統括する藍髪の獣人『クラウ』だった。

彼を見つけたと同時にクラウの表情が緩み、優しい笑顔を見せながら彼を見ていた。

多少の距離が立ち位置上あるものの、彼には左程関係のない様子で笑顔を見せていた。


しかし、




「・・・ ・・・君、誰。」

「ぇっ・・・?」


名前を呼ばれたぼうくんは彼の名前を呼ばず、まるで初対面であるかのように振る舞ったのだ。

これには驚いたのか、クラウは驚き見間違えかと目を閉じ顔を左右に振ると、再度彼の事を見上げた。

しかしそこには彼の良く知る人物であり、この街で一番会いたかった相手に間違いが無かった。

何処かで記憶を亡くしてしまったのかと思い、彼は心配し慌てて彼の元へと駆け寄ろうとその場を走り出した。


踵を返したかのように自分の居る場所へとやってくる獣人を見て、ぼうくんは何も言わず彼が梯子を上ってくる姿を見ていた。

先ほどとは違い距離が一層近くなるも、ぼうくんは表情を変えず彼の名前を呼ぼうとはしなかった。


「っと。 ・・・ぼうくん、俺の事・・・覚えてないか?」

「・・・」

「クラウだぜ、俺。 ぼうくんの家に一緒に住んでて、居なくなってしまったぼうくんを探しに・・・ この街に来たんだ。」


梯子を昇り終え顔を出すと、彼は自分の事を忘れてしまったのかと思い優しく声をかけた。

それと同時に段々と思い出してくる記憶を彼は告げ、この街に居たのではなく『外からやってきた』事を告げた。

彼の話を聞いたぼうくんは何も言わず、ただただ彼の顔を見る事しかしないでいた。


何処かで記憶を亡くすほどショックな事があったのか、はたまた偽って自分をからかっているのか。



それを早く知りたい様子で、クラウは親身な目を彼に向けてていた。


「・・・知らない。 俺、君の事知らない・・・」

「ぼうくん・・・ ・・・ぁっ」

「? ・・・ぁっ、いけないっ」


しかし彼の返事は何も変わらず、クラウの事を知らないと言うのだった。

それを聞いて残念そうな表情をするクラウであったが、不意に下ろした視線を彼に戻し何かに気が付いたかのように声を出した。

彼の声を聞いてぼうくんは正気になると、堪えていた涙が流れている事を知った。


慌てて涙を拭おうと上着の袖で目元を抑えるが、それでも涙が止まる事は無かった。

何に対して泣いているのか、クラウはとても心配そうに彼を見ていた。


「・・・ぼうくん、君は」

「ッ・・・ み、見るなっ! 見ないでくれっ!!!」

「ぼうくん・・・ 俺。」

「俺はお前を知らないっ! だから! そばに寄らないでくれっ!!



これ以上・・・! 俺を苦しめないでくれっ!!!」


「・・・」


そんな彼に対し、ぼうくんは声を荒げ彼にそれ以上寄らないで欲しいと叫んだ。

必死になって拒絶する彼を見てクラウは再度声をかけようとするも、その声すらも否定し自分をこれ以上苦しめないでくれと叫んだ。

その声はとても震えており、両手を耳に置き他の干渉を求めていない事を表現していた。

顔も辛そうに目を強く瞑っており、拭ったはずの涙を未だに流していた。


そんな彼の必死の反応を見て、クラウは表情を曇らせ静かに梯子を下りて行った。



ガタガタと震える彼にそれ以上声をかけ続けては、余計に苦しめてしまう。


そう思い、取った行動にも思えた。


『ぼうくん・・・ ・・・辛かったんだな。 俺がもっと早く、ぼうくんの所に来れたら・・・ ・・・こんなに辛そうな顔を、させずに済んだのに・・・』


梯子を降り終えると、クラウは先ほどの彼の言動と拒絶振りを振り返り理解していた。

彼は本当に忘れたのではなく、覚えてはいるが素直に自分の名前を呼ぶ事さえも出来ない状態にいる事。

そして、そんな状況になるまで自分は彼の事を見つけられず、記憶を失っていた事。


最大の要因は何かは解らないが、少なくとも自分が苦しめる要因になっている事を悟るのだった。


『・・・ ・・・ゴメンな、ぼうくん・・・』


そんな彼に対し、クラウは心の中で詫びながらその場を去るのだった。

静かにその場に昇るのに使用した扉を開け、そしてゆっくりと扉を閉め階段を下りて行った。






ガチャンッ・・・



「・・・ぅっ、ぇぐっ・・・ ・・・馬鹿・・・馬鹿・・・! 俺、なんて事言ってんだ・・・ せっかく・・・たった1人で、俺の事を探しに来てくれたっていうのに・・・ ・・・クラウ・・・」


重い扉が閉まる音を耳にし、ぼうくんは泣きながらも自分に対して説教をしていた。

どんな気持ちでクラウがやって来たのか、それはぼうくんにも解っていたのだ。


自分を見た時に嬉しそうな顔をしてくれた、自分の事を気遣い傍に寄って声をかけてくれた事。

そして何よりも、自分の荒げた言葉を聞いて身を引いてくれた事。


それが一番、嬉しかったのだ。

本当は一緒にそばに居て欲しかったのにも関わらず、自分は彼を否定してしまった。

解っているのにも関わらず、酷い事を言ってしまった。



それを一番に、苦悩している様だった。


「クラウ・・・バグ・ナグ・・・ザ・・グ・・・ 皆ぁあ・・・! うわぁああああああーーー!!!!」


届いていないと解っていても、彼はクラウに対し詫びを口にした。

それと同時に脳裏に自分と共に過ごしてくれていた存在達の姿が浮かび上がり、名前を口にしながら一緒に居て欲しいと言わんばかりに名前を口にし出したのだ。

次第に枯れていたはずの涙が先ほど以上に込み上げてくる感情にさいなまれ、居てもたってもいられずに彼は大声で泣き出した。



地区内に響き渡るほどの大声で彼は泣きだし、涙は頬を伝い彼に身に着けている衣服をどんどん湿らせて行った。

心に溜め込んでいた押し殺していた気持ちを、履き出すかのように。


彼はただ、泣いて詫びるのだった・・・


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